【タイトル】 幽玄の飛沫
【執筆ライター】 杜野天音
【参加予定人数】 1人〜3人
オープニング /ライターより /共通ノベル /個別ノベル


●「海キャンプ」 オープニング

 音が聞こえた。それはすぐに打ち寄せる波に紛れる。
 ――あれは何の音?
 ――それとも誰かの声?
 「海キャンプ」にやってきたその浜は、白く美しい月を空に浮かべて見守る。
 これから起こる物語の始まりを――。




●ライターより

■夜。波打ち際を歩いていると、不思議な声に出会います。
 それは寂しそうな女性幽霊の声でした。話を訊いて彼女が天上へ行ける
 お手伝いをして下さい。基本的にシリアスになります。



●【共通ノベル】

幽玄の飛沫

□故ある者の声 ― 飛鷹いずみ+白神久遠+鬼童蝉歌
             弓槻蒲公英+セレスティ・カーニンガム
             衣蒼未刀(NPC)+繭神陽一郎(NPC)

 潮騒。日々の喧騒を離れ、耳に届く波の音は誰の心も穏やかにさせる。助長するが如く、空には星が万面なく散りばめられ、至宝の輝きを海へと映し出している。遠く沖を進む船が灯す光は、澄んだ空気に歪むことなく目に飛びこんでくるのだった。
「あら? こんなにゴミが散らかっていますね…片付けておいた方がいいでしょう」
 自由時間になって、白神久遠は海岸を歩いていた。美しい景色を眺め、ふと視線を落して気づいたのは散乱する人の残したゴミだった。ひとつ、またひとつと拾い上げる内、手には持ち切れない量になってしまった。困惑していると、
「久遠、どうかしたか?」
 声を掛けたのは、久遠と同じ3年C組のクラスメイト鬼童蝉歌だった。初恋の人である蝉歌の登場に、久遠の心音が跳ね上がる。
「あ、あの…ゴミを拾っていたら、こんなになってしまって……」
「ふーん」
 鼻を鳴らして、蝉歌が周囲に目をやる。と、すぐに腰を屈めて足元のゴミを拾い上げた。何も言わずに手伝い始めてくれた彼を嬉しく思い、背中を見つめて頬を染めた。
 月明かりの下。ゴミを集めている姿は目立つらしく、数人の生徒が通り過ぎては「物好き」だと苦笑する。その中でひとりの男子生徒が足を止めた。それはクラスこそ違うが同じ学年同士面識のある、セレスティ・カーニンガムだった。銀髪の長身。いつでも微笑んでいる印象を受ける。大概の生徒はキャンプらしくジャージとTシャツという姿だったが、彼は昼の間休憩室にいたようで制服姿だった。確かにあまり夏の陽射しが似合うタイプでもない。
「私も手伝いましょう。あちらはもう終わったんですか?」
「いいえ、まだですわ。ありがとうございます。でも、かまわないんですか?」
「暑くて、昼間何もしなかったですし、いつもと違う行動すれば何か面白いことが待っているような気がしませんか?」
「くす…ええ。確かにそうですね…良いことあるかもしれませんね」
 久遠が笑って、自分の楽しさの原因ともいえる蝉歌を振り向く。が、彼の姿はなかった。慌てて見回すと、離れた場所で並んで歩く女生徒2人に声を掛けていた。彼女達は食事のゴミ捨て処理をしている美化担当。学年で数人。キャンプ日程の間、日変わりで当番が廻ってくるのだ。
 蝉歌はどうやら、ナイロン袋がないか訊いているようだった。セレスティが集めたゴミを持ってきた。ナイロンを持ってきてくれた1年生の飛鷹いずみと2年生の弓槻蒲公英のふたりも加わり、海岸はあっという間に綺麗になった。もともと、一部分だけ不心得な観光客がゴミを散らかしていったのだろう。取り去ると、美しい浜が戻った。

 ―――――― ……。

「今、何か聞こえませんでしたか? …声…声が聞こえますね…何処か寂しそうな声が…」
 繰り返す小波。打ち上げる波の音。ゴミを集積場に捨てて、波打ち際を歩いている久遠の耳。そこに届いた不思議な音。皆が一斉に立ち止まった。
 耳を澄ます。
「確かに何か聞こえますね……人の声――ですかね?」
「先輩。それにしてはぼんやりし過ぎてませんか? なんだか、水を通して聞いているような……」
 セレスティの言葉に反論して呟くいずみ。その視線の先に何かが見えた。いや、正確には何も見えなかった。岩が少し頭を出している辺り――見えるはずの月が歪んでいた。輝きを失った星。
「あれは幽霊だな」
「えっ……えぇ…ゆ、幽霊……………う…」
 蝉歌の確信を持った言葉に、怪談に免疫のない蒲公英が眩暈を起こした。一瞬意識を失う。倒れ込む身体をセレスティが慌てて支えると、すぐに気づいて「ごめんなさい」と立ち上がった。久遠は小さく聞こえ続ける声に耳を寄せた。視線を離すことができない。
「ちゃんと話を訊いてはどうでしょうか。幽霊となっているからには、浮かばれない理由があるはず……それに、私の目が見たものは現世に固定されてしまいます。そこにいる幽霊は邪まなものではありません。ですから――」
「白神さん。私が幽霊に形をつくってみましょう。きっと何か分かると思いますよ」
 セレスティが手を翳した。水を操る力を歪んだ空間へと集中する。水は形を辿り、充填されていく。透き通った液体は浮遊して人型となった。
「女の人だったんですね――あっそうだ! わたし、こういうの得意そうな先輩を知ってます。連れてきますから」
「…あっ…もしかして、飛鷹…さん……行ってしまわれ…ました…」
 思い立ったが吉日。短めのTシャツを翻していずみがテントの方角へと走っていった。蒲公英もいずみの言っていた人物が、自分のクラスメイトのことだか気づいて声を掛けたが、間に合わなかった。
「行ってしまいましたね。まあ、誰を呼んでくるかは予測できますが……」
 セレスティは肩をすくめた。思案顔の蝉歌。
「女の…幽霊…? 殆ど妖の力を失った俺に、何かが出来るとは思えない…な」
 呟くが、久遠の真剣な眼差しにこちらも肩をすくめる。あまり乗り気はしないけれど、久遠のことだ。助けると言うに決まっている――そんな蝉歌のわずかな溜息に気づかず、久遠がセレスティを見た。視線が合うと、女性の形になった水を見つめて言った。
「あの…もうお話できるんですよね?」
「ええ。出来ますよ」
「では――先ほどの声は、貴女の声ですか…? どうかなさったのですか? お話、良ければ聞かせてください。…私には、滅ぼしたり封じることは出来ても、助けることは出来ないかもしれませんが…」
 やっぱりと観念して、蝉歌が後ろに引きかけた足を戻し久遠の横に並んだ。
 と、そこにふたつの声が戻ってきた。
「ほら、やはりここは先輩の乙女のように繊細な心遣いが必要だと思うんです。手伝ってくれますよね?」
「え…どういう意味……? で、でも、僕なんか役には――あれ? セレスティ?」
 いずみに腕を取られ、ぐいぐいと引っ張られてやって来たのは2年C組の衣蒼未刀だった。男としてはイマイチ嬉しくない誉め言葉に翻弄されつつ、セレスティの苦笑を見つけて目を丸くした。ここにいると思わなかったのだろう。あまり他の生徒と一緒に行動しないセレスティが大人数に囲まれているのが不思議だったのかもしれない。
「未刀…様…こん…ばんは……。あの…大丈夫…ですか?」
「え? 弓槻もいるのか……。ん、あれは……? もしかしてあの水形が幽霊?」
 未刀が見たのは女性の形をした水。いずみが頷く。久遠が「今、話を聞くところなのです」と教えた。


□巡る水と巡る記憶

 若い男女がいた。冷夏だった2年前のこと。
 ふたりは互いに愛し合っていたが、男は漁に出たまま帰らなかった。結婚資金を急いで貯めようとしていた。急いだのには訳があった。女の身体は病に侵され、いつ命が失われてもおかしくない状況だったのだ。「嵐の直前が良く獲れる」といい、男は波が荒れる海にひとり漕ぎ出していった。「無事にここに戻ってくる」と約束したのに。
 男の親友が遺品を持ち返り、浜で待ち続けている女に渡した。が、女はそれを海に投げ捨ててしまった。
 信じたくなかったから。男が死んでしまったことを。そして、いつか死ぬ身の自分さえ早く別れていれば、男は死なずにすんだはずだったのだ。自分のために漁にさえ出ていなければ……。女の胸をつよい後悔の念が包み込んだ。
 ――女は死んだ。浜に打ち上げられているのを漁師が見つけたという。自殺とも病死とも分からなかった。それからというもの、時折月の美しい夜には、女の泣き声がするのだと。

 おそらくこの幽霊の話だろう。セレスティがキャンプ場の管理人から訊いたという話をした。
「あの人はここに戻ってくると言った…。私はここで待っているしかないのです。でも、まだ来ない…寂しくて哀しい……」
 幽霊のくぐもった声。振動となって鼓膜に届くまえに消えてしまいそうな、か細い声だった。
「バカですね男って。ただ、傍にいてあげればよかったのに……。だから、こんな哀しい結末になるんじゃないですか。――私なら行かせない。私が彼なら、絶対に行かない……」
 いずみが自分のことのように悔しがった。今ここで、過去に起こってしまったことを嘆いても始まらないのは分かっている。けれど、込み上げてくる哀惜に胸がつぶれそうだった。横に立っていた未刀が視線を前に向けたまま、いずみの頭をポンポンと撫でた。
「彼女を天上に行かせてあげましょう。彼もきっと彼女のことを待っているはずですから……」
「ふぅ…どうも俺は、夏の海には妙な縁があるようだな。昔、年老いた女が、引き寄せる波は海の亡者なのだと言っていた。…女、お前は、あそこに囚われるな。此処から這い上がり、天上に逝けるよう、俺たちが、何とかしよう」
「鬼童の言う通りですね。手助けしましょう。……どうすればいいかな?」
「そうだな。やはり、投げ捨ててしまった遺品を探すべきなんじゃないか?」
 蝉歌が嬉しそうな久遠の肩を叩いて言った。
「ここに縛られている――ということはそう言うことですよね。未刀先輩?」
「飛鷹……僕に聞いても……。確かに、自縛は己の気持ちを場所や物に残してしまうことだと思う。でも、時間が経過し過ぎてるんじゃないのか?」
「彼の遺品というのが何か知っておかないといけませんね」
 セレスティが近づいて、幽霊に尋ねた。
「黒水晶の数珠……私が彼にお守りとしてあげたもの…だから」
「あまり小さい珠だと流されている可能性があるが」
「鬼童。たぶん大きいものなんじゃないかな…。この場所にそれが残っているからこそ、彼女はここに縛られているのだから」
「……それもそうか」
 手分けして探そうと、各人が歩き出した。その時、押し黙って幽霊の声を聞いていた蒲公英が口を開いた。
「あ…あの……」
「弓槻先輩…? どうかしました?」
 いずみが不思議そうに振り向いた。零れていた涙をそっと拭いて、蒲公英は囁くそうに言葉を続けた。
「…わたくし…だったら、きっと自分で探したい思うのです…だから」
「!! もしかして、キミは彼女を身体に憑依させる気か――」
「ダメだ! 危険すぎる! 弓槻、考え直せ」
 セレスティの指摘に驚いて未刀が声を荒げた。それに同調して鬼童が頭を横に振った。
「そいつと同意見だ。寂しい女性だからと同情して手を貸すのには賛成する。だが、思念だけの存在が肉体に寄せる羨望を甘くみては危険だ」
 そこにいた男全員が反対した。けれど、華奢な印象とは正反対の、強い意志のこもった目。まっすぐに揺らぐ水形を見つめた。
「未練を…残したまま…この世に…留まり…続けるのは…きっと…辛いでしょうから…」
「だからって――」
 蒲公英の肩にかけようとした未刀の手を掴んで、いずみが首を振った。
「私は賛成です。だって、私が彼女の立場だったら、そうして欲しいと思いますから」
「そう……ですね。私も思います。胸に積もる思いは、自ら動くことによって昇華するもの。ただ、与えられただけではいけない気がしますもの」
「……久遠」
 蝉歌が頭をかいた。セレスティが肩をすくめる。未刀は心配そうに蒲公英の顔を覗きこんだ後、返された微笑みに了解の溜息をついた。蒲公英の行動をもう誰も止めなかった。
「わたくしの身体……使って下さい…ね」
 水がゆっくりと変異する。形を失い、目を閉じて立った少女の体へとつながっていく。そして、再び赤い瞳が開かれた時、姿変らぬまま別人格のそれと分かる哀しそうな笑顔があった。
「ありがとうございます。私のために……。私は三枝結と言います」
 亡くなった彼の名前は國近正文。彼女はしばらく月に照らされた海を眺めた後、いつも待っていた場所へと一同を誘った。


□見守りし月影

 久遠の胸は痛んでいた。今まで、退魔師としてたくさんの魂を封印し滅してきた。それが家業であり、自分の生きる道だったから。けれど、そうでない世界を知っていたい。命の大切さを信じ、人の心を信じる――そんな穏やかな世界。
「こうして、何か手助けをしているだけでも、私がここに来た理由があるように思うのです」
「そう…だな。俺もできる限り力になろう」
 交わされる言葉。さりげなく口から零れた声だけれど、久遠にとっては至宝。優しく包み込まれるような暖かさが、ぶっきらぼうな蝉歌の短い言葉の端々に感じることができる。その幸せ。すべての人に向けられているであろう視線。それでも、時折振り向いて出会う瞳に戸惑ってしまう自分がいる。まだ、伝える勇気すらない恋しい気持ちが湧きあがるから。
 彼女が立っていたという場所から、東にずれた岩場。砂に埋もれているものを見つけるのは容易ではないし、岩場ならば割れ目に挟まっている可能性もある。おそらくその確率の方が高いだろう。長い海岸で砂浜も広いが、ここら辺りは岩場や草地も点在しているようだった。
「そこ、ぐらついてるぞ」
「え?」
「わっ! バカッ!!」
 それはふいに起こった。久遠は探すのに夢中で蝉歌の声に気づくのが遅れた。サンダルの足元。濡れた岩場。地面からは1mは上がっているだろう高さ。久遠の体が傾く。そのまま落ちれば怪我どころの騒ぎじゃない。ヘタをすれば骨が折れるかもしれない。
 蝉歌はとっさに投げ出された細い腕をつかんだ。力の限り、自分の胸へと引き寄せる。
「きゃっ……痛…」
「つっ…危ないと言ったのに――いや、俺が変な時に声をかけたからか……」
 耳元に掛かる吐息と、肌に直接響いてくる声と体温。久遠は自分が蝉歌の腕にしっかり抱きとめられ、胸に顔を押しつけた状態であることにようやく気づいた。
「ご、ごめんなさい…あの、蝉歌さんが悪いのではなくて…私が――」
 腕から抜けだそうとしたが出来なかった。胸がドキドキする。鼓動が早まる。こんなにも真っ赤になってる。恥ずかしい……どうして離してくれないのか久遠には分からなかった。
 そんな動揺を知ってか知らずか、蝉歌は深い溜息をついた。そして、久遠の頭に顎を乗せると小さな声で呟いた。
「…なんでかな…、放っておけないんだ……こいつ…はぁ…」
 その独白。自分の心との戦いに眩暈すら起こしそうな久遠には届かなかった。彼女は必死に視線を動かす。
「あ! あれ! 黒水晶の珠ではありませんか!?」
「ん?」
 突然の嬌声。緩んだ腕から抜け出した久遠の手にあったのは、まさしく数珠の一部だった。紐を通してあった穴もある。欠けている部分もあったが、確かにそうだった。
「戻りましょう」
 頬の火照りを静めながら、久遠が蝉歌を促した。

                  +

 セレスティは蒲公英に憑依した結と連れ立って、彼女がよくいたという砂浜を歩いた。
「おや? ……あれは繭神…?」
 明りも付けず、波の音だけが響く暗闇で蠢く者の姿。人を見た目ではなく、オーラとして感じることの多いセレスティには闇夜が障害になることはない。遠くからでも、彼だと気づいた。
「何をしているのでしょうか…? ゴミ拾い――ではありませんよね」
 顎に手を当てる。ゴミは先ほど集めて廻ったはずだ。ひとり、この暗闇のなか何をしてるというのだろう。声を掛けようと近寄ると、何事もなかったかのように取り繕う繭神の姿。セレスティはますます不信を抱き、
「生徒会長がこんな場所でひとり、何をされているのです?」
「――キミには関係ない……ま、いずれ分かることだ。知らず知らず協力することなるかもしれないがね」
「…あなたの言葉は理解できません。きちんとした答えを――あ、待ちなさい!」
 にやりと笑い、手にしていた石をポケットへ捻じ込んで繭神は走り去った。セレスティの心中に積もる不信。だが、今はそちらを気にしている場合ではない。気持ちを切り替え、結に尋ねた。
「あなたは数珠を受け取った時に、どの方向へ投げましたか?」
「海です……波にさらわれてしまえばいいと思いましたから。こんなにも哀しいなら…手放さなければよかった……」
 両手を握り締め胸に抱く。少女の姿ではあるが、その表情は憂いを放つ大人の女性のものだった。
「やはり海に向かって投げたのですね……では――」
 次の手を打とうと手を頭上に翳した時、遠くで未刀の呼ぶ声がした。
「――セレスティ! こっちに、三枝さんに来てもらってもいいか? 教えてもらいたいことがある」
「わかりました! ……三枝さん。あちらの少年の元へ行ってもらえますか?」
 未刀に返事を返し、ひとつ伝言を頼んでセレスティは蒲公英の背中をそっと押した。海を気にしつつ、少女を纏った結が走って行った。

                  +

「私の勘ではこっちじゃないかと思うんです」
 別行動になった時、いずみは未刀の腕を取って、ずんずんと海辺とは反対方向へ歩いて行った。それは砂浜から少し離れた萱などの草が生えている場所。側には黒松が防風林として植えてあった。
「…飛鷹。海とは逆方向じゃないのか?」
「いいんです! ほら、風は常にこちらに向かって吹いてるんですよ。それに潮の流れ……2年経っても残っているというのなら、きっと打ち寄せられたに違いないです」
「一生懸命だな」
「先輩……真面目に聞いてますか?」
 ふいに緩く微笑んだ未刀に、いずみは眉を寄せた。
「聞いてるよ。飛鷹は優しいんだな…やっぱり」
「なっ!! ……そ、そんなこと……ないです…」
 未刀が目を細める。左手を横に並んで歩いている後輩の頭に乗せた。ポンポンと軽く叩いて「探そう」と言った。その笑顔にいずみは閉口するばかり。すっかり歩みの遅くなったいずみに気づかず、未刀は草むらの中を探し始めた。
 いずみが気を取り直して、珠の捜索に復帰した。そのしばらく後。
「これ……珠? 黒水晶のようには見えるんですけど…」
「どれ? ……これ砕けてる。珠…だったのか?」
 いずみの手から未刀に手に渡ったそれは黒水晶の欠片。こんな場所に黒水晶があること自体珍しいが、ただそれだけでは遺品の数珠だったかは分からない。未刀は離れた砂浜にいるセレスティに、結に来てくれるよう声を掛けた。
 その声に応じて、蒲公英が走ってきた。彼女の走る姿を初めてみた気がする。日頃は非常にゆっくりと行動する子で、未刀が知る限り走ったところなど見た記憶は皆無だった。
「あの…あの人が代わりにきてくれって……」
「え? 私…ですか?」
 結はこくりと頷きセレスティの方を振り向いた。いずみは律儀に頭を下げて、砂浜へと駆けた。
「弓槻――じゃなかった。三枝さん…これ、見覚えがあるかな?」
「いいえ。似てますけど、彼のものでは……」
 結は哀しそうに首を振った。明らかにうな垂れた姿に、未刀はそっと声をかけた。
「僕の力では見つけられないかもしれないけど、きっと他の人が見つけてくれる……だから」
「ありがとうございます。私の…彼もあなたのように優しかった……」
 沈みがちな声。未刀は今思い出したかのように、ずっと気になっていた疑問を口にした。
「そう言えば、弓槻は三枝さんになっているわけだけど、彼女の意識もあるのかな?」
「くすくす…魂まで飲み込んだりはしてませんよ」
 蒲公英の顔で結は笑った。安堵の息を吐き出した未刀。その様子を眺め、結は目を閉じ手を胸に当てた。
「蒲公英さんの暖かな心が伝わってきます…私をとても心配してくれている……あら? ふふ…」
「……?」
 突然の笑声に未刀が不思議そうに首を傾げると、結は未刀を見つめて、
「早く気づいてくれるといいわね…」
 と、呟いた。
 未刀がその呟きの意味を解さぬうちに、海で異変が起きていた。

                       +

「うそっ…カーニンガム先輩って、こんなことまでできるんですか!?」
 驚愕の一言。
「セレスティでいいよ。さぁ、今の内に探して、たぶん異質な気を感じるから、持ち上げた場所のどこかにあるはずです」
「は、はい!!」
 いずみが一驚を喫したのも無理はない。セレスティに呼ばれて海までくると、彼は両手を月が照らす海に向かって掲げていた。何をするのかと、背後で見守っていたら、なんと切り取った羊羹の如く海が持ち上がったのだ。
「ありますか?」
「待って下さい。今、探してます……ああ、場所が広過ぎますよ」
「私も手伝いますわ」
 あまりの広さに、いずみが手を上げると声がかかった。ひとつの珠を探し出した久遠だった。蝉歌もすでに捜索にかかっている。ひとつは手にいれたが、成仏を確実なものにするには数があった方がいいに決まっている。
「うわっ、海水が持ち上がってる……セレスティ、あんたすごいな」
「やぁ未刀くん。そちらはどうでしたか?」
 未刀が頭を横に振ると「こちらは大丈夫そうですよ」と言った。潮風が強く吹いた時、発見の声が上がったのだった。


□導かれる者のゆく道

 セレスティの手に2つの黒水晶。海水は何事もなかったかのように、元の流れを取り戻していた。波は引き、寄せて戻す。繰り返すのは自然の摂理。長く変化させておくのは、良くないと銀髪の青年が笑った。
「これをどうぞ……」
 蒲公英の――結の手のひらに乗せられた黒水晶。月明かりを浴びて、艶やかに光った。2年経った今も輝きを失ってはいない。おそらくは、彼女の彼を思う念が風化を遅らせ、誰の手に渡らなかったのだ。それだけで、結の正文に対する気持ちの真剣さを、そこにいた誰もが感じた。
 願う心はひとつ。

 ――幸せになって欲しい。現世に縛られていては命は巡らない。新しい人生をきちんと掴んで欲しい。

 結は涙を流した。それは悲しみの涙ではなく、喜びの涙。
「私はずっと彼を想っていたつもりで、本当は彼の心が見えていなかったのでしょう……だから、彼ではなく遺品に縛られてしまっていた」
 彼女が呟いた瞬間、蒲公英の体が揺らいだ。慌てて、未刀が支える。再び開いた瞳からは、結の放つ大人の色は失われていた。蒲公英の体から、結の意識が抜けたのだ。
 霊体に戻り、朧げに輪郭だけを波間に浮かべた結。彼女の周りを2つの黒水晶が廻っている。久遠が祈り始めた。それに続いて鬼童も、全員が目を閉じ天へと祈った。
『ありがとう……皆さん。あぁ……正文…さん……』
 耳に直接囁かれた感謝の言葉。目を開けると、彼女のそばにはもうひとつの人がた。ふたつの影はゆっくりと重なり合う。月に負けんばかりの光が満ちた。見れば、月の向こうから彩雲が瞬きながら降りてくる。
『……きっと、幸せになります。この人と一緒に』
 最後の言葉は遠く。
 光は一瞬にして消え、潮騒が鳴る。彩雲が見えなくなった辺りを、一同はいつまでも眺めた。

 夏の夜の夢。
 夢。幻。
 けれど、共有し合う優しい記憶。
 幽玄の時に思い馳せれば、波の音。

 繰り返し繰り返し――。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】

+ 1271 / 飛鷹・いずみ(ひだか・いずみ)   / 女 / 1年B組  
+ 1883 / セレスティ・カーニンガム       / 男 / 3年A組
+ 3634 / 白神・久遠(しらがみ・くおん)    / 女 / 3年C組
+ 3372 / 鬼童・蝉歌(きどう・せんか)     / 男 / 3年C組
+ 1992 / 弓槻・蒲公英(ゆづき・たんぽぽ)  / 女 / 2年C組

+ NPC / 衣蒼・未刀(いそう・みたち)       / 男 / 2年C組
+ NPC / 繭神・陽一郎(まゆがみ・よういちろう)/ 男 / 2年B組



●【個別ノベル】

【1271/飛鷹・いずみ】
【1883/セレスティ・カーニンガム】
【3634/白神・久遠】
【3372/鬼童・蝉歌】
【1992/弓槻・蒲公英】