【タイトル】 月夜の石集め
【執筆ライター】 暁久遠
【参加予定人数】 1人〜
オープニング /ライターより /共通ノベル /個別ノベル


●「海キャンプ」 オープニング

――――ある日の夜のこと。

学園の生徒の一人である継彌に呼び出された面々は、いつの間にやら作られていたログハウス(どうやら彼お手製らしい。ちなみに方法は不明)に集合した。
そこには、学園にある『看視者』と呼ばれるグループの面々と希望の姿が。
不思議そうに首を傾げる面々を見渡した継彌はくすりと笑うと、皆に向かい直って口を開いた。

「今回皆さんに集まっていただいたのは他でもありません」

笑顔で告げられた言葉に、面々は益々不思議そうに首を傾げる。
しかし、随分前から待たされていたらしい看視者メンバーの極一部は相当不機嫌らしく、その中でもまた一段と不機嫌そうな表情を浮かべている鬼斬が、重々しく口を開いた。
「…さっさと言え。
 俺たちはお前ほど暇人ではないんだ」
刺々しい言い方の上、声にドスが聞きまくっている。
そんな鬼斬の態度にも表情をぴくりとも動かさず、継彌はにこにこ笑顔のままでこう告げた。


「ちょっと―――簡単な宝捜しなぞして頂こうかと」


―――――――間。


『…………は?』

ようやく搾り出された間抜けな声は、極一部のみ怒りが混ざっている。
特に鬼がつく名前の男とか、さりげなく鞭を取り出している外見お嬢様とか辺りが。
そんな面々に思わずぷっと吹き出した継彌は、くつくつと笑いを噛み殺しながら声を発する。

「いえ、ちょっとしたお遊びですよ。
 島の中にある『ある物』を、皆さんに探して頂きたいんです」

『「ある物」???』
継彌の言葉にハモッて返された声。
それに継彌はまた小さく笑うと、懐から『ある物』を取り出した。


それは――――窓から差し込む月の光を浴びて輝く、小さな石のカケラ。


カケラは月の石を中で更に乱反射させ、ゆらゆらと淡く光る。
それは、まるで蛍の光りに酷似していた。

幻想的なその石に思わず見とれる面々の視界からその石を動かすと、継彌はにっこりと微笑んだ。


「これと同じように光る石を、幾つかこのキャンプ地周辺に隠させていただきました」


その言葉に、この場にいるほとんどの面々が目を見開いて驚いた。
一体いつの間に、とか、どうりで自由時間に見かけなかった筈だ――とか、結構好き勝手言い合っている。
そんな面々を一瞥すると、継彌はにっこりと口元に優しげな笑みを浮かべて話を続けだした。

「まぁ、これは僕にとっても大事な石なので、商品として差し上げることは出来ませんが」

その言葉に、そこかしこから残念そうな溜息が漏れる。
あまりにも残念そうな溜息に苦笑すると、継彌が困ったように口を開く。


「その代わり…と言ってはなんですが、何か入用のモノがありましたら、僕が責任を持ってお造りさせていただきます。
 …もし、それでもご満足いただけなければ…」


そこで言葉を切ってから、継彌は一角に固まっている看視者メンバーの所へ歩いていくと、にっこり微笑んだ。


「―――――――此処にいる看視者の皆さん&希望くんが、出来る範囲で何でもお願いを叶えて下さるそうですからvv」



「「「「「何で<俺・僕・わたくし>が!?!?」」」」」
「え?俺も入ってんの?」



看視者、突然の継彌の発言に思わず総ツッコミ。そして希望は意外なご指名に珍しく驚いたようにきょとんとした顔で呟く。
しかしそんなツッコミすらものともせず、継彌は笑顔で言葉を続ける。

「ルールは簡単。明日渡す地図に記された場所の中で一箇所を選んでそこだけを捜し、一番多くこれと同じ石のカケラを見つけた人が勝ち。
 それだけです」

そこまで言って言葉を切ると、継彌はにっこりと――――とてつもなく爽やかな笑みを浮かべて口を開いた。


「そういうワケで――――明日の夜、是非お願いしてもよろしいですか?」


その継彌の笑顔は…既にお願いも強制に化学変化させるほどの威力があったとかなかったとか。


***


結局継彌の『オネガイ』を断ることが出来なかった面々は、消灯時間が近づいているということでログハウスから出て自分の寝所へと帰って行く。
希望を除く全員が継彌作のログハウスから出て行くところを見送った所で、継彌はにっこりと微笑んで振り返った。


「―――これで、よろしいんでよね?」
「俺まで巻き込んだからには、返答ナシ、は許可しないぜ?」


その声がかけられたのは―――誰もいない筈の、虚空。
しかし希望までもがその暗闇に向かって笑いかけ、挑戦的な視線を向ける。

そして―――しばしの沈黙。

このまま沈黙が続くと思われたが、それは思いのほかあっさりと破られた。


「…わかっているよ」


ぽつりと呟かれた言葉は―――此処にいる二人のどちらとも違う、男の声。
しかし二人は驚く様子など微塵も無く、むしろようやく現れたかと言わんばかりの笑顔を向ける。

そして――――暗闇の中から、唐突に人が現れた。
まるで暗闇に溶けていたかのようなその人物は――――我が学園の生徒会長である、繭神・陽一郎。


「継彌君の…いや、君たちのおかげで、探す手間が大分省けそうだ」


迷惑をかけてすまないね、と言って軽く肩を竦める陽一郎にどこか満足げに笑顔を返すと、継彌と希望は顔を見合わせて笑い合う。
それにどこか不機嫌そうに眉を寄せる陽一郎におや失礼、と言うと、継彌はにこりと微笑んだ。


「まぁ―――僕たちは僕たちなりに楽しませて頂きますから、別に構わないんですけどね?」
「ま、あれだ。ちょっとイジワルしてみたかっただけ、ってヤツ?」


相槌を打つようにそう言ってくすくすと笑う二人に、陽一郎は呆れたように溜息を吐いた。



「何はともあれ―――石集め、よろしく頼むよ?」



陽一郎のその言葉に。
継彌と希望は『任せておけ』とでも言わんばかりの表情で、笑い返してみせるのだった。



――――――――明日は満月。



…なにやら、不思議なことが起きそうな予感?




●ライターより

こんにちは、もしくは初めまして。へタレライター暁久遠です。
ちょっと解りにくいOPでごめんなさい。でも愛は込めてます(をい)
ちょっと真相に関わってるような関わってないような…かなり微妙な位置をぐらついているお話になりました(爆)

今回は題名通り『石集め』。
OPの中で出てきた石のカケラと同じ物を探してください。どこに幾つあるか、全部で幾つかなどは一切不明です。
…っていうかむしろマトモに探すことを考えてるとかなり面白くないです、コレ(をぅい)
看視者は己の保身も兼ねて参加を決意(笑)ちなみに継彌・希望はそこはかとなく怪しげな雰囲気を漂わせつつお留守番です(ぇ)
まぁ、見張り役兼任なのでズルはできませんのでそこんとこご理解の程をよろしくお願い致します。

今回は大まかに場所を指定して探索(散策…?)していただきます。


A−海(海中)探索<御先>
B−海(浜辺)探索<鎖々螺>
C−森(北部)探索<護羽>
D−森(南部)探索<巳皇>
E−洞窟   探索<鬼斬>


<>内はそこへ向かう看視者メンバーです。
まぁ、深く考えずに行きたい場所を選んでしまうことを推奨いたしますよ(をい)

ちなみにどの場所でも何かしらイベントが発生する予定です。
場合によっては戦闘する羽目になることもあるかも…?
口数少ない子も今回はいっぱい喋らせます。…つっても口数少ないの一人しかいませんけど(笑)

看視者達と手を組んで探すも良し、むしろ出し抜いてやらぁ!ぐらいの勢いで一人で探すも良し、単に遊ぶこと目的で夜のキャンプ地を闊歩するも良し。
好きなように遊んでやって下さい(探すのは何処行った…?)
っていうか今回『月夜の石集め』とかつけといて探すための情報一切なしなところがポイント(爆)

…まぁ、要するに実のところ真相をふんだんに盛り込んだお遊び話です(言っちゃったー!!)

プレイング次第でギャグ・ほのぼの・シリアス何でもアリ。勿論内容を考えればラブラブも可能です。
ただし、皆さんが出て行った後の継彌達の会話はあくまでPL情報であり、PC達は知らない情報なのでそこんとこお忘れなく(笑)

今回は探索場所(A〜E)と属性についての明記(属性名orお任せか)の後、プレイングをどうぞ。
誰かと共同で探索する場合は一緒にいる描写を多くする為にも名前をちらっと書いて頂けると判りやすいです(笑)

ちなみに、看視者達&継彌や属性については異界「狭間の幻夢」を、希望については異界「プラントショップ『まきえ』」を御覧下さいませ。

それでは、皆様のご参加お待ちしております。



●【共通ノベル】

●海中探索―@●
参加者の一人である蒼王・翼は、数々の疑問を抱きながら海へとやってきた。勿論、海中を探索するためである。
ちなみに、御先の担当地区も彼女と同じ海中。
属性が光である彼が何故抜擢…いや、己から志願したかは一切不明だが、子供のように目を輝かせ、わくわくしているのだから決して海が嫌いではないのだろう。
まぁ、とてもじゃないが翼よりも上の学年には見えないという、おまけつきではあるのだが。

ザザァ…ン。

波が打ち寄せる音が心地よい。
御先に同伴するような形でやってきた翼は、自然が生み出すその音を聞きながら、うっとりと目を閉じた。
そんな彼女の身を包むのは、シンプルなデザインの女性用の白い水着。
学校指定のスクール水着ではなく、華美ではなく、かと言って簡素とか質素とかの雰囲気を醸し出すようなものでもない。
翼の本来の職業上、体を鍛えるようにしているので、彼女の滑らかな肢体にはほどよく筋肉がついている。
筋肉がついているからと言って筋肉質なわけでもなく、多すぎず少なすぎず、健康的で活動的・且つ戦いに慣れている雰囲気を表すような綺麗な筋肉のつき方だ。
上にパーカーを羽織っているので若干華奢に見えるその体は、妙な色気を醸し出している。

「…夜の海ってのもいいな。月明かりの下で泳ぐのも悪くない」

空に浮かぶ満月を見て目を細めながら翼が楽しそうに呟く。
たまにはこんな日があっても面白い。
なにより、月夜も海も嫌いではないわけだし。
いっそこの場に飲み物でも持ってきてのんびりしたいぐらいだ。


―――――ただし、一緒にいるのは花より団子の男。


「あっ!
 見てよおねーさん!此処にカニがいるよカニ!!」

…御先は膝を抱えてしゃがみ込み、カサカサと音を立てて逃げるように動くカニを見て喜んでいる。
シンプルカラーの学校指定ではない海パンに、羽織って前全開状態のパーカーも合わせ、その姿は正に子供そのもの。
情緒もクソもないその行動に翼は思わず苦笑し、それから深々と溜息を吐いた。

「…ねぇ、キミ。
 僕は一応年下であって、キミに『おねーさん』と呼ばれる理由はないと思うんだけど?」

そう。実際問題、御先は翼よりも学年・年齢共に上なのである。
なのに何故か先ほどから翼のことを『おねーさん』と呼ぶ。
妙にむず痒いその呼び方に、翼は渋々御先に直接聞くことにしたのだ。

しかしそんな翼の心を知ってか知らずか、御先はきょとんとした表情を浮かべたあと、事も無げに言い放つ。

「え?
 理由って――――『単に俺が「おねーさん」って呼びたい気分』だから」

…あぁ、なんという理不尽、且つ厄介な理由だろう。と言うかそもそも理由とすら言えるかどうか。
しかしそういう直感的なものを真っ向から否定しても、どうせ嫌がられるのがオチ。
かと言って粘ってわざわざ直させるほど、翼と御先はとても仲がいいと言うわけでもなく。

ならば―――諦めるが吉と見た。

そう結論を出した翼は、深々と溜息を吐くと、呆れたように方を竦める。
そして「どうぞお好きに」と呆れた声音で言うと、御先から「わーい!ありがとーおねーさん!!」と嬉しそうな返事が返ってきた。
あぁ、なんて子供な人なんだ。
呆れるやら和むやら困るやらで、翼は内心非常に複雑。

「まったく…」
「なに?おねーさんもしかして探すの面倒になった?」

額を抱えて溜息を吐く翼を見て、御先が不思議そうに首を傾げて問いかける。
その姿に苦笑しながら、翼はいや、と首を左右に振った。

「勿論石のカケラは探すよ、心配するな」
「そぉ?」
ならよかった、と呑気そうにへらりと笑う御先に翼も口元を緩めると、もっとも、と肩を竦めながら付け足す、

「…海中じゃ風に尋ねるわけにはいかないから多少効率は下がるんだけど」
「あはは、確かに風は海の中じゃふいてないもんねー」

風の王である翼には風を自在に操る力があるが、それは水中では意味を成さない。
少々冗談めいた言葉に御先が笑いながら頷くと、翼もふっと微笑む。
しかしすぐに表情を思案するようなものに変えると、ぽつりとカニを突いて遊ぶ御先に問いかけた。

「…それにしても、よかったのかい?」

「へ?」
唐突な問いかけに御先が間抜けな顔と声で振り返ると、どこか探るような色を浮かべる翼の瞳とかち合う。
驚いて目を見開く御先を見ながら、翼は更に言葉を続ける。

「わざわざ石を隠したりして。
 大事な石なんだろう?」

「あー…うん。つっちーは大事な物だって言ってたねぇ」
イマイチ理解しきれていないのか半端に誤魔化しているのか、気の抜けた返事を返す御先に目を細め、翼は更に言葉を重ねた。
「…無理に聞き出したいわけじゃないから、答えたくないならそれでいいけど」
そう言って肩を竦めて見せてから、翼はしっかりと御先を見据え、口を開く。

「……隠したんじゃなくて、最初から探しているだけなんじゃないか?」

――その言葉に、不思議そうな顔をしていた御先が目を見開いた。
そこに浮かぶのは、純粋な驚愕。
隠していたことがバレたとか、そういう驚きでなく。
ただ純粋に、意外なことを言われたという驚き。

…彼は、何も知らないようだな。
何かしら断片的になら知っているかもしれないが、全体的には知っていることはなさそうだ。

そう結論づけた翼は、細めていた瞳をふっと緩ませると苦笑する。
「…って、君に聞いても仕方ないか」
悪かったね、変なことを言って、と肩を竦めると、御先があ…うん、と間抜けな声で返す。
立ち上がるように促すときょとんとしたまま立ち上がる彼を見て、翼は小さく笑いながら肩を叩いた。

「折角二人いるんだ。
 効率がいいよう、バラバラに探そう」
「へ?」
またきょとんとして間抜けな顔をしている御先にぷっと吹き出すと、翼は優しく言葉を続ける。

「時間と場所を決めて落ち合えばいい。
 範囲が広いんだ、そうした方が時間も有効に使えるだろう?」

そう言うと、御先も納得したようでこくりと頷く。
ならば話は早い。
早く移動しよう。
そう思って翼が身を翻す。

「あ。ちょっと待って!」

そして一歩踏み出そうとしたところで、御先に呼び止められた。
「…なんだい?」
翼が訝しげに振り返ると、御先は申し訳ない、と全く悪びれる様子もなく笑いながら彼女に片手を差し出す。
上向きに握られた手の平は、見る限り握手しよう、とか言う感じではなさそうだ。
そう思いながら翼が御先と手の平を見比べていると、御先が微笑みながら手の平を開いた。

その手の中には――――二つのブレスレット。

どちらもシルバー製のものだが、途中でチェーンで繋がれているのは、青紫色の小さな『ウロコ』。
作り物では絶対にない艶や質感は、見ているだけで翼に伝わった。
つまり、コレは『何か』の本物の鱗をブレスレットに取り付けてある物、と言うことだ。

「…これは?」

訝しげに問いかける翼に笑って返すと、御先は半ば無理やり翼の手にそれを押し付ける。
鱗が崩れたかもしれないと翼が咄嗟に手の中を見ると、その鱗はその衝撃にもビクともせず、その形を保ったまま手の平の上で月明かりを受けて光っていた。
…どうやら、普通の魚の鱗ではないようだ。
無意識的に眉を寄せた翼に小さく笑った御先は、早く説明をしろと言わんばかりの翼の視線に手をあげて口を開く。

「…これは、戦闘水棲亜人族…平たく言えば人魚の一種だけどね。
 それの鱗から作ったアクセサリーなんだよ」

「人魚の?」
ちなみにつっちー提供です、とふざけたように付け足す御先に不可思議そうに眉を顰めた翼に、御先は苦笑しながら話を続ける。

「ほら、おねーさん水を扱うのが得意ってわけでもなさそうだし、一々術とか使うのって面倒でしょ?」
「まぁ…ね」
術の施行は確かに人によっては面倒かもしれない。
翼にとってはそれほど苦でもないが、まぁ正直無意識下の物ではないので少々手はかかる。

「そう言うのを解消するのが、この鱗つきのアクセサリー!!」

じゃーん、と自分で効果音を言いながら、御先はどこからともなく一対のイヤリングを取り出した。
そのイヤリングのどちらにも、これと同じ形の、しかし若干青みが強い鱗がついている。
それを見せ付けるようにゆっくりと両耳に取り付ける様子を、翼は訝しげに見た。

――――と。

両耳にイヤリングを取り付け終わった途端、御先の体の周辺に『何か』が現れたのだ。
目に見えるわけではない。
感知できる不思議な『力』。
気と言うか…魔力と言うか、そんな不思議な力が彼の周りを囲んでいるのだ。
それはまるで彼を包み込むように広がって、淡い青いヴェールを作り上げている。
しかしそれは彼の力を増幅しているわけでもなく、身体能力に変化があるわけでもない。
例えるなら―――水の表面張力のように、彼の体に張り付いているような…。

不思議そうに眉を顰めた翼を見て笑った御先は、自分の耳についているイヤリングを指先で弾く。
チィン、と軽い音を立てたイヤリングは、彼の耳元でゆらゆらと揺れる。
それを感じて笑いながら、御先は口を開く。

「―――この鱗がついたアクセサリーを対になるように身につければ、一種の簡易結界みたいな物が発生するんだ」
「『簡易結界』?」

説明になっているようでなっていないその言葉に翼が聞き返すと、御先は微笑んで話を続けた。

「この水棲亜人族の鱗付のアクセサリーをつける事は、ある意味この鱗の提供者と同じになること同然なんだよね。
 …つまり、今、俺の体は人魚とほとんど同じような能力を手に入れてるわけ」

あ、でもきちんと二本足で歩けるし、肺呼吸も出来るけどね?と笑いながら付け足す御先に、翼は手元のブレスレットを見た。
なんとも奇妙な装身具だ。…そもそも、それは本当なのだろうか?
どこか胡散臭げな視線をブレスレットに向ける翼に苦笑してから、御先はイヤリングをそっと触る。

「外せば元に戻るから問題ないよ。
 …単に水の中で呼吸が出来るようになって、自由自在に動き回れるようになると思えばいいんじゃないかな?」

ね?と笑う御先に暫くじっとブレスレットを見ていた翼は…ふっと口元を緩めた。

「…それもそうだね。
 まぁ、キミは何か仕掛けるとか悪いことをしそうなタイプじゃないし、信用しても大丈夫そうだ」

この腕輪からは危険な力は感じられない。
御先の言うとおり、単に包み込むような波動を感じるだけだ。
ならば…これ以上疑うのは彼に失礼と言うもの。

そう結論づけた翼は、両腕に一つずつその腕輪をはめる。

――――――瞬間。

確かに体を緩く、優しい力で包み込まれているような波動が体を覆うのを感じた。
…が、それも一瞬のこと。
すぐに普段と変わりない状態…とまでは行かないが、本当にどうとでもない感じに戻る。
何と言うか…薄皮一枚をまとっているような…そんな奇妙な感覚が残ってはいるが、それも大して酷いものではない。

「まぁ、感覚的にはうっすーい全身タイツを着てるようなモンだと思えば大丈夫なんじゃない?」

そう言って笑う御先を見てかえって脱力しかけたのは…言うまでもなく。
力の抜けた体を叱咤するように起こすと、翼は今度こそ背を向ける。

「それじゃ、先に行くぜ」

そう言うとパーカーを脱いで畳むと砂浜に置き、軽く体を解してから砂を蹴る。
どうせパーカーだけを持っていこうとするような輩はいないだろうし、盗られても大して困りはしないものだし。
そんな考えの下、翼は体を宙に持ち上げると、海へ飛び込んだ。

ザバァン!!

大きな水柱が上がり、翼の体は海の中へ消える。
…そして浮き上がることも顔を出すこともなく、彼女は海中の右側へと潜っていった。
そんな翼を見送ってから、御先は申し訳なさそうに笑う。

「――――ごめんね。つっちーからヒミツにって言われてるから…」

何が、と問いかける声もないし、彼もそれがいないのを知っていての呟きだ。
そう言ってどこか寂しそうに微笑むと、自分もパーカーを脱いで翼の隣に置くと、軽く運動してから己の得物を手にとって海に飛び込む。
ザッパァン!!!!
若干翼よりも大きな水柱をあげながら、御先は海中の左側へと潜っていった。


――――――そして、二人のいた砂浜には、静寂が訪れる。


●浜辺探索―@●
此処はキャンプ地の浜辺。
参加者は鎖々螺を含めて各探索場所中最大人数。
メンバーは日向・龍也、栄神・万輝、夏野・影踏、マイ・ブルーメ、亜矢坂9・すばると鎖々螺の6人だ。

「…ったく…面倒クセェなぁ…」

若干厚手のシャツにジーンズ姿の鎖々螺は、頭をがしがし掻きながら本当に面倒くさそう呟いた。
此度の賭けのようなものの商品代わりになってしまった鎖々螺はどんなに面倒くさくても放棄するわけにはいかない。
他人に火の粉が降りかかるのは大好きだが、自分に火の粉が降りかかるのは大嫌いなのだ。
参加せざる終えない状況を作り出した継彌を恨みつつ、鎖々螺は深々と溜息を吐いた。

「……なんだ、水着じゃないのか」
「ぁあ?」
そんなブルーな気分の鎖々螺の耳に入ってきた言葉は、更にその気分をどん底まで突き落とすもので。
それはもう巷のチンピラ並みの反応で振り返ると、そこには―――参加者の一人である、龍也の姿。
何時もの私服姿のままの龍也を見ると、鎖々螺はチッ、と舌打ちして彼と話し始める。

「あっそ。そりゃザンネンだったなぁ。
 お生憎様、俺ァ女っぽいカッコは大の苦手なんでね。水着で歩き回るなんて真似できっかよ」
「そうなのか、そりゃザンネン」
「けっ」
そんな鎖々螺の言葉に肩を竦めた龍也を見て吐き捨てるような悪態をつくと、鎖々螺はのしのしと歩き出した。

――――――ゴキゲンナナメに八つ当たり、か。

しかしどうやら他のメンバーに八つ当たりをしていないところを見ると、どうやら少なくとも自分には多少は心を許しているのだろうと考えられる。
八つ当たりはあまり歓迎できないが、これも気を許されているからだと考えれば悪くはない。

「…ま、時間はたっぷりあるしな」

そう言ってにやりと笑う龍也は―――妙に悪人じみて見えた。

***

その頃の鎖々螺はと言えば。
前の方にいたメンバーに合流し、深々と溜息を吐いていた。

「…貴方も災難だな」
「全くだ」
右隣にいた女子用の学校指定水着A…脇と縁取りに白いラインが入ったスクール水着――を着たすばるがぽつりと呟けば、すぐさま鎖々螺から疲れたような声が返ってくる。
すばるは別の目的があって参加したのだが、今のところその役に立ちそうな情報は見つからなさそうだ。
表面上だけでも楽しんでいる風を醸し出した方がいいだろう。そんな思考の元、すばるは極自然…風に、鎖々螺と会話している。

「あ、で、でもホラ、探して欲しいってお願いされたワケですし…ね?」

鎖々螺の様子を見てフォローでもしなければと感じたのか、左隣にいたマイが慌てたように声をあげた。
そんな彼女の水着は学校指定の女子用水着Bの色違い――純白に青のラインだ――である。
…とは言ってもサイズが微妙に小さくて、体にあっていない為若干ピチピチ状態のようだ。
それなのになんで着ているかと言うと…ある人に頼まれたからである。それは誰かと言うと…そこは黙秘の方向で。

「……お前ってお人好しだよな…」

マイの言葉か、その格好を見たからかは分からないが、鎖々螺は若干呆れたような色を含みながら彼女を見る。
「え?そ、そうですか…?」
「お前もお人好しだと思うだろう?」
不思議そうに問い返すマイに、鎖々螺は苦笑しながらすばるに問いかける。
「……まぁ、それなりには」
「それなりってなんだよ」
すばるの妙な返答にツッコミを入れると、鎖々螺は困ったように笑った。
…まぁ、多少は気分が浮上してきたようだし…マイにとっては成功だったわけだ。

「それじゃ、お前はお人好しと言うことで」
「なるほど…貴方はお人好しか…」
「え?えぇっ!?そ、そんな認定されても…っ」

変な認定をする鎖々螺と大真面目にそれに頷くすばる。
そしてそんな認定をされてもどうすればいいのかわからなくて慌てるマイ。
なんだかこうやって話しているだけだと中々和める光景ではあるのだが…。

「さっさら――――ッ!!!!」
「ぐはっ!?」

そしてそれをぶち壊したのは、これでもかと言うほど嬉しそうな大声と、鎖々螺の腰にかまされた全力タックルだった。

「…あれ?ちょっとやりすぎた?」
腰に抱きついたままげほがほと咳き込む鎖々螺を見てえへ、とぶりっ子気味に呟くのは――影踏だ。
ハーフパンツにパーカー、サンダル。整った顔の上に眼鏡も乗っている。
砂浜に馴染んだその格好は、彼らしいと言えるだろう。

―――――有る意味、今回の探索に一番邪な望みを抱いている存在とも言える。

宝探しと聞いたときに、素直に目を輝かせたこの男。
そんな彼が想像したのは――――― 一夜のロマンス。
看視者達の中の三分の二が男で、しかも中々整った顔の持ち主なので、影踏にとっては正にウハウハパラダイス…死語ですが。
そわそわしながらも彼が探索場所に選んだのは―――何故か、鎖々螺。
何故かって?…それは勿論―――鎖々螺を男だと勘違いしているから。
そんな邪全開な影踏は鎖々螺が女性と話しているのが面白くなく、がっつく雰囲気を押さえ込まねばと思いながらも全力タックルをかましてしまったわけだ。

「……テメェ…」

そんな影踏の思惑露知らず。
単に全力タックルのせいで痛い思いをした鎖々螺から発せられたのは――血を這うような、怒りをたっぷりと含んだ声。
ついでにゆっくりと動かされた顔の目が影踏の視界に入るが――――それはもう、鋭い上に思いっきり睨みつけているくらいだ。
…どうやらやりすぎたご様子で。
ささやかに青くなった顔に引き攣った笑みを浮かべながら、影踏は鎖々螺の腰から手を離して降参のポーズを取った。

「…え、えへv」
「『えへv』じゃねぇよ!俺を殺す気かテメェ!!」

誤魔化し笑いをした影踏を思い切り怒鳴りつけるが手は出ない辺り、悪意はないと分かっているのだろう。
そんな鎖々螺の行動を察して、影踏は我知らず口元を緩ませた。

「……何笑ってんだよ」
「え?あ、いや…なんでも…」

訝しげな鎖々螺の視線と声でようやく自分が笑っていたことに気づいた影踏は、慌てて作り笑いを浮かべて誤魔化す。
このまま何も言わなければまた鎖々螺が怒るかもしれない。それだけはごめんだ。

「…じゃあ、俺は行くぜ」
「あ、待ってください!」
「一人で行っては危険だ」
影踏にそう一言言ってスタスタと歩き出す鎖々螺と、心配して追いかけるマイ、すばる両名。
そんな三人を見送ってから、影踏は苦笑気味に前髪を掻き上げた。

「…こんな真夏に、人とくっつきたいとか…何言ってんだろな、オレ」

自嘲気味ながら、否定ではない。
そんな微妙な感情が入り乱れた呟きは、誰の耳にも止まることなく―――空気に溶けて消えた。

***

そんなメンバー達の最後尾にいるのは―――黒のシャツにハーフパンツを着用した万輝だ。

…正直なところ、彼はあまり乗り気ではない。
だったら何故此処にいるかと言うと―――洞窟の探索に行ってしまった己の半身――栄神・千影のことが気になって仕方がなかったからだ。
「馬鹿馬鹿しい、そんな事に付き合ってられないよ」と言って千影と分かれてはみたものの、やっぱりこう心のどこかに小さな棘が引っかかってしまったような感じで。
本当にギリギリまで悩んだ挙句―――結局、洞窟に一番近いこの砂浜で歩くことにしたのだ。
よって、万輝はマトモに探索する気も、看視者と仲良くする気もない。
アクシデントに巻き込まれない限りは、積極的に関わる気はこれっぽっちもないのだ。

「それにしても…」
不意にぽつりと呟くように声をあげ、万輝は己の疑問を口にする。

「…あんな石、あったかな…?」

あんな石、とは継彌が例とばかりに見せたあの石の欠片。
母親がジュエリーデザイナーの為、多少は宝石関連の知識はあるのだが…少なくとも、彼の知識に引っかかるような石ではなかった。
おかしいとは思ったが、すぐに彼は考えるのを放棄。
「…ま、いいか。僕には関係ないし」
確かにあの石が自分に何か害を及ぼすのなら何かしら対処が必要だろうが、今は確証がない。
確証がない行動は、危険を招くのがオチ。
ならば、何もしないに限る。

「…ここが現実じゃないのは分かってる…。
 けど…一体何が僕達をここに呼んだのか…」

この学園が何故存在するのか。
それが気になって仕方がない彼は、ぶつぶつと自分の疑問を確かめるように口に出しながら、最後尾を歩き続けた。

***

…以上が、この探索に携わったメンバーである。


―――――――本当に大丈夫なのだろうか、このメンバーで。


●森(北部)探索―@●
ここは探索場所の一つ、森の北部。
そこにいるのは、護羽と――――。

「光る石探しやなんて、何や宝探しみたいで面白そうやなぁ…vv
 よーし、やるからには勝つで!!!」

木々の間をずんずん進みながらそれはもう楽しそうにガッツポーズをかましている、体操服姿の笹原・美咲の二人だ。
男女二人っきりで大丈夫かとかの声があがりそうだが、美咲は完全に勝負事に心を奪われているし、護羽はそんな色気を出す気もないらしく大きなあくびをしながら後ろを歩いているので、そういう危険性は全くない。

「…なんやお嬢は元気やなぁ…」
「そのヤーさんの娘みたいな呼び方やめぃ!!」

あくびをした後の護羽がぽつりと呟くと、意外と地獄耳らしい美咲が勢いよく振り返る。
ビシィッ!!と指を突きつける動作のおまけ付だ。
先ほどから何度も修正を申し出ているのだが、相手も中々頑固でどうしても直してもらえない。

「別にいいやんお嬢で。
 なんとなくそんなイメージやし」
「どんなイメージやねん!!」
隣に並んだ護羽の言葉に、美咲の鋭いツッコミが炸裂した。
関西弁同士ゆえか、すっかり漫才コンビ風の二人組が出来上がっている。
威勢がいい美咲の様子を見ながら、護羽はくつくつと喉を鳴らして笑う。

「それにしても、お嬢も昨日ビクビクしとったのが嘘みたいやんなぁ?」
「そ、そこは言ったらアカンとこやて!!」

ぽつりと護羽が呟けば、美咲が慌てて手を振った。
実際昨日は夜に一人で行かなければいけないかもしれないと言う不安から半泣きだったのだ。
それが相棒が見つかった途端にこの元気さ。
ゲンキンと言うか分かりやすいというか…。

「と、とにかくやなぁ!
 とっとと行くで!!」
これ以上恥ずかしい話をされたくないのか、美咲は半ば大慌てで大また状態でずんずん歩き出す。

――――そこでふと、護羽が思いついたかのように口を開いた。

「…ところで、お嬢は石のある場所、検討ついとるん?」

「……へ?」
護羽の問いかけに、動いて美咲の足は宙で止まる。
何を言うんだコイツはといわんばかりの視線に苦笑しながら美咲の近くに行くと、護羽は不思議そうな顔で再度問いかけた。

「せやから、お嬢はどこに石があるか検討つけて、ガンガン進んどるんか?って聞いとんねん」

―――――ふいっと、美咲が目を逸らした。
その額からはだらだらと脂汗が垂れている。

「…なんや、カンだったんかいな」
「うっ、うるさいわっ!!」

図星を指され、美咲は半ば八つ当たり気味に護羽の頭を叩いた。
「あいたっ!?」
痛がって頭を抑える護羽を置いて、美咲はすたすたと歩き出す。
「…今度は何処いくん?」
頭を抑えながら後ろをついてくる護羽の問いかけに、美咲はむくれたような顔で振り返ると進行方向を指差し、大きく口を開く。


「――――ウチの勘ではこっちや!!」


「…なんや、やっぱりカンやんけ」
―――護羽がぼそりとそう呟くと同時に、美咲の怒りの鉄拳が直撃した。


●洞窟探索―@●
ここは探索場所のひとつである、洞窟―――の、入り口。

そこに立っているのは―――四人。

鬼斬は言うまでもなく。
うきうき笑顔で鬼斬の腕に自分の腕を絡めているのは、ノースリーブのゴスロリ風黒ミニドレスを着た、栄神・千影。
千影につかまっていない方の鬼斬の手にしっかりと服を握られているのは―――体操服を着た壇成・限。
そしてそんな三人を一歩下がったところで見ているのは、私服を着た李・曙紅。

恐らく傍から見ればそうとう異質な集団だろう。
最初鬼斬は散らばった後に適当に人が少ない場所にでも行けばいいとぼんやりとしていたのだが、「宝探しやるの?楽しそうね、あたしもやるぅ!」と目をキラキラさせた千影が、移動が決定すると同時に「鬼斬ちゃん、一緒に行こ!」と鬼斬の腕を鷲掴みにして引っ張って歩き出し。
鬼斬が驚いて反射的に掴んだのが、あまり乗り気ではなかった限。
抵抗する間もなく、千影に引っ張られた鬼斬に半ば引っ張られるようにして、彼もこの洞窟へ一緒にくることになったのだ。
そして、夜に中々寝付けず、本日の夜も寝床を抜け出そうと思っていた曙紅は、夜の浜辺を歩くことも海へ潜ることも既に経験したので、まだ探索していない洞窟へ行くことにした。
…で、移動しようと立ち上がった時に洞窟の方面へ進んでいく三人を見て、後ろからてくてくついてきたのだ。

……この現状になった経緯を説明するなら、こんなところだ。

「よーっし♪とうちゃーくvv」
ご機嫌な千影は到着すると同時に鬼斬の腕から自分の腕を離し、今度は手を繋いだ。
鬼斬の場合はもう拒否する気力もないらしく、大人しく好きなようにさせている。
「…すまなかったな」
「いや…別に気にしてないからいい」
そこでようやく自分が限を強制連行してしまったことに気づき、服から手を離して申し訳なさそうに謝る鬼斬に、どうせ来なければいけなかったわけだし、選択する手間が省けて良かったと限は首を振った。
「……まぁ、丁度よかった…かな?」
一人で入るよりはよっぽど安全だろうし、迷うことなく真っ直ぐに洞窟へ行けたわけだし、問題はないだろう。

「ほらほら、鬼斬ちゃんも限ちゃんも曙紅ちゃんも、早く中に入ろっ!!」
「……『ちゃん』付けはやめろ」
「僕もちょっと…」
「…『ちゃん』付けで呼ばれる…珍しい、かな…?」
「えーっ、いいじゃない可愛くて!」
「…可愛くなくていい…」

呆れたように深々と溜息を吐く鬼斬にむぅ、と頬を膨らませながらも、千影はさっさと中へと歩き出す。
「とにかく、どっちにしてもこの洞窟の中を探すんだから、早く入るのっ」
「……分かってる…」
「…まぁ、仕方ないか」
「此処の洞窟入る、初めて…。
 …ちょっと、楽しみかな…」
四者四様の言葉を発しながら、四人はほとんど並ぶようにして中へ入っていくのだった。

***

――――洞窟の中は光一つ射さない、完全な暗闇だった。

「ふわぁ…真っ暗だぁ…。
 あ、でもチカは暗いところ別に怖くないよ、大丈夫よ♪」
千影は元々本体が猫科の動物なので、暗いところは得意だ。
なので暗闇の中でも、壁の凸凹だって簡単に見分けることが出来る。

「…懐中電灯、持ってくる…必要、だったかな…?」
「の、ようだな」
真っ暗な洞窟の奥を見ながら曙紅が呟いた言葉に、限が頷く。

「……<光(コウ)>」
鬼斬は中の状態を確認した上で、何かの呪文らしき言葉を口にした。

―――――と。

…ぽぅ…。
鬼斬の掌に淡く光る光球が現れ、四人の頭上へとふわりと上っていく。
その光球の光はそれほど強くないように感じるのに、半径数メートル範囲をしっかりと照らし出していた。

「…これなら、懐中電灯はいらないし、なにかあった時にも両手が使えるから問題ないだろう」

そう言って歩き出す鬼斬に、驚いて止まっていた曙紅と限は慌てて歩き出す。
「凄い凄い鬼斬ちゃん!あれってどうやってやるの!?」
「…企業秘密だ」
「えーっ!教えてくれたっていいじゃなーい!」
「……」
「もーっ、ケチぃ!」
鬼斬としっかり手を繋いでいる千影は感動したように声をあげるが、鬼斬はさらりと流している。
少しずつ対応に慣れてきたらしい。
そんな鬼斬の姿を見ながら、曙紅と限は顔を見合わせるのだった。

***

―――――そして、更に数分後。

「光る石ちゃんどーこかな〜♪
 …あっ!カニがいる〜っ!!」
「…ウミウシ、いた…」
「「……」」

鬼斬と繋いでいた手を離した千影と曙紅は、今度は勝手にずんずん進みだした。
あっちへ行っては急に止まり、こっちへいっては滑って転んで半泣きになる(千影)わ壁をよじ登る(曙紅)わ。
そんな二人を追いかける鬼斬と限は、気づけばすっかり保護者の心情だ。

「…あれ?」
「どーしたの?」
不意に曙紅が洞窟のある場所に目を向けて、何かを見つけたらしく立ち止まる。
不思議そうに千影も覗き込んだところで、きょとんとした表情で固まった。

――ぐすっ…ひっく…――

「…子供?」
「多分…」

二人の視線の先にいるのは―――1人の、子供。
後姿だから性別は判断できないが、その小さな体から、大体の年齢は想像できた。
せいぜい四、五歳と言ったところだろう。
その小さな背中を丸めて、さっきから小刻みにしゃくりあげている。
さらさらの黒い髪はその動きに合わせて揺れて。
…ただ、側頭部から生えている角のような奇妙な物体だけが、妙に目を惹いた。

「なんでこんなところに子供がいるのかな?」
「…わからない…でも、危ないのは確か…かな…?」
「そうだね。呼びに行ってみよ?」
「…そうだな…」
小さな子供が一人で、しかもこんなところで泣いているなんて心配だ。
連れて行こうと二人が一歩踏み出したところで――――。

「待て」

鬼斬が二人の肩を掴んで引き止めた。
「え?」
「鬼斬ちゃん?」
「…そのまま進めば、体に穴が空くぞ」
「「……え?」」

二人が鬼斬の言葉に驚いてその子供がいる場所をもう一度よく見てみると…。
「…あ…」
「ひゃっ…」

――――子供の座り込んでいる場所は、穴の上だった。

まるで疑似餌のように穴の上に浮かんでいる子供の下にある穴は、比較的浅めなものの、一歩でも足を踏み外せば尖った岩に確実に刺さる。
どんなに体重が軽かろうと肉体を持つ限り宙に浮かばなければ足に穴が空くのは免れないだろう。

「…あの子供、一体誰なんだ…?」
「……」
限の言葉に、鬼斬は無言で黙り込む。
そして少し間を空けた後、ぽつりと呟いた。

「――――『記憶の幻』だ」

「「「記憶の幻?」」」
鬼斬の言葉に同時に言葉を返す四人。
それに頷くと、鬼斬は言葉を続ける。

「この洞窟は何か特別な力が働いているからな。
 それが一種のレコーダーのような働きをして、此処に訪れた者の記憶を拾って幻として見せている。
 それも、誰かが新たに訪れる度に上書きされるメビウスの輪のようなレコーダーで、だ。
 …幻が此処に現れたのは、恐らく単なる偶然だろう」

「…それじゃあ、あの幻も誰かの『記憶』なの?」
「……そういう事になるな」
「じゃあ、どうして僕達の記憶、幻、無い?」
「恐らく最もこの場に馴染みやすい存在を選び出してそいつの記憶だけを幻にしているんだろう」
首を傾げて問いかける二人にぽつぽつと答える鬼斬。
しかし話を聞いていた限は訝しげに眉を寄せ、鬼斬に問いかけた。

「…それじゃあ、僕達の他に…誰かいるのか?」

―――その問いかけに、鬼斬はすぐには答えない。
      すっと身を翻して奥を向くと、鬼斬は小さな声で答える。

「……いや。此処に俺たち以外の人間の気配はない」

それに更に眉を寄せた限は、背を向けて歩き出す鬼斬に再度問いかける。

「…じゃあ、あの記憶は一体誰のものなんだ?」

その言葉に一旦足を止めた鬼斬は、ぽつりと、呟いた。

「――――――俺のよく知っている者のモノだ」

「「「!」」」
三人が驚いている間に、鬼斬は話はこれで終わりだと言わんばかりに歩き出す。
「…ちょ、ちょっと待ってよ鬼斬ちゃん!」
「置いていく、困る…」
「…」
恐らくこれは聞いてはいけないことなのだろう。
本能的にそれを察知した三人は、これ以上触れることなく、鬼斬の背を早歩きで追いかけていく。

――…ごめんなさい、お母さん…――

…全員の背が見えなくなった頃に、子供の幻が、ぽつりとそう呟いたが…その声は、誰の耳にも入ることはなかった。


●海中探索―A●
―――翼は海の中を優雅に泳いでいた。
御先から貰ったブレスレットのお陰か、水中でも地上と同じように自然と息をすることができるし、暗闇の中でもまるで昼間の地上のようにハッキリと海藻等を目視することが出来る。
これは後で感謝しないとな、と考えながらゆっくりと深海へと泳いでいった。
夜の闇の中で泳ぐ魚達が目の前を通り過ぎていく。
それは不思議な感覚。
夜は己の知るところだが、夜の海の中は普段は見ることはない。
そんな貴重な世界を見ているということは、むず痒くて…面白かった。

――――と、不意に体に感じる潮の流れが微妙に変化した。

何かがいる。
直感的にそう感じた翼は足を動かすのを止め、周りを見渡す。

ごぽり。

瞬間、足元で大きな気泡が上がった。
自分の拳大ほどもあるその気泡。
当然翼に見覚えなどある筈もない。

――――そして次の瞬間、足元に巨大な気配が生まれた。

「っ!!」
今まで全く気づかなかったのは事実。
翼は少しばかり気を抜いていた自分を悔いた。
しかし足元の気配は待ってくれるはずもなく。
その気配はゆっくりとこちらへ向かって浮上し、大きな影を作り出す。

それは巨大な魚でも、鮫やイルカのような影でもなかった。
まるで巨大なパイプのような――――翼の視界を埋め尽くしてもまだ足りない、限りなく長い『それ』。
ぐにゃぐにゃと波打つ影は、形を変え――まるで翼を見据えるように、『顔』をこちらに向け―――『それ』は、笑った。


―――――――巨大な海蛇のような姿の中に浮かぶ、羽のような巨大な鱗をたなびかせながら、確かに…『笑った』のだ。


***


―――そして数分後。

「…ふぅ…」

翼の目の前には、頭を真っ二つに割られた海蛇もどきが浮かんでいた。
既に動かないところを見る限りでは、恐らくもう死んでいる…いや、活動を停止しているのだろう。

翼にとって、ただ波打って牙で噛み付こうと襲い掛かってくるだけの相手はとるに足らなかったようだ。
頭を割ってしまえば、すぐに動かなくなった。

ゆらゆらと潮の動きに合わせて揺れる頭からは―――血や体液と思しきものは、一切流れていない。
つまるところ―――空っぽなのだ。頭の中の本来脳髄や骨がある筈の場所には何もなく、ただ、空洞が広がっているだけ。
まるで張りぼてで作られた玩具のように、中身が何もなかったのだ。

「…式神かなにかの類か…?」

そんな海蛇もどきを身ながら翼は考え込むような仕草でぽつりと呟き、それをもう一度見た。
…このままいても、得るものはなにもなさそうだ。
そう結論を出した翼は、海蛇もどきの体を再度見る。
その体は酷く長く、海の底の更に奥まで続いているようだった。

「…行ってみるか」

ぽつりとそう呟いた翼は、ゆっくりと体を動かし、更に深海へと潜っていく。
海蛇もどきの体の先に何かある。―――そう、確信して。

***

暫く泳ぎ続けていると、不意に海蛇もどきの体が太くなる部分を発見した。
近づいてみると、それは急に太くなっているわけではなく、分かれていた日本の体がくっついているような…二股に別れていた首がここで一つになっている…つまり、ここからが胴体、と言うことか。
そう考えた翼の耳に、不意に聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「おーい!おねーさーん!!」

そんな呼び方をする相手で、しかも今海の中にいる者で考え付くのは、一人しかいない。
徐々に姿を現すその陰の髪は――空色。
――――――御先だ。

「…キミは…どうしてここに?」
「え?いやさー。
 俺、このぶっとい大蛇もどきに襲われてね」
「キミも?」
「え?ってことはおねーさんも?
 やー、倒した後に頭が空っぽだし、首が下に続いてるしでさ、気になって辿ってきたら…」
「僕がいた、と」
「そのとーり♪」
物分りが良ろしくて助かりますーvなどとふざけて笑う御先をさらっと流し、翼は再度分かれ目になっている場所を見た。
八岐の大蛇ならぬ二岐の大蛇、と言ったところだろうか。
片割れは自分が倒したが、まさかもう片方の頭に御先が襲われていたとは。
まぁ、傷が一切ないようだし、それほど大して気にしなければいけないことでもなさそうだが。

「もうちょっとで海の底につきそうだし、もう少し潜ってみよーよ」
「そうだな」

御先の提案に頷く翼。
二人は同時に足を動かし、ゆっくりと体を下に向けて潜り始めた。


海底は――――――近い。


●浜辺探索―A●
探索は暫くの間続いた。
あっちを歩いてこっちを歩いて。
大まかに分担して、陸側の周辺・波打ち際・砂浜中間地点・流木&倒木のあるところ―――の四箇所に別れて探索した。
影踏は砂の中を太めの木の枝で作ったクマデもどきで掘り起こし。
マイは下を向いてうろうろしながら、何か光るものを見つけるとしゃがんで四つんばいになって探す方法を行い。
すばるはサーチアナライザ(光学式物質分析装置)で探し。
他の皆もそれぞれ己の考えた方法で探し回る。

――――――が。

「……見つからないな」

ぽつりと龍也が呟いた通り――――石は、全くと言っていいほど見つからなかった。

かれこれ一時間近く経つが、光る石など一つも見つからなかった。
…いや、月光を反射して僅かに光る石はあるのだが、それは所詮偽者。
あの時見た光と同じものを発する石は、どんなに探しても見つからなかったのである。

「…もしかしてこんな表面じゃなくて、もっと深いところにあったりしてな」

後ろからぽつりと聞こえた万輝のぼやきに、全員がはっとする。
「その可能性があったか…」
ぬかったな、と鎖々螺が呟きながら、すっと視線を下に降ろす。

――――――嫌な予感。

「……よし、抉るか」
「「待った(て下さい)―――――ッ!!!!」」
武具をはめたその拳を振り上げ、せーの、と呟いた鎖々螺に、大慌てでマイと影踏が止めに入った。
がしっと両腕にしがみつくと、鎖々螺が何だと言いたげな目を向ける。

「…さ、流石に抉るのはどうかと…」
「って言うかさ、鎖々螺がやったら俺らも巻き込まれそうで怖いから止めて欲しいんだけど…」

二人とも必死だ。
って言うか確かに『掘る』じゃなくて『抉る』って言うのが有る意味不安要素だと思われる。

「…なんだ、面白いことになると思ったのに」
「結局の所、掘るのか?掘らないのか?」

残念そうに止められる鎖々螺を見る龍也と、手伝おうとしているのかなにやら構えているすばる。
慌ててマイが掘らないという旨を伝えると、すぐに手を下ろした。

「……」

そんな五人を離れたところで見ながら、万輝が溜息を吐く。
このあまりにも統一性のないメンバー、なんとかならないものか。


思わず見ている第三者が遠い目をしたくなりそうなこの光景に―――唐突に、異変が現れた。


ゴ…ッ。

『!?』

不意に足元が大きく揺れる。
それも一人、二人の範囲ではなく、この場にいる全員を巻き込むような膨大な揺れ。

それはただの地震ではなくて――――――。

「地面が…盛り上がってる!?」
「おい!!早くここから離れろ!!!」

ゆっくり、ゆっくりと盛り上がっていく地面。
鎖々螺の叫び声に皆はっとして動き出し、途中手を貸して貰ったらり担ぎ上げられたりしながら盛り上がりから非難する。
ある程度離れたところで振り返ると、その盛り上がった地面は砂を滝のように下へと流しながら、ゆっくりとその姿を現していた。
明らかに何か『生物らしきモノ』の形を作り上げていく。

立ち止まっている皆の目の前で、ほとんど砂を地面へと流して現れたそれは――――。


『…………』
「うわっ、なにアレ!?無駄に可愛いしっ!!!!」


――――――無駄にプリティな、巨大ウミガメ。


全員無言になる中、影踏だけがどこか感激したような驚いたような奇妙な叫び声を上げた。

うるうると水分で潤んだ黒くて大きな瞳。
本来ならしっかりとしているはずの輪郭は、まるで漫画のように丸く、なだらか。
巨大なヒレはぱたぱたと動かされ、生暖かい風を発生させる。


―――――――ぜってぇこの世のイキモノじゃねぇ。


全員の心情がこんな感じで一つになった瞬間だった。

「…とりあえず、倒すか」

こんなでかいものをそのままにしておいても百害あって一理なしだ。
っていうか既に完全に砂浜を塞いで進路妨害しているので一害発生。

手にはめた深紅の手甲…『滅妖牙』をしっかりと直しながら呆れたように呟く鎖々螺を見て、またもやマイと影踏が反応した。

「だ、駄目だよ鎖々螺!可哀想だって!!」
「そうですよ、あんなに可哀想なのに…!」
「…おいおい…」

すっかり情に流されている二人を見て、鎖々螺はがくりと脱力する。
まぁ確かに普通の神経の持ち主ならこの姿を見たら攻撃するべきが悩むのも当然だろうが…。

…しかしそこで、ウミガメの体に唐突な変化が訪れた。

ぼこり。
「「……え゛?」」
ウミガメの顔が――奇妙な形に歪んだのだ。
まるでそれを引き金にしたように、体全体からぼこぼこと快音と奇妙な歪みが発生している。
「ひっ…」
「うわぁ…」
マイと影踏がその変貌に顔を歪めて後ずさる。
流石に今の今まで可愛かった生き物がボコボコに変形すれば逃げたくもなるだろうが。
しかし他の人間の表情はぴくりとも動かない。
何と言うか…結構慣れてるのと、こういうのは気にしないメンバーだから、と言ったところだろうか。

そして変貌を遂げたウミガメは―――もはや、ウミガメと言うに値しない姿だった。

ボコボコになった顔、角のようになった頭部。口の部分から生えたトドのような牙。
甲羅も全体的に棘がついたようになり、ヒレなんてむしろドリルといった方が合うような形になってしまっている。
なんかもう口から『シャゲー』とか聞こえてくる上に牙をむき出しにしてる辺り、完全に臨戦態勢だ。

――――――か、可愛くねぇ…ッ!!!!

またもや全員の心の声がこんな感じで一つになった。
「うし、これなら心置きなく倒せるな」
「おう!思いっきりヤって来い!!」
「…あ、あの、でも殺すのはちょっと…」
すっかり意見を翻した影踏が鎖々螺を煽りたて、マイが恐る恐る鎖々螺を止める。

しかしそんな三人目掛け――――ウミガメもどきのドリルヒレが振り下ろされた!

―――ドォンッ!!!!

盛大な音と共に大量の砂が舞う。
影踏とマイは鎖々螺の脇に抱えられるようにして、宙にいた。
咄嗟に二人を掴んで鎖々螺がジャンプしたお陰だ。
すたんと軽やかに着地した鎖々螺は、二人をしっしっと後ろに追いやりながら声をかける。

「攻撃してきたんだから敵対意思アリとみなす。
 んでもってさらにアレぜってー生物じゃないから倒す」

反論は許さないからな、と口早に言うと、鎖々螺はさっさと前を向いて歩き出した。
「…鎖々螺が戦う気満々なら、僕は何もしなくてもよさそうだな」
楽しそうに指をボキボキ鳴らす鎖々螺を見て、万輝は呆れたように呟く。
そして非戦闘員三人は、大人しく離れたところで待つことにしたのだった。

―――そして戦闘員三人組。

「…龍也はともかく、お前は大丈夫なのか?」
肩をぐるぐる回しながら、隣のすばるに声をかける鎖々螺。
その言葉にこくりと頷くと、すばるは自分の右掌を指差してみせる。
「すばるの右掌には戦闘用の『ハイドロデリンジャー』が装備されている」
「『はいどろでりんじゃあ』?」
聞きなれない言葉に鎖々螺が聞き返すと、すばるは説明を始める。

「この掌から超高圧水流を発して対象を粉砕するものだ」

物体の洗浄も出来る、となんだか気の抜ける言葉を付け足すと、すばるは前でシャゲーと鳴きながら首を振り回すカメに顔を向けた。
「…随分物騒なモノ装備してんだな」
それなら大丈夫か、とどこか呆れたように呟くと、鎖々螺はきっと顔を前に向ける。

―――しかしそこで、横から龍也の声がかかった。

「…鎖々螺。お前は下がってろ」
「ぁあ?」

ちょっと前にある出来事があったせいで龍也に対しては何時にも増してぶっきらぼうな鎖々螺は、折角戦えると思った矢先のその言葉に思いっきり顔を歪めて振り返った。
「下がってろ、といったんだ。
 お前が戦う必要はない」
真剣な顔で鎖々螺を見ながらそういうが、鎖々螺は納得して下がるどころかへっと鼻で笑って一歩前に出る。
――――そして、一言。

「――――――やなこった」

「…なんだと?」
べーっ、と舌を出しながら言われた言葉に、龍也は顔を顰める。
が、鎖々螺は皮肉るように口元を歪め、ぽつぽつと話し出す。

「俺は今『誰かさん』のお陰ですっげー腹立っててな。
 折角憂さ晴らしの機会を貰ったんだ。…此処で活用しないで何時活用するってんだよ」

誰かさん、のところを強調しながら言う鎖々螺に、龍也は半ば呆れたような、それでいて仕方ないといわんばかりの表情で溜息を吐いた。
それを諦めと取ったのか、鎖々螺は前を向くと、にやりと口元を歪める。

「――――――龍也、すばる。
 お前ら、俺が危なくならない限りは絶対に手ェ出すなよ」

「―――了承した」
「…はいはい、分かったよ」
まるで子供が新しい玩具を見つけたように笑う鎖々螺を見て、龍也は肩を竦め、すばるは無表情で頷くのだった。


●森(北部)探索―A●
そして暫く歩いた頃。

「…なんで全然見つからへんの〜…?」

―――がっくりと肩を落とした美咲が、木に寄りかかって座り込んでいた。

その正面では汗一つ掻いていない護羽が、木々の隙間から辺りを見回している。
「ん〜…結構歩いたと思うんやけど…なんでやろ?」
「ってゆーかもしかして同じトコぐるぐる回っとるとか言うオチちゃうやろなぁ…?」
「あぁ、それはあらへんあらへん。
 さっきから同じ木を見た記憶はあらへんしな」
疲れたように呟いた美咲の言葉をさらっと否定する護羽。
「…同じ木て…アンタそないなこと全部記憶しとるんかいな?」
「少なくともお嬢よりはバッチリよんv」
「…っかー!ホンマムカつくやっちゃなぁ!!」
呆れたように言う美咲にぶりっこしながら返す護羽。
それに癇癪を起こす美咲を他所に、護羽はふと空を見た。

ここは他に比べて若干開けているらしく、満月がその姿をくっきりと現している。

それをぼんやりと眺めてから、護羽は顔を美咲の方に向けて口を開いた。

「―――ほな、僕上から見てみるわ」

「はぁ?」
突拍子もない発言に、美咲が目を見開いて間抜けな声を上げる。
上を見上げてみれば、軽く数メートルに達する木が立ち並んでいて、枝も細いものが密集している程度で上ることは出来なさそうだ。
そして呆れたような表情をすると、馬鹿にするように口を開く。

「何言うとんねん。
 人間があんな高い木に登れるわけが…」

あらへんやん、と美咲が言い終わる前に、護羽はとん、と地面を軽く蹴っていた。
本当に軽くジャンプするような蹴り。
少なくとも上に上がろうとする人間がする動きではないだろう。

――――――しかし。

護羽の体はまるで重力がないかのようにあっという間に舞い上がり、軽々と美咲の頭上の木の頂上に着地してしまったのだ。
「……はい?」
「おー、見晴らし良好ってトコやなぁ♪」
ぽかんとして頭上を見上げる美咲を他所に、護羽は呑気に頂上でヤンキー座りなんぞしつつ額に手を水平に当てて遠くを見渡している。
ぱくぱくと金魚のように口を開閉させていた美咲は、やや間を空けてからはっとして、大声を上げた。

「―――な、なんで護羽さんジャンプでそこまで行けるん!?!?」

当然の疑問といえば疑問だが、護羽はきょとんとして美咲を見下ろすと、事も無げに言い放った。
「そりゃあ―――行けるからやろ?」
まるで卵が先か鶏が先かを問いかけているような会話。
この人には常識は通用しない。
そう悟った美咲は脱力し、ぺたんと座り込んで空を見上げた。
護羽は何時の間にか向かいの木の頂上に移動していて、彼の後姿が確認できる。

「…あーもう…なんやねんあの人…」

はぁ、と深々と溜息を吐いてからふと月を見上げた時――――。
―――カッ。


「!?」


――――――まるでフラッシュバックのように、連続して美咲の頭を二つの映像が駆け抜けた。


一つは大きな一本杉。
崖を背にした丘のような場所。
草は生えているのに直径十数メートル内に一切木が生えていないそこの中心に堂々と鎮座するそれ。
その木に―――何かがあると直感が告げていた。


そしてもう一つは―――ウサギ。
ウサギと言っても、ただのその辺にいる野生のウサギではなく。
例えるならば――『不思議の国のアリス』に出てくる時計ウサギだ。
四速歩行のウサギを二足歩行に切り替えたようなその体。
長く大きな足は確かに飛び上がることに適していそうだった。
真っ白な毛皮はふわふわとしていて触り心地がよさそうで。
顔には大きくくりくりしている白銀色の瞳を片方だけ覆うモノクルがかけられていて。
ぴんと立った一対の耳はやはり普通のウサギと同じ雰囲気を醸し出す。
胴体には何故かベストを羽織っており、首から提げているのは三日月の形を模した首飾り。
これで首からさげているのが懐中時計ならば、きっと時計ウサギだと思っただろう。

…そんな不思議な姿をしたウサギは、地面からじっと月を見上げているのだ。
まるで――――帰れぬ故郷を、懐かしむように。


―――――まるで数分にも感じられた時間は、たった一瞬だった。


「…どないしたん?」
「―――ッ!?」

急にかけられた声にはっとして意識を戻すと、目の前には腰を折った護羽が不思議そうに顔を覗き込んでいて。
「え…あ…」
「なんや急に黙ったから気になって降りてきたんやけど。
 …まぁ、一秒も経ってへんからちょっと疲れて意識飛ばしてもうたんかな?」
無理はすんなや、とぽんぽん美咲の頭を叩きながら、ヤンキー座りをした護羽は彼女に笑いかける。

しかし美咲の頭の中はぐるぐるしていた。
先ほどの幻は一体なんだったのか。
今の一本杉は。
そしてあの不思議なウサギは。

…いや。
恐らくウサギの方は置いておいても構わないだろう。
問題は一本杉の方だ。

「…なぁ、護羽さん」
「なんや?」
美咲の問いかけにん?と首を傾げる護羽に、美咲はやや考えながら問いかけた。

「…さっき見渡した時に、草はあるのに周りの十数メートル内には一本も木が生えてへん崖近くの丘ってあった?」

―――その問いかけに、護羽が驚いて目を見開く。

「…なんやお嬢。自分この辺の地形知っとったんか?」

……当たりだ。
なぜかは知らないが、自分は此処の地形の一部を垣間見てしまったらしい。

「……いや。
 なんちゅーか…さっき意識飛んでもうた時に…そこの映像が見えてん」
「…マジで?」
「マジも大マジや」

今度は護羽がぽかんとする番だった。
…しかしすぐに何か考え込むような仕草をすると、にっと口元を持ち上げる。

「…ほな、とりあえず一本杉の所に行って確認するんがいっちゃん早いやろな」

「……は?」
思わず大口を開けて固まる美咲を見て笑いながら、護羽は話を続ける。
「キミが見たって言うんやから、なんか理由があるんやろし、此処であれこれ話すよりも、行って直接確かめた方が早いやろ?」
「…まぁ、確かにそうやけど…」
「なら、決まりやな」
さくさくいこか、と笑いながら腰を上げる護羽につられて美咲も腰を上げ―――。

――――――がさり。

「「!」」

―――急に、草むらが大きく動いた。

「な、何なん!?」
「…あっちゃー…。
 しもた。周りに気ィ配っとくの忘れとったわ…」
怯えた美咲が護羽にしがみつくのと同時に、ぺち、と額に手を当てながら苦笑する護羽。

がさがさと大きくなっていく草むらの揺れと音が空間を満たし。
そして――――。

がさがさっ!


――― 一際大きな揺れと音を伴って、草むらから複数の小さな影が飛び出してきた。


それは―――――。

「……う、ウサギ…?」

…そう。家畜で飼われていたりする、あの普通のウサギが沢山いたのだ。
土で汚れた白い毛皮に、赤く丸い瞳。
ふんふんと鼻を動かす姿は、いっそプリティと形容してもいいだろう。

美咲は思わずぽかんとして硬直してしまった。
あれだけ怯えて損した気分だ、とでも思ったのだろう。
しかし護羽はその姿を見て、大きく眉を寄せた。
そしてしっかりと美咲の腰に腕をまわす。

「な、なんやのっ!?」
「…見かけに騙されたらアカンで…」

驚きと照れが入り混じった表情で護羽を見上げる美咲だが、護羽の真剣な表情と声音に息を飲む。
…嫌な予感がする。

「……コイツら、見た目は人畜無害なウサギにそっくりやけど…」

美咲の腰に腕を回したままざり、と一歩後ずさると、ウサギ達がぴくりと耳を動かす。
すると不意に可愛らしさを醸し出していた丸い目が―――きゅっと、鋭く細められた。
それと同時に、可愛らしく見えるはずの口元が、大きく裂け始める。

「…ひっ……!?」
その異形への変化に顔を青くして美咲が護羽にしがみつくと、護羽は真剣な表情の中で口元だけを笑みの形に歪め、そっと開いた。


「――――どう考えても、集団で狩りに来た肉食獣みたいやないの!!!」


――――――――そう言うと同時に、耳元まで大きく裂けた口元から尖った牙を見せながら、肉食獣の如く変化したウサギもどきが、一斉に飛び掛ってきた!


「ひやぁぁああああっ!?!?!?」


●洞窟探索―A●
一行は、先ほどの幻の場所から十数分ほど歩いていた。

「…楽しそうだな」
また先ほど同様ずんずん前に進んで行きそうな千影と曙紅の襟首を引っつかんで止めた鬼斬が、曙紅に向かって声をかけた。
「楽しそう?」
「あぁ」
問い返しに頷いた鬼斬に、曙紅は考え込むように俯く。
「そか…。
 …ん…こういうとこでゆっくりするの、初めてだから…かな」
「……ゆっくり?」
ぽつりと鬼斬から小さなツッコミが入ったが、幸か不幸か、曙紅には聞こえていないようだ。

「もぉー!鬼斬ちゃん、この猫みたいな捕まえ方やめてよー!!」
まだじたばた動くため襟首を掴まれたままの千影がもがくと、鬼斬は呆れたような視線を向ける。
「…そう言えば、お前、保護者はどうした?」
「え?」
「一緒にいただろう。同い年ぐらいの男が」
その言葉に、千影は先ほどまでの無邪気な顔を拗ねたように歪ませ、頬をぷぅっと膨らます。

「…万輝ちゃん、『そんな馬鹿らしいことに付き合ってられない』ってどっか行っちゃったの」

だから知らない、とぷいっと拗ねたように顔を反らす千影を曙紅が「まぁまぁ…」と宥めている。
その様子を横目で見ながら、後方で汗を拭っている限に目を向けた。

「…暑いか?」
その問いかけに、限が顔をあげる。
真夏の気候に合わせてほとんど密閉空間のこの洞窟。
ほとんど蒸し風呂状態のそれは、ただでさえ暑いのが苦手な限にはかなりきついものだった。
ただ、表情が乏しい限はあまり暑がってるようには見えないのが難点だ。
鬼斬だってさっきの汗を拭う動作がなければ気づかなかっただろう。
「……まぁ」
ぽつりとそう返す限にそうか、と言うと、鬼斬は前を見た。
「…とりあえず、無理はするな」
その言葉に、限は小さく目を見開く。
ぶっきらぼうだが、一応は心配してくれたらしい。
「…わかっている」

限が同じようにぶっきらぼうに答えたとき――――。


――イヤだぁぁあああぁぁぁあっ!!!!!!――


「「「「!!」」」」

唐突に、子供の叫び声が響き渡った。
全員が咄嗟に声の元――洞窟の斜め後ろを見る。

そこにあったのは…。

「あの子…っ!!」

――――あの時の『子供』が、女性に思い切り襲い掛かられている姿だった。

今度は子供の顔も横顔だがはっきりと確認することができる。
黒い髪、金色の瞳。普通の人間の子供と大差ない身体。ただ、先ほどの幻よりも若干成長しているようではあったが。
後姿の時に側頭部から生えていたモノは―――やはり、角だった。
闘牛のようなねじくれた角が、側頭部から眉間を覆うように、頭の形に沿って伸びている。
その角を―――女性が鷲掴みにしていたのだ。
女性も美しい腰まである黒髪で、やはり側頭部から角が生えている。しかしその角は子供より遥かに短く、突起物が側頭部から生えているような
しかしその表情は、眺めの前髪に隠れて確認することは出来ない。

――イヤだっ…!止めて!!――
子供はじたばたと暴れるが、女性と言えども大人と子供だ。
力の差は歴然。女性はびくともしない。

――ごめんなさい…!
   だけど、だけどこれが貴方の為なのよ…っ!!――

女性は今にも泣きそうな、搾り出すような声で叫びながら、子供の角を持つ手に力を込めていく。
ぎちり…と、角が大きく軋む音がした。
その音を聞いて、子供は一層暴れだす。

――嫌だよ、止めて!!――
――この角さえなんとかなれば、貴方はこの村にいることが出来るの…!!――


――――――止めて、母さん!!!!――――――


「「!!」」
その子供の叫び声に、千影と曙紅は咄嗟に飛び出しかけた。
しかしその肩をまたもや鬼斬が捕まえ、止める。
「なんで止めるの!鬼斬ちゃんっ!!」
「鬼斬、離す!僕、行く!!」

「―――行っても無駄だ」

必死に向こうへ行こうともがく二人を諌めるように、鬼斬は冷静な声でそう言う。
「なんで!?」
「どうして、無駄!?」

「…あれも、『記憶』なんだろう?」

「「!」」
鬼斬がその理由を告げる前に、限が静かに呟く。
その言葉に一度目を伏せた鬼斬は、静かに頷いた。

「…そうだ。
 あれは『過去』の出来事。幻。
 何をしようと、それを変えることはできない」

「そんな…」
千影が泣きそうに顔を歪めるのを見て顔を顰めつつも、鬼斬は歩き出す。
千影と曙紅の腕を掴んで、この場から引き離すかのように。
「鬼斬!?」
「ちょ、どうして!?」

「…これ以上見ていても、お前達が辛いだけだ。
 ――――行くぞ」

後ろから限がついて来るのを確認して、鬼斬はまっすぐに歩き出す。
まだ子供と母親の争う声が聞こえてくるが、それは歩くにつれてどんどん遠く、小さくなっていく。
そして、もう少しで全ての音が聞こえなくなると思ったとき。


―――嫌だぁああぁあああああぁぁああッ!!!!!!!!―――


子供の叫び声と、ごぎり、と何か太い物をへし折るような音が耳に届く。
振り返って走り出そうとする千影と曙紅を、鬼斬の腕が引き止めた。

…そしてそのまま、四人は奥へと進んで行く。

――――鬼斬は、一度も振り返ろうとはしなかった。


●閑話―森(南部)―●
…ここは森の南部。
北よりもなお暗く、木々が鬱蒼と茂っている。
所々木々の隙間からさ仕込む光だけが、唯一の光源だ。

そこをさくさくと歩くのは―――巳皇と、希望だ。

「…はぁ。私だけ一人ぼっちだなんて…寂しいですわ…」

他の皆さんも白状ですわよね…なんて頬に手を当てて溜息を吐きながら、巳皇はぼやく。

「巳皇さーん、俺がいるんですけどー?」
俺の存在忘れてません?と笑いながら希望が言うと、巳皇は呆れたように振り替える。

「あら。希望君は参加者じゃないでしょう?
 わたくしは参加者で一人ぼっちですのよ?」
「だから女の人一人にさせられないから俺がついてきたんじゃーん」
「…まぁ、そうなんですけど」

軽口で言葉の押収を行う二人。
巳皇は愚痴るのを諦めたのか、また一人でスタスタと歩き出した。
…そして、またふと口を開く。

「…そう言えば、さっきから全然襲われませんのね」

周りからは血と肉に飢えた獣の息遣いや匂いが漂ってくるし気配も感じられるのに、一向に襲い掛かってくる気配がない。
巳皇は力を抑えているのだからこれくらいで獣達が恐れるわけがないだろう。

――――――ならば。

「だって俺、面倒な戦闘はイヤなんだもーんv」

じとりと視線を横に向けると、飄々とした顔の希望が巳皇に笑顔を向けた。
…つまり、彼が周りの獣達に対して威圧感を発し、襲い掛かってこないようにしているということだ。

……まったく、憂さ晴らしも出来やしない。

溜息を吐いた巳皇の横で、希望がおっ、と声を上げた。

「巳皇さん巳皇さん、石あったぜ?」
「…あら、本当ですわね」

にやりと笑った希望と、あっさりと頷く巳皇。
二人の視線の先には―――確かに、淡く光る石の欠片が一つ、草の上に転がっていた。

「…それじゃあ、さっさと回収してしまいましょう」

巳皇はそう言うと、とん、と地を蹴るとふわりと舞い上がり、石の欠片の目の前に降り立つ。
そしてそっと石に手を伸ばしたとき―――。

――――カッ!!!

…ふいに、石の欠片が強く光った。
柔らかくも強い光が、二人を焼くかのようにしっかりと照らす。
「おぉっ」
「きゃっ…」
希望は驚くというよりも感嘆した様子で、その石の欠片が発する光に照らされる巳皇を見た。


…すると、そこにいる筈の巳皇の代わりに、彼の視界に移ったのは――――1人の、人間。
いや、人間のようだが…恐らく違う。
真っ黒なタイトドレス。すらりと伸びた手足。…しかしその手の先の爪は、不自然なほどに長い。
艶のある美しい烏の濡れ羽色の髪は…。
……いや、髪ではなかった。
髪らしきそれはまるで生き物のようにうねうねと蠢く。
よく見てみると―――それはまるで、黒い塊で出来た蛇のようで。
人間の女性に酷似した、蠢く髪を持つ者。
それは――――――。


希望がゆっくりと瞬きすると、目を開いたときには、そこに立っているのは巳皇だった。
気づけば、先ほどの光は何時の間にか消えている。

先ほどの光の中にいた者は一体何者だったのか。
それは希望にとって問いかけにすらならない。
楽しそうに口元を歪めると、巳皇に向かって口を開いた。


「―――巳皇さん、今のってやっぱり極秘事項?」


…その言葉に、巳皇もにっこりと笑って、立てた片手の人差し指を口元に添える。


「――――――勿論、口外無用ですわ」


ふわりとどこか悪戯っぽく笑うその姿に、希望も悪戯を思いついた子供のような表情で笑い返すのだった。


―――――その後。
       『ここにはこれ以上石の欠片はない』と言う希望の言葉を信じ、巳皇と希望は早めに切り上げて帰ることにしたのだった。


●海中探索―B●
しばらく泳ぎ続けると、二人は海の底へと辿り着いた。
海蛇もどきの胴体は海底の砂の中に埋まるようになって途切れており、これ以上深い場所へは続いていないようだ。

「…ここで行き止まり、ってこと?」
「だろうね。
 僕達に土の中に潜れって言ってるわけじゃないことを祈るよ」

とん、と砂に足をつけながら軽口を叩き合う二人。
軽く周囲を見渡してみると、遠くの方にちらりと何かが光るのが見えた。
蛍の光のような、ほのかで…そして、どこか心惹かれる光。

「…もしかして、あの光…そうじゃないのか?」
「へ?」

翼が光源を指差しながら問いかけると、御先が間抜けな顔をして振り返る。
そして翼の指差す先を見て―――どこか嬉しそうに微笑んで、頷いた。

「多分ね。
 とりあえず、見に行ってみよ」
「そうだな」

先ほどと同じような会話を交わすと、二人同時に砂地を蹴った。

***

宇宙遊泳をしているような感覚。
ゆっくりと泳ぎ続けていると、二人はある場所にたどり着いた。
そこにあった物は――――――。

「……貝?」

…………巨大な、二枚貝。
波打ったその貝の形は、よく漫画などで見かけるそれに酷似していた。
開いた貝のその一部から、淡く、しかしどこまでも届くような光が発せられている。
ぽかんとしている御先を他所に、翼は泳いでその二枚貝へ接近してみた。

「……あったぞ」
「え!?」

翼のどこか呆れたような声に御先が慌てて近寄ってみると、確かに、巨大な貝の端っこ。
そこにちょこんと乗るように石の欠片が置かれていた。

「この貝が飲み込んだのかなぁ?」
「かもしれないし、もしかしたら上から落ちてきたのが偶然この中に入ったのかもしれないな」
隣で不思議そうに首を傾げる御先に答える翼。

――――カッ!!!

…ふいに、石の欠片が強く光った。
柔らかくも強い光が、二人を焼くかのようにしっかりと照らす。
「うわっ」
「なっ…」
驚いて反射的に目を手の平で覆う翼。
…ふと、何かに導かれるように横に視線を向ける。

…すると、そこにいる筈の御先の代わりに、彼女の視界に移ったのは――――1匹の、蛇。
いや、蛇のようだが…恐らく違う。鱗があるようなものではないし、少なくともこの世界にいそうな物ではない。
つるっとした艶のある胴体に、背にあるのは翼の身長程もある大きな二対の翼。そのどちらもが美しい空色。
空を飛ぶよりも水の中を進む方が得意そうな流線型のフォルム。
なにより目を惹くのは―――淡く、優しい光を称えた…橙色の、蛇に酷似した双眼。
ただし額にある第三の瞳だけは縦長で、それだけはどこか人間のような風合いだった。
全長は翼の2倍くらいと言ったところだろうか。それほど大きいものではなさそうだが、見ていると何故だか威厳すら感じさせるその姿。
蛇と言うよりは―――竜やドラゴンと言った形容詞の方が、似合っているような感じだった。
いや…おそらくは、その類なのだろうと、どこか確信めいた思いすら浮かぶ。

その姿に驚いて翼が瞬きすると、目を開いたときには、そこに浮かんでいるのは御先だった。
気づけば、先ほどの光は何時の間にか消えている。
ならば…今のはなんだ?
幻か…それとも…。

「…今のは…一体…」
「どうしたの?おねーさん?」

不思議そうに瞬きする翼が気になったのか、あー眩しかった、と目を擦りながら御先が顔を覗き込む。
どうやら御先には先ほどの蛇が見えていなかったようだ。

「いや…なんでもない」

今はそのことは後回しだ。
翼はそう結論付けて御先にそう言ってから、貝に向かってそっと手を伸ばす。

――――と。

ぎぎ…とまるで古い蝶番が軋むような音を伴って、貝がしまり始めたではないか。
「!」
自分達二人を軽く飲み込んでしまいそうなくらい大きな貝殻だ。
閉まるスピードは早いと言うほどではないが、このままでは数分も経たないうちに確実にしまってしまう。
「閉まるのを止めないと面倒なことになるぞ!」
そう翼が言って近くに引っ掛けられそうなものがないか探すが、使えそうなものは見つからない。
その間にも、刻一刻と貝が閉まっていく。

「くそっ…間に合わない…っ!」

あとで無理やりこじ開けるしかないか。
そう考えて諦めかけた翼だったが―――。


――――――がきっ。


「…っセーフ…」
「……」
滑り込みの体勢で手を伸ばした御先がへらりと笑い、翼は絶句して硬直している。
御先が滑り込みでつっかえ棒代わりに突っ込んだ物。

―――――それは、彼の得物である筈の…弓。

それは大事な物なんじゃないか、とか、幾らなんでもそれはないんじゃないか…とか表情を動かす間もなく思考が回る翼。
しかし御先はそれに気づくこともなく、ぎちぎちとしなりながらも全くヒビ一つ入らない弓を片手で支えながら、すばやく欠片を手に取った。


「―――これで、一つゲットだね!!」
「…あ、あぁ…そうだな…」

にっこり笑顔で石の欠片を見せる御先に、引き攣った笑みを浮かべることしか出来ない翼なのだった。


――――ちなみに。
      この後他の場所も探してはみたのだが、結局他の石の欠片は見つからなかったらしい。



●浜辺探索―B●

――――――鎖々螺とウミガメもどきが戦闘を始めてから数分が経った頃。

ドォォンッ!!!!
ウミガメもどきがその鋭い牙を鎖々螺につきたてようと顎を落とすが、鎖々螺はそれを飛んで回避。
そして砂に深々と突き刺さった牙を引き抜こうとウミガメもどきがもがいている間に、鎖々螺は着地して攻撃するような構えをし、口を開いた。

「…熱き焔は大地を焦がし、海も空をも焼き尽くす…」

何かの呪文らしきものの詠唱と共に、鎖々螺の掌からボッ!と炎が発生する。
その炎は縄のような形状で、ゆっくりと鎖々螺の腕に巻きつくように進んでいく。
その炎は肩まで巻きついたところでその歩みを止め、勢いを増した。
それを確認すると同時に、鎖々螺は強く地を蹴って飛び上がる。

「―――そして全てを焼きつくし、残るは芥唯一つ!」

ようやく牙を抜き終わったウミガメもどきが顔を上げると、そこには既に鎖々螺がそこにいて。
一気に勢いを増した炎はまるで鎖々螺を燃やし尽くすかのように勢いを増し、彼女を包み込む。
しかし鎖々螺の服も体もこげ一つなく、まるで彼女自身が炎の塊になったような印象さえ受ける。

「焔を纏いて弾となり、忌むべき敵を燃やすべし!!」

そして鎖々螺を纏う炎は更に燃え上がり、周辺には蜃気楼さえ垣間見えるほど気温が上昇していく。
己の危機を察したのかウミガメもどきが鎖々螺に襲い掛かるよりも早く、鎖々螺はウミガメもどき目掛けて一気に急降下した!


「――――――『焔翔禍彗<エンショウカスイ>』!!!!」


そのまま鎖々螺は炎の弾丸となり、一気にウミガメもどきを斜めに貫いた。
鎖々螺が体を貫くと同時に勢いと炎はあっという間にはなくなり、彼女は静かに着地する。
そしてゆっくりとウミガメもどきを振り返ると―――立てた親指を、くいっと下に向けて笑って見せた。

「―――あばよ」

……ず…ズゥ…ン……。
そう言うと同時に、風穴を空けられたウミガメもどきは―――ゆっくりと、大きな音を伴って地に倒れ付したのだった。

「…け、結局一人で倒しちゃったよ…」
「しかも傷一つなし…だな」
「凄い…」
後方に下がっていた三人が感心と驚きをない交ぜにしたようなコメントを零す中、鎖々螺は満足そうに伸びをする。

「…っかー…!…あー、スッキリした」
首をコキコキ鳴らしながら、鎖々螺は爽やかな表情でウミガメもどきの死骸を眺める。

「…結局すばる達は出番無し、か…」
「そう言う事になるな」
折角の戦うチャンスを鎖々螺に譲った龍也は少々残念そうに。
すばるは特に何もこだわることはないので無表情に呟くと、鎖々螺に近づいていった。

「すっげーな鎖々螺!カッケー!!」
「そりゃどうも」
「あの…ケガとか、ありませんか…?」
「大丈夫だって。全然ないから」
「結局すばるの装備を聞いた意味はあったのか?」
「あー…なかったかも」
「全く…今回は譲ってやったけど、次からは俺にやらせろよ?」
「やなこった」

さくさくと鎖々螺とメンバーで会話がされる中、万輝はふとウミガメもどきの亡骸に目を向ける。
何故と言われたらカンとしか言えないのだが。

――――――――ところが。

「……ん?」
―――――ふと、目の端に淡い光が映ったような気がした。

顔を光が映ったような気がした方向に向けてみると、そこはウミガメもどきの甲羅と体の境目の辺りのようだった。
「…どうした?」
「いや…今、あの辺が光って…」
気づいて声をかけてきた鎖々螺に答えて先ほど光を感じた場所を指差すと、鎖々螺ははっとして顔を上げる。
するとまるで待っていたかのように―――もう一度、その場所から光が発せられた。

「…可能性はあるな」

真面目な顔になった鎖々螺が頷くと、彼女はたんっ、と地を蹴り、高く飛び上がる。
そしてそのまま、あっという間に甲羅と体の境目に着地した。
身体能力は人並みの万輝ではあそこまで軽々と上がることはできないだろう。
少々感嘆しつつも鎖々螺を見ていると、鎖々螺がその境目に手を突っ込んで何かを掴んで引っ張り出した。

その手に握られているのは――――淡い光を放つ、欠片。

「…本当にあったのか…」
「おい万輝!あったぞ!!」

欠片を掲げて笑う鎖々螺に気づいた他の面々が、驚いたように欠片を持つ鎖々螺を見る。
「あんなところにあったんですか…」
「変なところに隠すなぁ…ってかあんな所に隠すことって出来んのか?」
「…可能性としては、隠した後にあの物体が動いて隙間に挟まった可能性も…」
「まぁ、思い切り不自然には違いないけどな」

四者四様のリアクションを返す四人を見ながら鎖々螺は苦笑すると、降りようと立ち上がると欠片をしっかり握りこんだ。
…瞬間。

――――カッ!!!

…ふいに、石の欠片が強く光った。
柔らかくも強い光が、鎖々螺の手を中心にして全員を焼くかのようにしっかりと照らす。
「「「うわっ!?」」」
「「なっ…」」
「きゃあっ!?」
驚いて反射的に目を手の平で覆うメンバー。
…しかしふと、何かに導かれるように手を日よけのようにして、鎖々螺に視線を向けた。

…すると、そこにいる筈の鎖々螺の代わりに、皆の視界に移ったのは――――1匹の、トカゲ人間。
いや、トカゲ人間と言うには体がしっかりし過ぎているだろう。
まるで人間のような体躯に人のような頭。その後ろ頭を覆うのは、深紅の美しい短髪。
しかし腕は所々が深紅の鱗のようなもので覆われ、此方に向けられている背の尻の部分からは、長く鱗だらけの紅い尻尾が生えている。
指先も所々鱗のようなものに覆われ、爪は不自然に伸びた状態で指同士の間には水かきのようなモノがついていた。
そしてゆっくりと振り返ったその顔は。
やはり所々が深紅の鱗で覆われており、頬にはどこかの民族の不思議な文様が描かれていた。
そしてその瞳は―――――――。
―――深紫色の、爬虫類じみたそれ。

その姿は、トカゲ人間と言うよりは―――――リザードマン、と言った方があっているような気がした。

その場にいた面々が驚いて目を瞬かせると、目を開いた時には――――そこには、先ほどのリザードマンの姿はなく。
代わりにいたのは―――鎖々螺。

「…おい、お前ら…大丈夫か?」

たんっ、と甲羅を蹴って着地した鎖々螺が不思議そうに問いかけるのに、全員ははっとして首を振った。
鎖々螺には先ほどの幻は見えていなかったらしい。
…いや、むしろ鎖々螺のいた場所がそうだったのだから、鎖々螺が見えていなくても仕方がないのかもしれないが。

何人かは訝しげに顔を歪めて鎖々螺を見たが、彼女は気づいているのかいないのか、すたすたと万輝に近寄ると―――彼の手の中に、石を落とした。

「…え?」
「これを見つけたのはお前だからな。
 これはお前のモンだ」

そう言って半ば無理矢理押し付けるように手渡した鎖々螺は、さー他にもあるかどうか探すぞー、と呟いてとっとと歩き出す。
それを追っていく他のメンバーの後姿を見送ってから、万輝は困ったように石を見て…その後、溜息を吐いてからポケットにその石を仕舞いこんだ。

「…僕の分も、チカに渡せばいいか…」

ぽつりと呟いたその言葉は、誰の耳にも届くことはなく。
ゆっくりと歩き出した万輝の背は―――あっという間に、前の集団に混じって小さくなった。


――――ちなみに。
      この後他の場所も探してはみたのだが、結局他の石の欠片は見つからなかったらしい。


●森(北部)探索―B●
美咲は飛び掛られる瞬間にぎゅっと目を閉じ、一人走馬灯を始める。

――あぁもう。
   なんでウチばっかこないな目にあうねん。
   最悪や。まだまだ若いのに…。
   しかも原因がプリティウサギに擬態した肉食ウサギもどきに食われてお陀仏やなんて…。
   …あ、なんか考えたら凹んで来たわ…。

「…あぁ、でも…意外と痛くないねんな…」

むしろ体がふわふわしてる感じで―――痛みは、全くなかった。
これが成仏ってヤツなんかなぁ、なんてボケたことを考えていた時―――。

「……おーい、どこに魂飛ばしとんねーん」
「――――はい?」

頭の上から聞こえてきた聞き覚えのあるその声。
軽快さを失っていないその声に驚いて上を見上げて目を開くと――――そこには、苦笑気味に美咲を見る、護羽の姿。

「…あ、あれ…?」

首を回して周りを見れば―――自分は護羽の脇に抱えられた状態で、木の頂上に立っているではないか。

「…へ?は、はれ…?
 何でウチ、こんなトコおるん…?」
「お嬢、下。下見てみ」

ぽかんとした顔で自分を見ている美咲に苦笑すると、護羽は下を見るように促す。
美咲は促されるまま大人しく下を見て――――見なければよかったと、即後悔した。

この木の根元では牙をむき出しにし、赤い目を血走らせた肉食ウサギ達が、シューシューと蛇のような吐息を吐きながら、集まってじーっとこちらを見上げているではないか。
その上涎のオマケ付で。

「…うあー…」
「とりあえずお嬢抱えて緊急避難ってトコやな」

下を見て顔を青くする美咲を見ながら苦笑してそう言う護羽。
――――しかし、それもすぐに打ち破られる。

…がり…がり…。

「…ゐ?」
「……あいやー…」

下から聞こえる不穏な物音に下を見て―――二人揃って固まった。

――――――肉食ウサギが、木を登っている。
         器用に爪を引っ掛けて、少しずつ…けれど、確実に。

…自分達に、近づいてきている。

「―――――なんてこったい」

美咲のギャグのような呟きが、ぽろりと口から漏れた。

がり…がり…。
「ひーっ!!近づいてきてる!!肉食ウサギがじわじわとーっ!!!」
「…あ、しかも近くの木に分担して登って逃げ道塞いどるわ」
意外と頭いいねんなー、なんて呑気なコメントをしている護羽の言葉に、美咲はがっと護羽の襟首に掴みかかる。

「アホかーっ!!何呑気に言っとんねん!
 このまんまやったらウチらあっという間に骨やで骨!!」
「…や、案外コイツらなら僕らの骨までバリバリと行くんじゃ…」
「問題そこちゃうわーっ!!」

もう美咲は半分涙目だ。
会話は漫才風味だが、生死がかかった相当切羽詰った状況なのは確かである。
完全に混乱している美咲を見てふぅ、と溜息を吐いた護羽は、美咲の頭をぽんぽんと叩く。

「…お嬢、目ェ閉じとり」
「……は?」

言われた言葉は不可解極まりなく。
間抜けな声で聞き返せば、護羽は苦笑気味に言葉を紡ぐ。

「目ェ開けとったら視力悪くなるやろから、俺が『えぇ』言うまで目ェ閉じとるんやで?」

ええな?と言いながら美咲の目を覆うように片手をかける護羽。
もう目を閉じていろと言う合図なのだろう。
今の自分にはこの状況を打破する力はない。
少々癪だが、命とプライドを天秤にかけるならダントツで命が勝つ。
よって、今は大人しく言うことを聞いておくべきなのだろう。
仕方なく目を閉じると、護羽が満足そうに笑って手を離す。

目を押さえていた手がなくなる感覚を少々名残惜しく思いつつも、美咲は大人しく目を閉じ、ぎゅっと護羽にしがみつく。

足元からががりがりと木を引っかく音が近くなっている。
今すぐ目を開いて逃げてしまえたらどれだけ楽だろうか。


もうすぐで足元に辿り着きそうなほど木を引っかく音が近くなった時――――。


「――――――――――『閃<セン>』!!!!」


―――護羽の声と共に、カッ!!と、閉じている瞼の裏までも届くほどの、強い閃光が迸った。


『ギィィッ!?!?』
恐らく肉食ウサギのものだろう叫び声が聞こえ、どさどさと落下していく音がどこか遠くから耳に届く。
今の閃光で目が眩んだのだろうか。
きっと自分も目を開いていればかなり辛かったに違いない。

「―――もう目ェ開けても大丈夫や」

護羽の優しく囁くような声に目を開くと―――確かに、近くにもう肉食ウサギの影はなかった。
「…ってか、移動しとるやん」
今まで気づかなかったが、恐らく自分達がいたであろう木からは完全に移動しているのだろう。
下を見ても肉食ウサギの影が見当たらないのが、その証拠だ。
恐らく此処は肉食ウサギ達の縄張りの外なのだろう。追いかけてくる様子もない。

「…あの肉食ウサギたち、どないしたん?」

もしかして殺してしまったのだろうか。
不安そうに自分を見る美咲の視線に苦笑して、護羽は苦笑した。

「別に殺してはおらんで?
 超強力な閃光で目眩んでもらっただけや」

その隙に逃げてきたわけ、と肩を竦める護羽を見て、なるほど、確かにあの閃光ならばそれも可能だろうと納得する。

「…ほな、あの一本杉のトコまで行こか?」

納得したのを確認した後は、くつくつと笑って木の上をとんとんと飛んでいく。
「……なぁ、ウチはもしかせんでも一本杉に着くまでずっとこのままかいな?」
「…………」
「無視すんなや」

…結局、美咲は一本杉に着くまでこのままだった。

***

「…ふわ…でっかぁ…」
「おー、立派なモンやなぁ」

巨大な一本杉の元にたどり着いた二人は、その立派さに半ば感激すら抱いてそれを見上げていた。

樹齢を重ねた証である木々の傷と幹の太さ。
大小様々な枝が広がって、大きな空間を作り出している。

…とても立派な木だった。

「…さて、何かあるかなー…っと」

護羽は感動もそこそこに、すぐに石探しに入る。
「…なんや自分、感動うっすいなぁ…」
「そーかぁ?」
普通やと思うけどなぁ、と言いながらあちこちぺたぺた触っている護羽を見て、まともに会話をするのは即諦めた。

「…あれ、そこのウロ、なんやの?」

ふと護羽の頭の上の部分にあったウロを見て、美咲が不思議そうに声を上げる。
「へ?ウロ?…あ、ホンマや」
とりあえず探してみよか、と言いながらウロに手を突っ込む護羽。
相変わらず緊張感に欠けるなぁ…と思いながら彼を見る美咲は溜息を吐き、護羽の動きを見る。

「…お?」

指先に何か当たったらしく、護羽が目を軽く開く。
そしてごそごそと探ると―――何かを持って、手を引っ張り出した。

「何があったん?」

興味津々に護羽の手の中を覗き込む美咲ににっと笑いかけると、護羽は手を開いてみせる。

「―――みーっけた♪」
「…あっ!」

護羽の手の中で淡い光を放つのは…例の石の欠片。

「凄いやんお嬢!お嬢のカン大当たりやで!!」
「…ま、まぁな!!」

感動気味に美咲を見る護羽と、凄いやろ!と無い胸を張ってみたりするものの、自分でもちょっと感心してたりする美咲。
二人は一つ見つけられたとゴキゲン気分で、暫しの間笑顔で話込むのだった。


――――ちなみに。
      この後他の場所も探してはみたのだが、結局他の石の欠片は見つからなかったらしい。


●洞窟探索―B●
「……風だ」
ふわりと、風が頬を撫でる感触に、曙紅がぽつりと呟く。

「…恐らく、もうすぐ最奥だ」

「そうなの?」
「じゃあ、もしかしたらそこにあるかもしれないな、石」
「かもしれないし、無いかもしれない」

曖昧な言い方をする鬼斬。
もーっ、鬼斬ちゃんいじわるー、っと頬を膨らませる千影を軽くあしらいながら、鬼斬は洞窟の通路を曲がる。

そこは――――開けた広場のような場所だった。

「うわぁ…広ーい」
「うん…凄い、な…」
「…」
三者三様のリアクションを見ながら、鬼斬は一歩中に踏み込む。

――――――と。

ぞわり。
背筋を、気持ちの悪いものが駆け抜けた。

「「「「!!」」」」
全員がその気配の方向を本能的に察して向くと、そこには確かに『何か』がいた。

――――――そう、『あの人』が。

「「「「!!」」」」


四人が一斉に、目を見開いた。

「……万輝、ちゃん…?」
その中で唯一、千影だけがその人物の名を呼んだ。

「…なんで、キミが此処に…」
「あんた…何で、いる…?」
限と曙紅も、名前こそ呼ばないものの、呆然として誰かが立っているのを見ている。

だが、三人の様子を見る限り…どうも、何かが違うようだ。
しかし混乱している三人にはその様子を確認する余裕などなかった。


【―――――   】


誰かがが自分の名前を呼ぶ。
その声は確かに自分が知っているあの人のもので。
柔らかな声が、耳にこびりついて離れない。


「……止めろ」


――――――その奇妙な空間を砕いたのは、鬼斬の声。


驚いて三人が鬼斬を見ると――――彼は、静かに立っていた。


俯いて表情は見えないが、その手には、刀が握られている。
血の色をした刀身を持つ――――日本刀に似た、それ。


【…鬼斬…?】


あの人は、何故か彼の名前を知っていた。
表情一つ変えず、声だけは疑問系でその名を呼び。
ゆっくりと、ゆっくりと…まるで、確かめるように彼に歩み寄る。
そして鬼斬の前で立ち止まると、そっと彼の頬に向かって手を伸ばす。


――――――が。


「―――触るな!」

――――ごがっ!!!!

顔を上げた鬼斬が、刀の峰の部分で、あの人の側頭部を思い切り殴りつけた。
あの人は悲鳴を上げるまもなく吹き飛び、壁に当たって崩れ落ちる。

「「「!!!」」」

驚いて目を見開く三人を他所に、鬼斬は吹っ飛んだあの人に歩み寄り、その襟首を掴む。
そこに浮かぶ表情は――――『怒り』だ。
それはあの人に対する怒りではない。
あの人が此処にいるその『原因』に対して―――正に般若の形相で、怒っているのだ。

しかし驚いたことにあの人は彼の一撃を食らってケガをしているはずなのに起き上がり、彼に向かってそっと両手を伸ばす。

【…鬼斬…】
「貴様に名前を呼ばれる筋合いなどない」

しかし鬼斬はぴしゃりと自分の名を呼ぶ声を遮ると、刀をゆっくりと持ち上げる。

「俺は『紛い物』に名を呼ぶことを許すほど、寛大ではないのでな」

紛い物。
その真意を測りかね、三人は鬼斬を止めようとする動きを止める。
しかしあの人はその言葉が聞こえているのかいないのか、尚も鬼斬の頬に手を伸ばし、包み込むように触り―――口を開いた。

【…さ…つ…】

今度は、先ほどとは違う言葉だった。
いや、むしろ単語の羅列だ。
しかし鬼斬は一層顔を険しく歪めると、今まで見たことが無いほど怒りを滲ませて、刀を振り上げた。


「―――――アイツと同じ顔と声で、その名を呼ぶな!!!!!」


――――――ドッ!!

そして振り下ろされた刀は、寸分違わず――あの人の心臓のある位置を貫いた。
あの人は目を見開いて―――ゆっくりと、仰向けのまま、地に倒れ伏す。

「なっ…!」
「何するの!?」
「キミは…!!」

「――――『コイツ』を良く見てみろ」

そこでようやくはっとした三人が声をあげるが、それはすぐに鬼斬の声に遮られた。
「…え?」
その言葉に三人が驚いてあの人の亡骸があるはずの場所を見る。

――――だが、そこにあったのは『人』ですらなかった。

人の形に黒い画用紙を貼り付けたような。
真っ黒な全身タイツを着た人のような。
画用紙に黒い鉛筆で書きなぐったような。

どろどろとした―――――影の塊。

「…何、コレ…」
「お前らの言葉を借りるなら、『バケモノ』の類だな」
千影が嫌そうに顔を顰めるのに、鬼斬が静かに答える。
鬼斬はゆっくりと立ち上がると―――ビッ、と、軽く刀を振ってこびりついていた影の欠片を振り払う。
その動きと同時に―――影が、ぐにゃりと歪んだ。


それは大きく波打つと、ゆらゆらと揺れ――――そして、霧散した。


「…あれは…」
限の問いかけに、鬼斬は刀を鞘に戻しながら、静かに口を開く。

「―――この洞窟の現象の塊のようなもの、と言えば分かるか?」

その言葉に、三人ははっとして顔を見合わせた。

―――――この洞窟は、記憶の欠片を幻にして見せる能力を持っている。
        …ならば、その塊は一体どんな能力を持っていた?

少なくとも、自分達が見たものを考えれば、塊自体が精密な『投影機』のようなものだったのは確かだろう。
…しかし、あれは『記憶の断片』ではなかった。
立ち、喋り、名前を呼ぶ。
鬼斬の名を呼び、動き、触れた。
あれは記憶の中の出来事ではない―――現実だった。

まるでその心を見透かしたかのように、鬼斬は三人を一瞥し、呟く。


「――――お前達それぞれが見ていた人間は、――――お前達の心の中で、今現在最も強く残っている相手だ」


――――――それで、全てに合点がいった。

確かに、それならば納得がいくだろう。
彼等の姿を投影した塊は、彼等の意識の中にある記憶を覗き、その中にいた人物を『見せていた』のだ。
声までも、姿までもを精密に再現した、『その人』にしか見えない映像を。

「…そんなことが…?」
「出来る者は出来る。
 能力者だって色々力を持っている。それと同じだ」
そこまで言うと、話は終わりだとばかりに鬼斬は辺りを見回し始めた。
石を探しているのだろう。

それに気づき、三人も辺りを見回し始める。

「―――あれ?」
ふと、千影が影の跡の中で光る物を見つけて、そっと近寄った。
鬼斬が貫いた場所のすぐ真横の地面の穴の中。

土の隙間から―――小さな石が、淡い光を放ってそこにあったのだ。

「…あったぁ!!」

石は手でつまめばすぐに取り出せた。
それをしっかりと握って、千影は嬉しそうに立ち上がる。

曙紅が後ろからそれを覗き込んで、感心したように呟く。

「…それにしても、変わった石…」
「ホント。チカもすごく不思議な石だと思うもの」
「…蛍の光固めたみたいで…なんて言うかな。
 ええと…ニセモノ的、違う…」
「幻想的?」
「…そう、それ…」

千影と曙紅の二人で石を覗き込みながらのんびり会話をする中、鬼斬と限は黙々と周辺を探していた。
二人が再度探索を再開するまで―――数分ほど、かかったそうだ。


――――ちなみに。
      この後少し探し回ってはみたものの、結局石の欠片は他には見つからなかったらしい。


●これでおしまい●


――――――そして夜中と朝の境目の時間になった頃に、ようやく全員が集まった。


皆の集めた石の欠片を回収した後。
継彌は一人で二つの欠片を集めた千影を優勝者とし、商品をプレゼントすることになった。


千影の希望は―――「チカ用の黒いレースのリボンと、万輝ちゃん用の黒いネクタイ頂戴v」だった。


万輝は驚いていたようだったが、継彌はにっこり微笑んで頷く。
ただし届けるのは少し後になると連絡し、このまま解散となった。


勿論参加者達には、お礼と参加賞兼用と言うことでお菓子をお土産代わりに手渡してあるのでおおむね問題はない。


***


――――そしてまた希望と継彌以外の全員が出て行った後。
      …またもや、どこからともなく委員長である陽一郎が現れた。

「いらっしゃーい♪」
「お待ちしていましたよ」

二人は現れるのも当然と思っているのか、その唐突の来訪に驚いた様子もない。
にっこり笑顔で迎えられたことに無意識のうちに眉を寄せながらも、陽一郎は継彌に向かって手を差し出した。

「……欠片を」

「わかってますよ」
くすりと笑った継彌が彼の手の上に手に入れた欠片を乗せる。
参加者達は全部で6個の欠片を手に入れた。
それは陽一郎にとって、大きな利益となるもので。

「……ありがとう」
「「どういたしまして」」

「…これで、大分前に進んだよ」
「前に、ねぇ…」
「あんまり前に進みすぎて、足元をすくわれないよう、お気をつけ下さいね?」
くすくすと笑いながら茶化すように言う二人に、陽一郎は眉を寄せてから、軽く肩を竦める。

「…肝に銘じておくよ」

「それじゃ、俺たちはもう帰るから」
「僕達も一応決まっている場所で寝ないと怒られちゃいますしね」

くつくつと笑いながら、希望と継彌は陽一郎をログハウスから追い出すと、鍵を閉め―――まるで陽一郎をわざとそこに残すように、さっさと帰って行った。


そんな二人の背を見送ってから、陽一郎はゆっくりと振り返る。
そこに立っているのは―――月神・詠子。
悲しそうな諦めたような、奇妙な感情がない交ぜになったような顔で陽一郎を見ている。
しかし陽一郎はその視線を全く気にせず、むしろ睨みつけるように見ると、ゆっくりと口を開いた。

「……逃げようなどとは思わないことだ。
 時は…じきに満ちる」

よく通る声が、くっきりと一言一言を言い聞かせるように詠子の耳に入っていく。
言い終わると同時に、陽一郎は手に入れた欠片を握り締め、これ以上ここにいたくないとばかりに早足で彼女の隣を通り過ぎて行った。

そんな彼の背を見送ってから―――詠子は、悲しそうに俯く。

「…良く言うよ…。
 ……『逃げる』なんて選択肢、僕にはないこと…知ってるクセに…」

――――ホント、意地悪。

詠子の悲しい独白は、誰の耳に届くこともなく。
静かな森に、あっと言う間に溶けて…消えた。


石の欠片が光った時に看視者達のいた位置に垣間見えた謎の異形の姿。

石の欠片を集める陽一郎の真意。

そして…陽一郎と詠子の関係。


―――それらの謎も、じきに解明されるだろう。
     しかしそれがいいものか悪いものかは…誰にも、分からない。


THE END…?


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
【整理番号/名前/性別/クラス/属性】

【3093/李・曙紅/男/1−A/無】
【3480/栄神・万輝/男/1−A/光】
【3689/栄神・千影/女/1−B/闇】
【2748/亜矢坂9・すばる/女/2−A/風】
【2863/蒼王・翼/女/2−B/光&闇】
【3171/壇成・限/男/2−B/光】
【3315/笹原・美咲/女/2−C/無】
【2309/夏野・影踏/男/3−A/無】
【0126/マイ・ブルーメ/女/3−C/闇】
【2953/日向・龍也/男/3−C/闇】

【NPC/鬼斬/男/3−A/闇】
【NPC/御先/男/3−A/光】
【NPC/巳皇/女/3−B/闇】
【NPC/鎖々螺/女/3−B/火】
【NPC/護羽/男/3−C/無】
【NPC/継彌/男/3−C/火&水】
【NPC/緋睡・希望/男/2−A/?】

【NPC/繭神・洋一郎/男/2−B/?】
【NPC/月神・詠子/女/???/?】



●【個別ノベル】

【3093/李・曙紅】
【3480/栄神・万輝】
【3689/千影・ー】
【2748/亜矢坂9・すばる】
【2863/蒼王・翼】
【3171/壇成・限】
【3315/笹原・美咲】
【2309/夏野・影踏】
【0126/マイ・ブルーメ】
【2953/日向・龍也】