【タイトル】 我、彼者を捜す者
【執筆ライター】 千秋志庵
【参加予定人数】 1人〜
オープニング /共通ノベル /個別ノベル


●「海キャンプ」 オープニング

「……捜して欲しい人がいるの」
 儚げに、しかし凛とした眼の少女は言う。
 年の頃は自分達と同じか、もう少し幼い。
 黒く長い髪の毛が海風に揺れ、少し邪魔そうに手で掻き揚げる。

 ……名前は?

 自分達の発した声に、少女は一人の少年の名前を口にする。
 聞き知った友人の名前に、声は驚嘆の息を漏らす。
「私のこと、憶えているといいんだけどな。あの場所で待っている、そう伝えて」
 すうっと少女の姿が消える。
 同時に夢はそこで終わった。



 幻影学園海キャンプにての初日。
 奇妙なことに、同じ夢を見た人間が何人も出たという。

 草間武彦を求める少女の夢。
 哀しみにも似た、寂しそうな少女の夢。

 残影は目に焼き付けられ、消えない。
 夢を“夢”だと処理出来る能力を、彼らは残念ながら持ち合わせいなかった。



 ほんの少しの善意と大部分の単なる知的好奇心と興味。人を動かすにはそれで充分だ。
「……またかよ? 悪いが俺は何にも知らないぜ?」
 級友達から一人離れ、岩陰にて居心地悪そうに佇む武彦に声を掛けると、そんな反応が返ってきた。ふと視線をずらすと、既に同じようなことを考えていた輩がいたらしい。各々に意見を口にしては武彦に問いかけ、彼は律儀にその全ての問いに対して面倒臭そうに首を振っていた。
「憶えてないもんは憶えてない。っていうか、ここにくるの初めてなんだって」
 恐らく何度目かになる台詞を自分にもご丁寧に言ってくれた。

 ……兎にも角にも、「夢の中の少女」と「あの場所」を捜さないと。

 志を共にする同志と武彦の一夏の冒険が、知らず既に始まっていたことに、彼らは気付くことがなかった。
 「捜すこと」が自分の意思であると、そう思い込んでいた。 



●【共通ノベル】

「……捜して欲しい人がいるの」
 儚げに、しかし凛とした眼の少女は言う。
 年の頃は自分達と同じか、もう少し幼い。
 黒く長い髪の毛が海風に揺れ、少し邪魔そうに手で掻き揚げる。

 ……名前は?

 自分達の発した声に、少女は一人の少年の名前を口にする。
 聞き知った友人の名前に、声は驚嘆の息を漏らす。
「私のこと、憶えているといいんだけどな。うん、約束したあの場所で待っている、そう伝えて」
 微笑を残し、すうっと少女の姿が消える。

 同時に夢はそこで終わった。
 妙に現実味のある、夢とは思えない「夢」だった。



 幻影学園海キャンプにての初日。
 奇妙なことに、同じ夢を見た人間が何人も出たという。
 出会うと皆口々に同じことを口走る。
「見た?」
 簡潔な問いに、何人かは首を縦に振った。その内の何人かは問題の本人の姿を捜しに、友人と共に捜索に行った。

 草間武彦を求める少女の夢。
 哀しみにも似た、寂しそうな少女の夢。

 残影は目に焼き付けられ、消えない。そう、思った、
 夢を「夢」だと処理出来る能力を、彼らは残念ながら持ち合わせいなかった。



 ほんの少しの善意と大部分の単なる知的好奇心と興味。人を動かすにはそれで充分だ。
「……またかよ? 悪いが俺は何にも知らないぜ?」
 級友達から一人離れ、岩陰にて居心地悪そうに佇む武彦に声を掛けると、そんな反応が返ってきた。ふと視線をずらすと、既に同じようなことを考えていた輩がいたらしい。意見を口にしては武彦に問いかけ、彼は律儀にその全ての問いに対して面倒臭そうに首を振っていた。
「憶えてないもんは憶えてない。っていうか、ここにくるの初めてなんだって」
 恐らく何度目かになる台詞を、自分にもご丁寧に言ってくれた。
 そんな光景をやはり見飽きたのか、級友の少年が新たにやってきた自分を、傍に来るよう手招きしている。
「立ってるのも疲れますよ。此処、日陰で涼しいですのでどうぞ」
 変人が一人。
 傍に座るのとほぼ同時期にして、他の人は飽きたのか他に約束があるのか、適当に困惑した顔を見せて去って行った。いや、そもそもこのキャンプを草間武彦如きのために使う方が、一番の偏屈者なのだろう。残ったのは武彦本人を含めて計三名。
「あ、何か飲みます? 確か行きに買った激甘牛乳紅茶がそこら辺に」
 手渡す缶を受け取って開け、口にし、
「ありがとう」
 遅らせながら礼を言うと、彼は手をひらひらと言って答えた。
 草間武彦はやっと減り始めた人の背を見て軽い安堵の息をつくが、後方に残った二人の面子を見て肩をあからさまに落とした。
 シュライン・エマは手にした紅茶を飲みながら、急降下していく武彦の表情を面白そうに眺めていた。
「つまり、いつものメンバーしか残らなかったということですか」
 シン=フェインは何が可笑しいのか分からないが、シュラインと同じ缶を手にして、笑っていた。
 そんな様子を見て、武彦は疲れたように腰を落として手頃な石に座った。
「……で、どんな夢だったか。詳細は俺も分かんないんだが、説明してくれないか?」
 実際、武彦自身が話の中身を知っていなかったことを知ったのは、そのときが最初だった。

 夢の中に長い黒髪の少女が出てきたこと。
 その少女が「草間武彦」を探しているということ。

「因みに『草間武彦』という他の同姓同名の方は、キャンプの参加者には皆無でした」
 シン=フェインは武彦にも同じメーカーの缶ジュースを手渡して、軽く付け加えた。因みにそのデータは生徒会関係者の持つ名簿を拝借しての結果だとか、何とか。どういう手段を実行したのかは触れないでおく。
 記憶にはないという武彦に、シュラインは幾つかの質問を重ねるが、芳しい結果を得ることは出来なかった。
「ただ、さ」
 一通りの尋問を終えると、武彦は少し呆けたような口調で呟いた。
「俺誰かと今日会う約束してたんだけど、おまえらだっけ?」
 訝しげに眉を顰めるのを横目で確認して、
「誰かと会うってだけは約束したんだけど、当の本人を忘れたんだよなあ」
「もしかして、その相手……なのでしょうか?」
 シン=フェインは隣のシュラインの耳元に話しかけた。
「どう思います?」
「どうって言われてもなあ。時期的には合ってるけど」
 頬を掻きながら、彼女も既に去った元仲間と同じ表情を浮かべた。そして、武彦に向き直る。
「場所は憶えてる?」
 シュラインの言葉に、武彦は首を縦に振った。
「勿論。時間はあと三十分くらいあとだけど、誰と何でかっつーのはさっぱり忘れてるんだよな。ま、行けば分かるだろうけど、喧嘩売られたとかだったらさっさと逃げるが勝ちなんだよなあ」
 可笑しな記憶だった。訊けば「いつ」「どこで」は明瞭に、「誰と」「何を」は不明瞭な記憶として存在しているという。すっぽりとその部位だけ抜け出ている。そう考えて間違いないだろう。
「夢の中の少女、イコール、待ち合わせ相手。それでOKかしら、結論として」
「記憶がなくなっているのは、少女の存在自体が意図的に削除されている。不思議な話ですが、そうとしか考えられませんしね」
 そこで三人の溜息が重なる。
「で、そこ二人は一体何の話してるんだ?」
 武彦はふいに問うた。
「結論とか存在とか。意味分からないんだけど」
 ……ここまでニブイとは思わなかった。
 シュラインは額に手を当て苦笑し、シン=フェインは腹を抱えてくつくつと笑い出した。武彦は恐らくその原因は自分にあるのだろうと直感的に理解し、だが行動の理由に思い当たりないことを一番腹立たしく思った。訊けば答えはすぐ返る。しかしそれでは進歩はない。――という発想に至り、腕を組んで悩んでいても結果は何一つ転がり落ちてくることはない。
 諦めも肝腎だ。要は、そういうこと。それに至るまでの時刻、およそ数秒。
「見た感じ、とかだけどね、彼女既に死んでるんじゃないかな。さっきの結論に至った理由の一つがそれね。からかっている訳じゃないのよ?」
 シュラインは説明後の明らかな武彦の不満気な顔に、語尾を荒げて言い放った。のほほんとした顔で小さく拍手をして、シン=フェインは肩を持つ。
「死者との約束。対象者を憶えていないのは単なるど忘れか、或いは姿を変えているのかもしれませんね。……前者の可能性が高いような気もしますが、あ、今の発言は聞いてなかったことで」
 死んだ女の子が武彦に話がしたくて、しかし特定人物の夢には出ることが出来ず、キャンプに来ている人間に手当たり次第尋ねまわった。
 そういう結論に落ち着いた。
「でもシン君の仮説が正しいとして、女の子の立場として、もし本当に忘れられてたら酷いわね」
 軽蔑には至らなくとも、明らかに見下しの入った視線がシュラインから向けられる。
「夢の少女の用事って、告白、とかかな?」
「死人から? マジ?」
「或いは積年の恨みを晴らすため……いえ、死ぬことは予測してない筈ですから、好意的なものであるとほぼ断言しときましょうか?」
「告白とか『しときましょうか?』って、愉しんでるだろ?」
 同時に頷かれるのを見て、武彦は肩をひどく落としていた。

 少女は武彦の言った時刻、記憶の約束にあった海岸にて立っていた。夢と同じ、黒い長い髪を海風に靡かせてそこにいた。
 時刻は自由時間を既に過ぎ、人は彼ら四人以外いない。
 照れ隠しに近い笑みで武彦が会釈をし、横の二人もそれに続く。少女は武彦に向けて言った。
「私のこと、憶えてない?」
 振られた首に哀しそうな顔を一瞬だけ見せるが、納得したかのように少女は再び微笑んでみせた。
「改めて今日和、夢の中の人達。それとも今晩和の方が正しいかしら? まあどちらでもいいわね。此処では今日和の方が正しいんだし」
「で、用件は?」
「私のこと、憶えてないなら言っても無駄ね。もしかしたら『現実』で死んでも『夢』なら生きていけるって考えて、ちょっこっとだけ期待してたんだけど、無理みたいだったようね」
「あなた、死んだ人?」
 シュラインの質問に、少女は言った。
「先月、かな。偶然事故に巻き込まれて。でも記憶に存在の痕跡がないなんて、抜かりないわね。違和感の消滅ってとこかしら?」
「どういう……こと?」
 シュラインの問いに、少女は微笑みを崩さずに言った。
「私の口からは、言えない。言わない方が愉しいから言わないの。それにこれはあまり関係ない話だしね」
 それに、と。言いかけて少女は口を閉じる。
「全部知らない方が、このあと起きること全ての結末を左右出来るかもしれないってこと」
 淡々と述べる少女は、不思議そうに佇む三人に微笑みを消してみせる。
「愉しみはこれからよ」
「……『これから』というのは、誰が何を企てているかを。全てを知っているということですか?」
 シン=フェインは穏やかに問う。
「そうですね。例えば、僕は少しばかり気付いています。それでも首謀者と呼ばれる人間の考えていることは、残念ながら明瞭には把握していません。これから起こること、企んでいること……その全てを知っているのに、貴方は何故そのような立場にいるのですか?」
「そうね、そういう存在だから。それが一番相応しい答えかな」
「ということは、僕もこれからを左右することは出来ない。そういうことですね」
 くすくすと少女が笑う。それが癇に障ったのか、武彦は明らかに不服そうな顔になる。
「“知識者”は“干渉者”にはなれないのよ。それに、私は既に死んでいるの。干渉したくても出来ないわ」
「それは残念だな」
 眼は全く笑っていない二者の間で、シュラインは漸く口を開いた。
「そのことについては、私も深くは知れないってこと?」
 こくりと少女は頷く。
「ええ。喜ばしいことにね」
「……それは俺も、だよな」
 勿論、と言葉が告げられる。シン=フェインに視線を向けるも、彼は少しだけ困ったように首を振った。何も教えることは出来ないのだ、と。様子が物語っているようで、いや実際そうだったのだが、少し腹立たしく思いながらも、二人は黙り込んだ。
 情報は全ての人間に等しく与えられるものではない、と。本能的に感じていたと同時に、大事な友人に何も話すことが出来ない自分がいることに、やはり歯痒い思いは存在する。迷いは生まれる。だがそれも一瞬だけ。刹那後には色は常のものになり、それでも胸の奥では黒い粘着物のようなものが纏わり付いていた。
「いつか、話すことは出来るか?」
 武彦の視線は地に向いた侭。
「さあ、時は訪れても“知識者”が語るかどうかは、私の知れたことではないからね。それに、今言ってもいいんだよ?」
 少女は言った。視線は僅かにシン=フェインに向けられる。
「必要なときに、全てを話します」
 そう、告げた。
 少女はふわりと宙に浮く。人間ではありえない行為も彼女が死人であることも、既に驚きに変換されることはなく、一風景として溶け込んでいることが当然の如く。海上を歩くように足を動かしながら進み、くるりとスカートを舞わして踊る。両手を大きく広げ、やがて空に向けて伸ばす。
 溶けそうだ、とシュラインは思った。このまま空に消えてなくなってしまいそうな儚さを感じていた。手を伸ばして掴めば届きそうな距離にいる少女が、とても遠い存在のように思えた。
(どうしてそんなに哀しそうなの?)
 無言で見続ける中、武彦が言った。
「……あいつは、俺に何を言いたかったのかな?」
 シュラインが視線をやる。
「どうして、俺だったんだろう?」
 疑問とも苦悩ともとれない声に、シュラインは弱弱しげに笑みを浮かべた。
「別に誰でも良かった、とか」
「うわっ、それはそれで痛々しいな」
 武彦の苦笑jに、
「深い意味はないけど、結局は誰でも良かったのよね」
 あっさりと少女は肯定をする。
「少し興味があった程度だったのかもしれないし、それは“あの人”にも多少関わりあったからかもしれない。それも本人には自覚ないみだいだけど。今はもう、いい。『生まれ変わったら言う』とか、そういうつもりもないし、素直に成仏するから安心して。ただ、最後に確かめてみたかっただけ。……悪あがきよ」
 水上をてくてくと歩いて三人に近付きながら、少女は指を立てて講義をするように大股で進んでいく。ぴょんと大きく地を蹴って、直前に顔をぬっと現す。
「ここで私から言えるのは一つだけ。ここでの日々を忘れるな、愉しめってこと」
 にまっと笑う少女に、言葉は何も返されない。
「そういえば、“あの人”って誰?」
 シュラインの言葉にも、少女は笑みを返すばかり。
「草間武彦本人に訊けば?」
「確かに。……で、草間君。誰?」
 武彦は困惑したように視線を這わせ、うな垂れたように首を振った。分からないというサインに、シュラインは少女に問う。
「らしいから、答えてくれない?」
 少女は武彦の眼を覗き込むような仕種をし、困った風に眉根を寄せてみる。創り物くさい顔に一番不快感を得た人間は、ぶっきらぼうにではあるが代わりに言った。
「繭神生徒会長」
 あっと意を得た顔に武彦がなる。シュラインは「そうなんだ」と小さく口にした。
「ここ数ヶ月、生徒会長は“石”を集めているのを何度も目撃している筈ですからね。僕も同じですが、その頻度は彼の方が高い」
「お詳しいようで」
「少し秩序を崩壊させてやろうかと、この世界の仕組みに気付いてから色々と探っていたんです。理由は分かりませんが、どうにも君は生徒会長との遭遇が異様に多いんです」
 シン=フェインはやや呆れ顔だった。
「単なる偶然か、これも神サマの思し召しか」
 上空が暗くなってきたようだった。風のない奇妙な天気の下、四人は静かに対峙していた。
「もう、ここにはいられないみたい」
 唐突に少女は言った。
「そろそろ、逝くわね」
 それだけ残して少女は消えた。あまりにも急で残像すら存在させないことに、彼らはやっと驚くことを思い出した。

 砂を踏みしめる音がする。
 静かな浜辺であまりにも大きな音を立てているかのように、慌てて振り向く。決して大きな音を発していた訳ではなく、耳がよく冴えていたと言った方が正しいかもしれない。
 少年は顔色一つ変えず、その場にいた人間に訊いた。
「ここで何をしている? 既に集合時刻は過ぎている筈だが?」
「すみません、生徒会長」
 シン=フェインがすぐさま反応する。
「ちょっと探し物をしていましたので……」
「何を探していた?」
 言い終えない内に言葉は返される。代わりに武彦が何かを言いかけるが、シュラインの手に塞がれる。
「私のピアスが片一方どこかに行っちゃったから、二人に手伝って探してたのよ。丁度暇そうにしてたから。ね、二人とも」
「え、ああ」
「確かに、暇でした」
 合いの手に、シュラインは頷いて続ける。
「すぐに戻るから、内緒にしてほしいんだけど」
「……分かった」
 少しも「分かった」様子のない繭神陽一郎を残して、三人は小走りにキャンプ地へ戻っていこうとした。
「石」
 走りながら、シン=フェインが二人に小声で言った。
「あの人、今日も石を探しに来たのかもしれませんね」
「だとしても、私達が協力する理由は?」
「「ない」」
 武彦とシン=フェインが同時に返答する。
「……息、合うわね」
 シュラインは少し足を速めて、二人より先にキャンプ場に辿り着き、何事もなかったかのよう級友と振舞うことに専念した。

『愉しみはこれからよ』

 少女の台詞がいつまで経っても、頭から離れなかった。





【END】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別】
【0086/シュライン・エマ/女性】



●【個別ノベル】

【0086/シュライン・エマ】