【タイトル】 人魚の夢
【執筆ライター】 つなみりょう
【参加予定人数】 1人〜最大4人
オープニング /ライターより /共通ノベル /個別ノベル


●「海キャンプ」 オープニング

「人魚……と言ったか?」
おうむ返しに月神詠子がそう問うと、その女性は何度も何度も力いっぱい頷いた。
「そうそう、人魚だよ人魚! この辺りの海にはねぇ、人魚が出るんだよ!」

 太陽がさんさんと輝く下、海の家でトウモロコシを売っていたその中年女性。
学園生徒たちがキャンプにやってきてくれたことで、そうとう恩恵にあずかっているのだろう。
丸々と太った体に玉のような汗をかきながら、ご機嫌な様子でクセのある声を張り上げる。
「ウソじゃないよぉ! そりゃあんた、昔からこの辺りには確かに『人魚伝説』ってのがあるよ確かに。
でッもねぇ、こんッなに噂になってるの、今年が初めてさ!
おっかげで夜は海岸に人が寄り付かなくてねぇ。商売上がったりだけど、まああんたたちが来てくれたからどっこいかねぇ、あははは!」
 身振り手振りを交えて熱弁を振るう彼女。どうやら相当な噂好きのようだ。

 詠子は彼女の話に時折相づちなどもうちつつも無言のままでいて、一見会話を持てあましているかのようにも見える。
だが大きく見開かれている、つり目がちの金色の瞳が、隠し切れない好奇心を表している。
 ――なぜ得にもならない話に、ここまで熱心になれるのだろう。ボクには不思議だよ。
 詠子は話の内容よりも、彼女そのものへの興味に胸躍らせていた。
 ――面白い。


「私だって最初は信じてなかったんだけどねぇ……でも見ちゃったのよぉ、先日の晩!」
 カウンターから詠子の方へ身を乗り出し、なぜか小声になっていく彼女。
詠子も自然に顔を近づけていく。
「……沖の方がぼぉっと光ってたのよ」
「光っていた、と?」
「そうそう、そうなのよぉ。なんていうのかね、結構明るい光で。お月さんがもう一つ光ってるみたいだったねぇ。
あらキレイ、なあんて思ってたら……歌声がしてさぁ!」
「ほう、声か」
「そうそうそう! きっとあれが人魚の声よぉ、間違いないね!
キレイな女の声だったけど、夜あんなの聴くとちょっと薄気味悪いねぇ……」

「失礼だが」
 と、突然新たな声が詠子の後方より投げかけられる。
「トウモロコシ、焦げてますがよろしいのですか」

 現れたのは繭神陽一郎だった。この暑い砂浜にて汗一つかいていない。
繭神の言葉に、女性は慌てて鉄板の上に視線を戻しトウモロコシを転がしていく。
「あ、あらあらアラ大変! 坊ちゃんありがとねぇ。やっぱり学園の生徒さんかい?」

 その言葉に答えないまま繭神は踵を返そうとし、ふと詠子を見る。
「きみはそんなよた話を信じるのか?」
「さて、どうであろ」
「きみが行くと言うのなら、わたしも同行させていただく。
人魚などわたしは信じないが……その『光』とやらが、わたしの捜している物かもしれないのでね」


 詠子の返事を待たず、繭神は行ってしまう。
その背中をなんとなく見送りながら、やがて詠子はにやりと笑った。
「……面白い」




●ライターより

・今回は、月神詠子、繭神陽一郎の二人と一緒に、夜の海へ人魚を探しに行っていただきます。
・あくまでも噂の次元ですので、正体はおろか、人魚の話が真実かどうかすら現時点では不明です。
その上で「なぜ同行しようと思ったか」プレイングにお書き下さい。
(おもしろそうだったから、といった簡単な理由でOKです)



●【共通ノベル】

 ――数刻後。

 日は落ち、浜辺は蒼い闇に包まれようとしていた。
 あれほど賑わっていた海水浴場も、今は人影もない。
 天上を仰げば、中天に鎮座する満月と、その輝きにおされるようにまばらな輝きを放つ星々。これもスモッグに曇った都会では見られない、課外キャンプならではの風景だろう。
 止むことのない波の音は穏やかで、渡ってくる風も穏やか。翌日の快晴を期待させるに充分な風景だ。
 
 そんな頃合。浜辺に、集まっている人影があった。
  
 
「……なんだ、この人数は」
 詠子の後ろに並ぶ、わきあいあいとした面々に、繭神はその整った眉をひそめた。
「イイじゃないか、ボクが呼んだ。大勢の方が楽しいと思ってね」
 詠子の悪びれない様子に、繭神は大仰なため息をつく。
「一体、今何時だと思っている。我々は高校生であり、未成年だ。
そもそもこんな夜間に出歩くことから間違っていることを、ちゃんと意識してもらいたい」
「ボクたちは今キャンプに来てるんだ。『班行動』で周辺の探索に出ても、別におかしいことじゃないんじゃないのかい?」
「……月神、わたしは遊びできみについてきたのではないのだぞ」
「じゃあ、なんで付いてきたの?」
 続く二人の不毛な会話にまず割り込んだのは、シュライン・エマだった。
「これが遊びでなくてなんなのよ。ねえ、詠子ちゃん?」
「繭神さん、生徒会業務でお忙しいのは分かりますが」
穏やかに微笑んだのはセレスティ・カーニンガム。風になびく銀色の髪が、星明かりの下では違う輝きを見せる。
「たまには息抜きも必要だと思いますよ」

 と、詠子の横にいた初瀬日和がふふ、と笑った。
「繭神くんが人魚探しだなんて、ちょっと意外」
そういうの信じない人だと思ってたから、と日和が正直なことを言うと、繭神はまた大仰に顔をしかめた。
「当たり前だ。あれほど信憑性のない風聞で、信じられる方がおかしいのではないか」
「おい、そこの生徒会長」
と、日和を押しのけぐいっ、と前に出てきたのは、それまでムッとした顔で黙り込んでいた羽角悠宇だった。
「さっきから聞いてりゃ勝手なことばかり言いやがって。
お前、さっきから場の雰囲気を乱してばっかりじゃないかよ」

 食ってかかってきた悠宇のことも、繭神は余裕の態度でちらりと一瞥しただけだ。
「2年A組、羽角悠宇だな」
「だったらなんだってんだよ」
「服装が規約違反だな」
「はぁ? おい固いこというなよ、生徒会長? 風紀に激しく違反してないだろ?」
 悠宇が着ているのはTシャツにジーンズだ。
 ちなみに女性二人組もまた私服で、日和は長いロング丈の白いワンピース、シュラインはサブリナパンツにノースリーブのシャツ。
 セレスティと繭神はそれぞれブレザーを涼しい顔で着こなしており、詠子にいたっては……体操服にハーフパンツをなぜか嬉しそうに着ている。
「詠子ちゃんは、どうして体操服なの?」
それ、ちょっとだけ恥ずかしくない? 日和がそっと尋ねると、詠子は嬉しそうに答えた。
「こんな珍妙な服、今じゃなきゃ着られないからね」
「そ、そういうものなの……?」
「さあ、集まってしまったものは仕方がない。さっさと、人魚とやらを探そうではないか」
繭神の重々しい一言で、一行は一斉に海を見た。

 海の彼方は、今は暗い空と融合し境界線をぼかしている。
 そこに至るまでの広い海原に、今は光っている箇所は見当たらなかった。
 
 
 


 固まって進む一行の足元を照らすのは、抜かりないシュラインが持参してきた懐中電灯だ。もちろん防水加工つき。
 それを「先頭に立つ者の当然の務めだ」と繭神が持つ。
 すたすたと一人歩いていく彼だったが、歩調は他の皆にあわせ比較的ゆっくりだった。……彼なりに、気を使っていたのかもしれない。

「ね、シュラインは」
 と、詠子が傍らのシュラインに話しかけた。
「歌や光などとは、一体どんなものだと思うかい?」
「う〜ん、そうね……」
 軽く頭をひねってから、シュラインは答えた。
「まずね、光と歌声が同じ原因なのか、全く別の事柄がたまたま同時刻に起こってるのか。
そこをハッキリさせるべきだと思うの」
「光ってのもさ。色とかさ、もしかしたら月が出てる時だけ光るとか、そういうのあるんじゃないかな」
 名案を思いついたように、明るくそう提案したのは悠宇だ。
「そうよね。……でも」
そこで、シュラインはにっこり笑う。
「本当に人魚の歌声なら素敵だと思うの」
「そうですね」
 と、セレスティがにっこりと笑った。
「歌っている言葉や歌詞も気になりますね。何かを訴えているのか、もしくは……悲しんでいるのか」
「あの」
 と、日和が軽く首を傾けてセレスティに話しかけた。
「人魚って、本当にいるんでしょうか」
「どうして、そう思うんですか?」
 セレスティが問い返すと、日和は軽く頬を赤らめつつ、慌てて首を振った。
「いえ、疑ってるとかじゃなくて。ただ、その……本当にいたら素敵だなって」
「……そうですね」
 ふわり、とセレスティは笑う。
「人魚はいますよ、きっとね」

「……キミたちは面白いな、うん、オモシロイ」
詠子は一人納得したように頷くと、ふと顔を上げて先頭の繭神に声をかけた。
「繭神。キミはどう思うんだい」
「どう、とはなんだ」
返って来たのは取り付く島もない、無愛想な声。
繭神は振り向きもせず、歩調を緩めもしなかったが、詠子は構わず話しかける。
「キミは信じるのか、と聞いている」
「バカバカしい、人魚などこの世にいるはずもないだろう」
 と、そこで詠子は弾けるように笑い出す。
「何がおかしい」
「ちゃんとボクたちの話を聞いていたのだな、キミは」
 そこで繭神は立ち止まり、首だけ振り向いた。
「こんな近くで話をされたら、耳に入らない方がおかしいだろう」
「そんな顔をしていても、実はキミもボクたちと遊びたいのではないか?」
「……理解不能だ。一体お前は何を話したいんだ?」


 かみ合わない会話を繰り広げ始める繭神と詠子に、あっけにとられる他の面々。
と、日和がこっそり隣のシュラインに囁いた。
「繭神くんと詠子ちゃんの組み合わせって、なんだか見てるだけでも面白いかも」
「……ホントね」
 思わず顔を見合わせて笑った二人。
 と、そんな日和の頭を、コツンと悠宇がこづく。
「悠宇くん?」
 思わず見上げると、悠宇はなぜか少しだけむっとした表情で日和を見ていた。
「あんな胡散臭いやつ、そんなにじっと観察してるなよ、日和」






 と。
 セレスティがゆっくりと一行の前へと進み出し、やがて懐中電灯の照らす明かりの外へと消えた。
「どうした?」
 一行は慌ててその後を追いかける。
 彼はすぐ前方にいた。砂浜にかがみ込んでいて、何かを見つけたようだ。
「どうした、セレスティ」
 詠子が話しかけると、セレスティは振り返った。
「子供です」


 確かに、そこに座り込んでいたのは小さな女の子だった。
 歳は2、3歳といったところだろうか。淡いグリーンの髪が闇の中で不思議な輝きを放っている。
突然現れた見知らぬ人々に驚いたのだろうか、女の子はみるみるうちにその瞳に涙を溜めたかと思うと、わんわんと泣き出した。
「ああ、泣かないで、よしよし」
 日和が駆け寄り、子供を抱き上げる。
「私たち怖くないからね、ほらほら、泣き止んで」
「ねえ、あなたはどこから来たの?」
 傍らから顔をのぞきこむシュライン。女の子はくすんくすんいいながら、それでも可愛らしい声で答えた。
「わかんない」
「じゃあ、お母さんかお父さんは?」
「わかんない」
「お手上げだな、こりゃ」
 悠宇が肩をすくめると、日和がもう、と軽くしかめ面をしてみせる。
「悠宇くん、そんなこと言っちゃまた泣いちゃうんだから」
「……ああ、悪い悪い」
「もう!」

 と、セレスティが日和の腕の中の子供に優しく語りかけた。
「なんでもいいから、私たちにお話してくれないかな」
「おはなし?」
「そう、お話」
 セレスティの笑顔に安堵したのか、子供は一つ頷いて海原を指差した。
「あのね、わたしね、おつきさまをとりにきたの」
「お月様?」
「うん、あれ」

 女の子が指差す方を見ると、波立つ海面の下からほのかな明かりが漏れていた。
 まさに月光のような温かみのある明かりが、波合でゆっくりと明滅を繰り返している。
「あ、あれ……!」
 いつの間に現れたのか、まさに一行が探していた噂の『光』がそこにあった。
「キミは、あれを取りに来たんだね?」
 セレスティも内心驚きつつ、つとめて変わらぬ穏やかさで話しかけ続ける。
「うん。だってね、あたしおともだちがほしかったの。
ずっとずーっと、ママとふたりきりだったんだもん。
だからね、おつきさまふたつあるから、ひとつはあたしのおともだちになってくれるかなっておもったの」



「おい、どうするんだ」
 子供を取り囲む輪から弾かれた格好の悠宇が、腕を組んで考え込みつつ繭神に話しかけた。
「俺があそこまで泳いで行ってもいいけどさ。おまえは?」
「そうだな、きみがいくべきだ」
「……言い切られると腹立つな。おまえはここで見てるだけか?」
「私は水泳を得意としていない」
「……それは、泳げないってことか?」
思わずふき出しそうになった悠宇の横で、詠子がまた嬉しそうに割り込んだ。
「ボクは行くよ。楽しそうだからね」
「月神は? おまえ泳げるのか?」
「ボクは水泳というもの自体をやったことがないんだ。ぜひやってみたい」
「……いや、ぜひ遠慮してくれ。今回は俺一人でいくよ」

 大きなため息と共に、悠宇が肩をまわしつつ海へ向かって歩き出そうとした。
と、その時。
「それには及びません、悠宇君」
 彼をそっと押しとどめたのは、セレスティだった。怪訝そうな顔の悠宇に微笑んで見せる。
「私の力で、海を割って見せましょう」






 ……一瞬、波の音が止まったように聞こえた。
 
 セレスティは目を閉じ手のひらを組んで、しばしの間海へ向かい祈ったような仕草を見せた。
すると、海に沈んでいる光を境に波がだんだん割れていき、海底をあらわにしていって……。
 一行が息を飲んでいる間に、海に沈んでいたはずの光への『道』が、目の前に現れていた。

「セレスティさん、すごいですね……!」
 日和は子供を抱きかかえたまま頬を軽く上気させて、現れた現象に目を見はっている。
「でも、波が割れる時って意外と静かなのね」
 ほら、映画とかだとすごいじゃない? などと、日和の横のシュラインはあいかわらず冷静な分析をしていた。

「さてま、じゃ、ちょっと行ってくる」
ぱっと身軽に身をひるがえした悠宇は海へと走り出していき……ほどなく戻ってきた。
 その手に、光り輝く何かを持って。
「これみたいだな、光ってたの」


 それは、小さな石のかけらだった。
淡い月の光を思わせるその輝き。一行の目の前でも依然、明滅を繰り返している。悠宇がしっかり握り締めているところをみると、熱は持っていないようだ。
「不思議な石……」
「本当に月のかけらだったら素敵ですね」
「ほう、月というのは欠けるのか?」
「いえ、例えですよ」
 悠宇の手元を覗き込む面々は、それぞれ思い思いにしゃべり出す。
「ほら、日和も見てみろよ」
 そして悠宇はその手の石を、そっと日和に差し出そうとした。


 と、その時。
「助かった、礼を言う」
 ひょい、と横から現れた繭神が、その石をさっと取り上げた。
 慌てた悠宇は食ってかかる。
「お、おい! 何するんだよ、生徒会長!」
「これは私が探していたものだ。学園の平和に必要とするものであり、なくてはならぬもの。私が引き取るのは当然だろう」
「ちょっと待てって。大体、これはこの女の子が先に探してたもんだろ?」
 勢いのあまり、指差してしまったのが悪かったのだろう。
 突然話を振られた形になった女の子は、悠宇の剣幕に怒られていると勘違いしたのか、再び泣き出してしまった。
「ああ、よしよし。……悠宇くん、大きな声出さないで」
「日和までそんなこと言うのかよ……」

 
 そして、先ほどまであれほど元気そうだった詠子が、その石の輝きを見た途端、急にその場でうずくまってしまった。
「詠子ちゃん? どうかした?」
 顔を覗き込もうとしたシュラインの手を、詠子はバッと振り払う。
「ボクに触るな……!」
「詠子ちゃん……?」
「この石の輝きのせいだな。あやかしたる者、当然の末路だ」
 と、繭神は冷たく詠子を見下ろす。
「……おい会長さんよ、なんだよその態度は!」

 肩をいからせた悠宇は繭神に向かって突進した。拳がかすめる寸前で、繭神はひらりと身をかわす。
だが悠宇にとっては、それが最初から目当てだったようだ。
 隙をついて彼の右腕をぐいっとつかむと、その手のかけらを奪い返した。
「とにかく、これはその女の子のもんだ! おまえにだけはやらないからな!」
 





「……黙って!」
 その時だった。シュラインとセレスティが同時に海の方へと振り返る。
「どうした?」
「声だわ、声が聞こえる」
「どうやら本当に、人魚が現れたようですよ、みなさん」



 それは月夜に染みとおるような、不思議と心に響いてくる歌声だった。
優しく、それでいて気高く。身を震わせるような響きに、一行は声もなく浜辺に立ち尽くす。
渡る風も、寄せる波さえも、その音をひそませてしまったかのよう。
静寂に満ちた世界の中、今その歌声だけが辺りに伝わっていく。




「ママがよんでる」
 と、日和の腕の中にいた女の子が、ぴょんと浜辺に降り立った。
そしてとたとたとおぼつかない足取りで、セレスティが割った海の『道』へと歩いていく。
「あ、あぶないから……」
はっと我に返った日和も、その後を追って海へと近づいていく。

 彼女たちを一旦は見送った悠宇だったが、すぐに彼もまた走り出した。
「おい、危ないぞ! 日和!!」
 
 彼がそう叫んだ瞬間だった。
 割れたままだった海が突然、その『道』を再び海底へと沈ませたのだ。
 途端あがった小さな悲鳴は、一体誰が漏らしたものだったか。


 
 
 
「……おい、大丈夫か、日和!」
波打ち際に駆け寄った一行の前で、悠宇は日和を抱きかかえていた。
すんでのところで引き止めたのだろう、日和に怪我らしきものはない。
「私は大丈夫だけど……でも、あの女の子が……!」
 呆然とつぶやいた日和は、視線を海の彼方に向けたままだ。
彼女の片方のミュールが脱げてしまっていることが、今起こったことが夢でないことを示していた。
「悠宇くん、どうしよう。あの子海の中に……」
未だその細い肩を震わせたままなのに、日和はもがいて悠宇の腕を振り払い、海へと駆け出そうとした。

「日和!」
 ……怒鳴ったことに驚いたのは、呼ばれた日和か、それとも怒鳴った悠宇自身か。
 びくん、と身をすくませ、日和は立ち止まった。
 振り返った日和と一行の間に流れたのは、気まずい沈黙。
 そして日和は何かを言いたそうな強い視線で悠宇を見返した後、ふい、と顔を背けて、シュラインの後ろへと隠れてしまった。
「お、おい……」
言葉を続けようとする悠宇を、優しく推しとどめたのはセレスティだ。
「気持ちは分かりますが、まずはあなたが冷静になってください」



 と。
 再び、歌声が聞こえてきた。
 冴え冴えと落ちてくる月光の下、海は穏やかな波を取り戻したように見えた。
 
 その時、小さな水音。
 魚が跳ねるような音に一行はそちらを振り向く。


「おにいちゃーん、おねえちゃーん、ありがとう!」
 波合いから小さな顔をのぞかせて、あの女の子が手を振っていた。
「ママがもう行きますよって。だから行くね!」
「あ、な、なあ、コレもって行かなくていいのか!」
 悠宇が握っていたままのかけらを示すと、女の子はにっこりと笑った。
「ううん、もういい。あたしにはママがいるから、さびしくないもん!」
 そして、その女の子の傍らから現れたのは、同じ色の髪をした女性だった。
 一行に――いや、より自分に視線が向けられていた気がしたのは、セレスティの気のせいだったか――微笑んで見せる。


 一行に挨拶をした後、女の子は波の下へと姿を消した。少し遅れて、母親らしき女性も身を隠してしまう。
 そしてすぐに月の光に浮かび上がったのは……神秘的な輝きの鱗をもつ、2つの尾びれ。


「人魚とは、本当にいたのだな」
 さきほどの苦しんでいた表情なども垣間も見せず、詠子が面白そうにニヤリと笑う。





 その声に答えるかのように、再び浜辺には歌声が響き渡っていった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ /しゅらいん・えま/ 女 / 2-A】
【1883 / セレスティ・カーニンガム /せれすてぃ・かーにんがむ/ 男 / 3-A】
【3524 / 初瀬日和 /はつせ・ひより/ 女 / 2-B】
【3525 / 羽角悠宇 /はすみ・ゆう/ 男 / 2-A】


(個人ノベル 進行順)



●【個別ノベル】

【0086/シュライン・エマ】
【1883/セレスティ・カーニンガム】
【3524/初瀬・日和】
【3525/羽角・悠宇】