●プラトーン
 夜闇に包まれた街路を、無数の人影が歩いていた。
 一挙手一投足ごとに小さくモーター音がうなる動力甲冑をまとい、手には鋭く長い銃剣のついた自動小銃を持った、まるでSF映画にでも出来そうな出で立ちの兵士達。
 しかし、その人影には決定的な物が欠けている。首から上が存在しないのだ。
 そんな首無し兵士が数十人‥‥いや、100を超えているだろうか? わからない。
 その首無し兵士達の後方からは、数輌の戦車がキャタピラを鳴らしながら前進してくる。それは、首無しの馬二頭に引かれていた。
 兵士と戦車の一団は、通う者の無い深夜の住宅地を行進していく。
 ややあって一団は、一件の家の前でその行進を止めた。と‥‥首無し兵士の一人が、バケツを持ってその家のドアの前に立ち、拳を上げてドアをノックする。
「‥‥はい、どちら様?」
 家の住人らしき男が、キーチェーンをつけたままわずかにドアを開けた。直後‥‥首無し兵士は、バケツの中身を男に思い切りぶっかける。
 男は頭からバケツいっぱいの鮮血をかぶり、一瞬で真っ赤に染まった‥‥

●アンティークショップ・レン
「それが一昨日の夜。徹夜続きのアトラス編集部に持ち込まれた話よ」
「で、そいつは何処が出所の都市伝説だい?」
 店のカウンターに座ったまま、碧摩蓮はぶっきらぼうに言い放つ。その言葉を受けても、来訪者である碇麗香は動じた様子はなかった。
「根拠の無いネタだと思う? でも、そのネタ振りしてくれた人、今朝、首だけになって発見されたわ」
「胴体は?」
「行方不明よ。心当たりはない?」
 麗香の問いに蓮は投げやりに答える。
「首無し死体を売り買いした記憶はないね。取材はご苦労さんだけど、今日はハズレだねぇ」
「そう? 訳のわからない器物の類かと思ったけど‥‥まあそうよね。動力甲冑だの戦車だのなんて物はアンティークショップじゃ売らないものね」
 言って麗香は肩をすくめた。
 三下には大ネタを追わせているので、彼を取材に動かす事は出来ない。それなら、たまには自分が動いてみるか‥‥と思ったのだが、取材の勘が鈍ったか。
 と、麗香がそんな事を考えながら、次の取材先を頭の中で選び始めたその時‥‥
「それは、デュラハン・プラトーンです」
 横合いから、店の掃除をしていたアリアが口を挟んだ。麗香は改めてアリアを見、それから蓮に視線を戻す。
「この子は?」
「ん? ああ、訳ありのバイトの娘だよ。記事にされちゃ困るが、あんたの興味を引く話にはなりそうだ。聞いてくかい?」
 蓮はおざなりに答えてから、探るように麗香を一瞥する。もっとも、麗香の答えなんてのは最初から決まっているのだが。
「もちろん。聞かないなんて言うとでも?」
「だろうね‥‥」
 その、確定的な答えを受け、蓮はチラリとアリアを見る。アリアは頷き、麗香の前に歩み寄り、自らの事情を話し始めた。
「実は‥‥私は白銀の姫というゲームの中から着た者です」


「なるほどね‥‥」
 アリアの説明を聞き終え、麗香は宙に視線を漂わせた。
 今、三下に追わせているネタ‥‥それに関わる重要な情報が、こんな所に落ちているなんて。
「勘は鈍ってないわね」
「え?」
「ああ、こっちの話。それで‥‥デュラハン・プラトーンについてだけど?」
 独り言を打ち消し、麗香はアリアに聞く。
 アリアは、小さく頷いてから、今度はこの世界に現れたモンスター‥‥デュラハン・プラトーンについて説明を始める。
「デュラハン・プラトーンは、パワードデュラハンというモンスターが徒党を組んだものです」
 アリアは思い出しながら話していた。
 デュラハン・プラトーンの出現。そう言うイベントがあった筈‥‥しかし、そのイベントの発生はもちろんアスガルドの中での事だ。こんな外界で起こるはずはない。
 なのに、それは起こっている。この外界で。
「夜に出現して人気のない辻などを行軍し、自分達を目撃した人がいれば殺してしまいます。また、何処か適当な家を訪れ、その家の者に死を宣告‥‥大量の血をかけるという形で死を宣告して、翌日に殺害しに来ます」
「二日目。だから情報提供者は死んだのね。もっと早くにそれを知っていれば‥‥」
 麗香が口を挟む。
 情報提供者は、死の宣告の次の日の襲撃で殺されたのだ。事情を知っていたら、情報を受け取った段階で何とかしたのだが‥‥
「‥‥時間は戻せない。そうだろ? それより、アリアが話を続ける機会を待ってるけど?」
 麗香に、蓮が言葉を投げる。麗香はそれを聞き、苦笑してアリアに視線を向けた。
「中断させてごめんなさい。続きをお願い」
「はい‥‥、それで、死んだ人は首だけだったと言ってましたよね? 実は‥‥どういう形にせよ、パワードデュラハンに殺された人は、パワードデュラハンになってしまうんです」
 パワードデュラハンに殺された者は、一部の例外を除いてパワードデュラハンになる。
 その例外というのは、ゲーム内のPC達だ。彼らは、死んでも別の場所で復活するので、デュラハンになる事はない。
 もっとも、現実の世界にはPCはいないから、結論としては外界でパワードデュラハンに殺された者は、ほとんど例外なくパワードデュラハンになると見て良いだろう。
 アリアの説明は、事態があまり洒落になっていない事を示していた。
「とりあえずは、以上です」
「‥‥つてを当たってみるわ。放ってはおけないものね」
 言って麗香は店の出口へと向かう。
 編集部に出入りしてる連中に頼んで何とかしてもらうべきだろう。これから先もどんどん人が殺され、モンスターの仲間になっていくというのは避けなければならない。
「ありがとう。貴方のお手伝いもしてあげたいけど‥‥今日はこれで失礼するわ」
 出口の所で振り返り、麗香はそう言ってから店の外へと消えていった。
 残されたアリアと、蓮はわずかな間、沈黙の時を過ごす。と‥‥
「行くつもりだろ?」
「‥‥はい」
 蓮の何気なくかけた言葉に頷くアリアの体。その身を包む衣装が足下からゆっくりとドットに解け、再構築されていく。
 下界の人間に似せた衣装ではなく、オリジナルのアリアンロッドと同じ、女神としての姿に。
「退治しに行きます。こちらにモンスターが出てくるのはきっと、創造主様の御意志ではないと思いますから」
 完全に衣装の再構築を終え、最初に蓮と遇った日と同じ姿になってアリアは言う。
 対して、蓮は酷く素っ気なく言った。
「で‥‥連中が何処に出るかわかるのかい。それに今はまだ夜もふけちゃいないよ?」
「いえ。でも、放置は出来ません」
 アリアは、きっぱりと言い返す。
 しかし、この世界にまだ慣れた訳でもないアリアが、夜中に歩き回ったところで敵を見つけ出す事は出来ないだろう。情報を集める術さえ持っていないのだからなおさらだ。
 それは、アリアもわかっているのだが、だとしても放置してはおけない。
 そんなアリアに蓮は苦笑して返す。
「焦るのはわかるけど、ここは落ち着いて待つんだね。力を貸してくれる仲間も、敵を追う為の情報も無いんじゃ、動くだけ無駄ってものさ」
「でも‥‥」
 蓮は、抗弁しようとするアリアを遮って静かに言った。
「デモもストも無いさね。あんたには、もう少し働いてもらうんだから、下手をうって死なれちゃ困るのさ。なに、そう待たせはしないよ。多分ね‥‥」
 近いうち‥‥早ければ今夜中にも、誰か来るか、何か起こるかすると、蓮の勘は告げていた。
 今までにわかっている以上の事件がきっと起こる‥‥と。