調査コードネーム:寝た子はだれだ?
執筆ライター  :壬生ナギサ

 【オープニング】
 【共通ノベル】
 【個別ノベル】


【碇・麗香】illust by つかさ要 【オープニング】
「……寝るなってどういう事かしら?」
 休暇中でここ蓬莱館へ来ていた碇麗香の静かな声がした。
「そのままの意味よ」
 と、答えたのは高峰沙耶。
 二人はある座敷の前に立っていた。二十畳はある広い座敷の襖には『居眠り厳禁』と達筆な文字で書かれた紙が張られている。
「この座敷で眠ると大変な事になるのよ。……死ぬという事はないけれど」
含みのある物言いにをする高峰に口を開きかけた碇だが、静かに掲げられた手に制される。
「そうね……いつまでもここをこのままにしておくのもねなんだし、一つ余興にしましょうか」
「余興?」
 まったく意味が把握できない碇は眉を寄せた。
「この座敷で誰が最後まで起きていられるか、耐久不眠バトルね」
「耐久不眠、バトルって……」
「参加者を募りましょう」
 そう言うと、さっさと座敷を後にする高峰沙耶の後ろ姿を見送り、碇は肩を竦めて改めて座敷を見渡した。
「……居眠り厳禁、ねぇ。眠るとヒドイ目に遭うのかしら?」
 しばらく考えていた碇だが、小さく首を横に振るとその場を後にしたのだった。


【ライターより】
耐久不眠バトル開催です。
思う存分バトルして下さい(ぇ)
寝ると何かが起こります。
正々堂々不眠勝負だ!でも良いですし、『何か』をどうにかしても良いです。他の参加者を夢の中へ強制送還でも可。
楽しく、オバカしましょう。


【共通ノベル】

▲00:00
 ○月○日。午後8時。睡蓮の間。
 二十畳はある畳間の座敷にふかふかの柔らかい新品の布団が10組、眠りへと心地良い誘惑を醸し出しているが今夜は眠っては負けである。
 集まった参加者を見渡し、いつもの妖艶な笑みを浮かべた高峰沙耶は言う。
「ようこそ。夕食は如何だったかしら?今日の夕食は旬のものばかりで、さぞ食が進んだ事と思うわ……」
 本日の夕食メニューは筍と茸を使った品と猪を使ったお料理。味は最高級の料亭のように実に美味であり、今、心地良い満腹感に満足しているものも少なくない。
「この座敷では、眠ると『ある事』が起きるの……心配しないで。死ぬ事はないから……」
 なんとも不吉な事を言いつつ、高峰は黒猫の背をゆっくり撫でた。
「この座敷で一番最後まで起きていられた者には……賞品をあげるわ。それと、敷いてある布団は私からの餞別よ……お好きに使っていいわ」
 余計な事を、と何人の参加者が心の中で叫んだか。食事の後に布団を用意されたなら、こんなバトルに参加していないものならすぐに惰眠を貪りたい衝動に駆られるだろう。そんな彼らの心境に気づかないふりをして、高峰は座敷入り口へと移動する。
「では、健闘を祈るわ……」
 そう言い残し、睡蓮の間の襖は閉じられた。
 今、バトルの幕が切って落とされたのである!

▲00:05
「なんで私……ここにいるのかしら?」
「えー。面白そうじゃないですかぁ。ね、二人で頑張りましょ」
 遠い目をしつつ呟いた碇麗香の腕にしがみ付き、楠木茉莉奈は嬉しそうに言った。茉莉奈は憧れの碇の傍をキープし、このバトルではおしゃべりで眠気を紛らわそうと考えている。
「おいおい、なんだよ。女の子と遊ぶ趣旨じゃなかったのか!」
 と、一人勝手な勘違いをしていて参加した高台寺孔志はがっくり肩を落としながらも、先ほどの高峰の説明からすぐに思考を切り替え、一旦座敷を出た。彼なりにいろいろ準備するものがあるのだろう。
「ふむ……三下さんはいないようね。残念」
 綾和泉汐耶は流石に休暇中の碇にまでくっついて来てはいない三下を巻き込めず、小さく残念ともう一度呟いた。それから、立ち上がった汐耶は酒を準備するべく、孔志と同じく一度中座した。
「よっしゃ! やっぱ、男ならバトルは受けて立たないとな」
 ありあまる元気をムダな闘志に変えて、楽しそうに言う久住良平。必勝対策は万全の体制のようだ。
「寝ると酷い目に、ねぇ。いや、それにしても高峰さんの賞品はなんだろうか。気になるな」
 と、柚品弧月。余計な気負いもなく、落ち着いてはいる様子だが夕食で酒を飲んだ為多少酔い気味。いきなり不利なようではあるが、果たして大丈夫か?
「寝ると何かが起こるのか……ふむ。霊視をしておくか」
「……あ〜あ。結局はこうなんのかよ」
「ま、頑張ろうじゃねーかよ。な」
 バンバンと肩を叩く紅臣緋生に、真名神慶悟と忌引弔爾は疑り深い視線を向ける。この三人、腐れ縁の知った仲。もちろん、緋生の能力がどのようなものか承知している。
「ま、最近どうよ?」
 明らかに怪しいくらい他愛もない雑談を始めた緋生と目を合わさない様に、慶悟と弔爾は目を逸らした。
「あら、影崎さん」
「ん……?真迫嬢。まさか、こんな所で会うとは……」
 偶然出会った真迫奏子と影崎實勒。よもやこんな所で会おうとは思っても見なかっただろう。しばらく次の言葉が出ず、見詰め合っていた二人だが實勒の持っているものに気づき、奏子の頬が綻んだ。
「準備がいいのね、影崎さん。私も一杯頂いてもいいかしら?」
「あぁ、構わんが……」
 片手に下げているビニール袋の中から覗く酒瓶を實勒は持ち上げ
た。
 どうやら似たような考えを持っているものが多いようで、耐久不眠バトルと称した宴会になりそうな予感である。

▲00:32
 座敷では、誰からともなく中央に集まり円座が出来ていた。
「よっ! 兄さん、飲んでるか?」
 高台寺孔志の作戦その1。野生の獣は目が合った奴から犠牲にする! 誰が野生の獣なのか謎だが、自分の立てた作戦を実直に遂行するべく孔志は弧月の肩をがっしり組み、買ってきたビール缶を手渡した。
「えぇ、まぁ。そういう貴方こそ、飲んでますか?」
「俺? 当ったり前だろ。ささ、乾杯しようじゃねぇか」
 やや強引ながらも、持ち前の孔志の明るさに流されるまま弧月はビールに口をつけた。
 そんな弧月もまた、他人に酒を勧めて潰すという考えを持ってるのだが……
「でなぁ、そいつらがよぉ……」
「おっと、あそこの霊視もしないと」
「この布団、すっげぇ気持ちいいな……持って帰りてぇ……」
 緋生の話を無視して逃げるようにその場を離れようとする慶悟と弔爾。
「待ちやがれ! 人が話をしてるってーのに逃げるたぁどういう事だ!?」
「がー! うるせぇ。俺と目を合わせようとすんな!」
 後ろから弔爾の首を絞めつつ、強引に顔を自分に向けさせようとする緋生。そんな彼女の能力は目が合った相手の行動を封じ、暗示をかける事が出来るというもの。勿論、それを知っていて誰が目を合わせようとするだろうか?目を合わせたが最後、眠れと暗示をかけられるのは明白である。
「……正気鎮心の符を用意しておくか」
 後ろで行われている取っ組み合いの騒ぎを聞きながら、ちゃっかり自分の精神を守る為に慶悟は符を懐に収めた。
「随分と騒々しいわね……まぁ、想像できた事だけど。あ、お酒でもどう?」
 碇に、汐耶は酒をかかげて見せた。
「あら。悪いわね……頂くわ」
「私も飲んでみたいな〜麗香さん」
「あ、俺も!」
 甘えるように麗香に言った茉莉奈につられる様に、良平は元気良く手を挙げた。
「ダメ。キミたち、まだ未成年でしょ。未成年が何を言ってるの」
 未成年二人を軽く叱ると、汐耶は碇に紙コップを渡した。
「ちぇ〜」
 口を尖らせ、不満さを隠さない良平は周りを見渡した。と、一円に加わろうとやって来る奏子と實勒に気づき、場所をあける。
「あら。こっちにもお酒があるのね」
「こっちにも?」
 ぱちくりと目を瞬かせた茉莉奈に奏子はクスクスと笑いながら、實勒の手元を指差した。
「あ、お酒だ」
「なんだよ。不公平だぞ! 俺達にも飲ませろ〜」
「ダメと言ってるでしょう。未成年は我慢してジュースでも……」
「……いいだろう。何事も、経験だからな」
 汐耶の説得を遮り言った實勒の言葉に茉莉奈と良平は喜んだ。二人に紙コップを渡し、半分くらいまで酒を注ぐ。
「えへへ。麗香さんと一緒♪」
「うわ……これが酒かぁ」
 茉莉奈は純粋に麗香と一緒に同じ事が出来るのが嬉しく、良平は興味津々に酒の匂いを嗅いでいた。
「皆さんも如何?」
 紙コップと酒瓶持って、奏子は酒を注いで回るために立ち上がる。勿論と言おうか、紙コップには仕込み済み。實勒が職業柄持っている睡眠薬を塗りつけてある。
 睡眠薬入り紙コップに酒を注ぐ奏子は接客業はお手の物。笑顔で酒を勧めていく。それを見ながら實勒はそ知らぬ顔で薬なしの酒をちびちび飲む。
「ま、待て! まずは、酒でも飲もう」
 ギリギリとフロントチョークを決めてくる緋生の腕を叩き、酒へと意識を逸らして危機を脱しようとする弔爾。
「そうそう。まずは皆で乾杯にしましょ」
 相槌を打ち、艶やかな笑みを浮かべながら奏子に酒を差し出されては緋生も毒気が抜けたように弔爾の首から腕を放した。
 もちろんすぐさま弔爾は緋生と距離を取ったのは言うまでもない。
「えっと、もの凄い成り行きでこの場にいる訳だけど……これも何かの縁よね。そういう訳だから、乾杯!」
『かんぱーい!!』
 碇の音頭で高々とそれぞれ持ったコップを掲げて、今はバトルの事は忘れて出会いを喜ぶ。
『……まずっ』
 一口飲んで、未成年二人は渋い顔をした。初めて飲んで、おいしいと言った日には将来楽しみであるが、そんな人物はそうそういない。若いお口に合わないようなので、二人は早々と紙コップを遠ざけた。
「やっぱり私はジュースにしよ。あなたも飲む?」
「おっ。サンキュー!」
 持参していたカフェイン入り清涼飲料水を茉莉奈から受け取り、良平はにっかり笑った。
「それにしても、何かが起こるとは一体、どういう事なんでしょうねぇ」
 今度は参加者全員に向かって疑問を投げかけた弧月はぐるりと座敷を見渡した。
「酷い事はないらしいけど……気になるわよね」
 頬に指を当て、宙を見上げた汐耶。
「……今のところ何も視えないが……手っ取り早いのは誰かが眠る事だろうな」
 慶悟の言葉に一瞬にして座に緊張が走る。
「……そりゃそうだがな、誰がその役するってんだ?」
 ビール片手に不敵に笑ってみせる孔志に慶悟は、それが問題だな、と顎を擦った。
 と、ぽむと肩に置かれた手に弔爾は嫌な予感を感じ、硬直する。
「弔爾……お前の犠牲はムダにしねぇよ」
 にんまり笑みながら言った緋生は勢いよく弔爾を後ろに引き倒し、上から押さえつけ……
「げっ……!?」
「はっはっは。とっとと寝やがれってーのよ!!」
 能力行使に伴う頭痛に鬱陶しそうに顔を歪めるが、先手必勝が上手くいった事で笑いながら荒々しい口調という緋生の視線に絡め取られ、徐徐に弔爾の瞼が落ちてくる。
「お遊びなんだから、潔く寝た方がいいわよ。別に死ぬ訳じゃないんだし」
 完全に状況を舐めている奏子はくすくすと笑いながら酒を飲み、楽しそうに二人を眺める。
 催眠に抗いながらも、抗いきれずもうダメだ! と思ったその時、弔爾の瞼が強い意志力によって見開かれた。
「うをおぉぉ!!」
 全力で緋生を跳ね除けた弔爾は常人とは思えない跳躍力で大きく緋生と距離を取った。
『まったく。紅臣殿の力を知っていながら、何たる腑抜け!』
「ちっ……弔丸が憑依しやがったか」
 舌打ちした緋生。弔爾の持っている日本刀、弔丸は俗に言う妖刀であり、しばしば弔爾の体を乗っ取り動かすのである。
「何だ……?」
 弔爾の変貌に訝しげに眉を顰めた實勒に勿論妖刀が弔爾の体を動かしているなど分かるはずもない。いや、もしそうだと説明されても、リアリストの彼は鼻で一蹴するかもしれない。
「まったく。誰かいないの? 体を張って真実を確かめようという人は!」
「いや、いないだろ。普通」
 苦笑する孔志に鋭い碇の視線が刺さる。休暇中なはずだが、すっかり編集長の目になっている。
「そんな事で大衆を惹きつけるネタを手に入れる事が出来ると思ってるの!?」
「かっこいいです、麗香さん」
 うっとりと尊敬の眼差しで麗香を見つめる茉莉奈とは対照的に冷や汗流しながら孔志は言った。
「いやいや、俺は大衆なんか惹きつけたくねぇし」
「あははは。さっすがは碇さんですね」
 頬を薄っすら赤くし、笑いながら弧月は一口ビールを飲んだ。
「さて……」
 ごそごそと懐から符を取り出した慶悟に目敏く気づいた實勒は口の中の液体を飲み込んで尋ねた。
「なんだ? それは」
「ん、これか? これはな……こう」
 と、持っていた符を弔爾と睨みあっている緋生の背中へと投げるとぴたり、吸い付くようにくっついた。
「あ、れ? 急に眠く……」
 ぱたりとその場に突っ伏した緋生から小さな寝息が聞こえてくる。
「おい、何をした?」
 詰め寄ろうとする實勒を手で制し、慶悟は顎で緋生を示した。見れば、眠ったはずの彼女が立ち上がっている。だが、その両の目は閉じられ、操り人形のような力の入ってない体をふらふらさせている。
 皆が見守る中、緋生の口が動いた。
「あら。あらあらあら。ダメじゃないの、お布団を乱しちゃ」
「え?」
 普段の緋生からは考えられないキーの高い声で女性らしい可愛らしい仕草で弔爾の足元へ膝をつき、踏み乱された布団をせっせと直す。もちろん、その間も緋生の目は閉じられたまま。
「一体どうなってるの?」
 首を傾げた奏子に慶悟が小さく肩を竦めた。
「憑依だ」
「憑依? それって、霊がとりつくってやつ?」
 良平の言葉に頷いた慶悟は布団を直している女性を指差した。
「霊とは少し違う感じがするんだが、どちらにしろ今緋生は何かに操られてるのさ」
「……ふん。馬鹿馬鹿しい。ただの夢遊病だろう」
「夢遊病にしては、ちょっと様子がおかしいけど。それについてはどう説明するのかしら?」
 起きた事態を受け入れない實勒を横目で見ながら、楽しそうに微笑んだ奏子はくいっと紙コップの中身を飲み干した。
「それほど不快な状況にはならないみたいだし、ささっ今夜はパーっと飲んで楽しみましょうよ」
「……真迫嬢」
 あっさり状況を受け入れ、しかも大したこと無いと言い捨てた奏子に、實勒の顔は理解するのに苦しいと書いてある。
「甘い! 甘いよ姐さん!! これは勝負。真剣勝負のバトルだぜ。男だったら、どんな勝負でも勝たないとダメなんだぜ!」
 ぐぐっと拳を握り締め、立ち上がった良平だがやんわり奏子は笑みを浮かべる。
「だって私女だもの」
「うっ……」
「でも、憑依ってどんな人が憑依するか分からないんですよね?」
「確かに、そうね。彼女はお掃除好きな女の人みたいだけど」
 茉莉奈の疑問にそういえば、と汐耶も気づき緋生を見た。そんな緋生は一通り座敷内を整えると、そうだわあそこもお掃除しなくちゃ、とブツブツ言いながら座敷を出て行った。
「ん〜〜憑依か」
 むむっと唸った孔志は弧月の手元がカラなのに気づき、良平の残した酒を取りすぐさま手渡した。
「なんだよ、空じゃねぇか。さ〜どんどん飲もうぜ」
「あ〜こりゃどうも〜ははは。いや〜あなた良い人ですね〜あははは」
 笑い上戸らしい弧月は受け取った酒を飲んでは笑い、初対面の相手を褒める。そして、相手にも酒を勧めてはまたご機嫌に笑う。だが、忘れてはいけない。孔志の渡した酒は良平の持っていたもの。良平は實勒から酒を受け取り、それには睡眠薬が仕込まれていた。
「ん……」
 酔いと薬のダブルパンチで弧月の目がとろりと落ちはじめ、かくんとその頭が垂れる。
「ん? おい、どうした?」
 異変に気づいた孔志が弧月の肩を揺すると、突然弧月は立ち上がった。
「おうおうおうおうっ! なんだ、てめぇらは。誰に断ってここで宴会なんざしてやがる!」
 べらんめぇ口調で怒鳴る弧月の瞼はしっかり閉じられている。
「あんたか、姉ちゃん!」
「人に指を突きつけないでくれるかしら? それに、これを企画したのは高峰さんよ」
 不快そうに顔を顰めた碇の言葉に、弧月はほえた。
「高峰ぇ?! どいつだ、そいつぁ!」
「高峰さんはここにはいないよ」
 驚きで目をぱちくりさせながら言った茉莉奈の言葉に、舌打ちした弧月は高峰〜どこだ〜! と叫びながら座敷を飛び出していった。
「……今度は、ここの管理者、かしら?」
 去っていく足音を聞きながら、汐耶は肩を竦めた。
「でもでも、すっごい面白いですね! 次はどんな人が出てくるのかな〜?」
 にこにこと楽しみだね、と相棒の黒猫マールに言った茉莉奈の目は期待に充ちている。
「……こんな子供騙しで喜ぶなど、羨ましいな。まったく」
 呆れたような溜息をつきながら、酒を飲む實勒はまだこの状況を受け入れていないらしい。
「あんたも強情な人だな」
 苦笑する慶悟にふん、と實勒は鼻を鳴らした。
「まぁ、いいさ。これからは純粋な不眠バトルと行こうか」
 そう言って慶悟は酒に口をつけた。

▲02:26
 現在時刻は10時26分。不眠バトルの人数は六人に減っていた。
「それ〜!」
「あははは」
「やったな! くらえ〜」
 枕投げに興じる三人。茉莉奈と良平と、瞼を閉じている慶悟。行動、言動ともにすっかり幼児化してしまった慶悟は実に楽しそうに遊んでいる。その横で蹴散らされる布団を端から直していく緋生の姿。
「子供というのはいいね。無邪気で、かわいい……どうだろうか? ボクと一緒に二人の子供を作らないか?」
「折角のお誘い嬉しいんですけど、無理です」
 頬を引き攣らせ拒否した汐耶に、芝居がかった仕草で大きくよろめく奏子。
「そんな……何故だい? このボクに何の不満があると言うんだい?!」
 目は瞼に隠れているのだが、熱視線が向けられているのははっきり分かる。
「不満云々よりも、物理的に無理でしょうが」
 冷静につっこむ碇。
「なんか、凄い事になってんな……」
 主導権を取り戻した弔爾がやれやれと首を振った。だが、孔志はなんとも複雑な視線を向ける。
「もったいねぇ……いい女同士で囁きあうなんて! 羨ましいぞ〜」
「……馬鹿が」
 冷淡に言った實勒だが、知人のこの変貌ぶりは見ていて気持ちの良いものではないらしく、奏子を汐耶たちから引き離した。
「いい加減にしないか、真迫嬢。酔った事とはいえ、流石に酷いぞ」
 まだまだ意固地に奏子がまるで女好きの男のように汐耶を口説いたのは酒のせいだと思っている實勒に、上手く力の入らない奏子の体が寄りかかる。
「なんだい、キミは。ボクに何か用かい?」
「……はぁ。酔いすぎだぞ、真迫嬢」
「……はっはぁん。まったく、仕方ないなぁ。ボクがあまりにも美しいからって無理やり気をひこうなんて、紳士のすることじゃないよ」
「なっ……?」
「まぁ、キミはなかなか格好良いから相手してやらなくもないけどね。ただ、ボクは高いよ?」
 口を妖艶に笑みの形に曲げ、ゆっくり胸から首に手を這わす奏子に實勒は狼狽し、唇を戦慄かせる。
「な、な……何を言っているのだ!」
「ふふふ、恥ずかしがっちゃって。かわいいね、キミ」
 ピンク色の世界が広がりつつある、二人を羨ましそうに見て、孔志は口を尖らせた。
「……いいな」
 恋人募集中の27歳は寂しく、ビールを飲み干し、悔しさに缶を握り潰した。

▲03:17
「そ〜れ、えっさっさ〜♪」
 余興と称し、柿ピーの中にあるピーナッツを鼻に詰め、更に眉毛にクマさんシールのついた可愛らしい洗濯バサミを挟んだ、ある意味捨て身の孔志が奇妙な踊りを踊りながら皆の周りを踊りまわる。
 喜び大笑いするお子様三人組(慶悟含む)と、あ然と眺める汐耶、實勒、弔爾、碇の4人。奏子は気づくと座敷からいなくなっていた。多分、他の女性を口説きに行ったのかもしれない。
 ふわりとアロマオイルの良い香りが孔志が動くのに合わせて鼻をつくのに気づいたのは汐耶だが、取り留めて気にしなかった。孔志にしてみれば、アロマ効果で睡眠を誘うリラックス効果を狙ったものなのだが、眉毛に洗濯バサミ。鼻にピーナッツという姿に見事相殺されているような気がする。
「おいおいてめぇら! 高峰なんてぇ奴ぁどこにも……」
 舞い戻ってきた弧月は、怒りを噴出させようとして、孔志と目が合い、動きが止まる。
「……頭でも打ったか」
「あ、憐れそうに言うんじゃねぇよ!」
 ふん、と力んだ弾みに鼻からピーナッツが飛ぶ。
「ああ……すまねぇ。悪ぃ」
 妙な迫力に押され、つい謝る弧月。
「俺だってな、俺だってなぁ、女の子と遊ぶ為に参加したんだぜぇ……それなのによぉ、なんだよ不眠バトルってよ!」
 みっともなく吼える孔志。それをジト目で見る碇は小さく舌打ちすると、慶悟の傍に忍び寄り懐から適当に何枚か符を取る。
「何するのぉ? お姉ちゃん」
「ちょっとね」
 あどけない顔で首を傾げる慶悟ににっこり笑みを向ける碇だが、目は笑ってない。
「ウザいから、黙ってもらおうと思って」
 そう言いつつ緋生の背中に張られたものと同じ符を孔志に貼り付けた。
 途端にころりと畳の上に転がるが、すぐに体を起こすと弧月の方を向いた。
「何やってんだい、あんた!」
「げっ……お、お前!?」
「まったく、いつもいつも言ってるだろう。お客様に迷惑かけんじゃないよ! ほら、皆さんに謝りなっ」
 孔志に捲くし立てられ頭を下げている弧月の姿は女房の尻にしかれる男の姿そのまんま。
「かあちゃん!」
「あら、お母さん」
 母と呼び、傍によって来た慶悟と緋生ににっこり微笑む男。どうやら、憑依しているもの達は皆家族らしい。
「……これは、催眠か? なんらかの催眠効果で全員が同じ設定を共有し、それぞれの役割を担って……」
 ぶつぶつと霊現象という可能性を否定しようと懊悩している實勒の目の前で更に憑依家族の会話は続く。
「蘭も出てきているはずだけど、どこだい?」
「えっと、どこか行っちゃった」
 蘭とは奏子の憑依している者の名前なのだろう。孔志はやれやれと溜息をつくと正気を保っている参加者たちに頭を下げた。
「すみませんねぇ。お騒がせしちまって」
「いえ……あの、もし良かったらどういう事か説明してもらえますか?」
 汐耶の言葉に孔志は、快く頷いた。
「はい。私どもはこの座敷に住んでいるのですが、夜この座敷で眠る方の肉体を借りてしまうんですよ……何故か」
「何故かって、理由はわからねぇのか?」
「はい、まったく」
 にっこりあっさりそう返され、弔爾は額を押さえた。
「あー……まぁ、知らねぇもんは仕方ない。それに、なかなか面白いものも見れたしな、そろそろそいつらから離れてもいいんじゃねーか?」
「そりゃあ無理だな」
 弔爾の言葉をあっさり無理と言った弧月に碇は片眉を上げた。
「どういう事?」
「どういう仕組みだかわからないけど、一度憑依すると朝まで抜けられないのよぉ。不思議ねぇ」
 自分達の存在を棚に上げて不思議と言いながら、首を傾げて髪を耳にかける緋生。
「と、言う訳なので私たちは憑依した時はお体借りて楽しむ事にしてるんですよ」
 と、まぁなんとも勝手な言い分を述べると孔志は立ち上がった。
「さて、久しぶりだから皆に挨拶に行かないとねぇ。ほら、あんた行くよ!」
「あいよ、お前」
「あ、ちょっと!」
 汐耶が止める間もなく、弧月と孔志は仲良く睡蓮の間を出て行った。
「ねぇねぇ、もっと遊ぼうよ!」
 慶悟は遊び足りないらしく茉莉奈と良平言うと、二人はちょっと顔を見合わせ、そして笑って言った。
「うん。いいよ! 何して遊ぼうか」
「ここ広いからさ、かくれんぼとか鬼ごっことか面白そうじゃねぇ?」
「あ、かくれんぼいいな〜かくれんぼしよっ!」
 金髪長身の大人一人と少年少女はすっかり不眠バトルなど忘れ、鬼決めのじゃんけんをし始めた。
「……どこ行くんだ?」
 急に立ち上がった實勒に弔爾が尋ねる。
「……部屋に戻る。こんな狂言には付き合いきれんな」
「狂言ってなぁ……お前まだそんな事言ってるのかよ」
 呆れる弔爾を無視して實勒は歩き出した。
「私も、部屋に戻るわ。もう、不眠バトルだとかいう雰囲気でもなくなったし」
「……それもそうだなぁ。ふぁああ……戻って寝るか」
 背伸びしながら立ち上がった汐耶と大欠伸しながら弔爾も實勒の後を追うように座敷を去った。
 残った碇はぐびっと一口酒を飲むと、ぼそり呟いた。
「……私、なんでここにいるのかしら?」
 静かになった座敷に寂しく碇の小さな溜息がしたのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2936/高台寺・孔志/男/27歳/花屋:独立営業は21歳から】
【0965/影崎・實勒/男/33歳/監察医】
【1650/真迫・奏子/女/20歳/芸者】
【1421/楠木・茉莉奈/女/16歳/高校生(魔女っ子)】
【1449/綾和泉・汐耶/女/23歳/都立図書館司書】
【2381/久住・良平/男/16歳/高校生】
【0845/忌引・弔爾/男/25歳/無職】
【1582/柚品・弧月/男/22歳/大学生】
【0389/真名神・慶悟/男/20歳/陰陽師】
【0566/紅臣・緋生/女/26歳/タトゥアーティスト】


【個別ノベル】

【2936/高台寺・孔志】
【0965/影崎・實勒】
【1650/真迫・奏子】
【1421/楠木・茉莉奈】
【1449/綾和泉・汐耶】
【2381/久住・良平】
【0845/忌引・弔爾】
【1582/柚品・弧月】
【0389/真名神・慶悟】
【0566/紅臣・緋生】