調査コードネーム:行楽は如何ですか?《高峰温泉編》
執筆ライター  :里子

 【オープニング】
 【共通ノベル】
 【個別ノベル】


【蓬莱】illust by 倣学 【オープニング】
「まんずこっだらところが……」
「由々しき問題ですね」
「んだんだあ。商売敵だべのう」
「頭の痛いことです」
 蓬莱館の前で正座するスーツ姿の男二人。不審極まりないが、そもそも蓬莱館が不審な場所であるためか誰も気に留めない。この場で不審でないもののほうが不審なのである。
 ――と、言い切ってしまうのもどうかと言うものだが、まあ確かにその不審な正座の男二人を気にとめるものはいなかった。さしあたっては。
「こっだらもんに幅利かされたらたまらんべのう……」
「そうなると……」
「あんます気がすすまねえがのう。しかたなかんべよ」
「……致し方ありませんね」
 向き合った男二人はとてもとても不審だった。そして不穏だった。親の敵でも見るような目で蓬莱館を睨みつけ、そして互いの顔を厭そうに見詰め合う。その繰り返しである。
「しかたなかんべなあ」
「……ええ、生きる為です」
「気はすすまねえがのう……」
「ここは手を組むしかないでしょうね」
 頷きあい、男二人は立ち上がった。
 なまりの強い男の背後には丸みのあるふさふさが、どこか皮肉げな口調の男の背後にはちょっと鋭角的なふさふさが、それぞれ揺れていた。

 片やたぬきのツーリスト、片やきつねのツーリスト。
『化かす』ことによって格安ツアーを提供する元祖本家丸山ツーリストは高峰温泉を商売敵と定めてしまった。

 あなたの楽しい温泉行楽に、ちょっと影がさすかもしれない。
 さあ、あなたはどうする?


【ライターより】
*旅行をお楽しみ下さい。ちょっとしたトラブル込みで、となりますが。


【共通ノベル】

 日本人なら温泉旅行!
 と決め付けられたものでもないが、温泉という響きに懐かしさを感じるのはやはり日本人特有の感情だろう。古来から辺鄙な場所でも温泉さえあればこの国では観光客が呼べたのである。
 そう多少辺鄙であろうが、怪しかろうが。
 この蓬莱館もまた温泉であった。
 高峰が持ち込んだものである以上怪しくないわけがないのだが、その怪しさをぶっちぎって、人が集まっている。――流石に何の『免疫』もなければ無理と言うものではあるのだが。
 その『免疫』のある面子はのんきに温泉を楽しんでいた。何の免疫かは言うまでもない。怪しさのである。
 ――そして。
 それこそが、そののんきな楽しさこそが、悲劇への第一歩だったことをまだ誰も知らない。



 のんきに楽しんだからといってそれがきつねとたぬきの恨みを買うなどと知らないのが普通であるとか突っ込んではいけない。うん。




 さて静かな温泉宿は、その時に限って言えば静かも何もなかった。
「風呂風呂風呂ふっろ〜♪」
 怪しげな鼻歌と共に廊下を全力疾走する影一つ。小脇にりんごのお風呂セットと蓬莱館の浴衣を抱え、自らは虎皮の褌のみを身に纏った疾風の名を鬼頭・郡司(きとう・ぐんじ)と言う。金髪碧眼の実に派手な見かけの少年である。実年齢は少年どころの騒ぎではないのだが、精神年齢は外見年齢を大きく下回る。
 浴衣を受け取るなりその場で褌以外の全てを脱ぎ捨てて、温泉へと全力疾走を開始している。理由はない。強いて言うなら本能である。
「早速風呂〜♪ 一番乗り〜!」
 どだだだだと言う足音も高らか所か騒音公害。郡司の走りは止まらない。このままだと温泉の脱衣所の扉も開けぬままぶち破って温泉に飛び込みそうな勢いである。
 しかし!
「温泉つったら風呂でしょ風呂〜♪」
 似たようなことを考えるのは何も郡司に限ったことではないのである。いや何も考えていないのはが正確かもしれないが。
 同じく一番風呂巡って風呂へと疾走するは高台寺・孔志(こうだいじ・たかし)。こちらは茶色の髪に茶色の目のオーソドックな外見の御年27歳の青年だが温泉に向かって疾走している辺りこちらの精神年齢も郡司同様外見よりも下だろう。欲望年齢はまともでも。
 横に並んだ二人の視線が一瞬交差する。
 二匹の本能のまま欲望のままに走る野獣達は互いの獲物が同じであることを悟った。
「一番風呂は渡さねえ!」
「お前こそ引っ込んでろ!」
 熱い戦いが始まろうとしていた。

 その傍から見ればしょうもないことこの上ない戦いを、しっかり傍から眺めつつ一人の女が煙を吐き出す。細身で長身。早速着替えた蓬莱館の浴衣は黒。一見するところキャリア風味の美女である。名を冴木・紫(さえき・ゆかり)と言う。
「んなあわてなくても温泉は逃げないと思うんだけどねえ」
「……そうだな」
 その傍らでやはり黒い浴衣に身を包んだ男が溜息を吐いた。こちらの外見も郡司同様中々派手だが、その溜息の吐きっぷりから察するに精神年齢は外見年齢を上回っているようだ。経験は男を強くする。若い頃の苦労は買ってでもしろ。真名神・慶悟(まながみ・けいご)である。
「いいねえ子供は無邪気で」
 ニヤニヤと笑いながら慶悟とは反対側に並んだ男は非常に男であった。涼やかな印象はないし若さもない。おっさんと言い切るにはまだまだ年輪が足りないが、数年立てば立派にそう呼ばれることになるだろうし本人も拒みはしなかろう、そんな印象の男である。名を佐久間・啓(さくま・けい)と言う。
 子供を眺める大人三人――といっても孔志は慶悟や紫より年上なのだが――は、まったり温泉を目指して歩いていた。なんだかんだで来たからには温泉なのだろう。
 そろって煙草をふかしつつ、そこかしこに怪しげに現出している灰皿に灰を落としつつ。
 ふーっと紫煙を吐いた慶悟は傍らの男と女を見据えて頭を抱えたくなった。
 来る前から星の動きが悪い……気がしていた。ただでさえ色々警戒しているというのに、いつもと違う災厄の兆しが二つ加わっていた。しかも心なしかその星を知っている気もしていたが。
「……とりあえず星は正しかったな……」
 引いては自分の能力がだが今はまるで嬉しくない。
 長身細身のキャリア風美女を見下ろし、慶悟はまた深々と煙を吸い込んだ。言い切ってしまうなら会いたくなかった部類である。もう片方も見覚えがあるがそちらは『災厄』とまでは思わない。とするともう一つ、確実にもう一つ何らかの災厄が待っていることになる。それは溜息も吐きたくなると言うものだろう。ついても現実は変わらないが。
 その慶悟にとっての『災厄』は溜息を聞きつけて不思議そうに慶悟を見上げた。
「なに辛気臭い溜息吐いてるのよ?」
「――理由を聞きたいか?」
 聞きたいと言われればそれまでに蒙った被害を並べ立ててやるつもりでそう返した慶悟の気迫はものの見事に紫に空かされた。
「いや全く」
 さらっと答えた紫は自らもまたふーっと煙を吐き出す。ぎゃはははっとその傍らで啓が耳障りな笑い声を立てた。
「――なんだ?」
「いやあ別に?」
 じろりと睨まれても啓は何処吹く風である。
 慶悟はこの時なにが何でも寛いでやると言う決意を新たにしたが――その決意がある以上既に気分はほどけていない事実にまだ気付いていなかった。
「ま、んなどうでもいいことよりだ。折角温泉なんだから楽しもうじゃねえか、なあ?」
 啓が嬉々として紫の肩に手を伸ばす。
「あんな走ったら転ぶんじゃないのかしらね?」
 じゅ。
 慌てず騒がずナマモノの即席灰皿に煙草を押し付けた紫はのんきにいう。
 手を押さえてのた打ち回る啓と全く痛痒を感じていない様子の紫を見比べて、慶悟は頭を抱えた。

「どーけどけどけどけ! 何人たりとも俺の前は走らせねえ!」
「お前がまずどけ!」
 さて怒鳴りあいながら温泉への道をひた走っている二人は、やっぱりひた走っていた。
「ちょーっとそんな走ったら転ぶわよー?」
 という後方からの声も聞こえてはいない。聞こえていても止まらなかっただろうし、聞こえていても恐らく結果は変わらなかったが。
 温泉特有の、温泉にあるのでなければ微妙すぎる『湯』と書かれた暖簾が見えた瞬間、それは起こった。
「へっへっへ俺の勝ちだな!」
「まだまだああ!!!!」
 二人同時にそこへと駆け込もうとした瞬間。
「おわあああっ!」
「うわああああっ!!!」
 地が消えた。
「あーあ。言わんこっちゃない」
 行き成り視界から消えた二人に、紫がやれやれと肩を竦める。
「……あんたまず心配しようとか助けようとかという発想は……」
 突っ込みかけた慶悟は途中で言葉を切った。そして煙草を吸い込んでから煙と共に言葉を吐き出す。
「――ないな」
「ないわ」
 即座に返事が返ってきて、慶悟はやれやれと肩を落とした。
「っつーか単に転んだだけにしちゃ怪しくねえか? 完全に姿が消えやがったぞ?」
 啓が不審そうに顎をしゃくる。心配そうにではない。その手にはしっかりと赤い火傷の痕が残っていたがまあそれは兎も角。そこで傍と紫と慶悟も手を打った。
「言われてみれば」
「なんだ? 特に鬼頭の方は転んでもすぐ起き上がりそうなもんだが……」
 慌てて現場へと駆け寄った三人は、落とし穴の中に折り重なるように倒れている二匹の野獣を発見してまた顔を見合わせた。因みに郡司は飛べはするものの、どうやら落ちた事実にその能力を綺麗さっぱり忘れているようだ。流石200までもまともに数えられない褌雷鬼は一味違う。
「落とし穴?」
「またクラッシックな罠だねえ」
「二つ、二つの災厄か。一つは紫として……これは……」
「――あなた今さらっとなに言った?」
「真実だ気にするな」
「仲がいいねえおじさん寂しいじゃねえか」
「良くない!」×2
「何でもいいから助けろ〜〜〜〜!!!!」
 情けない声が落とし穴の中から響き三人はやれやれと引き上げにかかった。



「まんずまず成功だべなあ」
「泥臭い作戦ですがまあいいでしょう」
「なんかゆったべか?」
「いいええ。この調子で旨くやりますよ」
「ふん」
「ふっ」



「妙よね」
「妙、だな」
「妙だねえ」
「そーかあ?」
「なあこれおひつって言うんだよな? で、これが一人前なんだよな? おかわり10個くらい頼んでもいーか?」
「待てコラ」×4
 三人ほどが至極真面目に顔をつき合わせる中、不協和音一人、不協和音にさえなれずに突っ込まれるものまた一人。
 事の起こりは落とし穴に始まった。啓と郡司と孔志がそれぞれに見つけそれぞれに覗き込んだ風呂場の覗き穴から見えたものは紫ではなく、虫の大群だったり、カエルの卵だったり、非常に濃い『兄貴サブ』の現場だったりしたし、慶悟の煙草は風呂に入っている間に何故かシガレットチョコに全部摩り替わっていて当面の食料として紫に没収されたりもした。紫に至っては持ってきていた商売道具のノートパソコンが何故か日本昔話の絵本に化けていた。
 郡司はまるでダメージを負っていなかったが、他のものはそこそこダメージである。啓に至っては風呂場から出るなりトイレに駆け込んで暫く出てこなかった。
「なんていうかこう……」
 紫がほっそりした指を顎に当てる。慶悟が重々しく頷き、ややうつむき加減になった紫の首筋に啓と孔志の視線が縫い止められる。いやそれはどーでもいいが。
「子供の悪戯のような現象だな」
「……ガキが悪戯であんなもの持ち出すのかオイ」
「だから何見たんだよ佐久間さん?」
「聞くなー!!!!!」
 モロに思い出してしまったらしく啓の顔色がまた変わる。どうやら最もはずれくじであった『兄貴サブ』を見たのは啓らしい。
「気に食わないわね」
「気に食わん」
「……そりゃあもう。抹殺って感じだねえ」
「そこまでかあ?」
「なあこの御前っての山になってきてんだけどよ、やっぱこの五つ一山で一人前なんだよな? おかわり20山くらい頼んでもいーか?」
「だから待てコラ」×4
 三人ほどが殺気立つ中、不協和音一人、不協和音にさえなれずに突っ込まれるものまた一人。
「旅費なんかないのよ私は! ていうか生活費そのものも! それをたまには羽を伸ばさなきゃと思って取材と言い張って無理やり取材費出させたのよ! 寛げなかったら意味ないじゃないのよ意味が!」
「あんた編集部にまでたかってたのか……」
「なんだあ姉ちゃんそんな金ないのか? 一月三万くらいの手当てでどうよ?」
 みしっと啓の両方の頬に慶悟と紫、それぞれの拳がめり込む。見計らったかのように同時にだ。
「安いわよ」
「いや突っ込むとこそこなのかおねえさん……」
 孔志が流石に冷や汗流して身を引いた。
「兎に角!」
 脱線しかかった会話を慶悟が無理やり引き戻す。
「この子供の悪戯のような現象を何とかしないことには何も始まらんだろう」
「全くね」
「ああ、そりゃ同感」
「そうでもないんだけど俺は」
「なあこの瓶の中身酒だよな? 二本来てるけど一人前には少なくねえ? 追加とおかわり30本くらい頼んでもいーか?」
「更に待てコラ」×4
 三人ほどが決意を新たにする中、不協和音一人、不協和音にさえなれずに突っ込まれるものまた一人。
 戦いの夜が始まろうとしていた。



 のだが、



「うまくいったべかのう」
「まあこの程度でも十分不愉快でしょうし悪くはないでしょう。後は寝所にこの間あなた方がつかった下品なサービスを送れば完璧ですね」
「下品てなんだべか! あのさあびすはうちの社では大評判だべ!」
「そんなものに頼らなければ評判一つ取れないとは、流石に田舎ものは一味違いますね」
「おら達をバカにするべか! お客様のにいずにも答えられない腰抜けに言われたくなかんべよ!」
「なんですって?」
「なんだべ!」
 さて協力体制とはいえ結局狐と狸である。
 古来よりこの二つの種族は実に仲が悪い。狐は狸を田舎者と蔑むし、狸は狐を高慢ちきと嫌う。そういう関係なのである。神々の時代よりそうなのだ。遺伝子に既に組み込まれた種族的な仲の悪さである。
 ばちばちと火花が散り自然と声は大きくなる。
 そりゃもう互いしか目に入らない。世の中目的を忘れてしまうほどに強い憎しみとか言うものも存在するのである。
「へーえ」
「ほう?」
「……つまり何か、こいつらが……」
「尻尾、生えてんのなー」
「なーこれサービスのアイスとかって持ってきてくれたんだけどよ、五つしかねえんだよなこんなちっこいのが。やっぱこれ人数間違えてるよな。追加とおかわり40個くらい頼んでもいーか?」
「兎に角待てコラ」×4
 三人ほどが背後に雷背負う中、不協和音一人、不協和音にさえなれずに突っ込まれるものまた一人。
 まあそれはさておき。
 スーツのお尻からふさふさをはやした二人のビジネスマン風の男達はその雷に当然ながら我に返った。
「おおおおお、お客、さま?」
「子供の悪戯みたいだとは思ったのよね」
「まあ大方想像とは外れてないな」
「どっかで見た顔だなあオイ」
 紫、慶悟、啓が鬼のような笑顔を浮かべる。狸と狐はどっと冷や汗を吹き出した。その背後に回って孔志がふさふさを掴んだからたまらない。ぽんと擬態が解けて狐と狸はかわいらしい元の姿を取り戻す。
「お! 美味そう!」
「え?」
「は?」
「オイ?」
「美味そう? 可愛いの間違いじゃねーの?」
 不協和音にもそれまで慣れなかった郡司は目を輝かせて孔志に尻尾を掴まれている狐と狸を眺めている。なんというか、実に嬉しそうというか舌なめずりでもしそうというか獲物を前にした肉食獣というかまあそれはそのままだがそういう顔である。
「ああああ、あのそそそそそそれはままままままさか私どもの……」
 狐がつぶらな瞳をぱちぱちとさせる。心なしか毛が逆立っている。
「やっぱ獲物は野性がいいよな! 肉も絞まってっし!」
「ひいいい、おたおたおたすけええええええ」
 狸が叫ぶが孔志は相変わらず尻尾を離さないし、紫も慶悟も啓もまるで取り合うつもりはないらしい。紫は命綱ともいえるノートパソコンを隠された恨み、啓は『兄貴サブ』の恨み、慶悟はかねてから恨み骨髄である。孔志が離さないのは単に手触りがいいからだが。
「よっしゃ今鍋と丸焼きにしてやっからそこを動くなよ〜♪」
「ひいいいいいい!!!!!」
 尻尾の毛を孔志の手の中に残して、二匹の獣はそれこそ脱兎の如くに逃げ出した。



 とりあえず命からがら、狐と狸は逃げおおせたらしい。



「全く冗談じゃないわよ慰謝料取れなかったじゃないの」
「……ふ。どうせなら丸焼きにしてやりたかった気もするな」
「口直しにどっかに根性入れないでくれるいい女いねえかな」
「風呂の後はメシ! これで落ち着いて飯が食えるなって郡司!?」
「なーもうねえけど、新しく全部頼みなおしていいか?」
「待てコラ」×4
 そうして夜は更けていく。



 逃げた狸と狐は、やっぱりちょこっとずれたツーリスト業務を続けているらしい。
「おめだのせいで偉い目にあったでねえか!」
「どちらかといえばあなた達のせいでしょう!?」
 そして相変わらず仲は悪いという。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師】
【1021 / 冴木・紫 / 女 / 21 / フリーライター】
【1643 / 佐久間・啓 / 男 / 32 / スポーツ新聞記者】
【1838 / 鬼頭・郡司 / 男 / 15 / 高校生・雷鬼】
【2936 / 高台寺・孔志 / 男 / 27 / 花屋:独立営業は21歳から】

【個別ノベル】

【0389/真名神・慶悟】
【1021/冴木・紫】
【1643/佐久間・啓】
【1838/鬼頭・郡司】
【2936/高台寺・孔志】