調査コードネーム:水辺に浮かぶ二つの奏鳴曲(ソナタ)
〜Capitolo della luna.〈月の章〉
執筆ライター  :海月 里奈
関連異界    :シスター・麗花による猊座の報告録集
リンクシナリオ :水辺に浮かぶ二つの奏鳴曲(ソナタ)
〜Capitolo della stella.〈星の章〉

 【オープニング】
 【 共通ノベル 】
 【 個別ノベル 】


【蓬莱】illust by 倣学 【オープニング】
 宿泊代の節約を考えた結果、シスターの手により、男女混合で取られていた、とある一同の大部屋で。
「さってと、それじゃあ私は出かけてきますからね? 二人でお留守番、宜しくお願い致しますよ」
 食べ終わったソフトクリームのコーンの紙を丸めながら微笑んだのは、たった今温泉から帰ってきたばかりの駄目枢機卿ことユリウス・アレッサンドロであった。
 相変わらず教皇庁の高位聖職者としての威厳の欠片も無く、薄青の縁取りの浴衣を着こなし、帰ってくるなり鞄から取り出したチョコレートを浴衣の懐へと補充する。
 ――ユリウスが部屋へと戻ってきた時、既に先に出かけていた大竹 誠司(おおたけ せいじ)と清水 色羽(しみず いろは)とは、部屋の中でのんびりと時間を過ごしていた。
 しかし、
「ユリウスうううううっ! またそうやってっ! わかった! お前俺のこと嫌いなんだろっ?! いつもにこにこ『いやぁですね、私は貴方の唯一無二のダイシンユウではありませんか』なんて言ってるけど、実はお前、俺のこと――っ!」
 やはり片想いの相手と二人きりになるのは相当緊張するのか、再びユリウスが出かけると聞き、叫び声をあげたのは誠司であった。
 ただでさえ、二人きりで出かけてきたばかりであると言うのに、
 これ以上二人きりにされたら、俺、どうすれば良いって、そんな――コイツ絶対、
「まぁまぁ先生、落ち着いて下さい。ユリウスさんにもきっと用事が、」
 仕組んでるなっ!
「どうせロクでもない用事に決まってるっ! この駄目神父っ! 死んだらカミサマにチクってやるからな!」
「……おや、誠司は無神論者でしょう?」
 ですから関係ありませんでしょう? とやわらかく微笑み、いつの間にか出口の前に立っていたユリウスは、はたはたと誠司と色羽に向けて手を振っていた。
「ああっ、俺が悪かったってばっ! ユリウスっ! だから行くなっ!」
「麗花(れいか)さんと約束がありましてね。もうそろそろ待っていらっしゃるはずなんですよね。時間に遅れたら――おお怖っ」
 麗花の怒鳴り声を思い出し、身震いを一つ、はっと手元の紙に気がつき、ゴミ箱に向けてそれを放り投げる。
「それじゃあ色羽さん、誠司にはお気をつけて。そう見えても結構強引ですからねぇ。いやいや、」
「お前絶対後でカミサマにチクってやるからなあああああっ!」
「先生、」
 こんっ、とゴミ箱の底に紙の入った音と同時に、ユリウスは後ろには構わず、部屋を後にする。
 ――勿論、
『あたしと二人きりじゃあ……その、嫌、なんですか……?』
『――……そそそそそそんなわけっ!』
 暫く会話は、彼らからは死角となる位置から盗み聞きしていたのだが。
 しかし、ふとした機会に腕時計に視線を落とし、
「……いけませんね、」
 少しばかり急ぎ足で、ユリウスは玄関へと向い始める。
 ――シスター・星月(ほしづく) 麗花との、夜の除霊の約束に遅れないようにと。


【ライターより】
※誠司と色羽につきましては、前半で扱わせていただいておりますので、今回はシスター・麗花と駄目枢機卿・ユリウスの『夜の除霊』がお話の主軸となります。
 時刻は真夜中。ユリウスと麗花とは宿の外で待ち合わせをしておりまして、合流し次第蓬莱館の近くを回り、そこに住む様々な霊を除霊したり説得したりお話したり布教――ではないのですが色々としたりとするつもりでいるようです。
 なお、多分今回の目標の一つは、麗花のネクロマンサーとしての修行であるかと思われます。とは言え、二人とも強制的に周囲の霊を帰天させるつもりではおりません。人に害を成す霊がいるのなれば、その必要はあるのでしょうが。
 一応ユリウスの情報によれば、蓬莱館の近くには、その類の宜しくない霊が住んではいるようです。この類の霊がいますと、周囲の霊は帰天したくともできなくなってしまう、という事態に陥ることも、度々ある事にはあるのでございますけれども……。
 よろしければ、お付き合い下さいましね。宜しくお願い致します。
 くわしくは↓をご参照願います。
http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=585

■今回の時間軸(予定)
1、ユリウスが一人のほほーんと温泉につかりに行く(なおこの時、麗花もいません。理由は不明ですが……)。この際誠司と色羽とが部屋に取り残され、前回の事が起こった事となります。(Capitolo della stella.〈星の章〉)
2、誠司と色羽が部屋に戻った頃、ユリウスが麗花との待ち合わせに、夜な夜な出かけて行く事になります。こうして今回のOPが起こる事となりました(Capitolo della luna.〈月の章〉)
 このようにして時間軸はずれておりますので、両方ともに参加していただく事も可能となっております。
 前期の受注は、既に終了致しております。お付き合いくださりました皆様方、本当にありがとうございました。


【共通ノベル】

I

 光が、舞っていた。
 或いは地面の傍を、或いは木々の周りを、或いは空の周りを、さながら三人を歓迎しているかのように飛び交う、意思を持った者達の魂。
「本当に、不思議な所ですのね。幽霊さんも、精霊さんも、本当に数が多くて……あ、ごきげんよう、」
「ああもう、そんな、瑠璃花(るりか)ちゃんったら本当可愛いんだから……、」
 そんな光景を幸せそうに見つめながら、麗花は――今日は、赤い縁取りの浴衣を着こなした、帯にフルートを差し込んだとある教会のシスターは、隣を歩く男性には知らん顔で、明るい笑顔を浮かべていた。
 ――しかし麗花は、今でこそ、幽霊を見かける度ににっこりと微笑する、妹のように可愛がっている少女の様子を見つめながら、ほんのりと幸せに浸る事のできるほど落ち着いた時間を過ごしているものの、
「麗花様、本当に今日は、お星様も綺麗ですのね。それにしても、幽霊の皆さんもご機嫌が良いそうですわ」
 つい先ほどまでは、とにかく急ぎに急ぎ、館を飛び出さざるを得ないような怒涛の時間の中で時を過ごしていたのだ。
 急ぐあまりに持ち出してきてしまっていたフルートのケースは、途中出合った蓬莱(ほうらい)へと押し付け預け。余計なお荷物と共に――相変わらず、どうして隣にいるのか、いつもの私服姿で、こういう時にすら、上辺は変わった具合を見せる事の無い青年と――田中 裕介(たなか ゆうすけ)と共に、口論しながら何とか走る事数分。
「それにしても、驚きましたの」
 こうして今、ようやく予め約束しておいた待ち合わせ場所に立っていた、上着を羽織った浴衣姿の少女と共に、この夜の中をゆっくりと歩いている。
 星の精に囲まれて、玉座に腰掛けた、月の女王。
 見上げながら、青い瞳を細めた少女は――御影(みかげ) 瑠璃花は、
「今日は、裕介様もご一緒のようでしたので」
 丁度、ユリウスと麗花とが待ち合わせをしている場所についた頃、視線を、裕介と麗花との方へと移し、ね、と、手元に軽く抱きしめた、リュックを背負ったくまのぬいぐるみの手を軽く振らせていた。
 淡い銀光の中、そよぐ甘やかな風に、瑠璃花のやわらかな金色の髪がふわりと揺れる。いつもは下ろされ、毛先の大きく巻かれた髪も、今日は青縁取りの浴衣にあわせたリボンと彩紐とで、愛らしく結い上げてあった。
「ちっ、違います! この人は勝手について来ただけで――!」
「おや、何をそんなに慌てていらっしゃるのです? それに、違うって……何が違っていらっしゃるので?」
「……げ……!」
 慌てて弁解しようとしたその矢先、不意に聞えて来た声音に、麗花がぎくりと振り返る。
 ――その先には、
「猊下……!」
 見慣れた一人の男の姿があった。
 金髪の、青い縁取りの浴衣に身を包んだ、相も変わらず暢気な上司。
 しかも、その後ろには、
「セレスティさんも……!」
「ええ、こんばんは」
 微笑して挨拶をする、ユリウスと同じ色の浴衣に身を包んだ、海色の瞳の良く似合う、銀髪の青年の姿があった。
 ――セレスティ・カーニンガム。
 最近では随分とユリウスが世話をかけている人物でもあり、麗花にとっては、かなり感謝しなくてはならないような――むしろ、様々に謝罪しなくてはならないような、人物であった。
 いつもと同じく、銀細工の杖を付く青年は、でも、と付け加えると、
「ユリウスさんが、麗花さんの訓練ですとは――少々、意外でしたね」
 面倒くさがり屋さんで、いらっしゃりますのに。
 しかしセレスの言葉に、ユリウスも微笑を浮かべると、
「折角の才能ですもの、育てておきませんと、勿体無いでしょう?」
 しかも能力の制御は、知らず霊を呼びつけてしまう、という能力の制御にも繋がるのだから。
 まぁ、その辺の小難しい事情はさておいて、ですね、
「それに、霊が見えてしまうのでしたら、対処法を知っておいた方が良いと思いましてね。いつでも私達が傍にいるとは限りませんし」
「それに、星月さんだって、一人でお出かけしたい時もあるでしょうしね」
 不意に、言うユリウスの隣に、もう一人の男性が並んでいた。
「こんばんは、皆さん。今日は僕も、ご一緒させていただきます」
 綾和泉 匡乃(あやいずみ きょうの)。
 日本人にしては白めの肌に、ラフな服装をセンス良く着こなした青年は、全員へと簡単に挨拶を述べた後、
「女性の成長というものは、どうやら少し、早いものであるようですから」
 ユリウスにのみ聞えるような声音で、ぽつり、と呟いていた。
 ふと、裕介の言葉に何やらムキになっている麗花の声音に、まだ小さかった頃の妹の姿が思い浮かんでいたのだ。
 ――汐耶も、ね、
「……そういうものですか?」
「意外と、」
 子どもの頃には、あのようになるとは、思いもよらなかったのだから。
 自分はいつでも変わらないつもりでいるというのに、妹はいつの間にか、知らずの内に、もはや一人前の、大人になってしまっていた。
 ――或いは自分も変わっているのだろうかと、
「そういうものかも知れませんよ」
 まぁ、自問した事が無いわけでは、無いんですけれどもね。
 どの道、例えそうだとしても、彼女が日に日に変わっているであろう事には、変わりがない。
「はあ、そうですか……」
「ええ。ですから今の内に、教えられる事があれば、惜しんでないで、教えてさし上げてはいかがです?」
「教える、って……あれ、言ってませんでしたっけ?」
「何をです?」
 匡乃の一言に、ユリウスがおや? と答えを返す。
 ユリウスは静かに一つ息を吐くと、
「実は私、分野外なんですよねぇ」
「と、言いますと?」
 問うてきた、今までユリウス達の話を聞いていたセレスへと、今度はいつものように微笑みかけると、
「つまりは、教えられる事なんてなーんにも無い、という事なんですけれども」
 麗花には決して聞えないようにして――ではあったものの、そんな事を、きっぱりと、言い放った。


II

「何よ! 知らないっ! 田中さんのコトなんて、もー絶対知らないんだからっ!」
 先ほどから前方からは、そんな麗花の叫び声ばかりが聞えてくる。
 一応あれから、麗花も何体かの霊を払うような事にはなっていたものの、裕介の麗花への援護や、瑠璃花の精霊への干渉によって、殆ど何も起こらずに事は進んでいた。
 しかし、
「……ユリウスさん、良いんですか?」
「はい? 良いって、何がです?」
 一同の最後尾から、不意にセレスに問いかけられ、ユリウスはチョコレートの銀紙を剥きながら、のんびりと振り返っていた。
 その先にあった、セレスの表情に、
「……ああ、」
 一つ頷くと、再び麗花の方へと視線を投げかけた。
「いいんですよ。私がどうこうするまでも、どうやらなさそうですしね」
「でもユリウスさん。どうせ最初からこうなる事は、予測していらっしゃったのでしょう?」
 ふと、ユリウスの横に並んだ匡乃が、ひっそりと呟きを洩らす。
「……おや、何の事です?」
「ユリウスさんが、一番わかっていらっしゃるのではないかと」
 ――匡乃にだけでなく、セレスにもそれは、わかっている。
 おそらく気がついていないのは、麗花当人と、或いは瑠璃花くらいであるのかも知れない。
 そもそもユリウスには、最初からこの修行≠ノ手を出す気など無かったのだ――こうして大勢が集まれば、他人任せで、十分であるのだから。
「全く、相変わらず、人が悪くていらっしゃりますね」
「そんな事はありませんよ?――っと、おや? 裕介君、こんな所に、置いてきぼりにされたんですか? また麗花さんのこと怒らせましたね?」
「そんな事ないですよ。ただ少し――、」
 匡乃の言葉にユリウスが適当に笑って誤魔化そうとし、同時に、今度は何で麗花を怒らせたのか、麗花と瑠璃花に置いて行かれた裕介の歩みへ、三人が追いついた頃。
「……何か、来ますね」
 唐突な、出来事。
 セレスの感じたその通り、前方を賑やかに歩いていた瑠璃花と麗花とが、ぴたりと歩みを止めていた。
 耳を澄ませば、確かに何かの音が近づいてくるのが、良くわかる。
「さて、どうなる事やら……」
 微笑して、セレスは気配に、顔を上げた。
 さながら、大きな蛇が大地を這っているような、ざわめきの音。
 後ろの四人に見守られている事になど気がついているはずもない瑠璃花と麗花とは、その頃丁度、
「……は……?」
 月の光に、何かが輝くのを見ていた。
 時間が経つほどに、その光は次第に数と強さを増し――、
「えー、っと……」
 悩むその手前、何かが、遠くの空間を切り裂いた。
 呆然と立ち尽くすその内に、ようやく闇夜にも、それの姿がぼんやりと映し出され始める。
 ――大きな、植物。
 そうとしか、形容しようのないもの。
「麗花さんっ!」
 遠くから聞こえてきた裕介の声は、麗花の耳には届いていなかった――或いは、届いていたのかも知れないが、さほど重要なものだとは、思われていなかった。
 しかし、再び何かが鞭打ったその時、大地の土には細く深く鋭い跡がくっきりと残されていた。
 そうしてようやく、その姿が、はっきりと見えはじめる。
 大きな花を顔のようにした本体と、そこから伸びる無数の緑色の蔓。
 そこでようやく、麗花はこの状況をしかと悟るに至っていた。
「……何、あれ……」
 これでは、幽霊云々というよりも、
 ――墓場で妖怪と、運動会やってるわけじゃあ、ないんだから……!
「植物の、」
 妖怪さん、ですわね。
 瑠璃花が言いかけた、そのところで、
「退却っ! 瑠璃花ちゃん、一旦逃げるわよ!」
 特別に驚くわけでもなく、目先の事実を述べようとした瑠璃花の手を慌てて手に取ると、麗花が急ぎ、身を翻す。
 冗談じゃないわ!
「あ、あの、麗花様?」
「あんなのに当ったら痛いじゃないの! あぁもう、折角お風呂に入ったばっかりなのにっ!」
 肩越しにちらりと振り返れば、その巨大な植物は、もぞもぞと地面にへばりつく幾つもの蔓を這わせながら、しっかりとこちらの方を追いかけて来ているようであった。
「麗花さん!」
「田中さんのせいですからっ!」
「は……はいっ?」
 麗花の名前を呼び、地面を蹴って麗花達の方へと向おうとしていた裕介も、彼女の唐突な一言に、思わずその場で眉を顰めてしまう。
「走り辛いんだからああああっ!」
 麗花は叫び、全部これも田中さんのせいですからね! と、裕介のことをきっと睨みつける。
 うっかりと、待ち合わせ前、裕介と一緒にいた時の流れから――着替えてくるのを、忘れていたのだ。
 ――あぁっ、もうっ!
「麗花様、大丈夫ですの?」
 麗花のぎこちなさ具合は、瑠璃花から見てみれば明らかなものであった。
 麗花の足元は、着慣れぬ浴衣に翻弄され、何度と無くつんのめりそうになっている。
「だ、大丈夫ですっ! 多分! そんな事より、瑠璃花ちゃんは大丈夫なのっ?!」
「わたくしは大丈夫ですわ。それより、麗花さ――、」
「きゃっ?!」
 それでも瑠璃花に気を使っていた麗花ではあったが、ついに浴衣の裾を思い切り踏みつけ、ぐらりとその身を傾がせた。
 息を呑む麗花の意思には構わず、赤茶けた細道の地面が視界に大きくなり――、
「麗花様!」
 瑠璃花の声音に、麗花はいよいよ覚悟を決める。
 瞳を閉ざし、衝撃を待ち構える。
「……っとっと、」
 だが、
 しかし。
「麗花さん、大丈夫ですか?」
 予想していた衝撃は、決して麗花を襲いはしなかった。
 ――抱きとめられていたのだから。
「た、田中さんっ?!」
 瑠璃花を転ばせるまいと、反射的に放されていた麗花の手は、いつの間にかこちらへとやって来ていた裕介の肩へと触れていた。
「……た、」
「逃げますよ、麗花さん。それから、喋らない方が、賢明です」
「何を……!」
「舌、噛みますよ――御影さん、行きましょう!」
 刹那、麗花の世界が、くるりと空の方を向いた。
 抵抗する間も無く、そうされ――俗にいう、お姫様抱っこをされた状態で、
 ……田中さん!
 忠告されるまでもなく、声を出せるわけが無い。
 あまりの恥ずかしさに、体のみならず、意識まで傾いでしまいそうになる。
 しかも目の前には、
「……いやぁ、若いって良いですねぇ、」
 いつの間にか、性質の悪い上司の――ユリウスの姿が見えていた。
 瑠璃花に気を使いながらも、あっという間に後ろで傍観を決め込んでいた三人の場所まで辿り着いた裕介は、果して意識しているのかしていないのか、麗花は地面に下ろさぬそのままに、
「どうします? 来ますよ」
 とはいえ幸い、植物の移動速度はさほど速くはないようであった。
 匡乃やセレスも含め、麗花意外の一同は、それなりに落ち着いた様子でそちらの方へと視線を向ける。
「何も、これだけ距離があれば、麗花さん、ねぇ、どうです?」
 お姫様抱っこの件にはあえて触れず、ごくごく普通にユリウスが、未だ裕介の腕の中にいる麗花へと提案する。
「まぁ、これも修行の一環だと思って。あの植物を、大人しくさせてみてはいかがですか?」
 ――と、
「……裕介さん、そろそろ麗花さんのこと、下ろしてさし上げてはいかがですか?」
「――はい?」
 あまりの麗花の境遇に、不意に苦笑して言ったのは、セレスであった。
 一歩前へと歩み出て、
「麗花さん、このままですと、ユリウスさんの良いようにされてしまいますよ?」
「さり気無く酷い事仰りましたね? 今。セレスさん」
「おや、そんな事は――ありませんよ」
 珍しく、裕介の腕から下ろされてもなお、どこか放心状態の麗花へと近づくと、セレスはやおら、その肩に軽く手を触れさせる。
 刹那ふと、ほのやかに、水の香りが強くなった。
 そうしてセレスが、麗花の体の中を流れる水に、少しだけ、静まるようにと言聞かせれば。
 ……それから、しばらく。
「……ちょっと! 瑠璃花ちゃん、大丈夫なのっ?!」
 セレスの治水の力に理性を引き戻され、ようやくしっかりと状況を悟った麗花が、唐突に、ぱっと裕介を押しのけて、瑠璃花の方へと駆け寄って行った。
 瑠璃花は、急いで自分の前に身を屈めた麗花へと、
「逃げなくても、大丈夫ですわ」
 あれから大分近づいてきていた植物の方を一瞥した後、相変わらずの微笑を向けて見せた。
 そのまま、前へと歩み出す。
「瑠璃花ちゃん……?」
 植物は、ここから二十歩ほど先の所まで、のろのろとやって来ていた。
 瑠璃花は少しばかりその距離を詰めると、
 ――やがて、
♪Fais dodo, Colas, mon petit frere,♪
 唇に、やわらかな旋律を乗せる。
「……その曲、」
 呟いたのは、麗花。
♪Fais dodo, t'auras du lolo♪
 あまり有名な曲ではなかったはずであったが、偶然にもそれは、どこかで聴いた事のあるような旋律であった。
 麗花としては、いつどこで聞いた事があったのかすらも、覚えてはいなかったものの、
 あれは……、
 十九世紀頃から歌い継がれている、フランス語の子守歌。
 考えながらも、半ば無意識の内に、腰元のフルートに手を伸ばしていた。
 そうして、
♪Maman est en haut♪
 瑠璃花の歌声に合わせ、麗花もフルートへと息を吹き込んだ。

 裕介に、先ほど乱れたばかりの浴衣を上手く直されながらも、言葉だけでは抵抗を忘れない麗花のその手前、
「あら、そうですの――なるほど、」
 そんな二人の様子をあまり気にした風でもなく、あれからすっかりと大人しくなってしまった植物の妖怪と周囲の精霊からの助けを借りながら話をしていた瑠璃花は、それはそれは……と瞳を細めて呟いていた。
「どうかしたの? 瑠璃花ちゃん」
 浴衣を直され終えるなり裕介を突き飛ばし、腰を軽く折り問うてきた麗花へと、
「この植物さんは、周囲の霊体が一つになって、植物に取り憑いてできていらっしゃるそうですわ。ですから、帰天、と申しましょうか、成仏、と申しましょうか――なさりたいようですわ。でも、出来ないそうですわね」
 答えた瑠璃花に、裕介がもう一つ質問を重ねた。
「……この世に長くいすぎたから、ですか? 霊体が、地脈に縛り付けられてしまっているから、ですとか……」
「確かにそうだと仰っていますわ。けれど、少し事情が違うみたいですの」
「違う?」
 小さな手を宙にやわく差し伸べ、瑠璃花は視線を、植物の塊から、時期外れの雪の輝きのような精霊達の方へと移していた。
 もう片方の腕にはクマのぬいぐるみを優しく抱きしめ、その手の平は胸の上にふんわりと添えた、そのままで、
「この先に、この周辺の霊の核、ともなる幽霊さんがいらっしゃるそうですの。ですから、天の国へと帰れないのだそうですわ」
 森に舞う精霊達を介して伝えられた言葉を、慈悲深い面持ちで瑠璃花が告げる。
 ――その時、丁度その後ろでは、
「なるほど、そういう事ですか」
 瑠璃花の話を聞き、セレスが一つ、納得の呟きを洩らしていた。
「そういう事――とは?」
 匡乃に問われ、セレスは一つ頷くと、
「近くの浮遊霊か何かの、集合体みたいですね。瑠璃花さんの仰るとおり、確かに危ないものではありません」
「むしろ会う度に人に逃げられて、寂しい想いをしているようですからねぇ」
 セレスの言葉に、ユリウスが続ける。
 その言葉に、へぇ、と匡乃も頷いた。
「つまり、植物に霊が取り憑いて、その上寂しがっているって事ですか?」
「そういう事でしょうね。――私も、富士は結構こういうのが多い場所だとは、聞いていましたけれども。自殺の、名所だそうで」
「ええ、そうですね。毎年樹海からは、多くの自殺者が見つかっていますし」
 ニュースとかでも、たまぁに報じられていますしね。
 しかし、それほど大きなニュースにもならない辺り、それら一つ一つは、少なくとも、日本、という広い範囲から見た時には、日常に流れ行くいつものニュースの以上でも以下でもないらしい。
 ……多少、無情なような気もしますが。
 だからこのような事が起こるのかもしれませんね、と、ひっそりと付け加え、
「ああ、でも、それにしましても、」
 横から聞えて来たユリウスの呟きに、そちらを振り向く。
 ユリウスは、何やら実に心配そうに、麗花達の方を見つめながら、
「面倒ですから、その霊を取り払いに行くですとか、そういう話にはならないでいただけますとうれ――、」
 無責任に言い放ったものの、が、しかし、
「ええ、わかりましたわ。わたくし達が、その幽霊さんにお話してみますわね――良いですわよね? 麗花様?」
「ええ、そうしましょう。これ以上幽霊が増えたら、きっと大変ですものね」
 植物へと話をつけた瑠璃花に、麗花が当たり前のように同意する。
「――ああ、やっぱり……、」
 あっという間に纏まっていた話に、ユリウスは思わず、肩を落としてしまっていた。


III

 散り行き過ぎても、限り無く。
 そこには、そよ風そのものであるかのような、光の雨が舞っていた。
 世界に足を踏み入れた瞬間、月の方角から斜めに差し込む銀光に、その場にいたほぼ全員が、思わず視線を宙の上に止めてしまう。
 ――もう過ぎ去ってしまった桜前線の欠片が、まるでここにだけ、取り残されてしまっているかのようであった。
 少しばかり、季節外れの淡い光の包み込む中、
「おや……」
 まず声をあげたのは、相変わらず、一同の最後尾にセレスとユリウスとともについていた、匡乃であった。
 ――これは碇女史、喜ぶかも知れませんね。
 後ほどアトラス編集部に提出しようと考えている調査報告書の中に、どうしてこれを組み込まずにいる事ができるというのであろうか。
 季節外れである、という事も然る事ながら、
「……まるで本当に、一面に花が咲いているかのような心地、ですね」
 セレスの言うとおり。
 散った――否、今も散り続ける花弁の、積み重ねてゆく花畑。足元が桜で軽く埋まってしまうほどの量であると言うのにも関わらず、木々の桜には、夏の気配の欠片すら感じられない。
 一体、今度は何があるというのでしょうね。
 当然、よほどの理由が無い限り、このような事が自然に起こるはずもない。
「何か、いるようですね」
 現にセレスも、既に何かを、感じ取っていた。
 この空間に、働く力。周囲の夏への準備に、この場所だけが乗り遅れているその理由。
 ……何か、ありますね。
 近づけば近づくほど、その気配は、強くなる。
 ――と、
「あーあ、面倒な事に、ならなければ……、なっている、ようですが」
 ふとセレスと匡乃とが気がつけば、二人と一緒にゆっくりと歩いていたユリウスが、立ち止まった前方三人の背後に、あからさまな溜息を向けていた。
 何もなければ、
 立ち止まる必要は、ありませんでしょうしねぇ……。
 或いは、この風景に魅せられているだけである、という可能性も否めはしないが、元々ここへは、あの植物の言葉があってやって来ているのだ。
 ……何もないはず、ありませんよね。
「どうして旅行に来てまで、面倒な目に遭わなくてはならないんですか……」
「おや? 麗花さんの修行は、ユリウスさんが提案したのではなかったんですか?」
「……口実作りだったのでしょう? そうやって適当に、こっちに来る理由でも作っておきませんと、また上から遊んでばっかり……と、言われかねなかったのでしょうね」
 セレスの問いに、匡乃が口を挟む。
 ユリウスの反応からすれば、どうやら匡乃の憶測は正しかったらしい。
「何の話でしょうねえ」
「第一、そうでもしませんと、中央協議会かどこか知りませんけれど、そちらの方にも、話がつかないでしょうに。教会を開けておくわけにはいきませんでしょうしね。仮にもあそこは、東京なんですから」
 田舎の教会とは、わけが違う。
 ユリウスの教会の聖職者が全員こちらにやって来ている以上、多分その間は、別の聖職者が留守番にあたらされているのに違い無い。
「それに、そういう理由付けをした以上、麗花さんは真面目ですから、もしそれをサボったりすれば、上にチクりを入れるでしょうし」
 ご名答。
 端から端まで推理され、ユリウスは、何かを誤魔化すかのように適当な笑いを浮かべて見せた。
 そうしてそこから、数歩歩みを進め――前方の三人との距離も、数十歩ほどまで狭まった頃。
「水――、」
 最初に異変に気がついたのは、セレス。
 セレスの歩みが止まったのと同時に、匡乃とユリウスの歩みも止まる。
 不意に何の前触れも無く、水の香りが、桜の香りに混じり込んでいた。
 しかしそれは、
「やっぱり面倒な予感がしますねぇ……、」
 時折、セレスの方から感じられる香りとは、少し違って。
 ――鋭いような、
 波を、帯びたものであるかのようでもあった。
 溜息を吐いたユリウスは、嫌々ながらに視線を上へと上げた。
 麗花達のその手前、確かに何かが、
「……いますね、確かに」
 匡乃の、言うとおり。
 そこには、何かの姿があった。
 全てが、水でできているかのような女性――髪も、身に纏っているワンピースでさえも。
 長い髪も、スカートも、風には決して、靡かずに。
「……冷たい、ですね」
「――セレスさん」
 盲目にほど近いセレスの瞳は、しかしその気配を、或いは誰よりも強く捉えていた。
 小声で呟かれたセレスの言葉に、匡乃も女性の方へと顔を上げる。
 ――桜の雨が、世界を包み込む。
 そこには暫くの間、沈黙の帳が下りていた。
 そうして、その沈黙の中。
 一番初めに口を開いたのは、やおら微笑を浮かべた、瑠璃花であった。
「こんばんは、始めまして。わたくし、御影 瑠璃花と申しますの――」
 女と瑠璃花とを交互に見つめる麗花のその横で、瑠璃花の声音が、心地良く響き渡る。
 女からの返答は――無い。
 その横で、裕介がぽつり、と、
「麗花さん、」
 名前を、呼んだ。
 視線は、女から逸らさぬそのままで、
「……わかってるわよ……、」
 しかし、言おうとした言葉は、麗花によって遮られる。
 ――麗花とて、
 わかっていたのだ。
「良いんですか? ユリウスさん?」
 そのような三人の応酬をも、気配から察しながら、匡乃とユリウスにしか聞こえないような声音で、セレスがひそり、と言葉を紡ぐ。
 少しばかり、異様なのだ。
「んー……」
 こちらを見つめる、
 ――あの、女性の瞳は。
「面倒な事に、ならなければ良いですけれどもねえ」
「チョコレートを食べながら言う台詞なんですか? それって」
「あ、匡乃さんも食べます? この前四旬節黙想会で母国に帰った時の、お土産の残りのチョコレートなのですけれどもね、」
 まるで春の真夜中に密やかに降り立った、
 ……霜の、ような、
 突き刺さるような冷たさを伴った、あの瞳。全身が流れる水で出来ているとしても、そこだけはまるで、氷でできているような。
「ところで、何かわかりました? セレスさん」
 やはり、ほのやかに澄んだ――しかし、どこか鋭さを帯びた、水の香りがする。
「……どうやら、あの方は、この奥にある水辺で亡くなった方のようですね」
 初めにわかっていた結論だけを、簡潔に告げた。
「まぁ、水は霊にも縁深いものですからね」
「そうですね。水道で手を洗った幽霊が、そのまま配水管に流されていった――という話も、ある事にはありますし」
 笑えるような、笑えないような例を挙げ、ユリウスの頷きに匡乃が付け加えた。
 だが、
「危険かも知れませんよ?」
 本当に問題にすべきは、そこではなく。
「いかにも、好戦的な印象ですね」
 匡乃の、言うとおり――即ち、
 何だかんだ言いながらものんびりと構える男三人の手前で、
「――麗花さん、御影さんっ!」
 叫び声が、聞えた。
 こちらに向って手をかざした女性の姿に、裕介が感じた危険は、正しかったのだ。


IV

 風は、女を中心に巻き起こっていた。
 先ほどまでは桜を愛でるようにそよいでいた優しさが、一瞬にして、全てを巻き込む怒涛と変わる。
 地面に敷き詰められた桜の花弁も、深く大きく渦を巻く。
 捲れ上がる浴衣を押さえながら、足元に走る痛みと渦に、
「Ira dei〈神の怒り〉=\―?!」
 裕介に支えられている事には気付かずに、瑠璃花の手をきゅっと握ったそのままで、知らず麗花が口にしていたのは、かつてあの駄目上司がどこかで口にしていた二語の言葉であった。
 足元の全ては闇掛った桜色に覆われ、歩く事すら――否、立っている事すらままならなくなる。
「麗花様……!」
「瑠璃花ちゃん、大丈夫っ?!」
「ええ、わたくしは大丈夫ですわ。それよりもこれは、ただの風ではありませんわ!」
 霊体の、風。
 今こうして流れてきているのは、その殆どがこの周囲にいたであろう、低級霊であった。
 自然の力と手を結んでいるのか、或いは、他の理由があるにしろ、物理的な力を帯びた集団の霊体が、周囲の地面を疾く駆け抜けてゆく。
 しかし、瑠璃花や麗花が、対策を講じるその前に。
 ふ、と。
 ぴたりと、嵐が、止んでいた、
 力を失った花弁が、再び大地の重力に呼ばれるがままに、ゆっくりと月影に腰を下ろしてゆく。
 空から差し込む月の光が、辺りを静けさの中に取り巻いた。
「……裕介様、」
 瑠璃花は、その静けさの原因に、すぐさま気がついていた。
 相当足元に力を入れていたのか、風の支えを失い、ぺたん、と地面に膝をついた麗花の肩に手を添えながら、瑠璃花は銀糸を手にした裕介の方を、静かな面持ちでするりと見上げていた。
 首を、横に振る。
「あの、幽霊様? 何もしないで、下さりますわよね?」
 しかし、裕介に言うよりも先に、まずは縛られた――裕介の手にした糸のその先に縛られた女の方へと問いかける。
 ――しかしやはり、
 答えは、返ってこなかった。
 それでも、
「裕介様、放してさしあげて下さりますか?」
「でも、」
「大丈夫ですわ――心の底から悪い幽霊さんなんて、滅多にいらっしゃりませんもの」
 幽霊によるこの世への悪戯や悪さは、確かに数が多い。
 しかし、
「一人は、寂しいですもの」
 瑠璃花は、今にも逃げ出しそうな面持ちでいる女の方へと、真っ直ぐと歩み寄る。
 近づかないで、一人にして頂戴――お願い、来ないで、などと。
 視線で訴えられても、歩みを止めようとはしなかった。
 きゅっと、いつも持ち歩いている、くまのぬいぐるみを抱きしめる。
 例えばある日、
 ある日突然、
 おにーさまや、榊や、麗花様達に、会えなくなってしまったら――?
 瑠璃花とて、そう考えた事が無いわけではない。
 だから。
 怯えたように身を引いた水の女性のその手を、瑠璃花の暖かなその手が引いた。
 そこで裕介が、ようやく手にしていた糸から、力を抜いた。
 だが、瑠璃花の言うとおり、拘束を逃れてもなお、女には先ほどのように、攻撃してくる意思は無いらしい。
 安堵した裕介の後ろ、ふ、と、ようやく立ち上がっていた麗花も、思わず息を吐いていた。
 そうして、呟く。
「何が、良いかしらね……」
「曲、ですか?」
「ええ」
 ここは一つ、瑠璃花ちゃんと一緒に、
 彼女等の――先ほど、彼女に使役されていた霊達も含めてもの気を、楽しい気分にする事が、できたのならば。
「悩んでいらっしゃるのでしたら、ここは一つ、『マイムマイム』でいかがです?」
「――猊下!」
 そういえば、
 ――ずっと後ろで、何もしないで傍観決め込んでたのね……!
 言ってしまおうかとも思ったのだが、
「いやぁ、」
 先に言葉が、遮られてしまった。
「旧訳聖書のイザヤ書ですね。十二章三節ですよ」
「『この故に汝ら喜びをもて、救いの井より水を汲むべし』――でしたよね、ユリウスさん」
「ご名答です」
「……何の話です?」
「マイムマイムの、歌詞の話ですよ」
 ユリウスの言葉にセレスが続け、麗花の返事に匡乃が答える。
「あれはどうやら、イスラエルの民謡のようですね。それが何やら、日本では音節ばかりが有名になってしまっているようですけれども」
「匡乃さんの言うとおりです。マイムマイムはヘブライ語ですよ。日本では良く、マイムマイム――、」
「歌わないで下さい、猊下。桜が散ります」
 麗花の冷ややかな一言は、しかし大袈裟な言い分ではない事を、この場に居る誰もが知っている。
 音感の全てが、どこか異次元に封じ込められてしまっているその枢機卿は、それでもめげずに気を取り直すと、
「……『マイム・エッサッサ』、ですとか歌っていますけれど、あれは本当は『マイム・ベサソン』が正しいんですよ。意味としては、『水を、喜びの内に』ですから、先ほどセレスさんが仰っていたとおりですね」
 マイム、という単語には、元々水という意味がありますからね。
 付け加え、
「でもまぁ、でしたら、音楽は麗花さんに任せるとして、」
「吹けって言うんですかっ?!」
「そうですよ。頑張って下さいね」
「そんな無責任に! そんな簡単な事じゃないんですよっ?!」
「まぁまぁ、麗花さんにならできますって」
「何よ! 田中さんは猊下の味方につくつもりなのね?!」
「いえ、そういうわけでは……」
「でも、そうなりますと、キャンプファイヤーが欲しいところですけれどもね」
 麗花の気が、割り込んできた裕介に引かれているのを良い事に、ユリウスは勝手に話を続けてゆく。
 その呟きに、殊の外大人しく――警戒するかのように、静かにユリウス達の方を見つめている女性の横から、瑠璃花が優しく微笑を浮かべる。
「風の精霊さんが、桜の花弁を吹き上げて下さるそうですわ」
「ああ、それは良いですね」
 炎の揺らぎは、桜の花弁に。その輝きは、月の光に代えて。
 見ればいつの間にか、周囲にも、ぽつりぽつりと霊達が集まり始めているようであった。
 ――霊は、賑やかなものに、惹かれる傾向があるのだと、
「幽霊と、フォークダンスですか」
 セレスもかつて、どこかでそんな文を読んだ事がある。
 匡乃の横からぽつり、と呟き、風の音に、耳を済ませた。
 桜の揺れる、声がする。
「きっと始めれば、もっと沢山の霊が寄ってくると思いますけれどもね」
 木陰から、怯えたようにこちらを見つめる霊の気配を感じ、匡乃が一つ、息を吐く。
「ええ、私もそう思いますよ」
「さて……それじゃあ僕達は、向こうの方で見ていましょうか。手伝う事も、ありませんでしょうしね」
 さぁ、始めましょう、と笑った瑠璃花の声音に顔を見合わせ微笑んで、匡乃とセレスが歩み出す。
 どうやら、一緒に傍観しようと思ったのか、こちら側へやって来ようとしていたユリウスは、良くも悪くも、輪の中に強制的に混ぜられてしまったらしい。
 そうして、幼い頃から誰もが聞いた事があるであろう旋律が、今ではすっかりと日本でも御馴染みになってしまった、遠く異国の民俗舞踊を呼び起こす。
 それから、暫く。
 最初は小さかった輪の中心、桜の炎が舞い上がる中、元々いた霊も、集まってきた霊も加え、輪はようようと、大きくなっていった。
 大きくなっては小さくなり、小さくなっては大きくなる――その繰り返しの中、次第に賑わう舞踊は、月が傾く頃まで続けられ。
 やがて、女性の幽霊も満足したのか、水となり、地面に消えて行った頃に、ようやくその輪は瑠璃花達だけのものとなっていた。

 ――ちなみに、その翌朝。
 果して、女性の想いが引き止めていたのは、周囲の寂しい霊ばかりのみならず、桜の花すらもであったというのか。
 翌日そこには、周囲と同じ、赤茶けた細道が通るばかりであり。
 そうして木々に花の気配は無く、ただただ萌え始めたばかりの若葉の青い葉が、朝の風に揺れているのみであったのだという――。


Fine



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            I caratteri. 〜登場人物
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★ セレスティ・カーニンガム
整理番号:1883 性別:男 年齢:725歳
職業:財閥総帥・占い師・水霊使い

★ 綾和泉 匡乃 〈Kyohno Ayaizumi〉
整理番号:1537 性別:男 年齢:27歳
職業:予備校講師

★ 御影 瑠璃花 〈Rurika Mikage〉
整理番号:1316 性別:女 年齢:11歳
職業:お嬢様・モデル

★ 田中 裕介 〈Yusuke Tanaka〉
整理番号:1098 性別:男 年齢:18歳
職業:孤児院のお手伝い兼何でも屋




☆ ユリウス・アレッサンドロ
性別:男 年齢:27歳
職業:枢機卿兼教皇庁公認エクソシスト

☆ 星月 麗花 〈Reika Hoshizuku〉
性別:女 年齢:19歳 
職業:見習いシスター兼死霊使い(ネクロマンサー)

☆ 大竹 誠司 〈Seiji Ohtake〉
性別:男 年齢:26歳 職業:高校化学教師

☆ 清水 色羽 〈Iroha Shimizu〉
性別:女 年齢:22歳 職業:アマチュア画家


Grazie per la vostra lettura !

11 maggio 2004
Lina Umizuki

【個別ノベル】

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