調査コードネーム:温泉を支配する者たち!
執筆ライター  :市川 智彦
関連異界    :〜CHANGE MYSELF!〜

 【オープニング】
 【 共通ノベル 】
 【 個別ノベル 】


【蓬莱】illust by 倣学 【オープニング】
 長い赤じゅうたんの上を不思議そうな顔をして歩くふたりの人物がいた。ゴシック調の高貴な雰囲気を漂わせるここは、世に存在する異能力者たちの社会的地位の向上ならびにその存在意義の確立のために動く秘密組織『アカデミー日本支部』である。しっかりと背筋を伸ばし、静かに歩を進める男女は大きな扉を背にして歩いていた。彼らはついさっきまで『教頭』から直々の命を受け出頭し、扉の向こうで新たなる任務の説明を受けたのだ。しかし彼らはそれがどうも納得できないらしく、うつむき加減で長い廊下を歩き続けていた。だがどちらかがその件で口を開くのは時間の問題だった。漆黒のタキシードを着こなし青い長髪をきれいに流す男性が、ほのかな血の香りのする女性に話しかける。

 「100年に一度、異能の力を持つものたちが集うといわれる通称・高峰温泉。私たちが直々にそこに赴き、教頭のおっしゃった方針で彼らを取り締まる。内容はまさに『主任教師』たる我々にふさわしい内容ですが、急にこんな展開になるとはいったいどういったことなのでしょうか。」

 口では驚きのセリフを連発している男性は冷静にそして淡々と話す。逆十字の紋の入った仮面をかぶり、伸びた赤い髪をそのままだらしなく垂らした女性は男の方を向きもせず、容姿と同じようにぶっきらぼうに返事をする。

 「長い周期の合間に開かれる蓬莱館に宿泊する能力者たちが、特に湯治場で粗相をしないように取り締まるのが今回の我々の任務だ。数百年に一度の大失態で我々アカデミー所属の人間がバカな真似をすれば未来永劫誰かが指差してそれを笑うだろう。風宮 紫苑……我々は教頭から与えられた任務を忠実に遂行すればいい。他に考えることなど何もないはずだ。」
 「しかし、リィール・フレイソルト。あなたはいつもその姿でいるのに……その、今回の任務に差し支えはないのですか。今回は仮面を外すどころの騒ぎではありません。その服も下着もすべて脱ぎ捨てて……という任務なのですよ。」
 「意外だな、お前の口から下着などという言葉が出てくるとは。お前はいったい心配をしているんだ?」
 「抵抗がないのなら別に問題はありません。ただ、シャーマニックな力を発揮し極北支部で血の雨を降らせた女性がそんな任務をするのかどうか興味を覚えたので聞いただけです。お気を悪くされましたら謝ります。」
 「……別に自らの能力で絶対に体からはがれない薄布のようなものは作れる。」

 風宮はその答えを聞いてくすくすと笑うが、リィールは決して笑わない。今の彼女の素顔は仮面と同じ冷たい表情をしているのだろうか……

 「さて、それでは私も旅行の準備をしましょうか。久しぶりです、温泉に浸かってのんびりするというのは。」
 「……私の好みはサウナだ。守護が終わればゆっくりしたい。」
 「館の主人である蓬莱さまには連絡を取ってあります。準備が出来次第、出発しましょう……」

 秘密組織アカデミー教頭の命を受け、戦闘にも能力者育成にも長けた『主任』ふたりが高峰温泉の湯治場のマナーを正しに行く。『男湯も女湯も規則正しい入浴を』をモットーにふたりは動き出そうとしていた……


【ライターより】
 皆さんこんにちわ、市川 智彦です。今回は高峰温泉特別編ということでなんと不肖市川が展開しております特撮ヒーロー系異界「CHANGE MYSELF!」に沿ったオープニングをご用意しました! オープニングに登場する詳しいキャラクターの情報は、お手数をかけますが市川智彦の異界をご参照下さい。

 キャラクターは高峰 沙耶からのお誘いでこの蓬莱館にやってきて、今まさに温泉に浸かろうとしています。ところが、湯治場入り口には風宮やリィールが立ちはだかります。彼らは『温泉に浸かる、もしくは身体を洗う際にキャラクターが何らかのタブーを犯さないかどうか』をチェックしています。それをやってしまうと彼らから注意が飛んだり実力行使でねじ伏せられたりします。

 男湯には風宮がいます。彼は温厚な性格なので無益な戦いを好みません。しかし再三の注意に従わないと無理にでもルールを守らせようとします。女湯にはリィールが仮面をつけたまま待っています。彼女は喧嘩っ早い一面があるので、注意と同時に動いてくるでしょう。その辺の設定を逆手にとって遊んでみるのも面白いのではないでしょうか。どちらにも共通して言えることは『ルールさえ守れば注意も何もしない』ということです。それどころかあなたを秘密組織アカデミーに誘ってくるかもしれません?(笑)

 元が特撮ヒーロー系異界なのでこのふたりと戦いたい戦闘キャラの皆さん、そしてこんなよくわからないNPCと一緒に温泉で語り合いたいのほほん系の皆さん、とにかくどなたでも大歓迎です。ただ温泉の水しぶきを巻き上げての戦闘が一度は起こるんじゃないかな〜と思っています(笑)。その辺はいろいろと調整しますのでどなた様もお気軽にどうぞ!
 ドタバタコメディーと本気の戦闘が楽しめるよくわからない異界専用温泉シナリオ、重ね重ねよろしくお願いします!


【共通ノベル】

 高峰温泉には霊能力や超常現象を操る者たちが大勢招待されているらしい。そんな情報を受けて『秘密組織 アカデミー』が黙っているわけがない。アカデミー日本支部教頭は臨時の会議を開き、即座に主任クラスの人間を男女それぞれひとりずつ派遣することを決定した。現在、東京で活動を行っているタキシードの麗人で知られる風宮 紫苑と逆十字の仮面をかぶった血の狂戦士リィール・フレイソルトが高峰からの招待状を持って現場に潜りこんだ……
 といえば聞こえはいいが、実はこの事件、アカデミーとしては非常に扱いに困るものだった。なんと高峰 沙耶からの招待状はアカデミー関係者に等しく届いていたのだ。実際には潜入もへったくれもないというのが本音なのだが……


 ふたりが温泉にやってくるとさっそく館内着に着替え、さっさと湯治場へと向かった。今回の任務は能力者に温泉で粗相をさせないことなのだが、リィールは廊下を歩いているだけで大きな不安を感じたようだ。仮面の奥から小さな声が漏れる。

 「未成年はともかくとして、小さな子どもがたくさんいるぞ。これは粗相をするなという方が無理なのではないか?」
 「別に粗相をした人を殺せと上から言われたわけではないのですから。お子様がトイレに行きたがってるのなら、そこまで誘導して差し上げるのが我々の仕事です。酔っ払って暴れ出した人がいたら……まぁ、能力を使って止めるくらいじゃないでしょうか?」
 「私もここで戦う気はない。」
 「しいてはアカデミーの評判を左右するわけですから、先に手を出したりしてはいけません。十分に注意して下さい。」

 風宮は不安げに自分よりも身長の低いお子様たちを見つめているリィールに受け答えしながら歩いていた。そしてタイミングよく男湯と女湯の分かれ道にたどり着くとふたりは静かに頷く。

 「では、お仕事がんばって下さい。」
 「がんばるほどのものでもないとさっき言ってなかったか? まぁいい。」

 彼らは任務を果たすため、露天風呂への入り口で仕事の準備を始めた……中で大きめのバスタオルでそれぞれ身体を隠し、中に入ってくるものを待ち受けるふたりであった。


 男湯担当の風宮は自分の能力が便利に使えるせいか、それとも元々そういう性格なのか……鼻歌を歌いながらのんびりゆったりと仕事に就いていた。そして脱衣所から外へ抜ける扉を横に開き、中の様子を伺う。今は夕食の時間なので客はみな食堂に行ってしまっているようで、露天風呂には誰ひとりとして利用する者はいなかった。やはり空腹を満たしてからお風呂というのが定石だろうとひとり納得しながら、温泉を囲っている岩の上に腰掛けて誰か来るのを待つ。風宮の青く長い髪が風に揺れる……そしてただ静かに時間は流れていく。
 その時、しっかり閉めたはずの扉から小さな男の子が入ってくるではないか。風宮は彼を見て思わず声をかける。温泉のルールを破りそうな気配を……というか明らかに破っていた。相手は子どもなので、とりあえず穏やかに説明し始める風宮。

 「そこのキミ、ここは湯治場です。そんな白い虎の着ぐるみでこんなところに入ってきてはダメです。温泉に入るのなら、ほらちゃんと全部脱がないと……」
 「僕わ、悪い人たちがこの温泉に行くという情報をどっかから得たので〜す〜〜〜。だから、悪い人たちがみんなで楽しんでるところで悪いことをしないかどうかチェックするために出向いたので〜す〜〜〜!」

 元気いっぱいにそう話す少年の目的は風宮とまったく同じだった。柄になく困った顔をして腕組みする風宮はとりあえず子ども扱いするのも失礼かと思い、まずは素性を明らかにすることから始めた。

 「キミの……お名前は?」
 「僕の名前わ、三上 凪なので〜〜〜す〜〜〜〜〜〜!」
 「凪さまですね。その……リュックの中身はいったい……」
 「今から変身するために必要な装備なので〜す〜〜〜。忘れていたので〜す〜〜〜、今から僕わ変身しなければならなかったので〜〜す〜〜〜!」
 「へ、変身……もしよかったらですが、変身するのならそちらの脱衣所でお願いできますか。せっかくの着ぐるみが濡れてしまいますしね。」
 「正義のためにがんばるので〜す〜〜〜! でわ、変身準備なので〜〜す〜〜〜。」

 風宮の勧めに従い、凪はまだ見ぬ悪を退治するため開け放たれた扉から脱衣所に戻っていく。そしてとびっきりの変身ポーズで決める!

 「ちぇーんじ、シロクマンダーセブンっ!」

 そう叫ぶなりさっきまで背負っていたリュックの中からシロクマの着ぐるみを取り出し、白い虎の着ぐるみをいそいそと脱ぎ始める。どうやら本当にここでシロクマンダーセブンの着ぐるみに着替えるらしい……さすがにこんな能力者を見るのは珍しいらしく、風宮もその一部始終を黙って見ていた。小さな身体で一生懸命お着替えする姿を見て、思わず風宮は声をかける。

 「あの……とりあえず何か手伝いましょうか?」
 「むぐむぐ、心配わ無用なので〜す〜〜〜〜〜!」

 別に構わないと言われては仕方がない。風宮は変身後の姿を楽しみにしようと扉を閉め、自分はバスタオルを脱ぎ側に置いて静かに湯船に浸かった。長い髪がお湯の上で揺れる。秘湯とは聞いていたが、このお湯はなかなかのものだと感心しながら身体をほぐしていると……どうやら誰かやってきたようだ。風呂桶を小脇に抱え、高校生くらいの青年が扉を開いてふと空を見る。今日は見事な満月だった。するとその青年はどうしたことか突然慌てふためく。

 「しまった、今日は満月……うおおおぉぉぉぉ……!」

 その間に彼の上半身はどんどん変化し、その口は裂け銀色の毛を生やす! 風宮はその狼に見覚えがあった。彼の名は大神 蛍……銀狼フェンリルの力と炎の鬼ゼンキの力を使いこなす異能の持ち主だったはずだが、今日は何らかの関係で勝手に銀狼に変身してしまったようだ。バスタオルを持ってそれを腰に巻き、大神に視線を向ける風宮。さすがに後ろから攻撃を食らわされては困るからだ。顔が変わったことであたふたしている大神も目の前の存在に気づく。

 「ああ! お前はアカデミーの主任……ってそれどころじゃないや。これなんとかならないかなぁ。このまま温泉に浸かってるわけにもいかないし……」
 「大神さま……それは別にお気になさらなくても構わないのでは?」
 「風宮さんは気にしなくっても、他のお客が気にするでしょう? 困ったな、まずは身体洗わないといけないか。でも湯船には入りたいし……」
 「別にいいんですよ、先に湯船に浸かっても。湯治場とはそういうものですから。」
 「えっ、そうなんですか?」

 風宮の意外な言葉に大神が驚く。すると彼は友である能力者に向かって丁寧な解説をし始める。

 「温泉は元々、ケガや病気を治す手段として用いられていました。ですから台湾などでは、温泉に浸かるだけで身を清める場所としては使われていないのです。日本のように風呂の延長上として扱っている方が珍しいというのが結論ですね。」
 「へぇ〜、じゃあこのまま入ってもいいんですねって、あんまり解決になってないような気もするけど。それじゃお邪魔しま〜〜〜す。」

 結局、狼男のまま温泉に浸かることにした大神はタオルを頭に乗っけて湯船にどっぷりと浸かった。その隣に風宮も並ぶ……自分の顔のことは都合よく忘れてしまえたが、さすがに今まで敵対関係にあった風宮と一緒に温泉に入るというのは非常に違和感がある。元々、風宮はおとなしい性格で好戦的なタイプではない。常に考えていることを頭に持っていき、論理的に動いている印象が大神にはあった。隣に彼がいてもなんとなく安心できる根拠はそこにあった。大神は素のまま、そのノリで質問する。

 「あの、風宮さんって今日はなぜここに?」
 「私はアカデミーの指令を受けてここに来たのです。女湯にはリィールもいるのですが……私の仕事は他人に取られたも同然でして、それで休暇代わりに湯治を楽しんでいるのです。」
 「仕事を……人に取られたぁ?」
 「本当はマナーの悪い能力者たちを懲らしめるためにやってきたのですが、それをしてくれる将来有望な方が更衣室にいらっしゃいましてね。その方にすべてをお任せすることにしました。私はめでたくお役御免です。」
 「ああっ、もしかしてさっきシロクマの着ぐるみを着こむのに苦労してたあの子どもに?!」

 能力者の地位向上、そして育成を旗印に掲げるアカデミーのやり方らしいといえばらしい論理で職場放棄を宣言した風宮に驚き、さらに更衣室にいた謎の少年に驚く大神。その目は風宮と扉を行ったり来たりしていた。その間、大神の超感覚は更衣室の奥の話し声をキャッチしていた。

 『あなたわ温泉に入っても大丈夫なので〜〜す〜〜〜〜!』
 『あ、ああ。ど、どうも。』

 お着替えの終わったシロクマンダーセブンはしっかりと風宮がすべき役目を果たしているようだ。本人はその気だったが、どうも客が戸惑っているように思える。本当に彼に任せてよかったのかを聞こうとしたその時、軽い音をたてて扉が開く……そこには小麦色の肌をした青年が立っていた。その姿を見て、思わず大神が立ち上がって声をかける。

 「アインさん!」
 「あら、大神さん……とそちらに控えているのは確かアカデミーの主任……っ!」
 「その声はアイン・ダーウンさま、ですね。ご機嫌いかがですか、風宮 紫苑です。」
 「あなた……いったい何をしにここへやってきたんですか?!」

 風宮を見て一気に頭が沸騰するアイン。しかし、大神がそこを冷めた声で答える。

 「それがさ……外のシロクマンダーセブンに仕事を押しつけて休憩してるだけなんだって。」
 「な〜〜〜んだ、別に何か活動してるわけじゃないんだったら警戒する必要もないですもんね〜〜〜。」

 一瞬は険悪なムードになったものの、風宮の事情を知るとあっさり怒りを納めてしまうアイン。なごやかな雰囲気漂う高峰温泉ではなかなかそういう気持ちにはなれないものなのだろうか。アインも大神と同じく風宮と温泉の雰囲気に懐柔された形でいそいそとその輪の中に加わる。彼はお盆を持っており、その上にとっくりといくつかのおちょこが並べていた。

 「温泉といえばこれですよね〜〜〜。さて、これで一杯くいっと行き」
 「アインさま、それはよくないですね……アカデミーの調査ではあなたは18歳と記録されています。お酒を飲んではいけません。」
 「そんな固いこと言わずに〜〜〜! じゃあ、風宮さんが飲みますか?」
 「私……ですか? まぁ、せっかくですから頂きましょうか。」

 アインがとっくりを持って風宮にそれを傾ける……彼は慌てておちょこでそれをこぼすまいと受けようとするが、中から出てきたのはなんとオレンジ色の物体。中身もよく冷えている。いぶかしげにそれを見た風宮はそれを一気に飲み干すと感心した表情でふたりに話す。

 「ただの……オレンジジュース……」
 「中身をすりかえて気分だけでもと思って持ってきたんですよ。さすがにボランティアやってる身分で健全な青少年にお酒は勧められませんし、そんなことはしたくないですよ。」
 「これは……まさに一杯食わされた感じですね。」

 風宮がまんまと騙されたのを見て大いに笑う大神とアイン。男湯はシロクマンダーセブンのおかげでなんとも平和な時間が流れていた……


 一方、女湯は能力で白い布をバスタオル代わりに巻きつけたリィールが仮面も取らずに露天風呂の片隅で仁王立ちになっていた。そこで罰が悪そうにこそこそとひとりの少女が温泉に入っている。怖い雰囲気漂う管理人の姿を無視しているのは銀野 らせんだった。彼女がここに入って来た時、リィールが死角にいて見えなかった。『露天風呂一人占め!』と喜んで湯船に浸かり周囲を見渡すと……奇妙な立ち姿の女性が視界に飛びこんでくるではないか。心臓が飛び出そうになるくらい驚いた彼女はそのまま静かに眼鏡を起き、空のお星様を眺める振りをしてずっと気まずい時間を過ごしていた。らせんは何度か彼女の気を引くために場所を移動したりしたが、リィールはそんなことには一切興味を示さず姿勢も崩さない。気まずさに息苦しさまで混ざってきたところで、ついにらせんが動いた。眼鏡をバスタオルで拭いて、相手の顔をしっかりと見ながら話す。

 「あのぉ……ちょっといいですかぁ?」
 「なんだ?」
 「あの……あたし、銀野 らせんっていいます。あなたのお名前は……?」
 「リィール・フレイソルトだ。」
 「なんでこの温泉のそこにずっと立ってるんですかぁ?」
 「仕事だ。」
 「でもここの従業員さんじゃないですよね、ここのご主人は蓬莱さんって聞いてるし……よかったらご一緒しません?」
 「……心遣い、感謝する。」

 リィールはらせんの言葉を表面上では素直に受け取っていたが、その体勢を崩すことはなかった。らせんも『怖そうに見えるけどきっと生真面目な人なのね』と思い、さっきより気楽に温泉を楽しめるように感じた。しばらくしたら彼女も疲れて湯船に浸かるのだろうと信じ、今は自分のリフレッシュに努めることにした。
 しばらくすると扉の付近が賑やかになってきた……どうもテンションの高そうな女性が温泉に入ってくるようだ。らせんが外しかけた眼鏡をまたかけなおし、その方を見る。扉が開くとふたりの女性が連れ立ってやってきた。らせんは思わず悲鳴にも似た声を上げる……その顔には見覚えがあった。しかもその片割れはうりふたつの自分なのだ!

 「あーーーーーーっ、あたし!」
 「あらぁ、銀野 らせんちゃんじゃない〜。お姉さん、また会えて感激よ♪ あなたはぁ、このあたしエターナルレディが見込んだ戦闘的才女ですからね♪」
 「らせん……レディ、休養や作戦どころではなくなったな。私は戦わなくてはならない。そういう存在として、私は生まれた。」
 「ちょ、ちょっと待ってよ……バスタオル一枚の格好で戦えるわけないでしょ、せめて館内着を来た後とか街で会った時に戦う方向でここでは他のお客さんに迷惑がかかるし……」

 らせんを敵視するらせん……ふたりの間に気まずい雰囲気が流れる。冷たい視線とセリフを放つ彼女の名は黒野 らせん。その正体はブラックドリルガールという存在だ。銀野 らせんが変身するドリルガールのクローンだから彼女に似ていて当然だ。それを作り出したのが後ろにいるエターナルレディが所属する巨大企業『テクニカルインターフェース』だった。らせんを見たら即攻撃とインプットされているのだろうか。ついにはブラックバイザーを装備して一枚のカードを彼女に見せる。それにはルーンの文字で「B」と書かれていた。

 「パワーアップした私の力を思い知るがいい……変身。」
 『ベオーク』

 カードをバイザーに通すと音声が鳴り響く……そしてついに黒野 らせんはブラックドリルガールに変身してしまった! 一方のらせんはこのまま変身すると裸エプロンならぬ裸ドリルになってしまうので大いに困っていた。それを見抜かれていたのか、エターナルレディから厳しいセリフが飛ぶ。

 「あらあら〜、プロポーションに関しては気にしなくてもいいのよ。ここは女湯なんですし。それにお姉さんよりも若いんだから気にしないで〜。」
 「若いから気にするのよ! あ〜〜〜ん、こんな状況で戦いたくないよぉ〜!」
 「戦えないのか。ならこのまま勝負を決するまでだ。」

 ブラックドリルガールはそのまま決着をつけようとドリルの威力を増すために「J」のルーンカードを引き抜く……おそらく変身していないらせんには致命傷になるだろう。それをかざしてバイザーに通そうとした瞬間、突然にしてリィールが動き出した! 翼の生えた恐竜を瞬時に降魔し、ブラックドリルガールまでの距離を一気に詰め、そのルーンカードを奪い脱衣所の奥に着地した! 骨のようにも見える翼はリィールの意志に関係なく自由に蠢き、そのルーンカードをずたずたに切り裂いてしまう。突然のことで身体が反応しなかったブラックドリルガールは激怒せずにいられなかった。

 「貴様……何のつもりだ。先に死にたいのか?」
 「ここは湯治場だ。争うなら、外でするがいい。まさか温泉の言葉の意味まで説明しなければならないほどの子どもでもないだろう。普通の人間でも守れるルールを優秀な能力者が破るとは情けない。」
 「リィールさん……」

 ブラックドリルガールにとって、リィールはドリルガールの仲間として映った。再びルーンカードを出し戦いを再開しようとするが、レディにそれを止められてしまう。常にハイテンションの彼女はいつもの元気な声ではっきりと話す。

 「はぁ〜〜〜い、こっちのらせんちゃん。あのお姉さんの言う通りです♪ 今日はか弱いあたしのボディガードのために来てることをお忘れなく♪ 社長もあなたの健康管理にはずいぶん気を遣ってらっしゃるのよ〜。だ・か・ら、変身は解いてあっちの家族用のお風呂で温まっててくださぁい。あたしはあっちのジャグジーっぽいところで身体を癒しま〜〜〜す。そうしないと、この抜群のプロポーションは保たれないのです、クスンっ。」
 「ちっ……目の前に変身しないドリルガールがいるのに何もするなとい」
 「あなたが今戦えば、間違いなくあのアカデミーの幹部さんに倒されてしまいますよ?」

 悔しそうにするブラックドリルガールに向かって、急に真顔で現実を突きつけるレディ。その言葉は冷酷だった。すべてを見通した上での結論を彼女は仲間に語っていた。するとブラックドリルガールは変身を解き、おとなしく勧められた温泉へと歩いていった……それを見たレディは安心してジャグジーの場所へと急ぐ。そしてその通り道にいたらせんに一声かける。

 「あのお姉さんはお友達なの? 強くてキュートな仮面をつけてて、あたし大感激♪ ぜひ紹介して、きゃっ!」
 「あたしも知り合いっていうほど知ってるわけじゃないけど……それにあたしの味方っていう雰囲気でもなさそうだし。話をするのにも相当な勇気がいったんだから!」
 「あら〜、だったら死霊がお友達で、青春真っ盛りの思春期のお嬢さんかしら?」
 「真っ盛りかどうかはわかんないけど、確かにすごい能力……あたしが戦うんじゃなくってよかった。」

 そのセリフを聞いて口元を緩ませたのはレディだった。歴戦の戦士であるドリルガールだけあって、相手の力量を理解できているところは敵ながらさすがと感心した。逆に偶然その顔を見てしまったらせんは肩を落とす……本当に付き合いづらい女性ばかりが女湯に揃ってしまって、心底疲れてしまった。死霊を引っ込めたリィールも脱衣場からさっきの場所まで戻ってきて、再び女湯の安全のために警備を再開する。らせんはとりあえず彼女がいれば争いごとは起こらないだろうと確信し、再び眼鏡を外してくつろぎ始める。

 「あーあ、疲れちゃった……でも露天風呂から出たらあの娘と戦わなきゃいけないのかなぁ。そんなことしたらリィールさんがまた死霊を使って……やだな〜、空から叩き落されるなんて絶対にやだっ!」

 そう言い切ると口までお湯に浸かっていくつかの泡を立て始めた……男湯とは違って気まずい雰囲気が流れる女湯は一歩間違えば大乱闘になりそうだった。


 結局、その後もアカデミーのふたりのおかげというかなんというかで、温泉は大きな騒ぎもなく静かでゆったりとした時間を保てたということです。めでたしめでたし?


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2078/大神・蛍       /男性/ 17歳/高校生(退魔師見習い)
2934/三上・凪       /男性/ 15歳/高校生
2196/エターナル・レディ  /女性/ 23歳/TI社プロモーションガール
2066/銀野・らせん     /女性/ 16歳/高校生(/ドリルガール)
2644/ブラック・ドリルガール/女性/  1歳/戦闘用クローン人間
2525/アイン・ダーウン   /男性/ 18歳/フリーター

【個別ノベル】

【2066/銀野・らせん】
【2078/大神・蛍】
【2196/エターナル・レディ】
【2525/アイン・ダーウン】
【2644/ブラック・ドリルガール】
【2934/三上・凪】