調査コードネーム:蓬莱館で肝試し
執筆ライター  :浅葉里樹

 【オープニング】
 【 共通ノベル 】
 【 個別ノベル 】


【蓬莱】illust by 倣学 【オープニング】
「あら……退屈しているようね?」
 温泉に訪れては見たものの、すっかり退屈しているらしい同行者たちに向かって、高峰沙耶が微笑みを浮かべて口にした。
「実はちょうど、この旅館には離れがあるの。そこで肝試しでもしてみたらどうかしら?」
 肝試し、という言葉にあたりがざわめく。
 それが不満のためなのか、興味をひかれたためなのかはわからないが、沙耶は気に求めずに続けた。
「そうね、でも、どうせだったらなにかあった方が面白いわね。そうだわ、こういうのはどうかしら?」
 そう言って沙耶が嬉々として提案したのは、「全員が仮装した上での肝試し」だった。
 どういうことかというと、全員が妖怪や幽霊などに仮装して――もちろん、もともとが幽霊や妖怪であるものはそのままの姿でかまわない――離れを一周してくるのだ。
「もしかしたら本物の幽霊も現れるかもしれないし、ね……」
 曖昧に口にして、沙耶は微笑んだ。



【共通ノベル】

「あら……退屈しているようね?」
 温泉に訪れては見たものの、すっかり退屈しているらしい同行者たちに向かって、高峰沙耶が微笑みを浮かべて口にした。
「実はちょうど、この旅館には離れがあるの。そこで肝試しでもしてみたらどうかしら?」
 肝試し、という言葉にあたりがざわめく。
 それが不満のためなのか、興味をひかれたためなのかはわからないが、沙耶は気に求めずに続けた。
「そうね、でも、どうせだったらなにかあった方が面白いわね。そうだわ、こういうのはどうかしら?」
 そう言って沙耶が嬉々として提案したのは、「全員が仮装した上での肝試し」だった。
 どういうことかというと、全員が妖怪や幽霊などに仮装して――もちろん、もともとが幽霊や妖怪であるものはそのままの姿でかまわない――離れを一周してくるのだ。
「もしかしたら本物の幽霊も現れるかもしれないし、ね……」
 曖昧に口にして、沙耶は微笑んだ。

   *

 沙耶から肝試しでもしてはどうかとすすめられた松浦絵里佳と榊杜夏生は、それぞれに好きな扮装で蓬莱館の廊下を歩いていた。
 絵里佳は蓬莱館で借りた浴衣を着て、中国グッズの雑貨店によくあるような不気味なかぶりものをかぶっている。
 お団子頭の女の子の、目のぎょろりとしたかぶりものをかぶった女の子が、ピコピコハンマーを持って生きたうさぎを抱えている様子はある意味、肝試しにはもってこいだともいえる。
「でも、本当に幽霊が出るのかしら……」
 絵里佳は不安げに、隣の夏生に声をかけた。
 夏生がくるりと振り返る。
「……っ!」
 絵里佳は思わず声にならない悲鳴をあげた。
 夏生がこういうかっこうをしているのはわかっていたが、それでもやはりびっくりしてしまう。
 夏生は蓬莱館で借りた浴衣を少々アレンジして着込んで、絵里佳のかぶっているもののマダムバージョンのような感じの、ふっくらとしたものをかぶっている。そして額にはあやしげなお札。キョンシーの仮装というわけだ。
「もう、驚かさないでください」
 絵里佳は頬をふくらます。
「ああ、ごめんね。でもやっぱり、これ、けっこう怖い?」
 夏生は謝りながらも、どこか嬉しそうにくるりとターンする。
 絵里佳の腕の中のうさぎが、きゅい、と小さく鳴いた。
「ぴょんこも怖がってるみたい」
「……うーん、うさぎに怖がられるって、なんだか微妙」
 夏生は首をひねる。
 するとかぶりものがぐらりと傾いて、さらに不気味な姿になった。
「……できれば、頭、まっすぐにしておいてくれたほうが怖くないです」
「ああ、そっか。ごめんごめん。よいしょ、っと」
 夏生が両手でかぶりものを持ち上げて、まっすぐに戻す。
 そうすると少しは怖さがうすらいで、絵里佳はほっとした。
「でも、蓬莱館って本当になにかでてきそうよね〜」
 それなのに夏生はそんな絵里佳の胸のうちもわからないのか、ぴょんぴょんと跳ねながら歩いて行く。
 絵里佳はそのあとを、おそるおそるしたがった。
「そういえば、今どこに向かってるんですか?」
 ふと疑問に思って、絵里佳は訊ねた。
「んー、別にどこにも。足の向くまま、気の向くまま。ほらだって、別に、決まったルートとか提示されなかったし」
 夏生はけろりとそう答える。
 事実、適当に歩きまわっているらしく、夏生は興味ぶかげに、そのあたりの部屋の中をのぞいてまわっている。
 中にはカギのかかっているところもあったから、そういうところは泊り客のいる場所なのだろう。
 だが、それにしても本当に不気味だ。
 いったいいつからたっているのか、正確なことは沙耶も教えてはくれなかった。
 見たところ、とても古いたてものだということだけは絵里佳にもわかった。そう、それこそ、幽霊がそこの廊下の角をまがって顔を出したりしそうな……。
 絵里佳がそう思った、その瞬間。
 なにか赤いものが、廊下の角から顔を出した。
「お?」
 夏生が嬉しそうに声を上げ、足を止める。
 絵里佳は悲鳴を上げてしまいそうになるのを必死にこらえながら、じっとそれを凝視した。
 それは、どうやら、番傘をさしているようだった。
 だが、さし方がどうにもおかしい。
 普通、かさは完全にひらいてさすものだけれど、それは、かさをハンパに閉じている。
 そしてかさの中に隠れるように、身を縮めているのだ。
 そのかさが、くるりと回転した。
 今までうしろにあった側に、大きなまるい目と、大きな口がついている。
 からかさおばけだ。
「……きゃ……!」
 絵里佳はこらえきれず、思わず悲鳴を上げた。
 するとからかさおばけはぴょんぴょんと跳ねながら、絵里佳の方へ向かってくる。
 絵里佳はピコピコハンマーを振り上げる。
 絵里佳が攻撃態勢にうつったのを察したのか、抱いていたうさぎは絵里佳の腕の中から飛び出す。
「エリカっち、大丈夫!?」
 夏生が振り返った。
 絵里佳は大きくうなずく。
「よっし、じゃあ、エリカっちの雄姿、きちんとカメラにおさめたげるからね!」
 夏生はよくわからない励まし方をしながら、絵里佳へとカメラを向ける。
 絵里佳はそれに勇気づけられながら、ピコピコハンマーを振り下ろした。
「きゃ、きゃあっ!」
 すると、からかさおばけは悲鳴を上げて飛びのいた。
「え?」
 絵里佳は目をしばたたかせる。
 からかさおばけ、というものに実際に会ったことがないからよくわからないが、こんなふうに悲鳴を上げるものなのだろうか?
「あれ? ねえねえエリカっち、このコ、人間みたいだよ」
 興味津々といった様子で近づいていった夏生が、からかさおばけを観察したあとでくるりと振り返ってそう口にする。
「……人間?」
 絵里佳は首を傾げた。
 するとからかさおばけの傘が閉じる。
 そうして、中から女の子が顔を出した。
 赤い髪に緑の瞳の、可愛らしい女の子だ。真っ白い浴衣を着込んでいる。
「……ふぅ、びっくりしたぁ」
 女の子はふるふると首を振る。
「あ、その、ごめんなさい」
 絵里佳はあわてて謝った。
 幽霊が出てきても友好的に対応する気でいたというのに、どうしてこう、気が小さいのだろう。少しだけ悲しい気分になる。
「大丈夫、大丈夫。おどろかそうとしたんだもん、しょうがないよ」
 けれども女の子は気にした様子もなく、明るく答える。
「ねえねえ、キミたちも肝試し、すすめられたの? 実は私もなんだ〜。それでからかさおばけの仮装をしてたんだけど……本物っぽかった?」
 ぱんぱんとはたいてホコリを落としながら、女の子は立ち上がる。
「うん、本物っぽかったよー。でもひとつ言うなら、からかさおばけはどっちかっていうと一本足の方がよかったかな」
 夏生がそうチェックを入れる。
 ミステリー同好会に所属し、ゴーストネットOFFはかかさずチェック、月間アトラスは毎号購入――という夏生は、やたらにそういったことに詳しいのだ。
「ああ、白い着物! そっか、そうだよねえ……うんうん。今度から気をつけるね。ねえ、ところで、キミたちも肝試しの人なんだよね?」
「ええ、そうですけど」
「実は私、ひとりなんだ。もしよかったら、一緒に行こう?」
「……どうする?」
 絵里佳はとりあえず夏生に訊ねた。
「いいんじゃない?」
 夏生はあっさりそう答える。
「よかったあ。じゃあ、しゅっぱーつ!」
 歩き出しかけて、女の子はなにかに気づいたようにふり返る。
「そうそう、忘れてた。私、今花かりん。よろしくね」
 言いながらかりんは笑顔で手を差し出してくる。
 絵里佳は一瞬ためらったが、かりんの手を握り返した。
「今、手を握ってるのがエリカっちで、あたしは夏生。よろしくね」
 夏生がそう、それぞれを紹介する。
「でも、この肝試しって、そういえば何人くらい参加してるのかしら? 本物とかがいればちょっと楽しいんだけど、どうなんだろ」
 ふと気づいたかのように夏生が言う。
「あ、それは私も気になってた」!
 はーい、とかりんが手を上げる。
「ゴール地点があるわけでもないし、スタート地点があるわけでもないし……それなのに肝試しなんて、なんかおかしい気もする」
「そうそう。そうよね。エリカっちはどう思う?」
 夏生が絵里佳に話を振る。
「うーん……」
 絵里佳は首を傾げた。
 言われてみれば、たしかに、おかしな話だとも思う。
 肝試しというのは、少なくとも、驚かすがわと驚かされるがわがいてはじめて成立するものなのだから。
「どういうことなのかしら? ねえ」
 絵里佳はうさぎに向かって語りかけた。
 うさぎはつぶらな瞳をうるうるとさせているだけで、特になにかを言おうとはしない。
 そのとき、うさぎが耳をぴんと立てた。
「え? なにかいるの?」
 絵里佳はうさぎの向いた方を向く。
 すると、そちらの方に、白いものが見える。
「あ……」
 絵里佳は小さく声を上げる。
「エリカっち、なにかあった?」
 夏生が近づいてくる。絵里佳は振り返って、先ほど白いものが見えたほうを指した。
「別になにもないよ?」
 夏生はきょろきょろと辺りを見回しながら言う。
「え、でも、そんな……」
 たしかに、なにか白いものがいたはずなのだ。
 そうやってもう一度見ると、小さな女の子が、ひょっこりと顔を出した。
「え……!?」
 その女の子は、真っ白な着物を着ている。長い黒髪は腰に届くほどもあって、どこか物憂げな表情だ。
「あ、こんにちはー!」
 かりんがのん気に声を上げる。
 するとそちらへわずかに首を向けて、女の子が微笑んだ。
「……沙耶から頼まれて、呼びに来たの。肝試しのメインイベントについて離すのを忘れていたようよ」
「メインイベント……ですか?」
 絵里佳が訊ねると、女の子はうなずいた。
「そうよ。こっちへいらっしゃい」
 女の子は音もなく、歩いて行く。
 絵里佳たち3人はそのあとにしたがった。

 3人が連れていかれた先は、蓬莱館の露天風呂だった。
「あ、ここ、私、さっきも入った!」
 かりんが嬉しそうに声を上げる。
「……そう、よかったわね」
 だが女の子の反応はかなりクールだ。
「あの……とりあえず、どうしたらいいのかしら?」
 絵里佳はおそるおそる女の子に訊ねた。
 すると女の子は首を傾げる。
「温泉に来たのだから、入る以外になにかすることがあるかしら?」
「そ……それはそうなのですけど。でも、肝試しのメインイベントって……」
 女の子の冷たい反応に鼻白みながらも、絵里佳はなおも言い募る。
「あ、それ私も聞きたい!」
 夏生がはーい、と手を上げた。
 怪奇現象大好き少女である夏生は、もう、今から気になって気になって仕方がないらしい。
「入ればわかるわ」
 女の子はそれだけ答えると、音もなくきびすを返した。
「あれ、もう帰っちゃうの?」
 浮かれていたかりんが、その背中に向かって声をかける。
「ええ……ここは少し、暑すぎるわ」
 足を止めて振り返って、女の子が答える。
「暑い……かな?」
 たいして暑さは感じないけれど、と、夏生が絵里佳に向かって首を傾げる。
 夏生の言う通り、たしかに、たいした暑さは感じない。
「私は人間じゃないのよ。雪むすめ――って、知っている?」
「あ、知ってる知ってる! 冬山に出る、雪の精のことよね!」
 夏生が、今にも飛びつかんばかりの勢いで言った。
「雪むすめは、お湯の中につかったりしたらとけてしまうわ」
 正しい答えが得られたことに満足したのか、女の子はうなずいて、そのまま去っていってしまう。
 あとには3人だけが残された。
「……なんか、変わった子だったね」
 かりんがぽつりと言う。
「ええ、本当に」
 絵里佳もそれに同意した。
「まあ、でも、本物の雪むすめにも会えたことだし。せっかくだから温泉に入ろうよ」
 夏生の提案に、2人はそれぞれうなずいた。
 そうして脱衣所の方でゆかたなど服を脱ぐと、タオルで身体を隠しながら露天風呂の中へ入っていく。
 他に露天風呂を楽しんでいる客はいないらしく、広々とした露天風呂は3人の貸しきり状態だ。
 絵里佳の腕の中のうさぎも、湯の中で目を細めている。
「あ、このコ、温泉好きなのかなあ?」
 かりんがうさぎの頬をちょいちょいとつつく。
「うーん、どうなのかしら。多分、好きなのかもしれないですけど……ねえぴょんこ、ぴょんこは温泉、好き?」
 絵里佳が訊ねると、ぴょんこは耳を軽く動かした。
 イエスという意味だ。
「ぴょんこも好きみたい」
「え、動物の言ってること、わかるんだ? すごいなあ」
 かりんは大げさに感動しながら、うさぎの耳や身体をさわりはじめる。
 うさぎもそこは心得たもので、どこをさわられてもさして気にした様子はない。
 そんなうさぎだったが、なにかを感じたのか、ふと宙を見上げた。
「どうしたの? なにか、いるの?」
「あ、エリカっち、見て!」
 絵里佳がうさぎに訊ねたのとほぼ同時に、夏生が同じく宙を指して叫んだ。
 そちらの方へと目をやると、なにやら、青白いものが飛んでいる。
「雪……?」
 絵里佳はつぶやく。
「違うよ! あれ、もしかして人魂じゃない!?」
 かりんが絵里佳にすがって言った。
 言われてみれば、どんどん人魂に見えてくるから不思議だ。
 けれども、だからといって怖いという感じはあまりしなかった。
 なにやら、おごそかな気持ちになる。
「なんか、たくさん出てくる。……カメラ持ってくればよかったなあ」
 夏生が悔しそうに言った。
 さすがに露天風呂の中までは、夏生もカメラを持ってきていなかったのだ。
「……まあ、でも、驚かせたら悪いのかな」
 けれどもひとしきり悔しそうにしたあとで、夏生はぽつりとそう言った。
「……そうね、そんな感じがします」
 絵里佳もそれに同意した。
 うす闇の中で浮かび上がる青白い光は、ひとつ、またひとつと、闇へととけて消えていく。
「でも、キレイだなあ。さっきの子の言ってたメインイベントって、きっとこれのことだよね」
 かりんはまだおそるおそる、といった感じで、絵里佳のかげから顔をのぞかせる。
「ちょっと普通とは違いますけど、来てよかったですよね」
「うん、そだね。あとでみんなに自慢しようっと」
 絵里佳の言葉に、夏生がおどけた様子で答える。
 そして3人は顔を見合わせると軽く吹きだして、それから、青白い光が空へとのぼっていく光景を、いつまでもいつまでも見つめていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2972 / 今花・かりん / 女 / 15 / 中学生】
【0046 / 松浦・絵里佳 / 女 / 15 / 高校生】
【0017 / 榊杜・夏生 / 女 / 16 / 高校生】

【個別ノベル】

【0017/榊杜・夏生】
【0046/松浦・絵里佳】
【2972/今花・かりん】