調査コードネーム:― 蓬莱夢魂譚 ―
執筆ライター  :伊織

 【オープニング】
 【 共通ノベル 】
 【 個別ノベル 】


【蓬莱】illust by 倣学 【オープニング】
今日、此処『蓬莱舘』へ着いてからもう何度目かの湯からあがり、
程好い脱力感が身体中を覆っていた。
見上げれば天空には月、そして森の中に在るにも関らず裾まで見える富士。
こうして夜に見る富士は、美しいと云うだけではない何かを湛えているようにも
見える。

富士の裾野に在る温泉、と云うことなら和風かと思いきや
中華風の建物だった。
『蓬莱舘』とある門を潜り、暫く往くと女神像― 恐らく天上聖母であろう ―が
祭られていた。
そして蓬莱と自ら名乗る少女に出会ったのだ。

―――蓬莱山。
不老不死の在ると云う神仙の島。
蓬莱は日本であったと云われている。
そして此処、日の本の国、富士の樹海に在る蓬莱舘。
富士と不死。

…………本当に在るのだろうか。

その考えに自嘲しながらも自らの存在に気づかされる。


そんな時、渡り廊下を歩いていると
ふと月灯りの下に祠が在るのに気づく。
小さいながらも何か感じるものがあり近寄る。

と、

視界が揺れ、意識が遠くになっていくのを止める手立ては
今のあなたにはなかった。

最後に憶えていたのは白く月灯りにひかる祠と
煌々とした月だった―――。


【ライターより】
目が覚めた時から話は始まります。
見知らぬ場所で一体何が待ち構えているのでしょうか。
あなたが蓬莱舘に着いてから此処までの間にとった行動により行程は微妙に変化

そこで下記の質問の答えを基にしたプレイングでお願いします。



【質問壱】
温泉へは何回入りましたか。
【質問弐】
女神像に何かしましたか。
【質問参】
不老不死、欲しいですか。
【質問四】
天・地・水のうちどれか選んで下さい。
【質問伍】
有事の際、あなたのとる行動は攻、守どちらですか。



今回もNG行動を適用しますので、慎重に選んで下さい。
NGを踏んだ場合蓬莱館で百年暮らす事になるやもしれません。
難易度は「やや難」。
然し此れまでの当ライターの傾向と、少々の調査により
難易度は「普通」へと下がるかと思われます。


【共通ノベル】

頬にあたる冷たい土の感触が次第に知覚となり蘇る。
目を開けると同時に身体を起こし周囲を見渡す。
身体がどこか常とは違う様にも感じるが、それは此処が富士の樹海の為だろうか。

そこでふと気づく。
祠が見当たらない。
中国式庭園を模した周囲の建物が見当たらない。
太鼓橋の様な渡り廊下も見当たらない。
見上げると其処には一際大きな白い月―――





武神・一樹(たけがみ・かずき)は長い首を大きく伸ばし月を見上げる。
東京で見る月とは比べものにならぬその大きさに驚くも、
その“近さ”にも異を感じる。

「なんと大きな月よ、」

自ら発した声が空気を震わせているのに気づいたかどうか。
倒れていた為か小さく強ばっていたその身体をいっぱいに伸ばし、翼をはためかす。
月灯りに浮び上る鱗は蒼く白く輝いていた。



一樹の傍で倒れていた草壁・さくら(くさかべ・さくら)は全身でその世界を感じていた。
異、と云うより寧ろ懐かしい……そうも思える。
空気の香りも、美しい金色の毛並みをわたる風も心地いい。

「何かが呼んでいる様な……、」

まるで原始の時代の其れと同じ月を見上げる。
月灯りに照らされたその姿はしなやかな流線型を描きこの地に溶け込んでいる。
そしてその瞳に映るのは中空に浮かぶただひとつの荒ぶる魂。



「うわ、何こんなところで寝てるんだ、」

慌てて飛び起き、西ノ浜・奈杖(にしのはま・なづえ)は身震いさせ周囲を見渡す。
身体に不快感は無い、寧ろ駆け出したいくらいに軽い。
四つの影がどうやら同じような境遇にあったらしいとわかり、
仲間がいる事に少し安心して溜息をつくと、小さな炎が出た。
見知った顔ではないものの、新しい出会いに心が躍り、その拍子に蹄がなる。

(だから旅ってやめられないよね)



面倒くさそうに、だが全ての神経を針のように研ぎ澄ませ身体を起す。
その拍子に周囲の樹木が数本薙ぎ倒されるもそれは不可抗力。
張・暁文(チャン・シャオウェン)の意識は既に覚醒している。

「何処なんだ、此処ぁ……大陸の匂いがしやがる、」

富士が見えるのでその筈は在りえない、然し暁文の鋭い感覚に間違いも在りえない。
羽ばたこうとして自身の大きさを思い出し神通力により幾分縮小させた。
其れでも尚巨大な翼は漆黒の闇にとけ、更にぬばたま然と輝いていた。



大きく羽根を伸ばすと、其れにともない光の粒子が弾け飛ぶ。
五采に輝く羽根の毛づくろいをしながら周囲の木々や鉱石に素早く目を走らせる。
間違いない、やはり此処の動植物や鉱物資源は異質を放っている。

「もしかしたら……創れるかな、此処なら、」

常人が見るなら只の路傍の石や木々。
然し東雲・舞(しののめ・まい)の目には、類稀なる宝玉に匹敵していた。
現在の怪なる状況も気になるところではあるが、喜びの方が勝り舞は五色の声を上げた。





奈杖は周囲を軽く一駆けし、誰も傷付いていない事を確認した。
然しそれを確認した後も落ち着かないらしい、其の場で蹄をならして跳ねている。

「皆さん、無事なようですね。
 ところで此処はどこなんでしょう、僕は祠の傍にいたことは憶えてるんですが、」
「私達が暮らしていた世界とは違うみたい……空気の成分も違うように思いませんか?」

舞は流石錬金術師としての見地でこの世界を見ていた。
さくらも別視点からそれを見ている。

「そうですね……今此処に“負”は感じられません、
 この招待が何を目的としているかは存じませんが、邪な意図は無いと感じます。」
「わあ、それなら安心ですね、良かった。」

奈杖はふわりと微笑んだ。
それまで泰然と月を見ていた一樹がゆっくりと視線を降ろす。

「まあ何の意図があっての招待かわからんが、この奇怪な招きの主が温泉の主であるならば
 此方が対応を間違えぬ限りは無粋な事にはなるまい。」
「とにかく動かないと何も進まねえ、蓬莱館に戻るとしようぜ。」

暁文がそう云って翼をひろげると周囲が突然暗闇になる。
一樹やさくらは落ち着いているものの、奈杖と舞は驚いて声をあげる。

「張さん、真っ暗で何も見えないですよー、」
「ご自分の身体の大きさを考えて下さい、」
「…………ち、」

今度はかなり身体を縮小させた、がそれでも熊よりは大きいだろう。
どうだ、とばかりに胸を反らす暁文を、奈杖とその背にのった舞のふたりが唖然と見上げ
其れを見て大人のふたりは笑みを交わしていた。



取りあえず全員一致の考えで、事の切っ掛けとなった祠をまず探す事になった。
富士が見えることより例え世界の軸がずれていようと遠いということはないだろう、との見地。
周囲には道も無く、鬱蒼とした木立に覆われている。
祠を探すにも盲滅法は効率が悪い。

「んー、……此方かな。」

奈杖が富士の右方へ向かう。
その足取りは言葉とは裏腹に確実を持っている。

「奈杖には見えるのか?」
「見えるっていうか……“わかる”っていうのが正しい表現かもしれないです、」

一樹の尤もな問いに照れて頭を掻くかわりに嘶く。

「僕、求めている場所に辿り着ける能力があるんです。
 だからこの方向は何か帰れる場所に繋がると思いますよ。」
「ほう……中々便利な能力じゃねぇか、んじゃボーズ、先頭は任せたぜ。」

ボーズじゃないですー、と跳ね上がるも暁文は薄く笑ってそれをかわす。
その拍子に奈杖の背に乗ったままの舞も危うく落ちかけ、
集めた鉱石を拾いなおしている。
即席の旅団はこうして祠への道を進み始めた。





「蓬莱館と富士……、
 一樹様、もしかしたらあの蓬莱と云う娘、“なよ竹”なのかもしれませんね。」
「ふむ……、蓬莱、富士、不死、異世界、そして月……
 鍵となる言葉は全て用意されているしな、その可能性もあるだろう。」

さくらが一樹を見上げて云う。
千年を悠に生きるさくらであるが故に、その考えもさもあろう。
祠へと向かう道中、ふと心に浮かんだことを口にする。
奇怪な出来事に巻き込まれたことは承知している。
が、どのような事が起きようと隣にお互いがいるならばそれでいい、そう思っていた。
敢えて口にせずとも伝わる気持ちがあればそれでいい。

「“なよ竹”って、“かぐや姫”の事ですよね。
 あの五人の殿方に求婚されて、帝までも虜にしたと云う……女性なら憧れですね。」

舞がうっとりとした表情をする。
美しいだけでなく、才も長け、奥ゆかしい性格が故に人を魅了してやまなかったなよ竹。
また月へと還る時に帝に渡したと云う仙丹に興味が在るのは
錬金術師としての性か。

「仙丹って確か不老不死の薬だったと思いましたけど、」

違いましたっけ、とふり返る奈杖。
それにさくらは微笑み、同意する。

「俺はちょっと違った事を思い出してたぜ。
 蓬莱、と云えば蓬莱山の事を一般的に指すよな、不老長寿の妙薬があるとされる、神仙の楽園だ。
 近づくと消えてしまうとされ、其れは海の彼方にあるという。」

暁文は風に乗り羽ばたかずに滑空して飛んでいるので、声は空から降ってくる。
身体が大きい為低空飛行が出来ないのだ。
必然的に一樹も宙を往き、さくらと奈杖は仙雲を呼び其れで翔る事にした。
舞は奈杖の背が気に入ったらしく、先程から其処にとまったままだ。

「蓬莱山は日本ではないかという説があるのだったな。」
「そうだ、一樹の云うように蓬莱山は日本に在るというのがほぼ定説になっている。
 蓬莱山にある不老不死の妙薬を欲した当時の皇帝である始皇帝が探索を命じた。
 其の任を仰せつかったのは或るひとりの道士……、」
「“徐福”、ですね、」
「這個、姐姐。」(当りだ、姐さん)

さくらも長い生の中で聞いた事があった、“徐福”という名を。
結局は辿り着けず国へ戻ったとも其のまま行方知れずになったとも、また仙人になったとも云われる。
其の探索の際に三千人の若い男女を船に乗せていた、と云われていた。
其の彼らの行方の記録は残っていない。

「不老不死の妙薬は中国の錬金術である“煉丹術”の究極の目標ですよね、
 蓬莱館と蓬莱山、何か繋がりがあるのかしら?」
「さあて、ね。ま、無関係じゃあねぇだろうな。」
「船で宝の山の旅かあ……いいなあ、」

蓬莱館で其々を出迎えた少女、蓬莱。
まだいたいけな愛くるしい少女でありながら、どこか儚さを感じさせていた。
彼女を含めた蓬莱館には、何か時空を超越したものが確かに在った。





暫くは何の変化も無く、一行は夜の富士を月灯りに見ながら移動していた。
月が大きい為か富士の姿が朧に浮び上っている。
霊峰・富士。
其の裾に広がる樹海。
異質世界でありながら自らの存在も此処では異質。
而して異質とは?
今此処にいる己とは?





「あ、湖が見えます、それに傍に何かありますよ、……ええと、祠のようです。」

先頭を翔る奈杖の声があがる。
舞が其の背から飛び立ち祠近くへと五采を周囲に振りまいている。
その光の流れが戻ってきて蓬莱館に入るときに見かけた祠と告げる。
一行は高度を落とし、其の祠の傍へ着陸する。

「ふむ……間違いないな、此れは入り口付近にあったものと同じだ。」
「ああ“天上聖母”の祠だ、」

暁文が作法に則り参拝している。
蓬莱館に到着時は完璧な作法で行っていたが、今は略式で行っている。
無意識に一樹、さくらも目を瞑り参拝をする。
奈杖、舞のふたりも頭を垂れている。
お互いの様子に気がつき思わず苦笑。

「なんとなくやってしまうんですよね、道端のお地蔵様に手を合わせてしまう感覚です。」
「それ、わかるような気がするな。
 作法とかわからないから簡単なものだけど、短い間でも滞在することになるので、ご挨拶もかねて、って。」
「私も一樹様と一緒に、手を合わせました。
 彼の地の守神かと思い、この様な気持ちの良い温泉とめぐり合わせてくれた事の感謝の気持ちです。」
「あ、姐さん天上聖母は……、」

その時、祠が天上より白い光に包まれた。
月灯りよりも強いそれは、月光に慣れてしまっていた皆の目を眩ませる。
然しそれもすぐにやみ、白光の上にのり艶やかな黒髪を優雅に束ねた女神が降臨してきた。
その柔らかな微笑を見るなり、暁文は地に顔を伏せ礼拝する。
他の皆は女神の神々しさに驚くばかりである。
祠前に降り立つと女神の絹の衣服が静かにさやめく。
身につけた見事な玉に舞の瞳は釘付けにされている……純度がわかったからだ。
さくらは記憶を探るも彼女との面識はないように思えた。
一番初めに我に返ったのは一樹だった。
日本式の深い礼をして話しかける。

「俺は武神一樹と申します、
 突然この地へ迷い込んでしまい戻る道を探しており、其の途中で此方へと着いた次第です。」

女神はその礼儀正しい振る舞いに目を細めて微笑する。

「媽祖夫人、能遇見光榮。」(媽祖夫人、お会いできて光栄です)

暁文が顔を伏せたまま挨拶をする。
此れまでの態度と違い、恐れ入ったその様子に舞が覗き込む。

「どうしたんですか、張さん?」
「……知らねぇってのはある意味最強だよな、この御方こそ天上聖母なんだよ、
 あんた達は今、神格の凄ぇ高い女神と体面してるんだ、」

天上聖母を知るからこそ畏怖する暁文。

「請容許無禮。我們是根據什麼人意圖,象被帶來了到這個地一樣的的。
 因為契機是祠堂因為返回原來的地方找尋那個,夫人的祠堂不知訪問了。
 因為急急忙忙離開失禮了。」
 (ご無礼をお許し下さい、私達は何者かの意図により、この地へ連れてこられたようなのです。
  きっかけが祠だったので元の場所へ帰るのにそれを探していた為、夫人の祠とは知らずに訪れました。
  早々に去りますので失礼致しました)

聖母に現在の状況をいっきに説明し其の場を辞そうとした。
再び拝し背を向けずに下がろうとする暁文に聖母が声をかける。

「暁文、何も慌てる必要はありませんよ、貴方方の来訪はわかっておりました。
 それに言葉の気遣いも無用です、謝謝、暁文。」

天上聖母に己が名を呼ばれた時の暁文の顔は、まるで子供のようだったという。





「まあ、それでは聖母様は航海の守護神で在らせられるのですか。」


天上聖母――航海の守護神として台湾をはじめ全世界に信仰を集める菩薩。
天妃、天后、そして媽祖とも称され、千里眼と順風耳という脇侍を持つ。


「成る程それで納得がいった、蓬莱山への航海の旅立ちの際には必ず加護を祈ったのだろう。
 俺達が蓬莱館の門に入った所に祀られていたのは、其れを模したものか。」

聖母はふたりの言葉に芙蓉の笑みをもって応える。

「皆は神を疎かにせず、礼を以って私を祀りました……嬉しく思います。
 一樹の申すとおり蓬莱へ旅立つものは私の加護を得て赴きます、
 故に皆が正しく礼拝したが為、無事にこの地にいられるのです。」
「この地は……此処に来るまでに見てきた鉱石や木々からしてもやはり異世界なのですか?」

舞らしい視点に頷く。

「何を基準にするか、其れにより全ての事象の全ての理念が変化します。
 舞の居た世界を基準とするならば答えは“是”となります。」 
「そうすると俺達が今いるのは蓬莱そのもの、そう考えてよさそうだな、富士が蓬莱山か……、」
「富士は“不死”に繋がり、符合の一つです……奈杖、どうしたのですか?」

先程から奈杖は呆けた様に動かないままになっている。
天上聖母より声をかけられて返した言葉。

「聖母様って、綺麗ですねぇ……、」

一瞬の間の後噴出す皆の中、奈杖はそれでも見惚れていた。
流石の天上聖母も口元を隠して鈴の様な笑い声をあげている。

「蓬莱山へ参った、と云う事は皆は不老不死を望むのですか?」

未だ笑みを浮かべたまま聖母は核心をついてきた。
そして其れは当然問われると考えられるものでもあった。
其れは……、誰かが答えようとした時だった。
それまで黙って座していた暁文が其れを制す。

「……ちょっと待った、“大きなもの”が来るぜ。恐ろしいほどの殺気だ、」





暁文の言葉が終るか終らぬかのうちに周囲の様子が一変した。
木々はざわめき、湖面は波高く白立つ。
風は唸り、空の月も暗雲に隠れ灯りが無くなってしまった。

舞が五采の身体を発光させ灯りとなり、聖母の周囲を照らし出す。
身体が無意識に動いた、守らなければ、其の力があるのなら。

奈杖は此れまでの穏やかな様相ながら其の目は鋭く一点を見つめている。
既に身体中の気が満ち、聖母の正面に守る様に立つ。

さくらの美しい金色の毛が自ら発光し、そのしなやかな姿を闇に浮び上らせる。
九本の全ての尻尾の先まで意識を張り巡らせ、引き絞った弓の如くに待機する。

その少し上空を一樹は重力を調整し、益々荒れる風雨の中浮かんでいた。
仄蒼く鱗が輝き、長い首を真っ直ぐに前方へ向ける、この感じ……どこかで知っている。

暁文の心は周囲の荒れ狂った状態とは反対に静かだった。
静かに神通力を開放し戦闘態勢に入っている……そっちがその気なら遠慮はしねぇ。


「来た!」


声と同時に黒い翳が風雨と共に固まりとなって一行を襲った。
さくらが咄嗟に結界をはり天上聖母の身を包む。
暁文の放った衝撃波は黒い翳の周囲の空気を一瞬で昇華させるも本体には当らなかった。
反転し此方と対峙するその黒い翳が凝縮しひとつの形をつくる。
銅の頭、鉄の額、人身、牛の蹄の其の姿は……

「……蚩尤(しゆう)、」

一樹の口からゆっくりと其の名が告げられる。
知らない筈が知っていた、其れをいぶかしむ暇も無く体勢を整える。

『貴様ガ此処ニイルトハ僥倖ナリ、此度コソ滅シテクレヨウ』

怨の波動が叩き込まれるも一樹の重力波が其れを滅す。
其れと共に奈杖の炎が真っ直ぐ蚩尤の肩先を焼き払う。
また其れと共に戦闘の嘶きを周囲に発し、轟音の如き鳴き声で怨を隅々まで滅す。
痛みと怒りの咆哮が周囲一体の地を削り木々を薙ぎ払っていく。
天上聖母はさくらの結界で守られているものの、さくらはそれ故身動きが取れない。

蚩尤は大きく息を吸い込むと周囲に大霧を発生させた。
その霧は濃く、前後左右をも不明とし皆の動きを封じ込めようとする。
然し舞はその自らの身体を更に発光させ青白き熱を生じさせた。

「濃霧を消し去るには熱が一番よね、」

その熱は周囲の濃霧を少しずつ消し去り、再び視界が広がっていく。
奈杖は其れを応用し、仙雲を呼び其れにのって駆けめぐり炎を撒きちらしていく。
濃霧は徐々に晴れ、再び蚩尤の姿が見えてくる。
その表情は怒気を含み周囲には黒い翳が再び漂っている。

『口惜シヤ口惜シヤ、時ヲ越エテモ未ダ我ニ逆ラウカ!』

その思念は負の波動となり空気の成分まで汚染していく。
其の変化に素早く反応したのは舞。
一樹に雨の能力を開放してもらい、自らは再び熱を放射させる。
舞は古代錬金術の「気」の生成方法により「水」と「熱」で風を精製、
汚染した空気ごと風で吹き飛ばした。
錬金術は精製段階で魔力を吹き込む事で一層効果を増幅させる事ができる。

それが失敗しても蚩尤は続いて狙いを天上聖母へと向け、暗黒の矢を放つ。
さくらの身体が更に金色に輝き、結界をより強固な物へと展開する。
先程よりこの猛攻の中を維持させるだけでも神通力を大量に消耗させる。
然しさくらは退かなかった、凛とした視線を蚩尤に向け衝撃に備える。
その視線の間に蒼く耀く身体が割ってはいり、
一樹は青白い重力波を其の矢に向けて放った。
黒い矢が消滅しても其の場から動かず、背後のさくらへと声をかける。

「頼むぞ、」
「はい、」

交す言葉に込められた想いは何よりも強い。
信じているから託す事ができる。

「っし、充填完了……っと、一樹、あんたに頼みてぇんだけどよ、」
「何だ、」
「奴にこれから牽制をかける、すると勿論反撃してくるだろう……、
 そこをあんたの重力波で相殺してもらいてぇ、」
「その反撃の際に生ずる隙を狙う、という訳だな?」
「……いいねぇ、話がはやいってのぁ。」

暁文は不敵に笑むと今度はさくらに呼びかける。

「姐さん、ちょっといいかい?俺が上空でとまったらその結界を大きくしてくれ、」
「聖母様は勿論、舞様や奈杖様、それに一樹様も含める位、ですか?」
「……ああ、少しの間だけだ、」
「わかりました、存分におやり下さいませ。」

其の声に奈杖と舞がさくらと天上聖母の両脇を固め、一樹がその正面に位置する。
暁文は風にのり上空に静かにあがり……とまった。
瞬間、さくらの金色の毛が膨らみ光彩を放つ。
聖母もそれを支援し一気に結界が暁文以外のものを包み込んだ。
それを確認すると暁文は初めて翼を大きく羽ばたかせ蚩尤へと叩き込む。
暁文の羽ばたきは暴風の凝縮となり、さながら気圧の固まりになる。
身体の大きさを縮小し、その力場を風圧へ変換した。
それだけでも大変なエネルギー量である。
が、蚩尤も霧と風雨を凝縮しぶつける事で回避、更に其れを反転逆襲に転じさせる。
そこへさくらの結界を解いた一樹の重力波が正面より激突、中心で大爆発が起きた。
視界は零となるも其の向うから蚩尤の恐ろしい咆哮が聞こえる。
それに間髪入れず暁文は嘴を大きく開け、この蓬莱世界に流れる氣に同調、
集中され熱と光をも発し始め一気に剄を放った。
同調より開放された剄は真っ直ぐ中央の爆風をも消し去り、
其の先の蚩尤へと吸い込まれ―――


咆哮諸共に、無散した。






月が見えた。
先程までの戦いなど無かったかのような白く大きな月。
北斗星君までもが宙にかかっている。

皆、知らず月を見上げ再び視線を戻すと天上聖母の姿は既に居なかった。
然しその代りにそこに居たのは、

「……元始天尊、」

仙界の盟主であり、道教の最高神に位置する。
道の教えが具現化した存在と云われている。
その天尊が湖の上で仙雲に座しいてた。

「再びの蚩尤との戦い、皆大儀だったのう、
 然し其々本来の姿に戻っての戦い故、生の能力が開放されたようじゃな、」
「本来、ですか?」

奈杖が首を傾げる。
其の様子に声を出して笑い、天尊は湖をすべり此方へと近づいてきた。
そして一行の顔を見回し満足そうに頷く。

「武神一樹は応龍、草壁さくらは天狐、西ノ浜奈杖は麒麟、張暁文は鵬、東雲舞は鸞鳥。
 蓬莱へ入った時点で己の本来の姿に戻っていた事に気がつかなんだか。」

皆改めて自身を見るも、違和感というものは一切感じていない。
此処までに来るまでも、お互いの姿を見てはいるものの其れが自然、と感じていた。

「然し元始天尊、確かに俺は人の姿をしていた筈です。」
「ほう、」
「人として生活をし、人として在りました……鵬ではなく、です。」
「張暁文、其れは真実か?」
「は?」
「人で在った事が唯一なる真実か?」

この蓬莱世界に在りて、一行は皆、人としてはなかった。
然し人の姿には非ずも、彼らは彼らであり其れ以外何者でもなかった。
それは何を指すのだろう。

「善悪、美醜、真偽、貧富、生死。
 世の中に在る様々な差別、区別に囚われる事は空しい事よ。」

白鬚を撫でつつ語る。

「もともとあの蚩尤も、嘗ては神で在ったのだ。
 苗族の英雄神であり、戦神、彼の姿も元は青く耀く身体に一本足の龍で在った。
 だが漢民族に苗族が吸収され、其れと共に蚩尤はただの怪物へと貶められ姿も牛とさせられたのじゃ。
 一方には神で在り、一方には化け物、悲しむべき哉、嘆くべき哉、されど其れもまた真実。
「万物はすべて極まり無い変化の中に在り、その一つ一つ全ては真実。
 全てを肯定せよ、然らば自ずと道は開かれよう。」

元始天尊の言葉は“道”への標。
大河の流るるが如く、而して雨水が大地に染み入るが如く。

「まるで、“胡蝶の夢”のようですね、一樹様。」
「ああ、“胡蝶の夢”またを“荘周の夢”。……荘子の話だったな。」
「荘子……子休(しきゅう)のことじゃな、ほうほう、我が弟子も風雅な事をいいよる、」

果果と笑っていた天尊が、ふと真顔になる。

「百年の眠りより蘇りし世界、おぬし等は其れの夢に触れたのじゃ。
 おぬし等の行動が因果律を起した……、蓬莱への来訪も然り、蚩尤の襲撃も然り。
 それを幸と思うか不幸と思うか其れは自身の問題、
 あとは己で判断するが良い……道標は此れじゃ。」

天尊が袖を降ると、そこには天上聖母の其れではなく
あの月灯りの下に白く耀いていた祠があった。
湖に浮かぶその祠のなんと不思議な光景か。

「往くが良い、おぬし等の道はその先に在る、」

その言葉の終るか終らないかに、再びあの時と同じ様に視界が揺れ意識が遠くなる。

また―――

そう思う間もなく、煌々とした月が最後に残った記憶だった。










――さま……


――さま、……


遠くに声が聞こえる。
誰の声だろう、声は幼い娘のようだ。


……さま、どうされましたか、


「……どう、って……え、」


身体を起すと同時に声の主を見つける。
其処には館に到着時に出迎えた蓬莱と名乗る少女が
心配そうな顔で覗き込んでいた。
然し怪我等のないのを確認すると可愛らしい笑顔をみせた。

「お客様が倒れてらしたので驚きました、でもご無事で何よりです。」

自分の現在の姿を見てとり、元のように人の姿になっている事を確認した。
やはり……この姿の方が落ち着くようだ。
長年馴染んだ、己の人としての在り様がつくづく愛しい。

周囲には自分と蓬莱の他にも人がいるのに気づき、
其の顔ぶれを見、あれが夢ではなかった事を改めて知る。
単なる夢ですませられるほど安易なものではない故に。

「どこかお怪我などはありませんか?痛いところはございませんか?」

蓬莱が心配そうな顔で覗き込んでいる。
其の彼女に暁文―― 何故か皆、互いの名を知っている事に気づく ――は
眉間に深い皺を寄せいぶかしむ。

「あんたぁ、……蓬莱、だよな、」
「はい……そうです、けれど……あの、何か……、」

何か思うところが在るらしく難しい顔をして見ているも、狼狽している蓬莱にそれ以上何も云わない。
舞が其の空気を救うように宙を指差す。

「あ、あの皆さん見てください、……宙の……、」

空を仰ぐ。
其処に見えるは黒々とそびえる富士と……、

「…………月が、」
「月ですか?今宵は素敵な満月です、白くてとっても綺麗ですね。
 けれど月がどうかしたのですか?」

見上げる月は常と変わらずの大きさで、慎ましやかに白く耀いていた。
そう、此れが自分のいる世界。
幾つもの条理と不条理の織り成す、複雑で簡単な世界。

「此処は……、」
「本当にお客様達は如何されたのですか?おかしな事ばかり云われるのですね。
 此処は蓬莱館、富士の裾野にある普通の旅館ですよ。」

あの世界が夢かまたは幻か。
それでも存在し、自分が其処に居たのもまた真実。
そして傍にいる者達が其の証。


―― 全てを肯定せよ、然らば自ずと道は開かれよう


道は示された。
ならばあとは進むのみ。


「なんだかさっぱりしたい気分です、こんな時は温泉に浸かった方がいいですね。」
「そうだな、……さくら、もう一度湯に入ろうか。」
「ええ、一樹様。」

奈杖の提案に一樹とさくらのふたりも同調する。
互いを見遣るふたりの様子に、舞と奈杖が、大人ですね、と羨望の眼差しを送っていた。
暁文が大きく伸びをし、仕方ねぇ俺も行くか、と歩き出すと
蓬莱がようやく気を取り戻し

「それではお客さま、湯殿へご案内致します。」

と、走り出していく。



蓬莱館へと消えていく一行の後姿を
白く耀く祠と煌々とした月、そして黒々と雄大なひろがりの富士が
ただ静かに見つめていた。
それらが何を見、何を知っているのか知る由もないが
変わらぬ風景が全てを物語っている。




百年の夢が如何なる夢か
それは此処『蓬莱館』にて確かめるがいい。
真実とは自分で見極めるものであるのだから―――












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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 0134 / 草壁・さくら / 女性 / 999歳 / 骨董屋『櫻月堂』店員 】
【 0173 / 武神・一樹 / 男性 / 30歳 / 骨董屋『櫻月堂』店長 】
【 0213 / 張・暁文 / 男性 / 24歳 / 自称サラリーマン 】
【 2284 / 西ノ浜・奈杖 / 男性 / 18歳 / 高校生・旅人 】
【 2897 / 東雲・舞 / 女性 / 18歳 / 錬金術師 】

【個別ノベル】

【0134/草壁・さくら】
【0173/武神・一樹】
【0213/張・暁文】
【2284/西ノ浜・奈杖】
【2897/東雲・舞】