調査コードネーム:玲瓏の鈴
執筆ライター  :硝子屋歪

 【オープニング】
 【 共通ノベル 】
 【 個別ノベル 】


【蓬莱】illust by 倣学 【オープニング】
「ねぇ」

りぃん、と高く鈴の音が、遠く鳴り響いた。
次いで、幼い少女の声が耳をそっと撫でる。声ならぬ声を聞いた高峰・沙耶は、訝しげに眉根を寄せながら、ゆっくりと歩みを止めた。
もう一度、りぃんと鈴が鳴る。高峰の背後に、何かがふわりと現れる感覚がした。

「お願い、しても良い?」
「・・・何かしら」

薄っすらと唇に笑みを浮かべながら、高峰は至極静かに後ろを振り向いた。高峰より少し離れた背後、其の中空に、幼い少女はふわりふわりと浮いていた。透き通った体、向こう側が見える其のあどけない顔に、ほんの少し笑顔を浮かべながら。

「あたしは見てのとおり幽霊。ミコって言うの。強い霊力に引かれて、此処に来たの」

ミコはふわりと空中に腰掛け、辛うじて赤色だと判る色の透けた着物の裾を弄びながら、躊躇いがちに口を開いて言葉を紡ぐ。
長年の不安と迷いと、寂しさ。そんなものが綯い交ぜになったような、色悲しい声だった。

「・・無くしちゃったの。お守りの、鈴。森の一番奥深くで遊んでる時に。あたしの持ってる銀の鈴と対になる、金の小さな鈴」

またりぃん、と高く鳴り響く鈴の音。ミコは自分の懐から、飾り紐がついた銀の小さな親指の先ほどの鈴を取り出した。
其れは鈍く発光しており、何かと共鳴するように緩やかに鳴り響き続けていた。
ミコは大事そうに其れを掌で転がしながら、そっと高峰を仰ぐ。

「鈴が対で揃わないと、あたしは成仏出来ない。お父さんとお母さんがくれたこの鈴、揃わないと二人の場所に行けない」

お願い。悲痛な声で、ミコは高峰にすいと近寄る。

「あたしの鈴、探して。この鈴があれば、二つは共鳴しあって鈴の在り処が判るの。・・・あたしは、鈴が戻った時にちゃんと成仏できるように、眠って力を蓄えなくちゃいけないから」

高峰は、すいと無言で手を差し出した。
ミコの手から、そろりと静かに身長に、高峰の手に銀の鈴が渡される。

「良いわ。探してあげましょう」



高峰は自分の前に居並ぶ人物達に、ゆったりと笑顔を湛えたまま、こう告げた。

「鈴は近くなると鳴り響くそうだけれど、それ以上は何も判らないそうよ。ただ、鈴は力の宿る人間に引き寄せられるんですって。何でもいい、力。・・・だから、普通の人間よりも力のある貴方達にお願いしたいの。・・・宜しくね」


【ライターより】
ミコの金の鈴を探してあげてください。
二つの鈴は共鳴しあいますが、それ以上は何もわかりません。力の強い人間に引き寄せられる、ということが判明しています。
プレイングには、探索時の服装や、持っていくものなど、また、探す方法などをお書き下さい。
(例えば徹底的に足元を探す、とか、自分の力を使って探し出すとか、地道に鈴で探す、とか。)
森の中、迷わないようにとコンパスや地図などの基本的なものを持っていくのも構いません。

宜しくお願い致します。(ぺこり


【共通ノベル】

■ 真夜中の森の入り口で ■

「殆ど何も見えませんね……流石に、夜目が利かないと難しいようです」

暗闇にとっぷりと落ちた森の中、一人の青年が呟いた。真っ直ぐに銀の髪を背中に流した、物腰穏やかな青年は、名をセレスティ・カーニンガムと言う。其のセレスティに同調するように傍らで頷いたのは、小さな美貌の少女だった。少女は小さく息を吐く。

「高峰様は、夜の方が静かで鈴の音を聞き分けやすいからと仰っていましたけれど……矢張り、手っ取り早く皆様のお力を使った方が宜しいようですわね」

天使のような印象を与える少女の名は、御影・瑠璃花。瑠璃花はそう言った後、周りの「皆様」達を見回した。先程自分がおやつにと持ってきた饅頭をまだ摘んでいる者も居れば、セレスティや瑠璃花のように、既に平らげて周囲を注意深く観察している者も居る。

「じゃあ、さっさと森の奥へ行こうぜ。あ、来城、お前先頭な」
「……どうして私が先頭なのよ」

瑠璃花の言葉に一番早く反応したのは、相沢・久遠だ。今日は蓬莱館の浴衣を着用している為か、様々なメディアで見掛ける彼の姿とは少し印象が違って映る。
其の声に静かに抗議の声を上げたのは、艶やかに浴衣を身につけている来城・圭織。何故私がそんなことを、とでも言いたげに、圭織はぎりぎりと久遠の首を締め上げた。ぐぇ、と潰れたような声を久遠が捻り出す。

「……そろそろ離した方が、良いんじゃないか?」

久遠の身を心配してか、締め上げる圭織の手に視線を遣りながら、何処となく妖しい印象を漂わせるレイベル・ラブは呟いた。
そして賑やかな集団から一歩ほど離れた森の鬱蒼(うっそう)とした木立の傍、橘・巳影は瞳に不安げな色を揺らめき燈したまま、隣にそっと佇む氷川・笑也の顔を仰ぎ見る。つと其の視線を彼から外し森の奥へ据えて、巳影はぽつりと呟いた。

「ミコさん……可哀想」

呟いた余韻(よいん)が尾を引くように、森は夜風に嬲られてさわさわと薙(な)いだ。巳影は其の視線を暫(しばら)く森の奥へと投げていた後、もう一度先程のように笑也に向けた。笑也さん、と巳影は穏やかな声を彼に向ける。

「笑也さん……鈴は力の宿る方に引き寄せられるんですのよ。貴方のように力のある方こそミコさんを助けて差し上げられるわ」

緩く首を傾げて、巳影は切なげに瞳を細める。

「ねえ笑也さん、お願い…力を貸して下さい」

儚げな声で綴られた願い。彼女が真摯(しんし)に見上げる笑也の瞳は薄く緩められ、緩く頷いたように思えた。否、実際に彼は、やんわりと小さくだが、頷いて見せた。途端、巳影の顔に華やかな明るさが舞い込んでくる。有難う、巳影は綺麗に微笑んでそう呟いた。

「それじゃあ、行きましょうか」

前方の先頭集団から、セレスティの声が掛かる。ゆっくりと森の奥へと歩き出した面々に、個々の胸に秘める思いは、知れずぎゅうと堅く揺るがぬ物となる。



■ 光の道標 ■

森の奥、月は各々の頭上の更に上に高く輝く。瑠璃花は自分の頭部の両側で可愛らしく結ったツインテールをふるりと揺らして、今自分たちが辿ってきたばかりの道を顧(かえり)みた。暗がりに聳(そび)える樹林には、自分が持ってきた紐が帰り道の道標である其れと判るように結び付けられている。セレスティが持ってきていた森の詳細な地図に加えれば、迷う心配は無い。先程書いたばかりの真新しい、厚紙の札にこれまた道標用にと書かれた時刻をちろりと眺め、瑠璃花はもう一度前を見据えた。

鬱蒼と木ばかりが生い茂る、道無き道。所謂(いわゆる)獣道と呼ばれる場所ばかりを進んできた一行の最後尾から、瑠璃花はするりと自ら前へ前へと先頭に歩み出していった。

「御嬢さん、危ないですよ」
「……子供は、余り前には立つな」

セレスティとレイベルが、自分達の間を擦り抜けて行く小さな少女にそう声を掛ける。だが瑠璃花は二人に向かってふわりと微笑んで見せ、心配無いとでも言いたげに緩く首を振った。

其の侭瑠璃花は、まるで妖精のように軽やかな足取りで獣道を進んでいく。浴衣という足元が覚束無い衣装でありながらも、其のたおやかな足はしっかりと大地を踏み締めていた。
森の精霊、月の精霊、闇の精霊──大気に潜む全ての精霊達が、彼女を慈しむように、又ある者は彼女に道を譲っているかのように。其れほど自然に、瑠璃花は皆より少し前へと歩み出て行った。精霊が彼女を愛しているかのように。或(ある)いは、瑠璃花自身が精霊であるかのように。

「──……力を貸して下さいな」

瑠璃花の小さな唇が、微かに動く。空気を震わせて森へと浸透した声に誘われるかのように、瑠璃花の周りには次々と精霊が其の儚げな姿を現し始めた。ちかりちかりと忙しなげに点滅を繰り返す小さな光の珠。そういった忙しそうに点滅を繰り返すものも居れば、はっきりとした動きは見せず、ぼんやりと薄く光り続けるだけの精霊も居る。瑠璃花は愛しそうに其れらに手を伸ばし、心地良さげに瞳を細めた。

「小さな金の鈴。知っているかしら?」

精霊達に囁きかけるように、瑠璃花は問う。呼応するように点滅の速度を様々に変える精霊達は、確かに何かを瑠璃花に囁きかけているようだった。小さな個体で精一杯応援してくれている精霊達に小さく微笑むと、瑠璃花は有難う、と呟いた。そうしてまた、光を押し戻すかのように森の中に手を広げる。ぽつりぽつりと消えていく光の精霊達を、瑠璃花は最後の個体まで見送った。

「まだまだ森の奥、だそうですわ。森の中央、ぽっかりと暗い場所だと教えてくれました」

瑠璃花はふわりと振り返って、にっこりと皆に微笑みかける。ひゅう、と驚いたように久遠が息を吐いた。

「凄ぇな。此れは必要無いみたいだ」

そう言って久遠は、自らの左手に持っていたコンパスをぽい、と傍の茂みへ放り投げた。いや、投げ捨てたと言うべきか。くすくすと笑みを零す瑠璃花とは対照的に、彼の横に立っていた圭織は呆れたような声を出す。

「勿体無いことするわねぇ。……まぁ、こんな森の中ですもの、在っても無くても変わらないでしょうけど」

圭織が久遠にそう言う傍ら、瑠璃花は手早く紐を手近な木に結びつける。スタート地点からずっと張って来ている、大事な帰り道の印だ。

「さぁ、急ぎましょう。行き先は中央です」

瑠璃花はそう言うと、精霊が教えてくれた場所へと足を進め始めた。



■ 共鳴を追い掛けて ■

ぽっかりと森の中に浮かぶ闇の中は、宛(さなが)ら何かの舞台のようだ。今自分達が踏み締めている場所は、其処だけ樹林が避けるように生えていなかった。小さな広場のような森の中央部は、確かに子供が好んで遊びそうな場所だった。だが、其の場所は予想に反して広かった。土肌が剥き出しになっている地面が見える部分を囲うように、樹林が疎らになっている地帯が二重三重に其の場所を囲っている。

「こりゃあ、骨が折れそうだな。……よし」

久遠は周囲をぐるりと見渡し、小さく呟いた。傍らに佇んでいた圭織は、其の小さな呟きを聞いて、視線を久遠の方へと向けた。

「あら。じゃあ、私もそろそろかしらね?……自分だけ美味しいとこ持っていこうとしたって、そうは行かないんだから」

ぎゅ、とにこやかな笑顔で圭織は久遠の首を締める。久遠は恨みがましそうな瞳で圭織を睨んだが、圭織は一向に気にしない。するりと其の細い指先を久遠の喉元から離すと、圭織は小さく深呼吸をし、息を整えた。
途端、滲み出すように圭織の身体から赤いオーラが放出され始める。はっきりと視覚に映る其れではなく、ただ「赤い」と認識せざるを得ない、鋭い気配。彼女のサファイアのような青い瞳は、ゆらりゆらりと赤い色に変色しつつあった。

「……それじゃ、俺も」

変化し始めた圭織の隣、久遠も徐々に身体を変化させ始める。瞳の茶は赤へ、髪の黒は銀へ。何処となく神秘的な思いを狩り立てる其の姿は、直ぐに変化を終えた。圭織も既に身体を慣らし終えた後のようで、気紛れに髪を攫っては逃がすばかりの夜風に、ぺろ、と小さく唇を舐めた。

「鈴を鳴らしてくれ」

幾分か低い落ち着いた声で、変化を追えて妖狐へと姿を変えた久遠はそう言った。レイベルは小さく頷くと、手持ちが少ないからということで自分が持っていた銀色の鈴を眼前へと引き上げる。

りぃん、と月に蕩(とろ)けてしまいそうな銀色の鈴が鳴り響く。水を打ったように波紋して響く音、其の共鳴を、圭織と久遠は通常よりも鋭くなった聴覚で追いかけた。

「……見つけた」

先に短い声を上げたのは、耳を覆うように手を当てて聞いていた圭織だった。鈴は逃げるわけではない、そっと耳から手を外して圭織は久遠へと目を遣った。妖狐へと成り代わった彼もまた、彼女と同じ音を拾い聞いたらしい。圭織の視線に、ゆっくりと頷く。

「こっちだな」

久遠はそう言うと、さくさくと軽いステップで足場の悪い獣道を身軽に通って行く。私は空から探しながら向かうわ、とだけ言い置いて、圭織もふわりと上空へ舞い上がった。
どうして皆さん、あんなに身軽なのかしら。少々息を切らしつつ、巳影は一生懸命に浴衣の裾を捌きながら、獣道のでこぼこした感触を足裏で踏み締める。
危なっかしい足取りの彼女に見かねたのか、ただ黙々と隣を歩いていた笑也はすい、と巳影に向かって自分の手を差し出した。差し出された巳影はほんの少しだけ吃驚(びっくり)した様子で、だけど嬉しそうに花のように笑顔を見せる。

「有難う、笑也さん」

巳影は微笑んだまま、其の手に自分の手を重ねる。ぐんと歩きやすくなった感覚の中、鈴もまた近いのだということを、自分の中の何かが訴えかけていた。



■ 真っ暗闇の真ん中で・壱 ■

先導の二人が立ち止まった場所で、レイベルはもう一度鈴を鳴らした。りぃん、と軽やかに響く鈴は、何処までも清涼な音しか出さない。持ち主の心が其れほど清かったのだろうと、レイベルはぼんやりそんなことを考えた。

「……音」

其々が思い思いの場所、思い思いの方法で鈴を探し始めた。レイベルは定期的に鈴を鳴らして皆に音の場所を知らせ、また、自分も探そうと耳を澄ませている最中だった。がさがさと叢(くさむら)を鳴らして探す人物など、一人も居ない。多大な音は無意味に過ぎないと知っているからだ。そしてレイベルも、其の一人だった。

「音……鈴の、音」

全神経を、聴覚へと集結させる。鈴を鳴らすたびに、何処かから必ず還って来る金の鈴の音。片割れの音。レイベルは緩く瞼を降ろして、ふわりと身体を大気に預ける。自分だって魔法を扱う身、このくらいは出来る。

りぃん、りぃん──鈴の音は断続的に耳を打つ。何処かに在るはずの、鈴。其の何処かが判らないから探しているんだ。レイベルは小さく舌打ちをして、ぐい、と瞼を押し上げた。

「仕方ないな……地道に探すか」

そう呟いて彼女は、鈴を鳴らしながら五感に神経を集中させることを始めたのだった。



「きゃっ!」

小さな悲鳴を上げて後ろの方へと飛び退いたのは、其の鋭い五感で鈴の気配を探っていた圭織だった。其の傍で、同じく其の鋭い五感をフル稼働させて捜索をしていた久遠は、驚いてびくりと肩を竦めた。何時もより聴覚が効くと言うのに、こう至近距離で悲鳴を浴びせられては堪ったものではない。圭織の方を振り向いた久遠の顔は、正にそう言いたげだった。

「……なぁんだ、蛇じゃないの。吃驚させないでよね」

どうやら、暗がりに突っ込んでいた手を何かがにゅるりと通過したらしい。蛇が通った手の甲を思い切りハンカチで拭きながら、圭織はぶつくさと悪態をついた。久遠はしゅるしゅると逃げ去っていく蛇を尻目に、大仰に溜息を吐いて見せた。

「蛇如きで、来城らしくもない」
「あのね、私だって一応女性なのよ?」

久遠が何かを言い掛ける前に、ふわりとした微笑を顔に張り付かせたまま、圭織は久遠の首をぎりぎりと締め上げた。



■ 真っ暗闇の真ん中で・弐 ■

セレスティは、手に持ったステッキに軽く体重を預けながら、じぃと星を観ていた。スーツ姿にステッキを持ち、森の中に佇む光景は余り見るものではない。だが其れもしっくりとしてしまうのは、矢張りセレスティ本人の内側から溢れる気品がそうさせているのだろう。

「星は、どうでしょうね」

小さく控えめに呟くと、セレスティは真剣な表情で星を視線で追い掛け始めた。何かもう少し緻密(ちみつ)に判断できる占い道具──例えばカード類に始まり水晶や羅針盤のようなもの──があれば、星を読むなぞという占いはせずに済んだのだ。水があれば、直ぐに居場所も判ったかもしれないのに。水ならば自分の意志を直ぐに通してくれる。セレスティは小さく溜息を吐いた。

「……でも、占いが出来る」

其れだけで十分だ。そう自分に言い聞かせると、セレスティはもう一度空に向き直った。僅かにずれている星、土地の位置、星空の顔、全てから読み取って星の意思を組み立てる。伊達に占い師を名乗っている訳ではない、セレスティには造作も無かった。

「うーん……南、ですか。大雑把ですね」

少々困ったようにセレスティは溜息を吐く。星は素直だが、読みが大きすぎていけない。星空から見下ろす大地はさぞちっぽけなのであろうが、我々から見る星空は大きすぎるのだ。

今度は視線をずらし、南の方角の星空を読み解き始める。こうやって少しずつ、占っていく。小さな小さな鈴。あの幽霊の少女は本当に困っていた様子だった。金の鈴と銀の鈴は引き合うという。もう少しだけ、もう少しだけ細かい位置が割れれば良い。そうすれば、鈴が引き寄せ合う筈だ。

丁度、其の時だった。見つけた、と彼が見ていた夜空の真下から声が上がったのは。



■ 真っ暗闇の真ん中で・参 ■

背の高い樹林の間から射し込んで来る光を背にして、巳影は一人、そっと佇んでいた。其の視線の先は、自分より少し先を行く笑也に向けられている。
笑也は手に護符を持ち、何かを召喚しようとしているようだった。僅かな空間のずれが、ざわざわと森の木立の葉を鳴らす。巳影は其れを、ただ黙ってじっと見つめていた。手伝えることがあれば勿論するつもりであったが、生憎と自分に出来る事は無い。しょうがないわよね、私に力は無いんだもの。巳影は小さく苦笑した。

笑也が召喚したのは、パグ犬のような狛犬型の式神だった。召喚の際に二つの空間が擦れあった所為か、其れとも其の狛犬の式神自身が起こした風なのか──其れは定かではないが、一陣の優しい風が、ふわりと二人の間を擦り抜けて行く。風に揺られて聞こえぬ音が、きっと式神には拾えるはずだ。そう思って、笑也は其の双眸を細く緩めた。

「まぁ、可愛い」

無邪気な声が笑也の後ろから響く。至極ゆっくりと笑也が身体を反転させるのと、今呼んだばかりの式神がとっとっと、と此方へ近寄ってきた巳影の元に走り寄るのはほぼ同時だった。巳影は自分へと向かってきた狛犬の式神を抱き上げ、柔らかく其の頭を撫でる。

「……犬は、好きですか」

笑也は瞳の色を柔らかく解しながら、巳影を覗き込んで問う。幸せそうに式神の頭を撫でている巳影は、其の幸せそうな表情のまま、無邪気にこっくりと頷いた。

「ええ。可愛いんですもの」

笑也は何かを言おうと、もう一度口を開きかけた。が、言葉は紡がれない。遮るように、ごぉ、と自分達の周りを風が取り巻いたからだ。小さく悲鳴を上げる巳影を背に庇い、笑也は式神へと視線を投げる。見つけたのか。笑也が視線で問うと、パグのような狛犬は、誇らしげに胸を張って、小さくおん、と鳴いた。

「こっちです」

笑也は巳影の手を引き、軽い足取りで式神が歩き始めた方向へと向かう。巳影は吃驚としながらも、気丈に其れに付いて行った。

月光が、一本の細い樹を照らし出していた。
笑也はゆっくりと其れに近寄り、根元にしゃがみ込む。りぃん、りぃんと断続的に鳴る、可愛らしい鈴の音に、ほんのりと巳影の頬が紅潮した。何かを摘み、ゆっくりと笑也は立ち上がる。

「……見つけた!」

手に握られていたのは、あの銀の鈴と対となる、金の鈴だった。



■ 魂送り ■

「ほんとに、ほんとに有難う」

たどたどしい口調で、何度も何度もミコは頭を下げた。森の入り口で待機していたミコと高峰に、金の鈴と銀の鈴を掲げて見せたときと同じように、まだミコの声は上擦っている様だった。

「じゃあ、此れを。……もう無くしちゃ、駄目よ?」

高峰は、そっと銀の鈴と金の鈴をミコの掌に落とす。ぎゅうと握り締めて、ミコは嬉しそうに頷いた。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【1316 / 御影・瑠璃花 / 女性 / 11歳 / お嬢様・モデル】
【2648 / 相沢・久遠 / 男性 / 25歳 / フリーのモデル】
【2313 / 来城・圭織 / 女性 / 27歳 / 弁護士】
【0606 / レイベル・ラブ / 女性 / 395歳 / ストリートドクター】
【2842 / 橘・巳影 / 女性 / 22歳 / 花屋 従業員】
【2268 / 氷川・笑也 / 男性 / 17歳 / 高校生・能楽師】

【NPC / ミコ / 女性 / 幽霊】

※登場順にて表記しております。

【個別ノベル】

【1883/セレスティ・カーニンガム】
【1316/御影・瑠璃花】
【2648/相沢・久遠】
【2313/来城・圭織】
【0606/レイベル・ラブ】
【2842/橘・巳影】
【2268/氷川・笑也】