●アスガルドへ

 気がついた時、草間は奇妙な街の中にいた。
 高い尖塔付きのお城に、街を囲む石造りの城壁などといった風景の中を、おとぎ話に出てきそうな古めかしい西洋風の衣装を身に纏った人々が往来する様子は、確実に東京ではない。
 中世ヨーロッパにタイムスリップでもしたのかと一瞬思ったが、兵隊の腰に剣と一緒に変な形の自動小銃がぶら下がっていたり、城壁の上に乗っているのが明らかに高射砲だったり、道ばたで馬ぐらいありそうなトカゲが寝ていたり、その上で鱗を数えて遊んでるのが背中に蝶の羽を生やした妖精だったり‥‥等というのは、中世ヨーロッパでも有り得ない。
「えーと‥‥こいつは、ゲームの世界か?」
 怪奇探偵草間武彦と言えども子供の頃はあり、テレビゲームなどという物も小学生の頃には既にあった。
 小学生から高校くらいまでは、テレビゲームの話題は何処に行ったってつきまとった物だ。その中の一ジャンルとして、ロールプレイングゲームなるものがある事くらいは草間も知っていた。
 だからといって、目の前の状況に果敢に入り込んでいけるという物でもない。草間はハードボイルド志向なのだ。ハードボイルドに剣と魔法は似合わない。草間は拘り派なのだ。
「まいったな。この世界、煙草はあるんだろうな‥‥」
「あら、兄さんも来てしまったんですか?」
 声に振り向いた先、零がそこにいた。いつもの格好とは違い、かなり奇抜な鎧っぽい服を着て、奇妙な形の大剣を持ち、背中にキャノン砲を背負った格好の零が。
「‥‥‥‥」
「兄さん?」
 黙り込む草間に、零は歩み寄って声を掛ける。
 草間は、重い溜息を吐いた後に言った。
「俺は絶対にそんな格好はしないぞ」