●アリアンロッドの章
冷たい大理石作りの広間に立つ白い人影。女神アリアンロッド。
彼女は、そこに呼び出された草間零を見て、表情を変えずに丁寧に礼をした。
「勇者様。アスガルドへようこそ」
「勇者様‥‥ですか?」
零は戸惑った様子で問い返す。アリアンロッドはしっかりと頷いて答えた。
「はい、貴方は私の勇者様です。どうか、このアスガルドの秩序をお守り下さい」
「あの、どういう事か教えて欲しいんですけど。ここには来たばかりですので‥‥」
いきなり勇者だ何だと言われても流石に何が何だかわからず、零は重ねて問いを返した。
インターネットをしていたら、突然、アスガルドに飛ばされ、困っていたら城の衛兵だという人に呼ばれたのだ。この経緯で、何が起きたのかわかるはずもない。
「そうですね。それでは‥‥」
アリアンロッドは小さく頷き、話を始めた。全ての始まりの話を。
ここはゲーム「白銀の姫」の世界。アスガルドという名前は、ゲーム中の世界を指す名前だった。
アリアンロッドは、ゲーム「白銀の姫」を動かす根幹プログラムの一つ。他に三つの根幹プログラムがあり、ゲームを秩序だって動かす役割をつとめていた。しかし‥‥である。
ゲームは開発途中だったにもかかわらず、創造主‥‥つまりはプログラマーが、現れなくなった。そして、未完成のまま放置された世界の中で、様々な異変が起こり始める。
外部から人が迷い込み始めたのもその一つ。そして、ただの根幹プログラムであるはずのアリアンロッド達が、次々に意志に目覚めたのも異変の一つだった。
意志に目覚めた根幹プログラムの内、アリアンロッド以外の三人‥‥マッハ、ネヴァン、モリガンは、この未完成な世界に憤り、世界を変える為にゲーム内に下った。女神として。
それを追い、アリアンロッドもまた女神として降臨した。他の女神達の行いを止める為に。
「他の女神達は、世界を変えてしまおうとしています。それを防がなければなりません」
アリアンロッドは、決意固くで言葉を紡ぐ。
「世界はプログラムという名の秩序に律せられています。それを歪めては、世界がより大きな破滅を迎えるかも知れない。世界を織り直して良いのは、創造主様だけなのです」
「‥‥‥‥」
零は、そんなアリアンロッドの様子に、何か心に刺さるトゲのようなものを感じていた。
何というか‥‥自分に課せられた任務以外は見えていない。それは、かつて幻の島にいた頃の自分と同じなのではないだろうか‥‥
「良いんですか、それで? アリアンロッドさんは、この世界を変えたいとは思わないんですか?」
「‥‥? そんな事は許されてません」
アリアンロッドは、零の問いかけに、思いも寄らない事だとばかりに答えを返した。
しかし、「変えたいと思わない」と答えたのではなく、「それは許されない」との答え‥‥それは、アリアンロッド自身が今の世界を正しく思ってはいないという事の表れにも思える。
ただ、アリアンロッドはそれを考える事さえ、許されていないのだと思っているのだろうが。
零はそんなアリアンロッドを見つめ‥‥そして考える。自分がアリアンロッドにしてやれる事は何だろうか‥‥と。
少し考えて答えは出た。
とりあえず、一緒に居てみよう。彼女の為に働いてみよう。彼女の事がわかれば、何をしてあげるべきかわかるかもしれない。
自分も、兄さんを始めとして、一緒に居てくれた大勢の皆のおかげで、今の自分になれたのだから。
「わかりました。私、勇者になります」
微笑みながら言う零に、アリアンロッドは安堵した様子で言葉を返した。
「ありがとうございます、勇者様。共に、他の女神からこの世界を護りましょう」
|