●黒崎・潤の章

 酒場‥‥バーにも似た薄暗い雰囲気のそこは、草間も良く馴染んでいた。
 並んでいる酒は、馴染みのある物もあるが、聞いた事もない銘柄もある。こんなところで冒険する気にもなれなくて、草間はごく普通にスコッチを舐めていた。
 草間の服装は、この世界で買い込んだ物に変わっている。コートの下に薄手の動力甲冑。武器は拳銃一丁。サングラスを掛ければ、ハードボイルドな感じの人の出来上がりだ。
 と‥‥草間の横に新たに来た客が座る。
「やあ、新入りってのはあんたかい?」
 草間に声を掛けてきたのは、一振りの剣を持ち赤いマントを羽織った、年の頃は中学から高校くらいの少年だった。
 親しげなその口振りに不快感はなく、草間はその少年に普通に言葉を返す。
「ああ‥‥よろしく頼むよ“先輩”。おごりはミルクで良いか?」
「嫌みだなぁ」
 苦笑し、少年は草間に向けて言葉を続けた。
「外界に出る手段を探してるんだって?」
「家が恋しくてね」
「僕もだよ。もう、何日も帰ってないから親も心配してるだろうな」
 少年は一瞬、懐かしむような憧れるような目をする。
「外界に出たい。いや、出なきゃならないんだ」
 その彼の願いは本当だろう。そして、同じ境遇の者も決して少なくはない筈なのだ。
 少年は、薄い笑みを浮かべながら、草間を見据えて言う。
「それに、不正終了の前に帰らないと、僕は消えてしまうかも知れないからね」
「どういう事だ?」
 聞き返す草間。少年は笑みを浮かべたままで答えた。
「クロウ・クルーハの復活。そして、この兵装都市ジャンゴが陥落するイベントが終わると、そこから先がないから不正終了‥‥要するに、女神様達とか僅かな例外を除いて、全部無かった事になってやり直しになるんだ。その時、この世界の中にいるほぼ全ての魂が消滅する。冒険者や勇者は脱出できるけど、それ以外‥‥つまり、この世界に紛れた人は逃げる事も出来ずに消滅してしまうんだ」
 草間は、少年の言葉の意味を悟る。
 つまり‥‥不正終了の前に何とかしなければ、ここに迷い込んだほとんどの人間が死んでしまうと言う事なのだ。
「それは‥‥冗談じゃないな。本当なのか?」
「前回の不正終了を乗り越えた男の台詞だからね。証拠はないけど、信じてもらうしかない」
 少年は肩をすくめて答えた。そして、自嘲気味に言葉を続ける。
「そして、僕も他人事じゃない。前回の不正終了に巻き込まれた後、僕はこの世界から出られなくなってしまったんだ。つまり、次の不正終了の時に死ぬ命って訳だ」
「落ち着いてるな」
「‥‥変だと思うかい? でも、何だか落ち着いちゃってね」
 元の自分なら、自分の死というものが目の前にぶら下げられたら、取り乱しただろう。また、帰れないという事態に心を痛めただろう。
 でも、前回の不正終了に巻き込まれた後、どういった心境の変化か、そう言った事に惑わされる事はなくなった。
 だから、少年は笑いながら言う。
「‥‥どうだろう、協力しあわない? 僕も外界に出たいと考えていたんだ。一緒に他の人達も脱出させよう」
「協力するのは構わない。だが、名前くらい教えてくれ。俺は草間・武彦。探偵だ」
 草間は元より反対する意志はなかった。故に、少年の申し出を受け入れる。
 草間の差し出した手を握り、少年は笑みを消した。
「僕は黒崎・潤。元は高校生。今は冒険者だ」
 握手を終えて手を放し、草間はスコッチのグラスに戻りながら言う。
「とは言え、俺の方は何の当てもないがね」
「僕は、ある場所を探している」
 黒崎はそこまで言い、思わせぶりに言葉を止めた後、草間がスコッチのグラスから視線を自分に向けるのを待ってから口を開いた。
「アヴァロン。クロウの覚醒イベントの後に行けるようになる、伝説の地。僕はそこに外界への出口があると睨んでいるんだ」