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調査コードネーム:最後のライフライン 執筆ライター :碧川桜 【オープニング】 【 共通ノベル 】 【 個別ノベル 】 |
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![]() ライフラインと言っても、「ファイナルアンサー?」と言うアレではない。 ●水も滴る… 「…あら?」 麗香は目を瞬き、もう一度水道の栓を捻ってみる。が、やっぱり蛇口からは一滴の水も出ては来ない。ガタガタと揺さぶってみたが、結果は同じ事である。 「編集長、どうかしたんですか〜?」 三下が、麗香の背中に声を掛けた。寝ぼけ眼且つ寝癖の髪を見ると、眠っていたが麗香の立てる物音で目覚めたらしい。 「三下クン、今は休暇中だから編集長と呼ぶなって言ったでしょう?…まぁいいわ。水が出ないのよ。おかしいわね、昨夜はちゃんと出てたのに…」 「へぇ、そうなんですか?どれどれ…」 そう言って、麗香が捻ったのとは違う水道の栓を捻ってみる。が、栓はくるくると回るばかりで蛇口からはやっぱり水は出なかった。 「本当ですね。どうしたんでしょう?」 「困ったわね、これじゃ顔が洗えないわ…歯も磨けないし」 「困りましたねぇ、本当に」 と、それは三下が言った訳ではない。いつの間にか近くへやって来ていた、蓬莱が言ったのである。 「あら、おはよう。と言うか、あなた、ここの関係者でしょう?どうして水が出ないのか、原因を調べて欲しいんだけど」 「調べたいのは山々なんですが、わたしもイロイロ忙しい身ですので…もし宜しければ、碇様が自ら調べて頂けません?」 「私が?」 なんで客の私が、と言う雰囲気をありありと漂わせつつ、麗香が眉間に皺を寄せた。そんな彼女の表情にメゲた様子もなく、蓬莱はにっこりと微笑み返す。 「ええ、そうです。だって、さしたる原因も無いのに水が止まってしまうなんて、不思議ですよねぇ?しかも今朝になって突然なんです。きっと、碇様に相応しい、原因があると思いますよ?」 「…私に相応しい、ねぇ……」 その含んだような物言いに麗香も口端を持ち上げて挑戦的に笑った。ばさりと降ろした髪を後ろへ追いやり、踵を返す。 「行くわよ、三下。原因を調べに行くわよ!」 「ええっ、僕もですか〜!?」 ●火の無い所に… 「…ん?」 カチカチ、と数回擦ってみたが、武彦の手の中のライターはただ火花を弾けさせるだけだ。 「どうしたんですか、兄さん…って、火がつかなくて当たり前じゃないですか。ガスが無いんですもの」 「ああ、そうなんだが…おかしいな、新品を持って来た筈なんだがな」 首を捻って武彦は、空っぽになった百円ライターをゴミ箱へと放り投げた。 「あ、でも私、予備のライターを持って来ましたよ?話では、辺鄙な場所の温泉だって聞いてましたから、ライターも売ってないかもと思って……あら?」 「どうした、零」 荷物を漁っていた零の近くへと歩み寄った武彦は、肩越しにその手許を覗き込む。すると、零の手には数個の百円ライターが乗っていたのだが、そのどれもが空っぽになっていたのだ。 「…まぁいい、フロントに行ってマッチでも借りてこよう」 「マッチはあるにはありますけど、でもどうせならガスを捜してきて頂けません?」 いつの間に部屋に入って来ていたのか、武彦と零の間には蓬莱がちょこんと座っていた。不覚にもうわぁと声をあげてしまった武彦が、必要以上にきつい目で少女を睨みつける。 「ガスを捜してこい、とはどう言う事だ。と言うか、それが客にものを頼む態度か」 「まぁまぁ、怒らないでくださいまし。実は、ライターのガスだけでなく、厨房のガスも何故か止まってしまったのです。これでは朝食の用意も出来ません。皆様に美味しい料理を差し上げる事が出来ないと、わたし達も…あわわわ」 「わたし達も…何ですか?」 鋭くツッコむ零に、蓬莱はただ笑って誤魔化すだけだ。 「と、とにかく宜しくお願いしますね!では!」 「あっ、こら待て!」 武彦の制止は鮮やかに無視して、蓬莱はその部屋から飛び出して行く。やれやれ…と溜め息を零しつつも探偵の血が疼いたか、武彦と零は立ち上がって調査に赴くのであった。 ●痺れる程の… 温泉宿での湯治と言えど、その習慣を外す訳にはいかないのだ。 が。 「…何故だ、何故テレビが点かぬ!」 歯軋りをして、嬉璃が部屋備え付けのテレビをガタガタと揺さぶった。 「どうしたの、嬉璃さん?」 未だパジャマ姿の恵美が、目を擦りながら起きて来た。 「どうしたもこうしたもない、テレビが点かぬのぢゃ。どうしてくれよう、もうすぐ『朝一番!あなたもわたしもテレビショッピング・不況のこの世に散財しようぜ!スペシャル』が始まると言うのに!」 敢えて、その番組タイトルには突っ込みを入れず、恵美はテレビの前に膝を突くとスイッチや調節ツマミ等を弄ってみる。 「本当だ、点かないわ。これは、テレビが駄目なのか、それとも停電か何かなのか…」 「そんなの、この旅館の陰謀に決まっておる!行くぞ、恵美!」 「は?どこに?」 すっくと立ち上がり、部屋を駆け出ようとしていた嬉璃が立ち止まり、両の拳を腰に宛って仁王立ちになった。 「決まっておる、この電気を止めおった張本人をあぶり出すのぢゃ!まさか、おんし、気付いておらぬなどと言わぬでないぞ? 見よ、室内の蛍光燈も消えておる。そこにある、常夜燈も消えておるぢゃろう。これはテレビ本体の所為ではない、電気そのものが止まっておるのぢゃ」 「…あ、本当だ」 どうやら気付いていなかったらしい恵美の言葉に、嬉璃は大袈裟に溜め息をついた。 「さぁ、行くぞ!いざ、出陣ぢゃ!」 ●最後の… 「困りましたねぇ、本当に」 蓬莱館の廊下を歩きながら、蓬莱が眉を顰めて呟く。 「水もガスも電気も止まってしまうなんて…こんな調子ではお客様に満足なサービスをして差し上げられないし、それに……」 お客様が満足してくださらないと、わたし達も困ってしまうのよね。 「だって、お客様達そのものが、わたし達のライフラインなのですもの」 ふふ、と笑う蓬莱のその表情は、何故かとても老成して見えた。 【ライターより】 麗香チーム、武彦チーム、嬉璃チームのいずれかに属して原因を調べて頂きます。貴PCが属するチームと、予想する原因、調べる箇所などをお書きください。 では、皆様のご参加をお待ちしています(礼) |
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【共通ノベル】 ◇水清く、そして流るる◇ 「…と言うか、この私に顔も洗わずに探索に出ろって言うのかしら、あの小娘」 「……へ、へんしゅうちょお〜…、なんて言葉遣いしてんですか」 いつにも増して乱暴ですね、と三下はついうっかり余計な事を付け足してしまい、問答無用のゲンコツを食らってしまった。 と、その時。廊下の向こう側から誰かがこちらへとやってくる足音がした。麗香と三下が同時にそちらを向くと、それは、彼女らと時を同じくして蓬莱館へ静養に来ていた、宮小路・皇騎だった。 「あら、おはよう、宮小路さん。早いのね?」 「………え?」 いつもの調子で、いつもの、口端をきりりと引き締めた笑顔でそう挨拶する麗香の顔を、皇騎は目を瞬かせてまじまじと見詰める。月刊アトラス編集長の碇・麗香と言えば、アップにした髪とタイトなスーツ、それに本来の鋭さを更に際立たせる眼鏡の印象が強く、今、目の前に居る女性と同一人物であると、すぐには納得できない部分もあったのだ。 「おはようございます、麗香さん。いつもと雰囲気が違うので見違えてしまいましたよ」 「相変わらずお上手ね、そんな言葉で何人の女性を今まで泣かして来たのかしらね?」 ふふ、と口元で笑う様は、いつもの麗香そのものだ。尤も、見た目のイメージが変わっただけで、中身は何ら変わりはないのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。皇騎もそれに気付くと、目の前の、髪を下ろし眼鏡の無い麗香も、ちゃんといつもの麗香に見えるようになった。 「とんでもない、こう見えても私は、真剣な想いには一途なんですけどね?」 「真剣な想いには、でしょ?それ以外の想いは、大盤振る舞いなんじゃないの?」 そんな麗香の言葉に、参りますね、と皇騎は苦笑いを浮かべる。 「雰囲気が違って見えたのは最初だけでしたね。やっぱり麗香さんは麗香さんでした」 「勿論です、中身は全然変わってないんですもん」 さっき殴られた頭のてっぺんを撫でながら、三下が脇からこっそりそう囁くと、しっかり聞きとがめていた麗香のゲンコツが再び炸裂した。 「ぎゃ!い、痛いですよ、へんしゅうちょ〜!」 「煩いわね、と言うか編集長って呼ぶなって言ったでしょ。私は休暇中なのよ、ここに居る時ぐらい仕事の事を忘れたいわ」 「…じゃ、何て呼んだらいいんですか?碇さん?麗香さん?麗香様?」 「………」 そう問われて麗香は、暫し無言で考えるも、三下に名前で呼ばれる事にはやはり違和感を感じるのか、編集長でいいわ、と首を左右に降った。 「ところで、麗香さん達は朝早くから何をしてたんですか?」 「そうそう、その事よ。宮小路さん、顔を洗いに来たんでしょう?」 そうですが、と答える皇騎に、麗香は笑顔で洗面所の場所を譲る。その態度に訝しげな表情をしつつも、皇騎は礼を言って蛇口の栓を捻る。が、当然水は出てくる訳もない。皇騎は素に事実に然程驚く事もなく、笑顔を浮かべて麗香へと向き直った。 「麗香さん、ご存知だったんですね?」 「ご存知も何も、私も顔を洗おうとして初めて気付いたのよ。そうしたら、蓬莱ってお嬢ちゃんに、原因を調べてください、なんて言われるし、全く、ここの旅館は客を客とも思ってないわね」 「でも、現実に水は出ない、それでは困る、と言う事には変わりないでしょう?それに多分、そう言う話には疼くでしょう?あなたの記者魂と言うものが」 皇騎が微笑みながらそう言うと、麗香もそれに応えるよう、口元で笑う。ばさりと胸元に降りていた長い髪を背中へと追い遣ると、小気味いいヒールの音を響かせた。 「さぁ、行くわよ!とりあえず、とっとと片付けてしまいましょ。私は早く歯が磨きたいんだから!」 「…と言うか、私も参加する事は決定事項なんですね…」 「当たり前でしょ。宮小路さんも顔を洗おうとして洗えなかったじゃない。だから、私達とオ・ナ・ジ」 「…どうやら、早起きが仇になったようですね…やれやれ、折角の休暇なんだから、やっぱりもっとゆっくり寝ていれば良かった……まぁ、いいですが。さて、本題です。水はいつから出なくなったのでしょう?」 「さぁ。私達が気付いたのはついさっきだけど」 「でも昨夜は出てましたよ。そうですね、僕が寝る前に歯を磨いたのが確か…午前二時ぐらいだったと思います。その時にはちゃんと出てましたよ」 「じゃあ、日付や時刻による時限式の呪詛などの可能性は薄いですね」 皇騎の言葉に、三下は『じゅそ?』と首を傾げるが、麗香は頷いてみせる。 「第一、それ以前の問題として、ここの水道って本当に水道なのかしらね?」 「え?どう言う事ですか?」 きゅるきゅると蛇口の栓を回して遊んでいた三下が麗香の方を見て目を瞬かせる。際どいシャツの襟元を強調するよう、胸の前で腕組みをした麗香が視線だけ蛇口の方へと向けた。 「考えて御覧なさい、こんな山奥まで公共の水道管が引っ張ってきていると思う?気圧の問題とかもあるし、普通、山の施設ってのはどんなところでも水不足よね。でもここは、街中と同じぐらい豊富な水量よね。その水源は、どこから引っ張ってきてるのかしら?」 「考えられるのは、湧き水か何かの源泉から直接引いてきている、だと思います。それであれば、原因はその源泉からここまでの水道管…と言う事になりますが」 そう言いつつ皇騎は、水道の蛇口に指先で触れてみる。そこは随分前から使用されていないかのよう、からからに渇いて一滴の水も滴る事はなかった。 「乾き切ってますね。まるで、全然使われていない水道のようだ」 「…変ね、普通、水道が何らかの事情で止まってしまっても、水道管に残る水滴の一滴二滴は滲む筈だと思うけど…」 「つまりは、水道管に一滴も水は残ってない、と言う事なのだろうね」 「それは、その源泉自体が枯れてしまった、と言う事なんでしょうか?」 珍しく三下の発言はツボを付いていたらしい。いつもは適当にあしらうところだが、今日はその発言の鋭さに免じて、皇騎は華やかな笑顔と共に、三下に向けてひとつ頷き返す。 「それを確かめに行きましょう、…源泉の場所を探しに」 三人は連れ立って蓬莱館の外へと出る。まだ朝早い所為か、三人以外の人影は見当たらない。だが何故か、屋敷の周りを忙しく動き回る、人の気配だけはするのだ。 「宮小路さん、あなたには見える?」 「いいえ、さすがにそこまでは。今の私に分かるのは気配だけですね」 「気配?気配って何の話ですか?」 ある意味幸せな三下の質問は、当たり前のように無視される。 「それはともかく。水道管を逆に辿ってもいいですけど、それではまどろっこしい。ちょっと手伝って貰う事にしよう」 そう言うと皇騎は、懐から取り出した何枚かの符を空に向かって投げる。放物線を描くそれらは落ち始める瞬間に、ただの札から梟の姿に形を変え、数回三人の頭上で円を描いた後、どこかへと飛び立っていった。 「…式神ね、いつ見ても鮮やかな手捌きだわ」 「どう致しまして。これが私の仕事ですからね」 「あら、あなたの仕事はコンピューター関係じゃなかったかしら?」 「ああ、そっちの仕事の事を思い出させないで下さい…折角逃げ出して骨休みに来ている言うのに…」 大袈裟に溜息を零し嘆く皇騎に、麗香は可笑しげな笑い声を立てた。 「可笑しいわね、あなたでもそう言う顔をする時があるのね……帰ってきたわ」 麗香の言葉に三人が空を見上げると、一羽の梟が旋回した後、皇騎の差し出した右手の拳にとまる。ホゥ、と低い声で鳴き、丸い目をくるくるとさせた。 「…どうやら源泉らしい湧き水は枯れてはいないようだ。滾々と澄んだ清水が湧き出ていたそうですよ?」 「そうすると、原因は水道管そのものですかねぇ…」 「そう言う事になるわね。単純に何かが詰まってる、とか、その程度の原因ならいいんだけど…」 独り言のようにそう呟く麗香に、皇騎は思わず笑いを漏らした。 「麗香さん、そんなに期待してると、期待通りにまた難問奇問になりますよ?」 「期待なんかしてないわよ!」 記事にならないネタなら平穏無事が一番よ。そう言う麗香に、やっぱり笑いを禁じ得ない皇騎なのであった。 ◇吐き出す煙、燃える煙◇ 「…シュライン。マッチ、持ってるか」 「いきなり何よ」 開口一番そんな事を尋ねる武彦に、シュラインは眉を潜めながらもポケットからマッチを取り出して武彦に手渡す。頷く事で礼に変えた武彦は、早速煙草を口に咥えるとマッチを擦り、穂先に火をつけた。昇り立つ紫煙の匂いを嗅ぎ、深々と煙を吸い込んで、ようやく人心地付いたような顔をした。 「…兄さん、ほんっとにニコチン中毒よね……」 「ホントにねぇ?」 そんな兄の様子に呆れた声を出す零の肩を持って、シュラインも可笑しげな笑い声を立てた。女二人に笑われて、武彦は大人気なく、不機嫌そうに眉を潜めた。 「しょうがないだろう。吸いたい時に吸えないのは、愛煙家にとっては地獄の苦しみなんだぞ」 「私にはその気持ちは分からないわねぇ…でも、武彦さんの顔が余りに悲壮だったから、大変そうだなぁとは思ったけど」 ねぇ?と今度はシュラインが零に同意を求める。すると零も笑って何度も頷く。 「ええ、それこそ今にも飢え死にするか窒息死するかって、そんな感じだったわよ?」 「お前ら……」 武彦は、煙草を咥えたまま呻いて額を押さえる。その様子に暫く笑いを漏らしていたシュラインだったが、ふと表情を真顔に変えると、 「…でも、マッチが点いて煙草が吸えると言う事は、決して武彦さんの喫煙を阻む事が目的ではないって事ね」 「シュラインさん、真面目にそんな事考えてたんですか?」 目を丸くする零に、シュラインは片目を瞑って笑い返す。 「まぁね。どんな下らなさそうな事でも、考えられる事は全て可能性として捉えるのが探偵術のセオリーよ。それに今の時代、喫煙家は何かと形見が狭いものね。妙な恨みを買っている…と言う事も全くの絵空事ではないと思うの」 「確かにな。隣人のピアノの音が煩くて人を殺す奴がいるぐらいだ、煙草の煙が邪魔で隣に座った奴を殺す奴がいてもおかしくはないか」 「でも、結局、ガス全般が無くなってしまったのでしょう?ガスコンロも点かない、って蓬莱さんは言ってましたね」 「それなんだけど…とりあえず、厨房のガスコンロとガスライターのガスが消えた事は確認済みだけど、それ以外のガスはどうなのかしら?」 「それ以外?」 首を傾げる零に、前歯で煙草のフィルターを噛んで穂先を揺らしながら、武彦がシュラインの代わりに答えた。 「そうだな、例えば…ヘアスプレーやムースのガス、殺虫剤や芳香剤の缶のガス、卓上コンロの簡易ガスボンベ。他にも考えればあるかもな。そう言うのの事だろう?」 「ええ、そうよ。厨房のガスコンロなら、止まってしまった理由ってのも分かると思うの。でも、ガスライターのガスまで無くなっちゃってるってのは変な話しよね。まるで、目に見えない何かの力で、吸い取られてしまったかのよう…」 「特殊な能力を持つ、何者かが関与しているのでしょうか」 零が、僅かに眉を顰めてそう言うと、武彦はそれに同意するでもなく、ただ唇をへの字に曲げた。 「それはどうだろうなぁ…なんて言うんだろう、この旅館って有り体に言うと、一癖も二癖もあるじゃないか」 あの小娘を筆頭にな、と武彦が喉で低く笑う。 「そんな中、何かしら良からぬ事を思ってここにやってくるような輩は、さっさとあいつらが始末してしまうような気がするんだよな。何のかんの言っても、ここの奴らは俺達客が大事そうだからな」 「客の満足感が糧…だったかしら。どう言う意味かは分からないけど、確かに客を大切にはしてるわね」 「ああ。まぁ、逆に言えば、犯人がいるとして、実はそれは客の一人でした、って事なら話は分かる。自分達では直接手を下し難いから、俺達に調査を依頼したとも考えられるからな」 「どっちにしても、旅館側の協力は余り期待できそうにありませんね」 蓬莱さん以外は。そう付け足す零に、シュラインも頷き掛けた。 「私、ちょっと彼女に話を聞いてくるわ。いろいろ確かめたい事があるの」 お手数をお掛けします、と頭を下げる蓬莱に、シュラインは笑って手の平を軽く振る。その脇で本当にな、と憮然とした様子で言う武彦は、本当に機嫌が悪そうだ。 「意地悪な事を仰らないでくださいましな、草間様」 眉尻を下げて情けない顔で蓬莱はそう言うが、言葉と態度ほど済まなさそうに思っていなさそうに思えるのは何故だろう。 「いいのよ、実際問題、ご飯が食べられないのは辛いもの。職人が居ないってだけなら自分で…って思うけど、ガスが使えないんじゃねぇ…刺身や火を通さない食べ物ばかりじゃ、さすがにねぇ」 「と言うか、水道の水も出ませんから、野菜を洗う事すら出来ないんですよ」 蓬莱は苦笑いをし、広がった袖の端っこを指先で弄った。 「それはまぁどうでもいい。さっきシュラインが尋ねた事は分かったのか」 「はい、エマ様のご質問ですが…まずは、ガスライター以外のガスの行方、ですね。こちらは、他のお客様にお尋ねした所、ヘアムースやスプレーのような現代的なものはやはりなくなっていましたね。皆さん、ここがそれなりに標高の高い場所にある為、気圧の影響かと思っていらしたようですが」 「気圧の、って言っても、そんな高山じゃないんだから、それは有り得ないだろう」 「ええ、ですが、まぁそれで混乱が防げるなら、誤解もまたよし、と言う事で…それと、ここのガスの事ですが、まぁ簡単に言ってしまえば天然ガスですね」 蓬莱は、背後にある厨房のガスコンロを指差して言う。 「ここは温泉地ですので、地下には天然のガスも蓄積されています。それを、ここ独自のシステムで吸い上げ、一般用に精製して使用しています。それらのシステムは、こんな古びた温泉旅館とは思えない程、効率のいいものですので、呪術とか魔術とか、そう言ったものとは無関係なんですよ」 「…ここでそんな近代的な話が聞けるとは思わなかったな」 武彦もシュラインも、ある程度は特殊能力を持つ何かの存在を確信して疑わなかったので、そんな整備されたシステムで成り立っているとは夢にも思わなかったのだ。 「ええ、見た目よりもここは色々な意味で整備されているんですよ?…ああ、でも…もうひとつのご質問ですが」 そう言うと、蓬莱は軽く小首を傾げて困ったような顔をした。 「エマ様が仰ったように、気が流れる場所の出入り口などに、風水盤の類いが置かれている事はありませんでした。ただ、それを聞いてわたしも試してみようと思い、従業員の中で風水に詳しい者に確認させた所…その者の持つ風水盤が、乱れてしまったのです」 「乱れた?」 「ええ、その風水盤は中央に方位磁針があるものなんですが、その磁針がぐるぐる回って用を為さないのです。以前はそんな事は無かったそうですから…彼曰く、次元が歪んでいるような気がする、と」 「次元が……」 蓬莱は呟くシュラインの顔を見、それでは、と軽く頭を下げて歩き出す。少女の姿が廊下の角を曲がって完全に消えた頃、シュラインは隣に居る武彦の顔を見詰め返した。 「どう思う、武彦さん?」 「胡散臭ぇ」 一言、そんな言葉で一刀両断する探偵に、シュラインは笑いを禁じ得ない。 「ま、まぁそう言ってしまえばそれでおしまいなんだけど…」 「次元が歪んでる、か。果たして、消えた俺のガスライターのガスはどこに行ったんだろうな?歪んだ事件の狭間に吸い込まれて行ったとでも言うのだろうか…」 「それに彼女、妙な事言ってなかった?」 ん?と武彦が、シュラインの瞳を見た。 「さっき、ムースとかヘアスプレーの話の時、…現代的なもの、って言ってたわよね?じゃあ、現代的でないガスを使った何かは無事だったのかしら」 「と言うか、現代的で無かったらガスなんか使ってないだろう」 これみたいにな、と武彦が、さっきシュラインに貰ったマッチをポケットから出して見せる。シュラインがどこかの喫茶店で貰ったマッチを、暫く二人でじっと見詰めていた。 ◇ジシン・カミナリ・カジ・……◇ 「しかし、電気等と言う者は本来無くて当たり前のもの、それをこないに狼狽えるとは、皆も修行が足りんのぅ」 ほっほっ、と源が口許に手の甲を宛って高らかに笑う。パジャマから動き易いトレーナーとスカートに着替えた恵美が、小さく口許で笑った。 「源さん、ウチでは最新の電化製品に囲まれているのに、良くそんな事言えるわね」 「尤もじゃ、大体、更なる利便さを求めるのは人の性と言うものであろ。進化する努力を忘れたら、人はただのサル以下ではないか」 「…と言うか、嬉璃殿は座敷わらしなのだから人ではないではないか…」 ぼそりとツッコむ源に、何か言ったか?と嬉璃が横目で睨んだ。 どうやら源は、まだ安らかに眠っていた所を嬉璃と恵美に叩き起こされたので、若干まだ頭が目覚め切っていないようなのだ。楽しい夢を中断された事で機嫌が悪いのもあったが…欠伸を噛み殺し、自分の部屋から廊下に出た源は、寝乱れた髪を手櫛で直すと、霧へと向き直る。 「…で、まずはどうするのじゃ、嬉璃殿」 「うむ。セオリー通りの事から初めて見るかの。各部屋に繋がっている配電コードを辿り、大元の配電盤を捜すのぢゃ」 「随分地道な事をするのね、嬉璃さんに似合わず…」 恵美の言葉に、思わず頷く源だが、ばん!と手の平で廊下の壁を叩く嬉璃に驚き、二人揃ってその場で飛び上がった。 「愚か者め!情報は足で稼ぐものものだと、教わらなかったのかえ!?」 「そんな事をしなくとも、ここの従業員に聞けば良いじゃろ」 そう言う源に、嬉璃は立てた人差し指をチッチッと振り、ニヒルに笑った。 「電気が止まっているのはわしらの部屋だけではない。今はまだ夜も明け切らぬ早朝故、それに気付いている者は少ないであろ。下手すると、従業員でさえ気付いておらぬやもしれん。だとすればぢゃ、わしらが一歩先んじ、この問題を解決してぢゃな…」 「金一封でもせしめる事が出来れば上等じゃな」 「あ、分かった。お礼に何か貰うつもりでしょ」 源と恵美と、同時にほぼ同一内容でツッコまれて、嬉璃が誤魔化すように咳払いをした。 「金一封でも粗品でも何でも良い。貰えるものは全て戴く。これがわしのモットーぢゃ」 住人の幸せと財をもたらすと言われる、座敷わらしとも思えない発言であった。 各個室から伸びる配電コードを辿って、長い廊下を歩きながら、ふと恵美が言った。 「…そう言えば、当たり前に電気を使ってたけど、ここの電気ってどこから供給しているのかしらね?」 「…と言うと?」 「恵美殿の疑問も尤もじゃな。ここは人里離れた山奥の謎めいた温泉旅館じゃ。言われて気付いたのじゃが、この周囲に電線も電信柱もありはせぬ」 「…まさか、地中に埋める形の電線だとか言う訳ではないわよね?」 「それはどうか分からぬが…だが、そんな大それた工事をするぐらいなら、発電機か何かを用意した方が話が早そうぢゃ」 でも、と恵美が立てた人差し指を自分の頬に宛う。 「ここってとっても広いわよね、これだけ多くの部屋と施設の電力をまかなうとなると、かなり大きな発電機が必要になると思うのよね。でも、この周囲にそれらしいものは存在しないし…旅館の母屋内にあるのなら、話は別だけど」 「ここの旅館は、立ち入り禁止の場所が多い故…発電機は素人には扱えぬもの、そう言う所に、あるやもしれんな」 そんな会話を交わしながら、三人は廊下を歩く。まだ誰も起き出す者もいない早朝、外では小鳥が鳴く声が響き、爽やかな朝を演出していた。 「…しかし嬉璃殿、こんな場所に来てまでTVショッピングは欠かせぬとは…習慣と言うのも難儀なものよのぅ」 「喧しい、わしの唯一の楽しみなのぢゃ、例え外国に行こうとも、これだけは欠かせぬ」 「元々TVショッピングは海外のものだものね、本場のなら、もっと面白いかもしれないわね?」 英語さえ理解出来れば、の話である。 「ともかく、早くこの問題を解決せねば、昼前に放映される『ランチ直前お買い得情報!昼食代を削ってでも限定商品をゲットしよう!』に間に合わぬのだ!」 「………」 やっぱり、その微妙な番組タイトルには、源も恵美もツッコむ事はしなかった。 そんなこんなで探索を続ける三人は、やがてひとつの部屋の前へと辿り着く。客室からは遠く離れた場所、薄暗く静かな部屋の扉には、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれている。三人は顔を見合わせ、その扉を開けた。 「……な、なぁに、これ?」 恵美が目を丸くする。源も嬉璃も、暫し黙りこくって、今己が見ている状況を理解しようと努めていた。 「…これは、…自転車?」 「で、あろうが、少し様子が違うようじゃの。見よ、この自転車にはタイヤがない」 「それに、車体自体も床面に固定されているようぢゃの。そのうえ、チェーンがどこかに繋がっているぞ」 「…これは、変電機じゃ、嬉璃殿。もしかしてもしかしなくても、これは……」 「人力発電だったのか、この旅館は」 半ば呆然とする二人に、変電機の操作盤を覗き込んでいた恵美がぼそりと言う。 「待ってよ、ここに『予備電源』って書いてあるわよ?確かに人力発電の出来る装置なのかも知れないけど、これがメインって訳じゃなさそうよ?」 「…そんな事は構わぬ」 「へ?」 嬉璃のその一言に、恵美が目を丸くした。 「予備電源であろうが何であろうが、そんな事はわしの知った事か。ともかく、電気が点いてテレビが見られればわしはそれでいいのぢゃ」 「…即物的よのぅ、嬉璃殿は……」 溜め息混じりにそう零す源に、嬉璃が鋭い視線を向けた。源は肩を竦め、両手の平を天井に向ける、アメリカ人的ポーズで笑って誤魔化す。 「恵美、三下はどこぢゃ」 「…え、三下さん?分からないわ、まだ寝てるんじゃない?」 「叩き起こして来い。たまにはこき使ってやる」 「……嬉璃さんってば」 吐息を零す恵美のスカートを、源がつんつんと引っ張った。 「恵美殿、嬉璃殿はああなってしまうと梃でも動かんお人じゃ。ここは大人しく、三下殿を人身御供に差し出そうではないか」 「…そうね」 捜してくるわ、そう言い残して嬉璃をその場に残し、源と恵美は三下を捜しに出掛けた。 ◇わたし達のライフライン◇ 「あ、碇様、宮小路様」 「ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかしら?」 外での探索を終えた皇騎達は、偶然に出くわした蓬莱を捕まえる。少女は、小首を傾げると麗香と皇騎の顔を代わる代わる見詰めた。 「何でしょう?」 「ええ、大した事ではありませんが…この旅館の水道設備は、いつから使われているんですか?」 「いつから、ですか?」 蓬莱は、今度は逆方向に首を傾げ、考え込む表情をする。手の指を頬に宛い、んー、と声を漏らす。 「はっきりとは申し上げられませんが…ここ数年と言う訳ではありませんよ。少なくとも、沙耶様がお越しくださるようになる前からである事は確かですね」 「じゃあ相当昔の話ね」 沙耶が聞いたら、にっこり凍りつくような笑顔を見せてくれそうな事を、さらりと麗香は事も無げに言う。 「そうですか…では少なくとも、こんな新品かと思う程の水道管が使われている事自体、おかしいのですね?」 そう言って皇騎が見せたのは、水道管の一部だ。蛇口に近い方の部分らしく、太さは人が握り込める程度の太さである。それが縦真っ二つに切られているのだが、中は全くの新品であるかのよう、まだ金属の輝きを残しているのだ。 「私達はね、原因が水道管そのものにあるのでは、と思ったのよね。でも本当は、錆びて何か詰まってるんじゃないか、って思ってたの。でも実際には…ねぇ?」 「しかも、この現象はこの旅館の建物内部とその周辺のみです。源泉に近い場所では、経た年月そのままにそれなりに腐食していましたから。…ああ、すみません、これと同様、そこも私が符術で切り取らせて頂きました。後で直しておいてくださいね」 「やっぱり、水も同じ事か」 不意に聞こえたのは武彦の声だ。シュラインと共にやって来た武彦が、空のガスライターを指し示して言う。 「車の中にも予備のライターがあったのを思い出してな、取りに行ってみたらそれにはガスがちゃんと詰まってたんだよ」 「駐車場は、ここから歩いて10分程の距離にあるから、きっと水道と同じ事なのだと思うの。…でも、そのライターをこの旅館内へと持ち込んだら、ガスは消えてしまったわ」 「では、この旅館の空間内に何か問題があると言う事でしょうか?」 そう言う皇騎に、恐らく、とシュラインが頷いた。続きに彼が持つ水道管を見て、 「その水道管…本当に全然使ってないみたいに見えるわね」 「実際に使ってない状態なのかもしれませんね」 皇騎が、くすりと笑ってそう言った。そうね、とシュラインも笑みを浮べて同意をする。 「どう言う事なのかしら、二人だけで分かり合ってないで、私にも教えて欲しいわ」 「こんな所にいたのか、三下殿」 麗香の僅かに厳しい語調の声に重なって、源の声が響いた。 「あれ、本郷さん。何か僕に御用ですか?」 「用があるのは嬉璃殿じゃがの。…しかしどうした、こんな早朝から大勢集まって」 「旅館内の水が止まってしまったんです。ついでにガスも」 そう皇騎が説明すると、源が目を瞬かせる。電気もそうなのだと言うと、シュラインが窓の外を指差す。 「旅館内は確かに電気も止まってるわね。でも、あれ見て。…この建物からちょっと離れた街燈は、点いているのよ?」 「…本当、点いてるわ」 恵美が呟き、源も改めて目を瞬かせる。 「本当に建物の周囲だけなのじゃな。まるで、ここだけ違う次元のような話しじゃの」 「似たようなものだと思いますよ?」 穏やかな笑みを浮べて、皇騎が言った。蓬莱は、そんな皇騎の顔を見上げる。 「それは、どう言う……」 「さっきあなた言ったわよね、ここの次元が歪んでるみたいだ、って」 シュラインが言葉を引き継ぐ。蓬莱が頷いて、同意を示した。 「どう言う具合で次元が歪んだかは分からないけど…それで思ったのよ。古きものは使えて、新しきものは使えない、今まで使っていた筈のものが、新品同様になっている、と言う事から…」 「ここだけ、しかもガス・水道・電気の面に置いてだけ、時間が逆行してるのではないか、と」 皇騎がそう言うと、その通りだとシュラインも頷いた。 「時間が、逆行…」 「つまり、ここだけ時代が遡ってんのよ。どこまで遡ってるかは分からないわ、でも、だから水道管は使う前の状態になり、その時代には無かった筈のガス、電気は消えた。水は昔から合ったでしょうけど、水道のシステム自体は無かったでしょうからね」 麗香がそう言うと、蓬莱は、ああ…と微かな声をあげる。 「実は今回、沙耶様がお連れになったお客様方は、それぞれ固有の強い力や個性をお持ちのようで、ある意味、凄く『濃い』状態だったのです。次元が歪んだのは、その所為かもしれませんね…」 「その『濃い』中には、当然わしらも入っていると言う訳か」 源がそう言って笑うと、そうです、と蓬莱が事も無げに答えた。 「で、原因は分かったけど…どうすれば、歪みが治るのかしら?」 シュラインの問い掛けに、蓬莱はにっこりと微笑み掛ける。 「原因さえ分かれば後は簡単ですわ♪『濃い』って言うのは、恐らく皆様がこの温泉で癒され、養われた英気が満ち満ちていると言う事なのだと思います。普段から強い力をお持ちの皆様が、心身ともに元気になられたお陰で、この旅館内に満ちる皆様の生気が飽和状態なのですよ。ですから、いつもの規定の量以上に、生気を頂く事にします。そうすれば丁度イイ濃さになって、歪みも治る筈ですよ」 それが、わたし達にとっての最高のご馳走なんです。そう言って蓬莱は、少女らしい笑顔を浮かべた。 おわり。 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■ □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】 【 1108 / 本郷・源 / 女 / 6歳 / オーナー 小学生 獣人 】 【 0461 / 宮小路・皇騎 / 男 / 20歳 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】 |
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【個別ノベル】 【0086/シュライン・エマ】 【0461/宮小路・皇騎】 【1108/本郷・源】 |
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