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調査コードネーム:余暇の過ごし方 執筆ライター :紺野ふずき 【オープニング】 【共通ノベル】 【個別ノベル】 |
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![]() 「仕事から解放されても、俺には『怪奇』がまとわりつくのか……」 旅館を一瞥するなり、草間・武彦は溜息を漏らした。 その様子に、高峰・沙耶はクスリと笑う。 「そんな事無いわよ? 温泉を楽しむも良し、宴会で賑わうも良し。普通に過ごそうと思えば過ごせるわ。物足りなくなったら、この宿の周辺を散策してみてちょうだい。東西南北に、井戸が一つづつあるのだけれど、そこの水はそれぞれに効能が異なるの。私が知っているのは一つだけ。この井戸の水は共通して、温泉の不老長寿を無効にすると言う事……。その他は、この謎を解いてからのお楽しみね。もしどうしても分からないと言う人は、温泉にいるお爺さんに答えを教えて貰うと良いわ。ただし、素直に本当の事を言わないかもしれないけれどね」 「厄介な爺様だな。俺は部屋でのんびりとさせて貰うか……」 沙耶からメモを受け取ると、草間はコキリと首を鳴らした。 【──高峰のメモ──】 『それは花となり、四足の獣となり、時を早め、またはゼンマイ仕掛けとなりて。 汝、変化を欲するなら、四つ目に溜まりしその涙を六腑にくぐらせよ。 一二時の目は六時の目を恐れている。 九時の目は六時の目と比較的仲が良い。 九時の目は一二時の目を比較的好む。 三時の目は時を知らず。 三時の目は眠る事を必要とせず。 九時の目は疲れやすく、一二時の目は光を好む。 六時の目を縛る事は出来ぬ。 一二時の目は十時が真実である。 目に囲まれし地より離れる時、汝、変化を失うだろう』 【ライターより】 紺野です。前置きはスパッと削除。 以下、シナリオ参加をご検討くださっている方への、アドバイスとなります。 ・大ヒント──『年寄り属性』『猫属性』『ロボット属性』『植物属性』 ・完全、または半フリーシナリオです。 宴会、温泉、日常生活のよもやま描写、または『変化』をお楽しみください。 どたばた、まったり、ほのぼの、ギャグ、全てに対応させていただきます。 ご気軽にご利用くださいませ。 ・いずれの属性も、キャラのイメージを壊すほど激しくはなりません。 ただ、ちょっと『くすっ』『ぷっ』っとなる程度ですので、ご安心ください(笑)。 知っていて、知らずに騙されて、宴会芸に、ラブラブをギャグオチに──等、 活用の仕方は色々です。 ・時間をかけて考えたかもしれないセリフを削るのは、もったいないと考えております。 そのまま採用を望まれる際は、強調カッコ『』で、お括りくださいませ。 それでは、皆様のご参加を心よりお待ちしております。 |
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【共通ノベル】 0、高峰沙耶 「そうだわ……。もし、何か変わった物を見つけたら、私に教えて欲しいの」 呼び止められた一行は、高峰沙耶を振り返った。目を閉じたままだと言うのに、その顔は面々を真っ直ぐに見つめている。まるで、瞼を通して見えているかのようだ。 「『レンの店』に相応しい商品になるはずだから」 そう言って、沙耶は妖しげに笑った。 1、蓬莱館 秘湯ブーム、富士山麓と言う、関東近郊の観光名所、そして、この計り知れない規模。 これだけの条件が揃いながら、何故、今の今まで人目に触れずにいたのだろう。 「匂うな。なにかある。忽然と湧いた……? いや、そんな馬鹿なことが」 草間武彦はかなり悩ましげであった。 ふっくらとした革張りのソファーを、堪能する余裕もない。通路もロビーも赤い絨毯敷きだ。 天井は艶のない朱塗りで、四隅と中央に、緑と白の牡丹が描かれている。乳白色の低いテーブルは大理石製であった。それを挟むソファーには相当な年季が感じられるが、埃も汚れも見当たらない。手入れが行き届いている。 「まぁ、高峰がオーナーである以上、何か『いわく』はあるだろう。『レン』の店の商品が、高峰ルートだと知った後は特にな」 ここもその商品の一つだとでも言いたげに、真名神慶悟が煙草を押しつけた灰皿は琥珀であった。 透き通った紅茶色の石の中に、羽根の生えた六足の虫が入っている。こんな物が平然と置いてある旅館は、他にないだろう。 「値が張りそうだな」 慶悟は言って、灰皿を手に取った。 ズシリと重い石を、まじまじと眺める。売りさばけば、あのバーを借り切って、浴びるほどの酒を飲むことも……と、そんな考えをめぐらせ始めた時、鋭く突っ込む声があった。 「持って帰ったら駄目よ?」 じぃ、と見つめる蒼い眼差し。姐御と慕う腐れ縁。 シュライン・エマである。 「これだけ広ければ、備品の一つぐらいなくなっても、わからないさ」 悪びれもせず、慶悟は新しい煙草に火をつけた。 その真後ろだ。 壁際辺りから数人の声が聞こえた。 ──盗むおつもり……。 ──困ったお客様で── ──莱様に── と、ハッキリはしないが、おおよそ『慶悟が盗みを働こうとしているので、誰かれに言いつけよう』と、話し合っているようだ。 慶悟はシュラインの顔を見た。 シュラインは肩をすくめる。 女達の声はするのだが、誰もいない。 これで『いわく』がないと言う方が、不自然な状況だろう。 「従業員の方かしら。見えないって不便だけれど便利ね」 「……さすがはシュラ姐。草間も少し、この落ち着きを見習った方が良い」 「武彦さんは落ちついてると思うけど」 シュラインの反論に、今度は慶悟が肩をすくめる。 「確かに、『暴れてはいない』が……必要なのは『諦め』か?」 慶悟は灰皿を元に戻し、悩める探偵を見やった。 怪奇から遠ざかろうとすればするほど、向こうから近づいてくる。その手に渡された高峰のメモも、どことなく『怪異』の匂いがした。 草間は、大きな壺に生けられたユキヤナギを眺め、深い溜息を吐き出した。 「オフの日ぐらいは、仕事めいた事から解放されたいんだが」 哀愁漂う三十男の背中に、爽やかな笑顔を向ける二十二歳の娘──村上涼の言葉は慰めよりも、追い打ちに近い。 「無理無理、『怪奇』はもう、おっさんの運命って言うか宿命? 相棒じゃない? むしろ」 「相棒か……言い得て妙だな」 感心する慶悟を、草間が睨む。じろり。 「冗談じゃない。相棒は『一人』で十分だ」 喜ぶべきか、哀れむべきか。しょげる背中に、シュラインは手を添えた。 「諦めることが出来れば、苦労はしないのよね」 「そうそう。柔軟性がなくなってくるのも、おっさんの証拠だし」 「人を年寄り扱いするな。村上」 耳にベールを一枚かけ、興味のない話は頭上を滑らせる。 (どこにいても会話の内容が変わらないな。この連中は) 上総辰巳は、一人、吸い殻を増やしていた。騒々しさを受け流す態度は、塾生達に対するそれと同じである。全てに反応しては、キリが無いと言った所であろうか。 「暇つぶしに来て、暇をもてあましているのも馬鹿馬鹿しいか……。草間、メモを貸してくれ」 「いや。まだ、部屋割りが決まってない。勝手に動くのは、まずいだろう」 草間はそう言って、受付に現れた少女の姿を探した。名を『蓬莱』と言い、この巨大旅館の責任者だそうだ。唯一、実体を持った人物でもある。 その娘が、空き部屋を調べてくると言ったきり帰ってこないのだ。 一行は、かなりの時間をここで待ち呆けている。 シュラインの左手には、『大浴場』と言うプレートの下がった赤い絨毯敷きの廊下が、延々と延びていた。 「これだけ広いと迷いそうだけど」 「あり得なくはないな。この旅館なら、例え通路の先に異次元が広がっていても、おかしくは無い」 見えない者達が、そこかしこで騒いでいるくらいだ、と慶悟も頷く。 「もう少し待って戻らなかったら、空いている部屋へ向かうか、それとも帰るかを考えれば良いだろう。こうしている間に、謎が解けるかもしれないからな」 メモを寄こせ、と辰巳は草間に催促した。手渡された文字は、容姿に見合った綺麗なものだった。しかし、字面が整っていようとどうしようと、謎は謎のままである。 いくら眺めていても辰巳には、それが何を意味するのか掴めなかった。 「わからんな」 と、辰巳はあっさり諦めた。涼が呆れた声を出す。 「わからんって……五分も見てないと思うけど」 「僕が解かなくても、誰かが解くだろう。どこの水が何の効果をもたらすか分からなくても、毒味役がいるしな」 皆の視線は、躊躇いもせずに草間へ向いた。 「お前たちは、俺を何だと思ってるんだ?」 「毒味役、か?」 「納得するな。真名神」 貧乏くじは、確実に引き当てる男だと知っているシュラインは、ただ沈黙する。 草間の横顔に哀愁がさした。 (人間とは、騒々しくも楽しい生き物だ) ぺんぎん・文太はソファーの一番隅に腰を下ろし、静かにこのやりとりを見守っていた。檜の湯桶を抱え直すと、中に入れた煙管がこつんと鳴る。 文太はそれを大切そうに、湯桶の底へしまった。 「そうだ。今の内に全員分、書き写しておくか」 草間は言って手帳を取り出すと、いつものおおざっぱな筆を走らせた。 「コピー機があると有り難いんだがな」 と、館内を見渡すが、目に入る場所には見当たらない。 電話片手の走り書きのような、ミミズ文字に、即刻、涼のブーイングが飛んだ。 「なにこれ! おっさん、人間? 読めないわよ、汚すぎだし!」 「うるさいぞ。悔しかったら、暗記していけ!」 「梵字よりも難解な日本語か……」 「真名神」 煩い連中だ。 ブツブツとした小言と一緒に、辰巳がメモを受け取る。 「採点できんな」 「誰がしろと言った……まったく」 草間は文太にも、しっかりメモを手渡した。 そして、シュラインにも。 両名は、静かに紙面を見下ろしている。 かたや、その文字に見慣れた女。かたや、寡黙の温泉ペンギン。 二人は、全く別の意味をもって、静かだった。 「お待たせいたしました!」 そこへ、蓬莱が滑り込んできた。 「お部屋の用意が出来ましたので、ご案内したいのですけれど……生憎、空き部屋が五つしかございません。どなたか相部屋でも宜しいと言う方は、いらっしゃいますでしょうか」 今まで、ずっと駆け足だったのか、頬がうっすらと赤く染まっている。仕事熱心なのは良いことだが、しかし、こんなに広大な旅館で、人数分の部屋が確保出来ないとは、どう言うことなのだろう。 招待主である沙耶は、どこへ消えたのか姿が見えない。 呆れる草間をしり目に、涼はカバンを手に取った。 「五つで問題ないんじゃない? シュラインとおっさんは一つで良いと思うし。ハイ、異議のある人ー」 「僕はそれで構わないが」 と、即答の辰巳。 「そんな野暮を言う奴はいないだろう」 慶悟も、まったく気にしていない。 それが当然と言った風である。草間は頭を掻いた。 「高峰の仕業か?」 「後で聞いてみましょ。『ぺんぎんさん』は、どうかしら」 文太はシュラインを見上げ、次に隣の探偵へ目を移した。 肩と腕が触れ合う距離で立つ二人。 もののけであれど、文太の思慮深さは人並み以上である。 人の恋路を邪魔する者は、と誰かも言っていたでは無いか。 こっくりと頷いて同意を示した。 3、酒宴 陽も落ちて。 思い思いの時を過ごしていた面々が、一つのテーブルに集まった。 食事は、中華と和食が入り乱れている。 誰が用意したのだろうと言う疑問はさておき。 「俺が最後でしょうか」 草間の正面の席につきながら、悠也は揃った顔ぶれに改めて軽く挨拶した。 「やっぱり草間の知り合いか」 「先ほど、ロビーでお逢いしましたね」 「斎です」と、悠也は辰巳に笑いかける。辰巳はぶっきらぼうに、「上総だ」と言った。 一足先に宿へ訪れていた悠也は、今日で二泊目になる。二人の幼い式神が上座の席にちょこんと座り、水の入ったガラスの急須をテーブルに置いた。 「也ちゃん、眠そうね」 シュラインの視線の先で、也はぼんやりとまどろんでいる。逆に悠の目はらんらんと輝いていた。 「ぺんぎんさん、また逢ったです☆」 向かいの文太に手を振る悠。 返した文太も悠と同様、かなり眠たげであった。 そして、もう一人。 「異様に眠くてかなわん……」 草間が大きく深呼吸して頭を振るうのを見て、涼が言った。 「私もさっきまで眠かったけど。って言うか寝てたけど。起きたら誰かの上着はかかかってるし、外で寝てるし」 話の途中で、辰巳が小さく「僕だ」と言う。 涼はきょとんとしたあとで、ぽむっと手を打った。 「ありがとう、キミだったの? って、あんなところに若い女が寝てるのよ? 放置していくキミって、いったいどういう性格してるのよ!」 「だから上着をかけてやっただろう」 「それがおかしいって言っ」 涼の口を押さえながら、草間は咳払いをする。 「とりあえず、乾杯と行こう。皆、グラスの準備は良いか?」 涼の良いところは、切り替えの早さだろう。煩そうに草間の手をはらうと、元気良くグラスを掲げた。 「ハーイ、さぁ、じゃんじゃん食べて、がんがん飲むわよ!」 そう言って涼は、細い二の腕が見えるほど、袖をまくりあげた。手にしたグラスには、なみなみとビールが注がれている。意気込みは万全であった。 「それじゃ、カンパーイ!」 陽気な声と共に、はじけるグラス。 始まりの酒に口をつけつつ、慶悟と辰巳は紅二点の動きに目をとめた。 とめた。 いや、止まっているのは、彼女達の方である。 髪をバリバリに逆立て、目をまんまるに見開いていた。グラスを持ったまま、どこを見ているのか、ぴくりとも動こうとしない。 悠也と草間の苦笑のわけを、慶悟は訪ねた。 「どうしたんだ?」 「『猫』だ。乾杯の音に驚いたようだな。察するところ、村上も南の水を飲んだんだろう」 つまり、シュラインも、飲んだと言うことになる。 しばらくして、二人は何事もなかったかのように、身繕いを始めた。襟元をただし、浴衣の合わせを直す。 「あー、びっくりした」 「ほんと。大きな音だったわね」 気まずさを誤魔化す時に、猫が顔を洗ったりする動作に似ている。人知れず、小さな影が固まっているのに文太は気付いた。 手をパタリと振る。 悠がハッとして、膝の下に浴衣の裾をたくしこんだ。どこも乱れてはいないのだが、何かしなくては落ち着かないようだ。 辰巳は持参した東の水をコップに注ぎいれ、そこに酒をつぎ足した。 「草間」 「あ、あぁ、すまん」 何も知らずに飲み干す草間。気付いていて止めない慶悟と悠也。 「さて、どう変わるか」 草間の様子を伺いながら、慶悟は大きな海老の塩焼きに手を伸ばした。涼がさきほどからずっと、これを狙っているのだ。 食べられる前に、片づけてしまおうと言う魂胆である。 「美味いな。村上も『自分の分』を食べたらどうだ?」 「良いじゃない、海老の一本や二本! 私にくれたって死にゃあしないわよ!」 涼しい顔で、むしゃむしゃと海老をやっつける慶悟を見つめながら、涼の手は辰巳の皿に伸びていた。 猫は手癖が悪いのだ。 「辰巳、やられるぞ」 辰巳は、構わないと草間に言う。 「そうこなくちゃ。男は気前の良さも大事よね、うん」 涼はすかさず、自分の皿に海老を移動した。 人に忠告した草間であったが、自分の皿からは、すでに海老が消えている。 「なっ!」 「ご馳走様」 と、語尾に幸福そうなイントネーションを乗せ、シュラインが微笑む。皿の上には、海老の殻が二本分。 「にいぃ! しゅ、しゅ、しゅ」 「ごめんなさい、武彦さん。悪いとは思ったのだけれど……」 海老塩の誘惑に、シュラインは負けた。 猫は、自分に正直なのだ。 仮にも連れである。が、しかし、食い物の怨みは恐ろしいとも言う。 草間は、海老の塩焼きに、遠く思いを馳せた。 次にお目にかかれるのは、いったい何時なのだろう。寒い懐では、飲み屋の隣の席で、誰かが注文したそれを眺めるのが、関の山だ。 「俺のを差し上げましょうか?」 苦笑して皿を差し出す悠也。 「そうか?」 草間が手を伸ばすのを、きょろんとした目が追いかけた。 「悠ちゃん、海老、食べたいです☆」 もう一人の猫が、悠也の海老を狙っていた。 出しかけた手を、草間は引く。 「斎、そっちに回してやってくれ」 悠が顔一杯の笑みを浮かべた。 「わ〜い、ありがとうです☆」 ガックリと肩を落とす草間の前に、涼が差し出したのは『山菜とカニのマリネ』であった。 「おっさんに、これあげる。今日はなんとなく酢の物を敬遠したい気分なのよねー」 (猫……) 文太は一人頷きながら、手酌の酒を増やした。杯の中に映った自分の顔を眺める。 いつもより、瞼が重たげだ。体も非常にだるい。腰も痛い。 大きな欠伸をすると、慶悟の視線とぶつかった。 「眠そうだな。無理はしない方が良い」 「……」 文太はコクリと頷いた。だが、慶悟の言葉は半分も聞こえていない。 「西の水を飲みましたから」 悠也の声も遠かった。 老化の水は、誰よりも早い一日の終わりを、文太に連れてきた。 テーブルの上に顎を乗せると、文太は目を閉じた。うつらうつらと、夢の間を彷徨い始める。 それにしても、東の水を飲んだ草間が変わらない。 「井戸の水を飲めば、不老長寿の効能が消えると言っていたな」 変化が無い事を確認した辰巳は、安心して残った東の水を飲み干した。 「コレデイイ」 発音が、棒読み一直線になっている。 「!」 絶句する辰巳。 「よりによって、また随分と変な水を飲んだな、上総」 東は『ロボット』になる水だったはず。慶悟は、他人事のように笑う。 「……クッ」 自分でも腹立たしいのだろう。辰巳は、ぐうの音も出ずに黙り込んだ。 そして、何故変わらないのか、不思議な思いで草間を見た。 ウイーン、ガチョン。 プーッ。 そんな感じの首の動きに、背中を丸めて吹き出す涼。 「ここを出るまでの辛抱ですよ」 悠也のフォローも、辰巳の耳には届かない。 「〜〜」 辰巳は、自身に呆れて渋面を作った。 「どうした、上総……」 草間は頬杖をついている。よっぽど眠いのだろう。眼鏡の奥の目が半分ほど閉じていた。 「あ……武彦さんは、もう別の水を飲んでるから、他の効果が出ないんじゃないかしら」 「なるほど。そう言うことか」 シュラインと慶悟の話を聞き、也は首をかしげた。せっかく持ってきた『北西』の水は、草間に何の変化も与えられないようだ。 仕方なく、注いだ水を草間の前においておいた。 「武彦さんは、花化の水を飲んでるわ」 と、シュラインは草間の前に置かれた水を、さりげなく慶悟の前に移動させた。 猫は、好ましくない物を傍に置いておかない。涼と悠也がそれに気付いたが、慶悟には言わなかった。 「也と武彦さんが、同じ水を飲んだのですね」 悠也の言葉が終わらないうちに、一同の目は草間へ行った。頬杖の上の寝顔。 也もテーブルにかけた手に頬を乗せ、いつのまにか、すやすやと寝息を立てている。 「花組は全滅か」 今の今まで、起きていたのだが。 慶悟は、グラスを手に取り、それを煽った。 「……なんだ? 味がないな」 そう言って、隣のグラスに持ち替える。冷酒と水は、見た目の区別がつかなかった。 全ての視線が、慶悟へ集まった。 壁の時計は、午後八時。 文太も目を覚ましそうにない。 それでも、起きていようと言う気は、どこかに残っているのだろうか。 草間は虚ろな目を開いた。 「いかん……寝てたな。少し眠気を飛ばしてくるか」 よろふらと立ち上がり座敷から出ていくのを、心配そうに見送るシュライン。 「大丈夫かしら」 「駄目なんじゃない?」 見て、と涼は慶悟を指さした。 がっくりと項垂れた首。 「真名神君?」 と、シュラインが呼んでも反応が無い。悠也が慶悟の手から、酒の入ったグラスを引き抜いた。 「花になってしまったようですね」 出ていった探偵の身を案じて、シュラインは立ち上がった。 「やっぱり心配だから、見てくるわね。寝ているだけなら良いのだけど……」 倒れて、見えない通行人の邪魔になってやしないだろうか。 なんだか少しおかしな心配をしながら、シュラインは廊下へ顔を出した。部屋よりも、いくぶんかトーンの低い照明。 草間は壁にもたれかかり、気持ちよさそうに眠っていた。 涼がシュラインの肩を叩く。 「もう、宴会どころじゃないわね。こうなると」 「こんなところで寝かせて置くわけにも行きませんし、部屋に運びましょうか」 苦笑交じりの悠也の声。 今日一日、悠也は花となった也を見ていた。 日だまりでは手を伸ばして、日光浴をしていた。室内に入ると、太陽が無くなったと言ってしょぼくれる。 そして、夜はそうそうに眠ってしまった。 人が花になるのは、あんがい大変のようだ。 もっとも、也は人ではなく式神であったが。 「そうして貰えると助かるわ」 シュラインは、草間の腕に手をかけ何度か名前を呼んだ。 だが、その声は夢の中の草間に届かなかった。 也と文太、それに慶悟。 辰巳の手を借りれば、二往復で足りるだろう。 三人は宴の席を振り返った。 そして、辰巳がテーブルに手をついて立ち上がったままの姿勢でいる事に、違和感を覚えた。 シュラインは首を傾げる。 「どうしたの?」 辰巳はムスッとした声で言った。 「ボクノコトハホウッテオイテクレ」 「強借り言ってるけど、その調子だとロクに歩けないんじゃないの? キミ」 どうやら図星のようだ。辰巳はじろりと涼を睨んだ。 「ロボットも楽では無さそうですね」 と言って、老化や猫がましだと言うわけではないが。 「西か東、試してみる? 部屋に戻ればあるけれど」 さりげなく奨めるシュラインに、悠也は笑う。 「構いませんが。俺がそれを飲んだら、一往復増えますよ?」 「あー……良いわ、飲まなくて。うん。とっとと運んで、温泉よ温泉」 再び袖をまくりあげる涼。 まだ、たくさんの酒を残して、早い宴はお開きとなった。 4、早朝の廊下にて ──不老長寿を好く者と、嫌う者。温泉の効能を聞いて躊躇う者も、井戸の水を飲めば安心と、良く浸かってゆきますなぁ。 ──ええ、本当に。高峰様がたくさんのお客様を招待してくださるおかげで、霊力も十分に貯えられると言うものですね。 ──あの方のお知り合いには、色々な方がいらっしゃいますで。ホッホ。これでまた百年。『異界』も安泰安泰。蓬莱様も、『護者』として安心なされたのではないかのう? ──はい。『蓬莱』を維持してゆくのが、私の役目ですから。次の目覚めまで、これで安心して眠れます。 5,消失 「上手くできた旅館だな」 「あの部屋割りは、あなたの仕業かしら」 「何のこと? 良くわからないけれど。とにかく、楽しんで貰えたなら、私も嬉しいわ」 沙耶はいつもと変わりないていで、シュラインと草間に笑いかけた。 果たして、真相は闇の中である。 「まぁ、足音を忍ばせる労は省けたな」 「どこへ行くつもりだったの? 通路で寝込んで、皆に運んで貰った人が、そんなこと出来るのかしら」 「それは言うなよ……零には秘密にしておいてくれ」 頭を掻く草間に、シュラインはくすりと笑った。 前日と同じ蒼天の朝。 身支度を整えた一行は、訪れた時に腰を下ろしたソファーの前に集まっていた。 「蓬莱がどうとか変な話し声は気になるし、全然熟睡できないし、うー……ねーむーいー……」 赤い目をこすりながら、涼は慶悟にもたれかかった。ポケットに突っ込んだ肘を押しつぶされながらも、慶悟は涼の重みを受け止める。 「猫は、苦労したようだな。こっちは朝が早かったが。いや、それでも、あいつよりはましだろう」 そう言って、慶悟があごで差したのは、辰巳である。辰巳は無表情で煙草をくわえているが、かなりの不機嫌だった。 ──三時の目は時を知らず。 不眠不休で動き回るゼンマイ国の生き物が、今の辰巳である。 一睡も寝ていないし、何をするにも自分の動作にイライラが募った。 爽快な顔で挨拶する悠也を、ちらりと見る。 「おはようございます」 「おはようです☆」 「です♪」 背中に熟睡中の悠を背負っていたが、何の属性も持たない悠也は、実に軽やかであった。この旅行を普通に満喫した、ただ一人である。 悲喜こもごもの顔つきで集まった面々であったが、そこにあのずんぐりとした黒い体は見えなかった。 もし皆が、朝一番にここへ来れば、誰もいないロビーに向かって、楽しかったと手をあげる、文太の姿があったのだが。 もののけには、もののけの行く、もののけの道がある。温泉に満足したら、また、別の温泉を探すのだ。己の足と気が向くまま、文太はすでに旅立っていた。 「それじゃあ、俺たちもそろそろ行こう。帰ったらまた仕事三昧だ」 「『怪奇』のな」 草間の声に頷く慶悟。 「あぁ、『宿命』か」 「そうそう。『相棒』だもんねー、おっさんの」 辰巳も涼も、無慈悲な追い打ちで草間をのした。 やはり、こうなる運命なのだろうかと、シュラインは苦笑する。 「何とか言ってやってくれ」 下手な慰めを言ったところで、実際に集まってくるのは、『怪奇』な仕事ばかりである。その場を濁す為の、いい加減な言葉をかける性格でも無い。 シュラインは「ううん」と唸って、草間を見上げた。 「否定のしようがないのだけど」 草間が一瞬にして燃え尽きる。 身も蓋もない会話だと、悠也が言った。 やってきた時と同じ玄関をくぐる。 木々の匂いと、しっとりとした冷気。緑は風に揺れ、ザワザワと鳴っていた。 この樹海を抜ければ、陰陽師に、講師に、学生に、翻訳家に、探偵に、或いは風来のもののけに戻るのだ。 「結構、楽しめたわよね?」 言いながら、涼は宿を振り返る。 そして、目を見張った。 「ない」 そこには、鬱蒼とした緑が広がるばかりで、つい先ほどまであった、巨大な建物は影も形も存在しなかった。 「『異界』の話って……夢じゃなかったのね」 明け方のやりとりは、少女と老人の声だった。 敏感になったシュラインの耳も、断片的にだがそれを聞いている。眠れなかった辰巳も、同様だった。 「『霊力を貯える』と、言っていた気がするな」 いったいどう言うことなのだろう。 まんまと、沙耶にはめられたのだろうか。それとも、本人でさえも知らない変事が、ここで動いているのだろうか。 料理も温泉も、人を誘き出すエサだったのかもしれないと、草間は悔しがった。 「ですが、悪いことばかりでもありませんでしたよ」 そう、悠也は言った。 料理は美味しかったし、温泉も素晴らしかったからだ。 「帰ったら、高峰さんを問いつめる必要があるわね」 涼の言葉に頷きながら、慶悟は煙草を一つ唇に挟んだ。 「良かったな、草間。早速、仕事だ」 ──怪奇のな。 いつもの日常が始まった。 忽然と、現れては消える宿がある。 その昔、不老不死を夢見た術士が、その身と三千もの命を人柱に作り出した、常ならぬ地に建っている。 核には、一人の少女が捧げられた。 世界、寄り代、娘。 名は皆、同じ──『蓬莱』と言う。 終 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■ □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 【整理番号(昇順表記) / PC名 (年齢) > 性別 / 職業】 【0086 / シュライン・エマ / しゅらいん・えま(26)】 女 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 【0164 / 斎・悠也 / いつき・ゆうや(21)】 男 / 大学生・バイトでホスト(主夫?) 【0381 / 村上・涼 / むらかみ・りょう(22)】 女 / 学生 【0389 / 真名神・慶悟 / まながみ・けいご(20)】 男 / 陰陽師 【2681 / 上総・辰巳 / かずさ・たつみ(25)】 男 / 学習塾教師 【2769 / ぺんぎん・文太 / ぺんぎん・ぶんた(333)】 男 / 温泉ぺんぎん(放浪中) |
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【個別ノベル】 【0086/シュライン・エマ】 【0164/斎・悠也】 【0381/村上・涼】 【0389/真名神・慶悟】 【2681/上総・辰巳】 【2769/ぺんぎん・文太】 |
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