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調査コードネーム:アルバイト募集 執筆ライター :有月加千利 【オープニング】 【 共通ノベル 】 【 個別ノベル 】 |
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![]() 奥深い森の中に、なぜ今まで誰も気がつかなかったのか、それが不思議な蓬莱館という温泉街があった。 森の木々に隠れるようにして建っているその蓬莱館は、中華風の建物で、たくさんの宿泊用、娯楽用、温泉、食堂街、お土産店などの建物が連立していた。その建物の数は数え切れず、それがどこまで続いているのかも分からないほどだ。 旅行のパンフレットを見てもどこにも載っていないその温泉は客にしてみれば絶境の秘湯だが、それには訳がある。 蓬莱館のメインホールで、ある少女があごに手を添えて、考え事をしていた。 年齢は十ニ、三、だろうか? 二本の長い三つ編みを頭の両脇でくるくると纏めて、中華風の着物を着た少女である。 「あーあ。困ったわ」 彼女はふうとため息をついた。 「これから沙那さんがたくさんのお客さんを連れてきてくれるのよね。それは嬉しいわ。なんたって……ふふふ」 彼女、蓬莱は意味ありげに着物のすそで口元を覆った。 「だけどね。やっぱり何百人からのお客様を迎えるとなると、私たちの手だけでは足りないのよね、どうしても」 蓬莱はこれから客を迎えるためにホールを掃除している「モップ」を見た。 一人でに動いている「モップ」。 それから窓を拭いている「ぞうきん」とか。 活花を切る「はさみ」とか。 そこに人の姿はない。 「これじゃね……。お客さんは驚いちゃうもんね。誰か蓬莱館の仕事を手伝ってくれないかしら……。もちろん、皆は疲れを癒しに温泉に来るんだと思うけど……。そこでちょっと割りのいいアルバイトがあったて、いいわよね。そうだわ、アルバイトの募集記事を張っておこうかな。きっと誰か、この蓬莱館の危機を救ってくれるわ!」 少女、蓬莱は早速ホールのソファから腰をあげた。 「……普通の人間にはちょっとキツイ仕事かしらね……? デザートのメロンは切ると中が真っ青だったり、赤い魚のてんぷらがあったり、水を出すとたまに真っ赤な水が出てきたりするけど……。報酬はいいわよ。お金じゃないけど、一番いいもの。ふふ。きっと誰か手伝ってくれるわ!」 |
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【共通ノベル】 「さーあ、着いたわよ」 明るい声にバスに乗っていた数十名は居眠りから目覚めた。 キッとバスが停車する。 それと同時に高峰沙那がバスに乗っている客を起こしてまわる。 新聞直も、その中の一人だった。 自分はいつから寝ていたのだろう? 知らずバスの中で眠っていたような気がする。もともとこのバスツアーはミステリーツアーという、到着して初めてどこに着いたかかが分かるというものだった。温泉、という事しか新開直は知らない。 バスの車窓から見る風景は、温泉街らしく緑があふれている。木々の間から漏れる木漏れ日が、天気が良いことを物語っていた。 「すみません、どこの温泉についたのか分かりますか?」 新開直は隣で寝ていたこのツアーの客に聞いてみた。しかし彼も眠ってしまってここがどこだか分からないらしい。 バスの後ろ側に座っていた新開直は最後の方でバスを降りる。 先に下りた人は高峰の先導によってその温泉街を歩いていた。 その温泉街は木々に隠されるように、木々の間に建物が建ち、古い中華風の建物が連なっていた。 どこまで続くのかも、分からない。 新開直は首をめぐらせてそれを見て、一瞬、途方にくれた。どことも知れないところに来てしまったことがなんだが心細かった。 先を歩く高峰まで新開直は走った。 「すみません、高峰さん。ここってどこの温泉街なんですか?」 息を切らせて走ってきた新開直に高峰は含み笑う。 「それはね……。知らなくてもいい事よ。私が言う期限までくつろいでもらって、最終日にまた集合場所に集まってくれれば、また安全に貴方たちを新宿まで送るわ。三泊四日だったわね。集合場所はまた後日に伝えるわ」 高峰はそう言うと他の客を案内するために歩いていく。 新開直はそれ以上聞くことが出来ず、高峰の後をついていった。 「いらっしゃいませ〜」 高峰に連れられた場所は蓬莱館、という宿屋だった。宿屋、というには大きい。何百人も泊まれそうな大きな宿だった。 「沙那さん、ようこそ」 「ひさしぶりね。蓬莱。今年もこれからたくさんお客様をつれてくるからよろしくね」 「はい〜」 沙那と話している蓬莱と呼ばれたのは、十ニ、三歳の女の子だった。 「お客様もようこそいらしてくださいました〜。私は蓬莱。ゆっくり温泉をお楽しみ下さいね〜」 蓬莱に部屋のキーを渡されてバスに乗っていた数十人の客は、各々の客間に散っていく。 蓬莱からキーを受け取った新開直は、自分の部屋へ向かおうと蓬莱館を歩いていた。が、何しろここは広い。 新開直は部屋を見つけられなかった。 おかしい。宿の地図どおりに進んでいるはずなのに……。と、色々と回って、出たところは初めのエントランスホールだった。 「なんで!」 もう一度、宿の壁に貼ってある地図をたよりに進んでみたが、やはりエントランスホールに出てしまうのだ。 「なんでだよ〜!」 誰かに聞こうにも、宿には誰もいない。 人影がなかったのだ。 従業員の姿もない。 聞くに聞けなくてぐるぐる回り、とうとう頭を抱えた。 「なんでエントランスに出るんだ?」 周りの壁に貼ってある何かの張り紙も見落とさないように目を凝らしていると、ふとそこに気になる張り紙を見つけた。 『アルバイド募集 当蓬莱館では大変人手が不足しております。 仕事内容は誰にでも出来る仕事ですので、面接にて相談いたしましょう。温泉に入る時間はこちらでお取りします。食事は当蓬莱館の特別メニューになります。報酬はお金よりもいいものです。 問合せ先 蓬莱館主 蓬莱』 新開直はその張り紙を見つめた。 見つめたとたん、バっとその張り紙にはりついた。 お金よりいいもの? ちょっと胡散くさいが、まあ、何か良いものだったら売るとう手もある。 「誰にでもできる仕事かあ。だったら俺にもできるかなあ」 などと言っている新開直の目は輝いてきていた。 正直、新開直にはお金がない。浪人、アルバイト生活の新開直には。 この旅行もキリキリで参加したのだ。余分なお金なんて持ち合わせてはいない。 それに温泉にも入れるらしい。食事も豪華らしい。 「決めた!」 新開直は張り紙の前で両手を挙げた。 エントランスホールにいればまた蓬莱がやってくるだろうと予想をつけた新開直はそこにおいてあるソファに座ってしばらくぼうっとしていた。バスで何時間もゆられるというのは結構疲れるものなのだ。 ソファに座っていると、向かいのソファに同い年くらいの少女が座った。 彼女はしきりにあの、アルバイド募集の記事を見ては落ち着かない様子だった。 きっとこの子もアルバイト希望者なのかな、と思い、新開直は声をかける。 「あなたもアルバイト希望なんですか?」 少女は一瞬、新開直を見て目を開いたが、次の瞬間には微笑んだ。 「どうして分かったんですか?」 「だって、張り紙を良く見てたじゃないですか」 「あ……そうですか?」 彼女は少し恥ずかしそうに居住まいを正した。 「俺は新開直。あなたは?」 「私は斉賀陽(さいが よう)と言います」 陽はにっこり笑って答えた。 「あ、蓬莱さん、来たみたいですよ」 陽の視線を追ってみると、確かに蓬莱がエントランスホールへと入ってくるところだった。 「蓬莱さ〜ん! 俺たち、蓬莱館でバイト希望します!」 二人が蓬莱に連れられたところは、事務所というには雅な一室だった。十畳くらいある、畳の部屋で床の間には花が飾ってある。 新開直と陽を座布団に座らせて、自分もその前の座布団に座る蓬莱。彼女はおもむろに仕事内容を語りだした。 「この蓬莱館はですね〜、慢性人手不足なんです〜。ですからお二人にはちょっとハードな仕事になりそうですが、簡単に仕事の説明をしますね。まず、はい、これ」 そう言って蓬莱は携帯電話らしきものと、電話番号らしきものが書かれた紙を渡した。らしきもの、とは、数字だけの小型計算機みたいなものだったから。 「貴方たちが受け持つ仕事場は一箇所ではありません。何キロと離れた場所もありますので、それで移動できます〜。まあ、いわば、その番号を押すと、ワームホールが開いて一瞬でその場所に移動できる訳です〜。まず、受け持ってもらう場所は、お土産屋、受付、娯楽施設受付、程度でしょうか? 基本的に人との接客業になります〜」 「ちょっとまって……ワームホール……ってなんですか?」 新開直は今聞いたことが良く理解できなった。そもそも何キロも離れた場所を一緒に受け持つこと自体、無理がある。 「だから、その機械で異次元への道が開かれるんです〜。私が手伝って欲しいと思ったときに、その電話が鳴るので、そうしたらその紙に書かれた番号を押してください。そうしたら一瞬でその場所に移動できます。あ、でもお客様の見てないところで移動してくださいね〜。本当は一ヶ月くらいアルバイトをして欲しいんですが、お客様の滞在期間が短いらしいので、アルバイト期間は二日、最後の日に報酬を渡します〜。その他に質問は?」 「……ありません……」 どこにつっこめばいいのか、も分からない。 浪人生活をしている間に最近の携帯はそこまで進化したのか? 否! 否だろう。普通は。 けれど一度引き受けてしまった仕事だ。 最後までやろう、と新開直は不安いっぱいで覚悟を決めた。 バイト初日。 蓬莱館特性という朝ごはんを陽と一緒に食べていた。 が……何が特性なのか、良くわからない。 普通の温泉の食事に見える。 「なあ、陽。これのどこが特性の朝食なんだろうな」 少し不満ありげで陽に言うと、陽はクスっと笑ってこう言いだした。 「ここの料理は赤い魚のてんぷらとか、青いメロンとか、いかを生きたまましょうゆにつけて食べるとか、まあ、ちょっと普通とは違うのよ。これだけ普通の食事という事は蓬莱さんも気を使ってくれたのよ」 「……そうなの……? なんだか詳しいね」 「まあ、ね」 「なんかさ〜俺、食事付の割りのいいアルバイトって事でこのバイトを引き受けたんだけどさ。なんだか大変そう……」 常識が通じなくて。 「お前はなんでこのバイトをしようと思ったの?」 「……うん、私は……ここでなくしたネックレスを見つけたくて。バイト先で色々なお客さんに会うでしょう? そこで色んな人に聞いてみようかなって」 「蓬莱さんに聞いてみるのが一番いいんじゃない?」 「それは……できないの。だから自分でって……」 陽が深刻な顔をしたので新開直はそれ以上聞かなかった。 「受付に来てください〜」 「娯楽施設に来てください〜」 「お土産屋に来てください〜」 バイト初日、何度この台詞を聞いたことだろう。 一時間もしないうちに携帯が鳴って次の場所へ呼び出される。初めは疑心暗鬼で呼び出された場所の番号を押すと、ジェットコースターに乗ったときのような浮遊感とともに、一瞬で目的地についた。 お客さんはいつもいっぱいで、休んでいる暇なんて無い。 「有難うございました〜〜」 お土産屋で最後の客を見送って、ほっと一息ついたところだった。 控え室の扉が開いて陽が出てきた。 「ここは私が後はやるから蓬莱さんがメインホールの受付をやって欲しいって」 「またかよ〜〜! 今日で三度目だぜ!」 まだ三時を回っていない時刻である。かろうじて昼ごはんは食べさせてもらったが、それもそこそこ食べてすぐに仕事だった。 「受付って結構緊張するんだよな。ああ〜これで報酬が良くなかったら労働省に告訴するぞ!」 「まあまあ……」 「それより、ネックレス……だっけ? 見つかった?」 「ううん、まだ」 陽は悲しげに微笑んだ。 「そんなに大切なものなんだ?」 「うん。大好きな人にもらったの。でももうその人はこの世にいないんだけどね」 「……そう」 形見、といったところだろうか。 大好きな人の形見……か。 『きっとみつかるよ〜』 新開直は腹話術でそう言ってみた。 見つかるか分からないものを見つかると言うのは無責任だが、天から聞こえた声ならば許されるだろう。 「何、今の声!」 陽はあたりを見回した。 そんな陽を見てクスリと笑い。 「ほら、神様もそう言ってる。じゃあ、行ってくる。ネックレス、俺も見つけたら教えるよ」 と言って次の仕事場へ急いだ。 受付の仕事をすませた新開直は夕食を取るために事務所へ向かった。 大変な一日だった。もう体力の限界である。 こんなんで明日ももつのだろうか? 少し疑問が残ったが、何より食べればまた体力も出てくるだろう。 「お疲れ様です〜」 そう言って事務所に入るが、そこには誰もいない。食事はすでに陽の分まで用意してあった。疑問に思うのが、自分と陽以外、ここで働いている「人」を今日一日、だれも見かけなかった、ということだ。 今も知らないうちに誰かが食事を用意してくれている。 しかし、そこはかとなく、気配はするのだ。 「お疲れ様です」 そう思っていると陽が入ってきた。 「ああ、ちょうどよかった、一緒に食べよう」 「あ、うん」 「なあ、ここで俺たち以外が働いているの、見たことある?」 「ううん。そういえば誰もいないね」 「なのに、お客さんの食事とか、全部誰かが作ってるんだよな。俺たちの分も」 「そうね……。不思議よね……、ちょっと不気味な気もするなあ」 「そうだよな! おかしいよな! ここの温泉!」 「あ、今日の料理もちょっとおかしい……」 「何が?」 「味噌汁が緑色だわ」 …………。プツンという音が新開直の額から聞こえてきそうだった。 「なんで味噌汁が緑なんだよ! おかしいだろ〜〜! あ、メロンも青だ! これもおかしいだろう! 掛け軸が水墨画なのも! 花がかざってあるのも! おかしいだろ〜〜!」 「あの……ね、掛け軸が水墨画なのとか花が飾ってあるのは、別におかしくは……」 「この温泉はおかしい〜〜!!」 その後、温泉につかり、その日の疲れが出た新開直はぐっすりと眠ってしまった。 「己の健康すぎる体がちょっとうらめしい」 次の日に気分爽快で早起きしてしまった新開直は、朝ごはんの時間も待てずに腹がすいてしょうがなかった。あんな変な食事だったにもかかわらず、だ。 厨房に何かないか、と何かまかないをもらおうとして部屋から出て厨房へむかった。 扉ごしにもカタカタと食器を置く音や包丁の音や何かを煮ている音が聞こえる。 扉をあけようとして、その扉についている小さな覗き窓から中を見て。新開直はかたまった。 誰もいなかったのだ。 誰もいないのに、ひとりでに包丁がうごき、食器が並べられていく。 信じられないものを見てひるみ、足元の何かに足をすくわれて、転びそうになった。 「わあ!」 すんでのところで体勢を整えて足元を見ると、そこには水色の丸い石が落ちていた。 それには金具がついていて、何かを通せるようになっている。 「ネックレス?」 そう思ってそれを拾って顔をあげると、厨房の廊下まっすぐ行ったところの庭に、なにか不思議な木が植わっているのを見た。 水色に輝いている木。 そう、まるでこの石が実になっているような木だった。 「……」 無言でその木に近づいていくと、それはクリスマスのツリーのように飾り立てられている。なにか宝石のようなもので覆われている。たくさんの水色のネックレスが絡み付けられている。 いや。 実っているのだ。 「……」 自分の見ているものが信じられず、新開直はその実を手にとってよく見てみた。 宝石なのか、天然石なのか、よく分からないが。これは……陽が探していたネックレス? 陽は大好きな人からもらった形見だと言っていた。それがどうして木に生っているのだ。 「は……。それよりもあいつにこのことを教えてやった方がいいのか?」 新開直は少し考えて事務所に引き換えした。 そこには陽だけでなく、蓬莱もいたが、なんとなく、深刻な話をしているようだった。 話しかけずらかったが、陽が探しているものが見つかったのかもしれないのだ。それを教えてやることの方が新開直には大事だった。 「蓬莱さん、ちょっと陽を借りていいですか?」 「ああ、直さん。ちょっと待ってください。陽さんは……今日でバイトを止めてもらおうと思ってて。その話をしていたんです」 「なんで! 陽だって頑張ってだじゃないか! こんなおかしい温泉で!」 「いえ、でもね……」 「俺、陽の探しているもの、見つけたかもしれないんだ。ちょっと来てくれ」 そう言って新開直は陽の手を引いて厨房の廊下を抜けた。 その後を蓬莱もついてくる。 あの不思議な木のところまで行くと、陽は言葉を失った。 「陽、お前が探してたのって、このネックレスじゃないか?」 たわわに実る水色のネックレスの木を見て陽は口元に手をあてた。 「ああ、そう。そうなの。これ……。あの人にもらった大事な……」 そう言って陽はその木に近づいていく。 「……そうか。よかったな」 新開直は心からそう言った。 「うん……見つけてくれて…あり…がと…う……」 そう言って陽はその木の中に吸い込まれていく。 新開直はそれを無言で見ていた。 陽を取り込んだ木は淡い光をはなち、だんだんと消えていった。 「直さん……」 蓬莱が申し訳なさそうに新開直に声をかけた。 「分かってる。いや、何にもわかってないけどさ。この温泉がどこかおかしいのはわかってた。陽のこともなんだかおかしいって。バイトの目的が形見を探す事、なんておかしいだろ? 厨房も見たけど、誰もいないのに勝手に食器が動いてるし。それにこの木を見たときに、陽はこっちの世界の人間じゃないなって思った」 「そうですか……」 蓬莱は新開直をまっすぐに見つめてそう言った。 「まあ、俺はタフだからさ、こういう世界もあるのかな、くらいで受け止めるよ。なんせ体験したしな」 「貴方には聞く権利がありますよ」 蓬莱の目は真面目だった。 「報酬の件もふくめて」 「……」 「働いてくださったんですものね。ここはね、この温泉は―――」 昔、中国の秦の時代、二千年の昔の事である。始皇帝は除福という人物に不老不死の薬を探すように命じた。 除福は三千人の若い男女を率いて船で各地を回り薬を求めたが、それは見つからなかった。この世に無いものならば、あの世にこそある、と考えた除福は霊山、富士の裾野に異世界を作ろうと考えた。それは三千人の命と、一人の少女の犠牲で成功した。 百年に一度、出現する霊地、温泉街、それがこの地である。 「ここにお客さまを呼ぶ理由はね、本当はそのお客さまから霊力を分けてもらう為なの。たくさんのお客様から霊力を分けてもらって、それでも百年に一度しか富士の裾野に出現できない。そうして不老不死の薬を少しずつ、作っているのよ」 「……。そうか」 「報酬はね、不老不死の薬。アルバイトの報酬にしてはいいでしょう?」 新開直はこぶしを握り締めた。 陽は、その三千人の中のひとりだったのかもしれない。さまよって恋しい人の贈り物を探して。 「陽は……どうなったんだ?」 「それなんですけど。私も初めは普通の人間だと思ってました。でも一日でわかったわ。あの木、あったでしょう。ネックレスが生っている木。あの場所はね、何かを欲しいとこちらの者が願うと、その願いどおりのものを木に宿らせる、そういう場所なの。陽さんがネックレスを見つけたい、と願ったからネックレスの木が出来た、というわけです。陽さんはなぜかこの期に迷い出てしまった三千人の中の魂だったけれど。あの三千人は今もこの蓬莱館で働いているわ。普通の人には見えないけれど」 「じゃあ、陽は皆の中に帰ったんだな?」 「そういう事になるわね」 「……。そうか。よかった……」 しばらく沈黙が続いた。それを破ったのは新開直だった。 「……俺、報酬はいらない。なあ、蓬莱。永遠を生きるって、いいことだと思う? 友達とか知ってる人とかがどんどん歳を取っていく中で自分だけ今の姿のまま……。歳老いていかない。年老いることは大切なことだと俺は思うよ。その始皇帝とやらが、なんでそんなに不老不死の薬がほしかったのか、俺には理解できない。色んなことを知って、仲間と一緒に歳老いて、子供の成長を見て、死ぬ。それは自然なことだ。自分の子供の方が早く死ぬなんてそれこそごめんだね。俺としては」 「そうかもしませんね……」 もしかしたら、本当に不老不死の薬なんてものをほしがる金持ちはいるかもしれない。 そしてそれは高く売れるかもしれない。 でも、そんな思いを誰かにさせることは新開直としては嫌だった。 蓬莱はふっとため息をつくと、微笑した。 「そうですか。では報酬は別のものにします。ですから後、もう一日でいいから働いて欲しいんです。ここには三千人の見えない働き手がいますが、生身の人間は貴方だけなのですから」 そう言いながら蓬莱は泣きそうな顔をする。 「あ……」 そういえば、今は朝だった。朝飯前だった。 蓬莱の顔を見て新開直は頭に手を置いた。 「あ〜分かったから! そんな顔しないで! 働く、働く! 取り合えず、朝ごはん!」 その後、新開直がもらったバイトの報酬は、赤いメロン一年分、だった。 ☆END☆ この作品に出てきた登場人物 整理番号/名前 /かな /性別/年齢/職業 3055 /新開直/しんかい ちょく/男/18 /予備校生 |
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【個別ノベル】 【3055/新開・直】 |
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