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調査コードネーム:キラキラ 執筆ライター :つなみりょう 【オープニング】 【 共通ノベル 】 【 個別ノベル 】 |
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![]() 「ここを出たいんです」 腕の中のものを抱きかかえつつ、蓬莱はそう言った。 ――蓬莱館の一室。 他の部屋とは一風違う純中国風の家具が揃う部屋に、蓬莱は高峰沙耶と向き合っていた。 唇を噛みしめ悔し気な顔をしている蓬莱に対し、舶来らしき籐の椅子に深く腰掛け、ゆったりとした仕草で膝の黒猫をなでている沙耶。 墨で描かれた古い屏風絵が、この部屋の雰囲気まで味気ない単色に染め上げている。 「ここを出て、どうするの」 「温泉の水源に行ってこの子を直してあげるんです。……ここの温泉は万病に効果があります。なら水源に行けば効果はもっと」 「あなたはこの蓬莱館の虜。ここを長い時間出たら消滅してしまう」 「分かってます!」 蓬莱は泣きそうな顔でうつむき、ますます腕のものを強く抱きしめる。 その細い肩はかすかに震えていた。 「あたしが消えたら……この異界まで消えてしまうってことも、分かってます」 ――沈黙。二人が黙り込む中、沙耶の膝で黒猫が小さく鳴いた。 「お見せなさい」 と、沙耶は蓬莱に向け右腕を差し出した。 「その腕の中のものをお見せなさい」 「で、でも」 「では、あなた自身がその目で御覧なさい。……その子はすでに『あやかし』と化しているのは分かるわね」 蓬莱は腕の中に視線を落とした。 ――ぐったりしている雑種の子犬だった。その毛並みに濃い色の血をこびりつけたまま、舌を出しあえいでいる。 「傷から骨がはみ出しているし、皮膚はもう剥げ落ちている。……分かるでしょう? その奥の内臓が、もう腐っているのを」 「どうして!」 と、蓬莱が再び顔を上げた。 「どうしてそんな冷たいことを言うんですか。まだ……まだ間に合うかもって、どうして沙耶さんはそう思わないんですか。 それとも、そう思っちゃいけないんですか?」 「そうよ」 即答され、蓬莱は絶句する。 「なぜなら、あなたは『蓬莱』だから」 再び訪れた重い沈黙の後それを無理やり破るかのように、苦しげに蓬莱は言った。 「……なんと言われてもあたしは行きます。すぐ戻れば異界に影響はないはずです。 止めても無駄ですから」 「私は止めないわ」 その言葉に、キッと悔しげな視線を向けた蓬莱だったが何も言葉にはせず、そのまま部屋を出て行った。 「そう、私は止めないけれど」 部屋に残る沙耶は不敵な笑みを浮かべつつ、膝の黒猫をなで続ける。 「館は、あなたを引き止めるでしょうね。蓬莱」 【ライターより】 今回は、館を出ようとしている蓬莱の手助けをしていただきます。 その道程で戦闘が予想されますので、あなたの能力を生かした妨害やトラップの突破方法の提案を、プレイングにお書き下さい。 (戦闘に不慣れな方、初めての方でも全く影響ありませんので、安心してご参加下さい) なお、本編はシリアス傾向になる予定です。 クリエイタールーム「からっぽこ」。発注のご参考にどうぞ。 |
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【共通ノベル】 <序章> 「ここを出たいんです」 腕の中のものを抱きかかえつつ、蓬莱はそう言った。 ――蓬莱館の一室。 他の部屋とは一風違う純中国風の家具が揃う部屋に、蓬莱は高峰沙耶と向き合っていた。 唇を噛みしめ悔し気な顔をしている蓬莱に対し、舶来らしき籐の椅子に深く腰掛け、ゆったりとした仕草で膝の黒猫をなでている沙耶。 墨で描かれた古い屏風絵が、この部屋の雰囲気まで味気ない単色に染め上げている。 「ここを出て、どうするの」 「温泉の水源に行ってこの子を直してあげるんです。……ここの温泉は万病に効果があります。なら水源に行けば効果はもっと」 「あなたはこの蓬莱館の虜。ここを長い時間出たら消滅してしまう」 「分かってます!」 蓬莱は泣きそうな顔でうつむき、ますます腕のものを強く抱きしめる。 その細い肩はかすかに震えていた。 「あたしが消えたら……この異界まで消えてしまうってことも、分かってます」 ――沈黙。二人が黙り込む中、沙耶の膝で黒猫が小さく鳴いた。 「お見せなさい」 と、沙耶は蓬莱に向け右腕を差し出した。 「その腕の中のものをお見せなさい」 「で、でも」 「では、あなた自身がその目で御覧なさい。……その子はすでに『あやかし』と化しているのは分かるわね」 蓬莱は腕の中に視線を落とした。 ――ぐったりしている雑種の子犬だった。その毛並みに濃い色の血をこびりつけたまま、舌を出しあえいでいる。 「傷から骨がはみ出しているし、皮膚はもう剥げ落ちている。……分かるでしょう? その奥の内臓が、もう腐っているのを」 「どうして!」 と、蓬莱が再び顔を上げた。 「どうしてそんな冷たいことを言うんですか。まだ……まだ間に合うかもって、どうして沙耶さんはそう思わないんですか。 それとも、そう思っちゃいけないんですか?」 「そうよ」 即答され、蓬莱は絶句する。 「なぜなら、あなたは『蓬莱』だから」 再び訪れた重い沈黙の後それを無理やり破るかのように、苦しげに蓬莱は言った。 「……なんと言われてもあたしは行きます。すぐ戻れば異界に影響はないはずです。 止めても無駄ですから」 「私は止めないわ」 その言葉に、キッと悔しげな視線を向けた蓬莱だったが何も言葉にはせず、そのまま部屋を出て行った。 「そう、私は止めないけれど」 部屋に残る沙耶は不敵な笑みを浮かべつつ、膝の黒猫をなで続ける。 「館は、あなたを引き止めるでしょうね。蓬莱」 <キラキラ> ◆ 「きゃっ」 炸裂した火花に驚いた秋元柚木は、避けようとしてしりもちをついてしまう。 小さく漏らした声に、慌てて己の口をふさいだ。 「ご、ごめんなさい、うるさくして。それに私ってばとろくて……」 「気にされることはありませんよ」 と、後ろから音もなく近づいたのはモーリス・ラジアル。戸惑う柚木にそっと微笑みかけると、その手を差し出す。 「さ、立てますか柚木さん」 だが、その手に最初に触れたのは柚木ではなく横から訪れた、少女にしては大きく骨ばった手。 それはモーリスの手を強く払うと、無理やりに近い形で柚木の腕を引っ張る。 「もたもたしてんなよ、柚木。そんなんだから他のやつらに迷惑かけんだろ……」 ぶっきらぼうな口調でそう言った秋元椋名は、しゅんとうつむく柚木を見て慌てて言いつくろった。 「あ、別にお前が悪いって言ってんじゃなくて……ったくよぉ、面倒くせぇなぁ……」 「その辺にしておいた方がいい」 静かに、だがぴしゃりとそう言い放ったのは離れた場所からやってきた人影だった。 よどみのない歩調ながらも苦しげに息を吐いた彼は、先ほど蒼王翼と名乗った。 金色の髪をかきあげると、端からぽたりと汗の雫がしたたる。 「たとえ収まったように見えても、未だ敵が現れないとは限らない。油断は禁物だ」 ――そして。 彼らから少し外れた場所で、蓬莱は一人無言で立ち尽くしている。 その腕の子犬を、ぎゅっと抱いたまま。 ◆ 蓬莱館の長い地下廊。 一体どこまで続いているのだろうか。果て無きと思われるほど長く、そしてまっすぐな回廊だった。 曲がり角など見えないのに、彼方が闇に沈んで見えないのが不気味である。 すすけた漆喰塗りの壁、そのところどころに貼ってあるのは解読不明のお札。 元は華美な色だったのだろう、くすんだ朱色に塗られた中華風のランプは、一行の顔を陰気に照らし出している。 「……確かに、翼さんの意見は否めません。あれだけ我々に襲い掛かってきた『あやかし』の姿が見えずに、今はもうこんなに静かだ」 最初に沈黙を破ったのはモーリスだった。 手を振り払った椋名へ余裕の笑みも一つ、ニコリと向けてみせる。 「ですが、小休止をとって態勢を整えることも、また重要なことだとは思いますが?」 言外にこめられたのは、事を性急に運ぼうとする翼への非難だろう。 モーリスは笑顔も紳士然としたたたずまいも崩そうとしないまま、あくまで穏やかにそう言った。 翼はその視線を静かに受け、そしてふっと視線を外す。 「僕は思ったことを述べたまでだ。誰か一人のために皆が被害を受けることでもあったら、目も当てられない」 「おいちょっとあんた」 と、その翼に不穏な目つきで詰め寄ったのは椋名だ。 「どういう意味だよ」 「思ったことを述べたまで、と言ったはずだ。それ以上でもそれ以下でもない」 「……気にいらねェことがあんなら、はっきり言えよ」 「椋名!」 へたり込んだまま柚木は弟の名を呼ぶ。 「やめてよ、翼さんが困るでしょう!」 「……柚木は黙ってろよ」 が、低く言い返されて柚木は口をつぐんでしまった。 いつも気の進まなそうな態度だけれど自分には優しいはずの弟の、あれだけ冷たい目を見るのは初めてだった。 ――少しだけ、怖かった。 と、そんな柚木にそっとモーリスがささやきかける。 「……いい弟さんですね」 「え?」 「あなたのために、怒っているんですよ」 だからあなたが止めてあげてください。――そう言って、モーリスはいたずらっぽく笑った。 「キミは何が言いたいんだ?」 「……別に」 その口調とは裏腹に、翼をにらむ不穏な目つきを椋名は隠そうとしない。 「僕に何か言いたいなら、早く言ってもらえると助かるな」 「あんたこそ、俺らに何か言いたいんじゃないのか」 椋名の言葉に、少しだけ翼の表情が変わる。 「どういうことだ」 「さっきからずっと俺達から一歩引いて、攻撃は俺らに任せっぱなしだっただろうがよ。 そうと思えば柚木に随分なこと言いやがるし、不満があんなら自分でやれってんだ」 「……僕が柚木さんに?」 「『誰か一人のために』って言っただろうが。んな回りくどい言い方が余計ムカつくんだよ……!」 態度を変えない翼に、思わず椋名がその襟元をつかみ上げようとした瞬間。 「椋名! いい加減になさい!!」 あっけにとられた椋名だったが、渋々といった様子で力なく反論を試みる。 「で、でもよ……」 「椋名! 『お姉ちゃん』の言うこと聞けないの?」 二人の言い争いは、すぐに表情を和らげた柚木によってすぐに終わる。 「……ありがと、椋名。でももういいから」 ぽっかりと開いた間の後、少しだけ赤くなる椋名。――我に返ったのだろう。 「……違ェよ……」 ぽつりとそれだけ呟くと、くるりと向こうを向いてしまった。 そんな椋名の様子をかすかに嬉しそうに見やった柚木だったが、すぐに表情を引き締めると、翼に向き直り頭を下げた。 「翼さんごめんなさい、私が足手まといなばっかりに。 あの、私もっとがんばりますから! がんばって蓬莱さんを助けてあげましょうね」 「……いや、僕こそ申し訳なかった」 翼はその整った顔を微笑ませた。 「……キミには誤解を与えたようだ。 僕が『誰か一人のため』といったのは、キミのことを指した訳ではない」 だが、翼の表情には影が差すままだ。 「全く、僕はどうかしている……」 ◆ 「蓬莱さん?」 と、モーリスの小さな呼びかけに皆が振り向いた。 モーリスが心配そうにその顔をのぞきこんでいるが、蓬莱のうつろな視線は定まらないままだ。 うずくまるように床に膝をつき、それでもなお腕の子犬を固く抱いて離そうとしない。 「どうかしましたか? 顔色が……」 「なんでもありません。たぶん、この館から出ようとしてるからだと思います……」 「どういうことですか?」 「……この館は丸ごと異界なんです。そして私自身もこの異界の一部ですから、ここから抜け出したら」 「異界の『一部』だなんて、どうして」 モーリスの横で悲しげに眉をひそめる柚木に、蓬莱は首を振った。 「ごめんなさい、分かりません。……記憶が、ないんです。 私がどうしてここにいるか、どれだけの間ここにいるのか、全然。」 だけど、私はここにいなきゃいけない。それだけは誰かが……教えてくれた……」 後は唇が震えるだけで声になっていなかった。心配そうに顔色をうかがうモーリスに、蓬莱は力なく首を振った。 「心配しないで下さい。少しぐらいなら大丈夫なはずです。……覚えている限り初めてですから、自信ないですけれど」 それでも、どうしてもこの子を助けて助けてあげたいんです、と蓬莱はうつむいた。 ――モーリスはそっと犬を見る。 自分なら治せるかもしれない。自分の能力ならば、それは可能なはずだ。 だが、半ば『あやかし』と化したこの哀れな存在を、そこまでして生かすのは果たして理にかなったことか? 「その子犬、治す方法ならある」 と、そう言ったのは翼だった。一斉に彼の方を振り向く一行。 そっと蓬莱の前に膝まづくと子犬に向かって手を伸ばす。……その指につく、赤黒い血液。 「僕ならこの子犬を回復させ……なおかつ不老不死にさせることだって出来る」 わずかな迷いの後、翼はその指についた血を舐めとった。 ――淫らな舌の動き。薄い唇が妖しく光る。 「……なあ」 と、椋名が顔をいっそう不機嫌そうにして言った。 「そいつ、そこまでして生かさなくちゃならないのか?」 弾かれたように顔を上げたのは蓬莱だ。その非難めいた視線を受け、椋名はただ顔をしかめる。 「べ、べつに……ただ俺はそいつが可哀想だと思って……違うか?」 「で、でもこんなに蓬莱さんが困ってるんだもの、助けてあげようよ椋名!」 途端その腕にしがみつかれて、椋名は困った顔をした。勝手にしろ、と少しだけ悔しそうに呟く。 そんな椋名を見上げてくすぐったそうに笑ってから、柚木は蓬莱に明るく言った。 「あの、さっきまでは足手まといになっちゃってごめんなさい。 私も一生懸命やります、だから必ず温泉の水源に行って、その子犬助けてあげましょうね!」 だがその元気付けようとする言葉にも、蓬莱はうつむいたままだった。 ◆ その時だった。 ざわっ、と音にならない気配。大気が揺れ、得体の知れない圧迫感が一行を取り囲む。 「……どうやら、またお出ましのようですね」 そう言ってモーリスはあでやかに笑い、手の中にメスを出現させる。 彼の隣に無言で進み出た翼の手には、いつの間にか長剣が握られていた。 「……チッ、面倒だな……」 そう言いながら椋名は進み出る。確認するように動かした指先からは、小さく火花が散っていた。 と。 「椋名!」 後ろから柚木に体当たりされ、椋名は思わずよろける。 「おい柚木……」 「心配しないで!! 絶対、椋名のことは私が守ってあげるから!」 「……はいはい……」 何か言いた気な椋名の視線には構わず、柚木はずいっと得意そうに胸をそらす。 「そんなわけでコレ、もって行きなさい!」 「……何だよコレ」 「お土産屋さんに並んでた木刀! それで、私にはこれ! ね、準備いいでしょ?」 いつの間に取りだしたやら、柚木自身の手にはモップが握られていた。 ――空間が割れた。 足元から、周囲の壁から。天井、床問わず四方から現れたのは数え切れぬほどの「手」だった。 血の気の失せた、真白い腕。雨後の竹林のように密集して生え出すそれは、暗闇の中で艶めかしい動きをしながら一行に向け指を伸ばしてくる。 声はなく、また性急でもない動き。 だが不規則に揺れ、一行の動きを絡めとろうとするその姿は蜘蛛の足にも似て妖しく、不気味だった。 静寂が返って自身の鼓動を高く響かせる。 「キリがありません。ここを駆け抜けて突破します!」 「僕が突破口を作る。キミたちに背後のガードを頼めるか?」 「柚木、お前は蓬莱を守れ、いいな!」 「うん! ……蓬莱さん、走れますか? あと少しです、頑張りましょう!」 一瞬で連携を取り合う一行。彼らの言葉に蓬莱はひとつ、頷いた。 メキメキと音を立て、天井に長い亀裂が入った。たゆむ天井。まるで一際重いものがその天井裏に潜んでいるかのように。 それを合図としたかのように、一行は走り出した。 「吼えよ、我が『神剣』!」 翼が鞘ばしらせ、青い抜き身の剣を振る。途端、蒼い光が宙を駆け一閃、揺れる足元の「腕」をはるか彼方のものまで一斉に刈り飛ばす。 だが後から後から湧き出るそれは、走る一行にともすれば絡み付こうとする。翼の背後からその首筋に指を伸ばそうとしたそれには、モーリスが容赦なく銀のメスを突き立てた。 「申し訳ありませんが、邪魔をしないでいただきたいですね」 「止まるなよ、走れ!」 叱咤と共に、闇に疾る光の線。椋名の電撃が宙を薙ぎ、黒く焼け落ちる腕を一瞬闇に浮かび上がらせる。 「きゃ」 光にひるんだ蓬莱が足元をすくわれた。転びそうになるのを危機一髪、横の柚木が支える。 「ダメだってばっ!」 モップで一生懸命たたくと、足首をつかんでいた手はその力を緩ませ、そしてズブズブと床に沈んでいった。 子犬を抱きしめたまま、傷一つない蓬莱を確認して、柚木は満足そうな声を上げる。 「ほらね、私だって……」 言いかけた柚木が振り向いた瞬間だった。 壁から突き出た手が天井から崩れた木片を拾い上げ、柚木めがけて飛びかかった。 ヒュッ、と笛のような音をたて、柚木の息が止まる。体が全身強張り動かない。 「……危ねェ!」 その柚木を突き飛ばしたのは椋名だった。木片がかすった彼の頬に赤い線が走る。 声に気づいた翼が壁から腕を切り飛ばし、床で魚のようにうごめく腕にモーリスがとどめのメスを突き立てた。 「おい大丈夫か!」 「だ、大丈夫大丈夫。ごめんね椋名、またやっちゃった……」 力なく笑う柚木の肩はまだかすかに震えている。ギリ、と悔しげに唇を噛んだ椋名は思わず横の蓬莱に怒鳴った。 「おいあんた、犬ばっかじゃなくてこいつのことも助けてやったらどうなんだ!」 「椋名、言い争っている場合ではない!」 翼がぴしゃりと言い放つ。 「だってこいつ、柚木のことを……!」 と。 「……出口……」 呆然とした口調で、蓬莱が顔を上げた。 一行が彼女の視線を追うと、確かに前方に小さな光が見える。 ――夢幻とも思えた暗闇から抜け出す、回廊の出口。 蓬莱は走り出した。一行の誰よりの前方に立ち、がむしゃらに走り出す。 引き止める声も届かないのだろうか、敵を倒す術を持たない彼女の足に絡む腕、それを蹴り飛ばしたのは椋名だった。 「何やってんだ、あんた!」 だがその言葉も聞いていないかのように、蓬莱は前方を見据えたまま再び走り出す。 他の一行も彼女を追い、悔しそうな顔をしたままの椋名もやがて駆け出した。 ともすれば先走ろうとする蓬莱をかばいながら、一行は闇の中を走り続けた。 近づくにつれ光は大きくなり、闇を切り裂いていき、そして一行を吸い込んで――。 ◆ 一行の前に開けた風景は、雲ひとつない夕焼け空と眼下に広がる平野だった。埃っぽくない、涼やかな風が一行を落ち着かせてくれる。 蓬莱館から続いた地下廊は山の高台へと続いていたらしい。見れば足元の先、随分と小さく蓬莱館が見えた。 周囲は大きな夕日に照らされ、赤く染まっている。 まるで血に染められていくようだ、とぽつり呟いたのは誰だったのだろう。美しくはあったが、ひどく不吉なものを暗示するかのような光景だった。 「もう、追っては来ないようですね」 どうやら異界区域から抜け出したようです、とモーリスは背後を確認しながら言った。 その言葉に、剣を鞘に収める翼。一瞬抜き身に映った自分の姿はひどく青ざめて見え、翼は一つ重い息をついた。 「柚木、大丈夫か」 椋名の言葉に柚木は頷こうとし、そして息を飲んだ。 「ほ、蓬莱さん……どうしたんですか、その子!」 驚きの声に、一行は一斉に蓬莱へ視線を向ける。 蓬莱の腕の中から、一筋の煙が上がっている。しゅうしゅうと、嫌な音を立てて子犬から立ち上る白煙。 慌てたように蓬莱は子犬をかき抱こうとしたが、時は遅かった。 白煙は次第に強くなり、蓬莱の腕の中をすっかり隠したかと思うと……丘を渡る風が煙を連れ去った後、犬の姿はもうどこにもなくなっていた。 空になった腕の中を呆然と見下ろす蓬莱。ふらっとよろけ、倒れそうになるのを駆け寄った柚木が慌てて支えた。 「蓬莱さん、大丈夫ですか?」 と、蓬莱は柚木の腕の中で呟いた。 「思い出した……」 「え?」 「思い出した。私が、あの子を殺したんです……」 ◆ ――時ははるか2000年も昔。 不老不死を求めた皇帝の命で、一人の呪術師がとある儀式を行った。 それにより不老不死が叶う異界が生み出される。 その異界の名を、「蓬莱」という……。 「儀式は成功しました。だけど、お師匠様も、親切にしてくれた人たちも、一緒に呪術の勉強していた仲間たちも、みんな飲み込まれて死んでしまいました」 ……生贄として。 そう呟いた蓬莱の言葉は苦しげだった。 「私も、本当はみんなと共に生贄になるつもりだったんです。最後の最後、3000人目の生贄に私はなるはずでした。 だけど術が完成する瞬間、あの子が魔方陣に飛び込んで、それで」 ――旅の途中、拾った子犬だった。とても自分に懐き、自分もまた可愛がっていた。 だからこそ死への旅路には連れて行けないと、そっと逃がしたはずだったのに。 自分は一人取り残されてしまった。あの罪のない子犬を身代わりにしてまで。 「この異界はお師匠様から託された大事なものです。私の大好きな人たちが眠る大事なところなんです。 逃げ出す訳には行かなかった、だから……。 異界の中にいる間だけでもと、記憶を封印してほしいとあの方に頼んだのは、私自身です」 丘の向こうで、その大きな円盤をゆらゆらと揺らしつつ、赤く燃えた日が沈んでいく。 「私は永遠の時の流れの中で生きていけるほど、強くはありません。 過去のことなんて、忘れていかなければここにいられないんです。 ……みんなを犠牲にして、浅ましく生き残って、それでもみんなのところから逃げ出そうとした私への、きっとこれは罰なんです。 だけど、だけど私は……永遠の命なんて欲しくなかった……!」 顔を伏せたまま肩を震わせている蓬莱は、泣いていたのだろうか。 ――長く感じられた沈黙。 迷った末柚木がその背中をさすると、彼女はゆっくりと顔を上げた。 そして、そっと柚木から体を離すと一行に向かって頭を下げる。 「みなさん、申し訳ありませんでした。私の勝手なワガママにお付き合いいただいて。でも」 夕日が今、彼方に沈もうとしている。 最後のきらめきに照らされ、蓬莱は初めて笑った。 ……その頬をキラキラと涙に濡らして。 「本当に嬉しかったです。ありがとうみなさん、おかげで、あの子のことをつかの間思い出すことが出来ました。 さあ蓬莱館へ帰りましょう。これまでのお詫びとお礼を兼ねて、みなさんのこと精一杯おもてなしさせていただきますね」 太陽が沈んだ。 青い薄闇に包まれていく中、一行はただ立ち尽くしている。 「蓬莱さん、この後帰ったらあなたは……どうなるの?」 柚木にそう問われた蓬莱の表情は影に隠れ、誰にも見えなかった。 「みんな、忘れてしまいます……だから」 ――私は忘れてしまうから。 せめてあの可愛いあの子のことを、みなさんが覚えていてくれませんか。 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■ □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 【2318 / モーリス・ラジアル / 男 / 527歳 / 医師・調和者】 【1932 / 秋元柚木 / 女 / 16歳 / 高校生】 【2912 / 秋元椋名 / 男 / 16歳 / 高校生】 【2863 / 蒼王翼 / 女 / 16歳 / F1レーサー・闇の狩人】 (受注順) |
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【個別ノベル】 【1932/秋元柚木】 【2318/モーリス・ラジアル】 【2863/蒼王翼】 【2912/秋元椋名】 |
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