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「ふむ、いい汗をかいたのであるな」
あやかし荘の庭で大きな雪男の方に乗りながら、涼しげな顔で雪姫はいう。
「あー、私も遊んだ!」
スキーウェアから着替えを済ませタオルで汗を拭きつつ恵美も同意した。
「姉ぢゃ、ならば山に帰ってくれるのぢゃろうな?」
一人嬉璃はなんともいえない顔で雪姫をじーっとみている。
「うぬは冷たきよの。昔のうぬは我の後ろをちょこまかとついてきて何とも愛らしゅかったのにの」
雪姫は足をパタパタとさせつつ、懐かしんでいた。
「嬉璃や雪姫さんの昔って私じゃ想像できないほど古そうよね」
着替え終わった恵美が嬉璃の横にたって雪姫を見上げる。
「恵美、その話はよいのぢゃ。今問題なのは姉ぢゃが帰るか帰らぬかぢゃ!」
両手をブンブンとふりつつ嬉璃が恵美に抗議した。
中々無い光景に恵美はクスリと小さく笑う。
「我も楽しんだのであるからな。嬉璃、我と共に雪山にこぬか?」
雪姫はその青い瞳で嬉璃をじっと見た。
(「本当は嬉璃を捜して連れ戻すのが目的だったのかしら‥‥」)
心のなかで恵美は思い、嬉璃を見下ろす。
嬉璃は恵美と雪姫を何度も見比べ、恵美の瞳を見つめ返して止まった。
「そうか、よほどこの地が気に入ったようであるか。我としても妹が気に入った者がどういうものかよくわかったのである」
うっすらと笑みを浮かべた雪姫の視線は恵美に向く。
「う〜ん、私よりお婆ちゃんのころから嬉璃はいたみたいだったから‥‥」
恵美は自分より年下に見える少女から微笑まれたことになぜか照れて頬をかいた。
「それでも嬉璃ならば離れてもおかしくはなかろう? 嬉璃はうぬを認めておる。居心地がよいとな」
「姉ぢゃ! 早く帰るのぢゃ!」
雪姫と恵美の会話をさえぎるように嬉璃がまくし立てる。
「では、我は山へ帰るのである。また気が向いたら遊びにくるのでの」
「もうこなくてよいのぢゃ! 今年の冬はわしの方から行くのぢゃ‥‥」
雪男と共に去ろうとする雪姫の背中に嬉璃が声をかけた。
最後の方は聞こえたかどうか分からないが、強い風と共に雪山の妖怪たちは姿を消す。
「雪もドンドン溶けてるわね‥‥」
空にはまぶしい太陽が輝き、右手で光をさえぎりながら恵美はいつもの東京に戻ったことを肌で感じていた。
「ようやくじゃな。春ぢゃ、天気も良いので日向ぼっこでもするのぢゃ」
嬉璃はそういって恵美に背を向けてあやかし荘の縁側に寝転びだす。
「もう嬉璃ったら‥‥」
小さな少女の背中がわずかに震えていたが、恵美は何もいわず庭掃除をはじめた。
何気ない日常が戻ってきたが、少し変化はあったのかもしれない。
story by 橘真斗
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