【タイトル】 PRESENCE ―存在―
【執筆ライター】 高原恵
【参加予定人数】 1人〜
オープニング /ライターより /共通ノベル /個別ノベル


●「学園祭」 オープニング

 9月10日――時刻は間もなく11日を迎えようとしていた頃合だ。
 神聖都学園高等部生徒会長である繭神陽一郎の姿が、校舎6階の生徒会室にあった。他に生徒会役員などの姿は見当たらない。陽一郎1人きりだ。
 週が明ければもう学園祭。その最終準備のため、今の今まで仕事をしていたのかもしれない。事実、陽一郎の使う机の上には一面に書類が広がっていたのだから。
 しかし、真夜中のこの時刻まで残っているのはごく僅か。残っている者は作業が押しているためか、あるいはよりよい結果を求めるために作業を続けているかのどちらかであろう。陽一郎がどちらに入るのかは知らないが。
「……どうあっても、わたしはそうする運命か……」
 険しい表情を浮かべ、つぶやく陽一郎。そして何やらポケットより『石』を取り出すと、じっとそれを見つめていた。
 数分後、生徒会室より気配が消えた。だが、そのことを知る者が居るかどうかは分からない――。

 週明けて、9月13日。
 待ちに待った学園祭がやってきた。
 一般客も多く学園を訪れる、とても楽しい、夢のような5日間がやってきたのだ。
 当然のことだが、この期間は授業は一切ない。まさに夢のようである。
 
 一般客をまだ受け入れていない学園内では、生徒たちがせわしなく動き回っていた。本当に最終の準備を行っているのだ。
 そんな中、ある生徒2人がこんな会話を交わしていた。
「あー、しんど……」
「おいおい、学園祭の初日から疲れててどーするよ」
「馬鹿野郎。こちとら今朝6時まで準備やってたんだ……寝てねぇんだよ」
「ははは、勝った。俺は7時だ」
「てめぇの方が負けてんじゃねぇか!」
「俺元気だもん」
「たく……。そーいや、元気で思い出したけどよ。何か、生徒会やら風紀委員の連中、張り切ってないか? 俺が6時過ぎに顔洗いに出てった時には、もう巡回始めてたぞ?」
「あー、聞いた話だと美化委員もそうらしいな。こないだから学園の美化だとか言って張り切ってるし、何でだろうな?」
「さあなー。学園側から言われたんじゃないか? きちんと見回れとかさー」
「かもなー。問題とか起こしたくないだろうしな。問題起こしたら学園祭も中止になるかもしんないしな」
「それはそれとして、お前今日はどこ回るよ」
「そうだなあ……『SHIZUKU』のステージとか?」
「お前、『SHIZUKU』のファンだったのかよ!?」

 彼らの会話にもあるように、生徒会を筆頭にして風紀委員会や美化委員会の面々はすでに巡回を開始していた。両委員会の委員長はもちろんのこと、生徒会長である陽一郎自らも巡回を行っているのだから、その気合いのほどが伝わってくるというものだ。
「…………」
 月神詠子は1人校舎内の巡回を行っていた陽一郎の姿を、廊下の壁にもたれかかって無言でじっと見つめていた。
 やがて陽一郎が詠子のそばを通り過ぎる。その一瞬、陽一郎は詠子の顔を見ることもなく、擦れ違いざまに言葉を投げかけた。
「せいぜいこの学園祭を楽しむがいい。きみにとって、最初で最後の学園祭だ」
 そして詠子は、通り過ぎてゆく陽一郎の背中に向かって、ぽつりつぶやいた。
「……言われなくてもボクは楽しむよ」
 その瞳は、何かを悟ったかのような目をしていたのは気のせいだったろうか。
「あ、居た居た。月読さーん、今日どっか回る予定あるの?」
 誰かが詠子を呼んだ。続けて何か言おうとしていた唇がぎゅっと結ばれ、詠子は声のした方を振り返った……。

 こうして、夢のような5日間の学園祭が始まった。
 誰にとっても、悔いの残らぬ学園祭であることを祈らずにいられない。

 さて――あなたは5日間どのように過ごしますか?




●ライターより

〈ライター主観による依頼傾向(5段階評価)〉
戦闘:1?/推理:?/心霊:?/危険度:1
ほのぼの:5/コメディ:4/恋愛:?
*プレイング内容により、傾向が変動する可能性は否定しません
*オープニングに出ていなくとも、神聖都学園の有名人8人+三下忠、草間零は学園祭に参加しているものとしてプレイングをしていただいて結構です
*基本的に、9月13日〜17日の出来事を扱います
*今回、1つの行動に対し日付あるいは期間が指定されていない場合は、こちらで適宜当てはめさせていただきます
*自由に動いてくださって結構ですが、望んだ結果通りになるとは限りません



●【共通ノベル】

●開会式にて【1】
 9月13日――いよいよ神聖都学園の学園祭が始まった。これから5日間に渡って、青春真っ直中の若者たちが弾ける様を目の当たりにすることになるのである。
「えー……でありますからして、学園祭とはいえども我が学園の生徒諸君には、くれぐれも……」
 現在校庭では、開会式が行われていた。一般来場者の受け入れは、この開会式が終了してからということになっていた。
 朝礼台の上に立ち、挨拶を今しているのは校長である。招いた来賓の前ということもあるためか、普段の朝礼時よりも挨拶が長い。
「いい加減にしてくれよな」
「あちーし、なげーんだよ」
「早く準備に戻らせてちょうだい……」
 あちこちで、ひそひそと文句を口にする生徒たち。長い挨拶にうんざり、暑さにうんざり、最終準備を途中で切り上げさせられてうんざり……とまあ、文句の理由には事欠かない。
「……では生徒諸君、どうかこの5日間楽しんでほしい。以上!」
 校長もさすがにそんな空気を読んだのか、長々とした挨拶をようやく切り上げた。校長が朝礼台を降りるのを見て、安堵する生徒一同。しかし、そこへ地獄に落とすような教頭の一言が。
「続きまして、来賓の……」
 そう、校長の挨拶は終わったが、まだ来賓各位の挨拶は終わっていないのである。
「おいおい、勘弁してくれぇ……」
 目元を手で押さえ、うんざりとした口調でぼそっとつぶやいたのは草間武彦であった。つぶやきが聞こえた周囲の者は、うんうんと同意するように頷いた。
 はっきり言って校長やら来賓の挨拶など、生徒たちにしてみればどうでもいいのだ。それよりも何よりも、早く学園祭を楽しませろという話である。
「ふむ。音声だけを切るのも1つの手か」
 と言ったのは、学園内の某所より機器を通じて開会式の様子を見ていたササキビ・クミノである。
 クミノの表情は渋かった。それというのも、各人の挨拶の内容があまりにもあれだったからだ。せめて内容が詰まっていれば、耳を傾ける気になるのだろうが……。
(BGMにもならない)
 クミノはスピーカーから流れる音声をカットすると、映像のカメラ位置を切り替えた。案の定、挨拶の長さで気分が悪くなった生徒たちが、ちらほらと列を離れてゆく姿が見えた。
 そういう生徒たちを誘導し、適宜処置を行う白衣を着た女子生徒の姿も見えた。保健委員の腕章をつけたレイベル・ラブである。残念ながら音声カットしているため、どういう指示をしているのかは記録している音声を聞かないと分からないのだが。
 映像は色々と変化し、とある女子生徒の姿が映った所でぴたっと止まった。クミノのモニタに映し出されたのは、月神詠子だった。
 校庭では、PTA会長の挨拶の番となっていた。挨拶の嵐はこれが最後である。これさえ済めば、生活指導部からの諸注意を聞いてから、最後に全生徒で風船を空に飛ばし、開会を祝すのだ。
 PTA会長はスピーチ内容を記した紙を広げ、それにじっと目をやったまま軽く咳払いをして挨拶を始めた。
「あー……おめでとうございます。このような本当にめでたき日にお招きいただき、非常に感謝しております。さて、人生には3つの大切な袋があると申しましてー……」
 このPTA会長の挨拶を聞き、校庭に居た全員の頭上に大きな『?』が浮かんでいた。
「それは給料袋に堪忍袋、そしてお袋の3つでございまして……」
「会長! PTA会長!! それ、たぶん違いますっ!! 結婚式か何かの原稿ではありませんかっ!?」
 教頭が慌てて朝礼台の下からPTA会長に言った。PTA会長もすぐさまはっとした表情を見せる。
「ああっ! 間違えて持ってきたぁっ!!」
 あらあらPTA会長大失敗。もちろん生徒一同大爆笑。
「な、何事……?」
 ただ1人、スピーカーの音声をカットしていたクミノだけは、何故皆が大爆笑しているのか分からなかった……。
 ともあれ開会式も無事に終わり、生徒たちは三々五々散らばってゆく。
「いやあ……最後のは笑った笑った」
 などと、にこにこしながら校庭を足早に離れるのは学ラン姿の藤井雄一郎である。内容が薄い挨拶が続いていた最後にあれが来たのだから、その破壊力もひとしおであった。
「おっと。そんなことより、まずはどこへ行くかな……」
 雄一郎はズボンの後ろポケットに丸めて入れていた学園祭のパンフレットを手に取ると、見に行く出し物の検討を始めた。がっしりとした学ラン姿なのに、楽し気に目がきらきらと輝いている様が、何ともアンバランスで不思議である。
 それから約10分後、一般来場者の受け入れが始まった。ここからが本当に学園祭の始まりであった。

●おいでませ、ロシアンたこ焼き!【2】
 神聖都学園の学園祭は、5日間各々にメインテーマなる物が設定されていた。もちろん毎日メインテーマは異なっている。
 今日13日、学園祭初日のメインテーマは『音楽祭』である。当然ながら出し物はテーマに沿った物が多くなる傾向となる。
 だが、テーマとはまるで関係ない出し物だって少なくない。食べ物や飲み物を扱う出し物なんかは、その代表であろう。けれども、そういった出し物もあるから学園祭の雰囲気は高まってゆく訳で――。
「えーと。『オーダーメイド? ロシアンたこ焼やっさーん』っていうんだ、ここ」
 サークル棟のとあるスペース、その前に少々癖もあるが味のある字体で出し物名が記された立て看板があった。詠子が興味深々といった眼差しで、その立て看板を見つめている。
 詠子の視線は『オーダーメイド』よりも『ロシアン』よりも、何故か『たこ焼き』の部分で止まっていた。
「ねえキミ、ちょっといいかな」
 パタパタと早足でそばを通りがかった、ラクロスのユニフォームの上からエプロンをつけた女子生徒を詠子が呼び止めた。
「あ、はいっ?」
 女子生徒――寒河江深雪が足を止め、詠子の方へ振り返った。
「この『たこ焼き』って何? たこを焼いて売ってるのかな?」
「は?」
 詠子の質問に、一瞬きょとんとなる深雪。そして、しばしの沈黙。
(冗談を言っている……んじゃないわよね、うん)
 深雪は詠子の表情と態度を見て、そう思った。真面目に詠子は尋ねているのだ。
「たこ焼きというのは、ええとぉ……」
 いざ説明をしようとして、深雪は言葉に困ってしまった。どう説明した方が理解が早いのだろうと。で、深雪が出した結論だが。
「とにかく見てくださいっ」
 深雪は詠子の腕をぐいと引っ張って、どんと鎮座している業務用のたこ焼き器の前へ連れていった。そこでは坊主頭にねじり鉢巻の男子生徒が、両手にたこ焼き返しを持ち野球部のユニフォーム姿で立っていた。
「オウ、我が後輩! 倭が野球部の手伝いご苦労……ッて、また強引に客引ッ張り込ンだなァ」
 額に汗を滲ませた男子生徒、渡橋十三がへへっと笑いながら深雪に言った。
「違います、渡橋先輩。たこ焼きがどういう物か知りたいって言うんで、連れてきたんですっ! 実際に見てもらった方が、口で説明するよりも分かりやすいと思って……」
 ふるふると頭を振る深雪。すると十三が意外という表情を見せた。
「ホ……たこ焼き知らねェのか? なら食ッて覚えてもらわにャなンねェよな。ささ、買ッた買ッた! 勉強代と思えば安いもンだぜ?」
 ニヤッと笑い詠子を焚き付ける十三。ところが詠子は意外な言葉を口にした。
「あ、お金いるんだ?」
「オイオイ。当ッ……たりめェだろォ? こいつ借りンのにも結構金かかッてンのによ」
「困ったね。ボクお金用意してないし。せっかく面白そうな物が目の前にあるのにね」
 ぽんぽんと懐やら何やら叩きながら、しれっと言い放つ詠子。
「チッ、しャァねェなァ……。ちィと焼き過ぎたブツでよけりャ、試しに1個食べてけ!」
 詠子の様子があまりにあっけらかんとし過ぎていたからだろうか、十三は呆れながらもそんな提案をしてきた。
「そン代わり、次に来る時は金持ッて来いよ」
「うん、分かったよ。用意しておくね」
 十三が差し出したたこ焼き1個入りの容器を受け取りながら、詠子が頷いた。
「一気に食うんだぜ」
 ニィと笑い、詠子に食べ方を教える十三。そんな十三に向かって、深雪が首を横に振る。
「あっ、口の中に気を付け……」
「いただきまーす」
 深雪が皆まで言う前に、詠子が口の中にたこ焼きを放り込んだ。ほふほふと口を動かす詠子。
「へえ……これは……なかなか……たこの味が……美味しいや……」
「へッ、外れかよ」
 小声でつぶやき、ぼりぼりと坊主頭を掻く十三。だが詠子には聞こえていない様子。
「ごちそうさま。これがたこ焼きなんだね。今度はちゃんとお金用意してから来るから」
 たこ焼きを食べ終わった詠子は、そう言い残してこの場を離れていった。
「オウ。待ッてンぜ!」
 詠子の背中に向かって十三が声をかけた。どうせ売り物にはならなかったたこ焼き1個で、リピーター候補が1人確保出来たのであれば上々である。
「そういえば渡橋先輩。あれはまだいいんですか?」
 詠子が去ってから、ふと思い出したように深雪が十三に言った。
「おおッと、忘れるトコだッたぜ。すぐ詰めるからよ、差し入れ頼まァ」
「はいっ!」
 容器を準備する十三に対し、深雪が元気よく返事をした。
 十三はたこ焼きを10人分ほど容器に詰めると、袋に入れて深雪に手渡した。袋を受け取った深雪は、慌ただしくどこかへそれを運んでゆく。どこへの差し入れなのかは、2人の会話からは分からなかった。
「ふィー……今のでだいぶ捌けちまッたなァ。せッせと焼かねェと……ン?」
 汗を拭い、新たにたこ焼きの生地を流そうとした矢先、十三はある視線に気付いた。
「…………」
 立て看板の影から、1人の女子生徒が十三の方を無言でじーっと見つめているのだ。
「……客だよ、な?」
 どうやって声をかけるべきか多少躊躇した様子が、今の十三の言葉から伝わってくる。
「それで問題ないなら、そうである」
 その女子生徒――亜矢坂9すばるは立て看板の影から出ると、とことこと十三の前にやってきた。
「これを調査したい」
 すばるはそう言い、1人前の代金を十三に手渡した。
(妙な客が続きやがンなァ……)
 などと思いながらも、たこ焼き1人前を容器に詰める十三。
「ほい、お待ちッ!」
 十三が容器を手渡すと、すばるはたこ焼きを1個つまようじに刺して、口の中へ入れた。
 もごもごと口の中でたこ焼きを転がすすばる。少し経って――。
「……たこ焼き内部にビターチョコレートの欠片を確認……融解度は93%……小麦粉をベースとした生地よりかつおぶしの主要旨味成分である……」
「あァ?」
 突然たこ焼きの分析結果を口にし始めるすばるに、十三は唖然としたのであった。

●優雅に行こう!(本当に?)【4】
 場所は変わって、道場。道場といえば体育会系が仕切っている出し物のあるイメージが強いが、今日はちと毛色が違う。
 道場の前に出ている立て看板には『社交ダンス&立食パーティ』とあった。主催するのは社交ダンス部である。体育会系と言われればそうかもしれないし、文化系と言われても納得はゆく部だ。
 道場の壁際にはいくつかテーブルが並べられ、軽食やドリンクが用意されている。取り分け可能なように、割り箸と紙皿もちゃんとある。
 テーブルの回りでは、紙コップや紙皿を手に友だちや恋人などと歓談する生徒たちの姿が見受けられる。だが歓談しながらも、視線はちらちらと道場の中央部に向けられている。
 中央部では流れる音楽に合わせ、社交ダンスを踊っている面々が何組も居た。その多くは制服姿や普段着だったりするが、中にはそれ用の衣装を身にまとっている者たちも居る。恐らく社交ダンス部の部員の自前か、気分を出すために貸し出している衣装であるのだろう。
 そんな中にあって一際目立つ、あるいは一際目につく女子生徒の姿があった。
 目立つと言ったのは、その女子生徒――来城圭織の格好である。圭織は制服姿でなく衣装を借りていたのだが……何故か明治の華族の娘を思わせるようなドレスを身にまとっていた。この写真を撮ってセピア色に画像処理して、鹿鳴館の写真と偽っても別に違和感ないのではという感じだ。
 そして目につくと言ったのは、優雅に社交ダンスを踊りながら圭織が次々と相手を変えていたことである。客観的に見ても、いい男いい男の方へと。ただでさえ格好で目を引いていたのだから、目につかないはずがなかった。
 やがてちょうど曲が終わった瞬間、道場内が少しざわつき空気が張ってきた。
「あ、生徒会長だ」
「遊びに来たのかな」
「違うよ、見回りだろ」
 ひそひそとそんな会話が聞こえてくる。面白いタイミングで、繭神陽一郎が道場に姿を現したのだ。
(あら……)
 陽一郎の姿が目に入った圭織は、くすっと笑みを浮かべてから自らのドレスのスカートを摘んだ。そして陽一郎の方に向かって、うやうやしく頭を下げてみた。
(せっかくだし、気分を出してみなくちゃ)
 それらしい格好なのだから、それらしい行動を取ってみるのも出し物を盛り上げる要因の1つである。実際、そういう圭織の姿を見て真似る者が何人か出てきたのだから。
 何人もがそういうことをしていると陽一郎も当然気付く。陽一郎は少し苦笑いを見せてから、近くに居た社交ダンス部員にこう言い残して道場を去っていった。
「なかなか、らしい雰囲気があっていいじゃないか。最後まで気を付けてやってほしい」
 どうやら単なる見回りだったようだ。陽一郎が去ってから、少し張り詰めていた道場の空気が緩んだ。
「ああ……踊っていたらお腹が空いちゃった。それに重いのよね、このドレス。動きにくいし」
 次の曲が始まる前に、圭織はしずしずと壁際のテーブルへ下がった。圭織の言葉から判断するに、踊りが優雅だったのは重くて動きにくかったせいかもしれない。
 圭織がテーブルの方へ下がると、何人かの男子生徒がくっついてきた。圭織はそれに構わず紙皿を手に取ると、その上に食べ物を盛って……さらに盛って……まだ盛った。
「いただきまーす☆」
 紙皿の上は食べ物がてんこ盛り、笑顔で少しずつ綺麗に食べ始める圭織。その光景を見たくっついてきていた男子生徒たちは、一斉に回れ右をしたのだった――。

●待ち人来らず【5】
 時間は刻々と過ぎ、夕方も近くなってくる。3時のおやつのためか、軽く休憩を取るためか、座る場所のある喫茶系の出し物への客足がこの時間になって伸びていた。
 その中でも茶道部が営んでいた出し物が、頭1つ抜け出ていただろうか。本式の茶席コーナーと、和風喫茶コーナーの2つを設け、それなりに大きな規模であった。
 応対する部員たちも皆和服姿。希望者には和服の着付けを行うというサービスもあって、ただ出し物の規模を大きくしただけでなく、雰囲気作りの段階から成功しているように見受けられる。餅は餅屋、とはよく言ったものである。
「むー……」
 客の注文した飲み物を運び終え、一旦奥へ引っ込んだ天薙綾霞は思案顔をしていた。それも、ちと不機嫌そうに。
「あの……どうかしたの?」
 綾霞の表情が気になった女子部員が、少し躊躇しつつも声をかけた。
「えっ? ああ、少々遅いかなって……」
 ちらっと壁にかけてあった時計を見る綾霞。時刻はもうすぐ午後5時になろうとしていた。
「何が遅いの?」
「……姉さん」
 綾霞はそう答え、奥から顔だけ出して姉である天薙さくらの姿を探した。けれども、未だに姿を見せる気配すら感じられない。
「顔を出すとは言っていたんですけどね……」
 ふう、と溜息を吐く綾霞。まあ予想されていた範囲ではあったのだけれども。
「姉さんのことだから、たぶん好奇心に駆られて寄り道しているはずです」
 来るつもりではあっても、その途中で気を引くようなことに出くわすと、そちらの方へ足が向かってしまう。綾霞はそう理解していた。
 その綾霞の言葉は正しく、同じ頃さくらがどこに居たかというと――。
「ここで合ってますね」
 体育館の前、さくらは立て看板に記された文字をにこにこと確認していた。
 立て看板にはまず『在校アイドル&吹奏楽部コンサート』とあり、下の方に『夕方の部』とある。『夕方』の部分が貼り紙であったが、きっと剥がすと『昼』とあるはずだ。
 体育館ステージでは、少し前まで吹奏楽部やその他音楽系クラブなどによる演奏や合唱といったものが行われていた。いかにも学園祭らしい文化的な香りある出し物である。
 一転、夕方からは同じ場所で在校アイドルによるコンサートが開かれることになっていた。オカルトアイドルSHIZUKUこと瀬名雫をはじめ、何人かの在校アイドルが出演するということだ。これまた学園祭らしい出し物である。
 さくらは自分や綾霞と同級生であるSHIZUKUのステージが間近だと耳にして、こちらへやってきていたのだった。
「終わったら誘ってあげるのもいいでしょうしねえ……。綾霞もきっと喜んでくれますわ」
 そしてとことこと、中へ入ってゆくさくら。現在準備真っ直中のSHIZUKUに、一声かけてくるつもりのようだ。
 そういうことになっているとは露とも知らぬ綾霞は、さくらが来るのをとにかく待つしかなかった。その時、子供の泣き声が聞こえてきた。
「あ〜ん、ママどこ〜! ママ〜!!」
 すぐに奥から出てゆく綾霞。そこには幼稚園児くらいの男の子が、わんわんと泣きながら立っていた。
「迷子……ですね」
 綾霞はぐるり周囲を見回しながら言った。男の子が泣いているのに、駆け寄ってくるような客の姿はない。つまり、ここには男の子の母親は居ないということだ。
(どうしましょう)
 思案する綾霞。一応迷子の預かり場所は、校舎6階の生徒会会議室ということに決まっている。そこまでこの男の子を連れてゆけばいいだけなのだが、今は客の入りが多めでおいそれと出てゆけない状況だったのだ。
「ん、迷子か?」
 とそこに、別の声が聞こえてきた。和風喫茶コーナーで一服をしていた雄一郎が、帰ろうとしていた所だったのだ。
「あ、はい」
「ほらほら、男の子なんだから泣くと格好悪いぞー」
 綾霞の答えを聞くと同時かその前に、雄一郎はひょいと身を屈めて男の子の頭をがしがしと撫でていた。
「忙しいんだろう? 校舎行くついでもあるし、俺が連れていってやるよ」
 と言う雄一郎に対し、綾霞はその言葉に甘えさせてもらうことにした。
「よーし決定。さ、お兄ちゃんと行こうなー。すぐにママに会えるから泣くんじゃないぞー」
 雄一郎が男の子の手を引いて出ていった。

●心の底から燃えているかっ!?【8】
 午後7時半過ぎ、体育館のステージでは在校アイドルたちによるコンサートがまだ続いていた。始まったのは午後6時、開始時間が押すこともなくほぼオンタイムで進んでいた。
 残るステージはSHIZUKUのみ。暗転したステージ上では、今回のトリであるSHIZUKUのためのセッティングが行われている。
(パンフだと3曲予定だったな。さすがトリだよ)
 コンサートを見に来ていた雄一郎は、パンフに書いてあった予定を思い出しつつセッティングが終わるのを待っていた。ちなみに他の在校アイドルは2曲なので、SHIZUKUへの待遇の違いがこれで分かる。
 やがて暗いステージ上にセットされた各種楽器の前に、人影がやってきた。サポートメンバーが演奏準備に入った様子。ざわめく観客たち。
 やがて――ステージ両袖からドライアイスの煙が流れてくるのとともに、キーボードソロによるゆっくりとしたイントロが始まった。
「おお〜〜〜〜〜〜〜っ」
 沸き上がる観客たち。起こる拍手。キーボードによるイントロが8小節終わった所で、まずドラムが入ってくる。また観客は沸き上がり、拍手も起こる。
 さらに8小節進んだ所で、キーボードの音に変わってエレキギターの荒々しい音が入ってきた。観客はますますヒートアップ。
 と、突然ステージがまばゆい光に包まれたかと思うと、ステージ袖から可愛らしい衣装に身を包んだSHIZUKUが勢いよく飛び出してきた。
「アーユーレディーーー?」
「イエーーーーーーーーーーーーーッ!!」
 SHIZUKUが客席に向かってマイクをかざすと、もう観客の興奮は最高潮。多くの観客がこぶしを突き上げていた。
「みんなーっ、おまたせーっ☆ それじゃっ、短いけど最後までいっくよーっ!!」
「うぉーーーーーーーーーーっ!!!!」
 いやはやSHIZUKU、何とも観客をのせるのが上手いことである。
 1曲目にはアップテンポで激しく、それでいて盛り上がる曲を持ってきていた。観客も受けもよい。
 そんな中、何かに気付いてひそひそと会話している者たちが居た。
「おいっ、あれ……うちのクラスの、じゃないかっ?」
「だよな。何でキーボードやってんだ?」
 この2人、キーボードの前に居る者が気になっている様子。そこに居たのは――何故かステージ衣装を身にまとったさくらであった。しかも、初っ端から非常にノリノリの様子で。
 きっと普段のさくらを知る者なら、こんな活動的なさくらには違和感を感じることであろう。
「おっ。キーボード、アドリブ入れてきたか。って、ギターもだ」
 よく耳にしたことのある曲だったからだろうか、雄一郎はさくらがアドリブを入れてきたことに気付いた。それに対抗するかのごとく、ギターもアドリブを挟んでいた。観客はアドリブの応酬に大喜びである。
 SHIZUKUのステージは3曲あっとい間に過ぎてゆき、非常に盛り上がったまま終了した。
「みんなーっ、どうもありがとぉーーーっ☆」
 一旦ステージ袖へはけるSHIZUKUと、さくらを含むサポートメンバーたち。少しして、今日の出演者全員がぞろぞろとステージに出てきた。観客から大きな拍手と声援が沸き上がった。
 そして出演者全員で校歌を歌い――在校アイドルたちが順番にメインボーカルを取ってゆくのだ――最後には観客も含めた全員での合唱となって、無事にコンサートの幕が閉じたのだった。
 終了時刻は午後8時、これで初日のメインとなる出し物が終わったと言っていいだろう。

●今そこにある危機【10A】
 14日、学園祭2日目。今日のメインテーマは『演劇祭』である。
 この日、シュライン・エマは危機に立たされていた。まさに今そこにある危機だ。
「さーて、お名前は?」
「え、ああ、シュライン・エマ……です」
 マイクを突き付けられ、とりあえず名前を名乗るシュライン。場所は屋上である。
「さてさて、シュラインさんはどーゆーことを叫んでくれるのでしょーかっ! 地上の民よ、楽しみに待つがいいーっ!!」
「おーっ!!」
 司会者らしき男子生徒の煽りに、沸き上がるのは地上で見ている観客たち。屋上では今、生徒有志による『大声コンテスト』が行われている所であった。
「……あいつ、何やってんだ?」
 呆れ顔で地上から屋上を眺めていたのは草間である。呆れるのにも理由があり、実はこのコンテストは叫ぶテーマが決まっていたからだ。
 そのテーマとは『今、好きな事(者)は?』で、参加者はそれを叫ばなければならないのである。ちなみに声量も測定されていたりする。
(何やってんのかしら、私……)
 呆れているのはシュラインも同様。そもそも、コンテストが行われていると知ったのは屋上に来てからである。
 屋上に来たのも、元を辿れば十三が中心となって動いている『ロシアンたこ焼き』にやられてしまい、休憩する場を求めてのことだった。そうしたら、この次第。あまりにも予想外の展開であった。
「大丈夫なのかな……」
 地上には深雪の姿もあった。シュラインの様子が気になって、少し探していた所でこの場面に出くわしたのだ。けれども表情が少しわくわくしているように見えるのは……気のせいということにしておこう、うん。
(うう、お腹痛い……)
 お腹に手をあてるシュライン。ちくちくと刺すような痛みがやってきた。
「それではお願いします!!」
 司会者の男子生徒がシュラインに促した。覚悟を決め、軽く息を吸うシュライン。そして叫ぼうとした瞬間、さらに激しい痛みがやってきた。
「…………!!」
 シュラインの喉が震えた。だが、周囲にはまるで音は聞こえない。
「……何か耳が変だな」
「んー……あれ……何か変……?」
 その頃地上では、不調を口にする者がちらほら現れた。屋上は屋上で、ちと慌ただしくなっている。
「測定不能? おい、壊れたんじゃないか?」
「音響の方もチェックしてくれ! 何か変だぞ!!」
(今のうちに……)
 慌ただしくなった隙に、そそくさと逃げ出すシュライン。実はシュライン、腹痛のせいもあって咄嗟に人間の可聴域ではない音域の声を出してしまったのだ。
「わーっ、鳥が落ちてきたーっ!!」
 なお、シュラインが何と叫んだかはご想像にお任せする。

●最後尾はこちらです【11】
 学園祭3日目の15日。学園祭中日のメインテーマは『同人誌即売会』である。……誰が設定したのか、非常に謎であるのだが。
 ともあれこの日はメインテーマがメインテーマなだけに、客層がちと前2日とは異なっていた。
「開場前てェのに、この行列はなァ……」
 サークル棟へ向かおうとしていた十三は、校庭に並ぶ長蛇の列を目の当たりにして呆れたようにつぶやいていた。
「ま、この客入りなら延長した甲斐があるッてもンだ」
 ニィと笑みを浮かべる十三。本来『ロシアンたこ焼き』は初日だけの予定だったのだが、好評につき2日目も延長し、それでもなお客足もよかったので、結局最終日まで行うことにしたのである。
「うあ〜〜〜〜ッ……と。くそ、レンタル延長手続きのせいで眠いぜ……」
 おおきなあくびをした十三は、眠い目を擦りながらサークル棟へ向かって歩き出した。
 さてその時、長蛇の列には生徒会や風紀委員会の目が光っていた。無論、トラブルなどないように見張るである。
「……何やってるんです」
 たまたま風紀委員たちの様子を見に来ていた陽一郎は、行列の中に雄一郎が居るのを発見した。
「見て分かるだろう。並んでる」
「いや、そうでなくて」
「歴史ブースに用事があってな……。で、いつ入れる、これ?」
「しばらくはかかるでしょうね。まあ、凄い人ですからお気を付けて」
 陽一郎は雄一郎とそんな会話を交わすと、列に沿って前の方へ歩いていった。
 と、途中に何故か詠子も並んでいるではないか。
「……ここで何やってる」
「ん? 見て分かるよね。並んでるよ」
 何かどこかで聞いたばかりのやり取りである。
「何かね、『ぼーいずらぶ』とかって本があるって聞いて。見てみようかなって」
「…………」
 陽一郎は詠子の言葉を聞くなり、何も言わずに立ち去っていった。というか、誰が詠子にそんなことを教えたのか非常に謎である。
 なお詠子、結局『ぼーいずらぶ』なる同人誌は見付けられなかったようだ。その代わりに、大量に同人誌を押し付けられたらしいが……読んだかどうかは定かではない。

●真夜中にやれること【13】
 さて、3日目も無事に終わった真夜中のこと。人気のなくなった校舎の前に、3つの影が立っていた。
「そろそろ始めよう」
 そう言ったのは白衣姿のレイベルである。よく見れば白衣には『DOCTOR』の文字が記されている。まあその前に何故か『WITCH』ともついている訳なのだが。
「人が居ない今のうちに、だな」
 そう言って頷くのはクミノ。隣にはすばるの姿もあった。
「夜間でないと出来ないこともあるのである」
 すばるが校舎を見上げて言った。はて、いったい何をするつもりなのだろう。
「体力勝負になるかもしれない。けれども……やりがいはある。さて、これからどうする?」
 レイベルが他の2人に尋ねた。どうやらこの場における中心人物はレイベルのようである。
「私は科学部の喫茶店を最初に見てこようと思う。裏方として手伝っていることもあるから……見ておくのは当然だろう」
 クミノの行き先はもう決まっている模様。
「すばるは適宜、目についた所から清掃するつもりだ。こうして用意もしてある」
 と言い、すばるがほうきとモップをどこからともなく出してきた。
「無駄があれば『オッカムレイザー』で……」
「決まったな」
 すばるの言葉に割り込むように、レイベルが言った。
「じゃあ、『治療』を始めようか……」
 レイベルのその言葉をきっかけに、3人各々バラバラに動き出す。無論必要ならば、3人集まって動く用意もあっての行動だが。
 次の日、登校してきた生徒たちが壊れた箇所が修繕されていたり、特に汚れてはいなかった場所まで綺麗になっていたのを見付けて不思議がることになる。だがそれを誰がやったのか、知る者は居ない――。

●行き先は間違えないように【15】
 16日、ついに学園祭も4日目。この日のメインテーマは『格闘祭』である。
「ねえ、チョコ。『異種格闘大会』に興味ある?」
 草間の姿を見付けたシュラインは、そんな質問を投げかけていた。
「言っておくが、そんなもん出ないからな」
「いやいやいや、出るんじゃなくて。その、これ」
 と言ってシュラインが草間に見せたのは、道場で行われる『異種格闘大会』のチケットであった。きっちり2枚。
「ちょっと成り行きで購入しちゃって……。昨日送ってくれたお礼もあるから」
「ふーん。ま、いいや。見るんなら行く」
 こうして道場へ向かうことになった2人。同じように道場へ向かう者たちの姿は少なくない。その人の流れの中には、雄一郎の姿もあった。
「ああ……腕が鳴るなあ」
 嬉々とした様子の雄一郎。まさかとは思うが……出るつもりなのだろうか?
「パンチングマシーンも久々だし」
 あ、同じく道場でやっている『パンチ力選手権』に出るつもりらしい。ということは、この人の流れは『異種格闘大会』だけでなく、そちらへ向かう者たちも含んでいるのだろう。そりゃあ人も多くなるはずだ。
「おっとっと……危うく流されちゃう所だったわ」
 道場へ向かう人の流れから、慌てて抜け出してきたのは圭織であった。人が多いから、ぼうっとしてるとついつい流されてしまうのだ。
「ええと、『本格英国喫茶店』は図書室だからー」
 きょろきょろと方向を確認し、校舎へ向かって歩き出す圭織。図書室は校舎6階だ。
 ……一応言っておくが、『本格英国喫茶店』は格闘とは全く関係ないので念のため。

●ジャンボ屋台の一角で【17】
 同日夜になると、校庭にジャンボ屋台が登場していた。ジャンボ屋台といっても屋台がジャンボなのではなく、その量がジャンボであるのだ。普通で30人前くらいあるのに、さらに大盛りにも出来るというのだからとてつもない。
「あー……食った食った」
 とある屋台から、雄一郎が膨らんだ腹を撫でながら出てきた。その屋台では、ざわつきが続いていた。
「うわ、すげ……1人で平らげたぞ、お好み焼き」
「どういう胃袋してんだ……?」
 えー……詳しいことを突っ込むのはやめておこう。いや、だって何か怖いし。
「チョコ大丈夫……?」
「見るのもやめときゃよかったよ」
 心配するシュラインに対し、すねた口調で答える草間。草間の顔にはぺたぺたと絆創膏が張られていた。
「ふーむ。経過は良好らしい」
 草間たちが通り過ぎるのを眺めながら、レイベルがぼそりとつぶやいた。視線は草間の顔に向いていた。
 ジャンボ屋台の一角に、レイベルは保健室出張所を設営していた。馬鹿食いして倒れる者が出るだろうと思って設営したのだが、その考えはとても正しかった。頻繁にではないが、運んで来られる者はやっぱり居たのである。
 また、ここに居るとちょっとおまけもあるのだ。各種ジャンボ屋台から、作って微妙に余った分が差入れとして回ってくるのである。いやあ、役得役得。
 とそこに、詠子を肩に抱えたすばるがやってきた。
「怪我人である」
 淡々と用件を告げるすばる。そして詠子を、レイベルの前に座らせた。
「大丈夫だって、このくらい」
 詠子はそう言い立ち上がろうとするのだが、すばるがぐいと肩を押さえてそれを阻止した。
「なるほど、擦り傷か」
 詠子の膝を見て、レイベルが言った。擦りむいた膝から、確かに血が出ていた。
「ではよろしく頼む」
「ちょっと待った」
 立ち去ろうとするすばるを、レイベルが呼び止めた。
「その、首からかけている札は……何だ?」
「怒られたのである。先生と風紀委員と生徒会役員に」
 すばるが淡々と答えた。説教のトリプルコンボを喰らったすばるがかけていた木の札には、『私は廊下を暴走していました』と記されている。
「何をした?」
「心霊写真コンテストの現場リポーターとして、カメラとともに走っていただけだ」
「速度は?」
「データ消失である」
 うわ、答えないよ、この人。
「ではよろしく頼む」
 すばるは詠子をレイベルの元に残し、足早に立ち去っていった。
「こらーっ! そこのもぐり屋台!! おとなしく止まりなさいっ!!」
 遠くの方で、風紀委員がもぐりの屋台を追いかけている声が聞こえてきていた。こういう慌ただしい光景が見られる日々も、とうとう明日で最後である――。

●ニューヨークへ行きたいかぁっ?【20】
 17日、学園祭5日目――最終日。学園祭フィナーレとなるこの日、メインテーマは存在しない。が、メインテーマの代わりにメイイベントがある。それが『学園探訪ウルトラクイズ』である。
 学園祭の全会場を舞台とし、参加者はクイズを求めて学園中を走り回るのだ。試練を乗り越えクイズに正解すれば、ポイントカードにスタンプ1つ。スタンプの数で勝敗が決定するのである。
「クイズー! クイズはどこだーっ!!」
 クイズを求め、叫ぶ者の姿がある。クイズも簡単に見付かる訳ではない。まずは『クイズ有ります』ステッカーの張られた出し物やアトラクション、人物を探す所から始めなければならないのである。叫びたくなる気持ちも、分からないではない。
「うわ、面倒……」
 ルールを再確認し、溜息を吐く圭織。圭織もこの『学園探訪ウルトラクイズ』に参加していたのである。
(そういうルールなら、効率よくいく必要があるかも)
 だが圭織の頭の切り換えは早かった。探す場所が密集している所、そこからローラー作戦でゆこうと考えたのだ。
 で、真っ先に思い付く場所は――。
「やっぱり校舎?」
 圭織の足が校舎へ向く。屋上を筆頭に、各種特別教室だってある。クイズを隠すにはもってこいの場所ではないか。
 だがこの時、先に校舎の階段を昇っている者が居た。やはり『学園探訪ウルトラクイズ』に参加していた雄一郎である。
(やっぱり気になるんだよな……)
 雄一郎はぼりぼりと頭を掻きながら、6階目指して階段を昇っていた。

●おとぎ話【21】
 校舎6階、生徒会室。扉の前に立っていた雄一郎は、少し躊躇する素振りを見せてから、生徒会室の扉を叩いた。
「どうぞ」
 中から陽一郎の声が聞こえてきた。雄一郎は扉を開けて中へ入っていった。
「失礼する」
「おや……何か?」
 じろりと雄一郎に目をやる陽一郎。机の上には食べかけのたこ焼きの容器が置かれていた。
「食事中に悪かった」
 そう言い、雄一郎はスタンプカードを見せた。『学園探訪ウルトラクイズ』のそれだ。
「ああ、クイズですか。残念ながら、ここはハズレですよ。ダミーなんです」
 ニヤリと笑って陽一郎が答える。それを聞いたのは雄一郎だけではなかった。
(えっ、ハズレありっ?)
 生徒会室の外、扉に耳を当てて圭織が様子を窺っていたのである。もっともそれを聞いた途端、別の場所へ向かっていったのだが。
「……これは口実」
「え?」
 スタンプカードを仕舞う雄一郎に対し、陽一郎が微妙な視線を向けた。
「繭神、もう1度聞きたい。何故、巡回する風紀委員たちの姿が多いんだ?」
「ですから言ったじゃないですか。近頃物騒で……」
「本当の理由を答えてほしい」
 雄一郎が陽一郎をまっすぐ見据えてきっぱりと言った。沈黙が生徒会室を支配する。
「……答えないと帰る気もないようですね」
 先に沈黙を破ったのは陽一郎の方であった。
「これですよ。これを探してもらってたんです。正確には、『変わった物を見付けたら連絡してほしい』と指示しただけですがね。拾い集めたのは、わたし1人です」
 と言って陽一郎が出してきたのは、ずっしりと中身が詰まって少し重そうな布の袋。中から出てきたのは、大量の綺麗な淡い小石であった。
「この小石は……?」
「面白いおとぎ話をしましょうか」
 陽一郎は雄一郎の質問に答えず、別の話をしようとしていた。雄一郎が何も言わなかったので、陽一郎はそのまま自分の話を続けた。
「昔、ある大きな石を挟んで2つの存在がありました。1つは石によって封じられた存在。そしてもう1つは、その封じられた存在を見張り続ける存在。さて、この2つの存在に優劣はあると思いますか?」
 陽一郎が不意に質問を振ってきた。
「普通に考えるなら、見張る方が優勢……なのか?」
「ええ、普通はそうでしょう。でも、それは違いますね」
 陽一郎が雄一郎の答えをきっぱりと切り捨てた。
「わたしに言わせれば、どちらも封じられた存在なんです。封じられた存在は石によって、見張る存在はその封じられた存在によって……どちらも封じられたんですよ、長く、とても長く。どちらの存在も、そこから逃れることは許されない……」
「……まさか?」
 雄一郎は小石の山と、陽一郎の顔を交互に見た。
「おとぎ話だと言ったでしょう。ただしそのおとぎ話、近いうちに結末が生まれると思いますがね」
 ニヤリと笑みを浮かべる陽一郎。その笑みは、とても意味深であった。
「忙しいんです。そろそろ出ていっていただけますか?」
 陽一郎は静かに雄一郎に言い放った。

●後夜祭にて【24】
 17日、夜。最後の1つを除いて学園祭の全てのプログラムは終了し、校庭で後夜祭が行われていた。
 校庭の中央には、辺りを赤く彩るファイヤーストーム。赤く彩るのは何も景色だけではない。ファイヤーストームを囲む生徒たちの姿も赤く彩っているのだ。
「楽しかったですわね……まるで夢のような5日間」
「ええ、本当に」
 遠くまで伸びるファイアーストームの赤い光を浴びながら、そんな会話をしていたのはさくらと綾霞だ。
「でも姉さん。この写真は……」
 と言い、1枚の写真をさくらに見せる綾霞。それはさくらが初日の在校アイドルコンサートのステージで、異様に弾けている様子であった。ちゃんとステージ衣装まで身につけている。
「あらまあ。いつの間に」
 にこにこと、特に気にする様子もなく答えるさくら。
「週明け、大量に出回っているような気がするんですけど」
 綾霞が明後日の方を向いて、ぼそっとつぶやいた。きっとその言葉は正しい。
「ああもう! あと2ポイントだったのに〜」
 そう叫びながら、ファイヤーストームへポイントカードを投げ入れる女子生徒が居た。圭織である。頑張ったものの残念ながら2ポイント差で、入賞を逃してしまったのである。
「……あれ見てると、何か悪い気がしてくるな」
 やや荒れ気味の圭織の姿を目にし、思案顔なのは雄一郎。こちらは逆に、ぎりぎりで入賞へ滑り込んだのである。
 雄一郎は圭織から視線を外すと、陽一郎の方へ目を向けた。特に変わった様子は見られないが……どうしても気になってしまう。
「これも不要である」
 圭織同様、ぽいっとファイアーストームに木の札を放り込んだのはすばるだ。『私は廊下を暴走していました』と記された札が、炎に包まれ燃え上がる。
「……ようやく学園祭も終わるか」
 校庭の端に臨時の救護所を設営していたレイベルが、ファイアーストームの明かりを見ながらしみじみとつぶやいた。
「すみませーん。転んじゃって……」
(私の仕事はまだ終わらないようだが)
 ひょこひょことやってきた怪我した生徒を見て、苦笑するレイベル。こういう仕事だけは、最後まで忙しいようである。
 恐らくは十三や深雪も、どこかでこの明かりを見ているのかもしれない。
「あれ……? どこ行ったのかしら、チョコ」
 その頃シュラインは、草間の姿を探して校舎の階段を昇っていた。人目を避けて雲隠れしているのかどうなのか、草間の姿が見えないのだ。
 やがて屋上に着くと、何のことはない、草間はそこに居た。それも、詠子の姿も草間の向こうに見えていて。
「……何してるの?」
 訝しみ、草間に尋ねるシュライン。草間はしれっと答えた。
「いや、何。ここで1人でぼうっとしてるのを見付けたからな。行かないのかって、声をかけてたとこだ」
「そういうあんたが来てないでしょーが」
 シュラインがきっぱりと突っ込んだ。草間が苦笑いする。
「じゃ、一緒に行きましょ」
「……ボクは後で行くよ」
 シュラインの誘いに、詠子はそう答えた。もう1度誘ったが、やはり答えは同じ。仕方なく、シュラインは詠子を残して草間とともに屋上から立ち去った。
「ね、チョコ」
 階段を降りながら、シュラインが草間に尋ねた。
「何だ?」
「チョコは学園祭……楽しめた?」
「……まあ、それなりにな。そっちはどうなんだ」
「んー……やっぱり、それなりに? でも……何かもう、学園祭って来ないんじゃないかな……なんて、ね。もう終わっちゃうから、そう感じるだけなのかしら」
 くすっと笑うシュライン。
「だといいよな」
 草間はただ、そうとだけ答えた。表情を変えることもなく。

●存在 ―覚えていてくれますか―【25】
「あはは……皆、おかしいや……」
 1人屋上に残された詠子は、フェンスにもたれかかりながらつぶやいた。
「ボクのこと、受け入れてくれてるし……。……ボクの正体知っても、同じように接してくれるのかな……」
 自嘲気味な笑みを浮かべる詠子。
「楽しいや……とっても……楽しかったよ……うん……」
 フェンスを離れ、詠子は大きく伸びをした。
「けどもう、それも終わりだね。もっともっと『学校』のこと、ボクは知りたかったけど……もう、誰かさんはそれを許してくれないみたいだし」
 てくてくと階段のある方へ向かって、詠子が歩き出した。そしてふっと足を止め、別の方角に顔を向けた。
「9月30日。これがボクの最後の日、だって。ねえ……それまで見ててくれるかな?」
 詠子が見た方向、そこにはクミノの用意したカメラが詠子のことを捉えていた。
「…………」
 学園某所より機器を通じて今の様子を見ていたクミノは、無言で頷いていた。詠子にはそれが伝わっているかは分からないけれども。
「ボクの存在。皆、覚えていてくれるかな。日々のことも、海キャンプのことも、この学園祭のことも――全部。全部、覚えていてくれるといいな。だったら……ボクは嬉しいな……」
 そして、屋上より詠子の姿も消える。しばらくして、校庭よりアナウンスの声が聞こえてきた。
「これをもちまして、本年度の神聖都学園学園祭の全てのプログラムを終了いたします。5日間お疲れ様でした。生徒の皆さんは楽しい想い出を胸に抱いたまま、速やかに帰宅の途についてください。繰り返します。これをもちまして、本年度の神聖都学園学園祭の全てのプログラムを終了いたします――」

【PRESENCE ―存在― 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                 / 性別 / クラス / 石の数 】
【 0060 / 渡橋・十三(とばし・じゅうぞう)
                  / 男 / 3−A / ☆02 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
                  / 女 / 2−A / ☆01 】
【 0174 / 寒河江・深雪(さがえ・みゆき)
                  / 女 / 2−B / ☆00 】
【 0606 / レイベル・ラブ(れいべる・らぶ)
                  / 女 / 2−C / ☆00 】
【 1166 / ササキビ・クミノ(ささきび・くみの)
                  / 女 / 2−C / ☆00 】
【 2072 / 藤井・雄一郎(ふじい・ゆういちろう)
                  / 男 / 3−B / ☆00 】
【 2313 / 来城・圭織(らいじょう・かおり)
                  / 女 / 3−B / ☆00 】
【 2335 / 宮小路・綾霞(みやこうじ・あやか)
                  / 女 / 2−C / ☆01 】
【 2336 / 天薙・さくら(あまなぎ・さくら)
                  / 女 / 2−C / ☆01 】
【 2748 / 亜矢坂9・すばる(あやさかないん・すばる)
                  / 女 / 2−A / ☆00 】



●【個別ノベル】

【0060/渡橋・十三】
【0086/シュライン・エマ】
【0174/寒河江・深雪】
【0606/レイベル・ラブ】
【1166/ササキビ・クミノ】
【2072/藤井・雄一郎】
【2313/来城・圭織】
【2335/宮小路・綾霞】
【2336/天薙・さくら】
【2748/亜矢坂9・すばる】