●「学園祭」 オープニング
学園祭、と言う事で賑やかな気配が隠し切れない神聖都学園の敷地内。
その一角。
風紀委員詰所(準備中)にて。
溜息を吐いている風紀委員の学生がひとり居た。
彼と話しているのは三年の学生。その学生当人は風紀委員でも風紀委員に目の仇にされる問題児でも無いが…諸々の事情により風紀委員の面子とはかなり顔馴染になってしまっている相手である。
学生の名前は真咲御言。
風紀委員は重々しく口を開いている。
「…困るんですがね…」
「悪いな。…ほんの僅か目を離した隙の事だったんでね。言い訳の余地は何も無い」
「こんな時に貴方の目が離れたらそれこそあの真咲穣太郎君は何処で何をしているかわからないじゃないですか…普段から平気で校則破ってふらふらしてるのに、ここぞとばかりに資料室とか機械室に行ったりしたらどうするんです? 元々あれだけの忍術使いなんですから我々でどうにかするのもかなりの手間になりますし…ああ、忍術使いと言うより野生児と言った方が正しいですか。うーん…何処で誰に御迷惑を掛けてしまうかもわかりませんね…。ったく…学園祭ともなればこちらもこちらで色々と神経を尖らせてなければならない事が多いんですよ。なのによくも余計な厄介事を持って来てくれましたねぇ、お兄様?」
「ま、確かに反論は出来ないが。でも報告は必要だったろう? …知っているといないとでは随分変わって来る。風紀委員としては余計にね。違うか?」
「まったくその通りですが。…ただ、風紀委員としてはその話を伺ってもあまり人手は割けませんが」
「わかってるさ。本来なら俺だけで捜すと言いたい。ただ、この状況でひとりだと単純に手が足りないと言うのはあってね。兄貴も弟も妹も学祭の準備に追われているようだし頼れない」
「でしょうね。…駄目元で生徒たちから有志でも募ってみますか?」
「頼めるか?」
「…積極的に手伝って頂けるような手が空いている方が居なくとも、風紀委員で声を掛ければ…見掛けたかどうかの情報くらいならそこそこ集められるでしょう。…あの真咲穣太郎君をお目付け役無しで放置したままにしておくのは学園としても困りますからね。そのくらいの手間は請け負いましょう?」
ここを情報拠点にして差し上げますよ。
「恩に着る」
「まったく…本当に、真咲の末弟は月神さんや草間君に次ぐ厄介な生徒ですよ…」
「………………本当に厄介なのは兄貴だと思うがね」
「え?」
「いや。…宜しく頼むよ」
■■■
風紀委員詰所(準備中)でそんな出来事が起きている頃。
…真咲御言の在籍するクラス、3−Cの教室前廊下の窓際。
部の出し物の準備で忙しい筈のその兄、真咲誠名がひとりの女子生徒――鍵屋智子とのほほんと佇んでいた。
有態に言うとサボりである。
ちなみに鍵屋の方は原稿用紙の分厚い束らしきものを持っている。…何かの準備の途中ではあるようだ。
「…先刻、真咲御言が人を捜してる風だったけど、貴方じゃないの?」
「御言が?」
「ええ。人捜し風に自分のクラスに戻って来るなんて、貴方を捜していた以外考えられないじゃない。真咲誠名」
「…鍵屋ちゃんが居るから俺よく遊びに来るもんね」
「もっとも、すぐに何処か行っちゃったけど」
「…穣太郎でも逃がしたかな?」
ま、いつもの事だけど、と誠名は特に慌てた様子もない。
鍵屋はじろ、と誠名を見る。…穣太郎。その名はちらほら耳にする。風紀委員から目の仇にされている真咲の――この誠名の末の弟。確かに、主にそちらの面倒を見ているのは次兄の御言と言う話だが。
「…貴方は捜さなくて良い訳?」
「穣は御言の管轄。俺なんぞは手を出さない方が最後にゃ上手く行くんでね。放っといた方がいーの」
「そう言うものかしら。…まぁ、家庭の事情に立ち入る気はないけれど。それより!」
「ん?」
「この論文の何処に文句を付けるのよ!」
「いや、これ下手打つと絶対白けるし。今回の学園祭、その筋の論客も呼ばれてるんでしょ? 我らが鍵屋ちゃんを晒し者にする訳には行かないじゃない?」
「だから何処が貴方にとって問題と思えるのか聞いているんでしょ!」
「あら殊勝」
「折角この私が聞いてあげようってのにその態度な訳?」
「…そっくりそのまま返していい?」
「喧嘩でも売る気!?」
「今の俺で喧嘩を売ってるとするとその論文発表自体がゴングになっちゃうと思うけど」
質問の時間とか、想像すると怖いよ。
「確かに…」
やれやれ、とでも言いたげに鍵屋は溜息を吐く。…その予測は、物凄く現実味がある。そのくらいの自覚はある。
同時に誠名も溜息を吐いていた。
「…繭神、そろそろテンパってるだろーなぁ…」
が、こちらは何やら言っている事が変である。
「繭神? 生徒会長がどうしたのよ。そう言えば最近あの男も行動が妙に強硬だけど。特に月神詠子に対して…じゃない、こちらを無視するんじゃないわよ真咲誠名っ!」
「…なぁ、鍵屋よ」
「…何よ」
「お前さんは何処に居ようとそのままなんだろーな」
「当たり前でしょ。私は私に決まっているわ」
「そう言える強さは重要だよな。例え自分が『何』であっても。自分を自分のものにしてさえ居りゃ良いんだよ」
「…何かあった訳、真咲誠名?」
「いや。…月の光に囚われたままと解放されるのと――本当は、どちらが良いのかと思ってね」
「何の話?」
「月の光は儚い光。夜にしか現れぬ幻影の姿。確かなものじゃないと思った方が良い。…西洋では月の下で眠ってはいけないって言い伝えがまことしやかにありやがるしな。囚われ過ぎて良い事は無え。だからって無かった事にするにゃ存在が大き過ぎる。隠された意味は月を介する事も多い」
「…また始まったわね。訳のわからん講釈が」
「月の光を不用意に浴びて眠ると死ぬんだよ。そういう言い伝え、知ってる?」
「無論よ。珍しく…頭の硬い連中さえ本気で議論していた、と言う過去の記録もあるくらいの話だものね」
常識として知っていて当然でしょ、と鍵屋は胸を張る。…鍵屋智子の追い求めている道では確かに常識なのかもしれない。ただ、それを他の人間に求めるのはちょっと難しい話題だ。
それを承知の上で、誠名はあっさりと話を続ける。
彼は鍵屋の理論の数少ない理解者でもあり、普通に話が通じる珍しい相手だったりするのだ。
だからこんな風に廊下でのほほんやってられるとも言うのだが。…ちなみにサボっている事はわかっても、サボっている面子が面子なので気軽に声を掛けられない――注意する度胸が無い生徒が近場をどれだけ通りすがっているかわからない。関り合わない方が得策。そう思われている節がある。
「…その話を借りて言うなら、『あいつ』は本心では『死にたい』のかもしれないな」
「………………貴方の比喩は理解しない方が良さそうね」
「ああ。特に鍵屋ちゃんみたいな立場の場合はね。忘れた方が良い」
「だったら話さないで」
「それもそうだ」
「…話を逸らす為にやってるとしか思えないわね」
「んじゃそれで納得すればいい」
「…相変わらず気に食わない奴」
「ああ、良ければ論文預るけど?」
「何ですって?」
「穏便に済むように添削入れとく」
「誰が頼むのよ誰が!!」
鍵屋はふん、とこれ見よがしにそっぽを向く。
誠名はくすくす笑いながら肩を竦めた。
…だが、鍵屋がむくれているその脇で、誠名はすぐに真顔に戻っている。
鍵屋はその顔を見ていない。
「………………お前のやり方は見ていて痛いんだよ。繭神」
誠名の発したそんな微かな呟きも、鍵屋の耳に入る事は無かった。
●ライターより
…終盤に差し掛かったところでダブルノベル突発的に割り込んでみました(おい)
折角、学園祭と伺ったので少し掻き回しに(いきなり迷惑)
幻影学園奇譚は初参戦(…今頃)で同時にラスト参戦になるような気がしますが…。
お気が向かれましたらどうぞ宜しくお願いします。
元々風紀委員にとっては悪名高い『放浪する野生児』こと真咲穣太郎(真咲家の末の弟)が学園祭の準備中〜最中に掛けてひとりでふらふらと各所を飛び回っています。何処でどう迷惑を掛ける事になるかわかりません。
兄の真咲御言の、風紀委員(有志の皆様)への依頼通り、探して、良ければ(出来れば)捕まえて下さい。学校敷地内の何処かに居る事は確実です。好奇心旺盛なので、賑やかそうなところや面白そうなところ、もしくは普段隠されているところ、禁止区域等に行きたがるかもしれません。変な物を集めて持っている可能性もあります。
また、その過程で、オープニング後半にある鍵屋智子と絡んだ真咲誠名のぼやき(…)で察する事が出来るように、繭神生徒会長(と月神詠子)に関する『何か』――に巻き込まれますので、御注意下さい。
このノベルは、オープニング前半にある御言の依頼こと穣太郎捜しを主軸に、オープニング後半の誠名の発言をヒント(って難易度高いかもしれません…)にした真相が絡んできます。
※ちなみに、このシナリオは学園祭グランドオープニングを前提にしています。プレイングの際はそちらの出来事も絡めて頂いて構いません。
取り敢えず狙っている傾向は「どたばたとシリアスの同居」です。
全体の流れとしては長閑→急転→刹那系になるかと。
勿論皆様のプレイングで色々と変わっては来ますが。
ひょっとすると戦闘も有り得ます。
そして戦闘になった場合は、誰と戦う事になるか、誰が敵に回るかはわかりませんので、その辺りひっそり覚悟しておいてやって下さい。
★幻影学園奇譚用のNPC設定は私の発注窓口のサンプルを御参照下さい(PCシチュエーションノベルと同じ窓口サンプルでもあります)。上から三人こと真咲穣太郎、御言、誠名までが確実に出ます。公式では繭神陽一郎、月神詠子は確実。他、状況次第で出たり出なかったり。
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