【タイトル】 SWINGU&スウィング
【執筆ライター】 夢村 まどか
【参加予定人数】 1人〜8人
オープニング /ライターより /共通ノベル /個別ノベル


●「学園祭」 オープニング

『音楽に、演奏に、炎に、あなたの思いと情熱を託してみませんか?』

 廊下に新しく貼り出されたチラシには、クラリネットを抱いて微笑む少女の絵
が描かれている。
 美少女萌えの人ばかりでは無く、通りすがりの人たちの、足を止める魅力がそ
の笑顔にはあった。
 心から幸せの表情で楽器を演奏する。
 何人かは、ふと思った。
 そういえば、自分もあんな顔をしているのかもしれない。
 大切な、そして大好きな楽器を演奏している時は‥。

『後夜祭のフォークダンス
 
 演奏するのは私たち吹奏楽部ですが、‥正直に言います。
 私たちも、折角の学園祭の最後のフォークダンスを踊りたいんです。
 そこで、一時でかまいません、演奏を変わってくださる方を募集いたします。

 楽器が得意な皆さん、ミニバンドを組んで演奏しませんか?
 日にちは学園祭最終日
 場所は校庭 後夜祭のフォークダンスパーティの会場です。
 みんなの為のフォークダンス2曲と、皆さんの好きな曲から2〜3曲を演奏し
て頂きます。
 ボランティアになるので、御礼は殆どできませんが、練習場所、楽譜その他、
必要なものはこちらで用意いたします。
 楽器と皆で演奏したい心だけ、皆さんでご用意ください。

 もちろん、演奏後はフォークダンスに混ざっていただいてもかまいませんし、
そのまま私たちとの演奏にジョイントして頂いてもかまいません。
 学園祭の最後を飾る一時を、音楽と、皆さんと共に‥
 参加をお待ちしています。      吹奏楽部部長』
 
 折角の学園祭
 折角の学校生活
 最後に、皆と一緒に青春するのも悪くない。

 そう思ったあなたは、待ち合わせ場所の中庭に急いだ。
 手には愛用の楽器を持って‥




●ライターより

 最後の最後になりましたが、皆さんと一緒に学園祭に参加させていただきま
す。
 今回主となるのは、楽器の演奏を趣味、得意とする方です。
 そうでない方の参加も歓迎ですが、その場合は裏方だったり、演奏をする方と
のからみ的な描写になると思います。

 演奏に参加される方は
 1、何の楽器を演奏するか?
 2、どんな曲目を演奏するか?(フォークダンス曲&好きな曲)のタイトルを
お書きください。
   (タイトルや歌詞は書けないかも知れませんが、その曲のムードを描写い
たします。)
 3、どうしてその楽器がすきなのか、みんなと演奏して、どんなことを思う
か?

  などをお書きくださると幸いです。
  ちなみに楽器に制限はありません。管楽器と弦楽器、三味線とバイオリン、
和太鼓とフルートのコラボレーションなどがあってもステキだと思います。
  みんなで、青春しましょう♪

 よろしくお願いいたします。



●【共通ノベル】

金色の鏡のように月は学園を照らし出す。
『最後の学園祭‥ 最後の夜‥ 最後の炎‥か‥』
どこからか、そんな呟きが聞こえたような気がした‥

後夜祭。それは学園祭の最終日。
みんなで計画し、準備し、実行してきた長い長いお祭りの最後を告げる夜。
祭りの終わりは、いつもどこか寂しく、そして切ない。
夢の終わり。日常の始まり。
だからこそ、炎と共に見送るのだ。大事な時を過ごした仲間と共に‥

廊下に広がって、箒、それからモップがけ。学園祭の後片付けをしながら、少女達が笑い合う。
話の内容は、もちろんコイバナと‥
「ねえ、知ってる? 後夜祭の伝説」
「知ってる、知ってる。後夜祭でファーストダンスを踊った人に告白して、OKを貰ったらずっと、末永く幸せな恋人でいられるってあれでしょ?」
「そうそう、3年生のA先輩と、B先輩、去年の後夜祭で告ったんだってさ、今じゃ学園でも1、2を争う美人カップルだもんね」
「あ〜あ、アタシも誰かに告白してみようかなあ‥」
「好きな人もいないのに、そういう事なんかするもんじゃ、ないと思うな。告白って、もっと特別なもんだろ?」
「えっ?‥あ、羽角くん‥」
箒を持ったまま、少女達は後ろを振り向いた。
そこには銀の髪を軽く結んだクラスメートが大きな段ボール箱を持って立っていた。自分達が其処に立っていたのでは彼は先に進めないのだと少女達は気が付いて横に避ける。
スンナリと伸びた腕、高い身長とバランスの取れた体格。羽角・悠宇は男性から見ても女性から見てもカッコいい部類に入っていただろう。
だが、さっきの少女も、そして他の誰も、彼に告白しようなどとは思わない。
何故なら‥ 理由が廊下の向こうから駆けて来た。柔らかい笑顔の美少女が、手を振って‥
「悠宇!」
「日和! そんな細い靴で走るなよ。転ぶぞ‥!その辺、さっき水拭きしてたから滑るし‥」
「大丈夫よ、そんなにドジじゃ無いもん、キャッ!」
言われた先から転びそうになる少女に、悠宇は荷物を放り投げると、小さく踏み切った。
細い腕は、どこからその力が出てくるのか、と思うほどの強さで少女をしっかりと抱きしめる。
「ほら、言わんこっちゃない。スケートにはまだ早いぜ」
「だって‥」
「だってもさっても無いだろ?で、何?一体」
からかう悠宇に初瀬・日和は小さく頬を膨らませた。拗ねて見せるつもりだったが問いかけに用事をあ思い出し、あっさりそれは中止にする。
「悠宇、フォークダンス踊れる?」
「は? フォークダンス? そりゃあ、ちょっとは授業でやったけどさ‥どうかしたの?」
「あのね、これ‥」
日和は制服のポケットから丁寧に折りたたまれたチラシを取り出した。
「へえ、いいんじゃない?」
「でしょ? だから‥ね?」
肩を寄せ合ってひそひそ話をする二人は気づかない。
いつの間にか自分達が、こっそり注目を集めている事を。
少女達は小さく呟いて肩をすくめる。
「あの二人には‥後夜祭の伝説なんて、いらないね」

綾和泉・汐耶は図書室のコピー機のスイッチを入れた。
「こっちの曲と‥あと、この曲‥。あと‥オクラホマミキサーは‥こっちね。コピーは何枚ずついるのかしら‥‥ん?」
コピー機のモーター音の向こうからかすかに聞こえる調べ‥。あれは‥ピアノの音?
「ラ〜ラ〜ラララ、ララ、ララララララ〜 マイムマイムじゃないの‥、誰が弾いているのかしら?」
今、この学校は学園祭真っ只中。よほどの物好き以外はお祭りを楽しんでいるはず。自分のことを遠くの棚にあげ、汐耶は首を捻った。
この階にピアノは確か、無いはず。ということは‥、ピアノが聞こえてくるのは、下の階の音楽室から。
‥簡単な推理である。
手早くコピーを取ると、電源を素早く落とす。
静かに聞こえてくるマイムマイム。技巧的ではないが優しい音色のピアノはまだ続いている。
汐耶は、素直にその音を追って見ることにした。

人気の無い特別教室階、誰もいない音楽室で彼女はピアノを弾いていた。
それがクラシックでもあれば、真昼を少し過ぎた部屋での独奏はまるで映画のワンシーンのような独特なムードをかもし出す。
だが、彼女が弾いているのはマイムマイム、オクラホマミキサー、
楽しいフォークソングだ。
「うん、大丈夫。指は結構動きますね」
弾き終えて自分の指を見つめる彼女の耳に
パチパチパチ‥
拍手の音が聞こえる。
「誰?」
振り向いたところにいたのは、一人の女性、いや高校生。
どこかで会ったことがあるような親近感を感じていた。
「‥汐耶さん?」
入ってきた女性は、ピアノを弾いていた彼女に、どこかで会ったことがあるような懐かしさを感じていた。
「‥みあおちゃん?」
だは‥それはかすかな記憶が与えた感覚、ぼんやりとした夢のようなもの。
自分であって自分でない誰かが口にした言葉に驚きながら忘れ、二人は向き合った。
「私は、1年C組、綾和泉・汐耶です。お上手ですね」
「ありがとう。あたしは‥海原・みあお。2年C組 今日の夜ね、後夜祭で演奏するからちょっと練習してたんですけど‥」
「あれ? 先輩もなんですか? 私も後夜祭のお手伝いすることになってます。と、言っても私は裏方ですけど」
「あら? あなたも? じゃあ、一緒ね。」
顔を見合わせ、小さく目と心を合わせると二人は微笑みあった。
偶然が引き合わせてくれた。これは小さな再会。
「あっと、もう直ぐ待ち合わせの時間よね。急がないと‥」
「私も行きます。先輩。この中のどの曲がいいと思いますか?」
ピアノを閉じて歩き出すみあおを汐耶は追う。脇に抱えていた楽譜を見せながら。
これなんか、どうかな? こっちは?
楽しそうな笑顔と一緒に声はゆっくりと階段を降りて行った。

「結構人数少ないんだな‥」
練習場所に割り当てられたサークル棟の一室にぐるりと目をやって悠宇はポツリ呟いた。
そこに集まったのは両手にはとても満たない数でしかない。
吹奏楽部や器楽部の大所帯にはとても及ばないように思えた。
「そうですね、やっぱり、皆さんもいろいろ御用がおありみたいですし‥申しわけありません」
「悠宇! ‥いいんですよ。お気持ち解りますもの」
申しわけ無さそうに頭を下げる吹奏楽部部長の顔を見て、日和は悠宇をキッと怖い顔で睨んだ。
肩を竦めた悠宇を、それを見てあっ、と悔いたように顔を赤らめる日和。
「青春だねえ‥」
ピアノの前で指を慣らしていたみあおの言葉に、日和の顔はますます朱を帯びる。
「まあまあ、人数の問題じゃなくて、気持ちの問題ですよ。こういうのは‥初瀬先輩と一緒に踊れなくて、残念なのかもしれませんけど」
「ちょっと待てよ。俺は日和とフォークダンスを踊りたいわけじゃ無くてなあ‥ こら、聞いてるのか?」
「あ、初瀬先輩はチェロなんですね。本物のチェロの演奏を間近で聞けるなんて始めてです。頑張ってください」
宥めているのか、それとも煽っているのか、解らない微妙な冷静な汐耶は悠宇の抗議にまったく動じず楽譜を配っている。
素直な声援に日和は少し落ち着いて楽譜を受取った。でも顔の色はまだりんご色だ。
さて、どうしよう。と悠宇は思う。
やろうと思っていたマネージャー役はすっかり汐耶に取られている。しかも‥人数は少ない。
ふう、肩で息をすると悠宇は汐耶の前に手を伸ばした。
「何です? 羽角先輩」
「楽譜! 俺にも貸せよ。俺も手伝ってやる」
「先輩‥、楽器できるんですか?」
汐耶の眼差しに書いてある「大丈夫なのかな?」の文字を悠宇は敏感に察した。
コートを椅子の背に乱暴にかけると内ポケットから小さな銀色の光を取り出す。
滅多に人前で演奏したことは無いのだが‥一度だけ深呼吸して悠宇はそれを口に当てた。
〜♪〜♪〜〜〜♪〜
拳の中に納まるような小さな楽器から生まれる、澄んだ音、豊かなメロディー。
ほんの数楽章の調べは意外であるからこそ、夢の世界へと誘う。
「‥っと! どうだ」
「参りました。頑張ってください」
えへん、と胸を張る悠宇に汐耶は心からの笑顔で楽譜を渡す。褒められた悠宇もまんざらではない様で満面の笑顔だ。
「じゃあ、練習始めよっか。曲目はオクラホマミキサーと、ジェンカ。それにああ、この曲でいい? 日和さん?」
小さく、日和の肩が揺れた。優しく微笑んで声に答える。
「あ‥はい、CMでも使われたことがあるから、みんなも耳なじみがいいんじゃないか、と思って」
「OK、これでいきましょう。じゃあ、みんな楽器を持って。時間無いから、早く始めよう!」
みあおのピアノの音を合図に、仲間たちは楽器を構えた。
みんな楽譜を見ている。音を見ている。
「ん? どうかしたのか? 日和?」
「ううん、何でもない‥」
だから‥皆は気が付かなかった‥はず。一瞬だけ見せた日和の表情に‥

校庭の真ん中には、大きな篝火が赤々と燃え上がっている。練習していた分、少し出遅れたようだ。
「うわ〜、やってる、やってるねえ」
篝火を囲んで大きな輪が出来ている。パートナーを見つけて中に入る者、純粋に踊りを楽しむ者、輪の中に踏み切れず周囲から見つめる者。
そして‥伝説の後夜祭、ファーストダンスを憧れの人に申し込もうと、勇気を振り絞るもの。
輪の中にも、外にもたくさんのドラマが生まれている。
何曲目かに、なるのだろうか。マイムマイムの演奏が終わった時、吹奏楽部部長は楽器を抱えてきたメンバー達を見つけると、指揮棒を降ろし手招きした。
「ありがとうございます。お待ちしてました」
秋の夜とはいえ大きな炎の側で何曲も演奏してきたのだ。部長も、他の部員たちも汗だくになっている。
「これどうぞ。お疲れ様です」
元は仲間たちのために用意した差し入れの麦茶だが‥汐耶が差し出したコップに次々と手が伸びて消えていく。
「ああ、美味しかった。じゃあ‥お願いしていいですか?」
まだ遠慮がちな部長の言葉に、返った返事は揃って明るかった。
「まっかせて!」
「心配すんなって!」
「大丈夫です。楽しんでいらしてください」
「解りました。お願いします。あ、放送部に原稿は?」
「あ、それは私が‥」
「「「?(放送部? 原稿?)」」」
どうやら彼らが知らない相談がマネージャーと部長の間にあったようである。
汐耶となにやら打ち合わせた部長がお辞儀をしながら人ごみに消えたのを見計らい、悠宇は汐耶に近づいた。詰め寄ると表現する一歩前の勢いで。
「おい、どういう‥」
『では、ここで特別ゲストをご紹介しましょう。後夜祭の為に特別に組まれたスペシャルチーム『すうぃんぐボーイズ&ガールズ』。吹奏楽にはない楽しいセッションにご期待ください。では、どうぞ!!』
高らかに響き渡る声。みんなの視線と、どこから出てきたのか眩いスポットライトが彼らを照らし出す。
「うわぁ‥」
「な、なんか恥ずかしいです‥」
溢れる拍手の中、日和はかすかに顔を下げた。それでも手は素早く弦を整え音を合わせていく。
「と、とにかく演奏しましょ。1・2・3〜〜♪」
みあおの指が、ポポン! 白鍵の上を軽く動いて最初の音を知らせる。
ほんの少し、日和の音が揺れたのを悠宇は感じた。
だが、それは、一瞬のこと。
数音のうちにいくつもの楽器たちの音色が優しく重なっていった。


♪♪、♪・♪、♪♪♪♪、♪・♪・♪〜
聞きなれた音楽、優しいメロディー。オクラホマミキサー。
生徒たちの顔が微笑み合う。手が重なり合う。そして‥踊り始める。
フォークダンスは最初の一回の後は、順番にずれていく。
パートナーチェンジ。
偶然を装って、気になる人と手を繋ぐチャンス。
少女の顔が炎に照らされて赤みを帯びる。
パートナーチェンジ
意識したことが無かった少女の手のひら。
肩に回した手。
(「うわあ〜、お、女の子って柔らかいんだなあ」)
いつも硬派に見えていた少年の心臓は、ドキドキと高鳴る。
少女に聞こえないか、心配なほどに。
パートナーチェンジ
幼馴染の友達同士、でも、何故か素直になれずいつもケンカばかりだった。
「え〜、あんたと〜」
「仕方ないだろ。文句を言うなよ」
((「「でも、ずっと‥踊りたかった」」))
鏡に映したような心を、炎は明るく照らし、伝える。
手を放すのが辛いほどに。明日会うときは、きっと何かが変わるかもしれない‥
パートナーチェンジ
‥炎の輪の中の、物語は続く。

(「なんか‥不思議な感じ‥」)
弓を緩やかに、そしてしなやかに動かしながら日和は自分の音を聞いた。
自分の身体の一部のように感じていたチェロ。
でも、今まで、自分にこんな音が出せるなんて思わなかった。
ピアノや、ブルースハープ。オーケストラの楽器と違う野外だから、ではない。
音を聞くためではない、音と楽しむための場で、人の物語を紡ぎだす演奏。
それは、今まで自分が演奏してきたのとは違う世界だった。
自分の世界や、心を音楽に乗せて奏でるのは楽しい。
いろんな楽器や人と一緒に一つの作品を作り出していくのも好きだ。
でも、それとこういう場での演奏はまったく違う。
こういう場での演奏は、あくまで額縁。
人々の笑顔という絵を飾る。ひきたてて輝かせる。そして微笑ませる。そんな音楽。
隣にいる大切な人と共に‥。
つまらない思いなど全て忘れた。
今、日和は楽しかった。
この日、この場で、人を楽しませる演奏ができたのが‥嬉しかった。

二曲目は強いタンゴのリズムを刻む。
牧歌的なムードとは少し違う、どこか鮮やかで‥魅惑的で‥
休憩タイムのはずの音楽はムードを盛り上げ、笑顔と、次への勇気を人々に贈っていた。

指が白と黒の鍵盤の上を交差し、流れ、音を紡いでいく。
ピアノを弾くなんて、どのくらいぶりだろうか。
いや、記憶にあるだけで今の『あたし』が、ピアノを弾いたのは始めてだと、みあおには解っていた。
本来、自分はここにいるべきものではない。
この身体は、自分のものではない。
楽しい時を過ごせば過ごすほど、彼女にはそれが解っていた。
(「おっと、いけないいけない。音がきつくなっちゃう」)
誰かの役に立てればいいな、と思って参加した。その気持ちに嘘は無い。
そして、今。素直に楽しい。
音楽を、誰かと共に何かを生み出す時間を、自分は確かに感じているのだから‥。
「みあおさん、次の曲いきましょうか?」
かけられた声にみあおは、ハッと目を上げた。
二曲目が終わったことに気付かないほど、ハマっていたらしい。
「はい、じゃあ、次はちょっと明るくだったよね。行きます! 1・2・3〜♪」
皆がピアノに合わせる。自分も皆に合わせる。
そして生み出される音楽は、幸せを紡ぎだしていた。
自分と、仲間と、そして‥多くの人に‥

三曲目は誰でも知っている歌謡曲。
耳に馴染む音楽に、一緒に口ずさむものもいた。
音は明るく歌う。希望を、勇気を‥。

ブルースハープを始めた理由は何だったろう、と演奏しながら悠宇は思い返してみるが‥忘れていた。
手の中にすっぽりと納まるこの楽器はいつも自分の側にいてくれて、寂しい時や辛い時、共に慰めてくれた。
楽しい時は、もっと心を浮き立たせてくれる大事な存在。
それが、自分にとっては確かだから、どうでもいいと思っていた。
でも‥
(「なあ、お前も誰かと一緒に音を出してみたかったのか?」)
相棒にかけた言葉の返事は、音となって返ってくる。今まで聞いた事の無い音色となって。
誰かと音を重ねるなんて始めてかも知れない。日和とさえ‥どうだったろうか?
セッションも当然始めてで、自分にできるとは思えなかった。
でも‥、誰かと誰かと一緒に生み出す音。それは‥
(「ま・楽しい部類に入るかもな」)
ブルースハープは孤独が似合う楽器だと思っていた。
だが、どうやら違うようだ。
結構明るく、そして人懐っこい。
似たもの同士が奏でるメロディーは銀色の風のにおいがした。

四曲目はもう一度オクラホマミキサー
ドキドキする心を抑えつつ、また誰かと誰かの手が重なる。
恥ずかしい気持ちは、ほんの少しどこかへ‥ 勇気の背中をどついて前に歩き出そう。

「ステキですね‥」
フォークダンスの輪からも、演奏の輪からも、ほんの少し離れて汐耶はその風景を眺めていた。
月と炎、そして音楽。
まるで幻か、夢のようだ。
「本当に夢なのかも、しれないけれど‥」
ゆっくりと目を閉じる。この学園での生活がはっきりと見える。そして、思い出せる。
解るのだ。その向こう、まるで寝て起きた時に思い出す夢のように儚くおぼろげな記憶がある。
それこそが真の現実。真の自分なのではないか。と。
でも‥
「まあ、いいですよね。こういうのも」
真の自分だったら、こういうことは言わないかもしれない。真実を追究し、そして何かを成し遂げていたかもしれない。
でも、今はいいのだ。こういうのも。
兄がいて、そして自分がいる。それこそが現実なのだから。
きっと今しかない、この時を楽しもう。そして楽しませよう。汐耶はそう決めていた。
「あ、そろそろ演奏終わりですね。これ持っていかないと」
脇においておいたスーパーの袋を持って汐耶は立ち上がった。そして走り出す。
仲間たちの下へと‥

約束の四曲の演奏が終わる。
「ふう‥お疲れ様でした」
弓を置いた日和の耳にパチパチパチ‥拍手の音が再び響く。
「ステキな演奏をありがとうございました。本当にステキでした」
「「「ありがとうございました!」」」
吹奏楽部部長のお辞儀と同時に、部員達からも感謝の言葉が注がれた。
「こちらこそ、ありがとうございました。です。ステキな経験をさせて頂きました」
「そ! とっても楽しかったもの。ありがとう」
日和の丁寧な礼に頷いたみあおは、椅子から立ち上がりピアノの前を部員に譲った。
「後は、また私たちにお任せください。後夜祭を皆さんにも楽しんで頂きたいですから」
部長の笑顔に答えるように部員たちも席に戻る。自信と揺ぎ無い音楽への思いを感じて、日和は小さく微笑んだ。
「なら、後はよろしくお願いしますね。私たちも、フォークダンスに‥って、ちょっと‥悠宇?」
役目の終了が宣言されたのを確認したのと同時、悠宇はハーモニカをポケットにしまうと真っ直ぐに日和の方へと歩み寄った。
後ずさる間もなく、手首をがっしりと掴まれてその細い腕は前に引っ張られた。ずるずるずる。
小さな抵抗はあっても、大きな拒絶は無い。そして‥馬に蹴られたいものも、ここにはいない。
「お疲れ様でした。差し入れで‥って、初瀬先輩、羽角先輩、どこに行くんですかあ」
汐耶の言葉に悠宇は答えない。無言で前に進んでいく悠宇に、汐耶は袋の中からペットボトルを一本取り出すと‥
「先輩!」
進行方向前方に向かってそれを投げた。緩やかな放物線を描いた物体は悠宇の歩幅とスピードを計算したかのようにその前に落下し、薄褐色の右手にしっかりと握られた。
「!」
微笑んで指で軽くサインをきると彼は右手にペットボトルを、左手に日和を握ったままフェンスの影へと消えていった。
「あ、あの‥失礼します。悠宇、待ってったら!」
「初瀬先輩〜、先輩の分はチェロと一緒に置いておきますから〜」
ニコニコ笑いながら答えた汐耶の言葉が日和に聞こえたかどうかは解らない。
汐耶は仲間たちと吹奏楽部員に差し入れのペットボトルを配りと、約束どおり一本を片付けたチェロの横に置いた。
「どこに行ったのかな?あの二人。後夜祭はまだこれからなのに」
貰ったペットボトルの紅茶の栓を捻って口に運んだみあおは、小さく首を傾げる。それを見て汐耶はクスッっと笑う。
「これからだからこそ、でしょう。恋人同士にそういうのは野暮ですよ、ヤ〜ボ♪」
「あ、なるほど♪」
顔を見合わせて二人は微笑む。彼女達の想像通りかどうかは解らないが、二人の姿はもう、見えない。

「でも‥楽しかった。最後に思いっきり皆と青春できたしね。‥最後の学園祭に‥最後のステキな思い出‥」
炎はダンボール、木材、紙細工。祭りの成果、思い出も全てを飲み込んで大きく燃えあがる。
あの炎が消える時こそ、祭りの‥終わり。
寂しげな目で炎を見つめるみあおに汐耶はニッコリと微笑んで手を引く。
「まだ、終わってませんよ。最後まで、楽しみましょう!」
「汐耶さん‥」
それは、みあおにだけではない、闇の中で彼女達を見つめる月と、誰かへの言葉。
まだ、終わっていない。
まだまだ、これからだ。
「‥そうね。最後まで思いっきり楽しみましょう!」
二人は手を取り合って踊りの輪の中へと走っていった。
そんな二人を、そして闇に消えた二人を、幻影学園を照らす月は静かに見つめていた。

SWINGU&スウィング
踊りは続く。音楽と、楽しむ心が消えない限り。
楽しいリズムに人々は手を取り、回る。

夜は、まだ終わらない‥


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1415/海原・みあお  /女性 /13歳  /小学生 /2−C】
【 1449/綾和泉・汐耶  /女性 /23歳  /都立図書館司書 /1−C】
【 3524/初瀬・日和   /女性 /16歳  /高校生 /2−A】
【 3525/羽角・悠宇   /男性 /16歳  /高校生 /2−B】



●【個別ノベル】

【1415/海原・みあお】
【1449/綾和泉・汐耶】
【3524/初瀬・日和】
【3525/羽角・悠宇】