【タイトル】 楽しい学園祭〜心霊写真コンテスト〜
【執筆ライター】 間垣久実
【参加予定人数】 1人〜
オープニング /ライターより /共通ノベル /個別ノベル


●「学園祭」 オープニング

『この夏!楽しく過ごした貴方!
 その記念写真に何か妙なモノが写っていると感じた事はありませんか!?』

 校内の掲示板内に、数日前からそんな書き出しの紙が張り出されている。学園祭の
イベントに申請したもののひとつで、ちゃんと張り出すブースまで確保しているらし
い。コンテストをやる、というのは8月頭にはもう掲示板に書かれていたのだが、き
ちんとしたポスターになったのは学園祭の準備で学校中が色めきたってからだった。
『そこで、夏の最後の思い出として心霊写真コンテストを行います。我が怪奇探偵ク
ラブブースの心霊写真コーナーに張り出して審査を行い、優勝者には記念品も差し上
げます。尚、戴いた写真は後日全て鑑定の上必要な場合はお焚き上げも致しますので
ご安心ください』
 …そこには、どこかの風景写真らしい…ただ、マジックで丸く囲いがされている、
荒くコピーした画像も一緒にプリントされていた。
『審査員は怪奇探偵クラブ代表から私SHIZKUと影沼ヒミコちゃん、怪奇モノに
造詣の深い一般生徒の草間武彦君、教師代表として響カスミ先生、そして特別ゲスト
としてなんと「あの」生徒会長も参加します!当日参加も大歓迎ですのでどしどし応
募して下さいね♪』
 そして紙の最後にはよーく見ないと分からないくらいの小さな文字で、『申し訳な
いですが、想定外の事が起こった場合の責任は取りかねます』と、記されていた。

「結構集まったわねー。思ってたよりも大収穫♪」
「大丈夫…だよね?こんなにいっぱいあったら何か起こったりしない?」
 そのポスターの前に立つ2人の少女。1人は嬉しそうに手提げの中にぎっしりと詰
まった封筒を覗き込み、影沼ヒミコは心配そうにその中身を見つめている。
「――なあ」
 そんな2人に、だるそうな声がかかったのはそんな時。
「あ、武彦君。当日宜しくね、審査」
「…俺そんな約束してたっけ?」
「したじゃないの何言ってるの。ほら、この間学園祭でも宜しくねって」
「学園祭『でも』?俺が以前お前に何か協力した事あったか?」
「あったわよ。ほら、えーと。…とにかくあったのよ。だから今回もお願いしたのよ
?」
 そしたら頷いてくれたじゃないの、とSHIZUKUが武彦を咎めるような目付き
をし。
「あーもう分かったよ。見るだけだぞ、見るだけ。…で…何で怪奇モノに造詣が深い
ことになってるんだ?」
 その言葉にくすくす笑うSHIZUKUとヒミコ。
「やだ、何言ってるの。武彦君の通り名じゃない…草間君が歩くと怪奇に当たるっ
て」
「犬よりタチ悪いじゃないかよ」
 そんなに怪奇な話に首を突っ込んだ覚えはないんだがな…と、そんな事を呟きなが
らも。SHIZUKUの断言した様子に口も挟めず、肩をひょいっと竦め、トレード
マークのシガレットチョコを口の端に咥えて飄然とその場を去って行った。
「忘れないでよー?当日、怪奇ブースに集合なんだからね?」
「へいへーい」
 後ろを振り返らずに手をゆるく上げた武彦は、SHIZUKU達は気付かなかった
が…どこか険しい表情になっていた。その理由は、彼自身にも分かっていなかったの
だろうけれど。

*****

 ――頭が…締め付けられるようで。
 その間は、自分が何を考えているのか分からなくなる。
 否…

 おぼえている

 なにもかも

 それこそが、自分の本性なのだと告げるのは、
 ボクの中の――ボク自身。

*****

「…まだ、気付かないのか?」
「……ちかよらない、で…」
 鬱蒼と茂る、学園内の林に…その中の一本の木にもたれかかる女生徒へ、目の前に
立った人物が静かに語りかけていた。
「仏心を出してみればこの有様だ。ほんのひと月前には、矛盾と秩序に満ちた世界が
それなりのバランスを取って存在していたものを。…今日に至るまで、きみは一体何
人もの生徒を『殺した』のかね」
「…う…く、ボ、ボク…ボクは…」
「今は苦しいだろうが抑えていられる。だがそれも…あと、20日足らずだ。それ以
上はきみ自身がもたないだろう」
「―――っ!」
 ばっ、と顔を上げた女生徒…月神詠子が、噛み付きそうな目でその男、繭神陽一郎
を睨みつける。
「キミは、勝手にやって来たんだ。仲間まで引き連れて。――ボクを散々監視して、
楽しかっただろうね」
「なら」
 すぅ、と陽一郎の目が細くなる。
「なら何故、わたしに――この『役』を与えたのだ?」
 きみが拒絶しさえすれば。
 わたしは歓迎されぬ者として、無理やり入り込む他無かった筈。
「―――」
 先程までの歪んだ苦しそうな顔は、今の詠子の顔には無い。その代わり…一瞬だけ
浮かべたのは、泣き顔とも笑い顔とも付かないもの。
 きゅっ、と唇を噛んだ詠子は何か言いかけ、そしてゆるりと首を振るとまた艶やか
な陶器人形のような表情になり、
「まだ大丈夫。キミの手を借りるまでも無いよ」
「そうか――」
 先程の具合悪そうな様子は微塵も無く、寄りかかっていた木からつと身体を起こし
て陽一郎とすれ違う。
 後に残るは――ずたずたに切り裂かれた木と、足元に散らばる枝葉。
「……」
 つぅ…と、木の幹に生々しく残る爪痕に指を走らせる。その指に付着した樹液は、
まるで誰かの――『彼女』の流した血のようで。
「…っ」
 不意に、ちくりとした痛みに気付けば、ささくれ立った木の皮で指先を切ったよう
で、見ればそこからぷくりと赤い血が浮かび上がってきた。
 そんな痛みさえ、現実にしか思えないのに。
「―――――」
 不意に湧き上がった嫌悪感は何の為か。
 再び、眠らせる?眠らせなければ成らない?
「所詮は…墓守だ」
 がつ、と普段冷静な彼に似合わず幹へと叩き付けた拳。振り上げた理由さえ分から
ぬままに。

 ――やがて、与えられた役割を…残された時間を演じ抜くために1人の男がその場
から去った後。
 いつの間にか抉られていた傷を再生した木々が、何事もなかったかのように静かに
立ち並んでいた。



●【共通ノベル】

「いらっしゃーい♪どんどん見て行ってよー」
 呼び込みのようなSHIZUKUの声が往来…いや、廊下にこだまする。
 怪奇探偵クラブのブースは大盛況だった。怖いモノ見たさと言うのか、女子の方が数は多かったが男子もそこそこ見え、研究成果…と言う訳ではないが、ブースの半分を占める一面に飾られた心霊写真コーナーに目を奪われている。
 当然と言うか、そこには胡散臭い写真も多かった。選んで飾っている訳ではないから当たり前なのだろうが…。
「ね、ねえ…やっぱり見ないと駄目?」
「だーめ。先生審査員なんだから。あ、でも後でまた飛び入り参加も来るから、見るのは最後でいいよ」
「まだ増えるの?」
 既に泣きそうになっているのは、いい年の大人…と言っては失礼かもしれない。カスミが怪奇探偵クラブのブースの中にいて、あたりに展示されているものには目を置かないよう気をつけながら、SHIZUKUとヒミコに声にならない懇願を向けている。
「そりゃそうよ。事前に知ってる人からは結構もらえたし、あたしやヒミコちゃんが撮ったものもあるけど。こう言うのって飛び入りの方が面白い写真があったりするじゃない」
 今も結構凄いのあるんだけどね、そんな事をこそっと呟きながらヒミコと目を見交わしてくす、と笑う。その様子を恐ろしい物でも見る目でカスミが見、
「…なんで引き受けちゃったのかしら」
 心底後悔した声が、カスミの口から漏れた。
「そんな事言うなら俺だって同じだよ、先生」
 武彦がそんな事を言いつつ、シガレットチョコを口に咥えて上下に揺らす。何かだるそうな様子で、両手をズボンポケットに突っ込んだまま、ブースの壁にゆったりともたれかかり。室内を見もしなかったカスミがそこでようやく武彦に気付いて少しだけ教師の顔を取り戻した。
「こんにちは。…あ、チョコもそこにいたのね」
「おう」
 と、手も上げず声の方を見た武彦がちょっとだけ目を見張り、それから呆れたように口を曲げた。
「なんなんだお前ら。4人も連れ立ってやって来て、そんなに暇か?」
「いきなりなご挨拶だな。…そう言いながらその暇なブースの審査員やってるのは何処のどいつだ?」
 声をかけたシュライン・エマの隣に居る芹沢青が、からかい混じりの青い目を同級生へと向ける。
「俺が頼んだ訳じゃない」
「まーまー。良いじゃないですか。せっかくの学園祭なんですし、楽しまないと」
「その通りだ」
 一緒にカメラ持参で付いて来た神谷小太郎がにこにこと笑い、言葉少なに後ろにいた亜矢坂9・すばるがこくりと頷く。勝手にしろ、とでも言いたげに武彦が横を向くと、すぐ近くに来て居たSHIZUKUがぷーっと頬を膨らませる。
「審査員がそんな態度じゃ駄目でしょ?せっかくの晴れ舞台なんだから楽しんでよね」
「晴れ舞台って言われてもなぁ」
 見るからにだるそうな武彦に、SHIZUKUへと出店で買ったばかりの差し入れを手渡したシュラインが心配そうに表情を曇らせ、
「大丈夫なの?この間も怪我してたし、体調が悪いんだったら休んでも…」
 言葉を続けようとするシュラインの前に、武彦の手がぱたぱたと泳いだ。見れば、目だけが和んだように細められており。
「気のせいだろ?…ああ、手の怪我か?あれはもうすっかり治った。喰いちぎられるかと思ったけどな…」
「怪我してたのか?気をつけろよ。で、写真はあれか?」
 青が気の無い声で労いの言葉をかけ、そのままくるっと奥へ目をやり、まっすぐ中へと入って行った。
「うん、そうよ。何か新しい写真持って来てくれた?」
「残念ながら。でも今日撮れたら良いなと持って来ました。何だか今日は撮れそうな気がするんですよねー」
「…そりゃ撮れるだろうよ。よう、先輩達」
 何か屈託ありげな向坂嵐と、
「しんれーしゃしん?む〜あたし皆に嫌われちゃうからもってないの。でも面白そうだから見に来ちゃったー」
 屈託無さげな笑顔が対照的な、千影の2人が現れる。他の者が比較的ラフな格好で現れたのに対し、緑色の細いラインが入った黒のゴスロリドレス姿の千影は、やたらと人目を引いた。黒猫のような、小悪魔めいた顔に良く似合う服だから余計に好奇な目で見られているのかもしれない。…本人はまるで気にしていないのだが。
「どうしたの?随分機嫌悪そうじゃない」
 くすっと笑うシュラインに、憮然とした顔の嵐が奥の飾られた写真だらけの壁に顎をしゃくり、
「知り合いがさ、勝手に俺が写ってる写真投稿したとか言ってたから、どんなのか見に来たんだよ。変なのだったら嫌だろ?」
 そう言った嵐が一歩中へと足を踏み入れ、ぎょっとした顔をしてSHIZUKUを見た。
「なあ。このブースだけ空気が重いんだけど」
「え?――気のせいでしょ?」
 嵐の言葉に、にこりと笑うSHIZUKU。その隣で曖昧に笑うヒミコが、困ったような顔を見せながら、
「気のせいじゃないです…」
 ぽつりと呟く。
 形になっているわけではないが、ずしりと来る、何かの雰囲気がそこにはある。
 それも…心霊写真ブースから。
「ねー、ここなんだか寒くない?」
「そうだね、他行こうか」
 そんな声と共に出て来る生徒もいる。だが、本気で怖がるような者は生徒の中には見当たらなかった。
 皆がここに飾られているものが何か分かっているから…そして、何か怖い話のネタになるのをどこかで望んでいるからだろう。
 ほんの少しの刺激と思いながら、こうして訪れているに違いない。
 そんな中を、ゆっくりした足取りで近づいている生徒がいた。物静かで、どちらかと言うとこう言った場所には似つかわしくない、そう多くの生徒が思いそうな、1人の青年。
「こんにちは」
「いらっしゃい、先輩。どーぞどーぞ♪」
 上級生で、見た目に似合わずこう言った怪奇系に関わっている者達と親睦を深めている生徒、セレスティ・カーニンガムが穏やかな表情のまま、
「随分と良く無い気が集まっているようですが…お払い等は…」
「やってないわよー♪全部終わってから、念のために知ってる人に頼もうかなって思ってるし」
 思ったとおりの反応に、その場で聞いていた数人が苦笑した。
「では、私も『見せて』もらいましょうか」
 ごく自然な調子でそう言うと、周囲にぶつかる事無く中へ入って行く。
「…そう言えば、生徒会長も審査員なのよね?…見当たらないけど」
「来るのは後だと思うよ。まだ飛び入りもいるし、他にも見回ってる場所あるんじゃない?」
 それもそうか、と納得の皆。…そして、先に入って熱心に写真を眺めている嵐と青の2人に混じるように、数人が奥へと足を運んだ。
 すばるは周囲へ目を走らせながら、手に持ったカメラを手元で細かく動かしている。奥の写真にも視線は注いでいるが、ブース入り口から見えているのだろうか。
 シュィィン、と言う小さな機械音が時折聞こえているのが気になるらしく、入り口で客寄せを続けているSHIZUKUが不思議そうに首を傾げた。
「あ、ああ、そうそう。先生他も見回って来ないといけないんだったわ」
 連れて来られてからまだ一枚も写真を見ていないカスミが引きつった笑みを浮かべ、ぱむ、と急に思いついたように手を叩き合わせる。どうやらずっとこの場にいなければいけない訳ではないと気付いたらしい。
「午後にはまた来るから、ね?いいでしょ?」
 既に逃げ腰な姿勢で素早くブースの表へと出、
「また後でね〜……」
 声までがフェードアウトする勢いで、カスミが足早にその場を去って行った。…少しして、くすくす、とヒミコ達から小さな笑いが広がっていった。

*****

「俺の顔、しっかり写ってるじゃないかよ。…隣のも…」
 嵐がぼやきながら、展示されている写真数点を睨みつけている。――撮影場所は全て同じ場所では無いのだが、嵐の背後にぼんやりと見える白いもやだけはいつも一緒に写っていた。
「確かにこれは投稿されてもおかしくないですねえ。その白いものも、写真の同じ位置にあるならレンズの汚れとでも言えるんでしょうけど。彼の背中に添うように写ってますからね」
 これは面白い、と呟いた虎太郎にじろりと目を向ける嵐。
「――うーん。なかなか凄いわね。これなんかどう?」
「興味深いですね」
「…顔…?なの?う〜ん、そういわれてみればそうかもしれないけど…チカわかんな〜い」
 大多数の写真はやはり良くある心霊写真と言う感じで、新鮮味は無い。中には見ようによってはどうにか人の顔に見えると言うレベルのものもあり、見ただけで存在感を感じさせる写真は稀だった。
 そんな中、シュラインが指したのは、夜の教室の画面。日付を見ればごく最近撮影されたらしい。写真へと指を滑らせながら、何を見ているのかセレスティが呟く。
 ――教壇に立つ教師と、授業を受ける生徒の姿。
 それは、ごく当たり前の光景だっただろう。…明かりの無い夜の教室で、濃度の違いはあれ全て透過していることさえなければ。
「それ、肝試しで撮影したらしいわよ。まさかこんなのが写ると思って無かったって、喜ぶどころか怖がってたわ」
 ひょいと顔を覗かせたのは、表にいるのも飽きたらしいSHIZUKU。さもありなん、とその場にいる皆が頷く。
「振り返ってないだけマシって気もするけどな」
 真剣な表情で写真に目を走らせていた青が、その写真から目を離して再び他の写真へと移りながら呟く。
「え?振り返ってるって怖いの?だって気付いてくれたんでしょ、楽しいじゃない?」
 きょとんとした顔の千影。
 …黙って首を横に振る者が、何人かいた。
「この風景を撮ってみると言うのも良さそうですね」
 楽しげな虎太郎が、その場で何度かシャッターを押す。そのファインダーを覗いた虎太郎が、「あれ」と小さく呟いた。
「会長…」
 その言葉に、写真を見ていた者達は一斉に振り返った。直後、シャッター音が鳴り、「おっと」カメラから目を離した虎太郎が曖昧に笑う。
「…写真を撮られる趣味は無いんだが、まあ、いい。どのくらい集まったかな」
「一応締め切りは午後2時くらいの予定だけど、そろそろ終わるかな?会長はまだ写真見てないけど大丈夫?」
「ああ、10分ほど時間を貰えれば問題ない」
 そうSHIZUKUと会話し、大人しく受付に座っているヒミコへと会釈し…それから、武彦やその場に居る者達にどこか鋭い視線を浴びせる。それは、敵意――とまでは行かなくても、少々棘を含んだもので。
「…どうかしましたか」
 その棘に一番敏感に反応したのは、嵐だった。同じく鋭い眼差し…いや、こちらは明らかに敵意を含んだ目で睨むように見つめている。相手を年上と、目上と見て丁寧なのはその言葉だけだったのだから。
「いや」
 短くそれだけを言うと、中に展示されている写真の数々に近寄りもせず視線を注ぎ、それからある一点にぴたりと目を置いて、口の中で小さく呟く。
「…月が何か」
「何でも無い。――まあ、あまり騒がない事だ。邪魔になっても困るからね」
 すぐ側でじっとしていたすばるを失念していたらしい。はっ、と顔を彼女に向けると、彼にしては珍しく慌てたような早口でそう言い放つと、何人かの反感を買いながらもう一度ある一点を針のような視線で眺め、
「もう一度見回って来よう。次に来た時には審査に入る。その後に飛び入りがあれば、番外と言う事で良いかな」
「はい。締め切りの時間がありますから、私達もそれでお願いします。…あ、会長」
 ヒミコが写真の辺りが気になるのかちらちらと目をやりながら、受付から立ち上がって陽一郎の側へ行く。そして、困ったような小さな笑みを浮かべると、
「あの…見回りの途中で響先生を見かけましたら、審査に入ると言う事をお伝え願えませんか」
「………」
「あ…あの?」
 いつにない、強い視線を浴びせ掛けられて、ヒミコがおどおどと幾分声のトーンを落としながら再度声をかけた。陽一郎にまともに目を覗きこまれているせいだろうか、次第に頬が赤らんで来るのを止めようが無く。
「――あ」
 こほん、とわざとらしく咳払いをした陽一郎が、視線を弱めてヒミコを見、
「分かった。他に無いかな」
「え、ええ」
 どぎまぎする程の柔らかな笑顔を向けられたヒミコが更に真赤になるのを見ると、「では」としげしげと様子を眺めていたSHIZUKU達にもちらと、今度は何の感情も浮かんでいない目を向けるとすたすたと去っていく。
「ちょっとちょっと、どうしちゃったの?会長に見つめられちゃって」
「か、からかわないでよぉ…」
 本気で困っているヒミコ。奥からにやにやした顔のSHIZUKUが、
「ひーちゃんにも春が来たかもねー♪あたし、応援するから♪」
 にっこり、と楽しそうに笑いかけた。
「ところでさっき、何か聞き返していたけど…何だったの?」
 千影が、一通り写真を見て飽きたかぱたぱたとすばるに近寄って行く。
「完全に聞き取れなかったのだが。つきよみとか何とか」
「つきよみ?」
「聴覚感度をもっと上げておくべきだったかもしれないな。視覚の方に主な機能をつぎ込んでしまった。それにしてもおかしな写真ばかりだな。『彼女』は超能力者か?」
「??よくわかんないよー。彼女ってだぁれ?」
 かくん、と首を傾げる千影――その、細い髪が瞬間ぶわっと静電気のように広がった。
「え…ええっ!?」
 奥から、SHIZUKUの悲鳴のような、驚いた声が聞こえて来、すばるが鋭い視線をブース奥に向け、千影が動物めいたしなやかな動きでくるんと振り返った。
 そこに『在った』ものは――

 …話は陽一郎が立ち去る少し前に戻る。
「なんだよ。わざわざ邪魔するなってどう言うことだ?」
 海の一件以来どうも良い感情を持っていない嵐がぶつぶつと呟き、
「まあまあ。そんなに感情を剥き出しにするのは良く無いですよ?…特に、こんな、様々な想いが交じり合っている場所ではね」
 セレスティがそっと呟きつつ、次々と写真に指を走らせている。
「やっぱり、何か撮れますかね」
 虎太郎がどこかうきうきした調子で言い、
「……撮れない方が、幸せだと思うが」
 静かに、手元の写真を眺めていた青がある種の意思を込めて言うと、その言葉には嵐も大きく頷いた。
「何せ俺の場合は、憑いてるような写真ばっかり撮れてるしな…」
 写真で写っているように見えた位置を手でぱたぱたと払う。
「そうでしたね。では一枚」
「おい」
 抗議めいた声にパシャリとシャッターを切ってにこりと笑いかける虎太郎に、嵐がふぅーっと深い息を吐いた。
「どう?…何か感じる?」
「俺にはその気は無いんだぞ、全く…」
 新たなシガレットチョコを口に、ぶつくさ面倒くさそうに呟いて写真へ目を走らせる武彦。
 その視線が――ある、一点で止まった。
「どうしたの…――あ…」
「『彼女』だ」
 投稿者はばらばら。時期も場所もばらばらだろう。その事には何もおかしなことは無い。
 ふと、視線を感じて入り口を見ると、陽一郎が、まさにその写真群へと鋭い視線を向けて、それからふいと立ち去って行く所だった。
「なんなんだよ全く」
「…ねえ、それより見て…ちょっと、これ…」
「――気付いたか?」
 誰もが気にせざるを得ない存在、月神詠子。
 大量に投稿されている写真の数枚に1枚は、必ず彼女が写っていた。…ゆらめく陽炎に似た何かがほとんど必ず見える。だが、問題はそこではない。
「え…ええっ!?」
 SHIZUKUも、指摘されて初めて気付いたようだった。セレスティが1人、何か納得したように頷いた他は、シュラインが指し示す数点の写真に…その異常性に気付いて目を見張る。
「ちょっと待って、それじゃ…詠子さん、夏のイベント『全て』に顔出してるのか!?」
「その間の学校にもよ。日付で分かるでしょ?…でも…どうして?」
 普通なら在り得る話ではない。いや、林間学校と校舎の間なら、無理すれば行けなくは無い。だが、インターハイ…別の会場で行われている複数の競技、同時に行われているそれに写ることは、どう頑張っても無理な話だ。瞬間移動でもしない限り…『同時』にその場に存在しない限り。
「SHIZUKUさんは、写真を見ても気付かなかったんですか」
「全然、だってそんな関連付けなんてしなかったもの」
「――させてくれなかったのかもな」
 あれだけ大勢の生徒が見に来て、気付いたのは、この場にいる数人だけだ。
「…それより、気付かないか?」
 嵐が、あからさまに青ざめた顔で一歩後ずさった。青がその場に空間を作るように、他の者を遠ざける。
「分かってる。――少し下がって」
 狭いブース内。そこに、ファインダーを通すまでも無く、こってりとした闇色の何かが、何もない空間を切り裂いて現れようとしていた。
 『手』のような印象の、ぶよぶよと柔らかなそれがぐぅっ、と空間を広げてくる。それらに協力するかのように、ブース内にパシンッ、と光が数度走った。
「ふーッ」
 したんっ、としなやかな動作で飛び込んできた千影が、威嚇するように小さな唸り声を上げる。
「危険だから外へ出てて!」
 青が叫び、その言葉に素直に応じた武彦がシュラインと嵐、それに虎太郎とSHIZUKUを伴って廊下へと飛び出し――そして、入れ違いにすばるが中へと入って行った。どう見ても特に戦う武器があるように見えないすばるを止めようと虎太郎が手を伸ばす。
 シャキィン!
 …どこから取り出したのか、ばばばばばと金属の骨と羽を広げてすばるの身体から伸びた金属の棒がアンテナを広げた。目が点になる数人に構わず、足にも切れ目が入り車輪がせり出してくる。
「……えーと…邪魔、でしたね…」
 虎太郎が伸ばした手のやりどころに困りながら、そんな事を呟いて見せた。
「見ろ。廊下も、…侵食されてるぞ」
 武彦の言う通り、色が変わっている。明るい日差しに満ちていた廊下が夜のように暗く、歩いていた生徒の姿が風景に透けて行き…幻覚の廊下は冷え冷えとして、学園祭の雰囲気はまるで感じられなかった。
 それはまるで――だが、思考はそこで止まる。内部から数度激しい輝きが見え、そして人の耳では聞き取れない悲鳴が『聞こえた』からだ。
「もう…一発!」
「――喰らいなさい」
 青が手の内から辛そうに光を生み出すと、それを助けるようにセレスティがどこから出したのか水の球を『それ』に浴びせかけ、十分すぎる程染み渡った水に、青の手から生み出された物――雷光が、遠慮なくその手を滑らせて包み込む。
「ん、みゃぁッ」
 薄暗くなった室内に、きらきらと光る千影の瞳がひときわ輝いて――隙間から現れ出た其れをぶちッと音が出そうな勢いで噛み千切った。一旦したんッとそこから身軽に飛びすさった後、すばるの目がありえない輝きを発して、『それ』が開けた穴の1つ1つをジグザグに縫って閉じて行く。
「けぷ」
「…大丈夫か?」
 小さく息を吐いた千影が、恨めしそうにそれを見ると、
「濃すぎるよぉ…なにこれぇ」
 未だ閉じ切っていない大きな穴からずるりずるりと這い出そうとしているそれへと視線を注いだ。
「駄目…止められません…」
「…っく、うおおおおおおっっ!!!」
 ヒミコが小さな悲鳴を上げ。
 ヴン、とこめかみに血管を浮き上がらせつつ、青が、そしてそれに唱和するように嵐が唸るような、怒鳴るような声を上げた。
 びしびしと空気が割れる音がする。
 明るい昼間と、暗い夜のブースが、廊下の境目がゆらぐ。何度も進退を繰り返しながら…そして。
「ぬっちゃって!!」
 連続で数発打ち込んだ雷光と、圧力を加えた水。それに他の力が加わったか、ずりずりと押し込まれ、引きずられて行く『それ』。
 間髪入れずに叫んだ千影の声に応じるように、すばるの目から異様に眩しい光が溢れ出て一番大きな穴をかがり、きゅっ、と光の糸を引張って閉じた。

 ――気がつけば。

 廊下でへたり込んでいる数人を、
「やだ、そんなに怖かったのかしら」
「でもいくらなんでも心霊写真で腰抜かすなんてねえ」
 そんな囁き声と共にくすくすと笑いながら去っていく生徒達が目の前を横切り。
 妙なモノが現れた気配も――いや、それ以上にブース内に漂っていた冷え冷えとした気配も無く。
「ぅあああ…痛ぇぇぇ……っ」
 名残は、頭を押えてうずくまる嵐の存在だけだった。
「大丈夫ですか?」
「あ、あの…少し、じっとしていて…下さいね」
 セレスティと、ヒミコが心配そうに嵐の額へと手を伸ばし。セレスティはひんやりとする手でこめかみを冷やし、ヒミコは静かに手を当てながら目を閉じて口の中で何事かを呟いていた。

*****

「え、え、えええっと、この中から、その、選べばいいのね?」
「先生…抽選ハガキを選ぶんじゃないんだから、手探りじゃ駄目だよ」
「ええええ」
 涙は出ていないものの半泣き状態のカスミが助けを求めるように周囲を見回す、が、誰1人として助けの手を差し伸べる者は居ない。
「わ、分かったわよ、見ればいいんでしょぉぉ」
 …審査は、カスミの番になってやたらと遅れていた。もっともその理由が、まず見つからなかった事…これは会長が、どういうツテで探し当てたのか屋上の隅で休憩していたと言い張るカスミを連れてきた事で解決した。その後は、御覧のとおり写真を見ようともしないカスミのお陰で他の者の審査はとうに終わっているものの、選ぶ前にその物を見ることがなかなか出来ないカスミを待って時間だけが過ぎていると言う状態。
「ねえねえ、なんでせんせいあんなに時間かかってるのー?」
「…それは言わぬが花ですよ」
 セレスティが、口の前に指を当てて小さく笑いながら言う。
「お花なんだ。ふーん。じゃあ言わないね」
 チュウリップかな、それともひまわりかな、そんな呟きが聞こえたのか他の者がくすっと思わず微笑を浮かべる。
「じゃじゃーん!決まりましたー。ええっと、それじゃあ検討賞から――」
「あ。せっかく写したのに忘れてました。さっきの間に現像してくれば良かったですね」
 勿体無さそうに自分のカメラを覗き込みながら虎太郎が呟く。
「あんな騒ぎの後だもの。忘れてても仕方ないわよ」
 残念だったわね、とシュラインが言うのを、いえいえ、とにこりと笑いかけ、
「後で現像してみますよ。何か面白いモノが映っているかもしれませんしね」
「…変なものを呼ばないよう気をつけるのだぞ」
 すばるがその言葉に小声ながらツッコミを入れた。
「最後の最優秀写真は――この一連の写真を送ってくれた――クン!友達を写した写真全てに謎のもやがかかって見えてます。このお友達の今後が心配ですねー。では、商品として学食の食券を10枚と、あたしのコンサートペアチケット――」
「ってちょっと待てぇぇっ!?それ俺じゃねえかっ」
 結果発表に少なくない生徒が集まった中での怒鳴り声に、そこの部分だけがざっと空間を広げた。そして。
 ――彼だ、彼よ、え、どこどこ?と言う囁きが円形に広がって行く。
「…言わないで食券半分友達から貰えばいいのに。何でわざわざ目立つ事するかな」
「おおそうだ、丁度良いですから、これも1枚いただきましょう」
 呆れた声を出す青の隣で、何か思いついたようにシャッターを切る虎太郎。もちろん、被写体は話題の中心人物である嵐。
 ――かくして。
 1年の何処かのクラスに、幽霊に取り付かれた生徒がいる、というオマケまで憑いて…いや、付いて、怪奇探偵クラブのブースは盛況のうちに幕を閉じた。
 尚、余談であるが。
「ねえねえ、その憑き物について調査させてよ、いいでしょ〜?」
「雫ちゃん…あんまり、無理強いはしない方が…」
「いい加減に、してくれっ!」
 そんな言葉が、校内に響いたとか、響かなかったとか…。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】

【0086/シュライン・エマ    /女性/2-A】
【1511/神谷・虎太郎      /男性/2-A】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/3-A】
【2259/芹沢・青        /男性/2-A】
【2380/向坂・嵐        /男性/1-B】
【2748/亜矢坂9・すばる    /女性/2-A】
【3689/千影・ー        /女性/1-B】

NPC
草間武彦
SHIZUKU
影沼ヒミコ
響カスミ
繭神陽一郎



●【個別ノベル】

【0086/シュライン・エマ】
【1511/神谷・虎太郎】
【1883/セレスティ・カーニンガム】
【2259/芹沢・青】
【2380/向坂・嵐】
【2748/亜矢坂9・すばる】
【3689/千影・ー】