【タイトル】 芸能演芸大舞台!
【執筆ライター】 市川 智彦
【参加予定人数】 1人〜
オープニング /ライターより /共通ノベル /個別ノベル


●「学園祭」 オープニング

 神聖都学園の校門の近く……そこにはあまり目立たない小さな白いテントがぽつんと建っていた。その下で質素な長机と折りたたみ椅子を並べて座っている男女がいる。彼らは学園祭が始まる直前までそこである種の人間を待つつもりでいた。自分たちが企画した学園祭のステージを彩る役者たちを、ただ当てもなくじっと。

 彼らは学園内弱小サークルのひとつである『演芸部』の部長と副部長だった。今までメジャーな文化部に押し潰されそうになりながらも、なんとか細々と活動を維持してきた。しかし今年は違う。左に座っている男が部長になってからは、副部長の女子を含む部員たちとともに懸命なアピールし始めた。その結果、知名度だけはメジャーサークルに負けないというおかしな地位を手に入れた。だが部員は特に増えていないし、何かの大会で賞を取ったわけでもない。部員は三味線に興じたり、浪曲をやったりといつもと変わらぬ活動を根気よく続けているという状態だった。
 そんな時、またアグレッシブな部長が動いた。学園祭で自分たちが体育館のステージを使って活動の成果を発表するのだと部員の前で高らかに宣言したのだ。すでに使用許可を取ったらしく、その手には生徒会が承認印が押された紙を持っていた。無駄に行動力のある部長にこれまでいくらかの理解を示していた部員たちだったが、さすがに今回の暴挙には閉口してしまう。次の瞬間、彼らが口を開けば「無謀です」「無理です」「勝負しすぎ」ですと不平不満をあらわにした。しかし部長はそんな彼らの不安を理解していたのか、こんなことを言って聞かせる。

 『大丈夫だ。今回はわれわれ演芸部の技術向上のために、学園に眠る芸人や一流のプロフェッショナル、そして最強の素人とともに舞台を彩ることになっている。観客が君たちを鼻で笑っても、飛び入りの人間に芸で負けても一切構わない。この舞台が人生最後のものになるのではないのだからな。たとえ演芸部をやめたとしても、この経験はいつまでも君を人間として、そしてひとりの芸人として活かされることは間違いない。これはいい経験になると思って欲しいんだ』

 今まで騒いでいた部員たちもこの言葉ですっかりおとなしくなった。そして部長の熱い言葉に動かされた。その結果、彼らは懸命に出し物の練習をしている。自分たちのサークルの名を冠した舞台を汚さないようがんばっているのだった。その間、部長と副部長は練習の合間を縫って外で飛び入り参加の人間の受付をしている……というわけだ。


 ちゃんとチラシはばら撒いた。ウェブ上での宣伝も怠らない。そして口コミも利用した。あまり有名でない芸能オフィスや音楽事務所にもそれとなく噂を流してある。準備は万端だ。後は参加者を待つばかり……しかし副部長はどうしても腑に落ちない部分があった。ギャラも出ない仕事を引き受けるプロなどいるのかということだ。彼女は自信満々の笑みを浮かべる部長に問い質した。

 「あのぉ、部長?」
 「何かな」
 「その……いくら神聖都が有名だからって、プロの人がノーギャラでこんな舞台に立つとは思えないんですけど……」
 「誰がいつノーギャラだって言った?」
 「へ……って、ああっ! なんですか、その札束は!!」

 まさかの展開に副部長はあ然とする。目の前に開かれた一万円の束は扇子のように広がり、その数は恐ろしいものだった。目の前に用意されたギャラを見て大いに驚く彼女を見ながら、常に冷静に振る舞う部長。

 「これで頬でも叩いてやろうか」
 「……いくらあなたでもそんなことしたら殺しますよ?」
 「今までの活動費の繰り越しで相当な金額がプールされてたらしい。もちろん違反ではない。ちゃんとした金だ。ただ、今までの部長がこれのありかにたどり着けなかっただけらしい。俺は伝説の古文書を頼りにそれを……」
 「どこまで本当のことかはわかりませんが、とにかくギャラは出るんですね?」
 「飛び入り参加の生徒の薄謝から、果ては事務所へのギャラまで行けるぞ」

 用意された札束を見ながら副部長は確信する。なんとかステージを盛り上げることはできそうだと。いや、必ず盛り上げる。成功させてみせる。そのためには部員たちのためにもゲストを呼ばなければならない。それに心血を注ごうと誓うふたりだった。はたして情報を聞きつけて飛び入り参加してくれる人間はいるのだろうか……?!




●ライターより

 皆さんこんにちわ、市川 智彦です。
 幻影学園奇譚ダブルノベル、今回は学園祭ということで市川らしくギャグの匂いのするオープニングで攻めてみました。まったく本編の真相とは関係ない部分を走っています。だって学園祭といえばお祭りですよ。そんな真剣なネタ、僕ちゃんできな〜い。

 ……おほん。
 さて今回は神聖都学園に存在する弱小サークル『演芸部』のステージに参加してくれる皆さんを募集します。何も難しいエンタメ技能が必要なわけではありません。別に部長や副部長による審査があるわけでもありませんので。カスタネットを叩きながら歌うんでも全然構わないんです(笑)。とにかく一芸を思いついたなら誰でも参加できるのです。どんなにネタが小さくても、皆さん同じくらいの大きさで扱いますのでどうぞご安心下さい。
 なお個別ノベルはリハーサルや控え室での出来事を描写したいと思っています。プレイングの端にステージでの行動以外のものもぜひ書いて下さいね。もしかしたら参加者さん同士で話を絡めるかもしれません。その辺はお楽しみにと言うことで(笑)。

 幻影学園奇譚に登録されている皆さんもそうでない皆さんもみんなで楽しめる企画にしました。本当に小さなネタからで構いませんので、ぜひ楽しんで下さい!



●【共通ノベル】

 演芸部主催のオンステージはなかなかの客入りだった。やり手の部長が中心になって作ったパンフレットが功を奏したらしい。飛び入り参加あり、世界ビックリ人間ありと、大げさなセリフが所狭しと並んでいた。しかしこういった広告はこれくらいの方がちょうどいい。それを証拠に、控え室に貼ってあるポスターを見たCASLL・TOは納得の表情で頷いていた。

 「いや〜、演劇部と演芸部と間違えて入部届を出した時はどうなることかと思ったけど、こんな大舞台を作ってくれるのなら安心だ。もしかしたら芸能プロダクションの人も来てるのかな。だったら、なおさら気合いが入るってもんだけどね〜。」

 大物悪役俳優を目指すCASLLの第一歩は演劇部と演芸部を間違えるところから始まっていた。彼がその安易な間違いに気がづいた時、大がつくほどのショックで数日寝こんだらしい。だが、入部して間なしにさっさと辞めてしまうのも気が引ける……とまぁ結局、そのまま部員としての活動することにしたのだ。この部活に所属していてもなかなか大きなチャンスに恵まれなかったが、何をやってもオッケーという演芸部独特の空気には水が合ったらしく、自分の思う芸の開発に今までも熱心に取り組んできた。その成果をようやく世間に発表することができる。彼は控え室に持ちこんだチェーンソーの刃を指で撫でた。

 「ふっふっふっふっふ……これだ。これこそが俺の最高の兵器……」
 「……お前、もしかして本物の悪人か?」

 目が半分イッちゃってるCASLLの姿を端で見ていたのは、本当は同じ部の仲間になるはずだった演劇部の春日 イツルだった。全身黒服にサングラスというCASLLの姿はまるっきりテレビに出てくる悪人だ。しかしCASLLは、イツルに向かって嬉しそうに話す。

 「やっぱりそう見えます? うれしいな〜。私、実は悪役俳優目指してるんですよ。」
 「つーか、悪人に見える。」
 「やっぱりぃ〜? うれしいなぁ〜! あなた確か、演劇部のホープなんでしょ。そんな人に誉められるとやっぱり……」
 「いや、悪人と悪役とでは、意味するところがかなり違う。」

 CASLLがいう通り、イツルは有名人だ。彼は神聖都学園に通いながら『伎 神楽』という名で子どもの頃からドラマに出ている実力派俳優でもあるのだ。
 そんな彼がなぜこのステージに出ることにしたのか。その理由は、ある日演芸部が演劇部に対して学園祭のステージ参加の助っ人を頼んできたのを耳にしたからだった。偶然その日はオフで予定が空いてだったので、イツルは自分から協力を申し出たというわけだ。もし自分の得意な分野で協力できることがあればと思っていたが、CASLLの悪人面を見ていたらそんな気も失せてしまったらしい。

 「大丈夫だな。別にお前に教えることなんてない。」
 「何が?」
 「いや、別に。気にしないでくれ。」
 「そんなこと言わずに教えて下さいよ〜。本物の俳優さんからいろいろと吸収したいんですよ。」
 「お前、俺から演技力を吸収したら間違いなく捕まると思うから。」
 「……………え、逮捕?」

 役者から見てもCASLLの演技力は立派なもののようだ。だがイツルは自分の発した言葉に自信が持てなかった。『教えることなんてない』といった自分を今では後悔している。その原因はもうひとりの出演者にあった。彼が動揺しながらその出演者を見ると、一心不乱にメシを食べているではないか。ジージャンにジーパンというごく普通の女の子こそ、もうひとりの出演者だった。彼女の足元には不似合いな鉄鎖がふたつ転がっている。彼女はこれを使って芸をするのだろうか……CASLLは彼女のことを知っているようだが、さすがに不安だったようで少し遠慮気味に話しかけた。

 「あの〜、龍堂さんも今日の演芸大会に参加されるんですか?」
 「そうだよ。ボク、龍堂 玲於奈。イツルさんよろしくね。ところで……ねー、何か食べ物持ってなぁい?」
 「天まで届きそうな盛り方してるチャーハンといくつあるかわからないシューマイを横にしてもそんなこと言えますか。はは、あははは、はは。」
 「だってさ、ボクはもう出し物の準備した後だからお腹減っちゃって。それに部長さんにギャラは先に出してもらうように言ってあるから、ここで食べてるんだ。」
 「だからとかなんとかいう量じゃないですね。本当にこれ全部食べるんですか?」
 「ほら、イツルさんも引いてるじゃないか。だから龍堂さん、もうちょっとゆっくり食べ」
 「お腹空いてるの〜っ! がつがつがつがつ……」

 乙女の苦悩を目と耳にしたふたりはそれ以上何も言えなくなってしまった。食べて立派な芸ができるのならそれでいいだろうし、何よりもスカウトしたのは自分たちではなく演芸部の部長である。何が起ころうと、いや彼女が何を起こそうと彼らには関係のない話だ。ふたりは部屋の隅に移動し、それぞれの準備に取りかかった。
 CASLLはチェーンソーの他にも皿回しの準備もしていた。さすがは演芸部というべき素材だったが、実際はある日どさくさ紛れて中国雑技団の練習に入りこんで手に入れた中華な技だったりする。さらにその横には、剣山と花が置いてあった。大きな括りでは確かに演芸だが、どちらかといえば華道である。実は彼、演芸部の他にも華道部にも所属しているのだ。今回の演芸大会への参加をみんなに伝えたら、ぜひ華道部の宣伝になるようなこともやってほしいと言われたのであらかじめ道具を一式用意した。部屋の奥にはちゃんとお茶の用意もしてある。本番でも控え室でも華道部の宣伝は万全だった。

 「おっと、そろそろ三味線ロックが終わるみたいだから舞台の袖でスタンバイしますね。」
 「がんばってね、んぐんぐ。」
 「りゅ、龍堂さん。食べながらの応援ありがとう。」
 「気をつけてな、あらゆる意味で。」

 イツルや玲於奈の声援を胸に、CASLLは重い荷物を運びながら準備を始めた。彼にとって舞台で芸を見せるよりもこの控え室で何かしてる方がはるかに緊張したり披露してしまうような気がしてならない……

 「気のせいじゃないな、きっと。」

 体育館は三味線ロックを称える拍手が割れんばかりに起こっていた。


 「それでは続きまして〜、多彩な技を繰り出す演芸部所属のCASLL・TOの登場ですっ!」

 副部長が体育館を埋め尽くす観客を盛り上げながら、部員をステージへと誘う。CASLLはコールされると同時にまずは両手で皿回しをしながら舞台の中央へとやってきた。観客はいきなりのアプローチに驚きの声を上げる。ツカミはバッチリ。続いてCASLLはアシスタントにキャスター付きの長机を持ってきてもらい、長い棒と皿を置くと続いての技に入ろうとチェーンソーを手に取った。しかも、その数は3つ!

 「おおおおおっ!?」
 「それではこのチェーンソーをお手玉したいと思いま〜す……あ、部長さん。ちょっといいですか?」
 「お、俺か? なんだ殺す気か?」

 部長の物言いに思わず同じことを考えた客が頷く。しかし、舞台に立つ男は死ぬよりも無茶なことを要求するのだった。

 「チェーンソーお手玉の下で座ってくださるだけでいいんです。」
 「お前はことの重大さをまったく理解してないな?」
 「ささ、早く。でも部長が動くと危ないんで、予防策として別の芸をお見せした後にお手玉やります。」
 「別の……芸?」

 恐る恐る舞台の中央で正座する部長を尻目に、CASLLはチェーンソーの横に用意された生け花セットを準備し始めた。まず剣山を手にし、それを直に部長の頭の上に置く。裏に両面テープが貼ってあるわけでもなく、ひもで括るわけでもなく、ただ置いただけ。さすがの部長もこれには慌てた。

 「ちょっちょっ! 何をするんだ、お前?!」
 「今から生け花をするんですよ。頭にお花が咲きますんで、絶対に動かないで下さいね。」

 まさか動けなくして危険な芸をするとは、会場にいた誰もが想像し得ないことだった。満面の笑みを浮かべたまま、CASLLは剣山を押えながら頭の上の生け花を楽しむ。部長はこうなると、もう動くことはできない。彼も覚悟を決めたのか、大きくひとつ息を吐くとそのままピタッと動かなくなった。普通ならできあがりを楽しみにする生け花だが、今日ばかりはそうもいかない。お客さんも皆、CASLLの動きのひとつひとつを息を飲んで見守っていた。
 そして部長の頭の上にきれいな花が咲いた。遠めで見てもなかなかいい出来映えだったが、誰もその行為に拍手を送ろうとはしない。そう、芸はここからだからだ。部長が微動だにしないのを確認し、さっそくチェーンソーのひとつを上に投げ、とっさに残りふたつを手に取った!

 「はい〜〜〜〜〜っ、参りますよ〜〜〜〜〜っ! ほいっ、あほいっ! ほいっほいっ!」

 第一投から会場に悲鳴が響く。チェーンソーの刃が動いていないとはいえ、これほど危険な芸はない。しかしCASLLは落ちてくるチェーンソーを器用にキャッチしては投げ、キャッチしては投げ、なんとも小気味よいテンポでお手玉しているではないか。彼はそのままの状態で部長の元へと歩き出す。それはまるでホラー映画のワンシーンのようだった。

 「キャーーーッ! 危なーーーいっ!」
 「大丈夫ですよ、お客さん。落ちても脳挫傷で済みますから。」

 彼の不穏当な発言が会場を阿鼻叫喚の渦へと叩きこむ。もはやビックリショーどころの騒ぎではない。目の前で血が見れるかもしれない凶器の使った狂気のショーは部長の頭上で延々と展開された。
 お客さんの悲鳴に気づいたイツルと玲於奈は舞台袖でその様子を冷静に見ていた。

 「落ちたらどうする気だ……あいつ。」
 「ごっくん。一応、刺さる前にボクが取りに行けると思うけど〜?」
 「なら、任せます。」
 「どうせあんたもできるんでしょー?」
 「さぁ?」

 ペットボトルに入った水を一緒になって飲みながら緊急事態に備えるイツルと玲於奈。ちなみに玲於奈の持つのは2リットルだったりする。だが時間が経つと次第に観客の不安の声が歓喜の声に変わりつつあった。人間とは恐ろしいもので、すでにこの極限のパフォーマンスを短時間で見慣れてしまったらしい。パラパラとではあるが拍手をする人も出てきた。しかし、ある音が賛辞の表現も気持ちもすべてかき消してしまう!

  ギュイーーーーーーーーーーーーーーーーーン! ギュギュイーーーーーーン!

 「ま、まさか……」
 「ま、ま、回し始めちゃった……!」
 「大丈夫ですって。動いたからってそんなに問題ないんですよ。ちょっとチェーンソーがぶれるんで、それさえちゃんと計算に入れてキャッチすれば。」

 『チェーンソーお手玉』は『回転チェーンソーお手玉』へと一歩ステップアップした。CASLLの顔は晴れやかな笑顔だったが、観客はおろか他の部員は誰ひとりとしてその笑いにつられることはない。今までにない大きな悲鳴が体育館を響かせる中、CASLLは悦にどっぷりと浸っていた。

 「ひ、悲鳴だ……耳をつんざく悲鳴にお客さんたちの本物の怯え……こんなのなかなか聞けないし、見れないですよね……」
 「す、スゴい技です! すでに技を超えています! 皆さん、CASLL・TOに大きな拍手を! 拍手をお願いしますっ! 早くっ、早く!!」

 副部長のアナウンスによる絶妙なストップがかかると、観客はパニック状態からなんとか脱し必死で拍手する。その音はやけに早く、さっさと終われと言わんばかりだ。駆動音よりも大きな拍手でなんとかCASLLの演技を止めることができた。こちらも我に返ったようで、お手玉の合間に観客たちに手を振りながら袖へと去っていく。そして宙に浮いているチェーンソーのひとつを無理やり玲於奈がキャッチしその動作を止めると、CASLLも残ったふたつを受け止めてスイッチを切った。なお部長は正座した姿のまま黙っていたが、悲鳴の大合唱がしたあたりからそのままの形で固まって気絶してしまっていたらしい。彼も何人かの部員に抱えられて舞台から姿を消した。

 控え室では大満足のCASLLがステージでの笑みをそのままに、舞台の感想を口にしていた。

 「いやー、張り切っちゃった。ちょっと盛り上げ過ぎたかな。イツルさんごめんなさい。次、出番でしたよね?」
 「べふにかばいばぜんよ……」
 「ところでイツルさん、何やってるんですか。さっきから頬を引っ張ったり金魚みたいに口パクパクさせたり。ここってそんなに酸素足りませんか?」
 「別に気にしないで下さい。いつものことですから。さ、じゃあ行ってきますね。」

 そう言い残すと、イツルは照明の落とされた舞台の上に向かう。彼はCASLLが芸をしている間、裏方にあるカセットテープを渡し、照明とも打ち合わせをしていた。本当はさっきまではジャグリングでもしようかと思っていたが、CASLLにバカな真似をされたので敢えて出し物を変えたのだ。それで急遽打ち合わせが必要になったのである。
 まずは騒然とした会場を注目させることだけを考え、彼はステージの真ん中に立った。そしてテープの音が流れ出した瞬間、彼は横を向いてすらっと右手を上に伸ばす……

 「次は春日 イツルくんですっ!」

 曲の邪魔をしない副部長のうまいマイクパフォーマンスで観客は一斉に舞台を見る。すると青白いシルエットに立つイツルの姿がそこにあった。少しの静寂の後、激しい音楽が体育館を揺らし始める。それと同時にイツルは踊り出した。そう、彼の出し物とはストリートダンスだったのだ!

 「イツルさん、カッコいー! もぐもぐ。」
 「スゴいね〜。やっぱりできる人は違うよ。」
 「そんなものなの?」
 「そんなものですよー。」

 CASLLはまだ食べてる玲於奈に解説しながら彼のダンスを熱心に見ていた。ひとつひとつの動きに無駄がなく、キレのあるダンスに魅入っていたある観客が本名でコールされたはずのイツルの姿を見てコソコソ囁き始める。

 「あれ……あれってもしかして神楽くんじゃないの?」
 「まっさかー!」
 「でもよく似てるよ。雰囲気も顔もホントによくさぁ……」
 「いーのいーの、今は盛り上がったらそれで。イツルくーーーんっ♪」

 女性を中心に会場のテンションも上がってきたところで、バック転やブレイクダンス張りのターンなどの派手なアクションでさらに彼女たちを魅了する。汗の雫や髪の揺らめき、そして指先まで美しいその姿はすべての女性を興奮させるに十分だった。黄色い歓声とイツルが曲の途中で煽った手拍子が会場を包む中、そのダンスはフィニッシュを迎える。両足を肩幅に開いて真正面を向き、舞台から観客に向かって指を突き出す挑発的なポーズで締めくくり、彼はそのまま闇の中へ消えていった。それが一番大きな歓声で体育館が包まれた瞬間でもあった。

 「イツルくーーーん! もっと踊ってーーーっ!!」
 「アンコールっ! アンコールっ!」

 イツルはファンの声に応えることなく、いったん控え室まで戻った。そこで部員がアンコールに応えるかどうかを聞きに来たが、この場は敢えて断った。それを聞いて驚くのは例のふたりである。

 「なんで〜、もう一回くらいしてあげればいいじゃない〜!」
 「いいんだ。まだあなたの出番があるから。それにアンコールなら全員の演技が終わってからでもいい。」
 「イツルさんって……いい人だなぁ。あ、お茶飲みます? 本当のお茶だけど。」

 CASLLは用意していた道具で本当の茶をたてていたのだった。


 そして次は玲於奈の出番となった。イツルはCASLLのたてた茶をゆっくりと回しながら控え室の中を見渡していた。だが見れば見るほど、彼の首を傾げる回数は増える。CASLLは気になって率直にその理由を聞いた。

 「あの……なにか落としましたか?」
 「いえ、ちょっと不思議で……」
 「不思議?」
 「彼女、さっき出し物の準備をしてたって言ってましたよね。あなたはそれが何か知ってますか?」
 「いいや。あの足元の鉄球かと思ってたんだけど……あれ、あそこに置いてあるな。じゃあ何を使って芸をやってるんだ?」

  キャーーーーーーーッ! キャーーーーーーーーーーーーーッ!!

 CASLLも周囲を見渡したその時、彼の時よりも大きな悲鳴が体育館に轟いた。ふたりは同時に立ち上がり、お茶を飲むために敷いた赤いじゅうたんを蹴って舞台袖まで走った。すると演芸部員が数人、しりもちをつきながら呆然とステージを見ている。彼が無意識に指差す先を見て、CASLLとイツルは思わず我が目を疑った。

 「いっ、なっ……ピアノを、ピアノをお手玉っ!!」
 「しかも普通サイズのピアノじゃない、グランドピアノだ。まさか準備したってあれか……?」
 「そんなバカな、そんなもの女の子の体力じゃ持って来れるはずがない!」
 「だが、持って来なければジャグリングもできない。納得いかないが、その論理で納得するしかないらしい。」

 「ほ〜〜〜ら、ほほいのほい♪」

 玲於奈のご陽気な声は幾度となく観客の恐怖心を煽る。CASLLの時とは違い、彼女はピアノのお手玉をしながらステージを下りるではないか。しかもジャンプで。それでもグランドピアノは彼女の手から離れることはない。まるでグランドピアノが彼女の手に吸いつくように落下してくるのだ。そして今度は観客と同じ場所に立った玲於奈はグランドピアノを徐々に高く高く上げていく……その際、彼女の近くにいた観客は係員によって安全な場所まで避難させられていた。その風景はプロレスのリングサイド席によく似ていた。

 「お気をつけ下さい、お気をつけ下さいっ!」
 「どう気をつけて、どこに逃げろっていうんだよ!!」

 お客さんの反応はもっともである。このバカ力があれば、会場のどこにいたって危ないに違いない。だが客の心理もおかしなもので、チェーンソーお手玉で逃げなかったのにこのグランドピアノお手玉で逃げるのはおかしいと思っていた。耐性とは恐ろしいものである。観客は意地やヤケクソで彼女の芸を命がけで見ているのだった。
 それを見た玲於奈はうれしそうにグランドピアノを投げ飛ばし、自分の手の上で三段重ねにするという極限の技を見せた。これを称えるには割れんばかりの拍手よりも驚愕の表情こそがふさわしい。もちろん誰ひとりとして拍手する人間などいない。続いて手に加えて足を使ってのお手玉を始め、もはや彼女が芸に飽きるまで永遠にジャグリングは続くだろう。

 「落ちたらどうする気だ、あいつ……」

 いつか言ったセリフを、イツルがもう一度口にする。しかしCASLLの口からは自分が期待したような言葉は返ってこなかった。

 「さぁ……どうしようもないんじゃないか?」
 「そうなったら逃げよう。」
 「それも仕方ないかぁ……」

 いつ果てるとも知れない玲於奈の怪力お手玉は徐々に出演者や部員たちを逃げ腰にさせていた……


 結局、玲於奈はお手玉をトチることもなく、なんとか無事にステージ発表は終わった。だが、それを見たお客さんの感想はさまざまだ。怖いだの、カッコいいだの、スゴいだの、一言では言い尽くせない興奮が凝縮されたものであったと人は言う。一応、この舞台は成功したと思っていいだろう。気絶したままの部長に代わって副部長がそう高らかに宣言した。CASLLとイツルは出演料をもらい、そして玲於奈はグランドピアノを返すために控え室で別れた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】

3453/CASLL・TO /男性/3−C
2554/春日・イツル   /男性/1−B
0669/龍堂・玲於奈   /女性/3−C

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)



●【個別ノベル】

【3453/CASLL・TO】
【2554/春日・イツル】
【0669/龍堂・玲於奈】