【タイトル】 それゆけやれゆけコスプレ喫茶!!
【執筆ライター】 暁久遠
【参加予定人数】 1人〜?人
オープニング /ライターより /共通ノベル /個別ノベル


●「学園祭」 オープニング

――――本日は、神聖都学園学園祭当日の朝である。

生徒達はこれから始まる楽しみに活気付き、知り合いが見に来る緊張に胸を高鳴らせる。
また、知り合いが何をやるか覗きに行ってやろうと思う者も多いだろう。


そんなある意味異次元的な雰囲気を持つ学園祭の出店の中で―――より一層、いろんな意味で盛り上がっている者たちがいた。



―――――それはここ。コスプレ喫茶『Different dimension(異次元)』である。



「―――よし、みんなきちんと着替え終わったかー?」


自分の着る衣装を身にまとった希望が声をかけると、着替え終わった全員がこくりと頷いた。
店内も装飾バッチリ。裏方の準備もバッチリ。
店員を含む全体を満足そうに見まわした希望は、にやりと笑うと――――口を開いた。



「それじゃあ―――――コスプレ喫茶『Different dimension』、開店だ!!!」



そんなわけで、様々な人間の様々な思惑を混ぜ込みつつも。



―――――――コスプレ喫茶、開店である。




●ライターより

初めまして。もしくはこんにちは。へっぽこ変態ライター街道驀進中の暁久遠です。
今回は…えー…文字通りコスプレ喫茶経営です(爆)
…既に言うまでも無く命名センスがなさが滲み出てますが、深くは気にしないように(をい)

ウェイターorウェイトレス、裏方(料理担当or茶入れ担当or清掃担当)、客 の三種の立場が選べます。
勿論それぞれ場所ごとにピックアップしたお話を書かせていただきますのでご心配なく。

ちなみに客以外はコスプレ必須なので注意。
店員は徹底的に働くことになりますが、お客さんはのんびり寛ぎつつ、店員お触り&からかいOKです(をい)

店員・客双方へのご注意。
メニューは食べ物は軽食(おにぎり・サンドウィッチ)や菓子類(ケーキ(早朝から来て作った)・クッキー(同じく)・和菓子(同じく準備万端。後はリクエストに応じて形を作る)など)、飲み物は水・コーヒー・紅茶・コーラ・ジュース(オレンジ・アップル)・緑茶となっております。
時間がかかりそうなもの(スパゲッティ・カレーなど本格的な昼食)は売っておりませんし、作る余裕もございません。
そこのところ、ご注意お願いいたします。


ちなみに外見が変わっているNPCの補足&NPCのクラス割り&喫茶内役職。
補足がない場合は容姿に変化は全くありません。…もともと年齢が近いメンバーばかりなもので…(遠い目)

■山川・まきえ【3−A】<裏方(料理)>
 若くなってます(をい)目の下の隈はなく、年相応の容姿の美少女です。
 髪は背中の中ほどまでで、ポニーテールにしてあります。
■山川・聡【2−C】<裏方(清掃)所により裏方(料理)>
■山川・葉華【1−C】<ウェイター(?)所により裏方(茶)>
 大きくなってます(笑)身長165cm。髪型や頭の双葉は元と変わりありません。
 中性的な容姿ですが、どちらかと言うと少年寄り。
■緋睡・希望【2−A】<ウェイター>
■秘獏・崎【1−A】<ウェイター>
■櫻【3−B】<ウェイトレス(?)所により裏方(料理)>
■クロム・フェナカイト(クラス表ではクロム・アウインとなってます)【3−C】<ウェイトレス(ぇ)>
 身体は男でも心は乙女(をい)性別偽ってるって言うかもう生徒会長に諦めさせてます(うわぁ)

同じクラスの人はそのネタでも使って遊んでやって下さいませ(笑)


今回は人数大目になる可能性が有り得るので、店員として入っていただいた人はこちらでランダムにローテーションを組ませて頂きます。
なので、NPCや他の参加PC様の中で「○○とは一緒になっておきたい!」と言う相手がおりましたら記載していただけるとその人と一緒の時間に入れさせて頂きますのでご希望がありましたらどうぞ。

お客様側は午前・午後のどちらかを指定していただければ、ランダムに午前or午後(指定時間)のどの時間かに現れることになります。
また、こちらも店員と同じようにNPCや他PC様の中で「○○の担当時間内で(この場合は午前午後の指定は書かなくても結構です)」や「○○と一緒に来店」など指定して頂ければその時間帯・メンバーに組み込ませて頂きますのでご希望がありましたら是非どうぞ。


<参加上記載必須事項>
・店員(ウェイター・ウェイトレスor裏方(料理担当or茶入れ担当))として働くか客として遊びにくるか。
・店員側の場合はどんなコスプレ衣装を着るか(黒子でも着ぐるみでも女装でも男装でも本当になんでもありです(待て))
・客側の場合は午前・午後のどちらに来るか。
以上のことはお忘れなく書いて下さいませ。


■準備編で入手したジェントルメイド服(ブラウス・スカート(膝上orロング)・エプロン(ミニorロング)・ヘッドピース・リボンorチョーカー)の色(スカート・リボンorチョーカーのみ)と属性内容一覧■
・メガネっ子(視力が悪くなりコンタクトよりメガネ派になる。微妙にドジっ子属性も一緒に取得)―青
・厳格オーバーメイド(別名いじわるメイド長。内容は聞いて字の如く(笑))―紫
・ちびっこモード(身長が縮みます(外見年齢10歳程度。もちろんつるぺた(待て))行動・思考も子供並に…)―オレンジ
・獣耳尻尾モード(着て好きな動物を想像するとその動物の耳と尻尾が生えてきます(耳と尻尾がある動物限定)ただし痛覚も繋がるので注意)―緑
・獣耳尻尾モード2(上と同じ)―ピンク
・スタンダートメイド(普通にメイドっぽい振る舞いを身につけます)―黒(リボンで赤)
・スタンダート逆カラー(スタンダートメイドの逆カラー版です)―白(ブラウス・エプロン・ヘッドピースが黒)

…はい、ろくでもない内容でごめんなさい(土下座)そして準備編未完成にも関わらず先にネタバレすることをお許し下さい(爆死)
店員担当の中で着たい方がいましたら記載していただければ着ていただけます。
ちなみにリボンorチョーカーのどちらをつけるか、色は何色かはスタンダートメイド以外は指定お願いします。
…ただし先着順なので、念のためにメイド服が着れなかった場合の衣装の指定も忘れずにお願い致しますね(汗)

それとさらに追記ですが。
実は結局NPC達に着せる衣装が決まりませんでした…(滝汗)
衣装候補は幾つかはあるのですが、誰に着せるか迷ってしまったりして決めきれず…(汗)
「これは○○に着せたら?」、や「こんなのはどう?」などがありましたら指定してやってください。

■以下衣装候補■
メイド服(上のメイド服のうちどれか)
制服系(アンミラとかアニメの制服など。着せる場合は具体的に指定して頂けると嬉しいです)
壷振り等時代劇系(こちらも着せる場合は具体的な指定をして頂けると嬉しいです)
タキシードにウサ耳・片眼鏡・懐中時計(不思議の国のアリスをイメージ)
エプロンドレス&大きめリボン(同上)
タキシードにシルクハット(同上)
チャイナ(他の衣服でも可)に猫耳猫尻尾(同上)

そういうわけで、申し訳ありませんが、またまた皆様のお知恵を拝借させていただこうかと…(他力本願ですみません…)
このNPCにはこの衣装!というものやこのNPCにこんな衣装を着せたら面白いんじゃないかな…?などのご意見お待ちしております。

それでは、皆さんのご参加、お待ちしております。



●【共通ノベル】

●1日目(13日)
「準備はいいかーっ!野郎ども―――ッ!!」

『おーっ!!!』
『…おー…』

野郎じゃなくて女性も混じってますけど、と言うツッコミは受け付けません。
記念すべき開店1日目のメンバーを見回して、シスター姿の希望は元気よく拳を振り上げた。…まったくシスターらしくない辺り流石だ。
その声に元気よく答えた者と力なく答えた者がいたとしても、それは仕方のないことだと思います。

ちなみにノリノリで答えたのは、
海原・みあお(獣耳獣尻尾メイド服ピンク<魚の尻尾と耳(鰓?)>)
菱・賢(ちびっこメイド服)
栄神・千影(獣耳獣尻尾メイド服緑<黒い兎耳尻尾>)
崎(ミニ丈フリフリウェディングドレス)
クロム(スタンダート逆カラーメイド服)
の六人。
覇気なく答えたのは、
聡(巫女)
葉華(アリス)
櫻(猫耳ロングチャイナ(スリットは片足だけで太もも近くまで))
まきえ(インドの民族衣装サリー)
の四人である。

まぁ、まきえの場合は単にもとから覇気がないし、櫻の場合はノるのが面倒くさかっただけだと思われる。
あ、他にも一応何人かいるんですけど、そういう名も無き人達は知りませんから。

**

「やっぱり、いい思い出作りたいですよね」

ふふ、と楽しそうに笑いながら、みあおがくるりと回ってメイド服の裾を翻す。
その動きに合わせてゆらりと揺れたのは彼女に生えた耳…いや、鰓と、魚のそれと同じ尻尾
足が生えた人魚といったら、わかるだろうか。
随分と変わったその格好は、『耳が生えた動物』と言う規制の中でギリギリのところをかいくぐったかなり意外な選択と言えるだろう。
彼女からそれが生えた時は、他のメンバーは相当驚いたものだ。
「…いい、思い出なんですか…?」
楽しそうなみあおを見て微笑ましく思いつつも、聡が苦笑する。

「やっぱりコスプレ喫茶の醍醐味は『何でもあり』ってトコだよな!」

すっかりオコサマサイズに縮んだ賢がぐっと拳を握りながら高々とそう言った。
この開き直りっぷりはいっそ清清しいほどだ。
そして着替えにこのメイド服をチョイスした瞬間、崎が大喜びしていたのは言うまでもなかったりする。
「…なんでもありってのはそうだけど、それって醍醐味なのか…?」
出来ればこの場から逃げ出したいと切実に思っている葉華が、遠い目でこっそりと呟いた。

「えへへ、櫻ちゃんよく似合ってるよぉvv」
「そりゃ有難う」
櫻の衣装を推薦…むしろ『櫻ちゃんのお洋服?これにしようよぉ』と半ば押し付ける形でプレゼントした千影は、意外とはまっている櫻の姿を見て嬉しそうに手を叩いた。
ちなみに千影の着ていた獣耳メイド服は着るものによって少々デザインが変わるのか、黒地に緑のラインが入っているものに変化している。
髪のリボンとお揃いのそれは、千影によく似合っていた。
頭からぴょこんと生えた真っ黒なウサギの耳と、お尻の辺りからぽんと飛び出た丸い尻尾がまた可愛らしい。
櫻の返答は適当なものだが、決して嫌なわけではなさそうだ。…多分。


***

《それでは、ただいまから文化祭を開始いたします…》
「おーっし!んじゃ開けるぞーっ!!」

準備が完全に終わったことを確認した希望は、開始アナウンスが聞こえると同時に希望はドアの前に立って扉を引く。
ガラガラと音を立ててずれた扉から、何時の間にやら行列になっていたらしい待ち客の先頭が何人か見えた。


『いらっしゃいませー!!』


その姿を確認すると同時に素早く作り笑顔を浮かべた店員たちは、にこやかに笑って歓迎を示すのだった。


―――――――コスプレ喫茶、開店である。


***


「すいませーん」

「はい、なんでしょう?」
すぐ近くのテーブルから聞こえてきた声に、みあおが反応してやってきた。
にっこり微笑むと、客の人がほっとしたように口を開く
「注文したいんですけど」
「わかりました。ご注文をどうぞ?」
「それじゃあ、紅茶とクッキーを」
「紅茶はホットとアイス、どちらに致しますか?」
「ホットで」
「かしこまりました。
 紅茶とクッキー、紅茶はホットでよろしいですね?」
「はい」
「それでは少々お待ち下さい」
手早く、しかし的確に対応を行うみあお。

「…凄いですね、海原さん…」

そしてそのまま上手く人や机を避けて歩く姿に、机の上の後片付けをしていた聡が感心したように呟いた。
手に持っている竹箒が教室内ではミスマッチのはずなのに巫女服と妙に似合ってて怖い。

「お姉さんがよくバイトをしているので、自然と。
 とにかくオーダーミスや衣装を引っ掛けたりはしないように気をつけますね」
「えぇ、頑張ってください」

かなり大変ですけどね、と苦笑する聡に、みあおも笑って周りを見る。
開店してまだ一時間も経っていないが、人のローテーションがかなり早い。
まぁ、大抵は店員を見に来るだけの人ばかりなので、飲み物だけを頼んで時間をつぶしている人が多いのが一番の原因なのだが。

「でも大変なのもそれはそれで楽しいです。
 お客さんも気さくな人ばかりで話しやすいですし」

みあおちゃーん、と手を振ってくる見知らぬ生徒ににこりと微笑んで手を振り返し、みあおは聡に向かって微笑んだ。
「…気さくは、気さくなんですけどね…」
僕的にはちょっと…とげっそりする聡の後ろから、『可愛いぞー聡ちゃーんv』とからかい混じりの野太い声が聞こえて来る。
聡としては、こういう気さくさはちょっと複雑らしい。
そんな聡の様子にくすりと笑いながら、みあおはオーダーを連絡しにぱたぱたとカウンターに向かって歩いていくのだった。

**

「賢くーん、こっちのオーダーお願いできるかしらー?」

「うえっ!?は、はいっ!!」
ちっちゃくなった自分の頭と同じくらいの面積を持つお盆をふらふらと運んでようやく机に置いたところで、素敵なおねーさまからオーダーの宣言が。
慌てて駆け寄り、ポケットに入れてあった注文票とボールペンを引っ張り出す。

「ど、どうぞ」
「それじゃあ、まずは飲み物はコーヒーをホット。ミルク・砂糖はいらないわ。
 食べ物はおにぎりと和菓子二つ。和菓子は桜とウグイスでよろしくね」
「え、え??」
すらすらと一気に言われた言葉に、賢は目を白黒させる。
「あら、覚えられなかったかしら?」
くすくすと楽しそうに笑うおねーさまに、賢はむっとしてぶんぶんと顔を横に振った。

「覚えてるよ!
 コーヒーはホットで、ミルク・砂糖は無しだろ!
 それで、食べ物はおにぎりと和菓子二つ。和菓子は――――えっと…」
「やっぱり覚え切れなかったんじゃないの」
「う、うぅ…」
ぷっと吹き出してくすくす笑い出すおねーさまに顔を真っ赤にする賢。
「和菓子は桜とウグイス、よ」
悔しそうにうめく賢を楽しそうに見た後、おねーさまは笑いながらそういう。
急いでそれをメモする賢に本当に楽しそうに口の両端を持ち上げながら、おねーさまはもう一度口を開いた。

「…今度は忘れちゃ駄目よ?」
「わっ、忘れないっ!!」

おねーさまの言葉にムキになって叫び返すと、ばたばたと大きな足音を立てながらカウンターに走っていく。
それを見てくくく、と笑いをかみ殺しているおねーさまを見て、葉華が呆れたように声をかける。
「…からかうのはほどほどにしといてくれねぇ?」
そう言うと、おねーさまはあら、ごめんなさい、と謝り、しかしその後に忙しなく走り回る賢の背を見つつ、ぽつりと呟いた。

「…だって、賢くんったら…とっても可愛いんだもの…vv」

「え゛」
とりあえず、目線うっとりはナチュラルにオプションで。
―――実はこのおねーさま、ちょっと危ない嗜好らしい。

小さい賢がいろんな意味で喰われませんように、とささやかに祈りつつ、葉華は小走りでその場から離れるのだった。
…ちなみにその後、そのおねーさまが帰った後に賢が行方不明になると言う事件があったが…その原因は本人がおねーさまについてって迷子になっただけでしたので、あしからず。

**

「…はい、クッキーと紅茶アイスです…。
 3番テーブルに、よろしくお願い致しますね…?」

「はーいっ!
 わ〜、おいしそぉ♪」
まきえからカウンター越しに商品が乗ったトレイを受け取り、千影がにっこりと微笑んで頷く。
それを確認したまきえは微笑むと、またカウンターの奥へと引っ込んでいった。

「さんばんてーぶる、さんばんてーぶる、っと…」
パタパタと小走りで音を立てながら部屋の中をするすると進んでいく千影。
途中で『千影ちゃんがんばってー』とか『ちーちゃんかわいーっv』とかあちこちから上がる声に笑顔を返し、千影はある程度歩いたところで立ち止まった。
…視線はトレイの上にあるクッキーに釘付けで。

「……」

ごくり、と千影の喉が鳴る音が聞こえる。
目の輝きが得物を狙う獣の色を含んでいるのは、気のせいだと思いたい。

「……食べるでないぞ」

何時の間にか別のトレイを持って千影の後ろに立った櫻がぽつりと呟くと、千影がビクッと肩を震わせる。
「…や、やだなぁ、チカ、そんなはしたないことしないもん!」
「どうだか…」
そこはかとなく引き攣った笑み付属で言葉を返す千影に、櫻はぽつりと毒を吐く。
そして溜息を吐くと、千影の隣から歩き出す。

「食べたければ後で自分で買うのだな。
 …もしくは客に上手いことたかってこい」

前者はともかく、後者はタチ悪。
しかし千影は『そっか、その手があったっけー』とむしろ間違った方向で納得し、ぽむ、と手を叩くのだった。

……その後、ファンだと名乗る男にお菓子をねだる千影の姿が見られたとか見られなかったとか。


――――櫻さん、純粋な子供を誑かすのは止めましょうね。


**


――――――そして、あっという間に時間は過ぎて正午。

思ったよりも大繁盛なこの喫茶店。
時間が過ぎても客足は途絶えず、むしろ少しずつ増えている感がある。
まぁ、午前から時々交代したり休憩を挟んだりしているから、まだ疲れは溜まっていないが。

みあおは他の参加生徒達の何人かと一緒に衣装のままで他の出し物を見て回りに行っている。
ちなみに千影と賢はみあお達より三時間前にたっぷり休憩を取ってきて、今は頑張ってまた働いている最中だ。

「おーい、こっち注文来てくれー!」
「はーい!」

「あ、こっちも!」
「は、はい!!」

右往左往。あっちへどたばたこっちへどたばた。
正に目が回るほどの忙しさだ。

「うにぃ…何時になったら終わるのぉ…?」
「さぁのぉ。しかし文句を言ってる暇があったら手と足を動かすことじゃ。時間がないぞ?」
「うぅ…」
疲れたと猫耳を垂らして呟く千影に、櫻がさらっと呟いた。

「うー…もう飽きたぁ!!」
「あーコラコラ。
 途中で投げ出すなんてカッコ悪いぞー。男の子じゃないぞー?
 もしかしてキミは女の子なのかなー?」
「違わいっ!
 …うー…」
賢がキレて投げ出したお盆をキャッチした希望が笑って言うと、賢が不機嫌そうに唸る。

そこへ、注文をとってきたばかりらしいクロムが笑いながら口を挟む。

「でも、それにしても思ったよりもずっと繁盛しちゃってるから、店員の皆疲れてきてるみたいよ?」

アタシ達は別だけど、とクロムが苦笑する。
確かに、別と言えば別だ。
まきえ・聡・葉華・希望・崎・櫻・クロム。
このメンバーだけは朝からぶっ通しで休みなんてほぼゼロで働いているのだが、何故か疲れる様子すら見えていない。
こういうのに慣れてるのか、単に体力が沢山あるだけか。…どちらにしても微妙なところ。

「んー…仕方ねぇなぁ」

クロムの言葉に首をコキコキと鳴らすと、希望は溜息を吐く。
そして顔を上げると―――口を開いた。

「すいませーん!
 申し訳ありませんが、只今店内にいらっしゃるお客様がお帰りになられてから一時間ほど、休憩させていただきたいと思いまーす」

希望が手を上げながらそう言うと、そこかしこから『えー』と言う声があがる。
しかし希望は笑顔で黙殺すると、その話を通して仕事に戻った。

「…とゆうーわけで、もうちょっと頑張ったら休憩できるわよ?」

そう言ってパチン、とウィンクするクロムに、千影と賢は安心したように微笑んだ。

***

……が。
やっぱりどんな状態でも、事件と言うものは起きるもので。

「―――ちょっと!何よこれ!!」

唐突にあがった叫び声に、店員だった者達のみならず、客としてまだ残っていた面々も驚いて声の方を振り返った。
そこにいたのは―――商品の乗った沙羅を手に持って立ち上がっている憤怒の表情の女性と、戸惑った顔を浮かべた賢。

「…一体どうなさったんですか?」

見かねた聡が、戸惑い気味に女性に声をかける。
すると、女性がぎっと聡を睨みつけ、「どうしたもこうしたもないわよ!」と癇癪気味に叫んだ。

「私が頼んだクッキー、一枚しか乗ってないじゃない!
 頼んだアップルジュースも半分しか入ってないし!!
 一体どうなっているのよ!?」

そう言ってバン!と叩きつけられた皿の上には―――確かに、クッキーが一枚だけ。
コップの中のジュースも半分も残ってない。

これを運んだのは誰だ?
―――賢だ。
では、何故彼はこんなに泣きそうな顔をしている?

…………まさか。

「……菱さん、まさか…」
聡が若干顔を青くして言うと、賢はビクッと肩を震わせた後…ふいっと、顔を逸らした。

――――――ビンゴ。

何があったか悟った聡は、顔をさーっと青くして、慌てて女性に頭を下げる。
「申し訳ございません!
 店員の不手際でした!!
 今すぐに替えをお持ちいたしますので…!!」
「早くしてよ!!」
「は、はいっ!」

一応待ってくれてるだけでも有り難い。
聡は慌てて赤い袴を翻すと、ばたばたと黒い髪を翻してカウンターへと走っていった。

「…」
当の賢は、そろそろと足音立てずに逃げ去ろうとしている。
…が。
がしり、と後ろから一回り大きな手に肩を掴まれた。

――――――葉華だ。


「…おい、賢…お前、食ったな?」


何を、とは言わない。
言わずとも分かるからだ。
睨みつける視線は鋭く、賢はビクッと体を跳ねさせた。
完全に怯えてるが、おかんむりな葉華はそれぐらいじゃ諦めない。

「お前なぁ!客のモンは喰っちゃいけないってあれほどいったじゃねぇか!!
 大体つまみ食いするにしても度が…」

「……う…」
「…あ?『う』??」
くどくどと続く葉華の説教に、賢から小さな呻き声が上がる。
葉華が眉を顰めて聞き返すが、賢は肩をふるふると奮わせるだけで何も言わない。

…しかし、こういう時生き物の第六感と言うのは凄いもので。

ぞくり、と嫌な予感が背筋を駆け巡った葉華が一歩後ずさると同時に――――。


「うっ…うあぁぁぁぁあああんんっ!!!!」


――――――賢が、泣き出した。

「げげげっ!」
葉華が口元を引き攣らせると同時に、賢の泣き声がトーンアップ。
ついでになにやら不穏なオーラすら漂ってきていて…。

――――ゴッ!!

賢を中心に、光が放射線状に解き放たれる。
泣いて半混乱状態になったせいで、法力が暴走したのだろう。
完全無差別。形すらなさない、ただの力の垂れ流しだ。

「どわぁぁあああっ!?!?」
「きゃあぁっ!?」
「うわっはぁ!!!」


「うわぁぁぁあああああんんっっ!!!!!!」


店内は大混乱だ。
机と椅子はひっくり返り、商品や皿が宙を舞う。
客は慌てて逃げ惑い、入り口からどたばたと走り去っていく。
完全にしっちゃかめっちゃかなこの状況。
特にもろ至近距離でその暴走を喰らった葉華なんて、何メートルも吹っ飛んだ上で完璧気絶済。
責任放棄もいいとこだ。…半強制的だけど。

「あーもうまったく!これだから童の相手は嫌なんじゃっ!!!」
「ひゃあっ!?さ、櫻ちゃん、誰かがどさくさに紛れてチカのお尻触ったー!」
「なんじゃとっ!?」
「ちょっと誰よ可愛い千影ちゃんのお尻触ったの!」
「そーよそーよ、そんな不届き者、この崎ちゃんが成敗しちゃうんだからっ!!」
「あーもうっ!!
 クロムさんと崎くんは便乗してふざけないで下さい――――ッ!!!」

「うわぁぁあぁぁああぁぁぁあんっ!!!!」


「……いったい、みあお達がいない間に何があったんでしょう…?」
「…さ、さぁ…」

つい先ほど教室に戻ってきたみあおと数人の生徒達は、入り口のところでストップし、呆然と中の惨状を眺めている。
「いやさー。
 ちょっと色々あってねー」
何時の間にやら比較的被害の届かない入り口にちゃっかり非難していた希望はそう言ってにっこりと笑い、驚いた表情でストップしたままの二人を見る。
みあお達は顔を見合わせた後、困ったような複雑なような、微妙な笑顔を浮かべて返す。

「…色々、ですか…」
「そ、色々♪」

とりあえず皆が無事にいられるようにー、とでも祈っておくかなー?
首から下げたクロスを口元に持って行きつつ、希望はそう言って笑うのだった。


――――――ちなみにその後。
          大泣きしている賢を柄を覚ました葉華がなんとか宥めたのは、それから一時間半ほど後のことだったそうだ。


…ついでに、営業再開までは、この後更に一時間ほどかかったとか。


***

……そして。
あっという間に日は暮れて。


『有難うございましたーっ!!』


最後の客が帰っていくのを見送って、全員は同時につめていた息を吐いた。

「「「おっ…終わったぁ…」」」

へたり、と言う効果音が似合いそうな感じで、聡と賢・千影が揃って椅子に腰を下ろす。

「あはは…思ってたよりも繁盛して、疲れましたね…」
「まぁ、この忙しさも、後になったらいい思い出でしょうけど…」

椅子に座って安心したように笑うみあおと聡。

「皆ーっ、今日はお疲れ様ー☆」
「皆さん…結局丸一日手伝っていただくことになりまして、申し訳御座いませんでした…」
「全く…本当に面倒な事に巻き込まれたものよ…」
「あら、アタシは楽しかったけど?」

他のメンバーよりも倍以上働いたはずの崎・まきえが笑顔で皆をねぎらう。
それを横目で見ながら結構余裕そうな櫻がぼやき、けろっとしているクロムがくすくすと笑った


「あー、皆!その衣装のままこっち来て!!」


全員(一部除く)でぐったりしていると、唐突に希望から声がかかる。
一体何事かと全員が振り返ると、そこにはカメラ片手に手を振る希望の姿が。

――――なんとなく、何をするのか理解した。

「記念写真、ですか。いいですね」
「うん、チカもお写真撮りたーい♪」
女性陣が楽しそうに立ち上がって希望の元へ歩いていく。
「んー…ま、いっか!いい思い出だしな♪」
「えぇ、思い出作りには、悪くないですね」
その動きを見て男性陣も立ち上がり、希望の元へ歩いていく。


「――――――はい、チーズ!」


―――パシャッ。

みあお、賢、千影、希望に崎、まきえ、聡、葉華、櫻、クロム。
この十人で、1日目の集合写真を撮ったのだった。


――――――そんなこんなで、1日目、終了。


●2日目(15日)
「よーっし!
 そんじゃ2日目、気張っていくぞーっ!!」
『おーっ!!』
『…おー…』
1日目と同じ格好の希望が気合満タンといった感じで腕を振り上げると、ノリノリのメンバーが同じように勢いよく腕を振り上げ、あまりのってないメンバーが渋々といった感じで腕を振り上げた。
…やっぱり1日目と同じノリだ。

ちなみにノリノリで答えたのは、
郡司・沙月(獣耳獣尻尾メイド服緑<狐耳尻尾>)
夏野・影踏(バーテン風)
高台寺・孔志(ピンクのアンミラ系。色々短め、ふりふり多め)
山内・りく(スタンダート逆カラーメイド服)
崎(ミニチャイナ&猫耳尻尾)
クロム(ナース服)
の六人。
覇気なく答えたのは、
芹沢・青(ピンクハウス系の服にエプロン。頭にはレースリボン)
聡(巫女)
葉華(アリス)
櫻(海軍軍服(髪は短髪にチェンジ済))
まきえ(インドの民族衣装サリー)
の五人である。

全日参加のメンバーは以前と同じ衣装の者もいれば、衣装チェンジしたメンバーもいる。
まぁ、聡と葉華の場合はチェンジしたくてもさせて貰えなかったようだが。
まきえと櫻は1日目と同じ感じで。
言わずもがな、他の名も無き方々は無視の方向で行きます。

**

「ふっ。
 接客は夜のバイトで慣れてんぞ!!」

なんだかちょっぴし色々とヤバい部分が見えそうな感じの衣装で仁王立ちしながら、孔志が偉そうにそう叫ぶ。
化粧は女性であるエマに手伝って貰ってナチュラルメイクなので見苦しくはない…筈。
胸にもヌーブラをつけ、ぱっと見ちょっとゴツイ女性に見えなくもない。……あくまでもぱっと見、の話。
ガーターベルトもバッチリ装備な辺り、気合の入りっぷりが伺える。

「さっすがアンドレ!今日も元気に大暴走ね!」
「はっはっは!それほどでもあるさオスカル!!」

絶対褒めてないって。
崎の言葉に偉そうに髪をかき上げる孔志にツッコミが入るが、二人は何処吹く風。
爽やかに変な世界を作り上げている。

「けどなオスカル!
 俺はこんな格好してるけど目的はナンパなんだ!職場恋愛を切実に希望!!」
「あぁごめんなさいアンドレ!うちは職場恋愛禁止事項なの!!」

即効で却下かよ。
変なノリで会話しつつもきっちり会話が成立してる辺りさすがと言うかなんというか…。
その言葉にガーン、とショックを受けつつも、孔志はすぐに遠い目。

「…まぁ、此処は何故か野郎が多いから土台ほぼ無理な話だけどな!!」
「そう言う事ですな」

ちょっとげっそりしつつ叫ぶ孔志に、うんうんと頷く崎。

――――孔志の計画は、初っ端から暗礁に乗り上げた挙句脱出不可能になったのだった。

**

「本番ですねー。頑張りましょうねぇ♪」

のほほん、と思い切り平和そうに微笑みながら、りくが言う。
「えぇ…私達は2日目ですけど、りくさんは初めてですものね…。
 一緒に、頑張りましょう…?」
隣に立っていたまきえも、のほほんと微笑んで返す。
「はい〜♪」
その言葉ににこにこと笑うりくだが、すぐににこにこ笑顔のまま、まきえに詰め寄る。

その手には―――何故か、スタンダートメイド服が。

「……?」
不思議そうに首を傾げるまきえに、りくは笑顔で口を開く。

「まきえさんも出ましょうよ〜。
 絶対似合いますから〜v」

――――――やりたかったのはウェイトレスへの勧誘だったらしい。

しかしまきえはにっこり微笑むと、軽く首を左右に振る。
「…申し訳御座いませんが、私は裏方の仕事で手一杯ですから…」
どうやらウェイトレスとして出るのは嫌らしい。
そう言って微笑むまきえに、りくは『そうですか…』としょぼんと肩を落とす。


「―――でも、諦めませんからね!
 絶対、まきえさんと一緒にウェイトレスするんですから!!」


「……あらあら…」
……まだ、諦めてないみたいです。

**

「……」
「…あ、あの…」

――――――青は、部屋の隅っこで体育座りして凹んでいた。

「…芹沢さん、幾ら格好がショックだったからってそこに座っていても…」
「……言うな聞くな今の格好を思い出させるな…!!!」

―――地を這うような声。
この世の全てを恨んでいますとでも言いたげな目に、顔が怒り笑いのような奇妙な状況に引き攣っている。
この格好が相当嫌だったらしい。

「メイド服は嫌だって言ったよ確かに。
 でもだからって何でこれなんだよ…」

あっちこっちにレースがふんだんに使われたスカートに同じようなブラウス、青い髪は可愛いリボンで括られて。
青のプライドは相当傷つけられている様子。
「…あの、此処はもう開き直ってしまうしかないと思いますよ…?
 それにほら、裏方になってるだけでもまだマシかと…」
聡が困ったように言うと、青はがばっと顔を上げる。

「んな事できるかっつーの!っつか裏方でも嫌なモンは嫌だ!!
 大体お前はなんでそんな格好させられて平気なんだよ!?
 巫女だぞ巫女!女の格好だぞ!?」

ガラ悪く叫ぶが、格好のせいでイマイチ迫力ないのはご愛嬌。本人にはヒミツです。
しかし一生懸命仲間を求めんとするその言葉に、聡は思い切り苦笑すると、ぽつりと呟いた。

「…僕、いっつもこんな役回りばっかりなんで…もう、諦めました…」

――だって逆らったところで味方がいないんですもん――

―――――そう言う聡の目が、果てしなく遠い。
       物凄く力なく笑う聡の姿が、妙に哀愁漂って見える。

「……お前も、色々大変なんだな…」
「…はい…」


――――芹沢青、なんとなく自分と同じ匂いのする人間を発見した日だった。


「さーとーしっvv」

「うっわぁ!?!?」
「どわっ!?」

急に背後から登場した影踏に抱きつかれ、聡が叫び、つられて青も驚いて叫ぶ。
「ははっ!すっげー驚いてるし!!」
「な、夏野さんっ!いきなり何するんですかっ!?
 びびびびビックリしたぁっ!」
「ビックリしたのは俺の方だバッキャロー!!」
「悪い悪い。ちょっとイタズラしてみたくって☆」
なんだかかみ合ってんだかかみ合ってないんだか微妙な会話だ…。

聡は自分の背中から離れた影踏を振り返り、きょとんと不思議そうな顔をした。

「…夏野さん、意外と普通の格好なんですね…」

今日初めてまともに影踏の格好を見た聡の正直な感想だ。
「何だよ。まるで俺がいっつも変みたいじゃねぇか」
「…あながち間違ってるとは思わねぇけどな」
不満そうに返す影踏に、ぼそりと青が痛烈なツッコミを入れる。
それが聞こえているのかいないのか、聡は困ったような顔で笑う。

「あ、いえ。そういう意味じゃなくて…。
 なんていうか、こう言う行事ごとでは率先してあのメイド服、着そうだと思っていたので…」

何せ以前ウェディングドレス着てたことですし、と目を逸らして呟く聡にあぁ、と頷くと、影踏は気まずそうに笑う。
そして目線を泳がせながら頬を掻くと、ぽつりと呟いた。

「…なんつーか…コスプレは嫌いじゃないんだけど、それで接客となると…ちょっと照れるんだよな、正直」

「へ?」
影踏の言葉に不思議そう、且つ間抜けな声を上げる聡に、影踏は恥ずかしそうに言葉を続ける。

「…下手に取り乱しちまったら悪いし、さ。
 いざと言う時に身を隠せる立場にいた方がいいかなぁ、と思って…」

だから、衣装も目立たないヤツにしたんだよ、と言う影踏に、聡はそれはもう意外だという視線を向ける。
「…そう、だったんですか…」
そう呟く聡にそうだよ、と頷いて。

次の瞬間には―――聡の手をそっと包んで微笑む。

「…ところで聡。今日の仕事が終わったら、(二人っきりで)慰労会でも…」

爽やかに微笑んで言ってはいるが、明らかに下心が見え隠れするその台詞。
しかし聡は困ったように笑うと、申し訳なさそうに口を開く。

「―――ごめんなさい。
 仕事が終わったら明日の準備をしなければいけないので、夜遅くまで残る予定なんです」

「…あ、そ…」


―――――――予想はしていたものの、影踏ちょっぴりショック。


「……ばーか」
そんな二人の様子を見ていた青が、ぽつりと呟いたが…その台詞は、果たしてどちらに向かって言われた台詞だったのやら。

**

「おい、茶淹れ係全員集合!」

あちこちで行われる雑談を見ていた沙月だったが、不意に声を上げて茶を淹れる係になっていたメンバーを呼び寄せる。
ついさっきまでメイド服を着て楽しそうに耳と尻尾を振っていた沙月とは全く違う雰囲気に、メンバーも少々戸惑い気味だ。
そうして集まってきたメンバーを確認してから、沙月は声を上げた。

「―――時間ねぇから今からとっとと始めるぜ。
 開店まで後一時間だが、教えられるだけはみっちり教えてやる。
 しっかり覚えてくれよな」

なにを、とは言わずもがな。
茶を淹れる係だけを集めた時点で言わずとも分かるだろう。

――――――短い残り時間の間だけで、茶を淹れる技術を出来るだけ教え込もうというのだ。

「おいおい。こんな短い時間で教えられんのか?」
「だから『教えられるだけ』って言っただろ?」

沙月は葉華の言葉にそう言ってウィンクと、それに、と付け足す。


「――――――俺は優しくねぇから、頑張れよ?」


…そう言ってにやりと笑う沙月に、メンバー全員の背筋になにやらひやりとした物が走ったのは…言うまでもない。


―――――その後。
       文字通りみっちりスパルタで指導されたメンバーは、元々茶汲みに慣れていた者達以外は、始まる前に既にぐったりしていたとか。


…そんな者達が本番でミスしないことを、祈るばかりである。

***

《それでは、ただいまから文化祭3日目を開始いたします…》
「おーっし!んじゃ開けるぞーっ!!」

準備が完全に終わったことを確認した希望は、開始アナウンスが聞こえると同時に希望はドアの前に立って扉を引く。
ガラガラと音を立ててずれた扉から、何時の間にやら行列になっていたらしい待ち客の先頭が何人か見えた。


『いらっしゃいませー!!』


その姿を確認すると同時に素早く作り笑顔を浮かべた店員たちは、にこやかに笑って歓迎を示すのだった。


―――――――コスプレ喫茶2日目、開店である。


***


「すいませーん!」
「はーいv」
お客に呼ばれた孔志が、にっこり笑ってテーブルへ進んでいく。
ひらひら翻るスカートからなんだか危ないものがはみ出しそうで怖いような楽しみなような…。

そしテーブルの隣に立つと、にっこり笑って片膝で跪いて礼をする。
……なんだかちらりと見える隙間から危険なモノが見えて………いや、気のせいだろう。気のせいだということにさせて下さい。お願いだから。

「いらっしゃいませ♪
 ご注文はこの紙に書いて、こちらに差し込んで下さいv」

そういった孔志が笑顔で指差したのは―――――自分の足にあるガーターベルト。
ガーターベルトに差し込めと?そんなどこかのストリップショーみたいなことやれってか?
客は引いてるのかリアクションに困ってるのか、微妙な笑顔を浮かべている。
でも注文用紙を受け取ってしまった手前、つき返すのも気が引けるし…。

――――――さぁ、どうする!?

「え…えーっと…それじゃあ、よろしく…お願いします…」

―――とてもじゃないけど断りきれません。

そんな声が聞こえてきそうなほど脱力した客は、辛うじて震える手で書いた注文票を、恐る恐るガーターベルトに挟みこんだ。
…すると。

「ああ、優しく…お・ね・が・い♪」

孔志はくすぐったそうに体をよじってから、そう言ってウィンク…じゃなくて時間が長くて微妙な瞬き…って言うか頬の筋肉が奇妙に引き攣ってるから変顔か?…をして笑う。
それを見た客は、「…すみません…」と言いながら、既に憔悴した顔で再度挟み直すのだった。


――――――どうやらこのお客、ノリは悪いが妙に生真面目な人だったようだ。…合掌。


**

やっぱり昨日色々あったからだろうか。前日に比べると少し人が少ない。
それによって少々余裕が出来た影踏は、カウンターに寄りかかって周りを歩き回る人たちを見ていた。

――――当然、主に男を。

大抵女装のメンバーはスカートをふわりと翻し、ぱたぱたと忙しなく走っていく。
特に聡など、巫女服と言うことで妙に気を使ってるのか動き方がぎこちないのがなんだか面白いらしい。

「……でも、なんだか物足りないよなぁ…」

髪を左右に揺らしながら走る聡は確かに中々悦物だが、なんだか妙に物足りなく感じる。
それはやっぱり―――――。

「…聡に獣耳尻尾メイド服、着せたかったなぁ…」

――――――個人的希望の衣装を、聡に着せられなかったからだ。

実際に言ってしまおうと思えば言えなくもないのだが、拒否されるのが怖くて結局言えずじまい。
しかし心の中では着せたい着せたいとずっと思っており、拒否されたら意味がないと己の欲求に逆らって必死で頑張っているのだから。

「…聡に犬耳尻尾…きっと萌えるだろうなぁ…」

なんとなく犬のイメージなのだろうか。
タレ耳の犬尻尾がついたメイド服着用の聡を想像して、影踏はにへらと情けなく顔を緩ませる。

……と。

「へー。夏野ってば聡に獣耳尻尾メイド着せたいんだぁ…?」

―――――後ろから、嬉しそうな声。

「!?」
驚いて振り向けば、そこにいるのは笑顔の希望。
いーこと聞いちゃった♪といわんばかりの笑顔である。
ははは、と乾いた笑顔で返す(とは言っても内心シスター姿の希望の萌えまくりである)影踏に、希望はにやりと笑うとくるりと身を翻す。
一体何をするのだろうかと影踏が首を傾げた瞬間―――。


「―――――さーとーしくーんvお着替えしましょーね☆」


―――素早く聡に近寄って肩を組むと、にっこり笑顔で聡に向かってそう言った。

「「…はい?」」
ぽかんとする聡と影踏を他所に、希望は笑顔のままで言葉を続ける。

「いやさー。俺達女装してるけどさ、聡の衣装ってイマイチ『女装』って感じがしないんだよなー。
 やっぱ袴だからかねー?
 …そういうワケで、折角だからきっちり女装してもらおっかなー、とvv」
「全然説明になってません!!」

うんうんと頷きながら意味不明なことを並べ立てる希望に、聡は半分涙目で叫ぶ。
影踏はぽかんとして聡の希望の会話を聞くのみだ。
しかし希望はそんな聡のツッコミもなんのその。しっかりがっちりと肩を掴んで離しません。

「――――どっちにしても、お前が着替えるの決定だから☆」

「え゛…?」
希望にきっぱり言われた言葉に、聡の顔からさーっと血の気が引く。
これから何が起こるか?言うまでもない。

「さぁいざ行かん!!更衣室へ――――ッ!!!!」
「いやぁ―――――――っ!!!」

じたばた暴れる聡を無視し、希望はずるずると聡の体を引きずって更衣室へと消えていった。

「…一体、何がどうなってるんだか…」

呆然としたまま放って置かれいた影踏が、ぽつりとそう呟いた。


――――――ちなみにその後、強制的に着替えさせられた聡がスカートの端を下に引っ張りながら真っ赤になって戻ってきて、影踏が危うく悶え死にしそうになったとか。


聡衣装チェンジ。
巫女→獣耳尻尾メイド服(犬耳尻尾)

**

「…聡さん、衣装変えられたんですねぇ〜」
「…みたいですね…どうやら希望くんに半強制的に着替えさせられた様子ですけど…」
小休憩とばかりにのんびりとカウンターに寄りかかって話すりくにまきえが笑顔でぽつりと返す。

視線の先にはばたばたとモップを持って床を拭いて回る聡の姿。
メイド服になったせいで掃除道具もモップに変更になったらしい。
最初は恥ずかしがりまくっていたが、もう半分自棄なのだろう。今では若干顔を赤らめながらも掃除に集中している。
走るたびに尻尾と耳が揺れるのがなんだかマニアック。
あちこちからからかう声が聞こえてくるが、精神的にきついのか完全シャットアウト状態なのは流石だ。

そんな聡を何故か微笑ましげに見つめていた二人だったが、ふいにりくが口を開く。

「……まきえさん、メイド服…」
「着ませんよ?」

言いかけたところで、まきえにさっくりきっぱり笑顔で切り捨てられた。
「何でですかぁ〜?絶対似合いますよぉ〜」
「…いえ…きっと似合いませんから…」
似合う、似合わないの静かな攻防。
なんだかさっきから変なオーラが立ち上っているような気が…。

「もぉ〜、私はまきえさんにメイド服を着て欲しいんですよぉ〜!」

半分自棄になったりくがそう叫ぶと同時に…。
「ん〜…だったら店長命令って事でどーよ?」
後ろから、妙に能天気な声が聞こえてきた。

「希望さん…」
―――言うまでもない。望みだ。
「…はい?」
「だから、『まきえはメイド服着ること』、店長命令ね」
「……」
なんて理不尽な。
そんな声があちこちから聞こえてきそうである。

しかしまきえは希望をじっと見た後…ふぅ、と疲れたように溜息を吐いた。

「…お二人に言われてしまいましたら…仕方ありませんね…。
 分かりました…着替えてまいります…」

「まきえさんっ…!」
嬉しそうに胸の前で手を組むりくに小さく微笑みかけ、まきえは歩き出す。
「…着替え終わるまで、少々お留守に致しますね…その間、お願い致します…」
「あいよーっ」

さー言って来いと手をひらひら振る希望に頷くと、まきえは静かに歩いて更衣室へと消えていった。

「…さて、まきえが帰ってくるまで櫻に手伝って貰うかなー♪
 おーい、櫻ー!!」

ウェイターとしてあちこち歩き回る櫻を呼び止めて話をし始める希望。
「…店長さんって、不思議だけどいい人ですねぇ〜…」
そんな希望の後姿を見ながら、りくはぽつりと呟くのだった。


―――――その後、メイド服を着て戻ってきたまきえに驚く聡と、似合っていると喜ぶりくの姿が見受けられたとか。


まきえ衣装チェンジ。
サリー→スタンダートカラーメイド服。

**

「ちょ、ちょっと休憩させてください〜…!」

青が不機嫌顔で作業している中に、へろへろになった聡がやってきた。
何故か着衣と髪が乱れているかは…まぁ、言わなくてもわかって欲しいところだ。
ぜぇぜぇ荒い息を吐く聡が地面に座り込むと、青が呆れたようにやってくる。

「…生きてるか?」
「……か、辛うじて…」

ヤンキー座りで問いかける青に、聡が疲れたように返す。
「…にしても。
 なんかこの前見つけた服着た奴、見事に性格変わってんな…縮んでんのもいるし。
 ……まぁ、お前は元からそんな性格だから代わりないみたいだけど」
「はは…みたい、ですね…」
メイド服を着たのに元と性格が変化ない辺り、聡の性格は元々下ぼ…げふごふ。召使い体質なのだろう。
しょぼんとした聡に比例するように、耳と尻尾が情けなく垂れ下がっている。
……ホントに犬みたいだな、コイツ。
きっと影踏が見てたら悶え喜びそうな状態に、彼を友人に持つ青は呆れたように溜息を吐いた。

「…でも、芹沢さんもその格好、大分慣れて…」
「きてたまるか!!」

苦笑気味に言いかけたその言葉に、青が全力で拒否反応を示す。
その様子にあはは、と困ったように笑う聡に、青ががっくりと肩を落とした。

「…ってかさぁ。何なんだよこの忙しさは…」

前日に比べれば減ったとはいえ、やはり人足は途絶える様子を見せない。
カウンターの向こうからざわざわと聞こえてくる声に疲れたようにぼやく青に苦笑を返しつつ、立ち上がった聡は呟いた。

「…仕方ありませんよ。
 校内でも色んな意味で有名な方々が店員として働いていらっしゃる、と言う有力な煽り文句がありますから…」

「……そーかよ…」
まぁ、確かにこの店で働いていた人、働いてる人、働く予定の人を聞いてみたが、確かに校内で目立っている人たちばかりだ。
…おそらく、聡や自分も含めて。
どんな風に目立ってるかは…あんまり言いたくないけど。

「……よぉ芹沢。ちゃんと仕事してるかー?」

後ろから聞こえてくる声に、びくりと青の肩が大きく跳ねる。
聞き覚えがある声…。
嫌な予感をひしひしと感じつつも、恐る恐る振り返ると…。
「…げっ!!」
「『げっ!』はないだろ〜?部活の先輩に向かって〜」

――――――青の部活の、先輩達が数人。

「あれ?芹沢さん、お知り合いですか?」
「知り合いも何も…」
「芹沢はウチの部活の後輩なんだよなー?」
なんだか妙に軽い問いかけだ。
「まぁ…な…」と目を必死に逸らしながら答える青がなんだか哀れだ。

「あ、そうなんですか。
 …けれど申し訳ございません。お客様がこちらに入るのはご遠慮いただきたいのですが…」
青の先輩達に恐る恐るといった感じで問いかける聡に、青がそうだと頷きながら口を開く。

「そうだ!
 用意してるこっちにまでからかいに来てんじゃねぇよ!」

「なんだよ青〜つれねぇな〜」
さわさわ。
完全に楽しんでいるのだろう。
先輩達はにやにやと笑うと青の太ももを触ったりスカート捲ったりして遊び出す。
「おいこら変なトコ触ってんじゃねぇ!捲るな!!」
「はい笑ってー♪」
カシャッ。
「だぁーっ!そこの!!写真撮ってんじゃねぇ―――ッ!!!」

「あ、え、えーっと…その…」

どたばた喧嘩しあう青とその先輩達とを見比べておろおろする聡をよそに、他の店員達は黙々と作業を続けるのだった。
…結構友達甲斐のない人たちである。


――――なんとかヒートアップした青と先輩達が沈静化したのは、それから十数分後のことだったそうだ。


**


「なぁウェイトレスさん、仕事の時間終わったら一緒に遊ばない〜?」
にやにやと楽しそうに笑いながら客の男が沙月の尻を撫で回す。
…完全にセクハラだ。しかしこの店はセクハラに関しては自己責任なので手を貸す人はいない。

「…」

沙月はちらりと視線を横に向けて男を見る。
なんだか妙に偉そうに笑うその男は、どこかひょっとこに似ている。

―――好みじゃねぇなぁ。

しかもどう見てもからかいに来ただけの客だ。
きっと自分が困る様子でも見て楽しみたかったのだろう。
うざったいったらありゃしない。

沙月がそう思ったのを察したのか。
店のマスコットとして入り口横の待ち人数確認用用紙の隣で大人しく座っていた夏目が、ふわりと浮き上がる。
そして何をするのかと思ったら―――――その客の手に、がぶりと噛み付いた。

「いってぇ!!」

痛がって手を振る客からすっと離れた夏目は、その後更に噛み跡がついている手を…引っかいた。
「ぐあぁっ!!」
手を押さえて悶える客からさっさと離れると、大丈夫?と聞くかのように擦り寄ってくる夏目の頭を優しく撫でる。


「…よくやった、夏目」


そう言ってにやりと笑う沙月は――――なんだか、すっごく極悪。


「おじょーさん可愛い顔して中々あくどいことやるじゃなぁい?」

そんな沙月に近寄った孔志が、くすくすと笑いながら肩を組む。
それを拒否するでもなく普通に受けた沙月に調子に乗ったのか、孔志はスカートから出る生足を摩ってみたりスカート捲ってみたり、結構やりたい放題。

―――しかし、そんなイタズラも長くは続くわけもなく。

「あいたっ!?」
…結局、孔志の手も夏目に引っかかれた。
「おさわりはほどほどに、って先生に習わなかったか?」
引っかかれた手を摩りながら恨めしそうにこちらを見る孔志に、沙月はにやりと笑ってそういうのだった。

――――――ちなみにその後、なんだか妙にカッコイイ客の膝の上に乗って面白そうにニヤニヤ笑う沙月の姿が目撃されたとかされなかったとか。

***

――――そんなこんなで、時間は早くも午後。

なんだかんだとどたばたしていたが、時間が過ぎるにつれて人は減るどころか増えるばかり。
午前に来た客がもう二度三度くるなんてざらだ。
そんな中で時々交代で休憩を取りながら、全員は一生懸命働いていた。

**

―――――それでもやっぱり、事件は欠かせない。

「―――ごふぅっ!?!?」
「きゃあっ!?」
「うわぁっ!?!?」

…客の一人が、唐突に飲み物を噴出したのだ。
周りの客が驚いて避けるのと同時に、店員達が慌ててやってくる。

「ど、どう致しました!?」
「どうしたもこうしたもねぇよ!
 なんだこの飲み物!!」

慌てて床に飛び散った飲み物をふき取りながら問いかける聡に、店員は怒り心頭といった感じでどん!!とテーブルにコップをたたきつけた。
不思議そうにコップを持ち上げた櫻がコップの中の液体に顔を近づけ―――あからさまに顔を顰める。

「…なんじゃこれは。この世の飲み物か?」
「そりゃこっちの台詞だ!!俺が頼んだのはコーラだぞ!?!?」
そう言ってぎゃーぎゃーと叫ぶ店員を他所に、櫻はすっと顔を横に向けた。

―――そこには、異様なくらい爽やかな笑顔を浮かべた沙月と青の姿。

「…この異様な飲み物を出したのは、貴様等じゃな?」
「……な、なんのことだか…」
ぎろりと睨みつける櫻に、青はあからさまに引き攣った顔で目を逸らす。…もう完全に自分がやりましたと言ってるようなもんだ。
対して沙月は大分余裕…と言うかむしろ悪びれてない、といった方があってるだろう。
「だってー。俺紅茶とコーヒー専門だしぃ。他の飲み物はしったこっちゃねぇっつーか?
 むしろ変な飲み物が混ざってたほうがロシアンルーレットみたいで面白いと思わねぇ?」
「思わんわ!!」
櫻がかっ!と怒ると、二人揃ってびくぅっ!と肩を竦める。

「だ、だってよぉ!コイツ午前のときに俺のケツ散々撫で回したんだぜ!?
 ちょっとくらい仕返ししたってバチは…」
「あたるに決まっとるじゃろ!?
 店員が客に被害加えてどうするつもりじゃ!?」

必死に言い返す青の言葉も即否定された。
完全にお冠な櫻にがみがみと説教される二人のちょっと後ろで――更に、事件が。

がっしゃーん!!

「ギャーッ!!」
「きゃあぁあっ!?!?」

「……今度は何だよ…」
丁度音の発生源の近くにいた葉華が、呆れながらそこへ行く。
そこには―――。

「あ〜らゴメンナサイ…貧血だわ…」

しなを作って床に乙女座りする孔志と、頭にコップを乗っけてびしょぬれになった客の姿。
「…孔志ィ…お前、何やってんだよ…?」
「ゴメンナサ〜イ。ピンヒールに慣れてないのぉ」
しくしく、とわざとらしく泣きまねする孔志に溜息を吐きつつ、葉華は孔志の前にヤンキー座りする。
そしてにやりと笑うと―――孔志に辛うじて聞こえる程度の小声で呟いた。


「…まぁ、勝手に飲んだ注文品お冷で薄めたヤツ出さなかったことだけは、褒めてやるよ」


「あら〜」
その言葉に嫌だわぁ、と裏声で笑うと、孔志は急に声を低めて言う。


「…良いんだよ。どうせこいつら格好見に来てるだけなんだから」


―――声が低音なのに表情が笑顔で固定されてるのが凄い。

「…それでも客に変なモン出すな。
 んでもって喉渇いたら普通に言えば飲み物くれるから今度からそうしろ。いいな?」
「はぁ〜い」

呆れたような葉華の言葉に笑いながら返す孔志に、葉華はは〜ぁ…と一段と疲れたように溜息を吐きながら肩を落とすのだった。


―――――そして営業再開後、何故か『チャレンジコース』として飲み物のメニューに『特製嫌がらせ用スペシャルブレンドジュース(見た目はコーラ)』が追加されたらしい。
        …しかもそれが結構注文来るもんだから、世の中よくわからないものである。


***


……そして。
あっという間に日は暮れて。


『有難うございましたーっ!!』


最後の客が帰っていくのを見送って、全員は同時につめていた息を吐いた。

「「「おっ…終わったぁ…」」」

へたり、と言う効果音が似合いそうな感じで、聡と影踏、青が揃って椅子に腰を下ろす。

「あはは…思ってたよりも沢山人来ましたね〜」
「えぇ、本当に…昨日あんなことがあったのに、皆さん怖いもの見たさ、と言うものなのですかね…?」

椅子に座って安心したように会話しあうりくとまきえだが、そこはかとなくまきえが酷い。

「皆ーっ、今日もお疲れー☆」
「あ゛ー…なんか無駄に疲れた気がする…」
「俺ちょっと無駄に笑顔振りまきすぎたかなー?」
「俺のオリジナル注文法、結構好評で嬉しーっ☆」

他のメンバーよりも倍以上働いたはずの崎が笑顔で皆をねぎらい、机にぐったりと伏している葉華がぽつりとぼやく。
それを横目で見ながら沙月が今日の結果を考察し、まだまだ元気そうな孔志が楽しそうに笑った。


「あー、皆!その衣装のままこっち来て!!」


全員(一部除く)でぐったりしていると、唐突に希望から声がかかる。
一体何事かと全員が振り返ると、そこにはカメラ片手に手を振る希望の姿が。

――――なんとなく、何をするのか理解した。

「記念写真か!いいねー!!」
「うんうん、麗しき青春の一ページってヤツだな♪」
「ふふふ、写真はいいですよね〜v」
影踏と孔志、りくが楽しそうに立ち上がって希望の元へ歩いていく。
「げげげっ!お、俺はごめんだぞそんな写真なんてっ!!」
「はいはい大人しく諦めて一緒に行こうなー?」
沙月が嫌がる青の首根っこを掴んで引っ張り、希望の元へ歩いていく。


「――――――はい、チーズ!」


―――パシャッ。

青、孔志、影踏、沙月、りく、希望に崎、まきえ、聡、葉華、櫻、クロム。
この十二人で、2日目の集合写真を撮ったのだった。


――――――そんなこんなで、2日目、終了。


●3日目(17日)
「うっしゃー!
 今日が最終日だ、気合入れて行けよっ!!」
『おーっ!!』
『…おー…』
1・2日目と同じ格好の希望が気合満タンといった感じで腕を振り上げると、ノリノリのメンバーが同じように勢いよく腕を振り上げ、あまりのってないメンバーが渋々といった感じで腕を振り上げた。
…やっぱり他の日と同じノリだ。

ちなみにノリノリで答えたのは、
シュライン・エマ(ジプシー踊り子風(仕事時には上に割烹着着用))
シオン・レ・ハイ(白ブラウス&黒のヒラヒラミニスカート&兎耳バンド)
葉華(時計ウサギ)
崎(ミニチャイナ&猫耳尻尾)
クロム(スタンダート逆カラーメイド服)
の五人。
覇気なく答えたのは、
彩峰・みどり(ミニチャイナ&兎耳尻尾)
聡(獣耳尻尾メイド服<犬耳尻尾>)
櫻(海軍軍服(髪は短髪にチェンジ済))
まきえ(インドの民族衣装サリー)
の四人である。

全日参加のメンバーは以前と同じ衣装の者もいれば、衣装チェンジしたメンバーもいる。
結局聡の場合は自分の意思で衣装チェンジさせて貰えなかった様子。
葉華はようやく女のような格好から解放されて大喜びだ。
まきえと櫻は前2日分と同じ感じで。
みどりはどちらかと言うと苦笑気味だったりするのだが。
言わずもがな、他の名も無き方々は無視の方向で行きます。

**

「きゃーっ!!ハイエロファントってばかっわいー!!」
「…み、崎くん…そのリアクションはやめようよ…。
 大体崎くんだって、同じような格好じゃない…」

みどりの姿を見てコギャルのような声を張り上げる崎に戸惑う彼女。
そんなみどりの頭につけたウサ耳が、動きに合わせてゆらゆら揺れた。

「えーっ?だってほら、ちゃんとした女の子の方がかわいいと思うんだけど?」
「…崎くんも充分可愛いと思うけど…」

何気なく施された淡い化粧とか、胸にされた詰め物とか、見た目のよらず細い腰と足とか。
見た目は充分女に見える崎である。
みどりとしては、褒められても正直複雑なわけで…。

「キャー!ハイエロファントが褒めてくれたわっ!崎嬉しーっ!!」
「きゃああっ!?み、みみみ崎くんっ!!抱きつくのは止めてってばー!!!」

みどりの言葉に感動したのか、がばぁっ!!と勢いよく抱きついてくる崎に、顔を真っ赤にしたみどりが大慌てで引き剥がそうともがくのだった。
やぁ、仲のよろしいことで。

**

「きゃあっ!シオンちゃんったらかわいーっvv」

……こっちでも黄色い声があがってる。
が、発信源は崎ではない。
―――クロムだ。

「そうですか?クロムさんもとてもお綺麗ですよ?」

ポニーテールをゆらゆら揺らし、ぴこぴこ揺れるウサ耳。
メイドに似ているようでちょっと違うその服は、クロムと合わせると色が正反対でなんだか面白い。

「嫌だわシオンちゃんったら、お上手なんだからぁっ!!」
「がふっ!」

シオンの褒め言葉に照れたのか、クロムが照れ隠しにバァンッ!!と力いっぱいシオンの背を張る。
…なんてパワフルな効果音だろうか。
しかもシオン普通に痛そうだし。

―――しかし、それだで簡単に終わらないのがシオンの運命。

動きやすさをあげるために、彼はインラインスケートを履いていました。
そんな彼が思い切り背を押されればどうなるか?

――――――勿論。


ガーッ………ズダァァンッ!!!!!!


「はぶぅっ!!!」
「……あら?」

思い切り勢いのついたスケートは軽やかに床を滑り―――シオンもろとも、見事に壁に激突。

ずるずる…べちゃ。

間抜けな効果音を伴って床に崩れ落ちるシオンを見。
すっと顔を逸らしたクロムは―――爽やかな笑顔を浮かべた。

「…ちょーっと力を入れすぎちゃったかしら?」

――…どう考えても、『ちょっと』ではないと思います――

床に突っ伏しながら、シオンは心の中で小さく突っ込みを入れるのだった。


――――――果たして彼は、一日が終わるまで無事でいられるだろうか?


**


「んっと…今日は料理担当が…」
「希望君」
「んあ?」

黙々と今日の店員の割り当てを確認していた希望の元に、にっこり笑顔のエマがやってきた。
動くたびに、しゃらりと飾りが擦れて綺麗な音を奏でる。
「なに?シュライン?」
不思議そうに首を傾げて返す希望に、エマは笑顔のままで希望の服を掴む。

「…どうして、あの見つけたメイド服じゃないの?」


――――――ピシッ。


あぁ、どこからともなくまたもやあのラップ音が。

「…何で?」
「だって折角見つけたものじゃない」
「いや、だからって俺が着る道理は…」
そこまで言いかけたところで―――希望は、はっとしてエマを見た。


――――そりゃもう怖いくらいに素敵な、超満面の笑顔。


「…希望君の衣装は、勿論、この間見つけたメイド服よね?」


信じて疑わないって言うか―――むしろもう、半分強制の色を含んだにこっと言う擬音が似合いそうな微笑み。

「…わーったよ。着りゃいいんだろ?着りゃあ」

そのエマの笑顔にがしがしと頭をかき、希望が呆れたようにそういった。
まぁ、実際別にどうしても着たくないってわけではなかったし。
それだったらこんな問答してる間に着てしまったほうがよっぽど楽だ。

「うん、いってらっしゃいv」
「イッテキマース」

にっこり笑顔で見送るエマに、希望は片言で返しつつ奥へと引っ込んでいくのだった。


希望、衣装チェンジ。
シスター→厳格オーバーメイドメイド服


***

《それでは、ただいまから文化祭最終日を開始いたします…》
「よーっし!それじゃあ開けるぞーっ!!」

準備が完全に終わったことを確認した希望は、開始アナウンスが聞こえると同時に希望はドアの前に立って扉を引く。
ガラガラと音を立ててずれた扉から、何時の間にやら行列になっていたらしい待ち客の先頭が何人か見えた。


『いらっしゃいませー!!』


その姿を確認すると同時に素早く作り笑顔を浮かべた店員たちは、にこやかに笑って歓迎を示すのだった。


―――――――コスプレ喫茶最終日、開店である。


***


「…あ、葉華君」
「んあ?」

ぱたぱたと燕尾服の裾を翻しながら走る葉華に、丁度カウンターに出ていたエマが声をかけた。
厨房に入ってから…もとい、食品を取り扱う状態になってからはずっと衣装の上に愛用の割烹着を着用している。
…なんというか…踊り子の衣装が見えないと普通におっかさんって感じがするような…げふごふ。

「どうかしたか?」
不思議そうに首をかしげながらぱたぱたとやってくる葉華に微笑みかけると、カウンターに置いていたお盆を葉華に手渡す。

「これ、三番テーブルにお願いね」

「あぁ、了解ー」
エマの言葉に呼び止められた用件に気づいた葉華は、にっと笑うとお盆を素直に受け取った。
お盆の上にはオレンジジュースとサンドイッチが二人分。
どうやらペアの客だったらしい。…恋人かどうかは別として、だが。

「んじゃ、エマも頑張れよな!」

「えぇ、葉華君も頑張って」
にぱっと笑って手を振って去っていく葉華に、エマも笑顔で手を振って見送った。
…なんだか和む光景だなぁ。

「…あ、エマさん…」
「はい?」

葉華が去ったのを見送ったところで、奥からひょこりとまきえが顔を出す。
そして少々申し訳なさそうに視線をさまよわせた後…ぽつりと、呟いた。


「…そろそろ、食材が足りなくなってきたので補充に行きたいのですが…。
 エマさんは確か在庫の記録を取っていらっしゃったはずなので、お知らせしておいた方がいいかと思いまして……」


「…あ、そうよね。
 もう大分食材や飲み物が減ってきてるはずだから、補充しがてら確認しにいきましょうか?」
「あ…はい…有難うございます…」

エマはまきえの言葉にぽむ、と手を打つと、近くに置いてあった在庫をメモした紙を手に取り、まきえと一緒に奥へと戻っていく。


――――――探偵事務所の冷蔵庫を牛耳る彼女は、この喫茶店の在庫も牛耳っていた。


**


「あ、いらっしゃいませー!」

中に入ってきた客に向かって即座に反応したみどりが、にっこり笑顔で反応する。
そこにいた客はその態度にどことなくほっとしたように微笑み、促されるままに奥へ入っていく。

「それではメニューはこちらになります。
 お決まりになりましたら近くにいる店員を呼んで注文を御言いつけ下さい」
「わかりました」

すっとテーブルの上に差し出されたメニュー表を受け取った客が返事をするのを確認してから、みどりはすっと身を翻して奥へ歩いていく。
そろそろカウンターに完成した商品が上がる可能性があったからだ。

みどりはこれの2日前…いや、4日前から3日間みっちり練習と実践を行ったお陰で、接客にはすっかり慣れた。
まぁ、未だにセクハラやからかいの言葉には慣れないが、それでも人や机にぶつかったりお盆を落としそうになったりはしなくなっただけでも上出来だ。
さすがは女優、と言ったところだろうか。こういう技術の上昇は早いものだ。

「……ふぅ」

思ったよりも繁盛しているこの店。
時々小休憩を入れさせて貰えるとはいえ、中々長い時間の休みはもらえない。
昼になれば多少は客も減るだろうが、今のところはまだまだ時間がかかりそうだ。
疲れからかつぅ、と頬に流れた汗を手の甲で軽く拭って、みどりは溜息を吐いた。

「…ハイエロファントってばお疲れ?」

―――ひょこりと、唐突に目の前に崎の顔が現れた。

「きゃあっ!?」
驚いてずさぁっ!と飛び退るみどりに思わずぶっと噴出し、崎はけらけらと笑いだす。
「そんなに驚かなくても何にもしないって!」
まぁいいリアクションだったけどね?と軽くウィンクする崎にぽかんとするが、すぐにふっと苦笑を浮かべる。

「うーん…まぁ、確かにちょっと疲れたかな…?
 朝からずっと働きっぱなしだし…。
 同じ長い時間でもドラマの収録とは違う部分も多いから体に馴染みがないしね…」

崎くん達なんて休憩ナシで全然疲れてないから凄いよね、とけろっとした表情の崎を見て羨ましそうに呟くみどり。
「…」
そんなみどりをじっと見ていた崎は、次の瞬間――――。


「―――あぁハイエロファントってば可哀想に!!
 俺の胸の中でゆっくりお休み!!!」

…がばぁっ!!と、みどりを抱きしめた。

「きゃあぁあぁっ!?!?
 み、崎くん!いきなり何するのぉっ!?」
「だいじょーぶ!こうしてればぱっと見女同士にしか見えないから!!」
「そ、そういう問題じゃなくってぇ!!」

なんだかもう完全にみどりの意見無視モードだ。
あぁ、みどりの疲労が溜まっていく。


―――崎の胸の妙に柔らかい詰め物に顔を埋めながら、みどりは脱力しそうになる体を無理矢理支えるのだった。


**


「「いらっしゃいませー!!」」

「はい、こんにちはーv」

クロムとシオンが両手を合わせてどこかのアイドルのようなポーズを取りつつにっこり笑ってお出迎えすると、お客でやってきた女性がくすりと笑って返事を返す。
ぶっちゃけこの女性は本日三度目のご来店だ。
どうやらクロムとシオンのコンビがお気に召したらしく、丁度彼らが暇なタイミングを見計らったかのように声をかけると言う中々の用意周到さ。
シオンとクロムもすっかりこの人を歓迎するノリが完成してる。

「本日三度目のご来店」
「有難うございまーす♪」

そう言って二人で可愛らしいポーズを取ると、ひらひらと花びらが舞う。
…決して幻想ではない。本当に舞って…もとい撒いているのだ。誰がって、そりゃ黒子が。それ以上は聞いてはいけないお約束です。

くすくすと楽しそうに笑う女性の傍らには、あっけに取られたような表情で二人を見る男性が一人。
友人か恋人か。判断が難しいところである。

「今度は何をご注文なされますか?」

「そうねぇ……あら?何時の間にこんなのメニューに追加されたの?」
「え?」
シオンの問いかけに表面上だけ悩むようにメニューに視線を滑らせていた女性だったが、ふと一点に目を止めて不思議そうな声を上げる。
それにつられるように一緒に覗き込んだクロムと男性は―――同時にことりと首を傾げた。

「「『MJ<マズイジュース>』???」」

「確か前に着たときは見た記憶はなかったんだけど…」
この時間帯の特別メニューかしら?と首を傾げる女性に、クロムと男性も一緒に首を傾げる。
…ここで何故かシオンが混ざってこない辺り、なにやら怖いような気も…。

「…どーせきっと希望ちゃんがイタズラで入れたんでしょうね。
 多分演劇祭で出してた特別ジュースの余りを貰ってきたんだと思うわ」

「ふーん…じゃあ、このMJとクッキー二人分よろしく」
「え!?俺も!?」
「「かしこまりましたー☆」」
「ちょっ、拒否権ナシかよ!?」
クロムの呆れたような言葉に納得した女性は、チャレンジャー精神がくすぐられたのかにっこり笑ってそういう。
男性が驚いて目を白黒させている間に、注文はバッチリ完了している。

がっくりと項垂れる男性を置いて2人揃ってカウンターに向かってインラインスケートで移動している間に、クロムがぽつりと呟いた。

「…シオンちゃん、イタズラもほどほどにしないとアタシもフォローしきれないわよ?」

そう言って口の端を歪めながら言うクロムに、シオンもイタズラっぽく微笑んで返す。

「わかっていますよ。でも実際余りを貰ってきたのは確かですし、きちんと出しますv」
「あらそう?ならいいわv」

いいのかよ。
そんなツッコミが聞こえてきそうな状況をもさらっと無視し、クロムとシオンはカウンターへ注文を言い渡すのだった。


――――――数分後、女性の爆笑声と男性の悲鳴が聞こえてきたが…一体何が起こったのか恐ろし過ぎて、一般生徒は見ることすらできなかったとか。


***


――――そして、時間は過ぎてあっと言う間に昼。

「ほらレストナード!早く来いよ!!」
「お、おいっ!!」

当学校の生徒の一人であるディオシス・レストナードは、友人に半ば引きずられるようにしてやってきた。
筋肉質な体を締め付ける窮屈な制服の襟元やネクタイは緩め、少々着崩した感じはきっちりと着込むよりよっぽど似合っている気がする。
嫌だ嫌だと言いつつも、思い切り振り払うことも出来ず、そのままだらだらと引きずられてきてしまったのだが…。

「おっ、やーっと来たか。おせーぞ」
「何言ってんだよ。丁度じゃねーか」
「???」

既に並んでいたらしい生徒の一人が、ディオシスを引きずってやってきた生徒と会話をするが、ディオシスにはさっぱり理解できない。
頭の上に疑問符を大量に浮かべていると、それに気づいた友人がにっと笑って彼の腕を引く。

「―――ここ、コスプレ喫茶なんだぜ?」

「『コスプレ喫茶』ァ?」
思わず間抜けな声を上げてからふとそういえばパンフレットにそんなことが書いてあったなぁと思い出す。
「で、それがどうして俺を連れて来る事に繋がるんだ?」
「そりゃあ…」
「なあ?」
訝しげ、且つ不機嫌そうなディオシスにも怯みもせず、友人達は顔を見合わせてにやりと笑う。
そしてタイミングよくディオシスを見ると、同時に口を開いた。

「「――――――なんかお前連れていったら面白いことが起こりそうだから」」

「……をい」
既に巻き込まれること前提な言葉にディオシスが半眼でツッコミを入れると同時に、ひょこりと入り口から誰かが顔を出した。

――――――希望だ。
        希望が登場した瞬間、ディオシスの顔があからさまに引き攣った。
        まぁ、いきなり目の前にメイド服が現れれれば怯むのも無理はないが。

「お次のお客様、お席が空きましたのでどうぞー」

「お、空いた空いた」
「ほら、いくぞレストナード」
「お、おい!?」
空いたという言葉を聞いてにっこりと笑った友人達は、がっしりと両脇からディオシスの腕を掴むと、中に入っていった。
…彼に『拒否権』と言う文字がなかったのは…言うまでもない。

**

「あ、ウェイトレスさん、注文いい?」
「はいはーい、大丈夫ですよ〜ん♪何に致しますか〜?」
「それじゃあキミをテイクアウトで、なんてどう?」
「あ〜、残念。それ寒いからアウトv」
「うわっ、ひっどいなー」

「ねぇ櫻様、お仕事の時間が終わったら一緒に回らない?」
「残念じゃがわしは今日も丸一日仕事付けなのでな。他の者を誘って来い」
「え〜、結局全日断ったじゃな〜い」
「仕方なかろう。わしは仕事を放り出すのは嫌いじゃ」


「………何なんだ、ここは…」


店内を時には歩き、時には走るコスプレイヤー達を見て、ディオシスはぐったりしたくなる勢いで肩を落とした。
異世界だ。自分には到底理解できない異世界が繰り広げられている…。
そこはかとなく白い目で周囲を見渡しながら、ディオシスは自分が注文した紅茶(ストレート)を一口飲んだ。…普通に美味くて複雑さアップ。
あまりのショックに現実逃避したくなる勢いで遠い目をするディオシスの元に、忍び寄る1つの影が。

「――――貴方、ディオシス・レストナードよね?」

―――――――クロムだ。
「あ?」
思わず間抜けな声と苛立ち混じりの視線を向ける彼にくすりと小さく笑いつつ、クロムは口を開く。


「―――今人手が足りないんだけど、よかったら手伝ってくれないかしら?」


「……はい?」

あまりのも唐突な申し出に、ディオシスはぱかっと口を大きく開けて硬直した。
同じテーブルに座っていた友人達も、目を丸くしてクロムを見ている。
しかしクロムはにこにこと笑ったまま、ディオシスの腕を掴んで無理矢理立ち上がらせた。

「大丈夫、心配しなくても手伝ってくれたら後で働きに見合ったお給金あげるからv」
「は?いや、そうじゃなくて…」
「希望ちゃーん!臨時アルバイト捕まえたわよーっ!!」
「おっしゃーでかしたぞクロム!!」

会話が成立していない。
「…ってか待て!俺に拒否権はナシか!?」
「あら、何言ってるの?」
見た目が女そのものなクロムに思い切り抵抗するのも気が引けるのか戸惑ったように声をあげるディオシスに、クロムは逆に不思議そうに言い返すと、にっこり笑う。


「――――――そんなもの、このお店に入っちゃった時点でアタシ達のものなのよvv」


――――ディオシスは、自分が友人に連れられてとはいえうっかりこの店に入ってしまったことを、海よりも深く後悔したのだった。


…それから数分後、ディオシスの悲鳴が店内に響き渡った…。

**

――ディオシスの悲鳴から更に数分後。

「きゃーっvかわいーっ!!」
「うっわぁ…やっぱりこれって何時見ても違和感モノだよなぁ…」

更衣室には、嬉しそうに頬に手を当てて叫ぶクロムと驚きに顔を歪ませる葉華。
そんな2人の視線の先にいるのは――。

「??」

不思議そうに大きな碧色の目をぱちぱちと瞬かせる、ぴょこぴょこ跳ねた癖ッ毛の可愛らしい女装の少年。
髪には跳ねた髪の一部を集めて可愛らしいリボンで結んである。

――――――ディオシスだ。

「やだわーっ、ディオシスちゃんったらこんなに可愛くなっちゃうなんてーっv」
「…無理矢理着替えさせたのおいら達じゃん」
クロムの嬉しい悲鳴に葉華が冷静なツッコミを入れるが、クロムはさらっと無視。

「じゃあディオシスちゃん、ウェイトレスのお手伝い、お願いね?」
「はーい!」

にっこりと微笑んだクロムの言葉に、ディオシスはお行儀よく手を挙げて返事するのだった。


――――――そんなわけで、ディオシス、店員として参加(強制)決定。


**

「いらっしゃいませー!」
「あ?見慣れないヤツが増えてるな。新しい店員か?」
「えっと…まぁ、そんな感じです…」

ちっちゃくなったディオシスの姿を見た客が不思議そうに質問するのに、聡が困ったように笑いながら答えた。
クロムさんが強制的に巻き込んだんですけどね、なんて口が裂けても言えない。なぜなら後が怖いから。
そんな聡の心情知ってか知らずか、ディオシスは客を見ると、にぱっと笑った。

「俺はねぇ、ディオシスってゆーんだ。よろしくね〜♪」

可愛らしくも人懐っこい笑顔。
その笑顔を見た大半の人間は『微笑ましいなぁ…』と頬を緩ませるが…彼は、ちょっと違ったようだ。

「……お前、今から俺と一緒に回らないか?
 大丈夫、メシ代は俺が奢ってやるから」

―――コイツショタコンか…!!

周りにいた面々がさっと顔色を変えるが、ディオシスはそんなこと知ったこっちゃない。
「ホント!?」
やはり子供か、『メシ代おごり』の言葉に敏感に反応する。
「あ、あの、当店ではそういうのは…」
しめたと思ったのか、客はにやにやと汚い笑みを浮かべつつ聡の必死の注意も無視し、ディオシスの手を掴む。

「そうそう、俺が腹いっぱい食べさせて…」


「―――勝手に俺のモノに手を出さないでくれるかな?」


ひやり。
何時の間に後ろにいたのか、低音で囁かれる言葉と客の首に添えられた冷たい手、どちらともとれる効果音が全員の耳に届いた。
男は背筋の寒気もそのままに、ぎこちなく振り返る。


そこに笑顔で立っていたのは―――壬生・灰司。


自称ディオシスの婚約者な灰司さんは、ちっちゃくなったディオシスに悦って萌えに浸る間もなかったことにちょっとご立腹のようです。
しかしこのままブチ壊して折角のディオシスの格好を堪能できなくなるのも勿体無い。
ならば…。

「…とっとと、此処から出ていってくださいね?」


――――壮絶な笑みをプレゼントして、とっとと退散してもらうに限る。


キレイなのに寒気を煽り立てる彼の笑みに、客の男はひっと小さく声をあげると、三十六計逃げるに如かず、とばかりに大急ぎで逃げていった。

―――――――いつのまにかきっちりくっきりこさえられた、額に『肉』とジェントルヒゲを知らずのうちにさらしながら。

廊下から笑い声や噴出す声が聞こえてくるということは、きっと皆が見て笑っているのだろう。
さて、彼が落書きされていることに気づくのはどれくらい後なのやら。

「俺のディオに手を出すからですよ」

ふんっ、と満足げに鼻を鳴らす彼の手の中には―――油性ペン(マ●キー黒極太)。
立った一瞬であんなに見事に描けるとは―――色んな意味で恐るべし、灰司。

「灰司!」

下から楽しそうな、且つ嬉しそうな声で呼ばれ、ディオシスはぱっと顔を輝かせる。
勢い的には一瞬にして周囲に花が咲き乱れたような感じで。

「ディオ!…あぁ、こんなに可愛くなっちゃって…vvv」

なんかもう鼻の下伸び伸びですよオニーサン。
ちっちゃくなったディオシスをぎゅーっと抱きしめつつ、灰司はすりすりと頬ずりをする。


「……ラブラブするのはいいけど、ほどほどにしてくんないと店の営業に支障が出ちゃうんだけどなー?」


―――そして事態が収まった頃を見計らったのか、希望が笑顔で釘を刺し、そこでようやく灰司が大人しく席に移動することになったのだった。
      …ただし、彼がこの後店が終わるまで居座ることになったのは、言うまでもない。


***


……そして。
あっという間に日は暮れて。


『有難うございましたーっ!!』


最後の客が帰っていくのを見送って、全員は同時につめていた息を吐いた。

「「おっ…終わったぁ…」」

へたり、と言う効果音が似合いそうな感じで、聡とみどりが揃って椅子に腰を下ろす。

「結局、最終日まで随分繁盛してたのね?」
「まぁ、大抵は再来客が多かったけどな」

椅子に座って安心したように会話しあうエマと葉華。

「皆ーっ、今日もお疲れー☆」
「いやぁ、楽しかったですね。いい経験でしたよ」
「アタシもシオンちゃんといっぱい遊べて楽しかったわ☆」
「俺はディオシスの可愛い姿が見れただけで充分ですよv」
「俺も楽しかったー!」

他のメンバーよりも倍以上働いたはずの崎が笑顔で皆をねぎらい、あまった茶を飲みつつシオンとクロムが微笑みあう。
ちびディオシスを膝の上に乗せて抱きしめつつうっとりと灰司が呟くと、ちびディオシスも笑いながら挙手して声を上げた。


「あー、皆!その衣装のままこっち来て!!」


全員(一部除く)でぐったりしていると、唐突に希望から声がかかる。
一体何事かと全員が振り返ると、そこにはカメラ片手に手を振る希望の姿が。

――――なんとなく、何をするのか理解した。

「記念写真?そう言えばそんな話を聞いたような気も…」
「いいですね。甘酸っぱくも麗しい青い春の一ページにこの姿を刻むわけですか」
「ふふふ、ディオシスのこの姿をバッチリ納めておいた方がいいもんねーv」
「おー!」
エマが知り合いから聞いた事があるとふと思い出しつつも立ち上がり、シオンと灰司が楽しそうに立ち上がって希望の元へ歩いていく。
ちなみに灰司に抱えられたちびディオシスは状況を理解してないのに挙手しちゃってますけどね。


「――――――はい、チーズ!」


―――パシャッ。

エマ、みどり、シオン、ディオシス、灰司、希望に崎、まきえ、聡、葉華、櫻、クロム。
この十二人で、3日目の集合写真を撮ったのだった。


――――――これにて、コスプレ喫茶、閉店!


●後日談?
文化祭から数日後。
写真部主催の写真販売所では、『コスプレ喫茶』の欄に大量の客が押し寄せ。
一時的に販売停止になると言う驚きの展開があった。


――――――ただ。


…コスプレ喫茶で恥ずかしい思いをした一部の人間が、裏で暗躍して写真の完全販売停止を企てていたとか言う、まことしやかな噂も流れ。
実際その販売停止の事件の発端の場で、その姿がちらほらと目撃されたとか言う話も為されたが。

それが真実かどうかは―――皆の判断に、お任せするということで。


実は、店員で働いた彼らには、勤務時間中、此処では語られていない話も沢山あった。
…だが、それは今ここで語るべきではない。
後々、彼ら本人に語ってもらうとしよう。


―――最終的には、コスプレ喫茶自体は大成功だったので、よしとすること。


終。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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<1日目>
【3689/栄神・千影/女/1−B/ウェイトレス】
【3070/菱・賢/男/2−A/ウェイター】
【1415/海原・みあお/女/2−C/ウェイトレス】
<2日目>
【2259/芹沢・青/男/2−A/裏方(茶)】
【2936/高台寺・孔志/男/1−C/ウェイトレス(笑)】
【2364/郡司・沙月/男/2−C/ウェイター(裏方(茶)?)】
【2309/夏野・影踏/男/3−A/裏方(料理)】
【3368/山内・りく/女/3−A/ウェイトレス】
<3日目>
【0086/シュライン・エマ/女/2−A/裏方(料理・清掃)】
【3057/彩峰・みどり/女/2−C/ウェイトレス】
【3737/ディオシス・レストナード/男/3−B/客→ウェイトレス(笑)手伝い】
【3356/シオン・レ・ハイ/男/3−C/ウェイトレス(笑)】
【3734/壬生・灰司/男/???/客】

<全日参加店員>
【NPC/秘獏・崎/男/1−A/ウェイトレス(笑)】
【NPC/葉華/両性/1−C/ウェイトレス…?(笑)&裏方(茶)】
【NPC/緋睡・希望/男/2−A/ウェイトレス(笑)】
【NPC/山川・聡/男/2−C/裏方(清掃・料理)】
【NPC/山川・まきえ/女/3−A/裏方(料理)】
【NPC/櫻/女(無性…?)/3−B/ウェイトレス&裏方(料理)】
【NPC/クロム・フェナカイト/男(心は乙女(笑))/3−C/ウェイトレス】



●【個別ノベル】

【3689/栄神・千影】
【3070/菱・賢】
【1415/海原・みあお】
【2259/芹沢・青】
【2936/高台寺・孔志】
【2364/郡司・沙月】
【2309/夏野・影踏】
【3368/山内・りく】
【0086/シュライン・エマ】
【3057/彩峰・みどり】
【3737/ディオシス・レストナード】
【3356/シオン・レ・ハイ】
【3734/壬生・灰司】