【タイトル】 真実の探求
【執筆ライター】 千秋志庵
【参加予定人数】 1人〜
オープニング /ライターより /共通ノベル /個別ノベル


●「学園祭」 オープニング

『よくもまぁ……そのような酔狂なイベントを考えたな』
「だって、“姫”の願いに少しでも協力したいですし」
『“姫”、か。その表現には些か引っかかる点を感じ得ないのだが、敢えて問うのは避けておこう』
「助かります。君の尋問は精神的に参る点が多いですからね」
『秩序を乱すな。――我に言えるのはそれだけだ』
 一方的に切られた携帯電話を懐に仕舞うと、少年は乗っていた屋上のフェンスから軽く落下した。地上に膝を曲げて落下を和らげるも、勢い余って前方に倒れ込む。
「やはり此処でも体術面の向上は見込めません、か」
 苦笑じみて立ち上がり、制服に付いた土を叩き落とす。
「さて、“騎士”はどこまで愉しませてくれるか。――本当に愉しみだ」

 文化祭当日。
 生徒用に配られた文化祭パンフレットには、一枚のチラシが挟まっていた。

『“要石の欠片”収集イベント』

 生徒会発行印は押してあるものの、「パンフレットには書かれていない」アングラ的なイベントに、その日生徒達の風聞は密かに広がっていた。
「これって実は生徒会非公認のゲリライベントなんだってさ」
 ふと視線を外せば、やっきになってチラシを回収に掛かっている風紀委員、生徒会役員達がいる。手には回収した数枚の紙をその場で燃やしているほどだ。
 ……それほどこれってやばいイベントなのか?
 何人かは思いその場で隠そうとしたが、殆どが無駄に終わった。
「君、違法チラシを提出しなさい」
 生徒会長、繭神陽一郎の声が展示物で一杯の教室内に響く。
「持っている人間は厳重に処罰する。文化祭自体参加出来ないものだと思え」
 その異常な姿に興味を抱くには、充分すぎるものだった。

『“要石の欠片”収集イベント』
 日時  :九月十三日〜十七日
 詳細  :0×0−××××−××××の自動応答に指定された場所にて詳細を説明します。
 景品  :真実
 主催者:“騎士”に代わりて“姫”の望みを果たし者




●ライターより

【イベントについて】
 初めまして或いは今日和、千秋志庵と申します。
 今回のイベントは、まさに幻影学園の核とも言える“要石の欠片(グランドオープニングで繭神が探し、草間が拾った石)”を収集していただきます。収集最中には繭神を含めた風紀委員、生徒会役員達の邪魔が入ります。こちらが抵抗する場合は容赦なく“力”を使ってくると思われるので、対策を考える必要があります。
 ・純粋にイベント参加者
 ・風紀、生徒会のスパイとしてイベントに参加
 ・主催者の協力者
以上の中から選択してください。
 収集と同時に他の学園祭イベントを愉しむことが出来ますので、是非こちらもお愉しみください。
 このイベントの発案者である人間は、“騎士”こと繭神から“姫”こと月神を一時的に護ろうとしています。その意図は不明ですが、少なからず彼らの世界の一端を知り得ているものだと考えられます。
 真実まで辿り着けるよう、主催者と共に願っております。



●【共通ノベル】

 晴天の屋上、フェンスの上。
 まだ暑さの残る夏の終わりで秋の初め、一人の少年がそこにいた。
 バランスを上手く取ってフェンス上を歩き、手にしている携帯電話に向けて、愉しそうに笑みを浮かべた。立ち止まると途端にバランスを崩しそうになるが、空いている手を翅のように伸ばして何とかその場を耐えてみた。不安定な片足で奇妙にターンをし、空に背を向けた。
「      ?」
 相手の反応を窺うような語尾で会話を一旦区切り、少年は電話先の相手の反応を待った。
 まず聞こえたのは、溜息だった。
『よくもまぁ……そのような酔狂なイベントを考えたものだな』
 幾分幼い少女の声に、少年は期待していたかのように喜んで、言った。
「だって、“姫”の願いに少しでも協力したいですし」
『“姫”、か。その表現には些か引っかかる点を感じ得ないのだが、敢えて問うのは避けておこう』
「助かります。君の尋問は精神的に参る点が多いですからね」
『精神的、とは酷い言われようだな。秩序を乱すな。――我に言えるのはそれだけだ』
 一方的に切られた電話を懐に仕舞うと、少年は乗っていた屋上のフェンスからわざと落下した。草の生い茂る地上に膝を曲げて落下を和らげるも、勢い余って前方に倒れ込む。
「やはり此処でも体術面の向上は見込めません、か」
 苦笑じみて立ち上がり、制服に付いた土を叩き落とす。
「さて、“騎士”はどこまで愉しませてくれるか。――本当に愉しみだ」
 文化祭数日前の話。
 一人の“奇術師”の描く、一つの物語。





 文化祭当日。
 生徒用に配られた文化祭パンフレットには、一枚のチラシが挟まっていた。

『“要石の欠片”収集イベント』

 再生紙を使った薄い紙は、淡い緑色をしていた。引っくり返してみたが、裏には何も書かれていなかった。
 生徒会発行印は押してあるものの、「パンフレットには書かれていない」アングラ的なイベントに、その日生徒達の風聞は密かに広がっていた。
「これって実は生徒会非公認のゲリライベントなんだってさ」
 ふと視線を外せば、やっきになってチラシを回収に掛かっている風紀委員、生徒会役員達がいる。手には回収した数枚の紙をその場で燃やしているほどだ。
 ……それほどこれってやばいイベントなのか?
 何人かは思いその場で隠そうとしたが、殆どが無駄に終わった。
「君、違法チラシを提出しなさい」
 生徒会長、繭神陽一郎の声が展示物で一杯の教室内に響く。
「持っている人間は厳重に処罰する。文化祭自体参加出来ないものだと思え」
 その異常な姿に興味を抱くには、充分すぎるものだった。
 偶然から教室を離れていた四人は、彼らの追及を逃れ、片手にパンフレット、片手に携帯電話を持ち、無機質な応答の流れる番号へ電話した。
 機械と人間のハーフのモノのような声に、四人は興味が実質を帯びたものであると確信する。手元にチラシを引っ張り出し、それを再び読み返す。

『“要石の欠片”収集イベント』
 日時  :九月十三日〜十七日
 詳細  :0×0−××××−××××の自動応答に指定された場所にて詳細を説明します。
 景品  :真実
 主催者:“騎士”に代わりて“姫”の望みを果たし“奇術師”

 音声で指定された場所はとある教室の一室。
 展示物もなく、荷物置き場ともなっていないそこに、彼らは足を向けた。




 
 さして感情のこもっていない眼で少女は来訪者を一瞥し、口端に嘲笑の形を繕ってみせた。誰を笑うわけでもなく単に形作っているそれは、少女自身の目の色と対をなしている。色に例えるならば、無色透明。しかし海面を上から見下ろしたときのように、深い闇を纏った色でもある。ただ闇は少女自身の肌の白さと奇妙な対比を生み、一層色を濃くしていた。
「……白昼夢ではないようだな」
 開口一番、少女は諦念のこもった声でそう言った。
 指定された教室の前、文化祭には全く興味のなさそうな少女は扉にもたれかかって、深く溜息をついた。人差し指と中指を用いて創った即席の結界内に四人を招き入れ、落ち着きすぎたトーンで口を開いた。
「我は言わば伝令役だ。この先は面白半分で足を踏み入れてもらうのは、困るのでな。何故このようなことに足を突っ込んだかは敢えて問わぬ。しかし。引き返すなら今だ。即刻立ち去れ」
 冷たく言い放つ声に、時代錯誤に近い口調。少女は問いを続ける。
「帰る者はいないのか?」
「いないみたいですね。という訳で、全員参加みたいです」
 冠城琉人は笑みを崩さずに、言った。場にそぐわぬ落ち着いた声に、他の者も黙って頷くか、待機の姿勢を取って話を聞くことを示した。その話し方は気に食わん、と少女は小声で漏らして、改まって彼らに顔を向けた。
「意思は汲み取った。“奇術師”からの伝令を話す」
「あ、待って。あなたの名前は?」
 シュライン・エマが手を上げ少女に向けて質問を投げかける。あ、あたしも知りたい、と神埼こずえも愉しそうに手を上げた。
「知る必要はあるのか?」
「ただの興味本位って、駄目かな?」
 四人の内の最後の一人、栄神千影は他の女性二人よりも一層愉しそうに言った。
「“盾”。他の者に倣って名乗るとしたら、我は“盾”だな。“奇術師”を護る盾、だ」
 そして“盾”は一言言い放った。
「“石”を捜し、最終日の正午に此処に再び集合だ。以上。報酬は自ずと知りえることが出来るだろう。……まあ、最後の盤面で“奇術師”が語るかもしれないな」
 改めてまじまじと見ると、少女は彼らよりも幼いなりだった。小学生が中学生か。それらの年代と間違われても可笑しくないほど、少女の背は低く、顔はまだ充分に幼さを保っていた。“奇術師”こと主催者の伝令役を務めるくらいだから相当な信頼は得ているのだろうが、幼さでカヴァー出来るものだとしたら相当な実力者なのだろう。頭脳面か、或いは体術面でか。
「解散だ」
 “盾”はそう言い残して、教室から姿を消した。
 何だか現実味のないまま残された四人は互いに顔を見合わせて、苦笑染みたものに表情を変えた。
「では、祭りを愉しみながら、こちらのイベントも愉しもうか」
 誰からか足元は歩みを進める。それが自然で当然のこと。





 題名:イベント参加者へ告ぐ。

 端的に書かれたメールには、校庭に集合との旨が書かれていた。内容は恐らく石が見つかったとか、その程度の内容だろう。彼らは事ある毎に連絡を取り合い、誰が石を見つけただの、今日は見つからなかっただの、一種の競争のようなものが繰り広げられていた。とは言っても、血眼になって敵を押し倒していくものではなく、仲の良い友人同士で試験の点数を競い合う、その程度でしかない。
 遊戯。
 “盾”の少女が何度か口にしていた言葉が、まさしくその情景を表していた。携帯に入ったメールには、こう一言返すのが決まっている。

 我行く。

 少女には申し訳ないが、このやり取りは彼らの中では好評だった。
 そして祭の最終日に至ったその日、こずえの元に入った最後の発見メールは、仲間の一人からだった。

 題名:救援求む

 本文には一切打ち込まれていない題名だけのメール。送信先を調べようとするが、胸に浮かぶ小さな不安の種の発芽を促すように、マナーモードにしていた携帯電話が胸元でけたたましく鳴る。発信元は同じく琉人からだと分かったのはそのすぐ後だった。
「何?」
 石捜しに共に興じていたシュラインも聞き耳を立てて、音の意味を伺っている。
『校舎裏にて石発見。でもちょっとヤバイかも』
「ヤバイ? 何が?」
『色々とです!!』
 そこで電話は途切れた、不安そうにこちらを見つめるシュラインと共に、こずえは急いで現場に急行することにした。





 ……多分、戦闘風景、なのよね。
 ……「あれ」も充分戦闘って言えるんじゃない? ツッコミどころ多いけど。
 そこに広がる風景、即ち琉人が「お茶の良さ」を語り、千影が何だかよく分からないものを食べている光景に二人は暫し絶句した。駅前でよく見かける悪質なキャッチセールスの類によく似ている光景だ。
「あ、ちょっと二人とも早く早くー」
 千影の声がよく響く。叫びながら、地面を蹴ってこずえとシュラインの傍に駆け寄ってきた。
「食べても食べても食べきれないの!」
「……要点は簡潔に分かり易く、ね。千影」
 手をぐいと引き寄せ、こずえは千影を後方へ庇い込む。その隙にシュラインが前に出、足元に転がるただの石を投げつけた。
「っつ!?」
 少年は一歩たじろぎ、血の滲んだ手の血を拭おうともせずに三人に向いて掌を向けた。にゅっと黒い気体とも固体とも、ましてや液体とも付かない奇妙な生物が、何体も地中から現れてくる。
「“石”から手を引け!」
 風紀委員か、生徒会のメンバーの少年。後ろにも何人かいるが、彼らは精神的に参っているのか、魂を少しばかり抜かれたのか、眼がとても虚ろだった。
「あのビラ作った人、もっと計画的にやってほしいのに」
 千影がぷーっと頬を膨らませて講義した。
「同感。こんなことならチョコの一人や二人、連れてくれば良かった」
 シュラインは頬に手を当て、小さく溜息をつく。
「シュラインちゃん、数え方間違ってるよ」
「そだよ、シュライン。草間武彦の数え方は一体二体!」
 千影とこずえのツッコミに、ああ確かにね、とシュラインは微笑んでみせた。
 ……うわあ、何だか凄い会話がされてるよ。琉人は見知らぬ少年達の後方にてそんなやり取りを見て、口元を抑えて小さく叫んでいた。女の人って怖いな、とか、本人聞いたらどんな顔するかな、とか。その場にいる人間全員が考えそうなことを、彼もやはり同じように考えていた。
「……“石”はどれくらい集まったか?」
 ふいに、数日前に初めて聞いた、憶えのある声が後方からした。
「誰に電話しても通じない。故に参上した」
 “盾”の少女は抑揚のない声で言った。ぐるりを周囲を見回して、溜息をついた。
「彼らは繭神会長の手先です」
 琉人の説明に全て心得て、“盾”は目礼で感謝の意に代えた。
「攻撃は霊体みたいな黒いふよふよしたヤツです。多分、物理攻撃は効かないと思います」
「攻撃するなら操者の方がいいわ。全然武装してないんだもの」
 シュラインが笑いながら付け加える。千影も彼女の後ろからひょいと出て、言った。
「でも、手伝った方がいいよね? 助っ人とか?」
「いや、心配無用だ。実は生徒会長に全てばれた」
 呆気なく言った“盾”の言葉にこずえが掴み掛かるが、彼女は不快な顔で払いのけた。払いのけた後で、申し訳なさそうに眼を伏せた。悪気はない。そう言いたげな眼でもある。
「それってどっちのドジ?」
 お返し、とばかりにこずえが言う。
「明らかに“奇術師”のミスだ。言い逃れはせぬ、こちらの失態だ」
「……お疲れ様ね」
 シュラインが“盾”の肩を軽く叩く。全くその通りだ、といった様子で“盾”は首を小さく振り、腰に当てていた手を離した。
「して、伝令だ。ここは我に任せて、早く例の場所で“石”を渡してほしい」
「ねー、一人で本当に平気?」
 千影が不安そうに口を開く。
「女の子一人で負けちゃうよ?」
「……でも、先程の戦闘方式を見れば、私達だって戦闘に勝てていたかどうか」
「確かに、そだけどさ」
 想い出して、こずえとシュラインは同時に吹き出した。一般的に戦闘といえば、殴ったり蹴ったり、不思議な特殊能力を発動したり、と。その種類は様々だが、一様にして見栄えから威厳やら何やらを放っているものだ。が、彼らの攻撃方法はそういう類のではない。
 こずえはどうやって不意打ち攻撃をさせようか、に思考を至らせているし、シュラインは携帯電話を片手にいつでも電話出来る体勢を取っていた。電話先に出るであろう人は恐らくチョコ――草間武彦だろう。
 そのような意味で、“盾”の能力は未知数であるが、少なくとも威圧に近い空気が感じて取れる。武器は一切持っていないから、武術や格闘で闘う気なのだろう。
「大丈夫だから、“奇術師”の元へ早く迎え!」
 声に苛立ちが混ざり、四人ははっとしたようにその場から駆け出していった。
 少年が一人、彼らの動きを止めようと黒いもやもやを差し向けたが、“盾”がその前に立ち塞がる。
「端的に申して、……邪魔だ」
 払った右手がそれを音もなく掻き消す。淡い残像を残して散り散りになったのを正面に見据えて、少年は溜息一つ漏らさず、息を殺して攻撃を再開した。





 走ることだけに、専念した。専念することで、余計な思考の活動を防ぐかのように足を動かし、目的地へと走る。どこか彼らとは別の部隊が生徒会長らを止めているとの話を聞き、だが実体を伴わない在り合わせの“影”の部隊であるらしく、その信頼性はあまり高くないという。
 留守電に残されたメッセージを走りながら聞き、こずえは他の仲間に伝えた。
「で、何でいきなり行動開始したんだろーね?」
 千影の尤もな問いに、
「やはり今日が文化祭の最終日だからでしょうかね? 彼らも集めているとのことですから、私達の集めた分も一気に回収しに掛かったんでしょう」
 琉人が答える。
「もし初日で奪取してしまえば、それ以降行動の制限を感じた私達は活動を停止、或いは縮小してしまう可能性が高いですからね」
「そうなれば、石を集めるのは一段と手間取るからね。相当な悪知恵だね」
 シュラインは頷いて、言葉を付け足す。
「私達に勝てると思ってる。なんかムカつくなあ」
「でも、実際そうなんだけどね。戦闘能力っていうの? それが殆どないよねー」
 笑いながら千影が言うも、他の三人はただただ苦笑するだけだった。事実そうなのだが、こうも明るく言われると、否定するにも否定しようがない。否定する理由は端から存在しないのだが、笑って肯定するしか選択肢が残っていないのもどうしたものか。
 教室はいつもの如く、室内に入ろうとすると奇怪な感情が胸に込みあがる。対人間用結界だというのだが、その人間に自分達も入っているのだということを“奇術師”とやらは知っているのだろうか。否、知っていて愉しんでいるという可能性もなくはない。というかむしろ高い。
 教室内は数日前に見たときと全く同じ姿をしていたが、ただ一つ、闇の濃い部分があった。太陽の関係で暗くなっているのだろう、そう思って四人は手近な椅子や机に座ったり、壁に寄りかかったりした。
 こずえはふと、呟いた。
「でさ、“奇術師”って人の目的って何だろうね? 何で今回のようなイベントを企画したんだろう」
「理由? 愉しいからですよ、勿論」
 突然聞こえた知れぬ声に、四人はぎょっとして声のする方をみた。闇は闇のまま。その少し横、教壇の前に声の主が立っていた。
「初めまして、“奇術師”と申します」
 “奇術師”の格好に身を染めた少年は、笑顔で言った。
「で理由のことですけど、まあ、“姫”のこと少し気に入っているから、という理由です。好意と受け取ってくれても構わないですよ」
 ……色恋沙汰? そんなんで付き合わされたの? 怒りよりも呆れ。溜息をつこうとし、だがそれは別の方向から発せられた。
 “盾”の少女は、“奇術師”の横で溜息を一つした。
「しかし遊戯も程々にして頂きたい。我も含め、一体何人の人間が困っていると思っているのだ」
「だったら付き合わなければいいのに」
「そういう訳にもいかぬ」
 制服姿の小さい“盾”はやや眉を吊り上げて言った。
「我は主の意思そのものだ。故に従う責があるのだ。好き嫌い如何でどうにかなる話ではない」
 ぷいとそっぽを向いた“盾”を笑顔で見やり、“奇術師”は再び彼らに向き直った。
「さて、どこまで話しましたかな?」
「名前。劇の登場人物みたいな偽名じゃなくて本当の奴」
 ぴっと一本指を立てて、千影が問うた。
「“奇術師”。これが名前です。本名は内緒、の方が“劇”のようで愉しいでしょう? 今回は級の出し物を半分サボってこちらで自主営業しています」
「……半分も何も、サボりはサボりじゃない」
 シュラインの冷静なツッコミに“奇術師”は苦笑を返し、話を戻した。
「して、目的は先程話しましたし、“石”をこちらに渡してもらえますか?」
 差し出した手に、
「もう一つ、訊きたい」
 こずえの問いがなされた。
「その“石”を、どうするつもり?」
 “奇術師”は今気付いたという表情で両掌を叩き合わせた。その様子に、“盾”が不快な顔で溜息を返した。
「…………」
 無言でなされたもう一つの会話に、やはり“盾”は無言で彼らの横を通り、前方の扉から出ていった。何故か着慣れない様子の制服の上着を脱ぎ捨てたのが僅かに見える扉の窓から伺え、髪の色と同じ色の真っ黒いセーターが一瞬過ぎった。
「……その質問の答えは後で教えますね」
 笑顔になり損ねた笑みをその場に残し、“奇術師”は服の首元に付いている蝶ネクタイを外して上着のポケットの中にしまい、シャツのボタンを数個外した。
 右手で軽い印を描く。口から紡がれる異国の唄に誰しもが黙りこくったが、それは突然起こることになった。
 眩暈にも似た現実と仮想の交差。
 耳鳴りがする。
 遠い場所で聞こえる会話のような音。
 どこかで聞き覚えのある声。
 厭な臭いも混ざっているのに気付く。
 恐らく、血。
 そこまで思考が働いたとき、教室はかつての教室と同じものではなく、惨状と化していた。
 騒動の中心にいるのは“奇術師”に付き従っていた“盾”。対峙しているのは恐らく生徒会か風紀委員の所持する使役魔。劣勢なのか、“盾”は時折青痣や血を流しては存在を消滅へと導いていた。
「……繭神生徒会長?」
 琉人の発した言葉に、視線は“盾”ではなく別の方、更に中央部へと移動する。唯一無傷の繭神は彼らを一瞥して、言った。
「どういうつもりだ?」
 絶対零度の温度を持つ声に、穏やかな声が返される。
「別に」
「一言では済まされない筈だが? 言い開きがないのなら、こちらとしても考えがある」
「だからって暴力に移行するのは人間の悪い癖です。ここは一つ話し合いで……」
「先を考えないその気楽な行動が、一体何人の人間を傷付ける結果を招くと思っているんだ!?」
 はっとして口を噤み、繭神は周囲を一瞥した。激昂と冷静。相反する二つの感情の渦巻く自身を、彼は必死に抑えているのだろうか。穏やかな冷たい笑みで、彼は一つ言った。
「目的を訊きたい」
 先程“奇術師”の答えあぐねた質問に、しんと静寂が訪れる。耳鳴りのしそうな空間に、溜息が一つつかれた。
「僕は“世界”に少々不満を持っていました」
 唐突に語られた言葉に“盾”も動きを止め、“奇術師”の傍らに付いた。その姿を一瞥して後ろに下がるように合図をされ、大人しく数歩引いた。
「神サマや天国の存在も、地獄の存在も、僕にとっては干渉しうることの出来ない場所で、故に個としての存在に、非常に疑問を持っていました。ま、子供の思考遊戯程度なものなんですけどね。そして、僕はここに来た。“姫”の作り出した世界で、僕は数少ない“知識者”となった。それでも、“干渉者”にはなれなかった」
 ……それが一体何の関係があるのだろうか? 疑問は誰も口にしないまま、無意味のような独白は続く。
「多分、これが最後の遊戯ですから、僕は“姫”に思い残すことなく愉しんでもらいたいんです。僕の成りえなかった“創造者”に成りえた彼女への、ちょっとしたプレゼントとでも思っていただければ光栄です」
「……全く、勝手だな」
 繭神は呆れた物言いで吐いた。
「鬼の覚醒は近い。本来ならすぐにでも封印しなければいけないのに、今こうして活動させているのは、誰のお蔭だと思ってるんだ? こちらの情けを勝手に汲み取り違えてもらっては、困る」
「だからですね、会長」
 笑みを浮かべ、“奇術師”は指を立て、
「こういう特殊なイベントがあれば記憶に殊更に残るってモンですよね? だから人々を笑わす道化師が一人必要ではないでしょうか?」
 その思考は単なる個のものでしかない。
 愉しいから。
「本当に、それだけ?」
 不安気に投げられるシュラインのそれに、首は小さく縦に振られた。
「例えば、こういうことも考えられるんじゃないかな、って思って。“姫”と似ていたから、それで……」
 愚問です、と切り捨てた笑みはどことなく寂しそうで、
「別に、愉しかったからいいんだけどね、私は」
 綺麗に笑顔を見せたシュラインに、“盾”は代わりに小さく礼をした。

 自分と似ていた。
 自分では叶えられない望みを、少しでも叶えてあげたいから。

「健気よね」
 こずえから発せられた言葉に、“奇術師”は困惑した表情を浮かべた。
「それで、“石”はどうする気だ? 壊すか? それともこちらに手渡すか?」
 眉間にシワを寄せ、額に細い手を当てた状態で繭神は問うた。答えようによっては強制的排除も厭わないといった様子に、全員の殺気が一斉に漲り始めた。武器を構え、特殊能力の発動を起動しかけ、一触即発の雰囲気になる。“盾”も口元の血を制服の袖で拭い、相棒の前に立って上体を低くして構えを取った。
「それが回答、か?」
 繭神に、“奇術師”は笑顔で答えた。
「“石”はお渡しします。ですが、一つ条件が」
 意外な答えに、一瞬で空気が変わる。
「“姫”と話がしたい」
「ああ、分かった」
 状況を読み、対処するのは繭神の方が何枚も上手なのだろう。挙げた右手で側近を教室から出し、
「月神」
 待っていたかのように一人の少女が現れた。月神だった。少しやつれていたが、まだ彼女自身の持つ、光は失われていなかった。
 ……これも計画の一部で、取引の一部か。謀られていたのはどこまでだろう。
「……君に選択を委ねたい。もし抵抗したいのならば、僕は協力します。受け入れるのならば、大人しく生徒会長に“石”を渡します」
「それを今決めろと?」
「そうです」
「なら話は早い。もうすでに答えは決まっている」
 およそ人の見せることのない笑顔で月神は笑ってみせた。殉教者にも似た、死の匂いが香る決意。
 ……そんな笑顔、見たくはなかったんですけどね。仕方ないと言った様子で“奇術師”は首を振った。片膝を付き、月神に向けて頭を下げる。
「全ては“姫”の仰せのままに」
 月神は彼の髪を軽く梳いて、自身の決意を澱みなく口にした。





 この世界は紛い物。
 それが“真実”。
 信じるか否かは君の自由。
 僕は信じて、創り得ることが出来るんだと知ったんです。
 世界を、全てを。
 その可能性の大きさを、どうか君にも感じてほしい。





【END】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別】
【0086/シュライン・エマ/女性】
【2209/冠城琉人/男性】
【3206/神崎こずえ/女性】
【3689/千影一/女性】



●【個別ノベル】

【0086/シュライン・エマ】
【2209/冠城琉人】
【3206/神崎こずえ】
【3689/千影一】