【タイトル】 祭のあと
【執筆ライター】 つなみりょう
【参加予定人数】 1人〜最大4人
オープニング /ライターより /共通ノベル /個別ノベル


●「学園祭」 オープニング

 学園祭も終わりに近づこうとしていた頃合。
 草間武彦は、校舎の空き教室の窓からぼんやりと校庭を眺めていた。
 次第に暮れゆく夕空の下、眼下ではファイアストーム用のやぐらが着々と組まれている。
後夜祭が始まったら、赤々と燃える炎があそこで高く燃え盛るのだろう。そして生徒たちはそれをぐるりと取り囲み、手をつないで賑やかにフォークダンスでも踊るに違いない。

 ――面倒だ……。
 
 草間は胸ポケットから一つシガレットチョコを取り出し、くわえる。
 彼自身は後夜祭に参加する気などさらさらなかった。ここで時間をつぶしている理由は唯一つ、学園祭を見学に来た部外者たちがごった返す校門を通り抜けるのが面倒くさかっただけ。
もうしばらくしてほとぼりが冷めたら、教師やクラスメイトたちに捕まる前にさっさと帰るつもりだった。
 机が隅に積み上げられ、片側にアンバランスな空間が構成されているこの空き教室。廊下の際奥にあたる教室ゆえ、さざめきからも程遠い。
……もう『騒ぎ』もこれで終わりか。
 開け放した窓からは涼しい秋風が入って来る。それをあくびでうけとめながら、ぼんやりと草間はそう考えていた。
 まあ、これはこれで寂しい気もするが……。


 と。
 突然、背後の扉ががらりと開いた。草間はびくっとしつつ振り返り、そこに立っている者と目が合った。
「あー……?」
「草間くん」
 おずおずとそう彼の名前を呼んだのは、かすかに見覚えのある女生徒。
「えっと……夏本、だっけ」
「そ、そう。な、夏本さらら、です」
「……別に敬語じゃなくていいよ。俺ら同い年だろ」
「う、うん」
 慣れていないのか彼女は草間に対し、依然緊張した態度を崩さない。
そうしてまた、教室の入り口から立ち去ろうともしないのだった。かすかに頬を赤く染め、草間をじっと見つめてくる。
「……? 夏本、ここは見ての通り何もないぞ」
「う、うん」
 そう言ったきり黙り込んでしまった彼女だったが、しばしの逡巡を見せてから、ぱっと顔をあげた。
 そしてつかつかと歩み寄ると草間の正面に立ち、当惑している彼の顔を見据える。
見れば、その唇はきゅっと引き結ばれていた。
「わたしね、学園祭の実行委員をやってるの」
「……? ああ、そう」
「それで、主な担当は後夜祭なんだけど」
「じゃあこんなとこにいる場合じゃないだろ。ほら、他のやつら下で忙しそうに準備してるぞ……」
 何げなくそう言おうとして、草間は騒ぎに気がついた。
 生徒たちがなにやら騒ぎながらバタバタと走り回っている。そして、先ほどまで校庭の中央に鎮座していたはずのやぐらが。
「やぐらが、ない……?」
「さっきからおかしなことばかり起こるの。まるで、誰かが後夜祭をやらせないようにしてるみたいで。
……一緒に、解決して欲しいの。後夜祭、どうしてもわたし、成功させたいから」

 お願いします、とさららは深々と頭を下げた。




●ライターより

今回は、草間武彦、および夏本さららと共に、事件の解決に向け捜査・探索していただきます。
○なぜ何者かは、後夜祭の準備を邪魔しているのか
その理由を推測していただき、プレイングにお書き下さい。

参考:夏本さらら
2年生、17歳。性格は内気、物怖じしつつ小さな声でしゃべる。男の子は少し苦手だが、草間に対しては多少の好意を持っている。
クラスでは地味な存在。普段の学園では図書委員で、今回は意を決し学園祭の実行委員に立候補した。



●【共通ノベル】

 片づけから戻ったシュライン・エマは、何もなくなった空間に呆然とした。
 組み終わったはずのやぐらが、あるべき場所にない。『夢でも見ているのか』と思わず目をこすってみるが、なくなったものが出てくることもなかった。
「さて、どうしましょう……」
 思わず呟いてしまうシュラインだったが、その自らの呟きに我に返ると、不思議と冷静さが戻ってくる。
 地面にしゃがみこみ、跡がないかどうか確認する。
使われていた木のかけらが落ちていないか、もし誰かに持ち去られたのだとしたら、その不審者の足跡一つでも残っていないかどうか。
「……何もない、わね」
 だが、期待したようなものはその場に何一つ残されていない。
 じゃあ、次は聞き込みね。そう思い、シュラインは再び身をひるがえして、同じ実行委員の友人たちが談笑している場へと歩み寄る。
そのついでに、やぐらの組み立てる前の保管場所も覗きに行かなくちゃ、としっかり考えをめぐらせながら。


 目の前をセーラー服の少女が通り、セレスティ・カーニンガムは我に返った。
 彼は校庭の片隅にあるベンチに一人座っていた。暑いのは苦手な性質ゆえに、せめて離れた場所から後夜祭に参加させてもらおう、そう思ってこの特等席に早くから陣取っていたのだ。
 張り切りすぎたのか、時刻はまだ早すぎる頃合だったらしい。実行委員たちがやぐらを着々と組み上げるのを一人、ほほえましく思いながらも眺めていて……そしてふと、何のこともないことに気を取られた一瞬の後視線を戻したら、
 ――やぐらがなくなっていた。
「まさか、今の方が持ち去った……わけではないですよね」
 こっそり呟いてから、その発想の奇想天外さに自分で苦笑する。
 騒ぎながらぱたぱたと目の前を走り去る実行委員たちを目で追いながら、セレスティはしかし立ち上がることなくその場にじっと座ったままでいた。
 ――こういう時は冷静さが必要なのだ。走り回ることばかりが事態の解決に必要だとは思えない。
「そういえば、彼女も実行委員でしたね……」
 ふと、先ほど前を通ったのが友人のシュライン・エマだということに、今更セレスティは気がついた。
 
 
「ん?」
 羽角悠宇が廊下の窓から校庭を見下ろした時、片隅のベンチに見慣れた銀髪があることに気づく。
「あれ、セレスティ先輩だ。なにやってんのかな一人で」
「どうしたの?」
 隣にいた初瀬日和が、悠宇の視線に気づいてそれを追う。
「ん、セレスティ先輩ね?」
「ああ。一人であんなとこに座り込んで何してんのかなーと思ってさ」
「後夜祭を待ってるんじゃない?」
「え、後夜祭? それはないだろ、だってほら」
 と、悠宇は自らの腕時計を示してみせる。
「まだこんな時間だろ? 後夜祭なんてまだまだじゃないか。ほら……やぐらだってまだ組んでないし」
「ええ、そうね。まだ早すぎる、わね」
 ……まあ、いいんだけどさ。そう一人で結論付けてから悠宇は歩き出した。
その後ろを、慌てて日和が追いかける。と、急に彼が立ち止まるので、日和はその背中にぶつかりそうになった。
「ど、どうしたの悠宇くん?」
「なあ日和。俺の『白露』だけどさ」
「う、うん」
「絶対あいつ、お前に気があるんだぜ?」
「……急にどうしたの、悠宇くん」
 日和が苦笑すると、案外ふい、と視線を彼方へ向け、むっとした口調で呟く。
「なんでイヅナを俺がライバル視しなきゃいけないんだよ」


 同じ仲間である実行委員の友人たちに、シュラインは歩み寄った。
「ねえ、ちょっといいかしら」
「うん、どうしたの?」
 彼女らはシュラインに気づき、好意的な笑顔で振り向く。
「やぐら、どこに行ったか知らない? 消えちゃったのよ」
「え、やぐら?」
 驚いたように表情を見せた彼女たちは、お互いに顔を見合わせてから首をひねりつつ答えた。
「まだ組んでないわよ」
「え?」
「だってほら」
 と、一人がシュラインに腕時計を示してみせる。
「まだ時間がこんなに早いわ。組むのにはまだ早いと思うし」






「よー草間。お前、ちゃんと後夜祭に出ろよー。シュラインちゃん、お前と一緒にフォークダンス踊りたがってると思うぞー?」
 廊下ですれ違いざまにクラスメイトにそう肩を叩かれて、草間武彦は驚く。
「どうしたんですか?」
 その表情に夏本さららは気がついたのか、心配そうな目で見上げてきた。
「いや。……あいつに、さっきも同じこと言われたな、と思って」
 クラスメイトの姿はすぐに廊下を曲がって見えなくなってしまう。
 ……なんだ? この違和感。
 立ち止まったまま草間が考え込んでいると、さららが小さく彼の名を呼んだ。
「あ?」
「あのね。……さっきからそうなの。わたしも同じことを何度も言われたり、せっかく準備をしたものが急になくなったり」
 さららは視線を転じ、窓の外へとやる。
 その視線の先、校庭の中央には今はなにもない。
「やぐら、わたし三度も組み上げたの。だけど、それなのにいつもいつも……いつの間にか消えてるんです」
「三度?」
 その事態の不可解さに草間が眉をしかめた。
「だからわたし、もうどうしたらいいか分からなくて……」
 言葉を詰まらせるさららに、思わず草間はあごをひく。

と、その時。
「おい、草間」
 再び肩を叩かれて、草間はとびあがらんばかりに驚いた。
「ち、違うぞ俺は!」
自分でも意味不明のことを言いわめきながら振り向くと、いつの間に現れたのか悠宇が目を丸くしている。
「どうしたんだお前」
「な、なんだ羽角か」
「なんだとはなんだよ。……あー、お前」
 さららに気づいた悠宇が少々非難めいた口調を草間に向けると、今度こそ草間は挙動不審になった。
「お、俺じゃないぞ泣かせたのは!」
「て今更言われたって、お前なあ……」
「さららちゃん、大丈夫?」
「ごめん、草間くんは悪くないの。わたし、どうしても上手く話せなくて。」
 悠宇の背後にいた日和が、さららの顔を覗きこむ。
 心配げな彼女へと笑ってみせたさららに、草間も大げさなほど安堵の息をつく。
「とにかく、俺は何もしてないからな!」
「草間くん」
と、そんな草間に日和が少々キツめの視線を送った。
「そんなに何度も何度も言うから、さららちゃんが驚いちゃうの」
 ますます情けない顔になった草間に、さららがぷ、と噴き出した。
 
 
 
「……また、ない……」
想像していなかった事態に、シュラインは何度目かのため息をついた。
 彼女が首をひねりつつも時は進み、『再び』後夜祭準備の時刻となった。倉庫に積み上げていた木材を校庭の中央へと運び、皆でいざ組み上げ出して。
 そろそろ出来上がったかしら、と思いつつ倉庫から出てきたシュラインだったが、彼女を迎えたのは高くそびえたつやぐらではなく、また跡形もなくなっている空間だった。
 慌てて通りすがった友人を呼びとめ腕時計を見せてもらうと、針が示していたのは想像していた時間より2時間も前だ。
――否。
 先ほど確認したはずの時刻すら飛び越えて、その針は前の時刻を指している。
「な、なんなの……?」
ほとんど途方に暮れながら、シュラインはその場に立ち尽くした。

 と。
「シュラインさん」
 名を呼ばれて振り向くと、校庭の隅のベンチでセレスティが手招きしている。
慌てて駆け寄ると、セレスティはその優しげな口調からは意外なほど、真剣な表情をしていた。
「私の勘違いならよいのですが……。やぐら、また消えましたよね」
「……やっぱり、そう思います?」
 思わずそう聞き返すと、セレスティは一つ頷いた。
「私はここにずっと座っていたんです。この足ですからね、あまり歩き回ることも出来ませんし」
 だから私は、誰に聞かれてもしっかりと証言できますよ、とセレスティは言った。
「例えば、先ほどシュラインさんは私の前を通り過ぎました」
 こちらには気づいていなかったみたいですけどね、そう言いながら、彼は離れた場所にいる一人の女生徒を指し示した。
「そして、あなたは彼女に時間を聞いた」
「……そうです」
 シュラインは一言、短く同意する。
 軽く首をひねっていたセレスティだったが、やがて何かに気づいたように顔を上げた。
「まだこれは私の推測に過ぎませんが……恐らく時が巻き戻っているのではないでしょうか。
やぐらも消えたのではなく、組み上げられる前の時刻に戻ったため、私たちの目には消えるように見えるのではないでしょうか」


 


「ったく、なんで俺がこんなことに巻き込まれてるんだ」
「いいじゃないか草間。何か面白そうなことになってきたみたいだし」
 悠宇が元気付けに草間の肩を叩いたが、返ってきたのはそれはそれは嫌そうな表情だった。
「言っておくが俺はな。この世で一番嫌いなのが『怪奇の類』なんだ!」
「なんだ、怖いのか?」
からかい半分、悠宇がそう聞き返すと、案外真剣な叫びが返ってきた。
「そんなわけあるか! いつもいつも面倒なことになるから俺は嫌なんだ!」
「……日和ちゃん」
 と、その二人に聞こえないぐらいの小さな声で、さららは日和に話しかけた。
「聞いてほしいことがあるの。よかったら」
「……ええ、もちろん。さららちゃんの頼みですもの」
 安心させるように一つ微笑んでみせてから、日和は悠宇を振り返った。
「悠宇くん、私たちちょっと話があるから。草間くんと先に行っててくれない?」
「……分かった」
 日和の視線と、かすかに震えているさららに気がついたのだろう。
悠宇は何も聞きかえさずに頷くと、草間の肩ががしっと抱く。
「そーいうわけで、草間! 俺たちは男同士の付き合いといくか!」
「お、おい」
 何も分かっていない様子の草間を、引きずるようにして連れて行く悠宇。
 と、その胸元から銀のピルケースを取り出し、その蓋を開けた。
「日和。白露置いていくよ。そいつ、どう考えてもお前の方に懐いてるからさ」
「悠宇くん」
「そいつがついてるってだけでも多少は安心できるからな」
 出現した銀色のイヅナが、日和の足元にじゃれついているのを確認してから、再び悠宇と草間は歩き出した。



「……そんなの困る」
 セレスティの前に立つシュラインは、そうぽつりと言った。
「ねえ先輩。後夜祭ってイベントの最後の締めとして重要だと思いませんか?
だってそれに消化不良で終了なんてしたら、この数日間の思い出も楽しさ半減だわ。私は、学園祭を色あせない思い出として、しっかり胸に焼き付けたいんです」
「そうですね」
 表面上はシュラインらしい、冷静な言葉。
 セレスティはただ短く相槌をうった。先を促すようなこともしない。
 彼女の言葉に返事はさほど必要でないことを、彼は気づいていた。
 ――シュラインは今言葉にすることで、自分の気持ちを整理しているのだ。
「誰だか知らないけれど、一緒に後夜祭楽しんだらいいんだわ」
「……例えば、これは私の推測ですが」
 と、セレスティは空を見上げる。
「『好意を寄せている方へ後夜祭で告白をしよう』そう考えている人も多いと思うのです。
ファイアストームの明かりに照らされての告白は、それなりにロマンチックだと思いますしね。
でも、反対に……そうですね、好意を寄せている人に対して、告白をしてもらっては困る人もいると思うのです。例えば」


 ――好きだけれども、未だ告白するような勇気をもつ事の出来ない人。


 草間が一人こもっていた教室に残った日和とさらら。
 次第に暗くなっていく教室で、さららは影に紛れ不安げな表情を日和に向けた。
「あのね。……この事態、もしかしてわたしがやってるのかもしれない」
「さららちゃん……?」
「わたしね、『学園祭が終わって欲しくない』って思ったの。この楽しい時間が、ずっとずっと続けばいいって思った。
草間くんや、日和ちゃんや……みんなとずっとずっとこの楽しい時間を過ごせたらいいなって思った」
「さららちゃん。でもさららちゃんは、実行委員であんなに頑張ってたじゃない」
「だって。……だって、学園祭が本当に楽しかったんだもの!
楽しくて楽しくて、一生懸命頑張ってたらもう後夜祭の日になってしまって。
そうしたらわたし、急に怖くなってきて……」



「……もしかして」
シュラインは呆然とした口調で呟いた。
「犯人は、私……?」
その言葉に、セレスティは弾かれたように視線を彼女に向けた。
「シュラインさん! いえ、私はそのようには」
「だって私……チョコと、せめて一緒にいられればいいって思ってた。
踊りたくても踊れないから、せめて一緒にいられればって、同じ時間を共有できればって……」

 ――ファイアストームを取り囲み、フォークダンスを踊るクラスメイトたち。
 ……その輪に加わることは出来なくても、せめて彼と一緒にいられれば。そう思っていた。
 勇気がなくて、その輪に誘うことが出来なくても、せめて。



 ――どうしよう。
 自分を抱きしめるように腕を回し、一人肩を震わせているさらら。
 その彼女にかける言葉が見つからなくて、日和はただ胸を痛めた。
 さららの肩に手を置こうとしてそっと伸ばし、だがそれは果たせないままゆっくりと下におろす。
 ――悠宇くんと……草間くんに、やっぱり戻ってもらおう。
 そう決心し、日和は立ち上がろうとした。
 と。
 その足元で白露が鳴いた。それに対し、非難めいて日和の肩にいた末葉も鳴く。
「……ごめんね白露。悠宇くん、呼んで来てくれる?」
そっと足元のイヅナに話しかけるが……再びチチチと鳴くばかりで、身をひるがえす気配すらない。
 じれったくなった日和は教室の扉に歩み寄ろうとした。
「痛っ!」
 だがそれすらも押しとどめるように、白露は日和のすねを噛んだ。
末葉がそれをとがめるように、ますます低くうなる。
「どうしたの白露? お願い、行かせて」
「……主人がいなくても、その命は身をもって守るあやかし、か」

 突然教室の扉が開き、予想もしていなかった声がする。
 日和とさららは、はっとしてそちらを向いた。
 
 


 けたたましい音を立て、校舎の片隅の窓ガラスが割れたのはその時だった。





「な、何事ですか?」
 手のステッキを頼りに、セレスティも立ちあがり頭上を仰ぐ。
割れたのはすぐ頭上の窓だった。だが振ってくる破片がわずかだ。
「なぜ破片が落ちてこないんでしょう。まさか、外から割られたわけでもあるまいし……」
「おい、シュライン!」
 名を呼ばれてシュラインは振り向いた。見れば、血相を変えて草間が走り寄って来る。
「チョコ……」
「おい大丈夫か? ガラスで切ったりしてないか?」
草間はシュラインに駆け寄ると、呆然としているシュラインを強く揺さぶった。
「あの野郎、周囲の迷惑も少しは考えろよ!」
「どういうことですか」
セレスティが尋ねると、草間は苦々しげに割れている窓を見上げた。
「羽角だよ。 ……あいつが、あそこまで飛び上がって窓を蹴破ったんだ」



◆ 

 日和に呼ばれた気がして、悠宇は立ち止まる。
「おい、どうした羽角」
「なんか、日和が……?」
「あ?」
 二人は校庭へと降りてきていた。往来の真ん中で立ち止まる二人に、迷惑そうな視線を向けてくる他の生徒たち。
それを意にも止めず、悠宇は眉を寄せた。
 言いようのない不安が胸に押し寄せる。
 ――何かを感じて、悠宇は顔を上げた。そのままゆっくり上のほうへと視線を上げていく。
 校舎の1階、2階……。4階まで見上げた時、黒く長い髪が窓辺に見えた。
 見間違えようもない、黒く長い、きれいな髪。
 と、その姿が突然窓辺から消えた。
「日和!」

 悠宇は叫んだ。何を考える間もなく、ただもう無我夢中だった。
 そして彼は背中に黒い羽をひらめかせ、宙へと舞い上がった。

 



「て、テメェ……日和に何した」
 窓を蹴破り教室の中へと飛び込んできた悠宇に、彼……繭神陽一郎は表情を変えることもなく、ただ冷静な視線を返しただけだった。「何もしていない」
「嘘つけ! 日和がこんなに怖がってんじゃねぇかよ!」
「悠宇くん、本当よ!」
興奮する悠宇にしがみつきながら、日和は言った。
「ただ……ただ、びっくりしただけだから。本当よ、悠宇くん」
「だが、もう少し遅かったら君の考えていたようなことになっていたかもしれないがな」
「てっめェ……よくも抜けぬけと!」
「悠宇くん!」

 必死に押しとどめる日和と、その腕の中でもがく悠宇。
 その二人を静かな視線で見やってから……二人の足元に座り込んでいたさららに視線を向けた。
「夏本。行くぞ」
「……え?」
「私は夏本を迎えに来ただけだ。もう時間だからな」
 あっけにとられる二人に対し、さららは冷静な様子で立ち上がった。だがその表情は未だ固いままだ。
「ごめんね、日和ちゃん。話を聞いてくれてありがとう。
迎えに来てもらっちゃったから、もう行かなくちゃ」
「さららちゃん、行くってどこへ」
「……どこへだろう。わたしにも分からないな」
 そういってさららは、寂しげに笑った。
「お別れしたくなかった。ずっとずっと、この楽しい時間のなかにいたかった。
……もう一度会えたら、またお話しようね」
「さららちゃん!」
 日和の声にも振り向かないまま、さららは教室を出て行く。
 その姿を隠すようにして教室の入り口に立っていた繭神は、再び二人を振り返った。
「もうじき、この夢の学園は終焉を迎える。……私が、幕を引く。そうしたら、君たちと違い実像を持たない私と夏本は、存在が消えるのみだ。
友が消えてしまうところを、君たちも見たくはあるまい?」
「ゆ、夢の学園って……」
 その言葉に驚きつつも、こころのどこかで納得している自分がいる。

――ああそうだ。これは夢なのだ。

「私はこの消える夢と共に行く。彼女はどうなるか分からないが……お前らは、覚えていてやるといい」
「……おい、なんだかよく分からないけど。お前はそれでいいのかよ!」
 悠宇の疑問に、繭神は不敵に笑った。
「私以外に、誰がやれるというのだ」



 そして扉は、小さく音を立てて閉まった。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【0086 / シュライン・エマ /しゅらいん・えま/ 女 / 2-A】
【1883 / セレスティ・カーニンガム /せれすてぃ・かーにんがむ/ 男 / 3-A】
【3524 / 初瀬日和 /はつせ・ひより/ 女 / 2-B】
【3525 / 羽角悠宇 /はすみ・ゆう/ 男 / 2-A】
(受注順)


●【個別ノベル】

【0086/シュライン・エマ】
【1883/セレスティ・カーニンガム】
【3524/初瀬日和】
【3525/羽角悠宇】