●「海キャンプ」 オープニング
照りつける太陽。弾けるような笑い声、歓声。
浜辺でビーチバレーや水浴び、遠泳等を楽しんでいる生徒達をどこか遠い目で見ている少女がいた。
自然に出来たテトラポットのように、波に洗われて削れた岩場の隅で。
「…楽しんでないのか?」
ふいにその背に声がかかる。
水着姿でいるのに全く日焼けしている様子の無い白い肌を見て眩しそうに目を細めた生徒――草間武彦の声に気だるそうに振り返る月神詠子が、生徒達の見当たらないこの場に現れた武彦を不思議そうに眺める。
「ナンパなのかい?」
「――そう見えるか?」
夏場の日差しに溶けかけたシガレットチョコを何気に物足りなさそうに咥えながら、武彦が話し掛ける。詠子には逆光で表情が見えないが、あまり気にする風も無くふいと目を逸らし。その視線の先にあるのは、『今』を十分に楽しんでいる生徒達の姿。
「違うみたいだね」
「正解。…年寄り臭いかもしれないが、ああいうのは苦手だ」
「そう」
ひと気の無い場所を探してやって来たのが此処だった、ということらしい。
黙ったまま、ひとしきり騒いでいる生徒達を眺める2人。
「――キミは…」
再び話し掛けたのは、先程ぽつん、と言葉を切った詠子だった。
「キミは――楽しんでないのかい?この夏を」
巻き紙にチョコが滲んでしまっているのを見て眉を寄せた武彦が、少し考え込み。
「楽しんでいるさ。年相応にな」
「…そうか。年相応にか」
そこでようやく隣に並んだ武彦と視線を合わせた詠子が、ふ、と大人びた――苦い笑いを口元に浮かべる。
「ボクはどうしてここにやってきたんだろう。どうして…ここで見ているだけなんだろう」
「俺もそれは同感だ。――どうせなら、エアコンの効いた部屋でタバコ咥えながらぼーっとしている方がいい」
「チョコレートのかい?…先っぽが溶けて落ちてるよ」
「うあ、シャツに付いちまった。また怒られるな」
名残惜しげにぽいと岩場の隙間にチョコを捨てると、染みの付いた白いシャツを情けない顔で見つめる。
「怒られるんだ」
「ああ、妹にな。気が利くのはいいんだが、こう言うのには容赦無いんだ。まいるよ」
ポケットから新しいシガレットチョコを咥えながらぶつくさ文句を言う。家で旅行の帰りを待っている妹の事を思いながら、固いチョコの端を歯と唇で押さえて。
「いい妹さんだね。――早く帰りたいんじゃないかい?」
「いたらいたでうるさいからな…たまにはこう言うのも、悪くない」
「…そうか。悪くないんだ」
ふふ、と小さな笑い声が詠子の口から漏れた。
「ボクはきっと楽しみたかったんだよ。表に出るなんて滅多に無かったから。…こんなに砂が熱いなんて、こんなに日差しが痛いなんて思わなかった」
「やらなきゃ痛いのも楽しいのも分からないだろうな」
「きっとね――そうだね」
ふと、詠子が首をかしげたように見えて横を向く。その視線は、かなり昔に削られたものだろう、岩場の向こうでぽかりと空いた洞窟へと向けられていた。
「あれは何かな」
「洞窟…ってそういう答えを期待して無さそうだな」
「まあね」
「ここからじゃはっきり分からないな。だが、行かない方がいいぞ。何か祀ってあるかもしれないし、満潮になったら入り口が閉じる場合だってあるんだ」
「面白そうじゃない」
「駄目駄目。そんなんで面倒に巻き込まれたら大変だぞ」
何か悟ったような顔で首を振る武彦を面白そうに見る詠子が、
「分かったよ。…じゃあ、ボクは先に戻るね」
ひらひら、と手を振って去って行った。
*****
その夜。
「詠子ちゃん、いないみたい」
「あと少しでご飯の時間なのに何処行っちゃったんだろ」
ぱたぱたと走り回る同級生を武彦が呼び止める。
「何かあったのか?」
「詠子ちゃん――月神さんが何処にもいないのよ。心当たり知らない?」
『面白そうじゃない』
「…ある」
嫌な予感はしてたんだ。
もっとしっかり止めて置けば良かった。
聞けば、午後から誰も詠子の姿を見ていないとの事。悪い方に考えれば、武彦があの岩場を去ったのを待って1人であの場所へ行ってしまったのかもしれない、と思い当たる。
この際頼りになるのは教師…と見ると、こうした事態に一番不似合いな定年間際の女性が見え、がっくりと肩を落とした。近寄って話をすると、案の定おろおろするばかりで内心深い溜息を付く。
「お前達はここで待機してろ。んでお前らは…買出し?んじゃあ店や路上に居る連中に見なかったかって聞いといて。見つかったら連絡入れるからそっちからも、見かけたり戻ってきたら連絡くれ…携帯持ってるよな。俺も持ってく。ええとじゃあ、先生は他にも居なくなった奴いないか点呼とって探してて。俺、心当たり見回ってくるから。――それから…俺1人じゃ手が足りないかもしれない。誰か俺と行ける奴いるか?」
普段授業も熱心に受けない生徒が――こう言っては失礼かもしれないが生き生きと生徒達に指示を与えているのを見て、
「草間君、すごーい。もしかしてサバイバルの人?」
何か妙な勘違いをしたらしい声も飛ぶ。
「違う違う」
丁寧にその声にぱたぱたと手を振って否定し、苦笑いを浮かべると、
「メシ前に悪いが、誰かいないか?」
もう一度、声を上げた。
|
|