【タイトル】 アバンチュールしてみませんか? 〜in海キャンプ〜
【執筆ライター】 神無月
【参加予定人数】 1人〜?人
オープニング /ライターより /共通ノベル /個別ノベル


●「海キャンプ」 オープニング

 神聖都学園高等部サークル棟には、無数の部室が存在している。
 ずらりと並ぶドアは一律であるのだが、表示されたクラブ名のプレート等のたたずまいをよくよく見れば、その部の内情――主に予算関係――が見て取れる。
 ここに、『美術部』と記された一室がある。
 そのプレートがダンボールに赤マジックの殴り書きで作成されているところといい、ドアのペンキの剥げ具合といい……なかなかに香ばしい荒廃っぷりであるようだ。
「弁天ちゃんの馬鹿ー! 部長のくせして何で部費を使い込むのぉー! また新入部員が逃げちゃったじゃん」
「これハナコ。使い込みとは人聞きの悪い。わらわは少ない部費を数倍に増やそうと投資信託を試みただけではないか。……なに、ちょっと読み違えただけじゃ。次回こそきっと」
「次回なんてないよう。もうすっからかんだもん。あーあ、学園祭も控えてるし、新しいキャンバスが買いたかったのにぃー」
「部費の不足分はほれ、2−Aの草間武彦とか妙王蛇之助とかデューク・アイゼンとか1−Aの鯉太郎とか、フォトジェニックな男子を隠し撮りした写真を、女子連中に売りさばけば何とかなろう」
「あのさー。ここ美術部なんだからさー。そういう内職に逃げてないで絵描こうよ。それにさぁ、美術部員は弁天ちゃんとハナコだけになったんだよ。どーすんの」
「う、うーむ。問題は部員数じゃな。このままでは同好会に格下げじゃ」
 ……部室の中は、ガタのきたテーブルに、すわり具合も怪しい丸椅子がふたつだけ。
 壁に立てかけられたイーゼルと描きかけのキャンバスだけが、かろうじて美術部らしさを呈している。だがその油絵は、よく言えば芸術性が高すぎて、凡人には理解不能のものであった。
 井の頭弁天。3年A組。天上天下唯我独尊な美術部部長。只今彼氏募集中。
 ハナコ。同じく3年A組。グラマラスで妖艶な美術部副部長。言い寄ってきた美術部顧問(既婚者)をセクハラで訴えて首にしたばかり。
 天才美少女絵師(注:自称)ふたりは、難局を前にうーんと考え込む。
 やがて、はっと顔を上げたのは、ハナコの方だった。
「ねーねー。いっそ、フォトジェニックな男子たちを片っ端から美術部に入れちゃおうよー。女の魅力をフル動員してさー。そういえば弁天ちゃん、草間くんに告ったんだっけ。どうなった?」
「……ものの3秒で振られてしもうたわ。せめて3分は考えて欲しかったがのう」
「じゃあ、蛇之助くんは? 弁天ちゃんとは幼なじみなんでしょ?」
「あやつは、小さいときはわらわの後ばかりついてきたものじゃったが、最近はわらわを避けるようになっての。何を考えているのやらさっぱり解らぬ」
「デュークくんはどう? 弁天ちゃんのこと、結構気に入ってるみたいだよ」
「それがのう。この前デュークと廊下で立ち話をしておったら、同じクラスのマリーネブラウにおっかない顔で睨まれての。それ以来、ロッカーの上履きの中に、ときどき画びょうが入っておるのじゃが……」
「え、えーと。それじゃ鯉太郎くん!」
「一番競争率が高いぞえ。1年生のお嬢ちゃんから3年生のお姉様まで、デート希望者が順番待ちだと言うではないか」
「……うーん。困ったね」
 またもふたりは、額を付き合わせて黙考した。
 ――そして。
 何事かを思いついたらしい弁天が、目を輝かせる。
「ふむ。つまりはまだ、わらわの押しが足りぬと見た」
「そうかなぁ」
「そうとも。幸い、もうすぐ海キャンプがある。海といえば水着じゃ! 水着姿のわらわとハナコに迫られて落ちない男子などこの世におらぬ!」
「――まぁね。そりゃハナコも、プロポーションには自信があるけどぉ」
 長い巻き毛を掻き上げ、胸を反らしてポーズを取ったあとで、しかしハナコは首を傾げた。
「でもさ、ふたりだけで口説き回るのは不効率かもね。きれいどころの女子に、応援頼もうか」
「彼らが気を許しそうな男子にも、手を借りた方が良いかも知れぬな」




●ライターより

グランドオープニングはシリアスな様相を呈しつつあるようですが、こちらでは少々血迷いまして、恋愛シミュレーション風味をやらかそうかと思います。
――さて。
あなたは弁天とハナコより、海キャンプの期間中に、下記の男子たちを美術部に勧誘するよう依頼されました。

・草間武彦(2年A組)……一匹狼的な不良。
・妙王蛇之助(2年A組)……文芸部所属。弁天の幼なじみ。
・デューク・アイゼン(2年A組)……剣道部所属。元カノのマリーネブラウがよりを戻したがっている模様。
・鯉太郎(1年A組)……帰宅部。なぜか水泳部の女子に絶大な人気。

あなたが男子なら、勧誘に成功して弁天たちにごほうび(どんな?)をもらうも良し、また、あなたが女子であれば、勧誘そっちのけで男子たちと親交を深めるも良し。色恋沙汰はスルーしてみんなで遊ぶも良し。
海キャンプでのひとときを、ちょっと弾けてみませんか?

*NPC出ばりまくりです。申し訳ありません。
基本的な性格等は、お手数ですが、異界『井の頭公園・改』をご参照くださいませ。
ただ、なにぶんにも幻の学園でのことですので、普段とは違った一面が現れるかも知れません。

それでは、ご参加をお待ちしております。



●【共通ノベル】

ACT.1■工作員は11人いる!

 かくして。
 海キャンプに臨む直前、美術部の貴重な備品であるテーブルの上に、神聖都学園高等部のクラス表(カスミ先生の机の上にあったのを無断コピー)が、ばさっと広げられた。
 赤マジックを手にした弁天は、これはと思う生徒の名前に、ぐりぐりと花丸印をつけていく。
「まずは、と。洞察力があって、頭が切れて、頼りになりそうな女子」
 真っ先に花丸で覆われた、2ーC海原みあおの名前に、ハナコは目を丸くする。
「みあおちゃん? あんな頭のいい子が協力してくれるかなぁ?」
「みあおの姉とは知古ゆえ、大丈夫じゃ……たぶん。で、草間武彦対策には、当然ながらこの女子じゃな」
 弁天の指先が、2ーAシュライン・エマを示す。
「うんうん。だってシュラインちゃんがいたから、弁天ちゃんは振られたわけでしょ」
「武彦は、はっきりそうとは言わなんだがの」
「ふうん。じゃあさ、蛇之助くん対策は、この子がいいと思うよ」
 ハナコが横から印をつけた名前に、弁天は首を傾げる。
「1−A嘉神しえる……? 知らぬな」
「セミロングの綺麗な子だよ。雰囲気とかちょっと弁天ちゃんに似てて、蛇之助くんが弱いタイプだと思うんだ」
「そうなのか? 蛇之助の好みはよく解らぬでのう」
「んーと、それから、この子かな? 2−B津田香都夜ちゃん。クールな男装の麗人」
「……その女子も、蛇之助の好みなのか?」
「ううん。ハナコの好みー♪」
「何じゃそれは!」
「あとね、1−Cの綾和泉汐耶ちゃんもいいなぁ。こー、知的な感じがたまらないんだよねー」
「おぬしの好みの女子を集めてどうするのじゃ!」
「だってさ、弁天ちゃん、協力させついでに、あわよくばみんな美術部に勧誘する気でしょ? だったら、仲良くしたい子に声かけたいじゃん。それに汐耶ちゃんて、草間くんや蛇之助くんやデュークくんと同じ2ーAにお兄さんがいるから、何かと好都合だよ?」
「そういえばおぬしも、2−Aに十年来の友人がおったな? 確か、中藤美猫とか。ときどきぴょこんと出ているあのキュートな猫耳は、男子の勧誘に絶大な威力じゃぞ」
「えええっ? だめだよう。純真無垢な美猫ちゃんを、こんな陰謀に巻き込みたくないよう」
「真の友人であれば、喜んで協力してくれるはずじゃ」
 容赦なく、美猫の名前を花丸で囲んでしまってから、さらなる犠牲者を求めて、弁天は赤マジックを走らせる。
「おお、そうじゃ。2−Aと言えばもうひとり、フォトジェニックな男子がおったな」
 ぐりっと印を付けられた赤星鈴人の名に、ハナコはにっこりと頷く。
「サッカー部の鈴人くんだね。なぜか弁天ちゃんにすごく憧れてるから、きっと協力的だよ」
「1−Aにも、なかなかな男子がおるぞ。石神月弥に花丸、っと」
「ああっ! 弁天ちゃん、月弥くんにも目をつけてたの? ……いいよね、あの子」
 さりげに月弥もタイプであるらしいハナコは、うふふと目を細める。
 あちこちに真っ赤な花丸が乱舞したクラス表は、だんだん収拾がつかなくなってきた。
 しかし弁天の赤マジックは、勢いを緩めない。
「そして、デューク対策にはこやつじゃ!」
 3−A藍原和馬に、ひときわ大きな花丸がつく。
「和馬くん? どうして?」
「1年前、他校の闇討ちに遭ったデュークを庇ったせいで退学になった、剣道部の部員がいての。行方不明中のそやつに、和馬はそっくりなのじゃ。デュークは生真面目じゃから、たとえ他人の空似でも、和馬の頼みを無下にはできまいて」
「やーん、弁天ちゃんたら、悪どーい」

「……おや? 誰か来たようじゃぞ?」
 不埒な陰謀が進行している美術部のドアが、ためらいがちにノックされた。
 開けてみれば、制服がドレスにも見えるほどに優雅な雰囲気の女子が、しとやかに頭を下げている。
「わたくし、2年C組の鹿沼デルフェスと申します。初め……まして」
「いいや、初めてではない! おぬしとは、以前どこかであったことがある!」
 目をきらりと輝かせた弁天は、逃がすまいとばかりに、デルフェスの両腕をしっかり掴む。
「……そりゃ、同じ学校なんだからさー」
 呆れ声のハナコに構わず、弁天はいそいそとデルフェスを部室内の椅子に座らせた。
「入部希望じゃな? そうであろう?」
「はい……。絵ではなく、彫刻をやりたいのですけれど」
「オールオッケーじゃ! さささ、この入部届にさくっとサインするが良いぞ」
 あたかも、善良な客に高額な絵画をローン購入させる販売員さながらに、弁天がデルフェスの手にボールペンを握らせたとき。
「話は全部聞いたァー!」
 激しい勢いで、まやもや美術部のドアが、ばばーんと開けられた。あまりにも激しかったので、もともと崩壊寸前だったドアは、そのまま部室に倒れ込んだ。
「あれ? ヤワなドアだなー? 悪ィ」
 全然悪いと思ってなさそうな口調で、鮮やかな赤毛を無造作に掻きあげる男子を、弁天はじろりと睨む。
「誰じゃ、おぬしは?」
「ヤだな。俺様のこと知らねェの? ギター弾かせりゃ天下一品、みんなのアイドル、舜蘇鼓でェす」
「……はて? わらわは神聖都学園の全美形を網羅しておるつもりじゃが、おぬしのような、交換留学生のくせして2年も留年した男子に見覚えはないのう」
「なんだー。良く知ってンじゃん。さては俺に惚れてるな?」
 ケケケと笑った蘇鼓の背に、弁天は倒れたドアをよいしょと起こしてから、思いっきりぶつけた。
「何しやがる!」
「それはこっちの台詞じゃ! 修理代はきっちり弁償してもらうぞえ。おぬしのお父上は中国政府高官であろう? お坊ちゃんゆえ、金持ちの筈じゃ」
「そんな固いこと言うなよー」
「でなければ、責任を取ってわらわと入籍してもらおう!」
「弁天ちゃん弁天ちゃん、ちょっと飛ばしすぎ」
 ハナコがつんつんと弁天の制服を引っ張る。蘇鼓は肩をすくめた。
「ドア壊したくらいで人生の墓場は勘弁してくれよ。美術部の部員勧誘、俺も協力するからさァー。実は俺前々から、弁天部長やハナコ副部長のお役に立ちたくて。うんうん」
「ほぉぉう? そんなご親切なタイプには見えぬが?」
 弁天は不審そうな細目で蘇鼓を見る。蘇鼓は、困惑気味のデルフェスにひらひらと手を振ってから、弁天に右手の人差し指を示した。
「もちろん、俺はタダじゃ動かねェ。大負けに負けて、学食の揚げパン1年分で手を打とう!」
 ……1年分と言うことは、まだ留年する気かコイツ。
 弁天とハナコの顔いっぱいに、くっきりとそんな言葉が祥南行書体で浮かぶ。
 
 ともあれ、このようにして11人の犠牲……もとい、協力者が決定したのであった。

ACT.2■TARGET1――文芸部:妙王蛇之助――

 海キャンプ初日。
 お約束どおりに、海は青く、砂浜は白い。
 そしてその砂浜を、弁天とハナコが歩く。――最初の標的を求めて。
 ふたりは、学校で規定されている水着を極限まで改造していた。
 弁天の水着は、ワンピースの原型をとどめてはいるものの、大胆におへそを露出させているし、ハナコに至っては、色をショッキングピンクに染めたうえで、胸の谷間もばっちりの悩殺ビキニスタイルにしてしまっていた。
 弁天のとなりでは、体操服姿(当然、改造などしていない)のみあおが、銀の髪をさらさらと潮風になびかせている。
「協力を了承してくれて、感謝するぞえ、みあお」
「弁天さんに頼まれたら、断れません。お姉さんからもよろしく言われてますし」
「うむうむ。頼もしいのう」
「ねー。汐耶ちゃんて、本好きだよね。なぞなぞとかにも詳しい?」
 上機嫌な弁天の側で、これまた上機嫌なハナコは、果てしなく迷惑そうな汐耶に、しっかりと腕を絡ませていた。
 水着の上に淡いグリーンのパーカーをはおった汐耶と並ぶと、なかなか絵になる。弁天は持参のデジカメで何枚かツーショットを撮った。……どういう客層に売りさばくつもりなのかは不明である。
「なぞなぞ――は、あまり。ミステリものは読みますが」
「そうなんだ。じゃあ、これわかる? ブルートレインの中で殺人事件が起こりました。殺された人の職業はなーんだ?」
「医者……ですか? 寝台車だから、シンダイシャ」
「すごーい!」
 目をきらきらさせているハナコに、汐耶はふうとため息をつく。
 協力要請が来たときはきっぱりと断ったはずなのに、はたと気がつくと完全に巻き込まれていたのだ。
(美術部長と副部長は、絵の腕はともかく、口先だけなら超高校生クラスね……)
「ねえ、弁天ちゃん」
「ん?」
「なんか男子たちみんな、びくびくして遠巻きにしてるのはどうしてかな?」
 海辺には、各生徒たちによって張られたテントが点在している。
 泳いだり、日光浴をしたり、お昼時が近いこともあって調理に余念がなかったり、それぞれにキャンプを楽しんでいるようだ。
 しかし……。
 水着姿をアピールするべき4人の男子は、今のところ見あたらない。そして、クラスメイトや顔見知り、見知らぬ後輩でさえも、弁天たちと目が合うと、さっと青ざめてあとずさりする始末なのだった。
「わらわたちの魅力が眩しすぎるのであろう。神聖都学園の男子は、揃いも揃ってウブで困る。……のう、みあお?」
「はい。弁天さんはとっても素敵です。その辺の男子には勿体ないです」
 みあおはにこりと笑う。
「おぬしはいい子じゃのうー!」
 ぎゅっと抱きしめて頭をぐりぐり撫で回しつつ、弁天は、遠巻きにしている男子の中に、やっと、蛇之助がいるのを見つけた。
 しかし蛇之助は弁天と目が合うやいなや、さっとその場を離れていく。
「これ! 待ちや、蛇之助。逃げずとも良いではないか。話があるのじゃ」
「……すみません、これから文芸部で、学園祭に向けての打ち合わせがあるので」
「海キャンプに来ておいて、それはなかろう。わらわとハナコの水着姿を見て、胸がときめかぬのかっ?」
 弁天が胸を張り、ハナコがさりげなくポーズを取る。が、蛇之助は、ずれてもいない銀縁眼鏡を軽く直しただけだった。
「……弁天姉さんもハナコさんも、あまりお腹を冷やさないほうがいいですよ」

 止める間もなく蛇之助は、自分のテントに帰ってしまった。
 思い切り間合いを外されて不満げな弁天に、みあおが言う。
「蛇之助さんについては、ハナコさんの仰るように、嘉神しえるさんにお願いしたほうがいいと思います。というか、蛇之助さんは好きな人ができたから、弁天さんと顔を合わせづらいんじゃないかと」
「何?」
「あの方は、もともと押しには弱いはずです」
「むうー? 微妙に不愉快な展開じゃのう」
「仕方ないよ、弁天ちゃん。男の子はいつか大人になるの。幼なじみのお姉ちゃんを追いかけていた、可愛い弟のままじゃいられないんだよ」
 気乗りのしなさそうな弁天の背をハナコが押す。女子4名は、しえるのテントへと向かった。

「……ふうん? ま、ハナコ先輩の頼みとあらばOKしましょ。妙王先輩って、私のまわりにはいないタイプだから興味はあったのよ。……弁天先輩、邪魔しないでね?」
 シンプルな規定の水着を身につけたしえるは、余裕の笑みを浮かべている。
 弁天はしえるに相対するなり、ストレートに下ろした髪をふわっと逆立てた。縄張り争いに臨む野良猫さながらである。
「ぬぅぅぅぅ。おぬしとは前世で死闘を繰り広げたような気がする!」
「前世というよりは、平行世界じゃないかしら? じゃ、ちょっと行ってくるわね♪」
 パーカーを肩に掛け、しえるは軽やかに砂浜を走る。
「妙王先輩ー!」
「うあああ、むかつくのじゃー」
「まあまあ。お手並みを拝見しようよ」
 憤慨する弁天からデジカメをバトンタッチして、ハナコはレンズでしえるを追った。

(こんにちは。妙王先輩。折角の海なのに、泳がないの?)
(き、君は――1年の、嘉神しえるさん)
(へえ。私のこと、知ってたんだ?)
(それは……。君は、目立つから)
(ふふ。良かったら、一緒に泳ぎません? というか、泳ぎましょ。はいレッツゴー♪)

「うがー。あっさりと色仕掛けに引っかかりおって!」
 いつの間にやら取り出した双眼鏡で、弁天は海を睨む。
「楽しそうに海で遊んでるよ。ばっちりだね」
 ハナコはデジカメを望遠モードにして、ツーショットを連続撮りしていた。

(ねえ、先輩。文芸部って楽しい?)
(ああ。……どうして?)
(弁天先輩たちから、美術部に勧誘して欲しいって頼まれてるのよ。正直言って、私はどっちでもいいんだけどね。先輩が美術部に入部しても、私が得する訳じゃないし)
(君まで巻き込んだのか。しょうがないなぁ、弁天姉さんは)
(でも、こうして話せるきっかけをくれた事には感謝かしら。声を掛けるのって、意外と勇気がいるものよ? ……こう見えても)

「順調順調。頬を染めるしえるちゃんに、蛇之助くんはぐらっと来てるよ」
「むぅ。そういうキャラではないはずなのに、しおらしい一面を演出するとは、やりおるな、しえる」
「うまく行きそうですね」
 弁天の隣で、参謀役のみあおはにこりと頷く。
「すいませんけど私、そろそろ帰ってもいいですか?」
 ハナコにがっちり腕を組まれたまま、汐耶は肩を落としている。
 ――と。
 青い海にぴったりの、明るく爽やかな声が、砂浜に響いた。
「いたいた。弁天せんぱーい。ハナコせんぱーい。探してたんですよ。どうですか、勧誘の首尾は? おれで良ければお手伝いしますから、何でも言いつけてください!」
 駆け寄ってきた鈴人は、屈託のない笑顔を弁天とハナコに向けた。
「う」
「ん」
 心に疚しいことのある者には眩しすぎる微笑みである。弁天とハナコは、ちょっと口ごもった。
「蛇之助さんについては、大丈夫のようですよ。他の方々のときに、ご協力いただくことになると思……」
 代わってみあおが答えかけたときだった。
「あんまりうまく行きすぎるのもつまんねェな。どぉれ、ちょっとスパイスを利かせてこよう♪」
 同行していなかったはずの蘇鼓が、ひょいと姿を現してそう口走るや、砂浜を歩き出す。
 ちょうどしえるは、夜に蛇之助と花火をする約束をしてから、自分のテントに戻ったところだった。
 ひとり海辺に残った蛇之助に近づく蘇鼓を、一同は不審気に見守る。

「よゥ、蛇之助」
「あなたは――ええと、神聖都学園の名物男、ダブリ2回の舜蘇鼓先輩」
「ほっとけ。なぁ、さっき、別嬪の1年生といいムードだったけどよ」
「いえ、そんな」
「弁天がさぁー。すげぇしょげててよー」
「……え?」
「あいつさァ、何でも命より大切で、心の中で一生の愛を誓った幼なじみに避けられてるって、泣いて俺に訴えてんだよなぁ。女をあそこまで惚れさせといて放置プレイなんて、何処の鬼畜野郎だろうと思ってたが」
 蘇鼓は額にオーバーに手を当てて、首を横に振る。
「他の女に目移りとは、報われねェな。可哀想に。――そんだけだ。じゃあな」
「……弁天姉さんが」
 言うだけ言って、蘇鼓はさっさと姿を消してしまった。
 青ざめてうつむく蛇之助に、弁天は双眼鏡を放り投げて走り寄る。一同もそれに続いた。
「ちーがーうー!!! 違うぞ蛇之助。今のは蘇鼓の嘘八百じゃ! 信じるでない」
「あははは。心配しなくったって、そんなの誰も信じないよう。ねー鈴人くん。……鈴人くん?」
 ハナコに同意を求められた鈴人は、しかし蛇之助以上に青ざめている。
「そうだったんですか……。知らなかった。弁天先輩は、ずっと蛇之助さんのことを」
「だから違うと言うておろうに」
「ショックです。だって、『幼なじみ』って最強じゃないですか! おれなんか太刀打ちできません!」
 海の馬鹿やろぉー! と叫び、鈴人は波打ち際を走り出した。
 なんだかんだやっているうちに時間は経過していて、ちょうど夕暮れ時。真っ赤な夕陽が水平線に沈みつつある。
「いろいろありますよね。青春ですもん」
 みあおがあっさりとまとめ、汐耶は、もうどうにでもなれとばかりに呟いた。
「いい走りっぷり……。さすがはサッカー部」

ACT.3■TARGET2――剣道部:デューク・アイゼン――

「さて。蛇之助はしえるが取りなして事なきを得たようじゃ。次はデュークじゃが……。どう思う、みあお?」
「そうですね」
 海キャンプ2日目。美術部工作班専用の豪華な巨大テントの中で、勧誘活動はまだまだ続行中である。
 弁天、ハナコ、参謀のみあおに加え、デューク対策要員として集められたのは、和馬とデルフェスと美猫であった。ちなみにこのテントは、事態を混乱させた蘇鼓に因果を含めて、弁天が用意させたらしい。
「デュークさんはあの性格から言って、理詰めと情に訴えかけるのがいいんじゃないかな」
「ほう」
「たとえばですけど。誰かに理屈、と言うか正論で弁天さんを悪し様に言ってもらうんです。そうしたら、人がいいデュークさんのことですから、弁天さんを擁護しますよね。そこをすかさず、情に訴えて押し通す!」
「うー。こわ。みあおは敵に回したくねぇなあ」
 美術部なんぞに関わるつもりはなかったのに、わけあって引きずり込まれた和馬が身震いをした。
「あ? だったら、俺よりは女子が行った方がいいんじゃねぇか?」
「ですね。女性の涙に弱そうですから」
「では、わたくしがまいります」
 入部して早々、妙な部長命令を下されてしまったデルフェスが進み出る。
「色恋沙汰は苦手でございますが、弁天部長のご指示とあらば。――デュークさまは騎士のような方ですし、こちらも淑女のように振る舞って、入部とまではいかないまでも、少しはご考慮戴けるようお願いいたしましょう」
「よくぞ言った、デルフェス!」
「でもさ、マリーネブラウが出てきたら、ちょっと心配だな。あの子、自分からデュークくんのことを振ったくせに、今更惜しくなったみたいでさ。近づく女子を片っ端から迫害してるんだよ。デルフェスちゃんがいじめられたら、ハナコ、泣いちゃうよー」
「ハナコちゃん。私も一緒に行くから大丈夫だよ。いじめられても、何とか頑張る」
 美猫がにっこりとする。頼まれて断り切れず、勧誘に参加する羽目になったのだが、真面目な美猫はきちんと対応するつもりのようだった。
「気をつけてねー。何かあったらハナコに言うんだよー。弁天ちゃんに言いつけて仕返ししてもらうから」
「……仕返しをするのはわらわなのか?」
「だぁってえ。ハナコは手を汚したくないもーん」
(こ、こいつら……。怖い。俺はむしろ、デュークとやらが心配だ)
 ちょっと女性不信になった和馬をよそに、デルフェスと美猫は、デューク勧誘に臨んだのであるが……。

「マリーネブラウ。すまないが、もう私に構わないでくれないか?」
「どうしても駄目なの? こんなに謝ってるのに」
「――終わったことだ」
「ねえデューク! お願いだから考え直して。それとももう、他に好きな人が出来たの?」
「いや。そういうわけでは」
「まさか、美術部の弁天さんじゃないでしょうね? だったら私、絶対に許さないから。あの人だけは嫌」
 海辺沿いのキャンプ地は、砂浜の切れかける場所に怪しげな洞窟がある。
 出会う生徒に聞き込みをし、デュークの居場所を捜していたデルフェスと美猫は、やがてそこに行き着いた。
 ――しかし。
 洞窟にいたのはデュークだけではなかった。「あの」弁天部長をも恐れずに、ロッカーの靴に画びょうを入れたりする根性の入った女子、デュークの元カノ、マリーネブラウもその場にいたのである。
 しかも間の悪いことに、ちょっとドロドロ系の会話が展開されているようだった。
「まぁ……。お忙しそうですわ。困りましたわね」
「どうしましょうか」
 そういった事柄には無縁な、清らかな女子ふたりは、岩陰でおっとりと顔を見合わせる。
 その時。
「あァ? 何だよおまえら。修羅場なら余所でやってくれよ、人の昼寝の邪魔すんじゃねェ」
 緊張を破るへらりとした声が、洞窟の奥から聞こえてきた。
 不意を突かれたデュークとマリーネブラウの前に現れたのは、大あくびをしている蘇鼓だった。
 ちなみに蘇鼓は昨日の前科により、天性の愉快犯であることが弁天に知られたため、勧誘要員からは外されている。
「おっとォ。デュークとマリーネブラウか。へーえ」
 にやっと笑い、蘇鼓はデュークに歩み寄る。
「マリーネブラウが最近冷たくなったのは、てめぇの所為だな。俺の女に手ェ出すなんて、いい度胸じゃねぇか、おい」
「……俺の女?」
 デュークはきょとんとして、マリーネブラウを見る。マリーネブラウはぶんぶんと金髪を振った。
「し、知らないわよ、こんな人」
「ほぉらな。冷てぇったら」
 すっとぼけて言い捨てるなり、蘇鼓はさっさとその場を離れる。蘇鼓としては、恋愛の行方などどうでもよく、人が右往左往してくれればそれでいいのだった。
「ちょっとあなた。妙なでまかせはよしてくれる? 待ちなさいよ。いったい何年何組の人なの? 待ちなさいったら!」
 蘇鼓を追いかけて、マリーネブラウも洞窟を去った。
 瓢箪から駒で、ひとりきりになったデュークに、ようやく少女たちは話しかけることができたのだった。

「デュークさま。わたくしたち、美術部の弁天部長の依頼でまいりました」
「少しお時間をいただけますか?」
 説得にあたり、ふたりは小細工は弄せずに真っ向勝負で挑んだ。
「宜しいですよ。どんな御用でしょうか?」
 優美なデルフェスとひたむきで純真な美猫に、デュークは好意的だった。
 先ほどの一幕で、したたかなマリーネブラウに翻弄されたのが余程こたえたらしい。清楚な少女たちを前にして、ほっとした様子が見える。 
「デュークさんは、剣豪宮本武蔵をご存じですよね?」
 美猫は勧誘のきっかけを、生涯60余回の勝負に一度も負けたことがなかったと言われる、剣の達人に求めた。
「それは、もちろん。剣においては術を越え、道の域に達した方ですから。彼の記した『五輪書』には、『千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす』とあります」
 案の定、デュークは興味を示した。
 美猫は大きな瞳をまっすぐにデュークに向ける。
「では、宮本武蔵が書画や彫刻にも造詣が深かったことは?」
「そのようですね。余技としてたしなんだとか」
「武蔵の作品は、余技の域を超えています。残された作品の精神性の高さは、まさしく剣の道に通じるものがあります」
 武蔵を引き合いに、剣道と芸術の共通性を美猫は説く。デルフェスはその具体的な作品について語った。
「絵画では重要文化財の『枯木鳴鵙図』をはじめとして、『蘆雁図』、『鷺の図』などの優れた墨絵を描いています。書では 白楽天の名句を揮毫した『戦気寒流帯月澄如鏡』があり、工芸面では木彫の『不動明王』が素晴らしゅうございます」
 デュークはいたく感心しながら聞いている。
 かなり、心を動かされた様子であった。

「ふむ。ハナコが心配するから来てみたが、なかなかいい感じではないか」
 双眼鏡で洞窟を伺いながら、弁天はほくそ笑む。
「あのさー。じゃあ、もういいだろ? 何で俺までここに」
 無理に同行させられた和馬が、げっそりとぼやく。
「ほっほっほ。だめ押しというやつじゃ。おお、3人揃ってこちらに来るぞ」
 遠巻きにしていた弁天と和馬に気づいたようで、デルフェスは淑やかに微笑み、美猫は大きく手を振っている。
 デュークが入部を了解したかどうかはまだわからないが、弁天を見て頭を下げているところから察するに、好感触のようである。
「弁天部長。この度は美術部にお世話に――おや?」
 デュークは至近距離で和馬を見るなり、はっとした表情をした。
 反射的に和馬はびくっとする。
 弁天はしてやったりの顔になり、双眼鏡をデジカメに持ち替えた。
「イェルク! イェルク・ヌーヴェルトじゃないか。いつ学校に復学したんだ!」
「うわぁぁ! なな何しやがる! 俺に抱きつくんじゃねぇー!」
「いきなり行方不明になって、どんなに心配したか。戻って来たなら来たで、なぜすぐに私に連絡しない」
「おおい弁天。人違いしてんぞこいつ。ええい離せ、離しやがれ」
「しかし、良かった。部活動にも復帰するのだろう? 私も美術部と掛け持ちになったとはいえ、剣道部員であることに変わりはない。落ち着き次第、また手合わせをしよう」
「弁天。頼むから説明してくれよぉー。……って、写真撮ってんじゃねぇ!」
「はいはい。おふたりさん、目線はこっちじゃ」
 デュークに抱きつかれたままの和馬を、弁天は容赦なく激写する。
「その写真は、どうするんですか?」
 無邪気に聞く美猫に、なおもシャッターを押しながら弁天は答える。
「これはこれで、需要があるのじゃ」

ACT.4■TARGET3――帰宅部:鯉太郎――

 海キャンプ3日目。
 残るターゲットの男子たちは、そろそろ警戒し始めたようである。
 草間武彦は滅多に姿を見かけなくなったし、鯉太郎も、水泳部の女子たちがバリケードを築き上げていて、弁天やハナコは当然としても、勧誘員の女子ですらおいそれと近づけなくなってしまった。
「鯉太郎さんと直接お話が出来さえすれば、説得する自信はあるんですけど」
 みあおは、すっかり参謀ぶりが板についている。弁天もハナコも両側でうんうんと頷いて、頼りっぱなしであった。
「鯉太郎さんはもともとセンスが美術部向きだし、褒め倒しましょう。彼、9人兄弟なのにお兄さんたちが誰も継がなかった魚屋を、末っ子だけど継ぐって言ってるんですよね? 場の流れを読んだ上で流された人だから、利益になると思えば来てもらえると思う」
 鯉太郎並びに草間武彦対策として集められたのは、綾和泉汐耶、石神月弥、津田香都夜、シュライン・エマと、誤解が解けて気を取り直した赤星鈴人だった。
「うんー。でもさー。何とか男子ふたりは確保できたし、しえるちゃんも、蛇之助先輩が入るなら入部しようかなって言ってるみたいだし、あと、ここにいるみんなが入部してくれたりしたら、部員数はオッケイなんだよねー」
 中性的な魅力を持つ女子や、知性に溢れた女子が好きなうえに、月弥や鈴人も好みのタイプであるハナコは勧誘の相談そっちのけでご機嫌だった。回りじゅうにまんべんなく愛想を振りまいている。
「それにしても」
 シュラインが弁天とハナコをじーっと見て、ほとほと呆れたという声を出す。
「なんだかなぁ。ターゲットの男子たちにそんな人はいないにしたって、露出度過多の改造水着で気を惹こうなんて、先輩たち、体や外見目当ての男性が好みなんですか?」
「え?」
「や、そういうワケではないが」
 鋭い突っ込みをされて、美術部部長と副部長はおたおたする。
「……おふたりとも、性格の方が可愛らしいのに」
 ぼそっと呟かれて、弁天とハナコは一層おろおろした。
「今、シュラインは何と言った?」
「性格が可愛いって」
「だだだだ誰の?」
「べ、弁天ちゃんとハナコのことじゃないの?」
「聞き違いではないのかえ? 香都夜、月弥。おぬしたち、聞こえたか?」
 問われて香都夜は、無表情に答える。
「言われ慣れないことを聞いて自分の耳を疑うあたりが、もしかしたら可愛いのかも知れない」
 もともと美術部には何の関心もなく、ハナコの熱烈にして強引な要請に仕方なく腰を上げた香都夜である。
 当人としては、聞かれたから思った通りのことを言っただけだ。しかし、紫藍の瞳をひたと据えられたハナコは、弁天がのけぞるくらいに真っ赤になった。
(香都夜は、そこらへんの男子ではかなわぬほど女子にもてると聞いたことがあるが、納得じゃのう)
 シャッターチャンスは逃さない弁天は、赤くなったハナコをカメラにおさめておいた。
「そうだね。シュラインさんの言うとおりだよ。俺も、弁天先輩とハナコ先輩は可愛いと思う」
 月弥に静かな笑みを向けられて、今度は弁天の頬が朱に染まる。さらに、鈴人から追い打ちがかかった。
「あ、あのっ。おれも弁天先輩のことが好きです!」
「なななな何をっ」
 真剣かつ爽やか度100%で言われると、弁天はどう返して良いやら解らなくなるようだった。混乱して視線を泳がせている。
「ライバルが多いのはわかってます。男子たちがみんなして弁天先輩を狙ってるみたいだし」
「狙ってない狙ってない。鈴人くんのひとり勝ち」
 ハナコはすかさず弁天からデジカメを引ったくり、鈴人とのツーショットを撮る。
「あのー。私やっぱり関係ないと思うんで、そろそろおいとまを」
「汐耶ちゃんはここにいなきゃだめ!」
 場の収拾がつかないうちにそっと逃げようとした汐耶は、しかし、ハナコにしっかりと腕を押さえられてしまった。デジカメを構えながらの早業である。
「……効率的な投資信託のご相談になら、いつでも乗りますけどね」
「うんっ。美術部員として、弁天ちゃんに助言してあげてね♪」
 はぁーと汐耶は額に手を当てる。とんだ海キャンプであった。
「えっと。提案なんですけど」
 とても愛の告白をしたばかりの男子とは思えないてらいのなさで、鈴人がにこにこと言う。
「用意はおれがしますから、浜辺でバーベキュー大会をしませんか? そうしたら草間くんも鯉太郎くんも呼び出しやすくなると思うんです」
「う、うむ。男子生徒主催のイベントなら、警戒心も薄れるやも知れぬな」
 何とか動揺から立ち直った弁天は、こほんと咳払いをした。

 料理上手な鈴人のおかげで、バーベキュー大会は大盛況だった。
 いったいどうやって材料を調達したのか、サザエの壺焼きやイカの照り焼きに車エビの塩焼き(学園からの配布食材リストには見あたらない)、そしてこの野外でどう調理したのかも謎な、仔牛のスペアリブなどが振る舞われたのである。 
 食べ盛りの少年少女たちは大喜びで群がったが、その中に肝心の草間武彦の姿はなかった。
 もともと、団体行動が苦手な武彦はひとりでいることが多いため、キャンプ地での所在を特定することさえ難しくはあるのだが。
「シュライン。おぬしなら、居所を知っているのではないかえ?」
 さりげなく弁天が水を向けたが、
「……さあ?」
 シュラインは器用にも、手製の希少言語単語帳を繰りながらサザエの壺焼きを食し、ちょっと思案顔になっただけであった。
 ――そして、鯉太郎はといえば。
 彼のいるテントは、実は美術部工作員たちの待機場所のすぐ近くに位置する。
 したがって、バーベキューのにぎわいも、食材の焼けるいい匂いも存分に伝わっているに違いない。本来ならすっ飛んできて場に加わりそうなはずの少年は、だが姿を見せはしなかった。
 どうやら、彼を弁天とハナコの毒牙にかけてなるものか! と頑張る水泳部のけなげなお嬢さんたちのガードが、思いのほか強いようだ。
「どうすれば鯉太郎と接触できるかのう……」
 呟く弁天に、車エビと格闘していた月弥があっさりと言った。
「鯉太郎くんを、ここに連れてくればいいんですか?」
「そのために苦労しておるのじゃが、出来るのかえ?」
「同じクラスだし、仲いいから、呼び出すだけなら簡単ですけど」
 どうも月弥は、自分が勧誘のための工作員として目を付けられているという自覚がないようだ。
 美術部の弁天先輩とハナコ先輩が、海キャンプの開放感から、普段はあまり交流のない後輩に話しかけているようだという程度の認識である。
 先入観がないゆえの素直さで、月弥は鯉太郎のいるテントへ出向いた。

 バーベキュー会場から動かずに、弁天は双眼鏡を構え、様子を伺った。
 月弥はすたすたと近づいていく。
 ……『鯉太郎くんを美術部から守れ!』という、大きな垂れ幕を気にもせず。
 周辺には、鯉太郎ファンの水泳部女子たちがぐるりと配置され、近づく生徒に目を光らせている。
 弁天やハナコや、勧誘員らしき女子が来たら追い返す! という心意気なのだが、彼女たちは男子には寛大だった。まして月弥は、女子たちからすれば、鯉太郎同様に気になる存在である。
 月弥が口を開く前に、女子たちの方から声がかかった。
「あれ? 月弥くん」
「月弥くんだ。ねえ、何してるの?」
「キャンプでは、誰かと一緒?」
 月弥は、少女たちににこりと微笑む。
「鯉太郎くん、いるかな?」
「中だけど」
「じゃ、入るね」
 あっけなく、関所(?)を突破した月弥は、テント内であぐらをかいている鯉太郎に会うことができた。
「……腹減った。いい匂いだなぁ畜生」
「鯉太郎くん」
「お。月弥。あのさ、近場でバーベキューやってんじゃん。おまえ、行ってみたか?」
 どうやら鯉太郎は、バーベキューに参加したくてうずうずしていたらしい。しかし女子たちに引き留められて、所在なげにしていたところのようだった。
「うん。会場から来たんだ。にぎやかで楽しいよ。鯉太郎くんも行こう?」
「そうか、よし!」

 月弥が、鯉太郎同伴で弁天とハナコのもとに戻るまで、わずか10分。
 電光石火の勧誘であった。

ACT.5■TARGET4――一匹狼:草間武彦――

「よぉ鯉太郎。今美術部に入ると、もれなく鯉ヘルペス抗体ワクチンが貰えるってよー」
 いつの間にその場にいたやら、ちゃっかりとイカの照り焼きを頬張りつつ、蘇鼓は得意の嘘を放つ。
 その頭に弁天は、食べ終わったサザエの殻を投げつけた。
「蘇鼓。おぬし、そろそろキャンプに疲れたのではないか? 年は取りたくないのう」
「何だとォ?」
「嘘に切れ味がなくなってきたぞえ。さてとシュライン」
 鯉太郎の説得はみあおに任せることにして、弁天はシュラインに向き直る。
「おぬしの出番じゃ! 草間武彦を引っ張ってくるが良い」
「んー。まぁ、一応声はかけてみますけど、期待はなさらないで下さいね」
 言い置いて、シュラインは会場を離れる。
(……やっぱりな。行く方向にためらいがないところを見ると、シュラインは武彦のいそうな場所を把握しておるのじゃな)
 その背を見送ってから、弁天は香都夜に声を掛けた。
「これ香都夜、あの後をつければ武彦が見つかるゆえ、おぬしも頼む。わらわも共に向かおうぞ」
 香都夜は無表情に頷いてから、敏捷な動作でシュラインの後を追った。

 洞窟に寄りかかるように1本だけ立っている、枝振りの良い松の木。
 その根元に、草間武彦は腰掛けていた。
 不思議な光を放つ石を見つめ、何やら考え込んでいる。
 シュラインは遠目で武彦を認めたが、なぜかすぐに引き返し、食料配給所に行ってしまった。したがって武彦の元に先に到着したのは、後をつけてきた香都夜と弁天の方だった。
「シュラインはなにゆえ、まっすぐに来なかったのかや?」
 弁天が呟いている間にも、香都夜の方はミッションを開始していた。
「ターゲット草間武彦。美術部に勧誘します」
 冷徹な口調で言うと、すうと片手で空を掴む。と、その手にはいつしか、短い金属棒が握られていた。
 香都夜の能力、霊気の実体化である。
「……香都夜や。如何に武彦が難物と言えど、キャンプ地でスペクタクルな力を使うのはほどほどにな」
 香都夜が瞬間的に練り上げた、いささか荒っぽい作戦を察して、弁天はふふっと笑う。
 弾丸のような素早さで、香都夜は武彦の後ろに忍び寄っていた。
 右手の金属棒は、ぴたりと背中に押しつけている。武彦からすれば、銃口を突きつけられている感覚のはずだ。
「いきなりホールドアップとは、穏やかじゃないな」
 シガレットチョコをくわえたまま、武彦が嘆息する。
「おとなしく言う事を聞いて貰えれば、危害を加える気は無い。もっとも、あなたが黙って危害を加えられてくれるとは思わないが」
「まあな」
 両手をゆっくりと上げると見せかけて、武彦は香都夜の隙をうかがっていた。
 首を軽く捻り、自分に突きつけられているものが只の金属棒であることを確認するやいなや、上げた肘を素早く降ろす。
 香都夜の肋骨に、鋭い肘鉄が決まった。
「弁天部長!」
 くずおれながら、香都夜は弁天に合図する。弁天はすかさず、構えていたデジカメのシャッターを押した。
 ぐったりと倒れている男装の麗人と、そばに立ちつくす一匹狼的な不良の図。
 ……スキャンダラスである。
「おまえの差し金か、弁天」
 フラッシュを浴び、武彦はしかめっ面になる。
「おぬしに是非とも美術部に入って欲しくてのう。乙女心のなせるわざじゃ」
「どこが乙女だか。俺は部活なんかまっぴらだ」
「ほぉーう。無抵抗の美女を襲った現場写真をばらまかれても構わぬと?」
「今のは正当防衛だ。俺は金属棒を突きつけられたから――」
 言いかけて武彦ははっとした。そんなものはどこにも見あたらない。
 それもそのはず、武彦からの反撃を食らったと同時に、香都夜は金属棒を霊気に還元してしまったのである。
「証拠不在の完全犯罪ってところね」
 放心する武彦を庇うように、配給品用の紙袋を抱えたシュラインが現れた。
「弁天先輩、どうぞお手柔らかに。女の陰謀には、慣れていない人なのよ」

「それで弁天姉さんと津田さんは、あきらめて引き上げて来たわけですか?」
「草間先輩とシュライン先輩をふたりきりにして? いいとこあるじゃない」
 バーベキュー会場には、蛇之助としえるが合流していた。
 鈴人が気を利かせて、関係者全員に声を掛けてくれたらしい。
 待機していたみあおとハナコ、黙々と食べている汐耶、スペアリブにかぶりついている鯉太郎と、横から胡椒をかけてやっている月弥、遠慮しているデュークの皿に焼き上がった食材を次々に乗せている美猫や、デュークと目を合わせないようにして焼きハマグリを頬張っている和馬、にこやかに皆の食べっぷりを眺めているデルフェス、さんざんたいらげたくせにまだ足りなかったのか、どこからか特上寿司を出前させてこれ見よがしにもりもり食らっている蘇鼓といった、一種壮観な光景が出現していた。
「ほっほっほ。せっかくじゃから、みんなで見物しようと思って呼びに戻ったのじゃ。あと、ビデオカメラを忘れたゆえ、それを取りにな」
「何を見物したり、ビデオ撮りしたりするんですか?」
 さすがにそこまでは読み切れず、みあおが問う。弁天はにんまりした。
「青春の、1ページじゃ」
 
「すまん。助かった」
 武彦はぶっきらぼうに、それだけを言った。
「座っていい? 誰かいると邪魔?」
「そんなことはないが……。物好きだな」
「はい。ショバ代」
 シュラインは抱えていた紙袋を差し出す。中には飲料水と、新しいシガレットチョコが数箱入っていた。
「……サンキュ」
「無理強いする気はないけど、名ばかりの幽霊部員として入部しちゃえば? そうすれば弁天先輩が無茶言ってきても、『退部するぞ!』って答えるだけで黙るわよ」
「あー。面倒くせえなぁ、あの先輩も。――考えとく」
 首筋をぽりぽり掻く武彦の隣に、シュラインは腰を下ろした。
 おもむろに、希少言語単語帳を広げる。
 ちらっと覗いた武彦は、見たことも想像したこともない文字の羅列に目を剥いた。
「何だそりゃ。人類に解読できるのか?」
「もちろん。これはインドネシア共和国の、マドゥラ語とミナンカバウ語よ」
 ますますわからん、という顔の武彦に、シュラインはおもむろに言う。
「弁天先輩と面識があったなんて意外だった。吃驚したわ」
「んーと、いや、面識というか、何というか……」
 武彦は急に狼狽えた。
「何かあったの?」
「この前呼び出されて、その。告られたっつーか」
「ええっ!」
 シュラインは、ばさっと単語帳を取り落とした。
「そ、それで?」
「断ったよ。即」
「そう……なの? 勿体ないとは思わなかった? あんな可愛いひと」

「むー。じれったいのう。皆から離れてふたりっきりで、何をぐずぐずしておるのじゃ。がばっと行かぬか、がばっと!!!」
 松の木の下にビデオカメラを向けながら、弁天は地団駄を踏む。
「ねー弁天ちゃん。何も全員で覗きをしなくったっていいんじゃないの?」
 さすがのハナコもげっそりとした声を上げる。洞窟の陰にずらっと集結した一同は、うんうんうんと同時に頷いた。
「いーや! おぬしたちにも薄々、これが如何に貴重な光景か判っておるはずじゃ。青春時代の草間武彦とシュライン・エマのラブラブ(ある意味)ツーショットじゃぞ! たとえ――」

 ――たとえこれが、夢の中の出来事だとしても。
 
 弁天の呟きは、波の音に消される。
 その足元には、武彦が手にしているのと同じ、淡い光を放つ石が輝いていた。

ACT.6■EPILOGUE――生徒会長:繭神陽一郎――

「楽しそうだね」
 思いがけない人物が、一同の後ろから現れた。
 2ーB繭神陽一郎。生徒会長である。
 キャンプ地だというのに学校指定の制服をきっちりと着込んでいて、近寄りがたい威圧感がある。
 特有のオーラを持つ彼を、神聖都学園高等部の生徒たちはそれとなく恐れていた。
 ざざざっと一同が引く。陽一郎を囲む形で大きな輪ができた。
 その中を悠々と突っ切って、陽一郎は弁天に近づく。
「お取り込み中、失礼します」
「ん? 生徒会長か? 何ゆえここに?」
 口ではそう言いながら、弁天は陽一郎をあまり気にもせず、ビデオ撮影に余念がない。
「ちょっと、用事がありまして」
「見てのとおり、わらわは忙しい。愛の告白なら、日を改めて人目につかぬところで承るが?」
「そんな大事ではないので、すぐ済みます」
 陽一郎は弁天の足元に屈んで、光る石を拾った。
 ポケットに入れて立ち上がれば、それで用事は済んだようだった。
「何じゃ? もう帰るのか?」
「恋愛問題のあれこれは、わたしの出る幕ではなさそうなので。しかし――」
 陽一郎は心底不思議そうに、武彦とシュラインの様子をみやり、一同をひとりひとり見つめ、最後に弁天に目をやった。
「よくそんなに熱心になれますね。わたしには理解できない。恋愛なんて、錯覚に過ぎないじゃないですか?」
 冷水を浴びせるような声が、砂浜に響く。
 弁天はいったんビデオ撮影を終了させたかに見えた。が、それはビデオカメラの向きを替えただけだった。陽一郎の顔を映すために。
「いかにも、恋とは錯覚から生まれるもの。だがのう、生徒会長」
 弁天はゆっくりと、カメラを流す。陽一郎からハナコ、鈴人、しえる、蛇之助へ。みあお、香都夜、汐耶へ。鯉太郎、月弥、デュークへ。そして美猫、和馬、デルフェス、蘇鼓へ。
 そして、空と海と洞窟に、弁天はカメラを向ける。
「この世界は、錯覚をこそ楽しむ場所ではないのかえ?」
 
 陽一郎が引き上げたあとも、武彦&シュラインの撮影はしつこく続行された。
 相変わらず、ほのぼのと初々しく展開するふたりのやりとりに、弁天は業を煮やす。
「んがー。何故もっと盛り上がらぬ! これ蘇鼓」
「あぁ?」
「おぬしの得意のギターで何とかならぬか? こう、ムーディーで催眠効果のある、男女をその気にさせる曲を弾くとかして」
「やー。ギター持ってきてねェし」
「よかったら、さっき浜辺で拾ったんですけど、どうぞ」
 美猫がすかさず、廃物同然の弦の数本飛んだギターを蘇鼓に渡す。
 おあつらえむきにそんなものが落ちていたことも謎だが、わざわざ拾ってきた美猫も大物である。
「しゃあねェなあ」
 いまひとつやる気のない手つきで、蘇鼓はギターをかき鳴らし、そして歌う。
 しかし浜辺一帯に流れた曲は、ムーディと言えなくもないが、どこか外しまくりの――演歌メドレーだった。

 こうして、海キャンプ3日目の夜は更けていった。
 現在のところ、ターゲットの男子4名のうち、草間武彦以外は入部決定という上々の成果である。
 さらに、海キャンプ前に部員となったデルフェス、いつの間にやら入部届を押しつけられた汐耶、蛇之助と一緒に入部することになったしえる、兼サッカー部で良ければ入ってもいいと言い出した鈴人、楽しそうだから俺も、と口走った月弥を含めると、新入部員は8名。
 しかも、海キャンプはまだ終わっていないのだ。

(ほっほっほ。夢の中でも上首尾とは、これもわらわの日頃の行いが良いからじゃ!) 
 中天に輝く月を見上げ、弁天は果てしなくご機嫌であった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女子/2年A組】
【1415/海原・みあお(うなばら・みあお)/女子/2年C組】
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女子/1年C組】
【1533/藍原・和馬(あいはら・かずま)/男子/3年A組】
【2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女子/2年C組】
【2199/赤星・鈴人(あかぼし・すずと)/男子/2年A組】
【2449/中藤・美猫(なかふじ・みねこ)/女子/2年A組】
【2617/嘉神・しえる(かがみ・しえる)/女子/1年A組】
【2269/石神・月弥(いしがみ・つきや)/男子/1年A組】
【3164/津田・香都夜(つだ・かつや)/女子/2年B組】
【3678/舜・蘇鼓(しゅん・すぅこ)/男子/クラスは諸事情によりヒミツ♪】



●【個別ノベル】

【0086/シュライン・エマ】
【1415/海原・みあお】
【1449/綾和泉・汐耶】
【1533/藍原・和馬】
【2181/鹿沼・デルフェス】
【2199/赤星・鈴人】
【2449/中藤・美猫】
【2617/嘉神・しえる】
【2269/石神・月弥】
【3164/津田・香都夜】
【3678/舜・蘇鼓】