●「海キャンプ」 オープニング
「人魚……と言ったか?」
おうむ返しに月神詠子がそう問うと、その女性は何度も何度も力いっぱい頷いた。
「そうそう、人魚だよ人魚! この辺りの海にはねぇ、人魚が出るんだよ!」
太陽がさんさんと輝く下、海の家でトウモロコシを売っていたその中年女性。
学園生徒たちがキャンプにやってきてくれたことで、そうとう恩恵にあずかっているのだろう。
丸々と太った体に玉のような汗をかきながら、ご機嫌な様子でクセのある声を張り上げる。
「ウソじゃないよぉ! そりゃあんた、昔からこの辺りには確かに『人魚伝説』ってのがあるよ確かに。
でッもねぇ、こんッなに噂になってるの、今年が初めてさ!
おっかげで夜は海岸に人が寄り付かなくてねぇ。商売上がったりだけど、まああんたたちが来てくれたからどっこいかねぇ、あははは!」
身振り手振りを交えて熱弁を振るう彼女。どうやら相当な噂好きのようだ。
詠子は彼女の話に時折相づちなどもうちつつも無言のままでいて、一見会話を持てあましているかのようにも見える。
だが大きく見開かれている、つり目がちの金色の瞳が、隠し切れない好奇心を表している。
――なぜ得にもならない話に、ここまで熱心になれるのだろう。ボクには不思議だよ。
詠子は話の内容よりも、彼女そのものへの興味に胸躍らせていた。
――面白い。
「私だって最初は信じてなかったんだけどねぇ……でも見ちゃったのよぉ、先日の晩!」
カウンターから詠子の方へ身を乗り出し、なぜか小声になっていく彼女。
詠子も自然に顔を近づけていく。
「……沖の方がぼぉっと光ってたのよ」
「光っていた、と?」
「そうそう、そうなのよぉ。なんていうのかね、結構明るい光で。お月さんがもう一つ光ってるみたいだったねぇ。
あらキレイ、なあんて思ってたら……歌声がしてさぁ!」
「ほう、声か」
「そうそうそう! きっとあれが人魚の声よぉ、間違いないね!
キレイな女の声だったけど、夜あんなの聴くとちょっと薄気味悪いねぇ……」
「失礼だが」
と、突然新たな声が詠子の後方より投げかけられる。
「トウモロコシ、焦げてますがよろしいのですか」
現れたのは繭神陽一郎だった。この暑い砂浜にて汗一つかいていない。
繭神の言葉に、女性は慌てて鉄板の上に視線を戻しトウモロコシを転がしていく。
「あ、あらあらアラ大変! 坊ちゃんありがとねぇ。やっぱり学園の生徒さんかい?」
その言葉に答えないまま繭神は踵を返そうとし、ふと詠子を見る。
「きみはそんなよた話を信じるのか?」
「さて、どうであろ」
「きみが行くと言うのなら、わたしも同行させていただく。
人魚などわたしは信じないが……その『光』とやらが、わたしの捜している物かもしれないのでね」
詠子の返事を待たず、繭神は行ってしまう。
その背中をなんとなく見送りながら、やがて詠子はにやりと笑った。
「……面白い」
●ライターより
・今回は、月神詠子、繭神陽一郎の二人と一緒に、夜の海へ人魚を探しに行っていただきます。
・あくまでも噂の次元ですので、正体はおろか、人魚の話が真実かどうかすら現時点では不明です。
その上で「なぜ同行しようと思ったか」プレイングにお書き下さい。
(おもしろそうだったから、といった簡単な理由でOKです)
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