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「もう三月なのね」
あやかし荘の管理人室にかかっているカレンダーを眺め、因幡・恵美はつぶやく。
「春なのぢゃ。のう、恵美。今年も花見をするのぢゃ! 飲んで食べて寝るのぢゃ〜」
和服をきて、コタツに入った嬉璃が恵美に訴えた。
「飲んで食べて寝るって、一年中でしょ」
恵美は苦笑しながら立ち上がり、先ほど食べた昼食の食器を洗いにでる。
「むー、けちぢゃのう。そんなことだから恵美は恋人ができんのぢゃ……」
「それは関係ないわよっ!」
嬉璃のつぶやきをどうやって聞いたのか恵美が顔を出して突っ込みをいれる。
「怖いのぅ……そうじゃ、テレビショッピングの時間ぢゃ」
気がつけば昼過ぎのショッピング番組が始まる時間だ。
嬉璃の楽しみであり、日課の番組をつけようとする。
しかし、テレビはうんとも寸ともいわない。
「の?」
てくてくと歩いて斜め四十五度でテレビを叩くも直らない。
「恵美〜、テレビが壊れたのぢゃ」
「え? またな……ちょ、ちょっと嬉璃。外を見て、外!」
エプロンで手を拭きながら台所から出てきた恵美は外を見て驚く。
「なんぢゃ、騒々しい……まっしろぢゃ」
嬉璃が首を外に向けると、いつの間にか雪で真っ白になっていた。
積雪量も多い。
「どうなっちゃっているの……えいっ、えいっ! 開かないわ」
恵美はガラス戸をあけようとするが凍りついているのかなかなか開かない。
「どれ、わしがあけてやるのぢゃ」
嬉璃がすくっと立ち上がり、指を鳴らすとガラス戸が開いた。
「ここにおったのであるか」
すると、外から声が聞こえる。
白い雪の中、色白で白無垢姿の少女がニヤリと笑いながらいつの間にか立っていた。
背丈や外見は嬉璃と良く似ている。
「のぅ!? 雪姫姉ぢゃか……ぬしは雪山に住まっておったはずぢゃ」
「嬉璃、知っているの?」
「わしの姉ぢゃ……」
恵美はたずねるが、嬉璃がいつになく動揺していた。
「久しぶりであるな、我が妹よ。最近退屈しておったのでな、うぬを捜していたのである」
嬉璃が『雪姫』と呼んだ少女は見た目や、言動が嬉璃そっくりである。
「暇つぶしで東京にくるのではないのぢゃ……。ぢゃが、すぐに帰ってはくれぬのぢゃろ、姉ぢゃ」
動揺している嬉璃が半ばあきらめの篭ったため息を漏らした。
「姉妹の再会を祝して、共に遊ぼうぞ。雪山の皆も人が来なくて寂しいとついてきたのである」
雪姫がそういうと強い風が吹き、あやかし荘の庭に雪男や笠地蔵、なまはげなどが現れる。
「うひゃぁ、百鬼夜行? うちにも変わった人が多いけれどこの限定感は格別ね……」
その面々に恵美はなんとか言葉をつむいだ。
「姉ぢゃは満足せねば帰らないのぢゃ。その間はずっと東京は雪に埋もれてしまうのぢゃ……」
「せっかくの春なのにそれは残念ね……。けれど、私は雪山遊びしたかったからいろんな人を呼んで楽しみましょ」
珍しく受身の嬉璃に前向きな答えを恵美は返した。
「恵美……。そうぢゃな、楽しむのぢゃ!」
冬の妖怪たちと東京で雪遊び。
普段では体験できないひと時がやってきた。
story by 橘真斗
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