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![]() ●そもそもの始まり アンティークショップ・レン。 その妖しげな店内で、碧摩・蓮は古書を読みふけっていた。 この古書も、例よって、独自かつ謎のルートから手に入れた書物であり、無論、曰く付きの代物である。 しかも、今回のコレはとびっきりの一級品のようだった。 占術書『五行霊獣競覇大占儀』。 陰陽五行を基礎とした占術の一形式だが、その効果は絶大であり、何より霊獣の召喚せしめてその加護を得る事が出来るという効果が、普通の占いと一味違う。 「しかし、こいつは少々大がかりだね。うちの店だけじゃぁどうにも‥‥」 蓮はキセルから紫煙を吸い込みながら考えに耽る。 問題は一つ。この占術の秘法、実施に結構な人数が必要なのだ。 すなわち、いつもみたいに店に来た連中を捕まえて‥‥というのは無理だ。 「‥‥多少の出費は仕方ないか」 呟き、蓮は口端に笑みを浮かべて、傍らの電話の受話器を取った。 ●草間興信所 依頼をしたいとの連絡があったその日、草間興信所に碧摩蓮が持ち込んだのは、色取り取り無数の鉢巻だった。 応接机の前、段ボール箱一つを逆さまにしただけなのに、滝のようにいつまでもその布きれは溢れ続ける。 自らも埋もれそうになり、応接セットから逃れながら草間武彦は聞いた。 「‥‥散らかしに来たのか?」 「まさか。こいつはちょっとした準備だよ」 蓮は薄く笑い、未だ鉢巻を吐き出し続けている段ボール箱を上向きに持ち替え、鉢巻の奔流を止める。 それから、鉢巻の山に手を突っ込み、中から色違いの5本を取り出した。 「五色?」 草間は、自らも鉢巻の山に視線を這わせて呟く。鉢巻は、蓮の持つ5色以外に色はない。 「青、赤、黄、白、黒の五色。表すは、陰陽五行」 「そう言うのはお断りなんだがな」 色を見せるように鉢巻を差し出して言う蓮に、草間は素早く言い返した。 もっとも、草間に断る隙など与える気などない蓮は、軽く肩をすくめて言う。 「大した事件じゃないよ」 「オカルトなんだろ?」 「ただの占いさ」 蓮はニヤリと笑う。 「この五色の布を身につけて五行を表した者達が相争い、その勝敗で天意を問う。その名も『五行霊獣競覇大占儀運動会』」 「‥‥どっから持ってきた名だ?」 胡散臭いと言わんばかりに眉をひそめる草間に、蓮は全く気を止めずに話を進めた。 「大昔は戦争したって話だけど、ま、そこまでする必要は無いと思うから、軽めで皆も楽しめそうなイベントをね」 「それで運動会か? 何処でやるんだ、そんな物」 「陸上競技場を借り切る。それくらいの価値はあるからね。ところで、あんたは嫌なのかい?」 露骨に嫌そうな草間に、蓮は答えながら聞く。草間は、きっぱりと言い返した。 「有り体に言えば嫌だね。普段から仕事で駆け回って居るんだ。これ以上、走らせようとなんて考えるなよ」 「日がな一日、煙草ふかしてるだけじゃないか。なに、走らせはしないさ。草間には審判をしてもらうよ? 探偵で鍛えた観察力って奴を見込んでね」 草間に皮肉げな笑みを見せて、蓮は言う。 それに答え、やっぱり草間は嫌そうに返した。 「審判て‥‥出ずっぱりじゃないか。選手より大変なんじゃないか?」 「男が、グズグズと文句を言うもんじゃないよ」 言い切り、そして蓮は、傍らで黙って話を聞いていた零の方に顔を向ける。 「あんたは、応援にまわってもらうよ?」 「応援ですか?」 鸚鵡返しに問い返す零に、蓮は答えた。 「チームを応援する役目。競技に参加しても良い。チームを引っ張って優勝させるんだよ」 ●アトラス編集部 「と‥‥世にも珍しい大占術の取材の為、運動会に行くわよ」 碇・麗香編集長は、蓮が帰っていった後、ややあって三下・忠雄を呼び出し、言いつけた。 「えええっ? 僕、運動なんて全然ダメですよぉ!?」 いつも通りの、三下の悲鳴。それを、碇はこれまたいつも通りに制した。 「期待してないから安心して」 キッパリと言われ、一気にしょげる三下。そんな三下を無視して、碇は考え込むように中空を見上げた。 「後は、応援に一人‥‥」 言いながら視線は編集部の中を彷徨い‥‥そして、その一角でピタリと止まる。 「桂、貴方が応援に行きなさい」 「え? ボクですか?」 言われ、驚いた様子で返したのは、アトラス編集部のアルバイトである、桂。彼‥‥もしかしたら彼女なのかもしれないが、ともかく桂は少し考えてから、碇の机の側でうずくまって泣いている三下を見た。 「あの、三下先輩は‥‥」 「そうね。応援、桂だけじゃ弱いわね」 碇は、桂に言われて改めて三下を見る。しかし、既に準備はしてあるのだ。 着ぐるみレンタル業者とは契約済み。三下には、着ぐるみの中の人として大活躍してもらう。 しかし、碇はそんな思惑など今は出さなかった。 「まあ、考えておくわ。あと、三下君は雑用係ね」 「えーっ、雑用ですかぁ?」 不満の声を上げる三下。彼に、碇は言い聞かせる様に言う。 「競技で使う道具の準備とか、ゴールでテープを持って待ってるとか、仕事は色々よ。雑用とはいえ、大事な仕事に変わりないわ。黙って、頑張りなさい」 「だ‥‥大事な仕事ですか‥‥」 大事な仕事と言われて、多少は責任を感じたのか、とりあえず不満は引っ込める。 そんな三下に碇は、事のついでのように言った。 「取材もしなさいね。まあ、私が記録をとっているから、それほど頑張らなくても良いけど」 ●ゴーストネットOFF 『五行霊獣競覇大占儀運動会』 いつものネットカフェにて、ホームページ「ゴーストネットOFF」の掲示板に記入されたその文字に、SHIZUKUは目を輝かせた。 「ねえ、ヒミコちゃん、何か面白そう。HNはREN‥‥あ、蓮さんだ」 「‥‥五色を纏って相争い‥‥ですか。面白そうですね、SHIZUKUちゃん。それで、選手参加ですの?」 SHIZUKUの親友である、影沼ヒミコは、SHIZUKUの後ろから画面を覗き込みつつ問う。 「えーと、一般参加者募集中だけど、あたし達は違うみたい。応援? だって」 「応援、ですか?」 SHIZUKUの説明に、ヒミコは小首を傾げた。 「ま、いっか」 言って、SHIZUKUは掲示板に参加申し込みの書き込みをし始める。もちろん、ヒミコと連盟で。 「面白そーだし。止める理由なんて無いしー」 「そうですわね」 嬉し楽しそうなSHIZUKUに、笑顔で頷くヒミコ。二人は常にそんな感じだった。 ●あやかし荘 「郵便でーす」 「あ、はーい」 庭先の掃除に因幡・恵美は、ちょうどやってきた郵便配達が手渡していったハガキを見て掃除の手を止めた。 「運動会?」 ハガキは、運動会の案内状。住人一同お誘い合わせの上でと書いてある。 「差出人は蓮さんか‥‥」 どうしようかと考えながら掃除を再開しようとする恵美。だが、そこに弾丸のように突っ込んで来る者があった。 恵美がせっかく掃除したゴミを蹴散らして‥‥ 「何何何っ!? 運動会!?」 駆け込んできた狐の尻尾付き少女、柚葉は、何か期待しているキラキラの瞳で恵美を見上げてた。 「え? ええ、運動会なんですって」 「運動会って、勝負だよね!?」 勝負好き(でも弱い)柚葉は、運動会という言葉に魅了されたように恵美にじゃれついてくる。 恵美は少し、考え‥‥ 「えーっと、行く?」 「行く!」 聞かれて柚葉は満面の笑みで答えた。 恵美は、柚葉がこんなに楽しみにしてるんだからと、自分も付き合って参加する事を決め‥‥そして改めてハガキを見る。 「あれ、私と柚葉ちゃんは応援要員?」 そこには、あやかし荘の幾人かのメンバーには応援要員としての参加を求めると書いてあった。 ●神聖都学園 「ふぅ‥‥」 響・カスミは、校舎の窓から秋空を見上げた。 「どうしようかしら?」 「先生、どうかしたの?」 「!?」 独り言に、素早く返る問い。驚いて振り返ったカスミが見たのは、興味深げに自分を見る月神・詠子と、訝しげかつ睨むような視線を送る鍵屋・智子だった。 「え‥‥と」 どうしてこの組み合わせ? と思うカスミに、鍵屋は偉そうに言う。 「先生、音楽の補習でしょう? 私は忙しいのだから、早くして欲しいものだわ」 「逃げようとしてたから捕まえたんだよ」 ふてぶてしい鍵屋の手を掴んだまま、月神は嬉しそうに笑う。 「ところで、何を困っていたの?」 「え? えと‥‥あのね」 月神に聞かれて、カスミはポツリポツリと話し出した。 「知り合いの人に運動会のアナウンサーをやって貰えないかって言われたんだけど‥‥」 まあ、そこは問題ない。 「それで、応援要員も紹介して欲しいって言われたの。でも、やってくれそうな人って考えたら、ちょっと難しくて‥‥」 学業と関係ない所で汗水流したいという希少な学生はそうはいない。 困っていたのだが‥‥ 「ボク、やるよ。面白そうだし」 月神はわざわざ手を上げていった。そして、 「あと、智子もやるよね?」 「なぜ、私が!」 勝手に話を振られて、声を上げかける鍵屋‥‥そこに、月神は続けて言葉を投げる。 「科学力で運動会は勝てない?」 含みは全くない質問だったが、その言葉は、鍵屋の自尊心を大いに刺激したようだった。 「ふ‥‥私の科学力をもってすれば、運動会の勝利なんて確定的なのは事実よ」 「智子もやるって。先生」 嬉しそうな月神に、カスミは感激してその手を握って礼を言った。 「ありがとう。おかげで先生、走らないですむわ」 ちょっと断りがたい、蓮からの依頼‥‥欲しかったアンティークのオルゴールと引き替えの、アナウンサー。 だが、応援要員が見つからなければ、自分が競技に参加して走る事になっていた所だ。 そんな安堵感を満面に出すカスミに、月神は良くわかってないのかカスミに喜んで貰えただけで嬉しいらしくニコニコし、一方で鍵屋は聞こえないように呟く。 「運動しないから、そうやって胸ばかり膨らむのね先生は」 |
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