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< 第 1 話 >
●草間探偵事務所 眼鏡越しに見下ろすタバコは、既にフィルターの間際まで灰に変わっていた。 まだ吸えるな‥‥ 貧乏たらしくも草間武彦はそう判断し、再び来客予定のない玄関に目を戻す。手作りの鉱石ラジオから部屋に垂れ流されている名も知らぬアイドルの変に甘ったるい声が気に障った。 草間探偵事務所‥‥一国一城の主と言えば聞こえが良いが、所詮は廃ビル寸前の鉄筋5階建ての一室。しかも、その城は落城寸前だ。 依頼がパッタリ止んでから今日でもう三ヶ月になろうとしている。 草間は、壁に貼られたホワイトボードを見、苦笑した。 最後となった仕事に関する書き込みの中に混じって、買い物メモがある。あの頃は裕福という程じゃあないが、コーヒー‥‥しかも、インスタントではなく、豆の方を買ってきて楽しむ余裕があったのだ。 だがそれも昔の話。今日明日を生きる為、生活費から削れる物は全て削った。今吸っているタバコは、最後の最後に削ったものだ。 だがそれも、一息ごとに削られていく。こうなれば、駅前でシケモクでも探すか‥‥ そんな考えにまで至った自分にいよいよ嫌気がさし、草間は後ひと吸い分は残っていたタバコを灰皿に押しつけた。ついでに、ラジオもアンテナ線を黒電話のダイヤルの爪から外し、スピーカーのプラグを引き抜いてその声を止めた。 ウンザリだ。まとまった金が入ったら、絶対に部屋の中の物を洗いざらい新品に変えてやる。だが、まずはタバコだ。 草間は未練がましく灰皿の中のタバコを見、もう一度吸えないかどうか、とにかく手を伸ばす‥‥と、その時だった。 けたたましく来客を継げるブザーが鳴り響き、情けない行動をとろうとしていた自分を激しく諫められたように感じて、草間の心臓が一瞬跳ね上がる。 「‥‥驚かせるな」 草間はブザーを睨んだ。 タバコよりも先に買う物が決まった。まず、最初にこのブザーを始末してやる。草間はそう固く決意しながら、玄関へと向かい、そして客を迎えるためにドアを開いた。 「いらっしゃい。草間探偵事務所へようこそ」 そう声をかけながら、草間は少し驚きの表情を浮かべる。 ドアの向こうに居たのは、妙齢の美女だった。 胸元辺りまでのびた漆黒の髪。白く透ける様な肌。かたく閉ざされた瞳。どこか冷たさを感じさせる美貌。 胸元どころか肩の辺りまでを大胆に露出させたドレス。その裾は床に引きずるまでに長く、そのくせ腰の辺りまで深くスリットが入っており、形のいい足を垣間見せている。 惜しむべくは、その胸に抱かれた黒い小さな獣が、主人の胸の谷間に目をやろうという不埒な輩に、その深い青の瞳で威圧の視線を投げかけているところだろうか。 「今日は、何のご用で? と、失礼」 草間はそう言いながら、目を閉ざした彼女を導こうと考え、その手を取ろうとする。だが、手を取る寸前に彼女は手を引き、草間の手は空を掴むに終わった。 「大丈夫。見えておりますわ」 彼女がそう言うと同時に、胸に抱かれた黒猫が鳴く。まるで、自分が主人の目なのだと主張でもするかのように。 まあ、そんな事はないのだろうが‥‥ 「これはどうも。では、こちらへ」 草間は、彼女を室内に招き入れると、来客用のソファーをすすめた。彼女は、目を閉じているにもかかわらず、何の迷いもなく部屋を横切ると、すすめられたソファーに座る。 草間は、ソファーの前に散らかっている、三日前に食べたカップ麺の容器と、ここしばらく掃除をしていないせいで山盛りになっている灰皿を片づけながら、彼女の来訪の目的を考えていた。 浮気調査か‥‥ そう考えて、草間はその考えをあっさりと捨てた。こんな美女を捕まえておいて、他の女に走る奴が居るとは思えない。 まあ、その答は本人が出してくれるだろう。そう結論づけて、草間は彼女の前に座る。 「さて、それでは‥‥」 名を聞こうとした草間。だが、彼女はその先を制するかのように口を開く。 「高峰沙耶。沙耶とお呼びください。高峰心霊学研究所から参りました」 沙耶は、口元に妖艶な笑みを浮かべた。 そして、滔々と言葉を続ける。 「草間さん‥‥ですね?」 「はい」 思わず、草間は神妙に頷いてしまった。沙耶の纏う気配は、草間が今までに感じた事のあるものとは全く異質で、かつてヤクザの一個小隊に囲まれた時以上に草間の身を恐怖で縛る。 草間は、いつの間にか全身に冷や汗を掻いているのを感じていた。 「‥‥草間さん。今日貴方をお訪ねしたのは他でもありません。きせきせん‥‥帰る昔と書いて『帰昔線』。そういった名前の鉄道路線を探していただきたいのです」 「はあ? いや、しかし‥‥そんなもの、時刻表でも見るなりすればすぐにわかるのでは?」 帰昔線という路線に聞き覚えはなかったが、少なくとも探偵に話を振るよりも、旅行会社でも当たった方が早いだろう。 戸惑う草間に、沙耶の口元に笑みが浮かんだ。 そして、草間の問いには答えず、むしろはぐらかすように言葉を紡ぐ。 「お金の方は、御満足いただけるだけお支払いします。それに、調査中に使用したお金は、全て必要経費としてこちらが持ちましょう。それに、もし手が足りないと言うのなら、お仲間の方も呼んでかまいませんわ」 「‥‥‥‥」 言いながら沙耶は、前渡金のつもりか、見た目にも分厚い封筒を差し出した。 草間は‥‥無言でその封筒をにらみつける。 何をさておき、条件が良すぎだ。疑わない奴は馬鹿だろうと言うくらいに。 普段の草間ならば問答無用で断っていた事だろう。だが、今の草間には選択の余地というものは全くと言って良いほどに残されていなかった。 だが、受ける他に選択が無いならば、出来るだけこの仕事から危険を減らしておきたい。探偵として当然のような判断から草間は聞く。 「わかりました。調査の依頼はお受けしましょう。ですが、もう少し何か情報はありませんか? 帰昔線とただ言われても的の絞りようがありませんし、そこに危険が予想されるなら‥‥」 「新宿駅。それから‥‥」 沙耶は草間の台詞に口を挟み、薄く笑って言った。それは、草間にとってあまり望ましくない展開へと誘う言葉。 「‥‥帰昔線は現世のものではありませんの」 ●白王社・月刊アトラス編集部 「‥‥なるほど、ただで茶をせびりに来た訳じゃないのね?」 いかにもやり手のキャリアウーマンと言った感じの女‥‥碇麗香は、依頼人の素性などを伏せ事情をかいつまんで説明した草間に、冷たい視線を浴びせながら、来客用のソファーに身を深く沈めたままで足を組み替えた。 かなり際どい仕草だが、周りで机にへばりつき、必死でパソコンを叩き続けている編集者達の意識を引く事はない。そして、草間もまた彼女に意識は向けなかった。 草間は大いに無料のお茶をすすり込む。ついでに、編集者達からもらったタバコを大いに吹かす。金はびた一文使っていない。 やはり、安心してタバコが吸えると味が違う。そんな、ささやかな感動が草間を満たしていた。 「ま、仕事じゃなきゃ来ないさ」 「そうかしら? でも、よりにもよって現世のものじゃないだなんて‥‥貴方、本当はからかわれただけなんじゃないの?」 麗香が胡散臭げな顔をする。当然だろう。草間だって、話だけ聞けばそう思っていたはずだ。 しかし、草間はあえて聞き返す。 「‥‥だがな、貧乏探偵一人からかうのに、手付けに金をおくか?」 沙耶の残していった前渡金の封筒の中には、ものすごい額の金が入っていた。それを使い、仲間や協力してくれる者を集める手はずを整えている。草間がここに来たのは、仲間と合流するその前にひと調べと思ったからだ。 「何にせよ依頼だ。金ももらってるから調べなけりゃならないだろう。で‥‥オカルト関係ならここだと思ってな」 月刊アトラス。怪奇オカルト系雑誌の中では中堅どころと言った所だろう。都内に編集部があるので、東京の怪奇スポットに詳しいのが強みか。 この場合、新宿だというのだから、ここを当たったのは正解だ。もっとも、草間にとって他に頼る当てがあったわけではないのだが。 ちなみに、麗香の事を知っていたのは、単純にとある事件からの腐れ縁だ。互いに世の裏を探るような家業。それが交わる事もある。それ以上の仲ではない。 「‥‥まあ良いわ。そう言う事なら、良いものを見せてあげる」 麗香はそう言うと立ち上がり、自分の机に向かって歩いた。草間もまたそれに従う。 机についた麗香は、手早く自分の机の上のパソコンを起動させると、インターネットに入った。そして、お気に入りの中に登録された幾つかのページの中から、一つを選び出す。 そして、幾つかの操作をし、とあるページを呼び出してから草間にモニターを回した。 「見て」 ●ゴーストネットOFF
「何だこれは?」 草間は麗香に聞いた。麗香は、少し呆れたように草間に言い返す。 「何って‥‥怪奇系のホームページよ? 一応、関東最大と言っても良いんじゃないのかしら。うちより、よっぽど良い情報を仕入れてるわ」 「そうか?」 見れば見るほど、信憑性のない情報を垂れ流しているだけに思えてくる。確証のない情報より危険なものはないのだが‥‥それをやりとりする事で楽しんでいるというのだろうか? 首を傾げた草間に、麗香は小さく溜息をつく。 「ま、良いから。最後まで見てみて」
「話を総合すると、帰昔線ってのは新宿の地下深くを走っている謎の地下鉄って訳ね。乗ると帰れなくなるとかはありがちな脅しとして割り引くにしても、過去に戻ってやり直せるってのは他に例を見ないわ。後は、最新情報の黒服なんだけど‥‥」 「いや、もう良い。しばらくは新宿駅で散歩ってのは決まりだ。後は、じっくりと攻めるさ」 麗香が、得られた情報を簡単にまとめてみる。とはいえ、何がわかったと言う事もない。やっぱり、基本的な捜査をするしかないようだ。 草間がそう判断したその時、ここ数ヶ月の間死んでおり、ついさっきようやく電話料金を振り込んで復活した携帯電話が鳴った。 草間は、しばらく携帯電話を探してもたついてから、上着の内ポケットにそれを探し出す。 「もしもし、草間だ」 電話の向こうから聞こえるのは、駅の構内アナウンスと全員集合済みという報告。頼んでいた助けが、今、新宿駅に集まっているらしい。 「そうか、これから俺も合流する。後はその後に話そう」 言い置いて草間は電話を切り元通り上着の内ポケットに滑り込ませた。そして麗香に言う。 「すまないな。また、何かあったら頼む」 「良いのよ。別に。そのかわり、何か面白い事があったら教えて。ネタになりそうなら何でも良いから」 草間は麗香に軽く手を振り、そして編集室を後にした。麗香はその後ろ姿をしばし見送った後、不意に何かを思いついた様子で編集部内に声を上げる。 「さんした君! さんした君はいないの!?」 「編集長〜、僕は『みのした』ですぅ」 呼ばれて出てきたのは、分厚い眼鏡をかけた、猫背の青年、三下忠雄だった。終始おどおどしており、精彩に欠けている。 「本名で呼ばれたかったら、面白い記事を書いてきなさい。ちょうど良いから、うちでも帰昔線特集を組むわよ」 「えぇっ!? ぼ、僕が取材に行くんですか? 怖いのは嫌だなぁ‥‥」 麗香の命令に答えた三下のそんな情けない台詞が、麗香の逆鱗に触れた。 「何言ってんの! こっちはその怖いのを飯の種にしてるのよ!? 取材が怖くて、明日のサンマが食べられますかってのよ!」 「ひぃっ!? で、でもぉ〜」 何だか無茶苦茶な事を言っているような気がする麗香に、三下は弱々しく抗弁する。それを見て、麗香は苛立たしげに編集部全部に向かって怒鳴った。 「ああもう、しょうがないわね‥‥良いわ! 誰か、さんした君を連れて帰昔線の取材に行って! もう、思いっきりこき使って良いからね!」 すると、苦笑しながら‥‥あるいは、乗り気で編集者達が取材に行く旨を告げる。 それを見、麗香は満足げに頷いた。 「さあ‥‥何があっても、面白いネタを手に入れてくるのよ!」 ●新宿駅 「むぅうう‥‥何なのよぉ、あいつらは」 瀬名雫は、猫のように身を丸めて、柱の陰に隠れていた。セーラー服にスパッツ、リボンの女子中学生がそんな格好をしているのは、ちょっと変だったが、それもまあ辺りにやけに鋭い視線を投げかけている黒服の連中を見れば少しは納得がいくのかもしれない。 自分のホームページ『ゴーストネットOFF』のネタを探して、ちょっと新宿駅の取材に来たのだが、ものの見事に噂の種の黒服に遭遇してしまったのだ。 「ああっ! このままきっと捕まって、色んな事されて、遠い外国に売り飛ばされちゃうんだわぁ‥‥格好いい人が買ってくれたらいいけど、すっごいハゲでデブで油ギラギラなオジさんとかだったらどうしよぉ〜」 何だか余裕のある恐がり方だが、雫がピンチな事には変わりが無い。雫は少し迷った後、懐から携帯電話を取り出し、メールを打った。 「とりあえず、『しずく、大ピンチ。誰か助けて』‥‥っと。あっそうだ。あと、『しずくを助けて、一緒に帰昔線の謎を探ろう☆』。よし、行ってこぉーい☆」 雫は送信ボタンを押す。そのメールは、たくさん居る友達に送り届けられた。 |
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