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第1話│第2話│第3話最終話


< 第 2 話 >

●しずく救出

「雫さんは何処に居るんだ?」
 新宿駅を走りながら雫を探す伍代吉馬は、どうしても雫を探し出せなくて焦っていた。
「そうだ、電話かけたら着メロが鳴るかもしれない。雫さんの事だからきっと珍妙な着メロの筈だから、それを聞けば‥‥」
 と、伍代は素早く携帯のアドレス帳から雫の携帯番号を探し出し、そのまま何にも考えずに電話をかけた。
「ん、待てよ‥‥音が鳴ったら、追っている黒服とか言う連中の方が先に気付くんじゃ‥‥」
 そう言う伍代の手の中で、携帯電話は呼び出し音を鳴らし続けていた。


 そして‥‥柱の陰に隠れ、そっと黒服達の姿をうかがおうとする雫‥‥その時、鳴ったのは、まるで殺人鬼が現れたかのような効果音だった。タイミングがタイミングだけに、雫は心臓が止まりそうな程に驚愕する。

「きゃっ!? って、けーたい!?」

 慌てて電源を切る雫。だが、その音は辺りに鳴り響いていた。黒服の男達二人もそれに気付き、柱の影へと歩み寄る。
 彼等が見たのは、柱の影でへたりこんだ雫の姿だった。
「おい、そこの‥‥」
「ああああっ! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! あたし、マジェスティック12にも、ライトパターソン空軍基地第18格納庫にも興味はないんです!」
 錯乱し、訳が分からないけど、とりあえず意味深な事を並べ立てる雫。黒服は、サングラスの下で明らかに困惑の表情を浮かべた。
「何を言っている? まあ良い、ちょっと聞きたい事がある」
 黒服は、そう言って雫の腕を掴む。その時だった。


「雫ちゃんに何すんのこのMIBーっ!」
 いきなり駆け込んできた鮎川鱚美の跳び蹴りが、黒服の背中を襲った。
「な、何だ!?」
 事態を静観してたもう一人の黒服は、仲間が思いっきり蹴飛ばされるのを見て思わず胸の内ポケットの辺りに手をやり‥‥さすがに思い止まって、拳を構えた。
「銃は使わせない!」
 その黒服が何をしようとしたのか、心を読んだ金沢門司が、その黒服をやっぱり後ろから蹴飛ばす。
 その時‥‥最初の黒服が身を起こそうとした。だが、それも許される事はない。
 立ち上がろうとしたそこを、思い切り竹刀で滝沢百合子が叩きのめす。
「こっちはか弱い女の子だし☆」
 非常に嬉しそうな百合子。
 最後にその場に、西森藤真が子供のように瞳を輝かせて乱入してきた。そして、黒服を気持ちよさそうに殴り飛ばす。
「よぉしっ! 燃えてきた!」
 で‥‥最後に、夕霧集が雫の前に立ちふさがった。そして‥‥護身用のレイピアを抜きはなって言う。
「大丈夫か、レディ?」
 レイピアを見た雫は‥‥当然の反応をした。
「うきゃああああああああっ!?」
 いきなり抜き身の長物何ぞを見れば、普通の女子中学生は悲鳴を上げて当然。
 黒服はただ怪しいだけだが、レイピアなんて剣呑な物を手に持って平気な顔をしている相手は怖い。頭がキレてるに違いない。
 そんな相手に大丈夫かと聞かれ、雫は素直に貴方がいなければもうちょっと平気でしたと言ってしまいそうになって口をつぐむ。
 と‥‥その時だった。
「お前‥‥何をしている!」
 そこに現れたのは警察官が2名。
 少女が怪しい男に絡まれているという、小学生からの通報だったのだが、現場に来て驚愕に目を見張った。
 黒い服を着た男性が明らかに暴行を受けており、そして黒服以外のその場にいる者達の視線は夕霧のレイピアに向けられている。
 警察官は無線機に向かって叫んだ。
「大変です! 構内に刃物を持った男が! しかも、男は少女を人質に取っている模様! 後数名、暴行を行っている者あり。被害者は男性2名。至急、応援を乞う!」
「‥‥事件だ!」
 それは、怪しい写真を撮ろうとして新宿駅を彷徨っていた佐保鵤。彼は興奮したときの癖で黄色の丸い伊達眼鏡を外し、カメラのシャッターを切った。
 夕霧は、とっさに顔を腕でかばい顔を隠したが、その為に一瞬の隙が出来る。
 その隙に、雫は慌てて夕霧から離れた。
 自分の置かれている立場を一瞬で悟り、夕霧はレイピアをしまうとその場から逃げ出す。
 警察官は一人が後を追って走り、残りが再び無線機に連絡を叫んだ。
「逃げました! 男は西口方面へ向かって逃走! グレーのスーツ。20代。色白、銀髪で細身。刃渡り50cm程の刃物を所持!」
 この場にいる者達は誰もが、逃げていく夕霧と後を追う警察官に注視していた。その時、隙を突いて黒服達は立ち上がり、東口方面へと逃げ出す。
「あ、待ちなさい!」
 明らかに暴行を受けていた身でありながら逃走を選んだという事実に、警察官は疑問を憶えるが、だからといって後を追えるわけではない。何故なら、当の暴行犯達はここにいるのだから。
 無線機を使い、仕方無しに駅構内の他の警察官に確保を依頼する。それから‥‥警察官は言った。
「さて‥‥残りは大人しくついてきて貰おうか?」



●尋問

「現実世界でははじめまして、だな、『しずく』。思ってたより可愛いんでびっくりした。実際に会えてラッキーだね。改めて、よろしく」
「あ‥‥あは、どうもぉ〜」
 警察に通報した大沢巳那斗は、そう言って悪戯っぽく笑って手を差し出す。雫は、笑みを引きつらせながらその握手を受け‥‥他の者達は、気まずげな表情を浮かべて大沢を見る。その目は如実に、お前さえ居なければこんな大事には‥‥と語っていた。
 雫と『暴行事件』に関わった者達は、警察署に連れていかれ、そこで取り調べを受けている。
 取り調べに当たっている中年の警察官だけが表情を変えることなく、雫に聞いた。
「で‥‥事件の事だけど」
「あ、はい。この二人は友達で、あたしを守ろうとしてくれたの」
 雫は、鱚美と百合子を指す。そして、気まずそうに事の次第をぽつり、ぽつりと、警察官に話していた。
「ネットで噂になっている黒服かなって思ったから、助けてってメールうっちゃって‥‥」
「人の事を見た目で判断するのは良くないな。では、誤解から彼女達は暴行を働いたわけだね?」
 警察官が、鋭い視線を雫と鱚美と百合子に向ける。三人は神妙に頷いた。
「はい‥‥」
「ごめんなさい」
「雫ちゃんを守ろうと思って‥‥」
「で、残る二人は?」
 警察官は、雫に残る西森と金沢の事を聞く。だが、雫は二人を知らないので首を傾げた。
「知らない人です」
「なるほど‥‥」
 警察官は、不審そうな目を西森と金沢に向ける。
「あ、でも、メールいっぱい配ったから、何処かで拾って助けに来てくれたのかも‥‥」
 雫は弁護しようと言いかけた。と‥‥その時、
「ダメだった。刃物男に注意が行ってたから、被害者には逃げられたよ」
 新しく老齢の警察官が入って来、そう苦々しげに報告する。元から居た中年警察官は、それを聞いて溜息をついた。
「‥‥不起訴ですかね。まあ、暴行と言っても、刃物男を除けば喧嘩レベルだったみたいですし」
 一部、竹刀で殴るという無茶をかました少女も居たが‥‥まあ、竹刀で人を殺す事は難しかろう。
 とりあえず、事件にはならないだろうと考えながら、中年警察官は雫達を怒鳴りつける。
「もう、こんな騒ぎを起こしちゃダメだぞ!」
「「「ごめんなさい」」」
 3人はそろってしおらしく頭を下げた。それを受け‥‥その警察官は言う。
「家まで送っていこう。あの刃物男がまた現れないとも限らないから。逮捕されるまで、しばらくは家を出ない方が良い‥‥君も来なさい」
 中年警察官は、怒られて項垂れた雫達と大沢少年を押しやるようにして交番から出ていく。
 と‥‥雫は一人駆け戻り、西森と金沢の前に立った。
「巻き込んだみたいでごめんなさい。これ、ホームページのアドレスです。良かったら、一度遊びに来てください」
 雫は小さな紙を二人に渡し、そして中年警官の後を追って走り出す。その後ろ姿に西森は言った。
「良いさ! また何かあったら助けてやるよ!」
「気にするんじゃねぇぞ!」
 金沢も一言いっておく。その言葉が届いたのだろう、雫は走りながら振り返り大きく手を振った。西森と金沢の二人は、とりあえず彼女が救えたのだと言う事に満足した。



●黒服は何処かへ‥‥

 黒服は警察の追跡をかわし、包囲網を抜けて新宿駅の外へと出たが、追跡者は警察だけではなかった。
 雫を助けようと新宿駅に来‥‥雫が警察に保護され、黒服が逃げたのを見て茉莉菜・エルトゥールは方針を黒服の追跡に変えていた。
 そして今、彼女は新宿の街の中に立ち止まり、同じように立ち止まって携帯電話をかけ始めた黒服達を遠くから見守っている。歓楽街が近く、多少派手な格好でも目立たないのは幸いだった。
 もちろん、その場から男達の声は聞こえないし、口元を読む事も出来ない。だから‥‥茉莉菜は直接、黒服の心を読んだ。
 元々、それほど簡単に心を表面に現す男ではないのだろう。ひょっとするとそう言う訓練を受けているのかも知れないが‥‥ともかく、茉莉菜には表層の心しか読めなかった。
『‥‥いや、見間違いだった。それより、面倒になった。警察が‥‥ああ、俺達の仲間じゃない。その辺りに問題はない筈だ』
 おそらくそれは、携帯電話に向かって話している言葉。詳細はわからないが、電話の向こうの誰かに現状を報告しているらしい。
『俺達はこの任務から下りた方が良いだろう。俺達が外れると彼女が来てしまうかも知れないが‥‥続けるなら別の人間を送ってくれ』
 と‥‥この時、茉莉菜の他の追跡者が重大なミスを犯した。
 それは、駅で見かけた黒服を好奇心から追っていた金雀枝琴音。彼女は、近くに同様の‥‥茉莉菜ではない第3の追跡者の姿を認め、驚いた。

「抜剣じゃないの!?」

 幼なじみの姿に思わず叫んだ琴音。
 だが、その声は少々大き過ぎた。自分達を隠れ見ている者が居ると‥‥つけられていると気付いた男達は、電話を切って走り出す。
 茉莉菜は後を追おうとし、自分の着た服装に舌打ちした。仕事用の衣装では、走る男を追うのに向いているとはとても言えない。
「まあ良いわ‥‥これ以上、何かが読めるとも思えないし」
 茉莉菜は追跡を諦め‥‥追跡失敗のその原因を作った二人連れを見る。
「しまった、逃げられるわ!」
 琴音は、黒服を逃がさないようにと、弓を取り出そうとした。
 その琴音の頭を、彼女の幼なじみである抜剣白鬼は後ろから叩く。
「何するの!?」
 振り返り、抗議する琴音に、抜剣は呆れ果てたと言わんばかりに言い放った。
「馬鹿か!? 新宿のど真ん中でお前は、そんな物を撃とうってのか!?」
 弓を人に撃ったら確実に傷害罪が適用される。



 超常能力を持ってはいても、法律から逃れる事は出来ない。やるなら見つからないようにやれと言うのが鉄則だ。
 だいたいにおいて、新宿という人のひしめく場所で人外の力を使おうとする事がどうかしている。
 魔法や超能力の類は決して一般的ではないし、超常現象は一般の人々にとっては嘘か娯楽の一種でしかない。『そういうものは全部プラズマだ』と説明されて納得する人だっているのだ。
 まともに正体が露見すれば、ろくでもない結果だけが待っている。
 そんなこんなで抜剣と琴音がもめている間に黒服達は、路上にいきなり走り込んできて止まったこれまた黒い外国車に乗りこんで、素早くその場を離れていった。
「ちぃ‥‥結局、逃げられたか」
 抜剣は、頭を掻きながら漏らす。
 車のナンバープレートを一応見たが、どうせ偽造だ。連中はただのハイエナではなく組織だろう‥‥これ以上、足はつかめまい。
「諦めるしかないな。それより、帰昔線を追う事に切り替えるか‥‥連中が何かの繋がりを持つのなら、何処かできっとぶち当たるはずだ」



●探偵達の思案


「よぉ、集まってきてるな」
 アトラス編集部によっていたために遅れてきた草間武彦は、新宿駅南口に集まった仲間達と合流した。



 それに応え、初老の男‥‥渡橋十三が何本か欠けた前歯を見せつけるように笑いかける。

「草間のダンナ。久しぶりに飯のネタにありつけたようで。まずはおめでとさんと言わせてもらうよ」
 そう言ってから、渡橋は周りを見回し、しみじみと言った。
「しかしなぁ‥‥アンタは金には縁がないが、何故か美女にはお有りだ。オレにとっちゃあ羨ましい限りだよ」
 聞けば依頼人も謎の美女だと言うし、ここにも四人ばかり女性が来ている。冗談混じりに僻みを言ってみたくもなったものだが‥‥あろう事か草間は真顔で答えた。
「俺はタバコに縁が在れば十分だよ」
 それが、冗談なのか本気なのかは、今一つ判別は突かなかった。
 そして草間は‥‥気になっていた事を口にする。
「そんな事より、ずいぶん物々しいな?」
 草間は、新宿駅の中に漂う言いようのない物々しさに眉を顰めた。
 特に新宿駅西口の辺りは、制服の警察官が何人も立っており、一部は閉鎖されている。



「どうやら、刃物を持った男が暴れたらしいよ」

 投げやりに、ぶっきらぼうな口を利く若い女。サイデル・ウェルヴァ。
 彼女は、そんな結構大事とも言える事件にさほど興味を持たないかのように言う。そして、
「で‥‥それは何?」
 ウェルヴァが指したのは、草間が被った帽子にしがみついている銀色の小さな獣。子供や、女性らが思わずその愛らしさに見入っていく。それは、小さな子狐だった。
「あっ、可愛い」
「あら、そうね。武彦さんには似合わないけど」
 女子高生の三角田藍子が、そして若い女性のシュライン・エマが、思わず声を上げる。女性としては当然の反応かも知れない。
 だが、同じく若い女性の外観を持つ風見璃音は、鋭い視線をその子狐に向けていた。


「‥‥(同類の臭い‥‥いや、少し違う?)」
 人外の臭い。妖獣の臭いと言うべきか。ただ、まだ子供なのは確実。恐れる程の事も無い‥‥璃音は、妙な動きがあったら瞬時に子狐を引き裂こうと自然に力が込められた手から、力を抜いた。
 そんな璃音の様子には全く気付かず、草間はひょいと子狐を手に取る。
 そして甘えているのか手の中でジタバタともがく子狐をまじまじと見ながら言った。
「‥‥近所に住んでいるらしくて、懐かれててな。今日はしがみついて離れないから、しょうがなくて連れてきた」
 カップ麺に入った油揚げを食べようとしていると、いつも何処からともなく現れて物欲しそうな顔で見る。仕方がないから油揚げをやって、自分は薄っぺらい蒲鉾と申し訳程度の卵と粉薬みたいなネギしか具の無くなったカップ麺をすする。そんな関係だ。
 ここしばらくは草間の食事情が最悪だった為か、姿を見なかったが‥‥それは良かったと思う。焼いて食べたら美味しいかもとか思わないですんだのだから。
「お似合いだよ」
「こういう物は、ご婦人の方が好きだと思ったがね。首に巻きたくないか?」
 ウェルヴァの皮肉をそのまま受け流し、草間は子狐を再び頭の上に乗せた。
「ところで武彦さん。依頼入ったなら、溜まったバイト料も払って貰えるよね?」
 そこへ、エマが話しかける。実は、彼女はちょっと方向性の違う用件で来ていたのだ。
「‥‥まあ、仕事が終わったらな」
 草間が今持っているのは、あくまでも前金であって仕事の報酬ではない。これから調査の為に金がかかるかも知れないので、あまりこの前金の中から金は出せない。それに、仕事が終わればもっと大量に金は入ってくるのだ。
「だから‥‥もう少し待ってくれ」
「‥‥ま、いいや、皆の出入りもあるから部屋掃除しないと。数日しか経ってないけど汚れてるでしょ? 特に灰皿」
 エマに、じと目で見られ‥‥草間は顔をそらした。確かに掃除をしているとは言い難い。
 自分ではまめにやっているつもりだが‥‥月に一度か二度、四角い部屋を丸く撫でる程度に掃除機をかけて、整理と称してゴミを右から左へと動かすだけでは掃除とは言えないだろう。
「それと、圏外に出ちゃたら麗香さんからの連絡興信所の方に来るだろうから‥‥私は興信所に行って待機してるわ。噂や調査もついでレポート上にまとめとくから、何かあったら連絡頂戴ね。随時書き加えていくからね」
 エマはそう言い残し、皆の前から去ろうとした。そして‥‥ふと思い立って、草間に聞く。
「あ、途中、タバコとコーヒー買ってくけど‥‥もちろん経費で落ちるわよね?」
「わかった、わかった。ほら‥‥」
 草間は封筒の中から万札を2枚出すと、それをエマに渡した。そして言い足す。
「タバコの銘柄はわかってるよな? 4カートンばかり頼む。それから、コーヒーは豆の奴にしておいてくれ」
「OK、武彦さん。それじゃ」
 去りゆくエマを草間は見送り‥‥その姿を雑踏の後ろに見失ってから、残りの者達の方へと視線を向けた。
「で‥‥と私事はここまでだ。とりあえず、帰昔線について何か情報はないか?」
「アゴで使われるのは癪だけどねえ、本業の入金まで凌がにゃならんし使われてやるさ」
 草間に答えて言いながら、ウェルヴァは封筒を放る。それは、草間の手の中にまっすぐに収まった。
「芸能関係者とか、そっちの方の業者筋の情報‥‥まっ、昔からよくあるネタだけに似た話は多いねえ。B5がそれなり、A4のが噂話の域をでない物さね。感謝しとくれ」
 嫣然と笑みながら少し恩着せがましく言い、ウェルヴァはロングタイプのタバコを口にくわえ、物言いたげに草間を見た。
 ウェルヴァの言いたい事に気付き、草間は懐からマッチを取り出して放る。受け止めるとそれは、どこかの喫茶店のブックマッチだった。
「お寒い事だねぇ‥‥」
 言いながらウェルヴァはマッチを擦り、火をつけた後にそれを畳んでゴミ箱に放り入れようとする。だが、その手を草間は掴んだ。
「待てよ。それは俺のだ」
「‥‥ほんと、最悪」
 ウェルヴァの言う前、草間は取り返したブックマッチを上着のポケットに突っ込んだ。
 そんな草間の前、小さく息を吐き、ウェルヴァは草間の横を通り過ぎる様に歩きだす。通り過ぎる瞬間、ウェルヴァは薄く笑って言った。
「まあこれだけの人さ、引っかかりもするさ。ただ覚悟はしときな、裏道歩いてきたのが多いだけに消えちまう奴もでるだろうよ。あんたの指示の為にね‥‥」
「ま‥‥本物だったらの話だがな」
 草間は、背中越しにヒラヒラと手を振って、去っていくウェルヴァを送った。皆もそれを見送り‥‥そして、今度は璃音が口を開く。
「さてと‥‥良いかな? 私は、ちょっと新宿駅を一回りしてみたんだけど何も感じなかった。感想は一つ‥‥帰昔線って奴が、現世のものじゃないってのは本当かもよ」
 詳細は誰にも言えないが‥‥璃音は臭いを探ってみたのだ。
 現世で通じているのなら、臭いが途中でとぎれているなどの不審な場所があっても良さそうなものなのだが、それが無い。
 そんな璃音の結論には、草間と同じく探偵の陣内十蔵も頷く所がある。
 死者の情念を聞くという能力を使って探ってみたが、帰昔線がらみのそれはなかった。
 帰昔線関係での死者が居ないのか‥‥それとも、違う世界の様な場所で死んだ為にこちらに居る自分にはその情念を見る事が出来ないのか。
 そして‥‥
「‥‥帰昔線自体が嘘っぱちってのもあるぜ? 過去に戻って、人生やり直せるなんて都合の良い話、あるわけねぇよな。とは言え、草間からの依頼だし、報酬も十分にある以上、この話を受けねェわけにはいかねェよな」
 陣内は自分の中にある密かな思いを隠すためにか殊更に悲観そうに言った後、自分に言い聞かせるように言い足す。
「とりあえず足で稼ぐしかねェよなぁ‥‥」
「おじさん、やり方が古いね」
 藍子は、溜息混じりに陣内に言った。
「私は、『新鮮な女子高生つながり情報』ってのを調べてきたんだけど、ゴーストネットOFFって所で‥‥」
「ああ、それなら見てきた。他にはないのか?」
 藍子の話の途中、割り込んで草間が言う。それはアトラス編集部で見てきた。
 それを聞き、藍子はあからさまに肩を落とす。
「今のところ、あそこが一番みたいだから、草間さんが知ってるならもう情報は無いよ」
「まて‥‥ゴーストネットOFFだろ? 俺も見た」
 そう言ったのは陣内。そして彼は、自分の推測を語った。
「あそこの掲示板からすると、過去に戻りたいという情念が帰昔線を呼び寄せるんじゃないか‥‥と、推測が出来るんだが」
「なるほど、そいつはあるかもな。漫画みてぇな話を信じるほど俺も若くはねぇ‥‥と言いたかったんだが、状況が違う」
 渡橋が、珍しく心配げな表情を作る。
「いねえんだよ。新宿をねぐらにしている連中がもう何人もな。考えて見りゃあ、あの時に帰りてぇって奴は結構居る。持ち崩す前は‥‥なんてな。帰昔線‥‥乗りたがる奴も多そうだ」
 確かに‥‥掲示板の書き込みで帰昔線の元まで行ったと言う奴の話も、過去の事を思い返す描写がある。
「じゃ‥‥やってみるか?」
「やる?」
 突然言った草間に、璃音が問い返すような目で見た。草間は、冗談混じりに答える。
「とりあえず、自分の過去って奴を呼び覚ます。そして、帰りたいと願う。馬鹿らしいとは思うがね。やってみたって損はないだろう?」



●取材陣


「うううう‥‥嫌ですよぉ。だから、僕はこう言うのに向いていないんです」
 三下忠雄は、新宿駅に来ても泣いていた。
「三下さん、事情は分かったから泣き落としはやめてくれ」
 いい加減、困り果てながら高御座逢海は言う。
 男に横で啜り泣かれるのは非常に鬱陶しい。




 そんな二人はさておき、大角御影は勝手に口を開いた。

「さて‥‥と。多分ね、皆で脚を棒にしても見つからないと思うんだ」
 何事だろうと三下と高御座は大角を見る。大角は滔々と続けた。
「ネットの書き込みから見ると、そうだね、多分1人づつ招待されるんじゃないかな。探して行けるんじゃなくて、招待されるんだ。1人、ぼんやりと昔の事を考える。周りが見えなくなる位にぼんやりと。後ろ向きな行動だけど、その後ろ向きさが帰昔線のホームに立てる切符なんだと思うんだけど、どう?」
 どうと言われても、元から何かの宛があってきたわけではない。ただ、帰昔線は新宿駅にあるという、それだけの情報を頼りに来たのだ。
 掲示板にあった帰昔線との接触例をなぞってみるのも、それほど悪い選択ではないように思えた。が‥‥
「ええ!? でも、そんな事して、本当に帰昔線に出会っちゃったらどうするんですか!?」
「それは‥‥僕が写真を撮って、三下君が記事を書くんじゃない?」
 馬鹿な事を聞く三下に、当たり前の事を答える大角。一方、高御座は大角の提案を受け、思考に耽っていた。



 ‥‥帰昔線。失った時間を、過ぎてしまった刻を巻き戻す力があるという列車。それに乗れば、俺はもう一度、あの日をやり直せるのか‥‥
 高御座は心の中は過去の記憶という荒海の中で荒れていた。



●裏側へ

「なるほど‥‥」
 気が付くと、新宿駅の様相がガラリと変わっていた。
 あれほど沢山いた筈の人々がいない。だが、それを変だとは思わなかった。そう思わせない雰囲気の様なものが漂っている。
 草間の仲間もその数を減らしていた。
 草間と一緒に『見えない境を越えた』のは陣内。そして、
「こーん」
「? お前も帰りたかったのか?」
 頭の上で何かを恋しがるように鳴く子狐。
「他の連中は手間取っているか、それとも過去には帰りたくないと考えてるかどちらかだろう。ま‥‥すんなりとこっちに来れるよりかは、良いんだろうぜ」
 陣内は何処か自嘲するように言う。
 過去の古傷‥‥または過去に失った物。今に満足している人間が、過去を取り戻すことを望むはずがない。
「待っても良いが‥‥行くか」
 草間は、それだけ言うと歩き出す。
 行くべき場所はわかっていた。呼ばれている‥‥普段は見た事のない階段が、遙か昔からそこにあったかの様に口を開けていた。
 草間は‥‥いつの間にか手の中にあった一枚の切符を見て薄く笑う。
「帰昔線‥‥こうなれば、その正体を覗いてやる」



●草間興信所

「なんだかなぁ、吸殻の長さで懐具合が分かるってのもねぇ?」
 草間興信所に掃除にやってきたシュライン・エマは、事務所備え付けのキッチンの流しに山積みになったタバコの吸い殻を見ながら、呆れるように言った。
 吸い殻は見事にどれも『限界に挑戦してみました!』と言わんばかりに短くなっている。
 エマは、それに何の感心もせず、ゴミ袋代わりのスーパーマーケットの袋にタバコの吸い殻を移し替えた。
 と‥‥その時、時代錯誤の黒電話が、金切り声にも似たベルを鳴らす。
「はいはいはい、そんな人を殺しかねない音を出してんじゃないの‥‥と」
 エマは手を拭いながら小走りに駆け寄り、草間の‥‥それとも碇麗香からの連絡かと考えながら受話器を取った。
「はい、草間興信所‥‥」
『深入りはしない方が良いわ』
 受話器からいきなり聞こえたのは、艶を含んだ女性の声。麗香からのものではない。
「はい? あの、どなた‥‥」
『草間探偵に伝えてちょうだい。依頼人の高峰沙耶からだと言えばわかるから』
 そう言って、電話は一方的に切れる。エマは‥‥首を傾げた。
「深煎りはしない方が良い? コーヒー豆? んな訳は無いか」
 下手な冗談をとばしながらも、エマの顔には不安の色が表れていた。冗談と切り捨てるには何か‥‥あの電話の声には説得力がある。エマは急いで草間の携帯電話にダイヤルを回した。
 だが‥‥
『この電話は、電源が切られているか、または電波の届かない所にあるため、お呼び出しできません‥‥』



●ゴーストネットOFF・チャットルーム


しずく:謹慎中〜
キス☆:同じく。
ユリ:親から海外電話が・・・・
:皆さん、気を落とさずに。
キス☆:「新宿駅に刃物を持った男。未だ新宿区内に潜伏か?」夜のニュースになってたね
しずく:みんな、暴力に訴えたのが良くないと思うの。しかも、新宿駅でだよ?
キス☆:だったら、『助けて』なんてメールうたないでよ
ユリ:そうだよね。びっくりするじゃない
しずく:う‥‥怒らないでぇ(T.T)
:大丈夫。泣かないでくださいね?
ミナト:そ、しずくは悪くない。ああいう場合は、警察を呼ぶのが常識さヽ( ´ー`)ノ
しずく:むぅ‥‥今日の所はミナトくんに感謝
キス☆:小学生に‥‥でも、感謝
ユリ:感謝・・・・かな?
**夏さんがチャットに入りました☆**
:おひさ
ユリ:こんばんは
しずく:こんばんは☆
キス☆:こんばんは
:こんばんはです。
ミナト:こんばんは
:今日は御免。しずくちゃん助けに行ったけど、凄い騒ぎで近寄れなかったよ
:実は私もです。クッキーをお持ちしたんですが……
しずく:月ちゃんのクッキー!?Σ( ̄□ ̄;;;)!!
ユリ:しまったー!
キス☆:騒ぐんじゃなかった!
ミナト:後の祭りだね。でも、俺も食べたかったな
:あたしも
:ありがとうございます。
:ところでさ、結局、帰昔線てどーだったの?
キス☆:そうだった。黒服達も逃げちゃったし
しずく:ちょっと長文になるけど良い?
:OK
ユリ:OK
キス☆:OK
:大丈夫ですよ
ミナト:俺も良い
しずく:ありがと☆
しずく:心霊現象って無茶苦茶に見える事が多いけど、突き詰めていけば必ず原因があって、そこに至る道があるの。
しずく:帰昔線は‥‥きっと『過去』ね。
しずく:過去に強い執着を持つ人。きっと、そんな人が『呼ばれる』んだと思う。
しずく:だってそうよね。過去に満足してる人が、過去に帰れる電車に興味を持つはずがないもの。
しずく:だから、『新宿駅』『過去へ帰りたいって思う強い願い』が、帰昔線に乗る鍵だと思うの。それを試そうとしたんだけど、黒服とか、刃物男とか。
キス☆:黒服に刃物男は帰昔線と何の関係が?
しずく:あれは怪奇現象じゃないから専門外。
しずく:謹慎とけたらまた行こうと思うんだけど‥‥今度は一緒に行こうか☆



●帰昔線

 そこは、薄暗い地下鉄のホームだった。
 だが、これと言って他にどうと言うこともない。普通の駅だと言ってしまえばそこまでだ。
 草間は駅の中を歩き‥‥そこに人影を見つけて足を止める。そこにいたのは、若い男。四ノ宮雅欄だった。
「帰昔線へようこそ」
「何者だ?」
 草間が聞くのに、四ノ宮はどう言えばいいのか迷った後に答える。
「多分、貴方と同じ‥‥帰昔線の乗客ですよ。妹にせがまれて、帰昔線を探しに来ただけだったんですけどね」
 過去の事を‥‥今は失った人の事を思い、四ノ宮はここに招かれていた。
「さて‥‥こちらに来てみてください。ちょっと、面白いものがありますよ」
 四ノ宮は草間達を招き、ホームの中辺りに設置されたそれを見せる。
「時刻表はないんですけどね。路線図がありました。見てみませんか?」
「‥‥‥‥現実、思い出、人生の転機、後悔、辛い過去、忘却の彼方、前世‥‥そしてまた現実へ。帰昔線は環状線のようだな」
 草間は、のっぺりとしたボード状のそこに書き込まれた路線図の駅名を読み上げた。それは地名ではなく、過去において人が執着を持ちそうな時間を抽出したように思える。
 草間もまた、その一部に目を留めていた。
 と、その時‥‥この駅につながる階段の辺りが急に騒がしくなる。
「ちょっと、待ってくださいよぉ! ほら、本当に来ちゃったじゃないですかぁ」
「来るために来たんでしょ? ほら、取材ですよ取材‥‥」
「‥‥‥‥」
 階段を下りてきたのは、三下と大角‥‥そして、ここへ招かれてから急に口数が少なくなった高御座だった。
 草間は、片手を上げて声をかける。
「よお、碇の所の、さんした!」
「あああああああっ! 草間さああああん!」
 三下は、草間の姿を見るや涙と鼻水を流しながら階段を駆け下り、草間に飛びついた。だが、その瞬間、身をかわした草間のために、三下はホームの上を転がる羽目になる。
「‥‥‥‥僕は、みのしたですぅ‥‥」
 ていよく気絶する三下。草間は肩をすくめた。
「さて‥‥と、騒がしくなってきたな」
 気が付けば、同様に帰昔線に招かれた他の者達が階段を下りてきている。草間の仲間も、何人かが下りて来ていた。
 そして‥‥ホームにアナウンスが鳴る。
『1番ホーム、間もなく電車がまいります。白線の内側に下がってお待ちください』
 アナウンスの後、ややあってから黄色い車体の電車が駅に滑り込んできた。窓から中を覗き込むに、誰も乗っていない。
「‥‥こんなに人が乗らないのに、営業を続けてるってだけでオカルトだな」
 草間が冗談混じりに言う。だが、誰も笑う事はなかった。
『1番ホーム、ドアが開きます。お乗りの方は、下りる方がすんでから、ご乗車ください』
 ドアが開く。だが、誰も下りては来ない。
「誰も乗っていないんですかね?」
 四ノ宮の問い。それに草間が答える。
「車掌が居るはずだ。掲示板の書き込みには、車掌から話を聞いたって奴の話が出てくる。全く‥‥あんな訳の分からない掲示板が頼りとはな」

「何か御用ですか?」



 草間の苛立ったような声に答え‥‥薄暗がりの中に誰かが立った。
 彼の周りだけがまるで闇に覆われているかの様に暗く、彼の姿を朧に見せている。
 誰もが警戒する中‥‥彼は、纏った闇に似合わぬ穏やかな口調で乗客達に話しかけた。
「今日は帰昔線の御利用ありがとうございます。帰昔線は皆様の過去の要所を通過し、そしてまたここへと戻ってまいります。皆様は自分の降りたい駅で降り、過去をやり直してください」
 彼が始めたのは帰昔線の説明。
 極めて丁寧ながらも、事務的にそれを行う。それが職務であると言うかのように。
「過去の暖かな記憶の中に戻るのも良いでしょう。過去をやり直し古傷を消すのも‥‥終点はありません。好きな所で下りてかまいませんよ?」
 闇の中、薄白く彼の笑みだけが見えた。
「お前は‥‥」
「車掌です。帰昔線のね。さあ‥‥そろそろ出発いたしますよ?」
 問う草間にそう答えると、車掌は電車に乗り込んだ。そして‥‥ホームに出発を報せるベルが鳴り響く。

『1番ホーム、間もなくドアが閉まります。駆け込み乗車など、ご遠慮ください』




■次回東京怪談

・帰昔線を探る/途中下車する

作者より

 読者参加ノベルでは、多数のPCがプレイングを行う事により、あなた個人の行動が、相乗効果によって思わぬ結果を呼ぶことがあります。その辺りをぜひお楽しみ下さい。
 帰昔線に乗る条件は、過去に帰りたいと願う事です。
 それ以外の方法では帰昔線に乗れませんので、御注意ください。
 なお、次回、雫と一緒に帰昔線に乗る場合、草間武彦等とは一週間ほどタイミングがずれます。
 謹慎で外に出られませんので。



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